雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第三十一話 メガネの矜持とヲタク道

「本当にそう思っているのなら、僕は心底、あなたたちを軽蔑します!」

 

 

 またしても、それはメガネさんでした。

 毎回、どうしてこうもタイミングよく割って入ってくるのでしょう。まさか狙ってたりするんでしょうか。

 

 激情が肩透かしを食らって、なんだか力が抜けてしまいます。一方メガネさんは、やはり真に迫ったふうに握った拳を震わせていました。

 

 

「漫画 萌先生、野部流 来人先生……どうしてです! どうしてこんなことを良しとしているんですか! あのマジカルプリンセス シルキー・ナナを作り上げたお二人が、どうしてっ……!」

 

「『どうして』だって……? さっきも言っただろう! すべてはレイナのフィギュアのためさ! ……好きなもののためならどこへだって行くし、どんな苦労だって乗り越えられる。それが我々ヲタクだろう!?」

 

「メガネ君、キミもヲタクならわかるだろう? これはもはや我々の(サガ)だ。どうしようもないんだよ。だから……お願いだ。そこをどいてくれ」

 

「……いいえ、どきません。僕とてヲタクの一人。お二人の言いたいことは理解できます。同じ立場なら、僕も欲しいという気持ちを抑えることはできなかったでしょう」

 

「だろう? なら――」

 

「しかし、僕はそうであっても決して今のあなたたちのようなことはしない! ……さあ二人とも、米田さんを見てください!」

 

「えっ!? な、なんですかいきなり……」

 

 

 オタク話が理解できずますます力が抜けてきて、このままだと決意も流れてしまいそうだと思っていたところにまさかの指名。訳も分からず二人と、そして話が聞こえていたらしく、他の秋葉名戸の選手たちの注目までもを受ける羽目になりました。

 

 

「……うん、やはりいい。何度見ても実にいい」

「ウチのマネージャーはメイド服マニアだからね。センスも感心するほどだよ。米田ちゃんの無力化には実に好都合だった!」

 

 

 すると、やはり全身に悪寒。しかも秋葉選手全員からの気持ち悪い視線で、腰が抜けてしまいそうなほどのゾワゾワが背中を駆けあがってきます。

 

 しかしふと気付きました。気持ち悪いのは秋葉名戸の視線だけです。

 同じオタクであるはずのメガネさんには、思えば気持ち悪さを全く感じません。

 

 それは仲間だとかそういうことではなく、

 

 

「真のヲタクとは、好きなものをただ愛する者のこと。人の好きなものを悪しきように使い、悪しき目で見る者に、ヲタクを名乗る資格などありませんッ!」

 

「「「「「ッッッ!!!」」」」」

 

 

 邪な気持ちがなく、メガネさんはただひたすらに真剣で、真摯でした。

 

 メイド服然りフィギュア然り、ヲタクの“好き”に対するリスペクト。メガネさんにだけ嫌悪感を感じないのは、たぶんその差です。

 

 

「愛するものを悪しきように言われ、扱われる悲しみは、我々が一番よく知っているはずです。……今のあなたたちは、我々を嘲弄した彼らと同じ。それでも尚、この行いを誇れるのですか!? そうまでして手に入れるフィギュアに、いったい何の価値があるというのです!」

 

「くっ……それでも……それでも僕たちは、コズミックプリティレイナをゲットすると誓ったんだ! いまさら、もう止まれない……ッ!!」

 

 

 必死に訴えかけるメガネさんと、彼の言葉にハッとしたふうに息を呑み、『だとしても』と悲愴に顔を険しくする秋葉名戸の選手たち。キーパーさんからまんがかさんへと通ったパスボールに、彼はその、私たちには理解できない熱意を叩きつけました。

 

 

「僕たちのヲタク魂、止めれるものなら止めてみろッ!!」

 

 

 メガネさんへと、ほとんどシュート同然なキレのあるボールが放たれました。しかも相当な威力です。どういうわけかここにきて、先ほどの【ド根性バット】や【ド根性クラブ】をも上回っているのではと思える威力を叩き出してきたことに、一瞬私も驚いてしまって反応が遅れます。

 

 これは、とてもメガネさんが耐えられる威力ではありません。庇わなければと走り出すもメイド服の格好のせいで間に合わず、次の瞬間、ボールはメガネさんのお腹にめり込んでしまいました。

 そして威力に負けてメガネさんの身体が宙を舞う――という、私の想像では痛ましいことになるはずだったのですが、しかし。

 

 

「なっ……ど、どうして、止めて……!」

 

「愛しているからです。萌えを、そしてヲタクという生き様を……!」

 

 

 メガネさんは吹き飛ばされることなく、ボールを止めていました。全力を絞り尽くしたのかハアハアと息を切らして唖然とするまんがかさんに、優しげに微笑みながらそんなことを言っています。

 そしてそれがとどめになったようで、一斉にがっくりと膝を突く秋葉名戸選手たち。彼らを見つめる目を一瞬伏せて、それからメガネさんは猛然とドリブルを始めました。

 

 

「……おっ、おいメガネ!?」

 

「染岡君、【ドラゴンクラッシュ】です! 威力が足りずとも構いません! 僕に考えがあります!」

 

 

 目の前で繰り広げられたヲタクの世界にあっけに取られていたのは、やはり私だけではなかったようです。メガネさんの突然の攻撃態勢に染岡さんは思わずといったふうに声を上げましたが、しかし返ってきたのは思考を試合に引き戻すそんな言葉。呑み込まれる形で染岡さんは頷いて、彼を追って走り出しました。

 

 意気消沈の秋葉名戸の中、彼らはいとも容易くゴール前までたどり着きました。ディフェンスはもはや機能していませんが、しかし一人、迫りくる敵フォワードの姿に己が役目を思い出したようです。

 

 

「ッ! ま、まだなんだな! ゴールさえ守り切れれば、まだレイナは俺たちの手に……っ!」

 

「く……っ!」

 

 

 キーパーさんが息を吹き返し、チラチラお尻を見せ始めます。間抜けな光景ですが、染岡さんに怒りと、それにシュートを止められてしまったことを意識させるには十分。足のスピードが緩みました。

 しかしそこに、メガネさんからパスがもたらされ、

 

 

「僕に任せて! ……頼みましたよ、染岡君」

 

「……! ああ、やってやるぜ!!」

 

 

 染岡さんも、それらの雑念を振り払ったようでした。

 

 

「【ドラゴンクラッシュ】……ッ!!」

 

「む、無駄なんだなっ! ド根性――」

 

 

 やはりいつもよりも威力が劣るそのシュートに対し、キーパーさんがお尻を向けてさっきのキャッチ態勢を取ります。

 その瞬間を、メガネさんは狙っていたのでしょう。キーパーさんが背を向けるのと同時、彼はボールの軌道に飛び込みました。

 

 

「ふンぁっ!!」

 

 

 シュートが顔面に直撃。眼鏡の砕ける音と共に、一直線だった軌道が変わります。ゴールのど真ん中でお尻を突き出し待ち構えていたキーパーさんから大きく逸れ、ボールはゴールポストの左端へ。

 そしてそのままネットを揺らしてしまいました。

 

 キーパーさんは全く反応ができませんでした。しかし当然です。シュートコースを予測し背を向け待ち構えるあの必殺技(……必殺技?)の性質上、途中で軌道を変えられればそれに対応するのは不可能でしょう。メガネさんはそれをうまく突いたようです。

 その代償に、当人はバキバキに割れた眼鏡で「これぞ、【メガネクラッシュ】……」をうわ言を口にするような在り様となってしまいましたが、ともかく得点。今度もやっぱり来ていた実況の人が大喜びの声をあげるのが聞こえます。そして同時に、秋葉名戸の絶望の声も。

 

 

「お、終わった……。僕たちのレイナが……」

 

「……なぜ、です? まだ同点でしょう。時間も残っているじゃありませんか」

 

 

 フラフラと千鳥足になっていた眼鏡さんでしたが、頭を振って正気を取り戻し、フィールドに突っ伏す秋葉名戸の皆さんをじっと見下ろします。

 文字通りの上から目線。しかし同時に慈しむような優しげな声色に、ノベルさんが暗い顔を上げました。

 

 

「……君だってもうわかっているだろう? 我々には、フルタイムを全力で戦い抜く体力がない。正直、今でも相当ギリギリだ。ここから逆転なんて、もう無理だよ……」

 

「『好きなもののためならどんな苦労だって乗り越える』のがヲタク。そうでしょう?」

 

 

 ノベルさんだけでなく他の皆さんの顔も上がります。

 

 

「僕も本来は控えですから、あなたたちのそれを練習不足の怠慢だなどと貶せはしません。けれど……せめてヲタクとして、自分の好きなものに対しては最後まで全力でありたい。そうじゃありませんか?」

 

「っ……! メガネ君……!」

 

「さあ、やりましょう。サッカーを……!」

 

「ああ……っ! ここからは、正々堂々戦うよ! フィギュアのために!」

 

 

 ハライタにしておいて正々堂々も何もないと思いますが、彼ら的にはそれで大団円になったようです。疲れ切った様子ながらも、それぞれ気力に満ちた顔で立ち上がり、すっかり邪心が消え失せた眼を輝かせ始めました。

 

 その様子、そしてそれまでの喜劇みたいなやり取りを見て、思います。

 

(……なにこれ)

 

 と。

 

 理解のできない宗教哲学を聞かされて、結局理解ができないまま話が終わってしまった、そんな気分です。すごいのでしょうが、そのすごさは全く実感できません。結局置いてきぼりのまま全てが丸く収まってしまったことで、なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなってきました。

 

 視線とかセクハラとか、今思えば私は彼らの何を恐れていたんでしょう。彼ら如きに何をされようと、そんなのどうでもいいことです。

 今までの羞恥や悪寒が嘘のように消え去って、後にはメイド服の動きにくさだけが残りました。

 

 

「……それじゃあ私、これ着替えちゃってもいいですか?」

 

 

 『正々堂々』のためにも。しかし秋葉名戸の皆さんと、そしてメガネさんまでもが、同じ必死の眼を向けてきます。

 

 

「ダメですそんなもったいないこと!」

 

「せめてご奉仕の約束を果たしてからっ!」

 

「いやその前に、他のマネージャーさんたちと一緒に撮影会を……!」

 

 

 さっきまでのような嫌悪感は、確かにありません。悪寒もなく、冷静に彼らの必死を眺める余裕もあるのですが……。

 

 

「そうですか」

 

 

 やっぱりキモイです。

 

 

 ――試合再開の笛が鳴ると同時に、一気にダッシュしてボールを奪い取りました。そして迷うことなく【ダブルショット】の体勢。脚を高く振り上げます。

 スカートがパッと広がって、フリルの奥から露になる黒のニーハイソックスと、その終端の一瞬の素肌。周囲で「おおおっ!!」と歓声が上がるのが聞こえますが、しかしそれで私の動きが止まることはなく、ボールを踏みつけ、共に跳び上がりました。

 

 そして体勢を入れ替え、オーバーヘッドキック。【ダブルショット】を打ち放ちました。

 

 ボールはゴールへと一直線に突き進んでいきますが、それを見つめる人は、キーパーさん含めて誰もいません。みんな私一人に視線が向いて、そしてそんな衆目の中で、着地の風にスカートが完全にその役目を放棄し、めくれ上がってしまいます。

 

 

「――やっぱり、ロリィタにはフリフリのドロワーズがマストですよね! いやぁ、我ながらいい仕事しました!」

 

 

 まだ雷門のベンチに居座っていた秋葉名戸のマネージャーさんが満足そうに頷くのを横目にしながら、服の乱れを直します。装飾過多でもはや第二のスカートも同然なドロワーズなる下履きと、メイド服そのものも整えると、周囲のキモい視線はガン無視しつつ、勝ち越し点を告げる笛を聞き届けた私は試合終了まで彼らから離れてやり過ごすのでした。




いい感じに解決しちゃったけどハライタの件はさすがに警察案件では…?
と思ったけど影山よりは優しいのでセーフ。
感想ください。

そして誤字脱字報告ありがとうございました。
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