しかし……影山はボルトでいったい何をするつもりだったのでしょうか。
鬼道さんを探して当てもなく通路を歩きつつ、私は手の中でそのボルトを弄びながら考えます。
よからぬことをするつもりであることは間違いありません。私なんかよりよほど影山のことをわかっている鬼道さんたちがそう判断して動いているのだから、それはもう疑いようのないことなのでしょう。
しかしその内容は、どれだけ頭を捻っても全く浮かんできませんでした。
このボルトで何をするのか。あるいはボルトそのもので私たちを負傷させようとしたのかもしれませんが、そもそもそれでは状況が限定的すぎでしょう。ボールが天井に当たることからしてよほどのことがないとですし、それでボルトを落とせても私たちに怪我をさせられる保証はありません。実際壁山さんには当たらなかったわけですし。
それに、怖気が走るほどの悪意を纏う影山がそんな稚拙な策を弄するとも思えません。
もっと他に狙いがあるはず。例えば……負傷ではなく、私たちの戦意を削るのが目的だったりとか。ボールを高く打ち上げることに恐怖を抱かせ【ダブルショット】や【ファイアトルネード】を躊躇させるつもりだったり。
(……それこそしょうもなさすぎですけど)
私にはそんなかわいらしい妨害くらいしか思いつけませんでした。
というようなことを考えながら歩いていたせいでしょう。
「……あら? あれは――」
通路の正面のT字路、無機質な壁の陰に隠れていた二人の姿に気付くのが遅れてしまいました。
「鬼道さん……に、あの時のおじさま……?」
確か鬼瓦さんなる刑事さんだったでしょうか。ともかく帝国学園の関係者ではないはずの彼が、鬼道さんと何やら話し込んでいます。
どうしてこんなところで、と不思議に思っていると、そのうちに向こうも私に気付いたようで、鬼瓦さんはきょろきょろ辺りを見回してからこっちに走り寄ってきました。
「嬢ちゃん、どうしてこんなところに……いや、いい。早くフィールドに戻りな。ウォーミングアップとか、やらなきゃならんこともあるだろう?」
「……いえ、念のために、米田にもきちんと話しておいた方がいいでしょう。彼女も間違いなく当事者だ」
「いや……確かに御影専農のことはあるが……」
「それだけじゃありません。つい最近、彼女は直接影山に引き抜かれかけた。影山にとって米田は、今や豪炎寺以上に脅威に見えているかもしれない。黙っているのはむしろ危険かもしれません」
「む……」
よくわかりませんが、とにかく彼らの密談は影山関連のことであるようです。
鬼瓦さんはそれに私を巻き込むことに及び腰だったようですが、鬼道さんが示した予想に苦り切った顔で頷いています。その通り、とうの昔に私も巻き込まれ済みです。
「……そうだな。わかった、話そう。実はな――」
と、そうして語ってくれた彼ら曰く、二人はやはり影山の悪事を探っていたそうです。
この試合で影山が動くことは二人の中で共通見解であり、共に帝国の内側から悪事の予兆を見つけ出し影山に突き付けようとしているとのこと。しかしいくら探してもそれらしきものが出てこないとのだと、鬼道さんが無念そうに唇を噛みました。
「米田の排除も勧誘も失敗したが……その程度で引き下がるはずがないんだ。あの人は勝利のためなら何でもする……! この試合でも、雷門を潰すために何かを企んでいるはずなんだ。だが……」
「その証拠が見つからない。俺の部下にも調べさせているが、さっぱりなんだ。どうしたものか……」
であるなら、私は源田さんたちからの頼みを引き受けて正解だったようです。
ボルトを二人に差し出し、笑顔を作りました。
「証拠なら、これなんてどうでしょう? さっき私たちがウォーミングアップしてた時、これが落ちてきちゃったんです」
「落ちてきた……?」
「はい。ボールが天井に当たっちゃって、そのはずみでいっぱいボトボトと」
「ボトボトと」と二人とも繰り返し、受け取ったボルトをしばしの間、見つめていました。
じっと見つめる眼差しの中で思考が巡り、そして私にはたどり着けなかった影山の悪意を掴み取ったようで、二人同時に目がハッと見開かれます。
「ッ! 『天に唾吐けば……』、そういうことか……!」
「こうしちゃいられん! すぐに部下に業者を洗わせて――」
しかし、それが私に明かされることはありませんでした。
鬼瓦さんが懐から無線機らしきものを取り出した、その直後。
「ッ――!!」
通路の奥、角からちらりと見えた細長い横顔。当の影山が、こっちに向かって歩いてきたのです。
慌てて三人T字路の角に身を押し込んだおかげで気付かれてはいないようですが、それも時間の問題でしょう。身を隠す場所はなく、走って逃げても音でバレてしまいます。
「くッ……せっかく尻尾を掴んだというのに……!」
ここで鬼道さんたちが影山の企みを探っていることがバレてしまえば、きっと鬼道さんは背信者として今以上の呪縛に囚われてしまいます。そしてせっかく二人が掴んだ悪意は闇に消されてしまうでしょう。
少なくとも状況がよくなることはありません。なら、仕方なしです。
「私が時間を稼ぎますから、その隙に二人とも逃げちゃってください。……って、今の、物語だとこの後すぐ死んじゃう人みたいですね」
「ッ、米田……!」
「大丈夫です。お二人と違って私には別にやましいことありませんもの。円堂さんを探してるってことで乗り切れます」
トイレが長すぎるので心配になった、とか言えば疑われることはないでしょう。余計な注意を引いてしまうかもですが。それも今更です。
そこまで理解しながら二人とも私の囮作戦に渋い顔をしていましたが、やがてそれしか方法がないことを理解し、仕方なくといったふうに頷きました。
「……すまん」
「感謝する。米田……!」
足音を殺して影山とは反対方向の通路に消える二人を見送り、私も背を向けます。
そしてさも人探しの途中であるふうにきょろきょろ辺りを見回しながら、T字路に飛び込んでやりました。
緊張と不安に見舞われながらも精一杯自然に振舞ったおかげで、ともかく鬼道さんと鬼瓦さんの存在は悟られなかったようです。影山は私の姿を見つけ、怪訝そうに眉を寄せていました。
「……なぜ、君がこんなところに?」
「あらどうも、影山さん。……いえ、円堂さんを探してたんです。御手洗いに行ったっきり、なかなか返ってこなくって」
「……なるほど」
納得してもらえた様子。追及はなく一安心です。
しかしそれでも、彼の過去と現在に至る悪行を思えば気を抜く気には到底なれません。笑顔が固くなっていくことを自覚しつつ見つめていると、顎に手を当て何か思案していた影山が、やがて低くねっとり声で嗤いました。
「円堂 守か。君は随分と彼を買っているようだね」
「……ええ。頼りがいのある私たちのキャプテンですもの」
何が面白くて嗤うのか。不気味で思わず声も硬くなってしまいます。私の当たり障りない返答も、不気味な笑みを深くするだけです。
「果たして彼はそれほどの選手かな。私には到底、頼りがいがあるとは思えないがね」
もしかして彼は私を挑発しているのでしょうか。ムカつかせて試合で正常なプレーをできないようにしようとか、そんな妨害行為を受けているのかと、一瞬錯覚してしまいそうになります。
確かにムカつかせることには成功しています。円堂さんをあしように言われて面白いことはありません。
けれどそんな子供じみた嫌がらせで調子を乱すのは染岡さんくらいでしょう。
「総帥なんて言われてるのに、見る目がないんですね。あなたのお話、断って正解だったみたいです」
「ククク……見る目がない、そうかね?」
「ええ、そうです。なさすぎて笑っちゃいそうです」
私の顔も彼の顔と同じようにニヤニヤと歪んでいるでしょう。しかし影山に関しては今の内。じきに鬼道さんたちがその黒い笑顔を剥ぎ取ってくれるはずです。
なんてことをやっていたら、突然通路に怒声が響きました。
「影山……! 貴様、ベータに何してる!!」
肩を怒らせ現れたのは響木さんでした。言葉少なに出て行った私を探しに来てくれたのでしょうか。
しかし影山はちらりと一瞬目を向けただけで、響木さんに対する反応はそれきり。代わりに私へ、背後の通路奥の角を示してきました。
「円堂くんを探しているんだったね。なら、彼は向こうだ。ついさっきまで立ち話をしていたのだよ」
「……円堂にまで何かしたのか!? もしそうなら許さんぞ……!!」
「ただの立ち話だとも。……では失礼する。いい試合にしよう」
響木さんの怒りは全く無視して、空虚な挨拶を口にしてから影山は歩みを再開させました。私の横を通り――その、すれ違いざま。
「引き抜きの返事はいつでも変えていい。待っているよ、米田くん」
そう私に耳打ちをして、去って行きました。
私が帝国に行くことなどありえません。最後の最後まで不気味なやつです。
身体の怖気をようやくふるい落とすことが叶い、今度こそ安堵し息を吐きます。鬼道さんたちの囮としての役目も十分果たせたでしょう。言うことなしです。
そういった安心材料のない響木さんは、警戒心を吐き出す代わりにひたすらに不愉快そうに息を吐いていました。
「この期に及んでまだこちらを揺さぶろうとしてくるとは……全く見下げ果てたやつだ。……平気だったか、ベータ」
「はい、大丈夫です。それより円堂さんの方が心配になってきちゃいました。彼を連れて早くフィールドに戻りましょう? 試合の時間もそろそろなはずですし」
響木さんがこちらに向けてくる心配そうな眼差しは丁重にお断りし、影山が示したほうに眼を向けます。体感時間的にキックオフも近いはずと思って口にしたごまかしでしたが、実際近かったようで彼は余計な眼差しを引っ込めてくれました。
しかし、影山の言った通りに角の先に立ち竦む円堂さんを見つけると、また新たな心配事が生まれてしまたのでした。
「響木監督……に、ベータも……」
「……円堂、影山に何か言われたのか……?」
円堂さんの様子が何か変です。なんというか、覇気がありません。
試合を目の前にして、いつもなら「勝つぞー!!」とうるさいくらいにやる気をみなぎらせているのに、それが微塵も感じられないのです。
私のように影山に揺さぶられたのは明白でした。しかし、
「いえ……試合、お互いに頑張ろうって……。それだけです」
「……そうか」
円堂さんはそれだけしか言いません。よほど口にしたくないことを言われたのかも。
響木さんも無理に聞き出すのは逆効果と判断したのかそれ以上は何も言わず、渋々心配に蓋をすると、私たちはフィールドへと戻りました。
「――『試合が始まったらすぐにセンターサークルから離れろ』だァ!? 鬼道のヤツ、そんなこと言いやがったのかよ!?」
染岡さんは片眉を吊り上げて、バカバカしいぜと吐き捨てました。
私たちがフィールドに戻ってすぐ、詰めかけた観客の歓声を浴びながら、帝国と雷門の間で交わされた試合前の挨拶。その場でこっそりと耳打ちされた鬼道さんの言葉をそのまま告げてみたのですが、その深刻さはやはりどうにも伝わっていないようです。
「そりゃあ、米田が鬼道を信用するのはわかるし、悪い奴じゃないんだろうけど……さすがにそれは罠なんじゃないか?」
「御影専農の時は影山ってやつが全部裏で糸を引いてたんでやんしょ? 今度は鬼道が、そいつに脅されてるって話なんじゃないんでやんすか?」
なんて、染岡さんに続いて風丸さんと栗松さんまでもが、疑心の眼を帝国側のベンチへ――仲間と深刻そうな雰囲気で話し合っている鬼道さんへと、向けてしまっています。
しかしまあ、無理からぬこと。これから試合をする相手から『センターサークルから離れろ』なんて言われてしまえば疑うのも当然です。
しかも一部を除いて皆さんが知る鬼道さんは、豪炎寺さんを引きずり出すため皆さんを痛めつけていたあの姿です。鬼道さんが私を助けてくれたとか土門さんに便宜を図ってくれたとか、そういう話を聞いて信じてはくれているものの、実際に会った途端にこうもあからさまな事態となれば信用することは難しいでしょう。
ですが鬼道さんの言葉、警告は真実。彼は鬼瓦さんと共にあのボルトから、影山の悪意を読み取ったはずです。
一瞬の密談だったのでその具体的な悪意を聞くことはできませんでしたが、間違いなくそのセンターサークルには、すぐにその場を離れなければいけない何かが起こるのです。
だから避難は絶対なのですが、しかしその“何か”を私が説明できない以上、私は皆に「わかった」と言わせるために言葉を弄するしかありません。
「……脅されてるのだとしても、実際、ボルトが降って来たじゃないですか。キックオフ時のセンターサークルなんて絶好の狙い目ですし、警戒するに越したことはないと思いますよ?」
「……まあ、そうだよね。前は誰にも当たらなかったからって、今度も無事に済むとは限らないわけだし」
「そ、そうッス! あんなのに当たったらタンコブじゃすまないッスよ! 安全第一ッス!」
脅したおかげでマックスさんと壁山さんを引き込むことは成功したようです。染岡さんたちも、当時は平然としていたが内心少なからぬショックはあったようで、その目がちらりと不安そうに天井に向いています。
そこを畳み掛けるべく、私はわかりやすく自信たっぷりに不敵の笑みを浮かべ、言葉を続けてやりました。
「それに、たかがセンターサークルから離れるだけじゃないですか。もし罠で、ボールを取られちゃったとしても、その時は取り返せばいいだけです。……皆さんが帝国相手にそんなことができる自信がなくても、大丈夫です。私に任せちゃってください」
皆さんが駄目だった時は私が代わりに始末をつければいい。いつも通りのことです。
そしていつも通り、染岡さんの鼻息は荒くなりました。
「……ハッ、全く、毎回毎回ムカつくことばっか言いやがって……! 上等だ! キックオフのボールくらいくれてやる! ちょうどいいハンデだぜ!」
「あら頼もしい。ならそういうことで……豪炎寺さんも構いませんよね?」
「ああ。……というか、もともと俺は反対してない」
染岡さんの首を縦に振らせ、次いでフォワードのもう一人、豪炎寺さんにも話を振りました。染岡さんと違って聡明な彼には、まあ確認を取る必要はなかったようですが。
「鬼道ほどの男が影山に屈するとも思っていない。だから恐らく、ベータの言う通り何かあるんだろう。警告は聞くべきだ」
「その通りだ! 鬼道は卑怯な嘘を吐くような奴じゃない! 俺にはわかる!」
「……はぁ。わかったよ」
続いてさっきからずっと難しい顔をしていた円堂さんも、鬼道さんの側に立ってくれました。
台詞だけ見ればわたし以上に説得力のないものでしたが、そこはやはり円堂さんが円堂さんたる所以。皆さん釈然としない様子ながらも納得するに至ったようです。
やがて試合開始時間もやってきて、各々ポジションについた私たちは何が起こるのかと不安と緊張に包まれながらキックオフの笛を聞くことになりました。
ですがやはり、事はその直後に起こったのです。
打ち合わせ通りに急いでサークルから離れる私の目に飛び込んできたのは、ボルトの落下など比較にならないほどのとんでもない事態。影山の悪意と二度も対面し、見慣れた気になっていたのですが、それらはほんの上っ面でしかなかったことを理解せざるを得ませんでした。
幾本もの巨大な鉄骨が、轟音と共に降り注いできたのです。
グラウンドに突き刺さり、立ち込める土煙。ほんの数秒前まで自分たちが立っていた場所の惨状を凝視しながら、誰一人として言葉が出せません。あの場に留まっていたら確実に、死んでいたのですから。
死。まさかサッカーに勝つためにそこまでのことをするなんて、いくらなんでも信じられません。
鬼道さんはこんな人に立ち向かおうとしているのかと、同じく驚愕を見せる帝国選手たちの中、一人厳しい目で鉄骨を見つめるその姿に畏敬の念のような思いが生まれてくるほどでした。
そしてふと、その眼が横を向きました。釣られて視線を辿りそっちを見やると、出入り口から鬼瓦さんが件の男、影山を引っ立ててくる姿を見つけます。
身体に緊張が走る中、鬼瓦さんは影山を乱暴にフィールドへ突き飛ばしました。
「ッ……何とも手荒いな、鬼瓦刑事。それでよく刑事など務まるものだ」
「……この在り様を見て、最初に言うことがそれか!? 貴様は今、子供たちを殺しかけたんだぞ!?」
憤怒の鬼瓦さん。しかしそれを受けても影山は尚も動じません。変わらぬ不敵を纏ったまま、スーツの汚れを払いながら立ち上がります。
「殺しかけた? 滅多なことを言うものではないよ。私がやったという証拠でもあるのかね?」
「――あります」
今度は鬼道さんが声を上げました。
気持ちを押し込めたような硬い声音で影山の正面に歩み出た彼は、挑むような眼差しを向けながら、私が手渡したボルトを突き出します。
「これが証拠です。影山総帥……あなたは天井に細工をし、試合開始と同時に雷門へ鉄骨を落とした。そうでしょう?」
「………」
「黙秘権を行使ってか? 言っとくが、とっくに裏は取れているぞ。天井のボルトが緩められているのは確認したし、その施工を請け負った業者の証言もある。……言い逃れはさせん……!」
じっと黙り込む影山。見つめているのは証拠品のボルト、いえ、鬼道さん自身でしょうか。ともかく所業はぴたりと言い当てられてしまったようで、もう影山の顔に不敵の余裕はありません。その腕を鬼瓦さんに縛められても、彼は抵抗しませんでした。
しかし観念したのかと言われると軽々しく頷けないほどの雰囲気を、まだ影山は纏っています。
その様子に鬼道さんは決意したように一歩進み出て、重たい息を勢いに乗せて吐き出しました。
「……俺はもう、あなたの指示では戦いません。俺は、俺のサッカーで戦います」
「俺たちも、鬼道と同じ意見です!」
鬼道さんの決別の言葉に続いて、源田さんたち帝国選手全員が決意の眼を影山に向けました。
鬼道さんにとってそれは少なくない衝撃だったようですが、僅かに開いた口は何も発さずすぐに閉じ、再び影山に向きました。
「俺たちの……帝国のサッカーに、あなたが求める確実な勝利は必要ありません。あなたの悪行に塗れた、勝利だけのサッカーなんてもうごめんだ!」
「……勝手にしろ。私にももはやお前たちなど必要ない」
影山が鼻を鳴らしました。鬼道さんの毅然な態度に負け惜しみのような言葉を吐き捨てて、そしてそこで終わり。鬼瓦さんの部下らしい人たちが走ってやって来て、影山は手錠をかけられてしまいます。
「……四十年分、洗いざらい吐いてもらうぞ……!」
積もりに積もった怒りを滾らせる鬼瓦さん。影山はそれも手錠もさしたる抵抗も見せずに受け入れ、そしてそのまま引っ立てられていきました。
肌が粟立つ感覚は止みませんが、ともかく、これで全部終わりでしょう。スタジアムにひしめく衆目の中でこんなことをされたのだから、逃げ場なんてあるはずがありません。社会的な死は確実です。
そう考えるとちょっと自分たちの行いが恐ろしくもなってきますが、影山の悪意を野放しにする方がもっと恐ろしいのだから仕方がありません。それに晒され続けた鬼道さんたちにとっては尚のことでしょう。
彼らはもうこれで、影山に怯える必要がなくなったのです。音無さんの件も、きっとこれでいい方向に向かうはず。
そう気持ちを切り替えようと、思い詰めた表情で鬼道さんを見つめる音無さんを見やりました。
――と、その時。
「――必要なのは、ただ命令を順守する兵士のみだ」
恐らくごく小さな呟き。しかし何の因果か私の下まで届いた声に、ハッとなって私の眼が向きます。
ちょうど出入口の陰に消えていく影山の口元が、にやりと歪んでいるのが見えました。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに見えなくなりました。影山たちが完全にフィールドから去り、次いで聞こえた鬼道さんの声で我に返ります。
「円堂、響木監督。本当に申し訳ありませんでした。雷門をこれほどの危険にさらしてしまったんです。俺たちにこの試合を戦う資格はありません。棄権します」
「えっ!? 鬼道、お前なにを言うんだよ!?」
それは私ではなく円堂さんと響木さん、雷門全員に向けた謝罪。棄権するのは道理としてはその通りです。
しかしそれを望む人間は、私を含めて雷門には一人もいません。
「円堂。試合をするかしないか、お前が決めろ」
豪炎寺さんが代表して皆の意思を口にします。
認めた円堂さんは動揺を鎮めると、改めて鬼道たちに向き直りました。
「……俺たちは、サッカーをしに来たんだ。なら……決まってるだろ? やろうぜ、サッカー!」
「円堂……! 感謝する……!」
「感謝なんていらねえよ! せっかくここまで勝ち上がってきたってのに、またお情けの勝利なんてもらってられるかってんだ!」
染岡さんが咬みつきますが、とはいえその思いは皆同じ。予選を戦う最中、あの1-21の屈辱を意識してこなかった人はいません。またあんなことになるなんて冗談じゃないです。
「悪いと思ってるってんなら、全力で来いよ帝国学園! 今度こそ真正面から倒してやる!」
「……わぁ、染岡さんらしからぬまともなお言葉」
「あ゛ぁ゛!? なんか言ったかベータ!?」
「どうどう。染岡、どうどう……」
つい私も口に出てしまって、半田さんにフォローされてしまいます。
しかしともかく彼の物言いが最後の一押しになったようで、鬼道さんの顔からようやく申し訳なさそうな表情が消え、代わりに好戦的な笑みが浮かび上がってきました。
「……わかった、いいだろう。生まれ変わった帝国のサッカー、その歴史の第一歩にしてやろう、雷門中!」
「ああ! 俺たちも、あの時からレベルアップしたイナズマ魂を見せてやる! 行くぞみんな!!」
円堂さんも二ッと笑って、そうして私たちは久方ぶりに真っ当な試合をする機会を手に入れたのでした。
と、そう思ったのですがしかし、影山が残したトゲがまだ一つ、円堂さんの身に食い込んでいたことに、私たちの誰も気付いていませんでした。