雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第三十七話 雷門サッカー

「――米田さんがディフェンスかぁ……。前の帝国戦の時以来で、なんか懐かしいッス!」

 

「私としては、もうこんなことすることはないって思っちゃってたんですけどねぇ」

 

 

 しかし何の因果か、あの時――今回限りの助っ人として出場した帝国戦と同じ、壁山さんの隣のディフェンダーポジション。彼のように呑気に『懐かしい』などとは思いませんが、目の前に敵の眼ではなく味方の背中が見えるのは、二度目とはいえ前回とは状況も舞台も違うせいか、何とも不思議な感覚で落ち着きません。

 けれどそれこそが、きっと今の私には必要なものなのでしょう。

 肯定するように、背後のすぐ近くから円堂さんの声が響きました。

 

 

「でもベータはディフェンス技術だってスゲーからな! 頼りにしてるぜ!」

 

「はい、任されちゃいました!」

 

 

 さっきまでの不調は欠片も見えない、気力に溢れた元気な声色でした。振り返ればすっかりいつも通りに戻った円堂さんの顔がニッと歯を見せ笑っています。

 その笑顔に、私は気付けば自然と笑みで返していました。

 

 前半戦のような“楽しくないサッカー”は、そこにはありません。私が惹かれた円堂さんのサッカーは、彼の復調と共に戻ってきたのでしょう。

 私や呑気な壁山さんだけでなく、他の皆さんからも前半戦から続いていた暗澹たる空気感は消え失せています。

 

 円堂さんが私のサッカーを楽しいものにしてくれている。だから尚のこと、私はそれを理解しなければならないのです。それがどれだけ私から遠いものだとしても。

 そう、改めて内で騒めく想いを噛みしめました。

 

 

「う、うわああぁぁッ!!」

 

「ッ!! マックス!!」

 

 

 と、響いた声が私の意識を試合に引き戻します。見やれば必殺技でも食らったのか、吹き飛ばされるマックスさん。そしてそのままボールを保持して突っ込んでくるのは、やはりというか、ドリブラーとしてもこの上なく優秀で厄介な彼、鬼道さんです。

 認めると同時、ほとんど反射的に私は飛び出していました。

 

 

「――皆さん周りのマークを! 彼は私が!」

 

 

 動きを読んで進行方向に立ちふさがると、ボールが足にくっついているかのような見事なドリブルもさすがに止まりました。

 そして同時に始まる足下でのボール争奪戦。私を振り切ろうと動く彼に対し、私はそのボールと足を追いかけ続けます。

 

 そんな戦いをしていると、やはりどうにも以前の帝国戦の光景が頭にちらついてしまいます。それは鬼道さんも同様だったようで、ふと苦笑気味の息づかいが間近で聞こえました。

 

 

お前(ベータ)をディフェンスに置く布陣……確か以前の試合もそうだったな! なんとも懐かしいじゃないか!」

 

「鬼道さんも、壁山さんと同じこと言っちゃうんですねぇ……! まあ試合のこと思い出しちゃったのは、私もなんですけど!」

 

「ならちょうどいい! このまま、あの時と同じ光景を再現してやろうじゃないか!」

 

「やれるものならご自由に! もうあの時みたいなへなちょこな私じゃありませんから!」

 

 

 当時は確か、競り合いはしたものの結局抜き去られてしまいました。しかしそれは、その時の私が数年のブランクを抱えていたから。数々の試合と練習特訓を経た今の私を、同じように破れると思ったら大間違いです。

 とはいえそれでも最強と名高い帝国のキャプテンからボールを奪うのはブランクを埋め戻してなお難しく、なかなか勝負はつきません。しばらく奪い奪われの膠着状態が続き、やがてそんなちまちまとしたテクニック勝負に焦れたのか、彼は無理矢理身体を押し込んできました。

 多少乱暴でも、前半戦の消耗が今だ抜けきっていない私の攻略にはそれが手っ取り早いとと考えたのでしょう。

 

 

「なるほど確かに……すっかり調子は取り戻してしまったらしいな……!」

 

「っ……調子悪かったのは、円堂さんの方なんですけど! というか鬼道さん、いいんですかこんなこと(猛烈なチャージ)しちゃって! 女の子イジメてたら、また音無さんとの関係こじれちゃいますよ!」

 

「……全く、口の減らない奴だな! だが……ッ!!」

 

 

 その力任せの選択は、どうやら正解だったようでした。

 鬼道さんも前後半と戦ってきて消耗してるでしょうが、それでも私よりはマシであるらしく、ほどなくしてボールの奪い合いは決着がついてしまいます。

 

 

「調子はともかく、体力が戻っていないのなら、恐れるに足りんッ!!」

 

「くぅッ……!!」

 

 

 かけられる圧力を支えきれず、僅かに足が滑ってしまいました。

 すぐに立て直したものの、鬼道さんにはその“僅か”で十分。切り返し、入れ替わるように横をすり抜けていく彼を、もはや私は止められません。

 

 

「米田さんだけじゃないッスよ! 俺だって――うわっ!?」

 

「無駄だ! 時間稼ぎはもう済んだ! 行け寺門!!」

 

 

 壁山さんがカバーに来てくれたようでしたがそれも実らず、捕まる前に鬼道さんは右サイドへ鋭いパスを蹴り込みました。

 彼との攻防に熱中してしまっていたせいで気付きませんでしたが、走り込んできたフォワードは完全フリー。ボールは、気付いた時には既にその人の足にピタリと収まってしまいます。

 

 慌てて止めようと走るも、距離的にもとても間に合いそうにありません。

 失態に、胸がギリと痛みました。私が防がなければならなかったのに、と。

 

 ――それもまた、きっと円堂さんのサッカーではなかったのでしょう。

 彼の声が鼓膜と頭の中に響きました。

 

 

「大丈夫だベータ!! 仲間を信じろ!!」

 

 

 『信じろ』。以前と同じで、しかし以前とは異なる言葉。

 その差異に困惑した足が思わず止まってしまい――その直後でした。

 

 

「ッ!! 寺門、後ろだ!!」

 

「な……っ!?」

 

 

 突然、焦ったふうな声が鬼道さんから上がりました。寺門さんと、そして私も反射的に言われるがまま振り向き、そして見つけます。

 風丸さんです。いかに彼の俊足でも、フリーのフォワード、寺門さんの前に立ちふさがるには遠すぎる距離ですが、彼の眼はそれでもかまわず寺門さんを捉え、胸の前にかざした手でチカラを、風を、球の形に練り上げています。

 

 見覚えのある動作でした。しかし、それも当然。それを完成させるために、私は散々練習相手を務めたのです。

 

 

「見せてやる……俺の、新必殺技!! 【エアーバレット】!!」

 

 

 作り上げた風のボールを、彼は蹴り飛ばしました。それはまっすぐ標的である寺門さんまでを貫いて、吹き飛ばしてしまいました。

 

 

「ぐわあぁぁッ!!?」

 

「くッ、寺門!!」

 

「いいぞ!! ナイスだ風丸!!」

 

「ああ……!!」

 

 

 弾かれ浮いた本物のボールは、そのまま風丸さんの足元に。彼はこころなし誇らしげな顔を円堂さんと、そして私に向けています。

 

 一方、私の頭には驚きばかりが溢れていました。

 確かに、この必殺技ならば帝国にも通用するかもしれないと思ってはいましたが、それでもこんな見事な大成功は想像の外。そしてそれが、今、このタイミングでやってのけられたことに、なぜかどうにも現実感が湧いてこないのです。

 

 とにかく、何か不思議なことが起こったような理解の及ばない心地でした。

 しかし今は試合中。攻守が入れ替わった熱気の中で呆けたのは僅かな間だけで、我に返ると私はすぐに走り出し、声を上げました。

 

 

「風丸さん! パスを――っ!!」

 

「させんッ!!」

 

 

 直後、鬼道さんが割り込んできました。さっきの好戦的とは違う焦り顔が私を睨んできます。

 

 さすがにこれではパスは期待できそうにありません。

 もしかしたら他の皆さんにパスをつないだりしてボールを前線に持ち込むことはできるかもしれませんが、そう何度も帝国相手に事がうまく進むとは思えませんし、そもそも持ち込めたとして、私以外のシュートでは源田さんを破れないのが現状。

 せっかくこっちのボールになったというのに、さっそく八方塞がりです。

 

(『恐れるに足りん』とか言っちゃってたくせに……!)

 

 なんて睨み返すも、悪いのは呆けてダッシュが遅れた私です。ならば責任もって彼を振り切るしかないと、さらなる消耗な覚悟を決めたその時。

 私の外で、事は既に動いていました。

 

 

「よし……! 頼む、栗松!!」

 

「はいでやんす!! 俺だって前の俺とは違うでやんすよ……!! 【ダッシュアクセル】!!」

 

 

 風丸さんからパスが飛び、それを受けた栗松さんが素早いドリブルで帝国選手たちの間を突破。さらに続き、またもパス。

 

 

「強くなった俺たち雷門の力、見せてやる!! 【竜巻旋風】!!」

 

「やった! いっけえ、少林!」

 

 

 少林さんに渡り、回転させたボールが生む土煙の竜巻が帝国ディフェンスを撹乱すると、やがてボールは豪炎寺さんと染岡さんが待つ最前線の一歩手前、半田さんの下まで届いてしまいました。

 

 なんという奇跡でしょうか。少し恐ろしくなってくるほどですが、しかしさすがにそれもここまででしょう。

 確かに豪炎寺さんと染岡さんはほとんどフリー状態なものの、源田さんは既に彼らを見据えてチカラを溜め始めています。二人にボールが渡ったとしても、その時には既に準備を終えているだろう【フルパワーシールド V2】を破ることはできません。

 豪炎寺さんと染岡さんの【ドラゴントルネード】が不思議パワーで格段なパワーアップを果たすとか、そんな風丸さんたちのような奇跡はこれ以上起こりえないのです。

 

(……奇跡?)

 

 ふと思い出しました。風丸さんの【エアーバレット】のように、私が練習相手を務めた半田さんと宍戸さんの連携必殺技。

 あれはシュート技です。

 

 

「いくぞ宍戸!! 特訓の成果を!!」

 

「はい!! 見せてやりましょう!!」

 

 

 半田さんがボールと共に跳び、宙で伸ばした足にボールを固定。その上から、宍戸の炎を纏った踵落としが、まるで点火するようにボールめがけて振り下ろされます。

 そうして放たれる必殺シュート。

 

 

「「【火縄バレット】!!」」

 

「なに――ッ!? クッ……!! 【パワーシールド】!!」

 

 

 思いもよらぬ面子から放たれた炎の弾丸に、源田さんは完全にタイミングを崩されてしまったようでした。溜め(・・)は足りず、出現した障壁は比較すれば二回り以上も小さいものでしかありません。

 それでもそこいらのキーパーが使う必殺技よりは格段に強力だったでしょうが、しかし僅かに、ほんの僅かに障壁の強度が足りなかったようです。

 

 光の壁を砕き、ボールはゴールネットに歪な凹凸を作ることとなったのでした。

 

 一瞬の静寂。そして轟音。得点を告げる審判のホイッスルも掻き消してしまうくらいの歓声が、観客席と、私たち雷門から吹き荒れました。

 

 

「やったぁッ!! やったぜ!!」

 

「すごいぞ半田、宍戸!! 練習よりもずっといいシュートだった!!」

 

「俺と豪炎寺の【ドラゴントルネード】に迫る必殺シュートを、まさかお前たちが打つとはなァ……。まあ、点入れたんだ! 褒めてやる!」

 

「あ、ありがとうございます染岡さん!! 皆さんも……。うぅ……お、俺、このところずっと控えだったけど……っ、頑張ってきてよかったぁっ……!!」

 

 

 感動のあまり泣き出してしまった宍戸さんと喜びを爆発させる半田さんが、皆さんにもみくちゃにされています。

 

 その光景を外から眺める私には、皆さんと違って驚きしかありません。

 奇跡に奇跡が重なって、スコアボードに記された一得点。1-1のイーブンに戻せてしまったことは、私にはあまりに信じ難い現実でした。

 

(それとも……これも、円堂さんが……?)

 

 『信じろ』という、あの言葉。

 私にはわかりません。しかしとにかく、これは奇跡であれど幻でも何でもない現実です。

 

 そしてその現実は、鬼道さんたち帝国の眼に火を付けるには十分すぎるほどのものでした。

 

 

「……すまない鬼道。油断した……ッ!」

 

「いや、俺が読み切れなかったからだ。……俺たちはどうやら、まだ雷門を甘く見ていたらしい。もう次はない……気を引き締めていくぞ!!」

 

 

 「おう!!」と響く、尋常でない気迫のこもった重低音。それは感極まっていた雷門の気も引き締めるほどでした。

 そして鬼道さんはスコアボードの上、時計を見やってもう一言。

 

 

「まだ、時間は残っている……!」

 

 

 より一層の想いが籠った声で呟きました。

 

 

 

 

 

 

 

 そこから帝国の怒涛の攻撃が始まりました。

 遮二無二に、なりふり構わず勝とうとするような全力のサッカー。雷門も呼応して士気を高め、熾烈なボールの奪い合いを繰り広げるも、それでも帝国の猛撃の前にじりじりと押されてしまうほどです。

 

 そうして互いにあっという間に体力の限界を迎え、そしていよいよPK戦が見えてきた時でした。

 とうとう帝国の猛攻に耐えきれず、前線の一角が崩れました。

 

 

「【キラースライド】ッ!! ――よし、全員攻め込めッ!!」

 

「ッ――!! 風丸さん、栗松さん、左右を塞いじゃって!! 壁山さんは9番(寺門)です!! 行かせないで!!」

 

「は、はいッス!!」

 

 

 とっさに叫んで開いた穴を塞ごうとしますが、私を含めて四人のディフェンスでは帝国の総攻撃など防ぎようがありません。皆さん確かに自分の仕事を果たしたものの、鬼道さんを含めた三人に突破されてしまいます。

 そして彼らは鬼道さんを中心にしたV字型に陣形を変えてきました。間違いなく、さっき円堂の【ゴッドハンド】を破った【皇帝ペンギン2号】とやらのフォーメーションです。

 

 その歩みは、もう止められそうにありませんでした。

 そんな状況。いつもの私であれば、間に合わないとわかっても、“私が止めなければならない”と追いかけずにはいられなかったでしょう。

 事実、状況を認識した瞬間、私の身体はマークしていた帝国選手から離れ、勢いよく背後の彼らに振り向きました。

 

 しかしその時ふと頭にさっきの“奇跡”の光景と、そしてあの言葉(『信じろ』)が蘇ってきたのです。

 

 

「――円堂さん――ッ!!」

 

 

 気付けば私はごく自然に、彼の名前を呼んでいました。

 あの時の、以前の帝国戦の時のような感覚と共に。

 

 

「ああ――! 任せろッ!!」

 

 

 私の声に円堂さんは武者震いを堪えるような、それでいてどこか嬉しそうな笑みで応えました。

 

 そんな彼へと、鬼道さんたちは放ちます。

 

 

「いくぞ円堂……これで、決めるッ!!」

 

「「【皇帝ペンギン2号】ッ!!」」

 

 

 現れるペンギンたち。鬼道さんと、佐久間さんと辺見さんのボレーで射出されたそれらがゴールへと殺到していきます。

 円堂さんは、やはり彼の最強のキーパー技、【ゴッドハンド】を繰り出しました。

 

 

「【ゴッドハンド】!! ――ぐぅ……ッ!!」

 

 

 そしてこれも思った通り、さっきの焼き直し。明らかに分が悪いようです。ペンギンたちのくちばしが大きな手のひらの指に食い込み、今にも食い破らんとしています。

 元より鬼道さん曰く、【ゴッドハンド】を破るために編み出した必殺技なのですから、万全の状態にあるそれをも打ち破れる威力であって当然です。調子が戻っても力関係は変わっていません。

 

 しかし。

 

 

「――鬼道たち帝国と、俺たち雷門の想いが詰まったボール……俺はもう、この重さから逃げたりしない……!! 俺はみんなに、最高のプレーで応えなきゃいけないんだッッ!!!」

 

 

 直後、空いていた彼の左手に、なんと右手と同じチカラが灯ったのです。

 

 

「ゴッドハンド――(ダブル)ッッ!!!」

 

 

 要するに、両手での【ゴッドハンド】。右手と左手の力が合わさって相乗効果的に膨れ上がり、そのまま巨大化した光の手のひらが、その圧力を以てしてたちまちペンギンたちを弾き飛ばしてしまいます。

 

 そんなことになってしまうほどの威力であれば、もう他に何も起こりようがありません。

 手のひらが消えた時、ボールは円堂さんの両手にがっちりと掴み取られていました。

 

 私は再び“奇跡”を、円堂さんのサッカーを、見せつけられてしまったのでした。

 

 

「「……ッ!!」」

 

 

 それでも、半田さんたちと違って特訓を重ねたわけでもない故に、代償は払わねばならなかったようでした。

 

 私と、恐らく鬼道さんが、驚く前に同時に気付きました。円堂さんから感じる気迫。ついさっきまでその身に満ち満ちていたそれが、眼に見えて減じています。

 つまり今の【ゴッドハンドW】による消耗が、思いもよらないほど大きかったということ。【ゴッドハンド】二回分どころではない気力を持っていかれてしまっているようです。

 それこそもうこれ以上、【ゴッドハンド】どころか【熱血パンチ】の一発すら打てそうにないほどに。

 

 しかしそれは、私たちが近くで円堂さんの足が僅かに震えたのを見たからわかった事でした。

 

 

「円堂、半田にパスだッ!! 早くしねぇと試合が終わっちまう!!」

 

 

 帝国ゴールへと走りながらの染岡さんの声。同じく走る半田さんへのロングパス要求は確かに道理なのでしょうが、同時にそれが悪手であることに気付いていません。

 

 

「あ、ああ……っ! 頼むぞ、半田……っ!」

 

 

 歯を食いしばって応えた円堂さんがボールを蹴り出します。しかしやはり力が入らないのか、高さがあまりありません。

 

 当然私の掣肘は間に合わず、鬼道さんはそれを迎え撃つようにジャンプしていました。

 

 

「っ!! しま――!!」

 

「くっ……! やらせない……!! 勝つのは俺たち、帝国だッ!!」

 

 

 無理矢理姿勢を変えてボールを取りに行ったせいで、軸足を痛めてしまったのでしょう。鬼道さんの顔が歪んでいます。

 しかし今そんなことを気にしている余裕なんて、彼にも私にもありません。

 

 それは差し迫ったピンチであることだけでなく、鬼道さんがとったシュート体勢のためでもありました。

 

 高く、黒い炎を纏って螺旋回転するその体勢は、雷門の誰しもが見覚えがあると同時に、それ(・・)とは全く異なる異質なものだったのです。

 

 

「あ、あれは、豪炎寺の……!!」

 

「黒い、【ファイアトルネード】……!!」

 

 

 否、

 

 

「くらえ……ッ!! 【ダークトルネード】ッ!!」

 

 

 闇の炎の竜巻が、円堂さんへと襲い掛かりました。

 

 

「円堂ッ!!」

 

「キャプテンッ!!」

 

「まだ、だあぁぁッッ!!」

 

 

 皆さんの悲鳴。応えるように円堂さんは吠え、シュートにパンチを見舞いました。しかし【熱血パンチ】ではありません。一発で足りないなら二発、それでも足りないなら三発と、重ねられる怒涛の連続パンチです。

 

 この土壇場で素晴らしいパンチング。しかし、それでも消耗を覆すには至りませんでした。

 

 

「ッ……!」

 

 

 限界の限界を超え、全力の最後の一滴を絞り尽くして打ち出したトドメのパンチ。それでも【ダークトルネード】の威力を完全には殺すことはできず、余った僅かな威力が拳をいなし、円堂さんの頭上を抜けていってしまいます。

 とうとう円堂さんの全身を飛び越え、そしてその背後、ゴールラインを超える――その、直前。

 

 

「――させ、るかッ!!」

 

 

 オレの伸ばした足が、ギリギリのところでボールを掬い上げた。

 

 足元に収め、一瞬だけ審判を見やる。……笛を鳴らす様子はない。ノーゴールだ。

 

 しかし得点の笛は吹かれないとしても、試合終了のそれはもういつ鳴ってもおかしくないだろう。

 現在の点数は1-1なのだから、勝敗はPK戦に委ねられることになる。パンチングで今度こそすべての力を使い果たしてしまった円堂では、どうあがいても勝ち目はない。かといって今から一点、攻め入りゴールに叩き込むには、とても時間が――

 

 と、歯噛みしながら正面を見やったオレは一瞬、唖然とした。

 何の偶然か、正面が帝国ゴールまで一直線にガラ空きだったのだ。

 

 キーパーの源田と眼が合う。これも“奇跡”のなせる業なのだろうか。オレは、気付けば右脚を振り上げていた。

 

 

「なっ……!? ここでだと!?」

 

 

 驚く声を意識から締め出し、オレもまた全力振り絞る。

 

 

「【ダブルショット】ッ!!」

 

 

 打ち放ったシュートは空いた空白を駆け抜ける。団子状態の前線を貫き、一直線。

 だが、鬼道たちの顔に焦りの色はない。あるのは困惑だ。

 

 

「いくら米田の【ダブルショット】だとしても、この距離では……」

 

「俺の【フルパワーシールド V2】は、絶対に破れない!」

 

 

 声は聞こえなかったが、源田はそう言ったのだろう。実際、オレのこの行動は、誰の眼にも試合終了前の悪あがきにか映らない。

 そしてそれは事実だ。オレ一人(・・)の力では、どうあがこうが得点は不可能だ。

 

 だから、声を張る。

 

 

「豪炎寺!! 染岡!!」

 

 

 果たして、それは届いた。

 

 

「ドぎついパスだなベータ!! だが面白れぇ……やってやる!! 合わせろ豪炎寺!!」

 

「お前こそ、しくじるなよ染岡!!」

 

 

 飛翔するオレのシュートに合わせ、二人がさらにシュートを重ねる、シュートチェイン。

 

 

「「【ドラゴントルネード】ッ!!」」

 

「ッ!! 絶対に、止めてみせるッ!! 【フルパワーシールド V2】!!」

 

 

 いっそうぶ厚い障壁と赤い竜が激突する。そのままでは竜には万が一の勝ち目もなかっただろうが、しかし、オレの【ダブルショット】の後押しを受けたそれは、障壁に遮られようと止まることはなかった。

 お構いなしに突き進まんと、障壁を叩き、食い破り、穿ち、そして――

 

 

「……ご、ゴオオォォォーールッ!! 雷門中、試合終了間際に勝ち越し点ッッ!!」

 

 

 ――ゴールに突き刺さるさまを、実況の男の子の声が興奮に狂ったような大声で告げました。

 

 そして直後、試合終了のホイッスルまでもが鳴り響きます。選手たちの前に、観客席ですさまじい歓声が巻き起こったのです。

 私たちがそれを実感したのは、もう数秒が過ぎた後でした。

 

 

「……勝った? 勝ったのか、俺たち……帝国に……っ!」

 

「勝ったんだよ!! 俺たちが、地区大会優勝したんだ!!」

 

「フットボールフロンティア本戦出場でやんすっ!!」

 

 

 わぁっと、観客に負けないくらいにやかましく喜びの声を上げる皆さん。最終的に得点を挙げた豪炎寺さんと染岡さんに殺到し、誰からともなく胴上げが始まっています。

 

 円堂さんもきっとその輪に加わりたかったでしょうが、さすがにその体力は限界も限界だったようです。力尽きてへにゃりとへたり込んでしまった彼に、私はいつものように軽口半分で手を差し伸べます。

 

 

「いつにもましてギリギリの試合になっちゃいましたね」

 

「ああ。……接着剤になるなんて言っておきながら、結局みんなにも迷惑かけちゃった。……なあベータ。こんな俺でも、これからもお前と一緒にサッカーしていいかな……?」

 

 

 様々な想いがこもった眼でした。

 

 確かに失望はしました。前半戦、いつどんな時も頼もしかった円堂さんからその覇気がなくなってしまったために、私はサッカーを忘れかけてしまったのですから。

 けれどもそのマイナス補って余りあるモノを、彼が見せてくれたこともまた事実。故に、私は心の声をそのまま口にすることができました。

 

 

「これからもよろしくお願いしますね、キャプテン」

 

「ああ……! こっちこそ、よろしくなベータ!」

 

 

 差し出した私の手を円堂さんが掴み、そしてそう引き起こします。近づいた顔同士で二ッと笑うと、その時ちょうど胴上げに興じていた一団がこっちまでたどり着きました。

 客席から響く雷門中コールと合わさって盛り上がり過ぎ、ヘンに興奮してしまっているようです。

 

 そんな彼らには咄嗟に円堂さんを生贄にしておいて、私はようやくそれ(・・)を噛みしめることができました。

 

(やっぱり……サッカーって楽しいです)

 

 きっとこれこそが、私の望んでいたサッカーなのです。

 

 

「負けたよ、雷門。優勝おめでとう」

 

「あっ……鬼道」

 

 

 無念そうに、しかし晴れ晴れとした顔でやってきた鬼道さんが、祝福の言葉を口にしました。

 すると反対に円堂さんの顔が僅かに曇り、胴上げから降りて言い辛そうに口にします。

 

 

「その……音無のことは……」

 

「いいんだ。……春奈も俺も、何もできない子供だったあの頃のままじゃない。自分でそう言ったのに……お前たちに負けて、初めてそれを理解できたような心地だよ。敗北にも……いや、敗北にこそ価値があるんだな」

 

「鬼道……」

 

 

 ふとベンチを見やれば、音無さんの顔にはほんのりと笑みが浮いています。彼らの確執はいつの間にか解決していたようです。

 

 よかったと心からそう思いました。孤児であった彼女たちの仲が分かたれなくて本当によかったです。

 これでもう帝国戦には心残りも残っていません。あとはもう、私も存分にこの勝利に浸るだけ。

 

 

「――えっ!? 鬼道たちも本戦に行けるのか!?」

 

「知らなかったのか? 前年度優勝校には自動的に出場枠が与えられるんだ。お前たち雷門とは別ブロックになるだろうがな」

 

「そうだったのか! もう一度お前たちと戦えるんだな! ……決勝で戦うまで、負けるなよ鬼道!」

 

「フン、当然だ。お前たちこそ覚悟しておけ。今日ここからが、俺たち帝国サッカーの始まりなのだからな!」

 

 

 試合が終わったばかりだというのにもう戦意をぶつけ合う円堂さんと鬼道さんの二人を眺めながら、私は気分よく息を吐き出したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 観客席。群衆に紛れて試合を見守っていたその人物の姿は、明らかに周囲から浮いていた。

 

 全身と顔まで隠す目深なローブという、本来であれば警備員を呼ばれていてもおかしくない異様な様相。だがしかし、周囲の観客は全く気にも留めていないようだった。それどころか、まるでその人物のことなど見えていないかのように、ただ必死に歓声を上げるばかり。

 そしてその人物も、至近距離且つ大音量で鳴り響く歓声を気にした様子はない。

 ただじっと、手の中にあるサッカーボールを模した機械が生み出す、周囲を断絶する球状の静寂の中で、変わらず通信による報告を行っていた。

 

 

「――はい、フェーズは計画通りに進行中です。フットボールフロンティア優勝を以って、能力は規定値に達すると思われます。しかし……はい、やはり汚染があるのは明らかです。直ちに修正を……っ、……了解しました。監視を継続し、指示を待ちます」

 

 

 そしてその報告も終わり、応答が途切れる。ローブの人物はしばし目を落としたまま、次いで眼下のサッカーコート、そこで勝利を喜ぶ選手たちをじっと見つめると、やがてフッと、一瞬のうちにその姿を消してしまったのだった。




風丸くんには【火縄バレット】と合わせて【ツバメ返し】を習得してもらおうと思ってたのが寸前でドリブル技なことに気付いてやむなく【エアーバレット】に変更した、という裏話。
そして【ゴッドハンドW】もちょっと特別仕様。ゲーム的に言えばTP全消費する代わりに繰り出せる身の丈に合わない必殺技、みたいな感じです。新帝国での【皇帝ペンギン1号】よろしくマイナスに振り切れてます。よろしくお願いします。
ついでに感想もくださいお願いします。

そして誤字報告もありがとうございます。
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