雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第四話 帝国の実力

 そうしてひとまず一致団結に成功し、私たちはグラウンドに出ました。

 顧問兼監督の冬海先生、壁山さんの敵前逃亡による棄権を恐れていたらしい彼に、お客様に失礼なことがあれば私の立場が云々とそういう意味合いの説教を受けてから、それを「そのお客様がお待ちですよ」と中断させて、とうとう円堂さんと相手のキャプテンの対面が成されます。

 そして挨拶のそのタイミング、差し出された握手の手には応えずウォーミングアップの許可を求め、そして了承された鬼道さんたち帝国学園によって、我が雷門イレブンに一斉に同じ空気が漂いました。

 

(いや、これ、やっぱり勝てませんよ)

 

 帝国学園は、ウォーミングアップの時点でさえ格が違いました。

 ボールコントロールや体捌き、連携力にシュート力まで、さすがは全国最強といった腕前で、私たちに見せつけるように繰り広げられるそれらは私でさえ震えが走るほど。チームメイトの皆さんに関しては、圧倒的な実力差に私以上の絶望感を与えられているはずです。証拠に、やる気に満ち溢れていた皆さんの顔色は目に見えて悪くなりましたし、壁山さんに至ってはおトイレを理由にまた敵前逃亡をしそうになりました。

 

 そしてそれは、当の帝国学園の狙い通りだったのでしょう。雷門の士気を狙ったウォーミングアップという名のデモンストレーションを終えた帝国キャプテン、ドレッドヘアにゴーグルの鬼道さんは、さっきは無視した握手の手をこれ見よがしに示威的に、円堂さんへと差し出しました。

 

「改めて、帝国学園の鬼道 有人だ。よろしく雷門サッカー部。いい試合にしようじゃないか」

 

「……ああ! あの帝国と戦えるなんて光栄だよ! こっちこそよろしく頼む!」

 

 差し出された手をがっちり握った円堂さんは、しかし鬼道さんたち帝国の悪意には気が付いていないようです。おバカな彼に伝わったのは帝国の圧倒的な強さだけ。驚きはしたようですが、しかも他の皆さんのようにそれに臆することなく、全部戦意の炎に変えてしまっています。

 鬼道さんたちにとってそれは、無謀な強がりと受け止められたようでした。

 

「くっ、ふふ……ハハハハハッ! 『よろしく頼む』か。全く、バカなのか? お前は」

 

「え……?」

 

「俺たちとお前たちが戦って、いい試合などできるものか。見てわからないのか? 実力の差は明らかだ」

 

「……何が言いたいんだよ」

 

「お前たちは俺たちに敵わない。手も足も出ず、完膚なきまでに敗北するんだ。お前のチームメイトたちはよくわかっているようだが?」

 

 言い、自分のチームから私たち雷門へと視線を移して鬼道さんは笑いました。現実が見えていないお前(円堂)は愚かだ、と言うように。

 間違ったことは言っていません。円堂さん以外はもうだいぶ圧倒されてしまってますし、実際に戦ってもそうなるでしょう。私もそう強く実感しました。

 しかし円堂さんはそう言われても尚、その目の炎を消しません。

 

「そんなことない! 試合が始まってもいないのに、勝敗なんてわかるもんか!」

 

「ふん、ここまでいくともはや病気だな。だが、果たしてこれが勝機のあるチームかな? 聞いた話では部員不足で半分近くが素人の助っ人。挙句。マネージャーまで出張らなければならないような在り様で」

 

 と、その眼が今度は私へと向きました。帝国のウォーミングアップを秋さんたちと一緒にベンチで見物していたせいで、制服姿の彼女たちの中で一人のユニフォームが目に付いてしまったのかもしれません。いつかの小学生や染岡さん同様、女生徒ということで私を見くびっているみたいです。

 なので三度目の微笑みで応えます。

 

「残念、私はマネージャーじゃないですよ。元ですけど、ちゃんとしたプレイヤーです。助っ人ですから、部員不足っていうのは正解ですけど」

 

「……ほう?」

 

「そうだ! それにみんなも、数合わせのメンバーなんかじゃない! 今日のためにきつい特訓にも耐えた、正真正銘のサッカープレイヤーたちだ! だから俺たちは、帝国にだって負けたりしない! 試合でそれを証明してやる……!」

 

 にやりと笑う鬼道さんを、仲間をコケにされた円堂さんが憤りと共に睨みつけます。そこにこもる敵意は鬼道さんの意識を私から引き剥がし、彼は再び円堂さんへと侮りきった物言いを口にしました。

 

「……いいだろう、どのみち俺たちのやることは変わらない。始めようか、結果の決まりきったサッカーを」

 

「望むところだ、俺たちの力を見せてやる……! やるぞ、みんな!」

 

 「おう」という返事は、さすがに校舎内でしたそれよりも落ち込んだものになりました。

 

 

 

 

 

「あら、お隣さんですね。よろしくお願いします、壁山さん」

 

「えっ、あ、はいッス。よ、よろしくお願いしますッス……」

 

 円堂さんたちは私の居ぬ間にもう全員のフォーメーションを決めていたらしく、試合開始目前となって私は言われた通りの位置に付きました。

 オーソドックスな4-4-2フラット――ディフェンダー四人にミッドフィールダーが四人、フォワードが二人の陣形で、私のポジションは左サイドバック。なので同じディフェンス仲間として壁山さんにご挨拶したのですが、彼はどうやら、未だ帝国の余興の衝撃を引きずっているようです。対面する帝国選手の余裕の笑みと、そして周囲のギャラリーにビビり散らかしているらしく、返事もどこか上の空。また逃げ出してしまうんじゃないかと心配になってくるほどでした。

 

「どれだけ怖くっても、もう後には引けませんよ? いい加減、覚悟を決めないと」

 

「そ、そうはいっても……。うう、やっぱり怖いッス。こんなにいっぱいの人に見られながら、あんな相手と試合しなきゃいけないなんて……」

 

「ふふ……そうかい? 俺は結構楽しみになってきたよ。こんなに注目されるのは初めてだから……」

 

「その度胸、ちょっとうらやましいでやんす……」

 

 同じくディフェンスの影野さんと栗松さん。意外に乗り気らしい前者はともかく、後者は壁山さんと変わらないビビりっぷりです。

 そして影野さんは私と同じく助っ人選手であり、しかし恐らく私と違ってサッカー経験は皆無な方。ディフェンスチーム四人の内、一人が素人で二人は腰が引けている状況なわけで、私の負担は多そうです。合わせてため息が出ちゃいます。

 

「そんなに気負うなよ! ここまで来たらどーんと構えて、当たって砕けろって気持ちで挑めばいいさ!」

 

「砕けちゃったら廃部になっちゃいますけどね」

 

 ゴールから飛ぶ円堂さんの励ましの声ですが、気持ちでどうにかなるなら苦労はしません。実際に砕ける可能性の方がずっと高いでしょう。

 というかまあ、普通に負ける可能性しかありません。帝国の思い通りなのはちょっと癪ですが、実際見せつけられたその力量はサボりと素人の寄せ集め集団が敵うものではありませんでしたし、加えてチーム練習もまともにできていない我がチームには碌な戦略もないのです。

 辛うじて、フォワードに据え置かれた風丸さんが陸上部出身で足が速いので、彼を軸に染岡さんにボールを繋ぐ、という、どちらかといえば指針のようなものはありますが、それもそもそも前線までボールを持っていくことが叶うか、という根本的な問題があります。素人のドリブルやパスを通してくれるほど、帝国は甘くないでしょう。

 果たしてどうなることやら。そう思いつつ、私は審判が吹き鳴らす試合開始の笛を聞きました。

 

 が、しかし、

 

「……あら、風丸さん、一人突破しちゃいましたね」

 

「パスも繋がってるでやんす! これは……もしかして俺たち、案外やれるんじゃないでやんすか!?」

 

 どういうわけか試合は私たちのペースでうまく進んでいます。帝国のブロックを抜き去り、あるいはパスの連携で追い越して、敵陣の中間を抜けたフォワードの二人はあっという間に敵のディフェンスラインまで攻め上がることに成功。さらに乗じて上がってきていたミッドフィールダーの宍戸さんにボールが渡り、絶好のセンタリングチャンスまでもを得てしまいました。

 

 染岡さんと風丸さん、どちらかが確実にシュートを打てるような状況です。栗松さんたちは『自分たちが帝国相手に戦えている』と純粋にご満悦なようですが、しかし、奇妙なことこの上ありません。想像していたよりも動けているとはいえ、弱小校たる雷門が仮にも最強の帝国とまともに戦えている、どころか圧倒と言えるほど攻め立てているなんて、そんなことが果たしてあり得るのでしょうか。

 いくらなんでもないでしょう。となればやはり、帝国が手を抜いているとしか考えようがありません。そしてその理由は、たぶんさっきのデモンストレーションと同じです。

 

(希望を見せておいて、その上からたたき潰すつもりですか……)

 

 呑気な栗松さんたちを見やって悟ります。同時にこの帝国の悪意の深さ、雷門に恨みでもあるんでしょうか。

 しかしともかく、雷門の攻勢は得点までには至らないでしょう。接待は、恐らくその手前までです。

 そんな予想は、やはり的中しました。

 

「くらえぇッ!!」

 

 ボールが渡り、気合の雄叫びと共に放たれた染岡さんのシュート。いつの間にか秋さんと音無さんの隣で実況の真似事をしていた男子生徒曰く、とても反応などできないはずだったその一撃は、

 

「ふっ、甘いなッ!!」

 

 ぱすん、と、酷くあっけなくキーパーの手に収まってしまいました。

 

「なッ……く、クソッ!!」

 

「くぅ……惜しいッス、染岡さん!」

 

「ドンマイだ染岡! でもいいシュートだったぞ!」

 

 あっさり止められてしまった渾身のシュートに歯噛みする染岡さんに、円堂さんたちが送る励ましの声。当人である染岡さんを含めて、帝国の手加減に気付いている人はいなさそうです。

 

 だから同時、帝国のフォーメーションが微妙に変わり、空いたフィールドの中央に帝国選手一人構えたことに気付いたのも、たぶん私だけでした。

 

「すぐカウンターきちゃいますよ? 中央は塞いだ方がいいと思いますけど」

 

「え? あ、はいッス!」

 

 たぶん帝国は力の顕示で堂々中央を抜き去ろうとしてくるはずです。そんな私の予想、口にした指示に、壁山さんは危機を認識することなく従おうとしました。が、その時。

 

「鬼道、次はお前たちの番だ!」

 

 キーパーからのロングパス。染岡さんたちの頭上を軽々超えてダイレクトにセンターサークルの鬼道さんまで届いたボールは、今度は私の予想を超えました。

 

「いけ」

 

「はぁッ!!」

 

 鬼道さんがすぐ隣のフォワードにパスをして、彼がそのままシュート。鋭い回転がかかったそれはガラ空きのフィールドを一瞬で突き破り、

 

「わっ!? ぐわはぁっ!!」

 

 移動させた壁山さんを吹き飛ばしてから、

 

「壁山ッ!! うおぉッ!!」

 

 なお威力を保ったまま、飛び込んだ円堂さんの手を逃れてゴールネットに突き刺さってしまいました。

 

「……ご、ゴォーーール!!」

 

 実況の方にも信じられない得点だったのでしょう。叫ぶまでに幾らか間がありました。そして実際、私にとっても驚くべき事態です。

 必殺技でもない、ただのノーマルシュート。しかもセンターサークルからの超ロングシュートなんて、普通ならそれほど怖いものではありません。しかも今回はこちらが攻め込んだ直後で中間の層は薄く、そもそもロングシュートを狙う理由もないはずでした。

 

「なのに、まさか直接ゴールを狙ってくるなんて……」

 

 普通、ドリブルで詰めてしまったほうが確実です。だからそう来るだろうと予想しましたが、しかしどうやら二つほど計算外。帝国はデモンストレーションから想像したよりもさらに強く、さらに雷門を舐め切っていたのです。

 この程度のチームならわざわざフィールドを走る必要もない、と。

 そして実際、その通りでした。吹き飛ばされてしまった壁山さんへ、ちょっと申し訳ない気持ちになります。

 

「大丈夫ですか壁山さん。ごめんなさい、中央を塞げなんて言ってしまったせいで」

 

 完璧にレベル差を見誤ってしまいました。あの場面は壁山さんに任せるべきでなく、私が自らブロックしなければいけなかったでしょう。それでも防げたかどうかはわかりませんが。

 しかし私の手を借り身を起こした壁山さんは、ものすごい勢いで首を横に振りました。

 

「い、いえいえいえ! 俺がブロックできなかったのが悪いんッス! それに……その、キャプテンの邪魔までしてしまって……」

 

「邪魔なんかじゃないさ壁山! お前が身体でシュートの威力を弱めてくれなかったら、たぶん俺、反応することもできなかった……。今の失点は、壁山に身体を張ってもらってもゴールを守れなかった俺のせいだ……!」

 

 徐々にマイナス方向へ傾いて行った壁山さんに続いて、円堂さんの面持ちも俯き気味になってしまいます。さらに壁山さんたちを心配して駆け寄ってきた他の皆さんもそれを耳にし表情が崩れ、そこからさらに負の言葉が出るまでは大した時間もかかりません。

 

「……やっぱり、無理だったんでやんすかね。俺たちなんかじゃ、帝国には……」

 

「なに弱気になってるんだよ、栗松! まだ一点取られただけじゃないか!」

 

「でも……あんな速いシュート、どうしようもないだろ。また打たれたら――」

 

「今度は止めてみせる! ……試合は始まったばっかりじゃないか! 諦めるにはまだまだ早い!」

 

 円堂さんは必死に叫んで皆さんの士気を取り戻そうとしているようですが、衝撃的なシュートを見せられた皆さんの顔色はあまり変わった様子がありません。ですが、それでもまだ“もしかしたら”という気がなくはないようで、それぞれ神妙な顔になりつつも頷きます。

 

「……そうだな、まだ試合は後半戦にすらなっちゃいない……!」

 

「ああ、その意気だ! みんな、気を引き締めていこうぜ!」

 

「そうですね、気持ちで負けたらなんとかって言いますし。頑張りましょう」

 

 そう、勝ち目がないのは最初から分かりきっていたことです。なればこそいい試合にせねばならないのですから、私も改めて気合を入れねばなりません。

 そう思った、その時でした。

 

「ふっ……『頑張る』、か。全く、帝国のシュートを見ておいてまだそんなことが言えるとは、笑いを通り越して呆れるよ、雷門」

 

「っ、鬼道……!」

 

 小ばかにしたような笑みを湛えた鬼道さんがやってきました。自身を睨みつける円堂さんをゴーグル越しに見やっています。

 しかし牙を剥けるほどの戦意を保っているのは、どうやら円堂さんだけみたいです。他の皆さんの眼には、程度はあれど怯えの色が滲んでしまっています。がしかし、それも当然。圧倒的な力の差を見せつけられたのですから、それを戦意に変えられる円堂さんの方が、端的に言っておかしいわけです。だから鬼道さんも、円堂さんに興味をひかれたのでしょう。

 と思いきや、ふと円堂さんから私へと、その視線が移って言いました。

 

「……さっきの、ディフェンダーを動かしたのは、お前だな?」

 

「はい? ええ、まあそうですけど」

 

 無駄な抵抗だったなと嘲笑うつもり――ではないようで、鬼道さんはじっと黙って私を見やった後、その口元に一瞬だけ、嘲りではない笑みを浮かべました。

 

「……()以外に期待はしていなかったが、案外楽しめるかもな」

 

「奴? 誰かお目当ての子でもいちゃったりするんです?」

 

「……ふん、お前には関係のない話さ」

 

 休み時間、余所クラスの気になるあの子の様子を見来た純情少年。みたいな感じを連想してしまって、声に喜色が入ってしまったようです。途端に鬼道さんのニヤニヤが消えてムスッとなって、それからすぐに、言葉の矛先が再び円堂さんたちへ。

 

「だがまあ、よくわかったよ。あんなシュートではお前たちの心を折るには足りないらしい。……ここからは遠慮なしだ、覚悟しろ、雷門……!」

 

「望むところだ、かかってこい!!」

 

 売り言葉に買い言葉的に、円堂さんが吠えました。その様子に、鬼道さんの顔に愉快そうな笑みが戻ります。

 

 というか『遠慮はなし』ってもしかして、あのシュートもまだ全力ではない、ということなんでしょうか。だとすれば本格的に絶望的です。気合を入れ直したばかりだというのに、試合になるかどうかすら不安になってきます。

 しかし円堂さんにはそんな心配も何もないようです。そんな彼へと、鬼道さんが去り際に一言。

 

「……全く、本当にバカだな」

 

 呟くように言い捨てて、自分のポジションへと戻っていきました。

 そしてやっぱり、再びバカ呼ばわりされた円堂さんの鼻息は荒くなりました。

 

「くそぉ……あったまきた!! 絶対目にもの見せてやる!!」

 

「ああ、俺も次は決めてやる……!! 最強だが何だか知らねぇが、ほえ面かかせてやるぜ帝国学園!!」

 

 おまけに染岡さんも同調して元気を取り戻したのか、叫んでいました。

 

 ……しかし結局、鬼道さんが言った『奴』とは、いったい誰のことだったのでしょう。茶化しはしたものの、彼が気にするほどの選手が雷門にいないことなんて明らかですし、相俟ってただ不思議です。

 そして私もその誰かさんと同様にどうやら目を付けられてしまったようなので、『遠慮はなし』も含めて今後の試合はより厳しいものになるでしょう。いよいよ頑張らないといけなくなるかもしれません。

 覚悟をしつつ、そして審判の声とともに試合は再開されました。

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