雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第四十話 イナズマイレブンの伝説

 がしかし思いもむなしく、嫌な予感が気のせいでなかったことはすぐに明らかとなりました。

 ちょっと足を出すだけで容易くボールを奪い取れてしまうテキトーなドリブル、単純なワンツーに手も足も出ない杜撰なディフェンス、挙句にボールをクリアしようとして逆にオウンゴールを決めてしまうような、素人と見まがうほどのヘタクソさ。

 そういうプレーの問題もさることながら、最もどうしようもないのは、そんな醜態を晒しておきながら、おじさまたちのほとんどが気にした様子もなく和やかに笑っていることです。

 

 つまりおじさまたちは、サッカーに対してまるで真剣ではありませんでした。

 これが本当に素人の集まりだったのならまだしも、彼らは四十年前最強とうたわれた伝説のイナズマイレブン。だというのに、上手いとか下手とか、そういう次元にすら、おじさんたちはいなかったのです。

 

 私たちが今まで戦ったどのチームにもあった気迫すら、微塵も感じられません。そんな腑抜けたサッカーではもちろん、備流田さんが言う“イイモノ”だってお披露目できるはずもなく。

 

 

「ぐわッ……!?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 備流田さんと、影野さんみたいな髪型のおじさまは、恐らくその“イイモノ”を試み、派手に失敗することとなりました。

 上がったボールに左右から走り込むも、何がしたかったのかもわからないうちに正面衝突。お互い倒れ、その中間にぽてんと落ちて転がるボールがなんとも空しい感じです。

 

 イナズマイレブンとの試合に期待で胸を膨らませていた皆さんも、それを目にしてとうとう私と同じ失望感を抱いてしまったようでした。ゴールまで転がってきたボールを拾い上げる円堂さんに続き、萎んだ声が聞こえてきます。

 

 

「なんか……伝説のイナズマイレブンっていう割には、あんまり強くないでやんすね?」

 

「これなら秋葉名戸を相手にした方がまだ練習になったかもッス。キャプテン、ほんとにあの人たち、イナズマイレブンなんッスか? ただのおじさんの集まりみたいッス」

 

「イナズマイレブンだよ。間違いなく。でも……」

 

 

 さしもの円堂さんにも、この有様をフォローできる言葉なんてありません。栗松さんと壁山さんに歯切れ悪く答え、手の中のボールに眼を落としています。

 しかし円堂さんがその末に何を見出すにせよ、現実は明瞭すぎるほど明らかです。イナズマイレブンは練習試合の相手に相応しくない。精々が練習前のウォーミングアップになるかといった程度でしょう。

 

 という、ため息として出た私の内心が聞こえたわけではないはずです。距離的に聞こえたのは円堂さんたちの失意だけなはずで、だから次の瞬間響いた怒声には、きっと私は関係ありません。

 

 

「浮島ッ!! テメェ、ガキどもにあんなこと言われてんのに、見返してやろうって気にもならねぇのか!? 四十年前、控えからスタメン勝ち取ったテメェはどこに行っちまったんだ!!」

 

 

 『ガキども』。円堂さんの顔をたちまち真っ青にするほどの怒りと不満の声が、備流田さんの口から吐き出されました。

 

 しかしとはいえやっぱり、その激情の矛先は哀れな円堂さんたちに向いているわけではありません。標的は“イイモノ”のパートナーだった浮島さんなるロン毛のおじさま。備流田さんはただでさえ厳つい顔に十割増しの形相を浮かべ、彼の襟首を締め上げています。

 ただその鬼のような激情も、チームメイトだったおじさまには大して効果がない様子。くたびれた様子でため息を吐いた彼に、備流田さんの頬がピクピクと跳ねました。

 

 

「……まさか、忘れちまったわけじゃねぇだろう? アレはあんなに苦労して完成させた必殺技なんだからよ! それなのに、お前は……ッ!」

 

「……『それなのに』? なんだっていうんだ」

 

「どうして本気でやらねぇんだって聞いてんだ!! どうして手を抜く!? 浮島だけじゃねぇ、お前らもだ!! せっかくの、四十年ぶりの試合なんだぞ!? こんなんじゃ、イイモノをプレゼントしてやるなんて言った俺が馬鹿みてェじゃねぇか!!」

 

 

 浮島さんから手を離し、備流田さんが周囲のおじさまたちへと叫びます。が、彼らが何か反応を見せる前に、浮島さんは襟首を締め上げる備流田さんの手を払い、呆れたように首を振りました。

 

 

だから(・・・)だよ。……四十年前ぶりなんだぞ? 錆び付いちまってるんだ。俺たちみんな」

 

「錆びっ……なんだと……!?」

 

「俺からすれば、お前がそこまで熱くなってる事こそが不思議だよ、備流田。俺たちのサッカーは、あの時……諦めた時に、終わってしまったじゃないか」

 

「終わった……? それは、どういう……」

 

 

 浮島さんが掠れた笑いと共に口にしたそれに、皆を代表して豪炎寺さんが眉を寄せます。

 そしてそれは、おじさまたちにとっては気まずい話題である様子。たまたま豪炎寺さんの傍にいた大昔のロックバンドみたいな恰好のおじさまが、少々迷った様子を見せるも頭を掻きつつ答えてくれました。

 

 

「……『イナズマイレブンの悲劇』は知ってるらしいな。あの事件があって、俺たちイナズマイレブンは解散した。そして誰も、二度とサッカーに戻ってこなかったんだ。やろうと思えば草サッカーでだって続けることはできたろうにな。……要するに俺たちイナズマイレブンは、サッカーから逃げ出した負け犬の集まりなのさ」

 

「……そういうことだ。そんな俺たちが今更雷門サッカー部と試合して、いったい何になるっていうんだ。俺たちにもお前たちにも、何一つ得るものなんてないさ……」

 

 

 おじさまたちの談笑も消えたフィールドで、今度は声がよく通ったようでした。浮島さんが、肩をすくめて息を吐きます。

 つまり、彼以外のおじさまたちもみんな同じような想い抱えていたのでしょう。試合なんてしても意味がない。だから本気でプレーする必要もない。そんな考えが、気迫のなさに現れているのです。

 

 伝説のイナズマイレブンは、とっくの昔に死んでしまっていた。要するに、そういうことです。

 備流田さんがどれだけ声を張り上げようと、死人が生き返るはずもなし。これではやっぱり本当に、この試合は全くの無駄であるようでした。

 

 

「せっかく今日は、壁山さんと連携技の特訓しちゃおうって思ってたのに……」

 

 

 その予定を潰し、急遽設けられた試合がただ時間の浪費するだけのものになってしまったという現実。ため息が出ちゃいそうです。

 

 しかし、その時でした。

 

 

「……確かに、俺もお前たちも、サッカーから逃げた負け犬なのかもしれねぇ。そんな負け犬が今更サッカーに熱くなれねぇって思うのも、まあそれが普通なんだろう。俺もお前たちと同じように考えてたさ……つい昨日まではな!」

 

 

 備流田さんが、それまでとは明らかに異なる重たい声色を口にしました。

 

 そして、『つい昨日』。そういえばさっきも『いい刺激をもらえた』とか言っていましたが、それはもしかして廃倉庫でのあの一件のことでしょうか。

 あの出来事がどうして良い方向に受け止められたのかはさっぱりですが、しかしどちらにせよ、浮島さんには知りようのない話。訝しげに何か言いかけ、それにかぶりを振ってから、再び呆れが口に出ます。

 

 

「……なんだよ。今は違うってのか?」

 

「ああ違う! 例え俺たちがサッカーから逃げた負け犬だったとしても、サッカーへの想いまで無くしちまったわけじゃねぇんだよ! まだ枯れてねぇ……まだ燃えられる! お前らも同じなはずだ! 俺たちは、伝説のイナズマイレブンだろうッ!!」

 

「「「「「ッ……!」」」」」

 

 

 伝説のイナズマイレブン。備流田さんが勢いよく吐き出した言葉は、どうやら少なからずおじさまたちの胸を打ったようです。みんながハッとしたふうに息を呑みました。

 そこに追い打ちとでもいうように、響木監督の声がにやりと響きます。

 

 

「ふっ……懐かしいな。昔に戻ったみたいなやかましさじゃないか、備流田。だが、おかげで眼も覚めてきた頃だろう、お前たち。ならば見てみろ、俺たちの相手を。俺たちの伝説を夢に見た、子供たちの姿を!」

 

 

 他の皆さんはともかく私は別に夢に見たつもりはありませんでしたが、もちろん黙っておじさまたちの視線を受け入れます。

 

 神妙にしていると、段々とおじさまたちの眼に炎が灯っていくのがわかりました。

 

 

「彼らに無様なサッカーを見せてちゃ、イナズマイレブンの名折れだ。そうだろう? ……なら決めろ! お前たちは己のサッカーを失ったと勘違いしてしょぼくれたただのジジイか? それとも、彼らが夢見た伝説のイナズマイレブンか?」

 

「……馬鹿を言うな。誰がジジイだ」

 

「おうとも! 俺たちは……無敵のイナズマイレブン!」

 

「証明してやろうぜ! 伝説は真実だと!」

 

 

 そうしておじさまたちは、備流田さんと響木監督の手により、イナズマイレブンとしての気迫を取り戻したようでした。

 

 

 そして言葉通り、それを証明し始めます。再開した試合で彼らが見せた動きは、まさに見違えるほどのもの。テクニックはもちろん連携のうまさもさっきまでとは天と地の差で、彼らは確かに伝説に違わない強さを見せつけてきたのです。

 

 

「【ダッシュアクセル】――うわぁっ!?」

 

「ハハハッ! 甘い甘い!」

 

「いいぞお前ら! ……なんだよ、やっぱりやればできるじゃねぇか!」

 

 

 栗松さんの必殺技をも易々と破るその姿に、備流田さんが嬉しそうな声を上げました。さっきまでとはまるで違う喜色の声色。そしてそれは他のおじさまたちも同様に、返す返事の中にはもう諦念のそれはありません。

 

 

「パスをくれ、民山! ……備流田、待たせたな! 行くぞ!」

 

「おうッ! ……遅くなったが、よく見とけよベータ!」

 

 

 などとなぜかベータ呼びで、備流田さんは走り込んできた浮島さんと共に私の傍を駆け抜けていきました。同時に要望通り二人の間に飛んでいくロングパス。以前大失敗した時のように、二人の脚はそのボールへと向いています。

 しかし、今度はむしろ失敗の要素がありません。ほとんど同じ距離、スピードで同時にボールに到達し、互いの足がボールを挟み込むようにして蹴り上げます。

 

 そして浮島さんが下から、備流田さんが上から。

 

 

「これが俺たちの――【炎の風見鶏】だッ!!」

 

 

 “イイモノ”であろう必殺シュートを打ち放ちました。

 

 炎の翼を羽ばたかせ、飛翔する炎のシュート。その威容にみんな息を呑み、しかしギリギリ辛うじて我に返り、同じく必殺技で迎え撃った円堂さんでしたが、

 

 

「ッ! 【ゴッドハンド】っ……ぐわぁッ!?」

 

 

 【炎の風見鶏】は光の手のひらをも破り、ゴールに突き刺さりました。

 

 なかなかの威力です。プスプス焦げるボールを見つめ、僅かに遅れて皆さんもそれを認めると、途端にわぁっと歓声が噴き出してきます。

 

 

「す、すっげぇっ!」

 

「これがイナズマイレブンの必殺シュート……!」

 

「【炎の風見鶏】……そうだ、思い出した! それってじいちゃんの秘伝書に載ってた必殺技じゃん!」

 

「そりゃ、イナズマイレブンの秘伝書のことか? 懐かしいなぁ……。だがまあ、文字から想像するより段違いの迫力だったろ? これが俺たちの最強シュートだ!」

 

 

 勢いよく立ち上がってぱあっと顔を輝かせる円堂さん。彼や皆さんからの尊敬の眼差しに、備流田さんは自慢げに胸を張っています。

 そしてそのいい顔で、私へビシっと人差し指を向けました。

 

 

「こいつを、ベータ、お前に伝授してやる! お前ならきっと使いこなせるはずだ!」

 

 

 だから“プレゼント”だったのです。

 

 必殺技の伝授。しかもイナズマイレブンの最強シュートだというのなら、なるほど確かに立派な贈り物でしょう。正直に言ってプレゼントだのなんだのには全く興味もありませんでしたが、これなら話は別。

 今の私にとってそれは、実に都合のいいものであるからです。

 

 

「二人の力を合わせる、連携必殺技ですか……!」

 

 

 それこそまさに、円堂さんの“力を合わせるサッカー”の象徴、連携必殺シュート。今の私に必要なものでした。

 

 

「ああ! 二人の距離とスピードとタイミング、後はパワーがぴったり合わさらねぇと成功しない、超高難度の必殺技よ! だから相方は……そこの、確か豪炎寺だったか? お前が適任だな! 炎のエースストライカーなんだって?」

 

「……そう呼ばれていたことはあります」

 

 

 自称エースストライカーを認めることに過去の染岡さんをフラッシュバックさせたらしい豪炎寺さんが、曖昧に頷きます。しかし実際、このチームで私に一番近しい能力を持っているのは紛れもなく豪炎寺さんです。

 彼をパートナーにして“力を合わせられる”なら、壁山さんと【イナズマ落とし】を磨き上げるよりもよっぽど有意義なものになることでしょう。

 

 

「いいですね! 豪炎寺さん、さっそく【炎の風見鶏】、試してみちゃいましょう!」

 

「……乗り気なんだな。てっきり嫌な顔をするものだと思っていたが……」

 

「そんな顔しませんもん」

 

 

 帝国戦前の私なら、まあしていたでしょうが。

 しかし今の私は、円堂さんたちの“雷門のサッカー”がわかっていなかったあの時とは違うのです。連携必殺技が我がチームの根幹を成すものであることはわかっています。

 

 それがどうしてか(・・・・・)理解するために、訝しげに片眉を歪めた豪炎寺さんにはとりあえずそれだけ言って、私は試合へと戻りました。

 

 そして再開してほどなく、おじさまたちも手心を加えてくれたのか訪れたチャンス。豪炎寺さんと目配せして、眼に残っている備流田さんたちの動きをそのままなぞり、打ちました。

 

 

「行きますよ、豪炎寺さん!」

 

「ああ……!」

 

「「【炎の風見鶏】!!」」

 

 

 打ては、したのです。豪炎寺さんが備流田さんと全く同じ動きで上から、私は下から、同じくオーバーヘッドで同時に。見事に炎の翼を羽ばたかせるところまではうまくいったのですが、しかし。

 

 ゴールめがけて飛翔したその直後、シュートは炎と一緒にチカラを霧散させてしまいました。

 結局それは、ワンバウンドして響木監督の手にポスンとキャッチされるだけ。備流田さんたちのシュートどころか、ただのノーマルシュートにすら劣る威力にしかならなかったのです。

 

 

「……失敗、だな」

 

「ま、最初はそんなもんだろう! ガンガン練習して、ガンガン上達すればいい! 試合だってまだまだこれからだぞ!」

 

「ええ……! 頑張っちゃいましょう!」

 

 

 私も豪炎寺さんも完璧に動きを真似たはずですが、きっとどこかに見落としか何かあったのでしょう。シュートするところまではうまくできたのですから、あとはそこさえ補正できれば、今度こそうまくいくはずです。

 

 そのはずだと、最初は特に深刻には考えていませんでした。だって私が習得できない必殺技があるなんてありえません。パートナーが豪炎寺さんであるのならなおのこと。

 だから不穏を感じ始めたのは試合も終わりかけの頃、いったい何度【炎の風見鶏】を打って失敗したのか、その回数もわからなくなってしまうほどの時間が経った後でした。

 

 

「っ……また、失敗……」

 

 

 同じように威力を失い響木監督に簡単にキャッチされてしまうシュートを見ながら、つい舌打ちが漏れそうになってしまいます。

 辛うじて堪えるも、しかし備流田さんたちに何度もお手本を確認させてもらったり、傍から見ていた皆さんにアドバイスをもらったりしながら、それでも成功の兆しどころか少しの進展もないことは事実。いら立ちはとめどなく、汗と一緒に噴き出てきます。

 それを、たぶん慮った結果でしょう。私たちまでパスを届けてくれた風丸さんが、少々遠慮がちに言いました。

 

 

「……なあベータ、ここまでうまくいかないなら、いっそのこと人を変えてみるのもいいんじゃないか……?」

 

「人を……?」

 

「ああ。別に豪炎寺やベータが悪くなくても、相性だってあるだろう? 例えば俺も、【炎の風見鶏】はもうしっかり目に焼き付いてるからさ。試してみる価値はあると思うんだ」

 

 

 だから豪炎寺さんと交代をと、そうはっきり言葉にする前に、割って入って備流田さんが大げさに首を横に振りました。

 

 

「ダメだダメだ! 【炎の風見鶏】は、スピード、ジャンプ力、それにパワーがあればあるほど強力なシュートになるんだ! そこを考えれば、この技を継承するのはベータと豪炎寺以外にありえねぇ! せっかくいいストライカーが揃ってるってのに、ここで妥協するのは俺は嫌だぞ!?」

 

「だが、それでうまくいっていないのが現状だ。威力を求めた結果成功しないんだから、ものは試しってことで、いいんじゃないか?」

 

「ひ、響木ぃ……」

 

 

 がしかし、わがままめいた主張は、響木監督に宥められて萎んでいきます。

 私としても、もうこの際パートナーが誰だろうが構いません。多少威力が落ちようが、とにかく連携必殺技を完成させられればそれでいいのです。

 私と同じ心情ではないでしょうが豪炎寺さんの顔にも特に反対意見は浮かばず、やがて味方が誰もいないことを悟った備流田さんはがっくり肩を落としました。諦めて、頷きます。

 

 

「……わかった。そんじゃあ……風丸だっけか?」

 

「はい、任せてください! パワーはともかく、スピードとジャンプ力には自信があります! 俺、陸上部ですから!」

 

 

 風丸さんは、どこか嬉しそうに拳を握って応えました。

 サイドバックとして私たちフォワードにボールを運ぶ役柄が多かったせいで、彼ももしかしたらシュート技に憧れがあったのかもしれません。ともかく、モチベーションは十分な様子。

 であるなら、もはや何の問題もないでしょう。さっさと試合も再開するべきです。

 ぜひとも陸上部としてのアドバンテージを発揮してくださいと、彼の背を急かそうとした、その時でした。

 

 

「――まだ自分を陸上部だって言うのなら……戻って来て下さいよ、風丸さんっ!」

 

 

 響いたのは、半ば裏返った必死の声音。全員が反射的に堤防の上を見上げます。

 そしてその声の主の姿を認め――真っ先に驚きの声を上げたのは、風丸さんでした。

 

 

「み、宮坂……?」

 

 

 私も覚えのあるかわいらしい顔をした褐色肌の男の子、宮坂さんでした。

 しかしその名前と顔を知るのは、私や風丸さん以外には、昨日一緒に出会った備流田さんくらい。大半の皆さんはいきなり現れた彼に『誰だあいつ』と首を傾げ、次いでそれは声を上げた風丸さんへと集まりました。

 

 

「風丸、あいつは……」

 

「あ、ああ。宮坂だよ。俺の……陸上部の、後輩だ」

 

 

 言いながら、風丸さんは宮坂さんがここに来た目的に気が付いたのでしょう。言い辛そうに口にしました。

 しかしそれは、宮坂さんの声音をさらに厳しいものにする効果しか生みません。

 

 

「……良かった、俺のこと、忘れたわけじゃなかったんですね。サッカー部で陸上部の話、したことないって聞いたから、ちょっと心配だったんです」

 

「わ、忘れるなんて、そんな事……」

 

「なら、尚のことわかりません! どうしてまだサッカー部にいるんですか? 今だって風丸さん、サッカーに夢中だった……っ。部員も集まったんだから、もうこれ以上助っ人をする必要なんかないはずなのに……!」

 

「………」

 

「……風丸さん、あなたはしばらくサッカー部の助っ人に行くって言った時、ちゃんと戻ってくるって約束してくれました。あれは本当ですよね? もう役目は果たしたんだから、陸上部に戻って来てくれるんでしょう? ……戻ってくるって、言ってくださいよ……ッ!」

 

「……宮坂、俺は……」

 

 

 しかし風丸さんはそれっきり、返す言葉を見失ってしまったようでした。口が止まり、それに宮坂さんは怒りとも悲しみともつかない表情に顔を歪めてしまいます。

 

 

「やっぱり……米田さんの言う通り、風丸さん、サッカーに取り憑かれちゃったんだ。陸上なんてどうでもいいくらいに!」

 

「違う! どうでもいいだなんてそんなこと、思ったことは一度もない! ただ俺は……。サッカーは、陸上とは違う面白さがあるんだよ。今は俺、こっちを追いかけていたいんだ……!」

 

「聞こえのいいことを言って、結局は陸上部を捨てるってことでしょう!? ……もういいです。風丸さんからこんな言葉、聞きたくなかった……っ」

 

 

 ギリギリで出てきた風丸さんの訴えも聞く耳もたず。宮坂さんは一度ぎゅっと目を瞑った後、私たちに、というか風丸さんに背を向けてしまいます。

 

 しかし――話を聞くに、宮坂さんがこうまで切羽詰まっているのは、もしかしたら私のせいなのかもしれません。私が昨日、余計に刺激してしまったせいで彼は一日悶々とすることになり、この場でサッカーする風丸さんの姿を見て、それが爆発してしまった。ということなのかもしれません。

 そう考えるとちょっと罪悪感が湧いてきました。とはいえこの問題は私とて部外者。何をすることもできず、失意を抱えて去り行く宮坂さんを見送るばかり。

 その姿が堤防の向こうに消える、その寸前。唯一声を届かせられるだろう風丸さんが、必死になって叫びました。

 

 

「宮坂ッ! 俺たちの次の試合、見に来てくれ! ……そうすればきっと、今の俺の気持ちがわかるから……!」

 

「………」

 

 

 宮坂さんから返事はありません。立ち止まり、聞いた彼はそのまま振り返ることなく、堤防の向こうへ消えてしまいました。

 果たして彼はどうするのやら。見つめながら、円堂さんが心配そうにしながら風丸さんに声をかけます。

 

 

「……俺、風丸が助っ人だってこと、すっかり忘れちゃってたよ。あの一年に悪いことしちゃったな」

 

「悪いのは俺だよ。けど……きっとあいつもわかってくれるさ。サッカーも悪いものじゃないってこと」

 

 

 そう信じることにしましょう。

 そして後は信じることしかできないのなら、今すべきは練習試合、【炎の風見鶏】の特訓です。

 

 

「……試合、再開しちゃいましょうか」

 

 

 早いところ風丸さんとのそれを試したい。そんなはやる思いをどうにか短く抑え込み、私は再び皆さんを急かすことになったのでした。

 しかし結局、私は風丸さんとの【炎の風見鶏】をも、その日に成功させることはできなかったのです。

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