――結局、鬼道さんの指摘は一から十までその通りでした。
最初の特訓の日から幾日かが経ち、今日。千羽山との試合を明日に控えた、最後の特訓。
私たちはそこでも【イナズマブレイク】を完成させることができませんでした。
毎日続けた特訓ではついぞ前に進むための何かを見出すことはできず、初日と全く変わらない日々を繰り返すことになった結果、何の進歩もないまま時間切れになってしまったのです。
鬼道さんの言う通り、『夢のまた夢』な結果です。だからつまり、【イナズマブレイク】が完成しなかった原因は、『私が仲間を信じられていないから』なのでしょう。
最終日にとうとうそう思い知らされてしまって、酷く空しい心地になりました。
膨れ上がる疎外感。私はそれに耐えられず、早めの練習終わりの解散時、響木監督の「明日に備えてゆっくり身体を休めろ」という堅い声や、円堂さんたちの気づかわしげな視線の一歳に背を向けて、逃げ出すように倉庫グラウンドを後にすることになりました。
しかしさりとてこのまま家路につく気にもとてもなれず、いつもの河川敷で一人、募った失意と自分への落胆を、ボールと一緒に転がす他なかったのです。
「……仲間を信じる……信じてる、つもりなんだけど……」
けど。
息を吐き、私はボールを高く蹴り上げました。
毎日繰り返したように、込めた力が黒雲へと変わり、落雷を落とします。それを追いかけ跳び――そして想像の中で、円堂さんと豪炎寺さんと共にシュートを放ちました。
がしかし。今ではその想像の中でさえ、私たちのタイミングは合っていなませんでした。シュートは弱々しく飛び、ゴールを大きく外れて土手で跳ね返ってしまいます。
転がっていくそれを見送りつつ、喉からは生理現象のようにため息が出ました。やっぱり、どれだけ打っても、どれだけ考えてもわかりません。
円堂さんたちのサッカーに於いて、私が抱いている皆さんへの想いが、“信じている”ではないのだとすれば――
「“力を合わせる”って……“仲間を信じる”って、どういうことなのかしら……」
はぁ、と、また大きなため息が出ました。
肩も落ち、重たい失意に目も伏せ――しかし、その時。
「やっ、佳ちゃん」
「え……? 一之瀬、さん……?」
友人の言い方で、しかし秋さんではなく男の子の声が私のことを呼びました。
驚き顔を上げると、病院で何度か会った亡くなったはずの秋さんの友人と同姓同名の彼が、土手の階段を下りながら手を振っています。
真っ先にその足に視線が行きました。彼は怪我で松葉杖を突かなければ歩けないほどの重傷だったはずなのです。
しかし今の彼は松葉杖など手にしておらず、足のギプスも包帯もありません。階段を下る様子は、健常者と全く変わらないくらいに軽やか。
ということは、つまり。
「……手術、成功したんですね」
荒んだ心に、遅れて僅かに喜びが湧いてきました。
「よかった……。けど、すごいですね。もう出歩いちゃって平気なんですか?」
「ああ。松葉杖が取れたのは最近だけど、これでもスポーツ経験者だからね。練習もリハビリも似たようなものだし、順調さ。もう少ししたら経過観察も終わって退院できるよ」
「じゃあ……」
「もうすぐ雷門中にも通えるようになる。佳ちゃんたちと一緒にサッカーができるのも、もうすぐさ」
以前、病院で交わした約束が蘇ってきます。共にフットボールフロンティアを戦う。それがとうとう叶うのです。あの時の彼の切望を見ていればこそ、喜ばしく思います。
思いますが……しかし。
今の私の前には、その光景をも塞いでしまうほどの大きな壁が立ちはだかっています。どうにか作りだした笑みは、彼に違和感を伝えてしまう程度の出来でした。
「……佳ちゃん、何かあったのかい? 前に会った時とは随分様子が違うみたいだけど?」
「あー……その、私の名前、知ってるんだなぁって。ほら、前は豪炎寺さんがベータ呼びしてたから、名乗ったりしてなかったはずですし」
心配を向けてきますが、もちろん素直に曝け出せるはずもありません。ふと思い出して、そう誤魔化します。
「フットボールフロンティア、出てるんだろう? 本戦はテレビ中継もあるからさ」
「……ああ、そういえばそうでしたね」
「うん。試合、すごかったよ。うまいことはわかってたけど、あそこまでレベルが高いとはね。すごいプレイヤーだよ、佳ちゃんは――っと、ああ……もしかして、俺も同じチームに入るならベータって呼んだ方がいいのかな? 豪炎寺たちはみんなそう呼んでいるんだろう?」
「……どちらでもご自由にどうぞ。あだ名の件はもう諦めちゃったので」
「じゃあやっぱりベータって呼ぼうかな。チームで俺だけ別の呼び方するのも空気読めてないみたいだし」
「そうですか」
空気も何も肝心のキャプテンがそれを読めているとは言い難い人間なのですが、まあ何でも好きなようにすればいいです。一之瀬さんくらいの朗らかな性格の持ち主であるのなら、なんにせよチームに馴染むのは容易いはずですし。
がしかし、それはともかく当初の“誤魔化す”という目的は、どうやらそれほど容易ではないようです。
「で……ベータはどうしてこんな時間に一人で練習を? よかったら話、聞かせてよ。前に勇気付けてもらった恩もあるし、困っているなら力になりたいんだ」
「……たった今、一之瀬さんに困らされちゃってるんですけど」
なんて言ってももちろん通じた様子はなく、心配そうな眼は私の気落ちを確信したままです。
なら、仕方がありません。観念する他ないでしょう。
それに彼が雷門サッカー部に入るのなら、いずれいやでも知られること。ならば自ら喋ってしまったほうが潔いだろうと自分を言いくるめ、重たい口をこじ開けました。
「……実は――」
【イナズマブレイク】の特訓が全くうまくいかなかったこと、その経緯の凡そを私は話しました。
もう試合は明日なのに微塵も上達せず、そしてその原因がどうやら自分にあるらしい。仲間を信じていないからだと告げられて、しかし自分はちゃんと信じているつもりなのだ、と。
「――私、連携技の才能ないんでしょうか……」
口にして、やっぱり零れてしまうため息に、しかし一之瀬さんはすぐに首を横に振りました。
「才能がないなんてことはないよ。技術の面でも、もちろん精神の面でもね。……これでも怪我をする前は結構名前の知れたプレイヤーだったんだ。それくらいはわかる」
「でも実際、【イナズマブレイク】は何日かけても上達すらしなかったんですよ? むしろ段々下手になっちゃうくらい。それに……雷門の試合を見てたなら、私の【炎の風見鶏】の出来も知ってるはずでしょう? 見れたものじゃなかったはずです」
「そうだね。けど君は諦めず、最後まで特訓を続けたんだろう? 【炎の風見鶏】の時だって、何度もチャレンジし続けていた。……つまり、ちゃんと前に進んでいるってことだよ。ベータの場合、その歩みが他のみんなよりちょっとゆっくりなだけなんだと思うな、俺は」
「……このまま続けていれば、“雷門のサッカー”を……皆さんが言う“仲間を信じる”も、理解できるようになる、と……?」
「今は無理なんだとしても、すぐにわかるようになるよ。だってベータはあんなにいい仲間に囲まれているんだから」
一之瀬さんはそう言って、いい笑顔で微笑みました。
その朗らかな笑みは円堂さんによく似ています。だからやっぱり、彼も円堂さんの側。チームに容易く馴染めるのは、彼もみんなのように“力を合わせるサッカー”を理解しているからこそなのでしょう。
彼らにとってそれは悩む必要もなく、ごく当たり前に理解していて然るもの。だからこんなにも簡単に大丈夫だと言えてしまうのです。
それを一人理解できない者の気持ちに、共感できるはずもないのです。
だからその朗らかな言葉も、私の心のモヤ越しに表面を浅く引っかくだけ。故にまたもひっそりと、喉の奥からため息がこみ上げてきたのでした。
――しかし。
「……納得できない気持ちはわかるよ。でも、こういうことって言葉でどうこう言っても仕方ないからさ。ベータが“それ”を知らないなら、なおのことね」
「『知らない』……」
それは小さな、しかし確かな共感でした。
存在しないのだろうと肩を落とした直後のそれは、落胆と期待の相乗効果で一瞬胸を跳ねさせました。出かかったため息は喉に逆戻りすることになり、そんな私に一之瀬さんは頷き、続けます。
「そう。ベータは才能がないのでも、理解ができないのでもない。知らないだけなんだよ。……ずっと昔、君がまだサッカーをしていた時は、円堂や豪炎寺たちみたいな、一緒に戦ってくれる仲間はいなかっただろう?」
「……まあ、はい。あれは私一人だけのワンマンチームになっちゃってたわけですし」
円堂さんたちと出会う遥か以前、幼少期のお話です。当時のチームメイトの顔ももう覚えていませんが、攻撃も守備も私一人で担っていました。一緒に戦う余地も何もなかったでしょう。
それに何より円堂さんみたいなタイプ――あそこまで極端なサッカーバカは、そうそういるものではありません。
「だろう? なら知る機会がなかったのも当然だ。力を合わせる必要もなく、一人で戦って勝ててしまったんだから。……うん。強すぎたが故、才能があり過ぎたが故ってことなのかな」
「『強すぎたから』……なんだか、強いことが悪いみたいな言い方しちゃうんですね」
「言葉の綾だよ。そういう意味では……“不運だった”っていうことになるのかな」
「じゃあやっぱり、幸運がいつか訪れてくれるのを待つしかないってことなんですね」
つまり、一之瀬さんのそれは憐憫なのでしょうか。
どのみち気持ちのいいものではありませんし、結局、過去はどうしようもないものです。
向けられる視線の意味を理解してしまえば、胸の期待は萎んで消えてしまいました。転がるボールを回収し、悪あがきを続けるべくゴールを見据えます。
背を向けたまま、一之瀬さんに告げました。
「それじゃあ私、特訓の続きがしたいので」
「……うん、わかった。じゃあ、俺ももう行くよ。試合、頑張ってね」
「もちろん。例え【イナズマブレイク】がなくたって、負けちゃうつもりはありません。心配ご無用です。……私には【ダブルショット】があるんですから」
試合に関しては、要は千羽山中の【無限の壁】とやらを破れればいいのです。そこは心配していません。無理だなんて言う鬼道さんは、心配性か、あるいは私の実力を見誤っているだけ。
なのになお足掻くのは、少しでも早く、僅かな可能性に賭けてでも、“円堂さんのサッカー”に近付きたいから。それだけでしかないのですから。
『いつか』なんて言う一之瀬さんにそんな必死がわかってもらえるはずはなく、彼はそのまま河川敷から去って行きました。
そうして、私は再び【イナズマブレイク】の特訓を続けます。ボールを蹴り上げ想像と共にシュートする――その間際。
(そういえば……一之瀬さん、どうして私の昔の話をああも詳しく……?)
私が昔どんなチームにいたのかなんて、秋さんか、彼女から話を伝え聞いているであろう土門さんくらいしか知りようがないはずです。
単なるあてずっぽうなのでしょうか。それともどこかで知ったのか。
(『どこか』って、どこで……?)
さっぱり予想もつかない疑問を抱えながら放った【イナズマブレイク】がやはりゴール枠を外れるのを見つめながら、私は土手の方を振り返ります。
しかし一之瀬さんの姿は、もう去った後でした。