雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第五話 どうしようもない実力差

 鬼道さんが言った『遠慮なし』とは、端的に言ってしまえばラフプレーのことでした。

 心に続いて身体をも叩き潰してやろうという意味だったのでしょう。そしてそうと決めた帝国のプレーにうちのチームが抗えるはずもなく、前半終了の笛が吹かれた時点でのスコアボードには0-20の点数――もちろん雷門が0で帝国が20です――が刻まれて、その圧倒的点差の通りに内容でも圧倒されることとなりました。

 

 這う這うの体でベンチまで戻った皆さんが、給水も忘れてへたり込んでしまうほどです。身体のあちこちに擦り傷を作った彼らは疲れ切った荒い息を吐き出して、その中で、役割故に一際激しい妨害を受け続けた風丸さんが、ギリと歯を食いしばって反対側の帝国ベンチを睨みました。

 

「くそ……好き放題やりやがって……ファール寸前のプレーばかりだぜ……。少年サッカー最強の誇りとか、奴らにはないのかよ……」

 

「さあね……それより、見てみなよ。奴ら、息一つ乱れてない。僕たちのオフェンスもディフェンスも全く通用しないし……完全に遊ばれてるみたいだね……」

 

「俺なんてもう、無茶苦茶に走らされて脚の感覚がないですよ……。はあ、やっぱり俺たちじゃ帝国に勝つなんて無理だったんだ……」

 

 地面に座り込むマックスさんがついたため息が、もじゃもじゃアフロの宍戸さんに伝染してしまったようです。さらにその弱気はたちまちチーム全体に広まって、あちこちの呼吸音が次々落胆のそれへと変わっていきます。

 だからこそ、染岡さんの嘲笑、ではなく憤りの言葉はよく通りました。

 

「……だが、こっちにだって、まだ体力が有り余ってるやつがいるだろ。 なあ、米田」

 

 彼がそう言うのは、他の皆さんがボロボロな一方、私の身体が試合開始前と全く変わらないからです。

 息は全く乱れていませんし、怪我も一切ありません。けれどそれは私が帝国のラフプレーと渡り合えていたたかそういう理由ではなく、単純に相手にされなかったせい。帝国選手たちは私の逆サイドで戦うばかりで、しかも私に専属のマークまで寄こしてくるので味方のパスすら一度も来ていません。ボールに触る機会が皆無であるために、ラフプレーを受けることがなかったのです。

 

 鬼道さんに目を付けられ(警戒され)たせいでしょう。私だけ無理矢理ゲームから隔離されていたわけですが、しかし帝国のプレーに翻弄されるばかりだった染岡さんたちはいっぱいいっぱいで、そんな私の事情など知る由もない様子。だから皆さんには私がサボっていた風にしか見えないんでしょう。染岡さんの言葉に同意するような視線が私に向くのを感じます。

 もしや鬼道さんの狙いはこれなのでしょうか。いえ、さすがにそこまで陰湿なことをする人じゃないとは思いますが、どのみちたまったものじゃありません。

 

「むぅ……そんなこと言われても困っちゃいます。だって私、ずっとマークされていたんですもん。ボールが回ってこないんだから、動きようがないじゃないですか」

 

「ふん……だとしても、だからどうしたってんだ。お前、口だけ女じゃねえってことを証明するんだろうが……! ならそんなマークくらい、振り切って見せろ。呑気に試合観戦してんじゃ、ねぇよ……!」

 

「あら。私が試合観戦なら、一点も取れていない染岡さんは何しちゃってたんでしょう? ぼんやり佇む案山子かしら? それともボコボコにされるだけのサンドバック? ……まさか、まだエースストライカーを自称しちゃったりはしませんよねぇ?」

 

「っんの、てめぇ……!」

 

「やめろよ二人とも! 仲間同士争ってる場合じゃないだろ!」

 

 染岡さんは頭に血が上って、私は半分くらい愉悦で始まった言い合いでしたが、円堂さんが割って入って止まりました。

 返す言葉がないようで、バツが悪そうに眼を逸らして黙り込む染岡さん。無力化を認めてから、私も意識を切り替え尋ねます。

 

「じゃあ肝心の試合ですけど、円堂さんはどうするつもりなんですか? もうまともな手段じゃ勝てない点差になっちゃってますけど」

 

「……まずは相手を消耗させる。走って走って走らせて、疲れさせるんだ! そして相手の動きが鈍くなったところを突く! ディフェンスもみんなで協力して攻撃するぞ!」

 

 疲れと怪我を感じさせない力強さで言って、次いでその手が私の肩を叩きました。

 

「ベータ、こんなこと頼むのは約束を破ることになるかもしれないけど……体力が残ってるのはお前しかいないんだ! 積極的に前に出て、ボールが回ってきたらガンガンシュートを打ってくれ!」

 

 圧倒的点差を前に私をディフェンスにした理由も一時呑み込む決断をしたようです。

 そこに特別反論はありません。なんならポジションチェンジしてくれてもいいくらいですが、しかもプレーも見えていない助っ人女子に戦線を託すその決断は、傍から見れば捨鉢もいいところ。希望どころかさらなる諦めを誘ってしまったようで、栗松さんが億劫そうに首を振りました。

 

「……そんなこと言っても、キャプテン……俺たちもうへとへとでやんすよ……。走って相手を消耗させるって、そもそももう碌に走れないのにどうすればいいんでやんす……?」

 

「それに米田だって、常にマークされてるんだろ……? どうやって攻撃参加させるんだ……?」

 

「仮にマークを外すなりができたとしても、米田先輩はディフェンダーでしょ……? シュートなんて……」

 

 半田さんと、一年の少林寺 歩(しょうりん)さんが続いて肩を落としてしまいました。実際、前者の問題に対して円堂さんに策はなく、マークに関しては私も碌な解決方法が思いつきません。帝国の技量は今の私を上回るものですし、正攻法で振り切るのは不可能。何かのきっかけが必要です。

 

 しかしもう一方、シュートの問題に関しては、選手たちの怪我の応急処置をして回っていた秋さんが、真っ先に否定を口にしていました。

 

「心配いらないわ、佳ちゃん元々フォワードだから。当時は一試合で何点も入れて、すごかったんだから!」

 

「……なに? お前、フォワードだったのかよ……」

 

「ええ、そうですね。今の染岡さんよりは優秀だったと思いますよ?」

 

 染岡さんが舌打ちを堪えるみたいな顔になっていました。我慢して、そしてそれから何かを言いかけたようですが、言葉になる前に審判から後半戦を開始すると声を掛けられました。

 ハーフタイムは終わりです。試合開始時より明らかに体力とモチベーションが失われたチームの面々は、しぶしぶといったふうに立ち上がります。

 そこに、円堂さんの喝が響きました。

 

「今ベータをフォワードにしても、余計に警戒されるだけだ。だからフォーメーションはこのままでいく。隙を突くんだ。……チャンスはある。勝利の女神がどちらに微笑むのかなんて、最後までやってみなくちゃわからないんだからな!」

 

 

 

 

 

 しかしそもそもが既に壊滅的な士気。円堂さんの声でも皆さんを引き締めることはできず、さらに帝国のプレーがそれに拍車を掛けました。

 

「くらえ! 【サイクロン】!!」

 

「【アースクエイク】!!」

 

「【ひゃくれつショット】!!」

 

 前半戦から続くラフプレーに、必殺技が加わり始めたのです。竜巻を起こして吹き飛ばしたり、地面を揺らして押し倒したり、あるいは幾重にも蹴りが重ねられたシュートを、ゴールではなく円堂さんにぶつけて甚振ったり。

 我がチームにそれに抗う手段はなく、なすすべなく技を食らった皆さんのダメージは、前半戦の消耗をしのぐ大きな打撃となっていました。

 

 そしてその蹂躙に、相変わらず私は巻き込まれずに済んでいます。後半戦が始まってすでに十数分、凡そ半分のチームメイトが地に倒れ伏し、残る半分も満身創痍で今にも倒れそうな有様で、私だけが無傷です。

 そうして今も、私の手が届かない場所でまた一人、必殺技に吹き飛ばされて宙を舞いました。

 

「うわあぁぁッッ!!」

 

「くッ、半田ッ!! こ、この野郎ッ……!!」

 

「駄目だ、染岡ッ!!」

 

 半田さんを吹き飛ばした帝国ディフェンダーに激昂し、突っ込む染岡さんを制しようとする風丸さん。ですが染岡さんのようなタイプが頭に血を上らせれば、声なんて届くはずもありません。

 想像通りに染岡さんは止まらず、そしてその先、帝国ディフェンダーは猪突猛進な彼を嘲笑い、その悪意を放ちました。

 

「ボールが欲しいか? やるよ」

 

「なッ……は!?」

 

 ぽん、と軽いパスが、なんと染岡さんに渡りました。反射的に身体で受けるも、敵の思いもよらぬ行動に一瞬あっけにとられる染岡さん。

 しかしその顔は次の瞬間、苦悶のそれに変わりました。

 

「【ジャッジスルー】!!」

 

「ぐああッ!!?」

 

 胴のボールごと、染岡さんを蹴り飛ばしてきたのです。

 もう本当に、いつ笛が鳴ってもおかしくないギリギリの攻撃です。しかしそれは笛が鳴らなくてもおかしくはないということでもあり、そして実際、審判はこれを見送って、染岡さんはただ地面に倒されました。

 けれど悪意はそこで止まず、苦しそうにお腹を押さえて起き上がろうとする染岡さんに、笑いながら告げました。

 

「おいおい、せっかくくれてやったのに……落とすなよッ!!」

 

 もう一度、染岡さんへのパス。しかし今度は軽いものではなく、ほとんど全力のシュートのような威力です。大ダメージを負った染岡さんが受け止められるものではありません。

 そのことは、素人である風丸さんの目にも明らかでした。

 

「染岡ぁッ!! ぐああぁッ……!!」

 

「ッ!!? 風丸!!?」

 

「なにッ!? お前……!!」

 

 驚愕する染岡さんと帝国ディフェンダーとの間に飛び込んだ風丸さんが、身を挺してそのシュートをブロックしました。おかげで風丸さんも派手に吹き飛ばされることになりましたが、染岡さんへの追撃は防がれ、弾かれたボールも帝国の思惑を外れて飛んでいきます。

 

 風丸さんの執念か、ちょうど私の目の前に。

 

「あらら、びっくり。ナイスパスです風丸さん」

 

「くッ、しまった……!!」

 

 私に付いていたマーク、眼帯の帝国選手にとってもボールの軌道は予想外のものだったようで、完全に虚を突いた状態。さっきまでのようにボールがカットされることはなく、私の足下まで届きます。が、それでも流石というべきか、彼はすぐに回り込み、私の前に立ちふさがってきました。

 

 味方はほとんどノックアウトされていてパスは出せませんし、自力で突破するしかなさそうです。果たして叶うかはわかりませんが、それでもたぶん、これが雷門にとっても最大で最後のチャンス。どうにかするしかありません。

 

「せっかく練習したんだから、成果だってみせちゃいたいですし!」

 

「ふんッ! 少し油断したが、これ以上はやらせない! 食らえ、キラー――」

 

 向かって走ってくる彼が、姿勢を低くして恐らくスライディングタックルの体勢。他の皆さんと同じく私を吹き飛ばす、必殺技でしょう。

 付け焼刃の練習量しかない私には対抗できません。どうにか避けるしか選択肢はなし。ドリブルしながら注意深く見つめ、見切ろうとしていたその時でした。

 

「待て、佐久間!」

 

「き、鬼道さん!?」

 

 不意に鬼道さんの声が響き、眼帯の、佐久間さんなる彼は思わずといったふうにその動きを止めてしまいました。おかげで私は素通りです。

 その代わり、今度は真正面にその鬼道さん。

 

「俺がやる。少々早いが、見せつけてやろう」

 

「へえ。もしかして、手ずから私を虐めたいって、ことかしら……!」

 

 だとしたらとんでもないクソヤロウです。しかし、二度目となれば私の言い口にもいくらか免疫ができるらしく、鬼道さんは僅かに眉を寄せただけで不敵に笑い、私のボールに襲い掛かってきました。

 

「私情はないさ! 俺たちは総帥の命令通りにプレーするだけだ……ッ! それに、そんな低俗なことをせずとも勝てるのでなッ!」

 

「どうでしょうね! 命令だなんて言っちゃってますけど、皆さん楽しそうですよッ……!」

 

 至近距離でボールの奪い合いをしながら、同時に口も動かします。しかし後者は互角でも、前者のサッカーの技量については、やはり今の私よりも鬼道さんの方がはるかに上。

 攻防を続け、やがて出てしまう私のぎこちない動きを、彼は見逃しませんでした。

 

「『楽しそう』? そりゃあ楽しいさ! 勝利の決まったサッカーはなッ!」

 

「ッあ!」

 

 私の足にあったボールが掬い取られ、拍子に転んでしまいます。紳士を自称したのは本当なのか怪我をしたりはしませんでしたが、最後の機会が潰えてしまったことには変わりありません。

 そして雷門に対してのとどめの一撃もが、私の横を走り抜けてきました。

 

「行け、【デスゾーン】開始!」

 

 前線に走り込んできた二人。さっきの佐久間さんを入れて三人が、私が倒れて誰も守る者の居なくなったディフェンスラインを走り抜け、円堂さんの正面へ。

 その三人へ、鬼道さんがパスを出しました。

 

「そして()を、引きずり出せ!!」

 

 またも、“()”。しかし今度も深く考えるような間はなく、それが始まりました。

 飛び出した三人が高く宙に飛び、回転して作る三角形の陣形の中央に、生み出される暗い色のエネルギー。そしてそれを帯びるサッカーボール。

 すさまじい威力が宿ったことは、もはや見るまでもありません。

 

「ッ! 円堂さん!」

 

 私の口からも思わず飛び出た声も、しかし意味はなく、その必殺シュートは放たれました。

 

「「「【デスゾーン】!!」」」

 

「ぐっ……う、おおおォォォッッ!!」

 

 円堂さんは、一瞬だけ抵抗ができました。雄叫びと共に立ち向かい、そしてその一瞬の後、自身ごとゴールに叩きつけられることになったのです。

 

 得点はこれで0-21。もはやあってないような追加点ですが、しかしその一撃で、もはや勝負は決してしまいました。

 とうとう円堂さんまでもが倒れ伏してしまったのです。立ち上がれたのは、チーム内で私だけ。壁山さんたちも染岡さんたちも、半田さんたちも全員が起き上がれないほどのダメージを負ってしまって、挙句円堂さんまでもとなれば、これはもう試合にならないどころかサッカーにすらなりません。

 

「……円堂さん、大丈夫ですか?」

 

「……あ、ああ……っく……」

 

 駆け寄って倒れる円堂さんに手を貸しますが、応えはしても【デスゾーン】なる必殺技はやはりすさまじいものだったようで、ダメージは隠しようがないほどなようです。私の肩を掴んで辛うじて立ち上がりましたが、足元すらおぼついていません。シュートどころか味方のパスすら受けられそうにないほど、円堂さんはボロボロでした。

 

 これはもう、無理でしょう。円堂さんは雷門で唯一のキーパーですから、彼が動けないとなるとゴールはほとんどフリーパス状態。フィールドには実質私一人であり、一人でどうにかしようにも私の技量は鬼道さんに敵わないことは実証済み。

 帝国と対等に戦う、ということからしてそもそも不可能に近い絵空事だったのに、壊滅状態では言わずもがな。もう、諦めるべき頃合いなのかもしれません。

 

「ふっ……無様だな。お前もそう思うだろう? 一点を取ることすらできず、結局俺の言った通りになったじゃないか」

 

「な、なにぃ……!」

 

 鬼道さんが、再び私たちを嘲笑いに来たようです。歯を食いしばって反発する円堂ですが、その様子はいかにもやせ我慢。実状的にもダメージ的にも、その口から碌な反論は出ず、鬼道さんの独壇場が続きました。

 

「見てみろよ、熱血キャプテン。もはやお前のチームは壊滅し、立っているのはそのディフェンダー一人だけだ。確かに、彼女は中々のプレイヤーだ、そこは認めよう。しかし俺たちのレベルには程遠く、そうでなくともたった一人でできることなど何もない」

 

「……こうもはっきり言われるとムカッとしちゃいますけど……まあ、そうですね」

 

 認めたくはありませんが。しかしその通り。今の私ではこの状況を打破するなんてできません。そういう面では、私も鬼道さんと同意見。

 

「キャプテンと違ってよくわかっているようで何よりだ。……そう、終わった(・・・・)んだよ、お前たちのサッカーは。俺たちに踏みつぶされて、な」

 

「お……終わりだとか、お前が勝手に決めるなよ……! 俺たちは、まだ戦える……! まだ、終わってねぇ……!!」

 

「ハハハ! そうか、『まだ終わってない』ときたか! 米田、だったか。彼女一人でまだ戦えると、そう言いたいんだなお前は! ……そんなことはあり得ないということもわからないのか、お前は」

 

 嗤い、次いで落胆に呆れたようなため息を吐く鬼道さん。そして私も完全に同意です。円堂さんがどれだけ私の力を信用してくれていても、それはただ現実が見えていないだけ。嬉しくも何ともありません。

 

「……なら仕方ない。最後の一人も、他の連中のように倒してやろう。そうしたら、さすがのお前たちも考えを改めるかな?」

 

 『さすがのお前たち(・・)』。複数形は、まさか私のことではないでしょう。だって私はもう諦め半分です。十中八九、度々鬼道さんが気にしている、“()”のこと。

 こうまで気にしているのなら、もしかしたら帝国が雷門に練習試合を挑んできた目的とは、快勝ではなくこっちなのではないでしょうか。三度目ともなればさすがにそんな気がしてきます。

 

 が、今更そんなことを考えても仕方ありません。だって私は今ちょうど、鬼道さんに『他の連中のように倒してやろう』と、ぶっ潰す宣言をされたところ。“奴”が誰なのかわかれば差し出して「許してください」と言うこともできますが、それも叶いません。後はもう、円堂さんが鬼道さんの煽りに耐えて賢明な判断を下してくれることを祈るのみ。

 棄権してくださいと、声にこそ出しませんでしたが、横目で言ってくれないかなぁと見つめていました。

 ですがボロボロな彼は、尚もまっすぐ鬼道さんを睨みつけ、

 

「俺は……仲間を、信じてる……!!」

 

 期待した言葉とは正反対の言葉を、言いました。

 

 それ自体は、さっきと何も変わらないただの無謀です。円堂さんのことですから策があるというわけでもないでしょうし、ほんとうにただの感情論、意思の発露。耳障りはいいでしょうが、現状においては「米田も俺たちみたいにボコボコにされてこい」と言ってるのも同然です。

 

 だというのに、その時目にした円堂さんの眼差しは、私が抱いた印象とは全く別のものを帯びていました。

 そして同時に、帯びていたその意思は、なぜか私の心に刺さったのです。

 

(仲間……)

 

 サッカーは十一人いないと試合をすること自体ができないスポーツです。だから当然、前のチームにも仲間はいました。昔のこと過ぎて名前どころかもう顔すら定かでありませんが、共に戦った彼ら彼女ら。円堂さんのように私のことを仲間だと言ってくれたことだって何度もあります。

 しかし今感じたものは、その時とは明らかに違うものでした。何が違うかと言われると正直わかりませんがしかし、直前まで胸の内に渦巻いていた負け戦の憂鬱は、奇妙な胸の高鳴りによって吹き消されてしまっています。

 

 秋さんのためにというのが理由の多くであった私にとってのこの試合に、何か別の感情が、湧き上がってきていました。

 

「何度だって、言ってやるさ……鬼道……!」

 

 ハッと我に返りました。いつの間にか私の介助なしに立っていた円堂さんが、疲労困憊な表情ににやりと不敵な笑みを浮かべています。

 

「お前たちがどれだけ俺たちを潰そうとしても、俺たちはその度立ち上がる……! だから、一人じゃない……! 仲間の絆がある限り、雷門魂は、終わらないんだ……ッく……!」

 

「あっ、円堂さん!」

 

 しかしそう啖呵を切るだけでも精一杯だったのでしょう。円堂さんは再びふらつき体勢を崩してしまって、私は反射的にその身体を支えます。

 そして鬼道さん。円堂さんの言葉がただの威勢だけであったことを再確認したようで、口元にお返しの笑みが浮かびました。

 

「ククク……『雷門魂』と来たか。なるほど、それは素晴らしいな。……ところで、その雷門魂とやらが一人、逃げ出してしまいそうだが……いいのか?」

 

「え……?」

 

 なんの話でしょう。と思えばすぐに、その声が聞こえました。

 

「こっ、こここ、交代!? ぼ、僕がっ!?」

 

「お願いメガネくん! 風丸くんの脚の怪我が酷いの! 彼の代わりにフォワードに……」

 

 見やればベンチ。秋さんが、肩を貸して運んできたのか風丸さんの手当てをしながら、メガネさんに頼み込んでいます。

 たぶん風丸さんは、染岡さんを庇った時のダメージが思いのほか大きかったのでしょう。苦悶の表情は声すら出せないほどのようで、傍で見ている音無さんと実況の方も心配そうです。

 ですが、その様子を眼にしたメガネさんは、義憤よりも恐怖の方が勝ってしまったようでした。

 

「い、嫌だ……こんなの、ぼ、僕……いやだあぁっ!!」

 

「め、メガネくん!?」

 

 秋さんが止める暇なく、ベンチを飛び出し駆け去っていきます。挙句に『こんなものを着ていては』とでも思ったのか、せっかくもらったはずの十番ユニフォームまで脱ぎ捨てていく始末。もう戻ってこないことが確定的な、壁山さん以上に見事な敵前逃亡っぷりでした。

 

 斯くして鬼道さんの嘲りはその実態を示し、風丸さんが抜けて十人となってしまった雷門へ、他の帝国選手たちからも大笑が響きました。

 

「ハハハ! 随分はかないものだな、雷門魂とやらは! それで、どうなんだ? これでもまだ『仲間の絆が』と抜かすつもりか? 仲間は皆倒れ、そして控えは逃げ出した。だというのに――」

 

「ああ……言うさ! まだ、終わってねぇ……!!」

 

 そして響く大笑を円堂さんの一声が吹き飛ばします。

 変わらない、その眼。尋ねてしまったのは思わずのことでした。

 

「どうして、諦めないんです? 例え皆さん起き上がれても、もう私たちは十人になっちゃったんですよ?」

 

「……だから、さっきから言ってるじゃん」

 

 応える円堂さんの声はやっぱり私の心を奇妙に疼かせて、そしてその時、合った視線によってその感情の一端が、ようやく私にわかりました。

 

「『勝利の女神がどちらに微笑むかなんて、最後までやってみなくちゃわからない』。だから今、俺が降参したら、みんなから試合を奪ってしまうことになる。それはダメだ……! サッカーは、仲間と一緒に戦うスポーツなんだから……!」

 

 なんかいいな、というふうにあやふやながらも、胸の内に渦巻くのは羨望でした。円堂さんの何もかもがまっすぐで、直接的に私へと向くその感覚。それ自体が好ましい、というような感覚。

 

 つまるところ、私は今、“楽しい”のです。

 

「それにほら、試合終了の笛が鳴るまでに諦めちゃ、もったいないだろ?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 飽きてしまったはずのサッカーに、久方ぶりに覚えた感覚。自覚して自然と顔が笑みの形になった、その時でした。

 

「……おい、誰だあれ? あんな奴、うちのサッカー部にいたか?」

 

 観客のざわめきが耳に届き、そして彼が、現れました。

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