「ふぅ……」
試合当日、ピッチの上で試合開始の笛を待ちながら、私は昨日の遅くまでの練習で薄く滲んだ疲労を吐き出しました。
そうして改めて前を見やれば、準備万端でこちらを見据える千羽山の選手たち。守備で名を馳せるチームだけありフォーメーションもいかにも固そうな三角形で、ワントップのフォワードからピラミッド状に、ゴールに近づくほど層が厚くなっているのが見て取れます。
攻め込むだけでもずいぶん苦労しそうです。その上で源田さんの【フルパワーシールド V2】に勝るとも劣らないという【無限の壁】があるのだから、恐らくこの試合、一点取るか取らないかの戦いになるでしょう。
そのための方針は既にチームの作戦として決めてあります。が、私の隣、センターマーク上のボールをの真ん前に陣取っていた染岡さんは、私がそれにちゃんと従うのか不安であるようです。横眼だけ向けて、しつこいことに念押ししてきました。
「……わかってるよな、ベータ。いつもみたいに一人で突っ込んでくんじゃねぇぞ? 千羽山の守備力に対抗するためにも、今回は――」
「一人で攻めるんじゃなくて、みんなで攻撃。攻撃を
私のワンマンではなく、豪炎寺さんや染岡さんを交えたフォワード三人での攻めでもなく、ミッドフィールダー陣も加えた多人数、多角度からの攻撃で、千羽山の守備をかき乱し、ミスを誘って打ち破る。それが今回の戦法です。
そのためにフォーメーションも全体的に前のめりですし、ミッドフィールダーも二人入れ替えられています。宍戸さんと、やはりというべきか鬼道さんが今日のスタメン。
宍戸さんは半田さんとで一応ロングシュートの適性がある【火縄バレット】を打てますし、鬼道さんも帝国の連携必殺技はともかくとして、【ダークトルネード】があります。加えてそのオフェンス能力も私のディフェンスを突破できるほどで申し分ないでしょう。
『手数を増やす』という鬼道さんが言い出しっぺの小細工戦法の目的に於いて、準備は十二分に整っているというわけです。
つまりこの撹乱作戦こそが、【イナズマブレイク】を完成させられなかった今、千羽山に勝てる唯一の方法。そういう皆さんの共通認識であるのですが――。
私一人だけが、どうしてもそう思えないでいるのです。
正直、本音ではこんな小細工、全部無駄にしか思えません。
【無限の壁】対策に撹乱なんてしなくても、私の【ダブルショット】で正面から打ち破ればいいだけなのに。確かに鬼道さんの言う通り、威力的に難しいのかもしれませんが、しかし私だって日々成長しています。少なくとも、撹乱作戦なんていう行き当たりばったりな作戦よりも、可能性はずっと高いはず。
なのにどうして――という、そういう不満が裏にあったから、きっと染岡さんに感付かれてしまったのでしょう。
そして今も、わかってると応じたものの、染岡さんの眉間から疑念の皺は取れていません。
ならば仕方なしです。隠し通すのは諦めて誤魔化す方向にかじを切るべく、ベンチのほうに眼をやります。
「しかし……入れ替わりでベンチ入りになっちゃったマックスさんと少林さん、ちょっとかわいそうですよね。いきなりスタメン外されちゃうの、結構心にキちゃいそうじゃありません?」
「……仕方ねぇだろ、この編成が今のチームのベストなんだ。特に鬼道は守備も強いからな。攻撃に寄った分をフォローできるのはあいつだけだ」
「まあ、そうですよね」
「ああ。それに、俺たちは全国レベルのチームに勝ちに来てんだ。情けでポジション決めてるようじゃ、勝てるもんも勝てねぇ。……そんなんでレギュラーもらっても、そんなもんに意味はねぇ。あいつらだって、それがわかってるから文句は一つも言ってねぇだろ」
やけに力の入ったお言葉です。しかし確かに、件の二人、ベンチに座るマックスさんと少林さんは、難しい顔になってはいれど作戦に口出しすることもありませんでした。
それが染岡さんの言う通り、『意味がないから』であるかどうかはわかりませんが――ともかくつまり、この作戦に不満があるのはやっぱり私だけということなのでしょう。
「……【イナズマブレイク】、完成させられていれば、色々もっとシンプルにできちゃってたんでしょうけど」
ベンチからボールに視線を戻します。
そもそもこの作戦は【イナズマブレイク】の代替。そして代替が必要になってしまった原因は、『私が仲間を信じられていないから』。
自覚はなくても鬼道さんや豪炎寺さん、一之瀬さんまでもが口をそろえた事実です。ならば私にこれ以上のことが言えるはずもなく――。
「……ないものねだりをしてもしょうがない。今の俺たちができることをするだけだ」
「そうですね」
染岡さんを跨いで聞こえた豪炎寺さんの声に、声だけで短く応えて会話を断ち切りました。
もし次に口が開けるとしたら、それは前半戦で小細工戦法が何の成果も出せなかった時。それまでは試合に集中するべく息を吐き、直後、試合開始の笛が鳴り響きました。
(……やっぱり、前線で守る気はほとんどないみたい。それだけ中盤以下で止められる自信があるってことかしら)
キックオフ直後、ボールを託され、まず相対した千羽山唯一のフォワードさんと、そしてその背から続けて迫るミッドフィールダーさんの二人。彼らをほとんど素通りに近い形で抜き去りながら、その手ごたえのなさについ眉が寄ってしまいます。
抱いた違和感と、それに連なる予想。それらはたぶん、当たっているでしょう。
要するに彼ら千羽山はその守備力を生かしてカウンターを狙っているのだと思います。だからそのために、自陣深くまで私たちを誘い込む必要があるのです。
前線でボールを止めてしまってはそれは叶いません。故に攻撃組はほとんど形だけのディフェンスしかしなかった。恐らくはそういうことです。
つまり今のプレーで以って千羽山の守備を笑うことは全くのナンセンス。相手陣地に攻め入り、本業のディフェンダーさんたちと対面した時こそが千羽山攻略の本番であるのですが、しかし。
どうやら脳筋な染岡さんは私と違って違和感を感じられなかったようでした。
「はっ……なんだ、守備力がどうこうってのはただの噂だったのか? 大したことねぇじゃねぇか!」
「あれで判断するな染岡! 千羽山の本番はまだ先だ! それに……忘れたのか? 奴らには【無限の壁】もある!」
「なら、今度はそっちを拝んでやるとするか! おい、ベータ!」
豪炎寺さんが油断を咎めるも残念ながら通じた様子はなく、代わりに私に向けて振られる手。『パスを寄越せ』の合図です。
撹乱作戦への不信感と相俟って、一瞬迷ってしまいました。
しかし作戦の実行はもはや決定事項。このまま一人でゴールまで持っていくわけにはいきませんし、第一、そもそも持っていけるかもわかりません。
いずれにしろ、まずは千羽山ディフェンスの本当の実力を知らねばどうしようもないわけで――となると、むしろ今の染岡さんは、試金石としてちょうどいいのではないでしょうか。
逡巡の後にそう思いつき、私は染岡さんに頷いてパスを出しました。
「それじゃ――お手並み拝見、ですっ!」
「おっしゃ! それじゃあ一丁、鉄壁の【無限の壁】とやらを――っく!?」
そしてボールを受け取りそのまま敵陣へ突っ込んでいった染岡さんは、期待通りに試金石になってくれました。
パスに合わせて詰めてきたディフェンダーにまずドリブルを遮られ、次いで振り払おうと変えた進路の先に待ち構えていた別のディフェンダーによって逃げ道が封鎖。最後にやむなく無理矢理押し退けようと突っ込んでいったところを横合いから三人目に襲われ、染岡さんはあっさりボールを奪われてしまったのです。
染岡さんのおバカな突撃だったことを抜きにしても、見事なディフェンスです。最初からカウンターに賭けるだけあって、守備のチームワークは今まで見てきたチームの中でも最上級。
鬼道さんの事前評価、少なくともフィールドプレイヤーの評価は、妥当であると認めざるを得ませんでした。私一人でゴール前までボールを持ちこむのは、恐らく不可能に近いくらいに困難でしょう。
ただしその分、ボールを止める能力は高くても、ボールを保持し続ける能力には少し欠けているようです。
「よし! 見たか雷門、ボール奪ってやったっぺ! みんな、カウンターを――」
「っ! バカ! 芹沢、後ろじゃ!」
「え――ぶわっ!?」
豪炎寺さんのフォローが間に合いました。染岡さんが注目されてる隙に回り込み、自慢気にしていた芹沢さんなるディフェンダーからボールを奪い返すことに成功しました。
千羽山の守備を見れれば御の字と思っていましたが、どうやら諸々が偶然うまくかみ合った様子。豪炎寺さんはそのまま染岡さんを拾い、ゴール前までたどり着きました。
「しっかりしろ、染岡!! 行くぞ……!!」
「チッ……!! わかってる!! 【無限の壁】だか何だか知らねぇが、ぶち破ってゴール決めてやるよッ!!」
ほとんど自業自得な鬱憤も込めて、染岡さんと豪炎寺さんの連携シュートが放たれました。
「「【ドラゴントルネード】!!」」
ミスもない十全の威力のシュート。
しかし。
「そんなにみたけりゃ見せてやるズラ――【無限の壁】!!」
腕を組んで立ちはだかるざんばら髪のキーパーさんと、両隣のディフェンダーの二人。噂の『鉄壁』が、いとも容易く【ドラゴントルネード】を受け止めてしまったのでした。
なるほど確かに、源田さんの【フルパワーシールド V2】に勝るとも劣らない必殺技です。
ぽとりと力なく落ちるボールは、シュートの威力を完璧に抑え込んでしまっている証拠。キーパーさんの手に収まるそれに、恐らく悔しさでいっぱいな染岡さんが精一杯の虚勢を張りました。
「は……はっ、なかなかやるじゃねぇか……! 俺たちのシュートをこうも完璧に止めちまうとはな。……褒めてやるぜ。だが、それでこそ――」
「お前の誉め言葉なんてブタのハナクソズラ」
が、キーパーさんは染岡さんの虚勢に眼も向けずに吐き捨てました。
馬鹿にされているのは確かですが、全く聞いたこともない比喩表現。おかげで染岡さんキョトンと目を見張り、その間にキーパーさんは、まっすぐフィールドのただ一人を見据え、ビシっと叩きつけるように人差し指を向けていました。
「鬼道、次はお前が攻めて来るズラ!」
「……なに?」
さすがというべきか、鬼道さんは既に守備に備えていたのでしょう。後ろめに陣取っていた彼は、しかし敵からそんなことを言われて怪訝に眉を顰めます。
対して、キーパーさんの眼差しはより険しくなりました。
「帝国のお前がどうして雷門なんかに籍を移したンか、理由は聞きゃぁせんズラ。ルール的にも問題ネェみたいだし……。けども、それで勝てると思ってる雷門の連中は気に食わん! だから思い知らせてやるズラ。鬼道の力を手に入れたところで、オラたちの守るゴールは破れないってナァ!」
だからその証明のために鬼道さんのシュートをご所望である様子。彼をねめつけた眼が、次いで私たちをなで斬りにしていきます。
そしてその途中、一足遅れてキーパーさんの憤りの源を察した染岡さんが、さっきの罵倒の分もまとめてキレました。
「テメェ……まさか、俺たちじゃテメェらに勝てないから――俺たちがテメェらの守備を突破するために鬼道をチームに引き入れたって、そう言ってやがんのか……? バカにするのもいい加減にしろよ……!!」
「何か間違ってるか? 現にお前たちのシュートはオラの手の中。あんなの何発撃たれようが【無限の壁】は破れないズラ。……まァもちろん、鬼道のシュートでも結果は同じだがよ」
「ふざけやがって……!! シュート一本防いだからなんだってんだ!! 俺たちの必殺シュートはまだ他にも残ってる!! 破れないってんなら、破れるまで打ち続けりゃいいだけだ!!」
染岡さんが腕を振り回して吠え立てています。しかし確かにその通り、【ドラゴントルネード】を私たちのレベルと見るのは早合点過ぎです。他にも強力なシュートは色々、それこそ私の【ダブルショット】だってあります。
【イナズマブレイク】はなくとも、それに迫り、あるいは上回れるシュートを私はまだ持っているのです。
しかし。
「ふんっ。破れるものなら破ってみるズラ」
いきり立つ染岡さんに、キーパーさんはまたも悠然と鼻を鳴らしていました。