雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第五十三話 一人きりのサッカー

 しかし意思を統一し、私にボールを繋ぐというその一点に雷門の総力を集中しても尚、千羽山の守備は中々突破することができませんでした。

 【ダブルショット】で【無限の壁】を打ち破るためにはペナルティエリア内に、少なくとも前半戦の最後にあった場面よりもさらに距離を詰める必要がありますが、そもそも敵陣へ切り込むことすら至難です。

 千羽山の実質的なマンマークはさらにそのしつこさと堅牢さを増し、鬼道さんのダイアゴナルランで学習したこともあってか、手ぶらの状態であっても前に詰めようとすればその瞬間に行く先を塞がれてしまいます。ドリブルで突破することはもちろん、パスをもらって攻め込むチャンスすら、結局作りだすことはできなかったのです。

 

 だからそんな中で一つ、突破とは別の方向に千羽山の隙を見出した時、薄いチャンスだとわかっていても期待を抱かずにはいられませんでした。

 

 

「――ッ!! 豪炎寺、染岡、前に走れッ!!」

 

 

 攻め込めず、ボールを持って後ろをうろうろしていた時、偶然見つけたカラッポの直線。そこに二人を呼び込むと同時、オレは高く足を振り上げた。

 

 

「【ダブルショット】ッ!!」

 

 

 つまりは帝国戦のアレだ。オレの【ダブルショット】に豪炎寺と染岡の【ドラゴントルネード】を重ねるシュートチェインは、【フルパワーシールド V2】をも破る威力を発揮する。

 オレが近付けずともこれならばあるいはと、そう思ったのだが――

 

 

「「【ドラゴントルネード】!!」」

 

「【無限の壁】!!」

 

 

 ――そそり立つ壁は、無情にもそれを受け止め切ってしまいました。期待は、至極あっさりキーパーさんの足元で踏みつけられてしまいます。

 そのショック、そして湧き出る焦燥は、思わず舌打ちが漏れてしまいそうなほどでした。

 

 

「っ……これでもダメですか。いけるかもって、思っちゃったんですけど……」

 

 

 私が前に出る必要なく放てるシュートで間違いなく最高威力、そしてようやくのチャンスと呼べるチャンスだったのですが、それで決められなかったとなればいよいよ進退窮まった気がしてなりません。しかも、それまでの奮闘で滲んだ汗を拭ってスコアボードの上の時計を見れば、後半戦の残り時間がもう僅か。なおマズいです。

 

 つまりもう本当に千羽山のペナルティエリア内で渾身の【ダブルショット】を打つ以外、勝ち筋がなくなったということなのです。

 後半戦が始まってからはその機会すら作れていないそれを、このわずかな残り時間で実行しなければなりません。そう考えると、胸に満ちるのは絶望感の一色だけでした。

 

 そしてそれは皆さんも同様――どころかむしろ私よりも酷いようで、なんとか気持ちを奮い立たせる私をよそに、半田さんと宍戸さんは止められてしまったシュートを見つめ佇んだまま、縋るような声を出していました。

 

 

「そんな……【ダブルショット】と【ドラゴントルネード】を合わせても駄目なのかよ……」

 

「やっぱりもっと距離を詰めるしか……ああでも、あんな守備でどうやって前に行けば……っ! き、鬼道さん! 作戦、本当にもう何もないんですか!? 全く、なんにも!?」

 

「ああ、ない。……俺にはもう、この状況を覆す方法など……」

 

「じゃあおしゃべりなんてしちゃってないで、戦ってくれません!? 足を止めて泣き言言ってる余裕なんて、私たちにはないんですから!」

 

 

 やはりカウンター狙いで飛んできたロングパスをおかっぱ頭のミッドフィールダーさんと奪い合う最中、聞こえてきた鬼道さんの弱音に思わず文句が飛び出てしまいます。こんながけっぷちの状況でありながらフォローもしてくれないなんて、彼らはちゃんと今の状況を理解できているのでしょうか。

 ……理解できていないのでしょう。だからフォローの素振りすらなく、その場に突っ立っているのです。

 焦りに苛立ちが加わって、だんだんと頭が煮えてくるようでした。

 

 ――であるなら、当然オレには怒声を我慢してやる義理などないのだ。

 

 

「いいから、さっさと動け!! 全員もっと前に出ろ!! 試合が終わっちまうまであと何分もねぇってのに、余計な手間をかけさせるんじゃねぇ!!」

 

 

 爆発した怒りは、鬼道たちに効く前に対面するおかっぱ頭を怯ませたらしい。一瞬動きが鈍り、その隙にボール奪取に成功する。

 苦労した割に少々釈然としない決着だが、この際もうなんでもいい。奪取と同時に嗅ぎつけられ、やはりディフェンスがオレを止めるため動き出すが、しかしオレたちと同様奴らの頭も攻撃を急いていたのだろう。突然おかっぱ頭をやられたせいで、若干守備の反応が鈍い。

 鬼道たちと合わせれば、もしかしたらペナルティエリアまで踏み込めるかもしれないチャンスだ。

 

 だからオレはまずその手始めにボールを鬼道に預けるため振り向いて――そして唖然とすることになりました。

 

 

「手間も何も、やるだけ無駄だ。もう……諦めろ」

 

「……はぁ!?」

 

 

 思いもよらぬその台詞。そしてゴーグル越しに合わさった視線。そのいずれもが、力なく微笑んでいたのです。

 

 信じられない思いでした。おかげで一瞬身体も固まり、攻め損ねてチャンスは帳消し。ボールを奪いに来るディフェンダーさんたちを辛うじて捌きながら、味わわされた驚愕をそのまま叫びました。

 

 

「何を言っちゃってるんですか鬼道さん!? 諦めろってまさか、この試合のことを言ってるんじゃありませんよね!?」

 

「……それ以外に何がある」

 

「馬鹿なこと言わないでください! この試合に負けたら、世宇子へのリベンジだってできなくなっちゃうんですよ!? 影山を見返して……帝国の、鬼道さんのサッカーはまだ負けてないって、証明するんじゃなかったんですか!?」

 

 

 なのに、それを諦めるだなんて一体どういうことなのでしょうか。さっぱり理解できません。

 

 

「……ここで諦めたら、鬼道さん、何のために雷門サッカー部に入ったんです!?」

 

「そうだな……今思えば、何故こんなことをしたのかもわからない。……リベンジも何も、帝国が勝てなかったチームに雷門で勝てるわけがなかったのにな。現にほら、たかが守備力だけの千羽山相手にこの体たらくだ」

 

 

 肩をすくめる鬼道さん。しかしやはり足は動かず、彼は乾いた笑いを浮かべました。

 

 

「……守備力が高いだけの相手など、帝国なら苦戦もしなかったはずだ。雷門のような統率の欠片もない、“個人”がぶつかり合っているような雑なチームには使えない作戦や必殺技が、帝国にはいくらでもあった。……そう、俺のサッカーが活かせる場面が、いくらでも……。ははっ……そうだな。やはり俺のサッカーは、世宇子に負けたあの時にもう終わってしまっていたんだな……」

 

「終わっていた……?」

 

「そうだろう? 俺のサッカーは帝国のサッカー。なら帝国の敗北と同時に終わるのは当然だ。……こんな簡単なことに気付かなかったとはな。全く、俺は滑稽だ」

 

 

 鬼道さんは空を仰ぎ、クスリと小さく鼻を鳴らしました。そうして大きく諦念の息を吐き出し、言ったのです。

 

 

「……あの時、円堂の手など取らなければよかったんだ」

 

 

 その一言、円堂さんの気持ちを無下にするような物言いで、私の激情は閾値を超えてしまったようでした。

 怒りが遅れてやってきたのです。円堂さんのことももちろんですが、しかしやはり、他でもない鬼道さんが“自分のサッカー”を捨ててしまおうとしていることが腹立たしくて仕方ありません。

 それは言ってしまえばただの逆恨みですが、わかっていても無理なものは無理。どれだけそれを求めても得られなかった私には、到底受け流せるものではなかったのです。

 

 しかしそれでも、喉元までせり上がってきたそれらを、私は口から飛び出る寸前に噛み潰すことに成功しました。押し留め、代わりにその怒りをボールに込めて、彼へのパスを蹴り放ちます。

 

 

「こ……のッ!!」

 

「ぐ……!」

 

 

 シュートもかくやといった威力のバックパス。私を囲む千羽山ディフェンスさんたちはもちろん手が出ず、鬼道さんも受け止めはしたものの少しよろけてしまったよう。

 それでも胸でトラップしてピタリと足元に収めた彼に、私は一つ深呼吸をして荒れる内心を抑え付けながら、ずいぶん冷えてしまった声で告げました。

 

 

「……とりあえず、勝手に諦めちゃうのやめてくれません? あなたは『勝てない』って思っちゃうのかもしれませんけど、私はまだ全然そんな気になっていないので!」

 

 

 だから打つ手がなくて動けないなら、鬼道さんは『諦める』だとかごちゃごちゃ言わずに私の言うことに従うべきなのです。

 おとなしく私に勝敗を委ねていればいい。そうすれば私だって、いつも通りに動くことができるでしょう。

 それだけでいいのです。

 

 

「わかったら、早く前に出ちゃってください! あなたのオフェンス力があれば、一人か二人くらいなら――」

 

 

 と、そう怒りをねじ伏せ、努めて穏やかに続けたその瞬間。

 私は再び鬼道さんと眼が合い――そして、続く言葉を失うことになりました。

 

 

「っ……」

 

 

 変わっていませんでした。あれほどの想いをぶつけてやったのに、鬼道さんの顔は諦念の微笑を浮かべたまま、何一つ変化していなかったのです。

 

 認めて、急激に胸の怒りが引いていくのを感じました。代わりに満ちる失望感。諦めきって火すらつかない彼の姿に、同時にサッカーに対する気力すら持っていかれてしまいそうな感覚に陥ります。

 しかし、私の足まで止まってしまうギリギリのところで我に返りました。鬼道さんが役立たずになってしまったのだとしたら、そんなものにかかずらっている余裕はありません。

 私は一刻も早く点を取らなければならないのです。

 

 

「――鬼道さん、豪炎寺さんにパスを! それくらいはできるでしょう!?」

 

「……ああ」

 

 

 思い出した最重要の目的で頭の中を塗り替えて、鬼道さんの手元からボールを動かさせました。彼は酷く緩慢な動きでそれに応え、言われた通りに豪炎寺さんへとパスをします。

 ボールはあまりにヘロヘロで力なく、途中でカットされてしまうんじゃないかと冷や汗が滲むほどでした。それでもなんとかワンバウンドして指示通り豪炎寺さんに届いたものの、私の胸の内に憤懣やるかたない思いが溢れるのはどうしようもありません。

 

 しかしだとしてももう構わないのだと、もう一度心を切り替えます。もう鬼道さんに期待はしていない。チームに紛れた役立たずと思えば、それで問題ナシなのです。

 そんな人は放っておいて、いつものように私が彼の分まで働けばいい。それが“上司と部下”なのだろうとも、今はどうでもいい。とにかく今は点を取ることが、勝つことが何よりも重要で、皆さんを勝たせてあげられるのは私しかいないのだから。

 

 と、改めてそう覚悟を決めて、立ちふさがる千羽山の守備陣の壁に眼を向けた――その時でした。

 

 

「鬼道ッッ!!!」

 

 

 突然、豪炎寺さんの怒声と、そして火炎を纏う強烈なシュートが、私のすぐそばを貫いていったのです。

 

 

「ぐあ……っ!」

 

「な――豪炎寺さん!?」

 

 

 反射的にそれを追って振り向けば、燃えるボールとそれに襲われる鬼道さんの姿。私のパスも大概でしたが、豪炎寺さんのそれはもはやパスとしての体裁すらなかったようで、そのまま鬼道さんに直撃してしまいます。

 挙句に跳ね返ったボールは山なりに、フィールド外へと向かう始末。たまらず私はそれを追いかけ、そして危ういところで回収すると、当然、批難の声は喉から勝手に飛び出しました。

 

 

「ちょっと、なにしちゃってるんですか豪炎寺さん! ふざけてる時間なんてもうないんですってば!」

 

 

 しかし豪炎寺さんは私の声に視線すら向けません。彼はまっすぐ鬼道さんだけに厳しい眼を向け、言いました。

 

 

「ここまできて、お前は自分から負けを認めるのか!? そんな有様で、帝国の仲間に顔向けできるのか!? お前はそれで満足か!!」

 

「……なら、どうしろというんだ!! ……ああ、俺だって勝ちたいよ!! だがもはや雷門に勝ち目などない!! 帝国のような積み上げた強さを持たないチームで、どうやって点を取れというんだ豪炎寺 修也!!」

 

「鬼道、いい加減に目を開けろ!! ここは帝国じゃない、雷門だ!! 勝ちたいのなら、雷門を利用してでも世宇子にリベンジしたいのなら、過去にばかり囚われるな!! お前の背には、もう円堂がいるはずだ!!」

 

「だから二人とも、言い争ってる場合じゃ……っ! ――ああクソっ!!」

 

 

 もういい。どいつもこいつも使えない。こうなったらもう豪炎寺も頼らない。

 

 平静を失い、なぜだか突然円堂まで持ち出してきた瞬間、オレは豪炎寺のことも意識から切り捨てた。一人、前方のゴールとそれを守るディフェンダーたちだけに身体を向ける。

 横目に見えた時計はうだうだとやっていたせいでもう試合終了間際。正真正銘、オレが持つこのボールがラストチャンスだ。だからこそ、意識はそれだけに集中する。

 オレ一人でも、これはゴールに叩き込んでみせる。最初からこうしていればよかったのだと、妙な解放感に包まれながら、眼も頭も身体も一直線に、その瞬間、地を蹴った。

 

 ――が、しかし。その時、私の鼓膜にその声が響き、飛び出しかけた私の足を止めたのです。

 

 

「――ベータっ!!」

 

「え、円堂さん!?」

 

 

 キーパーの彼がこんな前線まで走り込んで来ていました。

 常識外れの行動に驚き、しかしすぐ思い直します。常識でなくても、それは理にかなった行動です。試合終了間際で且つ最後の攻撃チャンスなのだから、ゴール前に突っ立っていても意味はないのです。

 それに円堂さんの奇行にはもう慣れっこ。だから私はすぐに平静を取り戻し――そしてそれを打ち砕かれることになったのでした。

 

 

「ベータ、鬼道にパスだっ!!」

 

「は……円堂さん、こっちで言い争ってたの聞こえちゃってなかったんですか!?」

 

 

 いや聞こえてなかったとしても、鬼道さんが役立たずになってしまったことくらい見ればわかるはず。“慣れっこ”なんてまやかしだったようで、つい正気を疑ってしまいます。

 しかし円堂さんは思わず足を止めてしまった私の隣を走り抜けながら、すれ違いざま、その言葉を言いました。

 

 

「大丈夫だ!! 『信じろ』!!」

 

「っ……!!」

 

 

 いつもいつも私を導くように、あるいは操るように動かしてきたその言葉。しかし今はすんなりとは入ってきませんでした。

 豪炎寺さんの『信頼できていない』、一之瀬さんの『知らないだけ』。その言葉たちがノイズとなって追従することを妨げてきます。

 

 つまり今が、それらの境い目であるから。“円堂さんのサッカー”か、それとも今、私がやっているサッカーか。

 少し前までなら迷うこともなかったであろうその二択。どちらを取るかの選択は、しかしその真なる意味を知った今、以前よりもずっと難しくなっていたのでした。

 

 ――ただ、それでも……。

 

 

「っ……鬼道さんっ!」

 

 

 私は役立たずになってしまったはずの彼へパスをしました。

 そして再び眼にしたその表情は、やはり。

 

 

「ああっ……!」

 

 

 さっきまでの乾いた諦めを消していたのです。

 

 

「鬼道! 俺たちは、帝国学園じゃない。鬼道が知ってる帝国のサッカーはできない。けど、雷門のサッカーはできる!!」

 

 

 鬼道さんから円堂さんへと繋がるパス。二人の連携は、いっそ面白いように次々とディフェンダーさんたちを抜き去って行きます。

 そしてあっという間に、ペナルティエリアの目前。

 

 

「鬼道、お前は俺たち雷門の仲間だっ!!」

 

「っ!! ……そうか、これが、雷門なんだな……!!」

 

 

 そして共に走り込んでいった豪炎寺さんを含めた三人が、シュート体勢に入りました。

 

 鬼道さんがボールを蹴り上げ、そのわきを走り抜けた二人と共に、黒雲から黄色と紫のイナズマを纏って降り注ぐボールを同時にシュート。

 

 

「「「【イナズマブレイク】!!!」」」

 

「っ!? む、【無限の壁】ッ!!」

 

 

 放たれた伝説の最強シュート。キーパーさんたちは慄きながらも淀みなく必殺技を繰り出して、そしてそれを打ち破られることになりました。

 

 得点です。そして試合終了の笛。湧き上がる歓声と、シュートを決めた三人に突撃し、群がり響く歓喜の声。

 それらを、一歩も動けずにいた私は、離れた場所から聞いていました。

 

 ――私が決して習得できなかった必殺シュート。私が何を言っても変わらなかった鬼道さんの諦念。私にはどうしてもわからない、その根源。

 

 

信じられない(・・・・・・)

 

 

 いつかに感じたそれよりも圧倒的に濃いモヤを胸の内に感じながら、その輪の中に入れない私は、外からただ皆さんを見つめることしかできませんでした。




さすがに次の更新には四ヶ月もかからない……と思います。たぶん。おそらく。めいびー。
ともあれ感想ください。
そして誤字報告ありがとうございました。
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