言い争いの結果双方引けなくなって、円堂さんと三兄弟のやる気、対抗心にも火がつくことになりました。
売り言葉に買い言葉の応酬で彼らの頭の中はサッカー勝負で埋め尽くされてしまったらしく、「時間外で勝手にグラウンド使ったら怒られちゃいますよ」という私の忠告にも聞く耳もたず。やいのやいのと口喧嘩を続けながら、彼らはボールを求めて部室へと足を向けてしまったのです。
当然、私たちは完全にほったらかし。さっきまで円堂さんとおしゃべりしていた鬼道さん的にはため息の一つも吐きたくなるような状況でしょう。
しかし家に帰りたいところを円堂さんに引き止められていた私にとっては都合のいい展開です。当人がいなくなったのだから、これ以上ここに拘束されている必要も、これ以上皆さんと相対する気まずさを味わう必要もありません。円堂さんが戻ってくる前にさっさと帰路についてしまいましょう。
何なら鬼道さんたちにも気付かれないように、私はこっそり腰かけていた花壇の縁から降りました。スカートについた土汚れを軽くはたき、もう大分少なくなった下校生徒に混じってそそくさとその場を後にします。
――もとい、後にしようとしたのですが、その直前。
「……そういえば、豪炎寺。さっき言っていた『決勝戦を逃げ出した』というのは、どういうことなんだ? 確かに去年、決勝にお前の姿はなかったが……何か理由があったんだろう?」
鬼道さんがふと、その疑問を口にしました。
あれだけ散々話題に出たのだから、気になって当然のことではあるのでしょう。しかしそれは――夕香ちゃんのあの件は、豪炎寺さんにとって相当デリケートなもの。直接的な質問に、思わず私の足まで止まってしまいました。
それに関しては素通りさせて傍観すると決めたはずですが、しかしやはり気になってなりません。
なぜその『致し方ない事情があった』という事実をひた隠すのか。つられて再燃したその疑問と、当人たる三兄弟がいなくなった状況が相俟って、私は鬼道さんの言葉に続き、気付けば思わず振り返ってしまっていました。
「私も……せっかくだから言っちゃいますけど、あの件はやっぱりちゃんと話したほうがいいと思いますよ、豪炎寺さん。どうしてそこまで明かしたくないのかなんて知りませんけど、だんまりじゃ誰も納得なんてできませんもん」
だから円堂さんだってあそこまでヒートアップしてしまったのです。そんな言外の視線も差し向けられて、豪炎寺さんはキュッと眉を寄せました。
私と鬼道さんの二人からの追及を受け、思い悩むように唸る彼。しかし結局、肩を落として首を横に振りました。
「……さっきも言ったが、どんな理由であれ俺が武方たちを裏切ったことに変わりはないんだ。説明したところで、そんなもの――」
「『言い訳にしかならない』、ですか? そんなことだろうと思いましたけど……でも、やっぱり話しちゃうべきだと思います。豪炎寺さん自身のためにも、何より円堂さんや武方さんたちのためにも」
「武方たちの……」
円堂さんはもちろん、それからたぶん三兄弟も、あれだけ感情を荒ぶらせている原因に豪炎寺さんの沈黙が無関係であるはずがないのです。もちろん話せばすべて解決ということにはならないでしょうが、それでもやはり、何もわからないという状態が良いものだとは私には到底思えません。
真っ暗闇を手探りで彷徨うばかりでは、いつまで経っても正解になんてたどり着けない。そんな実感を伴っていたからでしょうか。顔に渋面を作っていた豪炎寺さんは円堂さんたちが消えた部室の方向に眼を向けて、しばらくの後、静かに深いため息を吐きました。
「……今日、武方たちに会って……わからなくなったんだ」
「……何をです?」
あまりに言葉少なな吐露でした。気が急いて思わずそのまま尋ね返すと、彼の眼が私を見つめ、言います。
「俺は武方たちの期待を裏切り、彼らの“サッカー”を傷つけてしまった。どうしてそうなってしまったのか……どうすれば傷付けずに済んだのか、わからないんだ……。なあベータ、俺はどうすればよかったと思う……?」
「……どうすればも何も、どうしようもないことだったじゃないですか」
夕香ちゃんの事故は、当然ながら豪炎寺さんには防ぎようがないことです。だから要するに、彼は未だ後悔に決着を付けられていないだけなのでしょう。気に病むのはわかりますが、いい加減しっかりしてほしいものです。
そんな思いで、私は豪炎寺さんに負けないくらいに大きなため息を吐きました。
そして、豪炎寺さんも。
「……そうだな」
そう短く言いました。
後悔と諦念をようやく噛みしめることになったのでしょう。彼はやがて一つ頷き、鬼道さんへと向き直ります。
「……わかった、話そう。あの時俺が、なぜ決勝戦に出られなかったのかを――」
そうして豪炎寺さんの口から、夕香ちゃんが事故に遭ったあの一件が語られました。
鬼道さんは真剣な表情を動かさずにそれを聞き、やがて語りが終わると、「なるほどな」と頷きました。
「あの試合のことは俺もずっと疑問だったんだが、ようやく合点がいった。そんなことがあったなら、決勝に行けないのも納得だ」
「……だが、理由があったとしても、俺が皆の期待を裏切ったという事実は変わらない。それに……そもそも皆に俺の実力を信じさせ、期待させたのは他でもない俺自身なんだ。俺のプレーが皆を惹きつけ、そして俺自身がそれを裏切った。全ての原因は俺なんだ。これでどうして『仕方がなかった』なんて言える?」
「豪炎寺……」
「……仲間を信じた結果、武方たちは俺を恨んだ。なら……“仲間を信じる”って、何なんだろうな」
「……それ、嫌味か何かだったりしちゃいます?」
この中でそれを一番理解できていないのは私です。いきなり何をという呆れが、落ち込む豪炎寺さんに対する憐れみを吹き飛ばしてしまいました。おかげで返す言葉もおざなりで、豪炎寺さんも「そうだな、すまん」と気のない調子で謝ったきり口を閉ざしてしまいます。
鬼道さんもそこに割り込むことはなく、いつの間にやら下校生徒の流れも潰えてしまった校門前で、しばしの間、静寂が流れることになったのでした。
そうして幾らか経った後、部室の方角からにぎやかな声が帰ってきました。円堂さんと三兄弟との間の火花は結局微塵も衰えることがなかったようで、遠く見やれば彼らは顔を突き合わせ、バチバチ状態。
そしてその周囲を取り囲むようにして、必死に彼らを宥めようとする秋さんたちもが、グラウンドへと集まり始めていました。
「――ねえ……ねえ、円堂くんってば! 話、聞いてる!? 前にも言ったでしょう? 怒られるようなことはしないでって! 部長の自覚を持ってって!」
「さすがによその学校と喧嘩はまずいって! 大会中だし、なおさらさ!」
「だから、喧嘩じゃないって言ってるじゃん! 決闘だよ、サッカーで勝負するだけだ! ……それに、俺は豪炎寺をあんなに言われて黙って引き下がることなんてできない!!」
ボールを携え、
そしてその原動力たる怒りの矛先、三兄弟も、来るなら来いと煽るばかり。
「ちょっとちょっと熱血君。それじゃあまるで、俺たちが豪炎寺を貶したみたいじゃん?」
「我々は事実を言ったまでですよ。豪炎寺の件も、その弱さのこともね」
「あんたらも楽しみにしてな、今からそれを見せつけてやるからよ! ……ってなわけで、ほらどいたどいた!」
散々にはやし立て、そして秋さんたちをグラウンドから追い払うと、彼ら三兄弟と円堂さんは示し合わせたように二手に分かれ、その眼を“決闘”へと燃やし始めてしまいました。
もう誰に何を言われようと、それが止まることはないのでしょう。そしてそれを校門前から眺めていても仕方ないので、私たちも秋さんたちと同様にグラウンドの傍まで身を寄せます。
円堂さんがゴール前で構え、三兄弟が彼から受け取ったボールをセット。三人並ぶその姿へ、円堂さんは鋭い視線を向けて告げました。
「いいか? さっきも言ったけど、決闘は三本勝負だ。そして俺が勝ったら――」
「何度も言わなくてもわかってるって。その時は、ちゃんとお前たちのサッカーを認めてやるよ。まあ、そんな事には絶対にならないだろうけどな! ってか、そんなことより……!」
そして自信たっぷりに円堂さんの要求に頷いた三兄弟は、次いでその語気を険しくすると、私たちの方へ揃ってビシッと人差し指を向けました。
「豪炎寺!! ついでに米田も、よく見ておけよ!?」
「お前たちのキャプテンが、俺たちの必殺技に打ちのめされる光景を!! そして……!!」
「豪炎寺が失った、俺たちの……木戸川清修の
直後、三兄弟から三男の勉さんがボールを蹴って飛び出しました。
ドリブルで一直線に円堂さんの守るゴールへと向かっていきます。口にした自信に違わぬきれいなフォームでフィールドを駆け抜け、あっという間にペナルティエリアの手前。
そこで彼はシュート体勢に入り、ヒールリフトでボールを頭上にあげて――同時にその顔にニヤリと笑みを浮かべると、ボールを追って跳び上がりました。
「さあ、受けてみな!! これが【ファイアトルネード】を越えた、俺たちの必殺技!!」
回転と、青い炎を引き連れて。
「ッ!? あれは、【ファイアトルネード】!?」
「鬼道さんの【ダークトルネード】みたいな技かしら?」
「いや、回転が逆だ!」
さすが当人。瞬時に逆回転を見抜いた豪炎寺さんの目前で、それは放たれます。
「【バックトルネード】!!」
「くっ……! 【ゴッドハンド】ッ!!」
迫りくる青い炎の竜巻に対して、驚きのあまり余裕のない円堂さんは自身が最も使い慣れた必殺技を繰り出しました。
『【ファイアトルネード】を越えた』と豪語するだけあって中々に強力な竜巻と、普段と比べれば僅かに輝きが鈍い光の手のひらが激突します。両者は互いを削り合いながらしばらく拮抗して火花を散らし、そして――
「……ふーん? なかなかやるじゃん、みたいな」
ボールは円堂さんの手の中で、その勢いと炎を完全に止めていました。
「ま、仮にも帝国学園を倒して、準決勝まで勝ち進んできたチームのキーパーで、キャプテンなわけですしね。米田のフォワード力だけのチームではないと、そういうことですか」
「チッ……当たり前だ!! 円堂も、そして俺たちも、ベータや豪炎寺の添え物じゃねぇんだよ!! バカにしやがって……!!」
やれやれといったふうに肩を竦める友さんに、ギャラリーの中からこめかみに青筋を立てた染岡さんが舌打ちを放ちました。
ボールを移送中の三兄弟に嘲弄を浴びせられ続けたことが、随分なストレスになっていたのでしょう。同じ目に遭った他の皆さんも、乗じてムッと敵意を顔に映し出しています。
が、当の兄弟も、そして円堂さんも、そんな彼らには全くの無反応。特に円堂さんの眼は少しもブレもせずに兄弟だけを射貫き、そして彼は止めたボールを兄弟へ投げ返すと、怒りを押し殺したような静かな声で宣言しました。
「これくらいのシュート、なんてことない……! 【バックトルネード】だか何だか知らないけど、これなら豪炎寺の【ファイアトルネード】の方がよっぽど手ごわかったぞ……!」
「……言ってくれるじゃん? シュート一本、ギリのギリッギリで止めただけのくせして調子に乗るなよ……!」
怒りのせいか、普段の彼らしくない挑発を口にした円堂さんに、いきり立つ勉さん。煽り合いに関しては一家言ある彼ら三兄弟ですが、さすがに結果が結果であるために円堂さんのそれを受け流すことができなかったようです。
しかし当人以外の二兄弟は幾らか冷静を保てたようで、怒れる末弟を諫めるように、勝さんが彼の肩に手を置きました。
「まあ落ち着けって。確かに少しは驚きだったけど、そのほうが叩きのめし甲斐があるってもんじゃん? 俺たちには、【バックトルネード】をも上回る最強の必殺シュートがあるんだから。みたいな」
「……確かに、そうだな……!」
そういえば、そんなことも言っていました。曰く、彼らが誇るもう一つの必殺シュート。そして先の【バックトルネード】をも上回るというそれ。
円堂さんは【ファイアトルネード】の方が強力だと言っていた【バックトルネード】ですが、見た限りではそれは強がり。たぶん三兄弟の言う通り、僅かではあるでしょうが技としては【バックトルネード】の方が上でしょう。
その、さらに上に位置する必殺技が飛んでくるならば、あるいは円堂さんでは止めきれないかも。そう不安がよぎるも、円堂さんにそんなものはないようです。
「いいぜ……どんなシュートだろうが、止めてやる……!! 仲間を信じることを否定するような奴らに、俺は負けない……!!」
「ふん……大口叩いたこと、後悔するなよ……!!」
敵対心を燃え上がらせて、そして応じた勝さんが動き出しました。
さらに一歩分間を開けて、友さんと勉さんもがダッシュを開始。三人が三角形の陣形を組み、向かっていきます。
「なっ……三人……!? 連携シュートか!?」
「三本勝負だからって、一人一シュートとは言ってないだろ! これが俺たち兄弟の“サッカー”の答えだッ!!」
驚く染岡さんに吐き捨てて、三人がそれぞれさらに間を開け散開。さっき【バックトルネード】を打った地点まで到達すると、ボールを持つ勝さんが、大きく足を振り上げました。
出来上がる必殺技のための位置取り。シュート体勢が整い、円堂さんが厳しい目つきでそれをにらみつけ、そして――
その時、グラウンドに大きな怒声が響き渡りました。
「お前たちッ!!」
「「「ッ!!?」」」
私たちにとっては聞き覚えのない男性の声。しかし三兄弟にとってはそうではないようで、瞬間、金縛りにでもあったかのようにビタリとその動きを止めてしまいます。
蹴り上げられる寸前だったボールはその場で跳ねてコロコロ転がるのみ。兄弟たちの眼は一様にギギギと軋みながら動いて校門の方に向けられて、次いで私たちも同様にその乱入者の正体へと視線を向けました。
「よその学校で、いったい何をやっている!!」
「「「か、監督……!」」」
三兄弟へ叱責を飛ばしたのは、細身でよく日に焼けたイケメンのおじさまでした。
曰く、木戸川中の監督さん。もう一人男の子がいますが、こっちはきっとお供でついてきた木戸川選手の一人でしょう。彼も監督さんに続き、三兄弟へと怒りの言葉を飛ばします。
「勝、友、勉!! お前ら、いい加減にしろよ!? 書置き一つでこんなとこまで行きやがって……普段の練習や試合もだが、兄弟だけで何でも好き勝手にやるんじゃねぇ!!」
「なんだよ、西垣。……監督はともかく、お前にそんなこと言われる筋合いはないじゃん。別に迷惑かけてるわけじゃないし、みたいな?」
「かけているだろう、迷惑!! 俺たちにも、そして今、雷門にもだ!! 見てみろ、他校の生徒がいきなり乗り込んできた挙句に喧嘩を売ってきて、そんなの誰が――」
と、勝さんの言い訳に対してさらに勢いを増した怒声が、その時ふと途切れました。
「――もしかして、秋? それに、土門……?」
「やっぱり……西垣君だよね! また会えるなんて……!」
「っていうかお前、木戸川にいたのかよ! 久しぶりだなぁ!」
信じられない、という感じで、お供のバンダナの男の子、西垣さんが見つめていたのは秋さんと土門さん。ポカンと開いた口から零れたその驚愕は、合わせ鏡のように目を丸くしていた二人の破顔と共に、すぐさまぱあっと輝く喜びのそれへと変わっていきました。
久方ぶりの再開といったふうなその様子。三人の喜びと、そして“西垣”という名前の二つに、遅れて私も気が付きました。
“西垣”とはアメリカでの秋さんの友人、その最後の一人の名前です。
たぶん一之瀬さんの一件から疎遠になっていただろう彼らの、奇跡的な再開。そんな彼らの感動に、監督さんも一時、三兄弟への叱責を忘れてしまうほどでした。
「……西垣、知り合いがいたのか?」
「ええ、監督……! 二人とも、俺がアメリカにいた頃の友達で――!?」
がしかし、感動の空気は長く続きませんでした。
「――!? おい、武方兄弟!! 何してる!? やめろと言っただろ!?」
「うるさい!! みたいな!!」
「どうせ怒られるなら、打ってから怒られます!!」
「あいつに……豪炎寺に、見せつけてやるんだ……ッ!!」
金縛りにあっていた三兄弟が、感動の再開に乗じて再起動を果たしていたのです。
止まったボールが再び蹴り出され、そのまま三人はシュート体勢に入ります。勝さんが蹴り上げたボールを先行していた友さんが蹴り返し、跳ね上がったそれを追って、勝さんの肩を踏み台にして勉さんが大ジャンプ。
曰く、『俺たちの最強必殺シュート』。円堂さんも西垣さんたちに気を取られ、碌に構えもできていない中、最後のシュートがゴールへと向けられます。
「「「見やがれッ!! これが俺たちの、最強のチカラだぁッ!!」」」
「ッ!!」
放たれる、その直前のことでした。
するりと、吹き抜ける風のように私たちの間を走り抜けていった人影が一つ。それは今まさに必殺シュートとなって放たれるところだったボールへと跳び、空中でそれを攫ってしまったのです。
「「「な、なにッ……!?」」」
「っ!? 今度は誰だ!?」
眼を剥く三兄弟。円堂さんも突然のことに警戒心を上げ、お互いの間に着地した
『誰だ』の言葉。確かに、彼が知るはずはありません。それどころかこの場のほとんどの人にとって、
しかし当人がその事情を知るはずもなく、
「初めまして、円堂 守! 俺、一之瀬 一哉。よろしく!」
「えっ? あ、ああ。よろしく……」
場の空気など完全無視したさわやかな挨拶には、さすがの円堂さんも面食らったようでした。差し出された握手の手に、おずおずと応じています。
しかし秋さんと土門さんと西垣さんの三人は、きっとそれ以上の衝撃を味わったことでしょう。
なにせ彼女らにとっての一之瀬 一哉は、すでに亡くなってしまったアメリカでの友人です。同姓同名の他人とはいえ、いきなり出てきてショックを受けないはずがありません。
だから自己紹介はちょっと致命的。すっかり身体もよくなったらしい彼に対する祝福の言葉もそこそこに、せめてフォローをするべくグラウンドに踏み入ります。
「……あの、一之瀬さん。元気になったようで何よりなんですけど、ちょっといいですか? 今ちょっと、この場であなたのことを紹介するのはなんというか、だいぶ都合が悪くって――」
「大丈夫、わかってるから」
何がわかっているというのでしょう。図らずも秋さんたちの目の前で亡くなった友人の名前を騙ってしまった彼は、私の気も知らずに平然と頷きました。
そしてそのまま歩いて私の傍を離れていきます。グラウンドに入ったことを怒られたとでも思ったのかもしれませんが、しかしそれは完全に裏目、私の精神にさらなる負荷をかけるだけです。
何しろその行き先は、秋さんたちの真正面。さらに西垣さんも走り寄ってきています。
眼にして、悟りました。彼らの接触はもう止められそうにありません。となればいったいどうなるのでしょう。本物の一之瀬さんを思い出して悲しむのか、怒るのか、それともそれら全部が噴き出してしまうのか。
「……一之瀬、くん……?」
「……うん」
秋さんが息を零すように呟いて、一之瀬さんがその声を噛みしめるように頷きました。
「本物、なのか……? なんで……お前、だって、死んだって……」
「ごめん、土門。この通り、生きてるよ」
次いで土門さんの幽霊でも見るような眼に、彼は静かに応えます。亡くなってはいなかったことを謝って――。
いえ、というかなんで謝っているのでしょう。亡くなった云々は秋さんたちの友人の一之瀬さんの話であって、同姓同名の他人である彼はそもそもそんなこと知らないはずなのに。
それに、『本物』……? 偽物であるに決まっているのに、そこに疑問を抱く意味が分かりません。名前は同じだとしても、顔が同じなわけがありません。そのはずです。なのに――
――まさか……。
「生きて、たのか……一之瀬……っ!」
「うん。西垣も、悲しませてごめん。――三人とも、久しぶり……!」
そうして私が思い至った可能性を肯定するように、『フィールドの魔術師』一之瀬 一哉さんは、かつての友と再会の抱擁を交わすのでした。