『ゴオオォォォーーールッ!! 木戸川、ついに先取点ッ!! 【ゴッドハンド】を破り、前半戦終盤でとうとう試合が動いたぞぉッ!!』
途端、大興奮な様子で叫ぶ実況の人と、ぐるりと全方向から私たちに叩きつけられる観客の歓声。そんな音の洪水で、私たちはようやく失点してしまったことを自覚することになりました。
マークとブロックの指示を出した鬼道さん、ブロックしたのに抜かれてしまった土門さんと壁山さん、他の皆さんも、私のようにショックに襲われたことでしょう。スコアボードを見つめ、一様に唖然としています。
そしてその中でも一際激しい後悔を背負うことになった円堂さんが、破られた己の手のひらとボールを見つめ、呆然と呟きました。
「そんな……この前は止められたのに、なんで……」
「さて、なぜでしょうね。この数日であなたが弱くなったとか、そういうことではないですか?」
尻餅をついたままの円堂さんを見下ろしながら、友さんがそんなことを口走ります。隠す気もない愚弄です。
さらに他の二人も、友さんに続いて同じ調子で嘲笑いました。
「まあ要するに、これが雷門のサッカーの限界ってやつだ。……仲間を信じる、だっけ? 他人頼りで、誰かがどうにかしてくれるとか考えてるから、強くなろうって必死になることもないんだろ。そんなサッカーじゃ、逆立ちしたって俺たち木戸川のサッカーには勝てねぇよ」
「前にもそう言っただろ? 特に豪炎寺。ザコのサッカーに毒されたお前じゃ戦う意味ないって、せっかく忠告してやったのにガン無視で、挙句に案の定じゃん。……お前の大事なお仲間だってわかってるんだぜ? 今のお前はフィールドよりもベンチの方がお似合いだって」
「っ……」
怒りに任せて口走った染岡さんが若干気まずそうに眉を歪めます。がしかし、勝さんの眼は円堂さんから豪炎寺さんへと移り、以来そのまま微動だにしていません。
その言葉を言う時も、それから逃げるように眼を逸らす豪炎寺さんを、まっすぐ見つめたままでした。
「なあ、いい加減わかれよ豪炎寺。……裏切者で卑怯者なお前には、もう何の価値もないんだよ」
「………」
淡々と、冷たい怒りの眼差しと共に送られた、その言葉。豪炎寺さんは、やはりまるで反応を見せません。
ただその代わり、言葉は背中越しに、円堂さんへと届いてしまったようでした。
「いい加減にしろよ……武方ッ!!」
「っ! おいよせ、円堂!」
円堂さんがいきり立ち、勢いよく立ち上がりました。伸びたその手は武方さんたちに掴みかかろうとしたのでしょうが、寸前に不穏を察知した鬼道さんがそれを留めます。
がしかし。今さっきの失点、幾度もの仲間への暴言、そして以前から続く豪炎寺さんへの誹謗と、それを擁護してあげられない歯がゆさと、このところ心労をため込みっぱなしだった円堂さんは、きっとそれに火がついてしまったのでしょう。止められても止まることなく、鬼道さんに肩を抑えられながらも尚、武方さんたちへ詰め寄り、らしくない剣幕で唾を飛ばしながら叫びました。
「お前たちはいったい何回俺たちを……豪炎寺をバカにすれば気が済むんだ!? 俺たちも豪炎寺もザコじゃないし、仲間を信じることは下らなくなんてない!! それに……豪炎寺は、仲間を裏切ったりしない……ッ!!」
「っ……お前こそ、何回同じ話をする気だよ……!! 全部事実だ!!」
「実際、今、我々のサッカーに負けたじゃないですか、あなた……!!」
「そんな奴がどれだけ否定しても、説得力なんてこれっぽっちもないんだよ!! 豪炎寺だってそうだ!! 少なくとも木戸川にいた時のあいつなら、あんなくだらないプレーはしなかった……みたいな!! ……バカになった奴をバカにして、何が悪い!?」
「お前……ッッ!!!」
「――コラッ! 何をやっているんだ君たち! 早く離れなさい!」
撒き散らされる円堂さんの憤怒に対し、無視するでも茶化すでもなく、真っ向から睨み返す三兄弟。円堂さんに引っ張られたのか怒りを露わにし、始まった怒声の応酬は、さすがに審判さんも無視できなかったのでしょう。
慌てた様子で駆け寄って、「喧嘩を続けるなら退場にするよ」と中々に重たい警告を双方へと発しました。そしてそんな最後通告染みたものを受けてしまえば、さすがにどちらも言う通りにするほかありません。口を閉ざし、無言のままその場を解散することになりました。
そうして罵り合いは終わりましたが、しかし、円堂さんの憤怒は口を閉ざしてもまるで治まる様子がありません。
立ち去る兄弟の背中をにらみつけるその眼は、何も変わらない怒りにメラメラと燃えたまま。むしろ口からの放出を止められたせいで炎は増しているようで、その、普段の朗らかな彼から遠く離れた荒々しい様相は、見やれば他の皆さんをも慄かせてしまっている様子です。
「キャプテン……。ど、どうしよう……? 【ゴッドハンド】が通用しないんじゃ、どうやって守れば……」
「兄弟のコンビネーションも止められないし……」
「……そりゃあ、プレスで抑えていくしかないだろ、野生中の時みたいに。でも……さっきはそれで、無理矢理突破されて……」
恐れ、不安、動揺。そういったものがチームの中に渦巻いてしまっています。チームの支柱である円堂さんの豹変が、そのまま士気に直結しているのです。
そんな有様はちょっとだけ情けないと思ってしまいますが、まあそれも致し方ないことでしょう。それだけチームに於ける円堂さんの存在は大きく、そして私も同様に、少なからぬショックを受けてしまっているのですから。
とはいえ皆さんのように訳も分からず右往左往してしまうほどパニックに陥っているわけでもありません。だって今や私は彼や彼のサッカーに期待することができなくなっているのです。“円堂さんのサッカー”を諦めた以上、道しるべは私の中にしかありません。
だから私の足は他の誰よりも先んじて、キックオフのポジションへと向いていました。円堂さんや皆さんがどうなろうと、私がやることは一つだけ。チームを勝たせる。そのために点を取る。それだけなのです。
何なら私一人だけでもそれを成し遂げるべく、無理矢理やる気を引き上げて――そして、その時。
「……彼、あんな感じは初めて?」
一之瀬さんが、私を引き留めてきました。
入部したての彼は、良くも悪くも円堂さんとのかかわりがまだ深くありません。だからそこまで心を乱さずに済んだのでしょう。振り返って見やった、固い眼差しで彼らを見やる一之瀬さんに短く答えます。
「そうですね。あんな円堂さん、私も初めて見ちゃいました」
怒る円堂さんなら何度か眼にしたことはありますが、心の制御を失ってしまうほどのそれは間違いなく初めてです。
だからこそチームの士気がこの上なく下がり、私は一人でも点を取る覚悟を決めなければならなかったのです。
と、そんな私を知ってか知らずか、一之瀬さんは一つ息を吐き、言いました。
「ベータ。次のボール、俺に回してくれないか」
「……【トライペガサス】、やるつもりだったりしちゃいます?」
「ああ」
もしやと聞き返せば案の定、一之瀬さんは決意のこもった眼で首肯を返してきました。
私の覚悟に対して一歩も譲らない意志が、まっすぐに私を見つめています。
「円堂がああなって、みんな自分たちのサッカーを見失いかけてる。だから今こそ“あのチカラ”が必要だ。そうだろう?」
「……まあ、そうですね」
“仲間を信じる”は私にはわからないことですが、きっと皆さんの士気にはなるのでしょう。であれば拒否する理由は捻り出せそうにありません。
仕方なく頷き返し、それにどこか得意げに表情をやわらげた一之瀬さんは、「任せたよ」とそれだけ言って、自分のポジションに戻っていきました。
そうしてノロノロと他の皆さんもポジションに戻り、試合が再開。いつものように染岡さんからボールを受け取って――途端、勝さんが襲い掛かってきました。
「もう一点ぶち込んでやる……!! ボール寄こせ、米田!!」
「わぁ、怖い」
彼らも彼らで頭に血が上っているようで、私に向かってくるその動きは勢いはあっても直情的。正直、躱そうと思えば躱せていたでしょう。
しかし背後ではもう一之瀬さんがスタンバイ済みです。無理に拘る必要はありません。
「一之瀬さん!」
「よし……! ナイスパス、ベータ!」
「く……ッ!! このっ……友、止めろ!!」
逆サイドの一之瀬さんにパス。勝さんは舌打ちを堪えるような顔をしながら友さんに指示します。
それに応え、ドリブルする一之瀬さんに友さんが立ちはだかりますが、しかし。
「任せろ――っあ!?」
「悪いけど、ボールはあげないよ! 時間もあまり残っていないしね……!」
一之瀬さんのターンに手も足も出ず、友さんはあっさりと突破を許してしまいます。その後も次々敵選手が襲い来るも、そのどれもが一之瀬さんを止めることはできず、彼はどんどん敵陣へ切り込んでいきました。
「へぇ……さすが、『フィールドの魔術師』は伊達じゃないみたいですね」
「まあね……!」
若干はにかみながら、迫るディフェンダーさんを避けるために私へパス。続いて私へも敵が立ちはだかるも、その時にはもう前に進んだ一之瀬さんが受け取り体制万全で私のボールを待ち構えてくれています。私の頭の中を読み取ったんじゃないかと思ってしまうほどの、ベストな位置取りです。
ドリブルで敵をゴボウ抜きにし、そして言葉なしでもこちらの意を組みプレーを支える、天才ミッドフィールダー。ブランクはあれど、やはり培った才能はそう簡単には衰えたりしないようです。
そうして繰り返し、とうとう木戸川のディフェンスラインまで到達しました。どうやらディフェンス陣はゴール前で壁になる心積もりであるらしく、さっきまでのように距離を詰めてくる様子はありません。
しかし、ならば壁ごとぶち抜けばいいだけです。【トライペガサス】にはそれを成すに十分すぎるほどの威力があります。だから、無問題です。
そう考えると同時、一之瀬さんがふとドリブルのスピードを落とし、私と横並びになりました。そして、短く告げてきます。
「行くよ、ベータ。【トライペガサス】……!」
「させないぞ!」
と、その瞬間、ゴール前の西垣さんが突然のダッシュで距離を詰めてきました。
壁となってシュートを止めるのではなく、シュートが打たれる前にボールを奪おうとする動き。つまり、ゴール前で構えていたのはブラフだったのでしょう。……考えてみれば確かに、特訓の手伝いをしてくれて且つそもそもの使い手である彼が、【トライペガサス】の威力を正しく認識していないはずがないのです。
【トライペガサス】は人の壁の一枚や二枚では止められない。そう、きちんと理解しているからこそのブラフ。少しでも隙を突くため、彼は待ちの姿勢から瞬時に切り替えダッシュして――
「悪いが、お披露目はまた今度だ! スピニング――ッ!?」
「こっちこそ、ごめんね西垣。……読んでたよ! 土門!」
一之瀬さんが、ノールックパスを私の逆方向へと放ちました。
「焦り過ぎだぜ西垣! 俺を忘れてもらっちゃ困る!」
「くっ……!」
全力ダッシュで駆け上がってきた土門さんとのワンツーパス。元チームメイト同士の読み合いを制し、三人が揃います。そして西垣さんを越えた今、残る障害は【トライペガサス】の威力を正しく認識できておらず、壁になる気満々のディフェンスが数人だけです。
「行くぞ……!!」
そこめがけて、横に広がった私たちは同時に必殺技のスタートを切りました。
――最初に失敗した以外、それを成功させられなかったことはありませんでした。
習得してからも何度も練習し、短い期間ではあったものの磨き上げてきたのです。お互いの距離、タイミング、三角形を刻む進入角度、そのどれもが、一之瀬さんたちみんなから太鼓判をもらったくらいに完璧。
“仲間に自分の全てを託す覚悟”が理解できなくても、今まではうまくいっていたのです。
なのに――
「え……?」
三角形を切り、飛翔したペガサスはしかし、次の瞬間にはあっけなく消えていました。
シュート体勢にも移れず呆然と虚空に消えるチカラの残滓を見つめながら、私たちは前半戦終了の笛を聞くことになったのでした。