雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第六話 これが私のサッカー

「ご、豪炎寺くん!」

 

「し、知ってます私! 昨年のフットボールフロンティアで、一年生ながら炎のストライカーとまで言われた、あの……!」

 

 木野さんと音無さんのベンチを横切り現れた、白髪のツンツン頭の彼。メガネさんが脱ぎ捨てた十番のユニフォームを身に纏い、ポケットに手を突っ込んでフィールドに入ってきました。

 

「豪炎寺! 待ってたぜ、お前を!」

 

「……サッカーはもうやめた、とか言っちゃってませんでしたっけ?」

 

 とっさの軽口を口にしつつ、しかし自分で思っているよりも、私には豪炎寺さんがこの場に現れたことに対する驚きがありませんでした。理由は、これも言葉で言い表し辛いですが、しいて言うなら豪炎寺さんもまた“仲間”であるから。言った言葉とは反対に、初めて出会った時のようなことができる人がサッカー部に入らないはずがない、とでも深層心理で思っていたんでしょうか。

 わかりませんが、とにかく私はユニフォームを着た豪炎寺さんを自然と受け入れていました。

 

「来てくれると思ってたよ、豪炎寺。ちょっと遅すぎだけどな……!」

 

「………」

 

「その通りだ。待ちくたびれたぞ、豪炎寺 修也」

 

 無言で微笑む豪炎寺さんと、鬼道さん。そこで彼が言っていた()が豪炎寺さんのことであり、帝国は雷門に豪炎寺さんの実力査定をしに来たのだと悟りますが、それで何か変わるわけでもありません。声の通りの待ちかねたらしい鬼道さんが、続けて審判へと告げました。

 

「審判、豪炎寺の選手交代を認め、試合を再開しろ。ようやくお目見えのメインゲストだ」

 

「わ、わかりました。――帝国学園が認めたため、特例として選手交代を認める!」

 

 そしてフォワードに豪炎寺さんがつき、試合再開の笛が鳴りました。しかし私たち三人以外のチームメイトは死屍累々の状態。辛うじて立ち上がれてもまともにプレーできる状態でなく、そして必然、あっさりとボールは奪われてしまいます。

 

「よし……!」

 

 豪炎寺さんはそれを見て、一目散に敵陣へと走り出しました。

 

「ど、どうした豪炎寺! まさか目金と同じく敵前逃亡か!?」

 

 実況が困惑気味に叫び、観客と、そして敵味方共々同様の驚きと失望が巡っているようですが、私にはわかっています。私と豪炎寺さんしかフィールドを動けない以上、得点するにはこんな方法しかないのです。私がボールを奪い、豪炎寺さんがシュート。つまり速攻。帝国の守備をかいくぐるには、守備の準備ができる前に決めてしまうしかありません。

 問題は私が帝国からボールを奪えるかどうか、という一点です。さっきも鬼道さんに抜かれてしまったわけですし、分は悪いと言わざるをえませんが、しかしどうにかするしかありません。ディフェンダーの役目を果たす以外に選択肢はないのです。

 覚悟し、同時にさっきの戦いにはなかった高揚感を感じながら、私はドリブルで攻め上がってくる鬼道さんへ向かって走り出しました。

 

 しかし、そんなことを考えた私はその時まで、本当の意味で“サッカー”をしていなかったのです。

 

「ベータッ!!」

 

 そのことに、円堂さんの一声で気付きました。

 

「ゴールは、俺に任せろ!!」

 

 背中は任せろと、彼はそう言える(・・・)人なのです。

 

 気付いた瞬間、私は火が消えたはずの自分の内に新たな火種を投げ入れられたような、そんな激しい情動の命じるままに、迫りくる鬼道さんを追い越しました(・・・・・・・)

 

「何……!? “ベータ”、何かの暗号か? だがどちらにせよ下策だな! 行け、佐久間、洞面、寺門!」

 

「「「【デスゾーン】!!」」」

 

 再びあの、三人の合体技。円堂さんごと軽々ゴールを穿ったそれは、普通に考えて円堂さんに止められるわけがないものです。しかし、私はそのすさまじい威力を背に感じながら、それでも前に走りました。

 

 だって、円堂さんが『任せろ』と言ったから。たったそれだけですが、サッカーの“楽しさ”を教えてくれた彼を信じるには十分だったのです。

 そして彼は、私と、そして豪炎寺さんの信頼に、見事に応えてみせました。

 

「うおおおおおお!! ゴッド、ハンドオオオオォォォォ!!」

 

 絶叫と、必殺技同士がぶつかり合う衝撃。到来したそれらを受け取り、私は振り返りました。

 円堂さんが止めたそのボールを、豪炎寺さんへ繋ぐため。

 輝く大きな光の手、【ゴッドハンド】でシュートを止めた円堂さんと眼が合って、どちらともなく笑みが浮かびました。

 

「あとは任せた!! ベータ!!」

 

「だからベータじゃないんですけど……まあいいです! 任せちゃって!」

 

 円堂さんからのロングパスが、私へと繋がりました。そして目指すは前方、帝国ディフェンスの間を走り抜け、前線でパスを待つ豪炎寺さんの下。

 

「まさか、【デスゾーン】を……ッ!! ディフェンス!! 24番(ベータ)を行かせるなッ!!」

 

 まさか止められるとは思っていなかったシュートを止められ、恐らく呆然としていたんでしょう。鬼道さんの指示でようやく帝国選手たちが動き出し、私の前に立ちはだかってきました。

 しかしその動きは動揺を拭いきれていないのか、精彩を欠いています。それでも十分手ごわいですが、手ごわい止まりであるのならそれだけで重畳。勝負ができるレベルであるなら、帝国のディフェンスでも突破できます。

 いえ、できるできないでなく、しなければなりません。なにせ私も任されたのですから。

 

「円堂さんが応えられて、私が応えられないなんて――そんなの、あり得ないですもん!」

 

「っく! アースクエイ――う、うわあぁっ!?」

 

 最後の巨漢ディフェンダーを力づくで突破して、そしてとうとう――

 

「豪炎寺さん!」

 

「ああ……!!」

 

 豪炎寺さんに、パスが通りました。

 他に誰もいない、キーパーとの一対一。ボールがヒールリフトで上げられ、炎を纏った竜巻の如き回転でそれを追った豪炎寺さんが、次の瞬間、それを打ち放ちました。

 

「【ファイアトルネード】!!」

 

 河川敷で不良を倒したあのシュートの、さらに何十倍も強い威力が熱気を伴いゴールめがけて突き進んでいく光景。しかしそれがゴールネットをも貫くには、鬼道さんの指示によって準備万端に待ち構えていた壁が一枚。

 

 ――キーパーの源田もまた、必殺技にてそれを迎え撃ったのだ。

 

「俺とお前の必殺技、どちらが強いか……勝負だ!! 【パワーシールド】!!」

 

 跳躍し、右手に溜めたパワーを地面にたたきつけて生み出した衝撃波の壁と【ファイアトルネード】が、次の瞬間激突した。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 飛び散る火花と光芒はせめぎ合っているようで、威力としては五分と五分か。そう見えたがしかし、キーパーの雄叫びと共にその均衡は徐々に片方へ傾き、そしてやがて決着する。

 

 防がれた。

 衝撃波の壁は夥しい数の亀裂を刻まれながらも炎の螺旋を受け止め切り、弾き飛ばしてしまったのだ。

 

「ふっ……なかなかやるな。だが、俺には及ばない。お前の負けだ、天才ストライカー」

 

 壁越しに得意げな顔で笑うゴールキーパー。しかし着地した豪炎寺はまっすぐキーパーを見やり、同じく不敵に笑って言う。

 

「ああ、そうだな。俺の負けだ。だが――」

 

「オレたち(・・)はまだ、負けてねぇぞ!!」

 

 そうしてようやく、キーパーは弾き飛ばされたボールをトラップした(オレ)を見つけたのだった。

 

 だが備える時間なんてくれてやるつもりはない。過去のオレのサッカー、その当時、何度も打ったシュートの動きを思い出す。

 高く掲げた足でボールを踏みつけ、力を浴びたそれは赤と青の二つに分裂し上空に舞い上がる。それを追って自身も跳躍。そのまま空中で身体を捻り、両足で二つのボールをオーバーヘッドキック。

 

 これがオレの、必殺シュート。

 

「【ダブルショット】ッ!!」

 

 蹴り出した二つのボールは一つに合わさり、二発分の威力を得たシュートはそのまま、すでに半壊状態にあった【パワーシールド】を軽々と突き破った。

 

 シュートの威力に引き伸ばされるゴールネット。オレと豪炎寺と円堂、そして倒れ伏すチームメイトたちが無言でそれを見つめ、そしてようやくボールが地面に転がって、大歓声が沸き上がったのはそれからだった。

 

「ゴ、ゴォーーーール!! き、奇跡ですッ!! 円堂、米田、豪炎寺の三人の力が合わさった、ミラクルゴォォォーーーールッ!! 雷門、とうとう一点を捥ぎ取りましたァーーッ!!」

 

「――ふぅ。なんだか手柄を横取りしたみたいな感じになっちゃいましたけど……まあいいですよね。私たち三人の一点です。やりましたね豪炎寺さん」

 

「……お前、一瞬だけ性格変わってなかったか?」

 

「別にどうだっていいでしょう? そんなこと。それよりもこの調子でもう一点、決めちゃいましょう!」

 

 歓声をかき分け響く実況の声の中、戦いの高揚感が治まっても尚高まり続ける身体の熱に息を吐き出します。そして私が差し出したハイタッチの手に、豪炎寺さんは訝しげな顔を得点の喜びにほころばせて応じました。

 

 点差はまだ19もありますが、ひとまずのお祝いです。互いの健闘を称える、それだけの意味でした。

 

「っ……」

 

 だから豪炎寺さんの手が私の手と打ち合う寸前でぴたりと止まった時、心にもやっとしたものが湧き出てしまうのは防ぎようがありませんでした。

 加えてその表情からは笑みが消え、代わりに出てきたはっきりとした苦悩の色。まるで私たちのその得点、私たちとのサッカーを悔いているかのようで、見てしまえば私の胸の内も一転、熱が冷えて裏切られたみたいな感覚に襲われてしまいました。

 

 せっかく盛り上がっていたのに、外されてしまったはしご。豪炎寺さんは肩を落とすように手を下ろし、何も言わずに私から眼を逸らしてしまいました。

 だから見えなかったのでしょう。もたらされた空気の冷却など無意味に感じるほどの暑苦しい歓声が、私たちへ物理的に迫ってきていました。

 

「うおおおおぉぉぉぉッ!! すごいぞベータ、豪炎寺!! お前たちは最高だぜ!!」

 

「すごいッス!! 感激ッス!! まさか帝国相手に点が取れるなんて!!」

 

「そうだ!! 米田と豪炎寺がいれば……戦えるぞ、俺たち!!」

 

 私たち以上に狂喜乱舞している円堂さんたち。得点による希望は倒れていたはずのチームメイトの皆さんまで蘇らせてしまったようで、集団はもはやタックルのような勢いです。私は寸前気付いて避けましたが、豪炎寺さんは呑み込まれてもみくちゃにされることとなってしまいました。

 

「……チッ」

 

 ただ一人、輪を外れて悔しそうに歯を食いしばっている桃色髪のストライカーさんはいますが。

 

 しかし面白くなさそうなのは彼一人ではありませんでした。

 帝国の、確か佐久間さん。シュートを止められそれがカウンターとして得点まで至ってしまった故か、帝国選手たちの中でも一際忌々しげな眼で喜ぶ雷門の集団を見つめていました。

 

「ふん、いい気なもんだな。だがたったの一点だ。そしてもう二度とあんなへまはしない……! 次こそは確実に、今度こそ奴らの心を――」

 

「いや、その必要はない」

 

 が、今にも飛び掛かりそうだった佐久間さんを、鬼道さんが制して止めました。そして彼は帝国選手たちを見回し、彼らへと告げます。

 

「総帥からの撤退命令だ。……データは十分に集まった。これ以上試合を続ける意味はない」

 

「……鬼道さん、それはつまり……」

 

「ああ。……審判、俺たちは棄権する。後は勝手にやってくれ」

 

 そうして今度は審判へ、まるで世間話をするかのようにあっさりと、鬼道さんはそんなことを言いました。

 “棄権”、つまり試合の勝敗を放棄するということ。ついさっき、逃げ出したメガネさんも同じことをしましたが、今度のそれは帝国全体。総帥とやら、恐らく監督の指示には帝国の皆さん歯向かう気はないようで、吐いた言葉が負け惜しみみたいになってしまった佐久間さんですら、何とも言えない表情になりつつも黙って頷き、共に帝国のバスへと去っていきました。

 

 ただ私の脳味噌は、その宣言にあまり追い付いていません。意味はわかれど実感はなく、理解が追い付いたのは円堂さんたちの方が先でした。

 

「……ってことは……試合終了……?」

 

「もしかして、俺たちの勝ちってこと……でやんすか!?」

 

「っっっーーー!! やったああぁぁーーっっ!!」

 

 沸き上がり、喜びがさらに大爆発。集団の中では豪炎寺さんの胴上げまでが始まったらしく、困惑顔の彼が宙に放り投げられています。

 それを眼にすることにようやく私も現実を認識できたようです。我に返って、そしてすぐさま、ある感情が沸き上がりました。

 落胆。もう試合は終わりなのか、というがっかり感。帝国学園の棄権に円堂さんたちのような喜びと、そしてそんな感情を抱いたことで、私は一つ、気付きます。

 

(私……やっぱりサッカーが好きなんですね)

 

 楽しいサッカーが終わってしまうことへの、がっかり感なのです。ずっと前に尽きてしまったはずのサッカーへのモチベーションでしたが、どうやら完全に再熱してしまったようです。

 

 なら、また始めればいい。落胆はすぐに消え去りました。

 

「ねえ、円堂さん」

 

「うん? なんだ!?」

 

 ボロボロな顔に満面の笑みを浮かべた円堂さんが振り向きます。

 ……うん、やっぱり、この人となら秋さんの言う通り、楽しいサッカーができそうです。

 

「私、またサッカーをやりたくなっちゃいました。なのでサッカー部に入部します!」

 

 いいですか、と改めて聞く必要もありませんでした。円堂さんの顔がさらにさらに、嬉しそうに笑ったからです。

 

「ああ、もちろん!! これからもよろしく頼むぜ、ベータ!!」

 

「……ああもう、ベータでいいです。とにかく皆さんも、これからよろしくお願いしますね」

 

「ホントに!? 佳ちゃん……嬉しいっ!」

 

 反対の声は、もちろん一つも上がりませんでした。いえ、やっぱり一人、染岡さんは何だか微妙な表情ですが、秋さん含めて皆さん歓迎してくれている手前、私も彼も何も言いません。

 なので続く興味はもう一人へ。皆さんの意識が私へ向いたことで胴上げから解放された豪炎寺さんへ、半分返答は確信していますが、聞きます。

 

「……私はまた始めることにしちゃいました、サッカー。あなたはどうなんです? 豪炎寺さん」

 

「……俺は……」

 

 言い淀み、続く返事を皆さん聞き逃すまいと思ったのか、一瞬で静まり返ります。が、悩んでもやはり彼の顔は後悔のままでした。

 

「サッカーは、もうやめた。だからこれも、今回限りだ」

 

「豪炎寺……」

 

 その場でユニフォームを脱いだ豪炎寺さん。そのまま去っていきますが、円堂さんは何か思うところがあるのか、一言。

 

「ありがとう」

 

 お礼だけを言いました。

 

「キャプテン、いいんですか引き止めなくて!? 米田先輩と豪炎寺先輩が揃えば、最強チームになるのに……」

 

「いいんだよ。……それに、ベータが入部してくれたんだから、これ以上を望んだら罰が当たるってもんさ」

 

 未練を残すチームメイトたちには本気か誤魔化しか、彼の性格的によくわからないことを言って首を振り、そしてスコアボード、我がチームに記された位置に数字を指さして、

 

「さあみんな、この一点が雷門の、俺たちの始まりだ! そして必ずフットボールフロンティアにも出場して、今度こそ正真正銘帝国に勝って全国一のサッカーチームになろうぜ!!」

 

 と、弱小サッカー部にはあまりに高い目標を掲げてみせました。そして彼が引っ張る雷門に、その高すぎる目標に臆する人は一人もいません。「おう!!」と、一誠に鬨の声が上がりました。

 そして私も。

 

(ほんとに、これから楽しくなりそうですね……!)

 

 皆さんに続いて、一点の人差し指を掲げました。

 

 

 

 

 

「――はい。歴史通り、雷門中学サッカー部は帝国学園サッカー部に勝利しました。第二フェーズの開始に問題はありません」

 

 円堂たちが喜びに沸く最中、誰も見ていない校舎の屋上で、人影がぽつんと一人で佇んでいた。

 会話の相手はインカムの向こう側。耳元の装置を押さえつつ、ローブで姿を隠したその人間は、下方、グラウンドを見下ろしたまま、さらに報告を続ける。

 

「円堂守との接触に加え、豪炎寺修也の入部も確認しました。すべて順調です」

 

 喜びに沸く集団の、ただ一人、ベータを見つめたまま。

 

「……円堂守のサッカーに対する反応も、設定通りに機能しているようです」

 

 そこだけに僅かな苦悩を覗かせつつも、ローブの人間は口にした。

 そして沈黙し、通信相手からの言葉を聞いた後、小さく頷く。

 

「了解しました。引き続き、経過観察を続けます」

 

 返事をして、ローブの人影はふと虚空に手を伸ばす。するとその手の中にどこからともなくサッカーボールのような球体が現れ、次の瞬間、何か操作がなされると同時にその姿が掻き消えた。

 

 まるで元から誰もいなかったかのように一瞬で屋上から人影の痕跡は消え、後にはさわやかな春風だけがそこを通り過ぎていくのだった。




ここまでが短編の焼き直し、と思ってたら文量がえらいことに…。
そしておしらせ。ラストに伏線っぽいものを張りはしましたが、おそらく回収されません。時代がアレでアレなので。クロノストーン編まで続けられればワンチャン。
そしてそしてもう一つ。連続投稿はもうちょっとだけ続くんじゃ(明日以降)
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