雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第六十三話 おにぎり特訓!

「マジン・ザ・ハンド――っぐわぁっ……!!」

 

「腰が上がっているぞ円堂!! もっと重心を下げろ!! 【マジン・ザ・ハンド】のキモは、ヘソと尻の使い方だと言っただろう!! それとも疲れたか!? 休憩が必要か!?」

 

 

 私のシュートに薙ぎ倒される円堂さんへと響く、響木監督の容赦のない叱咤激励。私だったらたぶん逆にモチベーションを削ぎ落されていただろうそれは、しかし円堂さんにはぴったりハマって威勢のいい返事を引き出します。

 

 

「大丈夫、です……!! まだまだッ……!!」

 

「よし、その意気だ!! なら次は……豪炎寺!! 【ファイアトルネード】二十本、行くぞ!!」

 

「「はい!!」」

 

 

 さらにその暑苦しい体育会系のノリは豪炎寺さんも巻き込んで、元気よく声を上げた二人は言われた通りにゴールの前で対峙します。そうして私と交代した豪炎寺さんと円堂さんとで、すぐさま【マジン・ザ・ハンド】の特訓は再開されました。

 

 かつて円堂さんのおじいさまだけが使えた最強のキーパー技。その存在を知った、翌日の今日。約束通り響木監督の練習が始まってから、かれこれもう三時間くらいは経ったでしょうか。それだけの間、この特訓はひと時も止まることなく続いています。

 

 響木監督の指導の下、ひたすら【マジン・ザ・ハンド】を会得するためシュートを受け続ける円堂さんと、そのシュートを打ち続ける私たち。私たちのほうは交代制で、円堂さんよりずっと負担は低いはずですが、それでも汗が噴き出て止まりません。

 なのにその円堂さんが私たちと同じくらいに元気なのは、やっぱり昨日までの先の見えない特訓の中、それだけ彼が【マジン・ザ・ハンド】という光明を渇望していた、ということなのでしょう。

 

 つまりハイになっちゃっているわけです。

 豪炎寺さんや他の皆さん――さっきから待ち時間もずっとゴール前から声を上げて応援している鬼道さんたちはすっかり熱血特訓に夢中になっているみたいですが、わたし的にはそういうのはごめんです。だから私はみんなのように応援席へは向かわずに、こっそりベンチへと戻るのでした。

 

 

「見守ってる方まで気を張り詰めなくてもいいでしょうに。……まあ、好きにしたらいいですけど。私はしっかり休憩取らせていただいちゃいますから」

 

 

 誰に向けたわけでもない断りを入れてから、【マジン・ザ・ハンド】完成を祈りつつベンチのタオルを取り上げます。かいた汗を拭い、そして続けて水分補給をと、空けた片手が再びベンチに伸びて――そしてふと、気付きました。

 

 

「あれ……ドリンク、ないですね。それに秋さんたちも……。持って行っちゃったのかしら」

 

 

 顔を拭っていたタオルをどかして探しても、ドリンクのボトルも秋さんたちマネージャー陣の姿もありません。

 たぶん、飲み干してしまったドリンクを補充しに行ってくれているのでしょう。戻ってくるのを待っていてもいいですが、しかしチーム全員分のドリンクは分けて運んでもきっととても重いはず。

 

 なら手伝ってあげましょう。暇ですし。

 思い立ち、これまたこっそり、私は秋さんたちがいるであろう部室へと向かいました。

 

 

 そしてほどなくたどり着き、部室の戸を開けるなり眼にした光景。

 

 

「……何があったんですか、この惨状」

 

「あっ……ベ、ベータさん……!」

 

 

 秋さんと音無さんと夏未さんの三人が、部室中に撒き散らされたご飯粒を掃除していました。

 

 本当に、何をしているのでしょう。

 いえ、彼女たちがどうやらおにぎり作りをしていたらしいことはわかります。机の上にはホカホカと湯気を立てる炊飯器にお塩と海苔、そして完成品のおにぎりも数個見えています。

 

 しかしやはり、どうしておにぎり作りで部室の壁という壁に米粒がくっつくような事態が起こったのかは、全く理解できませんでした。

 

 それに、尋ねても秋さんと音無さんは夏未さんを横目に気まずそうな顔をするばかりで、その夏未さんも戸を開けた瞬間に眼が合ったきり赤らんだ顔でピタリと固まり、返答はありません。

 故に、ひとまずそれは脇に置いておくことに決めました。とりあえずは目先の疑問、なぜここに夏未さんがいるのか(・・・・・・・・・・・・・・)という不思議を解決すべく、咳払いを一つしてから改めて彼女に尋ねます。

 

 

「……夏未さん、今日は理事長さんのお見舞いに行くって言っちゃってませんでしたっけ? 私、そう聞いてた気がするんですけど」

 

 

 彼女のお父さま、理事長さんは少し前に事故に遭ってから意識が戻らず寝たきりです。命に別状はなく、いずれ目覚めるとお医者さんは言っているようですが、娘の夏未さんはそれでもきっと不安でしょう。

 

 だから彼女がお見舞いをすっぽかしているのはあまりに不思議。だからこそ部室の惨状からもひとまず目を逸らすことができたのですが、しかし一方、夏未さんにとってその疑問はむしろ動揺を落ち着ける作用があったようです。

 固まっていた口が「あ、ああ、そのことね……」と再起動し、彼女は手にしていた布巾で米粒の掃除も再開しつつ、答えます。

 

 

「お父さま、ちょうど今日、意識が戻ったのよ。それで、『私はもう大丈夫だから円堂くんたちを支えてあげなさい』って……そう、言われて……」

 

「……? ああ、それでおにぎりの差し入れをしようってなっちゃったわけですか。なるほど、ともかくよかったです」

 

 

 言葉の最後になぜか彼女は苦悶するように口を閉ざしてしまいましたが、ともかく、そういうことなら彼女がここにいるのも納得です。ついでに、机の上に並んだおにぎりの数々についても。

 しかしとなれば当然、話は部室の惨状へと戻ってくるわけで。

 

 

「それで……おにぎり作りでどうしたら部室にご飯粒を撒き散らすことになっちゃうんです? そこに関してはほんとに意味不明ですよ」

 

 

 再びそう首を傾げてみせました。

 

 がしかし、口が解けてもこれに関しては答える気がないようです。夏未さんは露骨に赤みを増した顔を背け、目を逸らしています。

 そしてどうやら秋さんと音無さんへと向いているらしいその視線は、どこか「黙っていてくれ」と懇願でもしているかのようにも見えました。

 

 羞恥心、でしょうか。ともかく私の眼を憚っているということは、すなわちこの惨状は夏未さんが原因である、という証拠です。

 

 ……なんとなく、わかってきたように思います。

 

 

「……夏未さんがしでかしちゃったんですか? これ」

 

「ッ――!?」

 

 

 バッと勢いよく振り向いて、真っ赤に染まったその顔でパクパクと声にならない声を叫ぶ夏未さん。いかにも慌てふためき過剰反応してしまったというふうなその姿から察するに、私の予想は大正解だったみたいです。

 

 心の内の悪戯心はいともたやすくニンマリと、悪い笑みを浮かべました。

 

 

「……夏未さん、お料理とか苦手なんじゃないですか?」

 

「そっ……そんなこと、ない、わよ……?」

 

「あら、そうですか? お嬢様ですし、お家でそういうことしちゃう機会とかなさそうですけど……あ、そういうことですか! 苦手も何も、お料理やったことないならそんなことわかんないですもんねぇ」

 

「うっ……!」

 

「察するに、アツアツのご飯握ろうとして、できなかったんじゃないですか? 火傷しそうなのを冷まそうとして、お米がくっつく手をブンブン振り回しちゃって……。ああ、そう考えると納得ですね!」

 

「ぐ、うぅ……っ!」

 

「わぁすごい! 名探偵ですねベータ先輩!」

 

 

 湯気の立つ炊飯器のご飯を眼で示してやると、とうとう夏未さんは顔に噴き出る羞恥心を手で覆ってしまいました。

 

 そして寸分違わぬ大正解だったらしい私の推理に、思わずといった感嘆の声をあげる音無さん。目を輝かせて手を叩き、直後ハッと夏未さんに気付いて我に返り、身を縮めてお掃除に戻っていきます。

 しかし、手遅れでした。夏未さんの顔の血の気が急上昇し、あっという間に羞恥心の閾値を突破。彼女は顔を覆っていた手をぎゅっと握り、ちょっと涙目になりながらわめき散らしました。

 

 

「もうっ! 仕方ないじゃない、おにぎりを握るのも炊き立てのお米に触るのも初めてだったんだからっ! ……というか、なんであなたがここにいるのよ!? 練習中でしょう!? サボりに来たっていうのなら、黙っててあげるからさっさと戻って円堂くんの手助けをしてあげなさい!」

 

「ふふふ……。別にサボっちゃってるんじゃないですよ? ドリンクがなかったから貰いに来たんです。……夏未さんたち、おにぎりに夢中で忘れちゃってません?」

 

 

 話を逸らしたいのが見え見えな赤面でしたが、確かに彼女の言う通り、私もあまりここに長居はできません。円堂さんへのシュートは交代制なのです。

 だから話に乗って本来の用事へと振ると、とたんに三人とも「あっ」と息を呑みました。

 

 

「しまった、そうでした……! 私たち、そもそもドリンク補給に来たんでした!」

 

「ごめんね佳ちゃん。すぐに持っていくね?」

 

「ああいえ、どうせですし、私が全部持っていっちゃいます。……夏未さんのおにぎり、楽しみにしてますね?」

 

「っ――!! もうっ! 早く行きなさいっ!」

 

 

 そう真っ赤な顔で叫ぶ夏未さんに「はいはい」と頷いて、悪戯心を満足させた私は全員分のドリンクを抱えてグラウンドへと戻ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 円堂さんの特訓のお手伝いに戻り、そして交代制のそれがさらに一巡した頃、お待ちかねのおにぎりが到着しました。

 

 みんな練習でエネルギーを消耗した中、漂ってくる白米の芳ばしい香り。本能のままに引き寄せられる大多数の頭からは衛生観念なんて言葉は吹き飛んでしまっていたらしく、先んじて手を洗いに行ったのは私と鬼道さんくらいです。

 そうして結果的に一番乗りと二番乗り。さてはて夏未さんのおにぎりはどんな有様なのかしらと、第二ラウンドを内心ちょっぴり期待しつつ対峙の時を迎えたのでした。

 

 

「……なんだか、思ってたよりもちゃんとできちゃってますね」

 

「でしょう? やり方がわかればこの程度、わけないのよ!」

 

 

 残念ながら、私の“期待”は裏切られることになりました。

 

 目の前に並んでいるおにぎりは、どれもちゃんとおにぎりと呼べるレベルに収まっています。確かに、きれいな三角形の形に混じってやけに丸っこかったり大きかったりと、一目で夏未さんが作ったのだろうとわかる形の不揃いさはありますが、お米を部室中に撒き散らすようなトンデモな仕上がりのものはありません。

 

 ……まあ普通に考えて、ご飯を成型するだけのおにぎりという料理――というか料理と呼ぶべきなのかわからないくらいにはシンプルな工程で、“トンデモ”なんてそう起こるはずもないのです。

 雷門さんの誇らしげなドヤ顔にはちょっとイラっと来てしまいますが、それが現実。そもそも別に誇らしげになるようなことでもありません。

 なら、ここは潔く認めてあげることにしましょう。

 

 

「……そうですね、すごいです。ご飯撒き散らしてたのに、見違えちゃいましたよ夏未さん」

 

「『ご飯撒き散らしてた』? 何の話だ?」

 

「まあ、色々あって……」

 

 

 隣で音無さんのおにぎりをほおばっていた鬼道さんには怪訝な顔をされてしまいましたが、夏未さんは優越感を以てしてこれをスルー。並ぶ形不揃いなおにぎりの中から若干小ぶりなものを手に取って、私に差し出してきます。

 

 

「……ともあれ、早く食べちゃいなさい。もうすぐ手を洗いに行った円堂くんたちも戻ってくるでしょうし、食べそびれるわよ」

 

「さすがにこの量が食べ尽くされちゃったりは……ああでも、壁山さんなんかは響木監督のお店でも結構食べてましたし……そうですね、いただきます」

 

 

 少なくとも、ここにみんなが集まったらゆっくり食事はできないでしょう。差し出されたおにぎりを受け取って、そのまま口へ運びます。

 

 さして大きくもない、一口。丸っこい三角形のてっぺんをかじり取って――そして私は、思わず息を詰めることになりました。

 

 

「んぐ……」

 

「……? どうしたの? ……もしかして、のどに詰まった? もう、そそっかしいわねぇ」

 

 

 と、私の喉から鳴った音をどう勘違いしたのか、意趣返しのようにニマニマ笑ってドリンクを差し出してくる夏未さん。それを受け取り、呷って口の中のものを呑み下すと、私はニマニマ愉快そうに笑っている彼女へ、真逆のジト目を差し向け言います。

 

 

「……おにぎりなんて簡単な料理をここまでマズく作れるなんて、逆に才能ですよ夏未さん」

 

「え……? どういう意味?」

 

「しょっぱすぎです! おにぎり全体塩でコーティングしちゃったのかってくらい、塩気しか感じないんですけど!」

 

 

 いえたぶん、ほんとにコーティングしたのでしょう。一つまみ馴染ませれば十分なところを、天ぷらの衣みたいにたっぷりと全面に。

 

 

「お塩、つけ過ぎだってこと……?」

 

「そうです! ……不覚でした……まさか味の方で“トンデモ”発動してくるなんて……」

 

「ええっと……ごめんなさいね? そんなにしょっぱいんだったら無理して食べなくても……他のと交換する?」

 

「……いえ、いいです。もったいないですし、かいた汗の分、塩分は取らないとですし。それに……他のも当たらないとは限らないですし」

 

 

 さすがに悪いと思ったらしく、眉尻を下げる夏未さん。しかしそれは遠慮して、私は再び塩まみれのおにぎりに立ち向かいます。円堂さんたちがやってきて、私と同じように悶絶するのを聞きながら、どうにか全部を口の中に詰め込むことになりました。

 

 しかし食べ切ったのはいいものの、その分余計に喉が渇いてきました。ドリンクではなく、水が欲しいタイプの渇きが襲ってきます。

 

 

「水……もう水道水でいいですよね」

 

 

 ミネラルウォーターとかのいいお水なんてありません。やむなく手洗い場へと足を向けます。そして――

 

 ふと、そこにきれいな亜麻色髪の見知らぬ誰かが佇んでいることに気が付きました。

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