雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第六十八話 世宇子キャプテン、ベータ

 全国の中学サッカー日本一を決める大会、フットボールフロンティア。その決勝戦当日を迎えた私の内心は、達成感とも寂寥感ともつかない妙な感覚に覆われていました。

 

 特別推薦枠として地区予選を免除され、ここに至るまでに戦った試合はたったの三試合。しかもその全てが前半戦で決着という、ぶっちゃけ大した苦労もなかった道程でこんな感慨染みた感覚を抱くのは変な気分ではありますが――しかしそれはきっと、言ってしまえば自然の摂理なのでしょう。

 フットボールフロンティアはそれだけ大規模で、世間からの注目を集めている催しだということです。

 

 試合開始はまだもう少し後だというのに、詰めかけた観客の盛り上がりはもう更衣室の私の下まで届くほど大きくなっていました。

 

 この試合で決まる優勝校、最強のサッカーチームが決まる瞬間を、誰もが待ち焦がれています。……“ワクワク”している、とでも称せばいいのでしょうか。頭上から絶えず響くそれらに、きっと私は当てられてしまったのです。

 とはいえしかし、その“ワクワク”は思いのほか悪い気分ではありませんでした。試合を前にした高揚感、勝つか負けるかの勝負を目前にした緊張は、私には本来縁がなく、ある意味とても新鮮で得難い感覚。

 故に私は、流れ込んでくるその“ワクワク”に胸を躍らせているのでした。

 

 ――ただまあ、しかし。

 

 

「……勝敗なんて、もう決まっちゃってるようなものですけど」

 

 

 結局のところ、その“ワクワク”なんてものは単なる幻想。試合に高揚感を抱く余地なんて、実際はどこにもないのです。

 

 ユニフォームに袖を通し、着替えを終えた自身の姿を傍の鏡で確認します。

 チームのユニフォーム、白の上下と古代ローマのトーガのような一枚布と、スパイク。そして腕の――月桂冠のキャプテンマーク。

 

 世宇子の主将(・・・・・・)キャプテンのベータ(・・・・・・・・・)として、どこにもおかしなところはありません。

 

 そしてそんな私が率いるチーム、世宇子は、まさしく最強のチームです。最強故に、試合の結果は始まる前から決まっています。

 “勝利”です。世宇子が世宇子である以上、この結果が揺らぐことはありません。

 例え今度の対戦相手である雷門がいかに強いチームだったとしても無関係。私たちには勝利以外、もとい、“完璧な勝利”以外、あり得るはずもないのです。

 

 みんな大興奮のスーパープレイも生きるか死ぬかの大ピンチも、心を動かす“想定外”は何もかも。

 

 

「今までもそうだったもの。……私ってば、何を期待しちゃってるんだか」

 

 

 “完璧な勝利”が必然で絶対な、何の代わり映えもしない私たちの試合に、ほんの少しだけでもいつもとは違うスパイスを。

 そんな、それこそあり得ない――あり得てはならない事態を夢想する自分を笑い、かぶりを振ってふるい落として、着替えの最終確認を終えた私は実質私専用な女子更衣室を後にするのでした。

 

 

 そうしてもうとっくに着替え終わっているだろうチームメイトたちの下へ足を向け、このスタジアムの通路を歩いてほどなくのことでした。

 

 男子更衣室の少し先、反対側の雷門用の更衣室に繋がる廊下の角に、我がチームメイトたちの集団がたむろしているのが見えました。

 そんなところで何をしているのかという当然の疑問が湧いて出て、一様に角の先を向いている彼らへと歩みつつ、それを口にします。

 

 

「どうかしました? 皆さん、そんなところで固まっちゃって」

 

「ああ、ベータ。……いやなに、たまたま彼らと出くわしてね、ただ挨拶をしていただけさ」

 

 

 私の声に気付いて振り返り、そう微笑むアフロディさん。その彼の下まだたどり着き、私も角の向こう、彼ら(・・)の姿を眼にしました。

 

 青と黄色のおそろいユニフォームに身を包んだ同年代の男の子たちが、緊張からか固い表情で私たちを睨みつけています。茶髪の子にゴーグルの子、白のツンツン頭の子や、頭にバンダナを巻いた子に……他も含めて、パッと見た限りでは計十五人。

 まあ、察するまでもありません。彼らが今日の決勝戦での対戦相手、雷門中の選手たちなのでしょう。そんな方々との挨拶となれば、キャプテンとして私も出ていかないわけにはいきません。

 

 

「それじゃあ、私もご挨拶しないとですね。……初めまして、雷門中の皆さん。私はベータ、世宇子のキャプテンをやらせていただいちゃってます。よろしくお願いしますね?」

 

「え……キャプテンだって!? アフロディがキャプテンじゃなかったのか!?」

 

 

 雷門のキャプテンらしきバンダナの子に握手の手を差しだしましたが、返ってきたのは困惑の声。宙を彷徨うことになった手を引っ込めつつ、小首をかしげて見せます。

 

 

「あら、知りませんでした? 世宇子のキャプテンが女の子って、私が言っちゃうのもなんですけど情報として結構目立つお話だと思うんですけど」

 

「そ、それは……知ってたよ、たぶん。でも俺たちはてっきり、アフロディを女子に間違えた奴が流した噂話だとばっかり……」

 

「ぷっ……ふふ、確かに、そう思うのも無理ないかもしれませんね。女の子みたいなキレイな顔しちゃってますもん。ねぇ、アフロちゃん?」

 

「……アフロちゃんはやめてくれ、ベータ。女子に間違えられても嬉しくはないよ」

 

 

 私たちに向けていた敵意も忘れ、曖昧にこめかみをかくキャプテンさんが明かした理由はなんというか、思いもよらぬ素っ頓狂なものでした。適当に返しはしたものの、アフロディさんが女の子だと勘違いされていた、なんて想像するだけで愉快です。

 だってあまりに“あり得そう”だから。ついつい頭の中に女の子のアフロディさんを想像してしまって、そのあまりの違和感のなさに思わずヘンな呼び方までしてしまいました。

 

 男の子を女の子扱いするなんて、特に私たちみたいな集団に於いてはあまりよろしくはない行いですが、しかし出会って数日そこらの関係であるならまだしも、彼含めて世宇子のみんなとはもう随分長い付き合いです。

 この程度はただのじゃれ合い。事実、アフロディさんも雷門キャプテンさんへの抗議も含めたポーズだけして収まって、やれやれと言わんばかりのため息と共に不機嫌を引っ込めてしまいます。

 

 そうしてひとしきり愉快を吐き出してから、私は改めて雷門キャプテンさんへ握手の手を差しだしました。

 

 

「では改めて。今日の試合、よろしくお願いしますね。えーっと……雷門キャプテンさん?」

 

「あ、ああ。俺は円堂、円堂 守だ。こちらこそよろしく。いい試合にしよう!」

 

 

 差し出した手にキャプテンさん、円堂さんは、すっかり毒気を抜かれたような元気な笑みで応じてきました。

 

 ついさっきまでは私たちに警戒心を抱いていたはずなのに、“アフロちゃん”がそれらを解きほぐしてしまったのでしょうか。

 それにしてもチョロすぎな彼にちょっぴり内の悪戯心を刺激されながら、それでもなんとかムズムズを抑え込みつつの握手を交わします。

 

 しかし耐えれた私とは裏腹に、もともと彼らに“挨拶”していたチームメイトたちは我慢ならなかったようでした。

 特にその、最後の一言。

 

 

「『いい試合にしよう』、ねぇ」

 

「まさか俺たちに向かってそんなことが言えるなんてな。こいつら、頭大丈夫か?」

 

「……なんだって!?」

 

 

 突然の罵倒に、さすがに円堂さんも眉を顰めました。

 しかし嘲笑った二人、ヘラさんとポセイドンさんは構うことなく口元を歪め、さらに続いて今度はアフロディさんもが、さっきの憂さ晴らしでもするように口角を上げて口にします。

 

 

「僕としても、その件に関しては正直に言って驚きだよ。ここで君たち雷門の姿を見るまでは、てっきり棄権して試合から逃げ出しているものだと思っていたからね。聞くに、遥か昔の雷門もそうだったらしいじゃないか」

 

「ッ……逃げる、だって!? なんで俺たちが試合から逃げなくちゃならないんだよ!?」

 

「……またしても驚きだ。本気でわからないのかい? 先日、一端とはいえ僕のチカラを見せてあげたじゃないか」

 

 

 以前アフロディさんが雷門中へ冷やかしに行った件のことです。曰く、そこでキーパーさん、つまりは円堂さんとちょっと遊んであげたんだとか。

 

 しかしそこまで言われても、円堂さんは本気でピンと来ていない様子。強がりとかではなく本当にアフロディさんたちの言わんとしていることがわかっていないらしく、そのおバカな様子に私も思わず口を出してしまいます。

 

 

「アフロディさんの実力を体験したなら、普通わかっちゃうと思うんですけど。私たち世宇子とあなたたち雷門の、圧倒的な実力の差が」

 

「っ……!」

 

 

 直接はっきり言ってあげれば、さすがに彼も意図を理解できたようです。息を呑み、眉間のシワがさらに深くなりました。

 

 つまり要するに、さっきの私の自嘲と同様、『勝敗なんてもう決まっちゃっている』というお話なのです。

 

 

「我々と君たちとでは強さの格が違うのさ。言うなれば、神と只人。それなのに、どうして『いい試合』ができると思う? どう考えたって、試合にすらなりはしないだろうに」

 

「……わけわかんねぇこと抜かしやがって。自分たちが神様だって? 中二病かよ下らねぇ……」

 

「それほどに、僕たちと君たちとの間にある差は隔絶したものなんだよ。……神の力を前にして、人如きが抗えるはずもない。いや、普通なら抗おうとも思わないだろう。それほどの、勝敗など火を見るよりも明らかな()を見せてあげたはずなんだが……もう忘れてしまったのかい?」

 

 

 円堂さんに代わって、彼以上に気に食わなさそうに顔を歪めたこわもてのピンク髪さん。しかしこれは否定のしようがない現実です。故に吐き捨てられた声にもさして力はなく、アフロディさんの哀れなものを見る眼に塗りつぶされてしまいます。

 

 そう、事実、この試合における雷門に勝ち目はほんの少しもありません。勝つのは私たち、世宇子中。そう決まっています。

 

 雷門がこの試合に挑んだところで私たちに叩きのめされるだけ。普通に考えればそんな試合に出ようだなんて思いません。諦め、棄権するでしょう。

 なのに雷門は一人も欠けずにここにいます。それはつまり……もしかして、現実を見てはいても理解していないとか、そんなホンモノのおバカさんの集まりだったりするんでしょうか、雷門は。

 

 と、私が彼らに憐れみの眼差しを向けたのもつかの間。

 

 

「勝敗なんて、試合が終わるまでわからないだろ」

 

 

 実に堂々と、円堂さんはそう言いました。

 

 

「アフロディの強さは認めるよ。ベータや他のやつらも同じくらい強いなら、俺たちにとって厳しい戦いになることは間違いない。でも、だからって負けると決まったわけじゃないさ」

 

「……私たちの強さがわかってるなら、普通はそんなこと言えなくなっちゃうと思うんですけどね」

 

 

 やっぱり正しく判断ができていない様子。ますますもって哀れです。

 

 ……哀れなのですが、しかし、円堂さんのそのブレない眼差しは、不思議と揶揄う気になれませんでした。

 その眼が、あまりに本気だったからでしょうか。本気で『そんなことはない』と、『勝てる』と思っている彼の意思が、視線に乗って伝播してきているのです。

 

 しかしそれを認識できたのは、少なくとも世宇子の中では私だけだったようでした。クスクスと失笑が、私の後から漏れ出てきます。

 

 

「……ああ、わかったぞ! さてはお前ら、俺らの強さにももしかしたら対抗できるかも、とか思ってやがるんだろ。確か……【マジン・ザ・ハンド】、とかいったか?」

 

「っ!? な、なんで【マジン・ザ・ハンド】のこと、知って……!?」

 

 

 ポセイドンさんが大仰に、ポンと手を打ちました。

 

 【マジン・ザ・ハンド】という名のキーパーの必殺技。合宿中に秘密裏に特訓していたはずのそれを私たちが知っていることに驚いた様子の円堂さんたちは、かつて帝国や戦国伊賀島にスパイされた時のことを思い出したのかもしれません。

 すわ裏切りか、それとも潜入されたのか。雷門メンバーがにわかに騒めき始めますが、しかし、それに関しては単純な話です。

 

 

「我々世宇子の情報収集能力は折り紙付きだ。あんな巨大なガラクタで大騒ぎして、隠し通せるわけがないだろう」

 

「それにその必殺技は、我らが総帥にとっても既知のもの。むしろなぜ知らないと思ったのかわかりませんね」

 

「円堂 大介、大昔のキーパーが使ったという伝説の必殺技なんだとか? それに曲がりなりにも()を冠する必殺技となれば……まあ、期待してしまうのも当然なのかな」

 

 

 総帥、影山 零治は元イナズマイレブン。四十年前、円堂 大介さんが監督をしていたチームの一員でした。当時の技の概要の情報も、当然、私たちの下に入ってきています。

 

 その必殺技が当時のイナズマイレブンのキーパーさんにも習得できなかったほどの高難易度技であり、たかだか数日で習得できるようなものではないだろうという推測も、もちろんチームで共有済みです。

 

 

「【マジン・ザ・ハンド】、習得し切れてはいないんだろう? 確かに完成していれば脅威になるのかもしれないが……未完成の状態ではね。さすがに我々を舐め過ぎだ、円堂くん」

 

「くっ……こいつら、【マジン・ザ・ハンド】が未完成とか、なんでそこまで知ってるんでやんす……!? 初日以外は全部修練場で特訓してたってのに、情報収集能力がすごいっていっても限度があるでやんしょ……!?」

 

 

 栗頭の彼をはじめ、みんな慄いています。どうやら推測も正しく事実であったようです。

 

 となればなおのこと、円堂さんの言動は滑稽そのもの。そう、皆さんの眼には映ることになります。

 

 

「ふふふ……いっそ憐れみすら覚えるよ、円堂くん。ついでに言っておくけれど、あの時、君が吹き飛ばされた【ゴッドノウズ】は単なる警告だ。本気はあんな程度じゃない。それに……僕はあくまでミッドフィールダーだ。わかるだろう?」

 

「……何がだよ」

 

「本職のフォワード、特に我らがベータの【ダブルショット】は僕をも超える。伝説とはいえ未完成の必殺技で止められるようなものじゃないということさ。……いや、例え完成していたとしても、彼女のシュートを止められはしないだろうね」

 

 

 事実、このチームで最強のシュートを持つのは私です。とはいえアフロディさんの言い方はちょっと私をおだてすぎな気がしますが、あるいはそう思うのは私の謙遜なのでしょうか。他の皆さんがそれに何か言うことはなく、話はそのまま続きます。

 

 

「っていうか、そっちの鬼道は直にその眼で見たんだから、普通わかるはずだろう? どうであれ勝ち目なんてないことくらい。こいつらに教えてやらなかったのか?」

 

「彼も現実が見えていなかったということなんだろう。でなければ転入までしてリベンジを狙うはずがない。……弱者には絶対的な力の差などわからないのさ。地を這うアリからすればコップの水も瀑布の水も、何も変わらない大水だ」

 

「なるほど確かに、所詮は只人ということか。神に選ばれた我々には程遠い」

 

「このっ……こいつら、なにわけのわからないことを……!」

 

「アリだとか只人だとか、どこまでも人をバカにしやがる……!」

 

 

 世宇子のみんながこれ見よがしに嘲笑い、対して雷門の皆さんの雰囲気はどんどん険悪になっていきます。

 さすがに円堂さんも不快感を覚えた様子。けれどそれでもその眼と言葉は一貫して揺るがずに、さらなる主張が続きます。

 

 

「確かに、俺は【マジン・ザ・ハンド】を習得できなかった。世宇子の強さも本物なんだろう。俺一人じゃ、お前たちのシュートは止められないのかもしれない」

 

「わかっているじゃないか。でも……そう、『勝敗なんて、試合が終わるまでわからない』だったかな。どうしてそうも強気でいられるんだい?」

 

「仲間がいるからだ! お前たちが俺たち一人一人より強いなら、二人、三人でぶつかればいい! 神だろうが何だろうが、仲間の力を合わせれば勝てない相手なんていないんだ! だってサッカーはそうやって、みんなの力を合わせて戦うスポーツだろう?」

 

 

 堂々としたその言葉。さすがにもう、アフロディさんたちも理解したのではないでしょうか。

 彼が今まで口にした言葉の全てが、紛れもなく本気(・・)なのです。強がりでも何でもなく、彼は世宇子が絶対的なまでに強いのだとしても雷門は勝てるのだと、本気で、心の底から信じているのです。

 

 それはいわば、木から落ちたリンゴは地に落ちず、空へ浮かび上がるのだと疑いなく口にしているようなものです。私たちからすればあり得ないとわかりきっていることを、それでもあり得るのだと言い続けているのが今の彼。

 だからアフロディさんたちから失笑が返ってくるのも、やはり当然(・・)のことでした。

 

 

「君たちの力を合わせれば、我々に勝てると? ……はははっ! 本当に、面白いことを言うね円堂くん。塵はいくら集めても塵だろう!」

 

「違いねぇ!」

 

「只人どころか愚者だったってことか! これはお笑いだ!」

 

 

 その反応が当然です。現実が見えていない愚か者か、あるいは狂人か。それとも私たちとの力の差に絶望しておかしくなってしまったのだろうかと、憐れんであげるくらいが関の山でしょう。

 それくらい、円堂さんの言葉は荒唐無稽でした。私にだってそれはわかっています。

 

 わかっている――のに、しかし。

 

 

「――『サッカーはみんなの力を合わせて戦うスポーツ』。いいこと言いますね、円堂さん」

 

「……ベータ?」

 

 

 思わず口を挟んでしまった私の顔は、アフロディさんが怪訝に思うくらいには明らかに、ワクワク(・・・・)してしまっていました。

 

 更衣室で夢想した期待感。円堂さんの言葉や眼差しに、あれがどうにも刺激されてなりません。

 もしかしたらこのワクワクが現実のものになってくれるかもと、胸の内に留めておくには大きくなりすぎたそれに導かれるまま続けます。

 

 

「そこまで言うのなら、私も楽しみにしちゃってもいいですよね? 今日の試合、あなたたち雷門が私たち相手にどこまで追い縋れちゃうのか」

 

「……おいおいベータ、何を言い出すかと思えば……。追い縋るったって、それが無理だって話だろう? クズが何をやったって、俺たちのレベルには追い付けやしないだろうさ」

 

「じゃあ、追いつけるようにせめて調子は万全にしておいてもらわないと、ですね」

 

「……何のつもりだ?」

 

 

 言い、そして一歩引いて通路の先、グラウンドに続く丁字路への道を開けてあげます。

 途端、円堂さんを始め雷門と、そして世宇子の皆さんからも向けられる、怪訝な声音。内心そのままのにっこり笑顔で、私はそれに答えました。

 

 

「ウォーミングアップです。ご自由にどうぞ。私たちは試合の直前までグラウンドには出ませんから、視線を気にせず思う存分身体温めちゃってください」

 

「どういう意味だ! 舐めてんのか!?」

 

「それもありますけど、元々そういう指示が出ちゃってるんです。試合前に身体を温めるなって」

 

「……? なんだ、それ? お前たち、アップしないのか?」

 

 

 侮り以外の理由なんてさっぱり思いつかないのでしょう。声を荒げるピンク髪さんの横で円堂さんが首を傾げます。

 試合前にウォーミングアップ身体を温めてることはサッカーに留まらず、スポーツ全般での常識です。故の、当然の疑問。訝しく思うのは自然なことでしょう。

 

 だから私も――もとい、世宇子の命題(・・・・・・)が頭から抜けてしまっていた私の口は、自然な疑問にごく自然に、当たり前に答えを返していました。

 

 

「データを取る関係上、前提条件がどうたらってことらしいです。だから私たちが動いていいのは、“神のアクア(・・・・・)”を――」

 

「ッ!? ベータッ!!」

 

 

 切羽詰まったアフロディさんの大声。普段、声を荒げることなどない彼の狼狽っぷりに私の声は堰き止められて、その数舜後、ハッと思い出しました。

 

 それ(“神のアクア”)はまさしく世宇子の核心、決して外部に漏らしてはいけない最重要機密なのです。

 

 だというのに、情報の断片だって不味いところを、よりにもよってその名前を口走ってしまったという事実。

 世宇子の当初から続く隠し事だったのに、ワクワクのせいとはいえ、まるでごく最近伝聞で聞いただけの(・・・・・・・・・・・・・)他人の事情みたいに(・・・・・・・・・)頭からすっかり抜け落ちていたことは、我ながら信じられません。

 

 しかし秘密が身についていなかったことを悔いたとしても、もはや現状は後悔先に立たずな状態。アフロディさんの狼狽と私の動揺に不思議そうな顔をする彼らの中には、しっかり名前に反応を示した人も見て取れます。ぶっちゃけもう挽回は不可能です。

 それでもしかし、いくら苦しかろうが誤魔化しを試みる以外の選択肢が私にあるわけもなく、動揺に跳ねる心を力づくでねじ伏せ抑え、できうる限り普段通りの表情を作って台詞を並べ立てました。

 

 

「――まあとにかく、私たちの強さがわかってるなら試合への備えはどれだけあっても困らないでしょう? それにそもそもあなたたちがどう思うかなんて関係なしに、私たちは試合開始の直前まで控え室で待機ですから。……だからまあ、ご自由にしちゃってください」

 

「……なら、遠慮なくウォーミングアップさせてもらうさ。みんな、行こうぜ」

 

 

 誤魔化しのほうはどうであれ、これ以上ボロが出る前に会話を終わらせることは叶いました。円堂さんがちょっぴり不承不承に頷いて、同じくちょっと不満げな皆さんを引き連れグラウンドへと出ていきます。

 

 そうしてゾロゾロ動いた一団の最後尾までが見え、その時になって今更気付きました。

 てっきり男の子だけだと思っていたのですが、実は彼らの背の陰にマネージャーらしき女の子が三人隠れていたようです。あの場に居合わせていた彼女たちは、一際胡散臭そうな視線を私へと向けています。

 

 女の勘というやつでしょうか。それがなかなか侮れないものであることは私も重々承知しています。ヒヤヒヤです。

 お嬢様っぽい子やおでこにメガネを上げた子。そしてもう一人、外跳ね髪の子からの視線がやたらと気になって、その子もその子で嫌に私に注目してくるものだから、気が気でない思いをしながら微笑を保つ羽目に。

 

 結局、彼女たちが完全に視界から出るまで、私は震える心臓を無理矢理抑え込むことに集中せねばなりませんでした。

 

 

「……“神のアクア”が世間に露呈すればどうなるか、ベータ、君はきちんと理解しているのかい?」

 

 

 完全に部外者がいなくなり思わず安堵したその直後、アフロディさんたちからはもちろん、情報漏洩への非難が出てきます。こればかりは言い訳のしようもなく、申し訳ない顔を作ってオドオドと返しました。

 

 

「……えーっと、わかってる……と思ってたんですけどね。なんか出ちゃったんです」

 

「『なんか出ちゃった』では困る。あの事がバレれば総帥の失脚はもちろん、私たちだって神の力を失うことになるんだぞ? ……愚かしいことだが、アレの成分は人の世の法に触れるんだ」

 

「確かにあんなチーム相手じゃ気が抜けるのもわかるがよ……もうちょっとは気を引き締めてほしいもんだ。“完璧な勝利”のために、万が一にも間違いがあっちゃならないんだから」

 

「……ええ、そうですね。ごめんなさい」

 

 

 秘密の情報ゆえに雷門の前では堪えるしかなかった叱責を、部外者がいなくなった途端、ここぞとばかりに放出してくる皆さん。対して半ば自動的に動く口に任せて平謝りしているうちに、徐々に内心の動揺も落ち着いてきます。

 

 そして同時に、明瞭になった頭がこのお説教が延々続きそうなことを察しました。私が悪いことはわかっていますが、だとしてもご勘弁願いたいところです。

 とはいえ皆さんの視線は私を囲んで逃げ出せず、なのでやむなく、話題の転換を狙って口を動かしました。

 

 

「というか、特別気を抜いてるわけじゃありませんよ、私。だってほら、雷門って一応、フットボールフロンティアを勝ち抜いて決勝までたどり着いたチームなわけじゃないですか。前大会優勝の帝国にも勝っちゃってるわけですし、ぶっちゃけ大会出場チーム中最強ってことでしょう? そこまで楽観はできませんって」

 

「あ? ……まあ、理屈じゃそうなのかもしれねぇが……」

 

「どちらにせよ我々には遠く及ばないでしょう。強いといっても、所詮は『人間にしては』と枕詞が付く程度。心配せずともいつも通り、前半戦で勝負はつきますよ」

 

「でも、もしかしたら……ってこともあるかもじゃないですか。意外に善戦してきちゃうかもしれませんよ、あの様子なら。……そのあたり、実際に手合わせしたアフロちゃんのお考えは?」

 

「だからアフロちゃんはやめてくれと言ってるじゃないか。……けどまあ、そうだね……」

 

 

 件のワクワクを信じたい私情も含め、最終的にアフロディさんへ話を向けます。できることならこれを肯定してもらった上で話をおしまいにしたかったのですが、しかし。

 

 アフロディさんはふと動きを止め、しばらく記憶を手繰り寄せているように考え込んだそぶりの後、クスリと、その口角を上げました。

 

 

「……時間になれば、すぐにわかるよ」

 

 

 彼が浮かべた笑みは、台詞に反して答えを悠々と語っていたのでした。

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