雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第六十九話 “神のアクア”

 予定通りに控え室で時間を潰し、試合開始時刻の間近に私たちのベンチに出てきた結果、そこにはやはり、アフロディさんが悠々語った通りの実情がありました。

 

 確かにこれは、もしかしたら苦戦することもあるかもしれない、なんて私の危惧(ワクワク)に笑ってしまうのも納得です。眼にすることが叶った雷門のウォーミングアップから読み取れる彼らの強さは、端的に言って帝国学園以下のものでしかありません。

 『大会出場チーム中最強』とは到底言えないレベルです。個々人の力量で言えば大半が平凡で、抜きんでた幾人か――話に聞く豪炎寺さんや鬼道さん、円堂さんも、精々が帝国選手の少し上程度。

 総じて、まあそこそこのチームだろう、という評価が適当でしょう。見学し始め一分と経たず、興味が失せてしまいます。雷門はその程度のチームでした。

 

 せめて帝国を圧倒するくらいの強さがなければ、私たち世宇子とは試合(・・)にすらなりません。期待は叶わず、心の中のワクワクが急速にしぼんでいくのがわかります。

 

 

「……なんなら、例の“ドリンク”なしでも勝てちゃいそうですね」

 

 

 ため息と一緒に出てきた、そんな冗談。今度は秘密もしっかりぼかし、口にしたのですが、しかしそれでもさっきの私の失態が頭をよぎるのか、眉を寄せたアフロディさんたちの渋面が返ってきました。

 

 

「おいおい……。その“ドリンク”こそが僕たちの力の源だろう? 何を言っているんだか」

 

「アレなしとか考えられないよ。……ベータ、さっきからそうだけど、いったい今日はどうしたっていうんだい?」

 

「……ただの冗談じゃないですか。みんな怖い顔しちゃイヤですよ」

 

 

 私の失態込みにしても、その反応はいやに深刻そうでした。そんなに不安がらなくてもちゃんといつも通り“完璧な勝利”のために戦いますよと、彼らの過剰反応に内心呆れつつ、その視線を受け流します。

 

 するとその時タイミングよく、スタジアム内への出入り口にウチの職員さんたちの姿が見えました。キャスターワゴンで運ばれてくるのは一抱えほどのタンク。中に満たされている無色透明の水は、例の“ドリンク”、“神のアクア”です。

 

 私たちに無尽蔵の体力を与えてくれる秘密の薬。一口で人の限界を超越し、他にない全能感を与えてくれるそれの登場に、ようやく皆さん私への詰問を終わらせてくれました。

 また(ベータ)が余計なことを言い出す前にさっさと乾杯してしまおうと、タンクの“神のアクア”をグラスに分けている職員さんを無言の圧で急かしています。ちょっとかわいそうで、申し訳なくなってくるその姿。

 

 しかし私が心配するまでもなく。

 片手の端末を弄っていたもう一人の職員さんが咳払いを一つして、彼へ差し向けられていた注目を引きはがし、言いました。

 

 

「……いいか、一つ伝えておかねばならないことがある。今までの試合ではコレ(“神のアクア”)の濃度を十五分毎の補給を前提に調整していたが、今回は一杯で三十分保つようにしてある。データ上、お前たちならこの濃度でも負担にはならないだろうが、一応注意しておくように」

 

 

 業務連絡でした。濃度なんてあんまり気にしたことがなくていまいちピンときませんでしたが、しかしすぐに疑問に思い至ります。

 

 

「それはいいですけど……でもどうして急に濃度変えちゃったんですか? 今までの濃度でも別によかったのに」

 

「ああ。どうせいつも通り、前半戦中には勝負がつく。前半戦いっぱいとなれば、効果時間を持て余すことになる」

 

 

 通常は前半戦と後半戦の計六十分を経なければ試合の勝敗はつきませんが、私たち世宇子の場合、その絶対的な強さで三十分経たずに対戦相手を蹂躙できてしまうのです。

 心身ともにボロボロになって、対戦相手が棄権せざるを得なくなるというのがいつもの勝利パターン。今までは試合が後半戦にもつれ込んだことはおろか、前半戦をフルに戦ったことすらありません。

 

 だから普通に考えて、わざわざ濃度を弄って効果時間を長くする必要性は皆無です。

 故の当然の疑問。職員さんもそんな疑問が出てくるのは承知の上だったのか、用意していたらしい返答を流れるように口にします。

 

 

「まさにそのせいだ。短時間で試合を終わらせすぎて、コレ(“神のアクア”)のデータが心もとない。特にベータ、お前のデータが妙に不足していてな。今回の試合は時間をかけて、十分にデータを取ってから終わらせろとの総帥のご指示だ」

 

「……私のデータが?」

 

 

 不足とは一体どういうことなのか。まずはそこに引っ掛かりを覚えるのは、私だけではなかったようです。

 

 

「ベータは我がチームのエースだぞ? 自然、活躍の機会は多い。他の誰かならともかく、“ベータのデータが”というのは些か奇妙に思えるが……」

 

「……総帥も同じように疑問を抱いておいでだった。だが、事実だ。あるいは機器やシステムの不具合なのかもしれんが、ともかくデータの欠落や不整合が多すぎるということらしい。――故に新たにデータを収集するため、前半戦はベータを軸に試合を組み立て、これまでのように雷門を行動不能に追い込むことは避けること。以上だ」

 

「……よくわからないですけど、わかりました」

 

 

 何やら随分混乱が起きているようで、回答はあまり要領を得ませんでしたが……まあ別にいいでしょう。データ破損の理由なんて知ったところで何ができるわけでもなしです。

 

 指示を出したきり職員さんも口を閉ざして身を引いてしまったことですし、ここからはいつものお約束の時間です。話しているうちに準備が整った“神のアクア”のグラスを手に取り、そして皆さんも続いてそれぞれ手に取ったのを、見回し確認。

 

 

「それじゃあ……聞いての通りなんだかややこしい状況になっちゃいましたけど、改めて――」

 

 

 そうしていつも試合前にしているように、グラスを掲げて乾杯の音頭を取りました。

 

 

「私たちの“勝利”に」

 

「「「「「“勝利”に」」」」」

 

 

 みんな揃っていつものように乾杯し、そのまま口へと運びました。透き通って波打つ水面に口をつけ、そのままグラスを傾けます。

 

 それらすべてがいつも通りの所作でした。いつも通りにキャプテンとして乾杯の音頭を取って、いつも通り“神のアクア”を身に取り込むルーティーン。

 だから口に流れ込んできた“神のアクア”の独特な風味も、もう何度も味わってきたものです。

 

 ――そのはずだったのですが、しかし。

 

 

「ッッッ――!!?」

 

 

 舌の上を流れていったその直後、一瞬のうちに駆け上ってくる生理現象。反射的に手で口を押さえるも、そんなものなど意にも介さず、激しく咳き込んだ私の身体は喉に流れ込む寸前だった“神のアクア”を吐き出してしまいました。

 

 

「ベータ!? ……気管にでも入ってしまったのか? 大丈夫かい?」

 

「ッごふっ! げほっ……! ……はぁ、はぁ……はい、大……丈夫、ですっ……」

 

 

 心配してくれているアフロディさんに応えるために、必死の思いで呼吸を整えなければなれませんでした。けれどそうやって無理矢理押さえつけても尚、咳はとめどなく込み上げてきます。

 腰を折り、膝をつき、私の意思などお構いなしに咳き込み、異物を完全に排除しようとする身体。それほどの、制御不能な反応で――そして、あまりに大きな衝撃(・・)でした。

 

 やがてどうにかまともにしゃべれるくらいには落ち着いたころ、肺の空気を吐き出し過ぎて酸欠気味になりながら、それでもなけなしの酸素を使って尋ねます。

 

 

「あの……今の“神のアクア”、いつも通り……でした、よね……?」

 

「だからその名前を……はぁ。……気が動転しているのか知らないが、特に味がおかしくなっていたりはしなかったと思うよ。濃度の変化も味には全く気にならない程度だったしね。いつも僕たちが飲んでいる、いつも通りの“神のアクア(ドリンク)”だ」

 

 

 そうです。確かに色も風味も何もかも、私が口にしたのはいつも通りの“神のアクア”だったはずです。アフロディさんも皆さんも、そして何より私自身もそれはわかっています。頭でも舌でも、感じた味は記憶にあるものと一切変わらず同じものでした。

 

 だというのに、身体はそれ(“神のアクア”)が全く未知の、得体のしれないモノであるかのような反応を示しました。

 

 舌と脳にとっては飲み慣れた味が、身体にだけ見知らぬ味だったのです。確かにいつもの慣れ親しんだ味なのに、身体だけが違うと叫ぶこのギャップ。

 むせてしまったその理由がわかるのにわからない(・・・・・・・・・・)というこの状況こそが、私に大きな衝撃をもたらしていました。

 

 そしてその異常をアフロディさんにも肯定されてしまったせいで、生理現象に抗う気概も失せてしまいました。ただひたすらに困惑ばかりが頭の中に広がって、皆さんに見下ろされながら息が整うのを待つことしかできません。

 そうしてみんなの心配を浴びながらへたり込んでいたのですが、一方の職員さんは私の状態よりも私が無駄にしてしまった“神のアクア”のほうに意識が向いているようです。

 視界の端で、咳き込むあまりに取り落としてしまったグラスを拾い上げ姿が見えた直後、ハァーっと長々としたため息が私の頭上から降り注ぐことになりました。

 

 

「……いったいどうする気だ、これは。予備なんてないんだぞ? 今さっきの分だって、データの件で急遽成分調整し、ギリギリ用意できたものなんだ」

 

「っ! それは、つまり……前半戦、ベータは……」

 

「“神のアクア(ドリンク)”なしで戦わざるを得ない。少なくとも、追加で用意できるようになる後半戦まではな。……全く、本当に面倒なことをしてくれた。総帥に報告して怒られるのは俺なんだぞ……」

 

 

 地面を転がったグラスの中身は全部芝生に吸い取られてしまった後です。口にした分も全部吐き出してしまいましたし、予備がないというのならもうどうしようもありません。

 前半戦は私だけ“神のアクア”なし。受け入れるしかありません。

 

 けれど、別にいいんじゃないでしょうか。

 後半戦分の“神のアクア”があるのならそれが必要なデータ取りはそっちでやればいいだけですし、前半戦の戦いも――やっぱり、特に問題はないように思います。職員さんが八つ当たりされてしまうこと以外は。

 

 というか、怒る方も怒る方です。前半戦の“神のアクア”なし、それがいったい何だというのでしょう。

 例え私だけでなく、チームの全員に前半戦の“神のアクア”なしというハンデがあろうとも、何の問題はありません。普通に試合試合をすればいいだけです。

 

 “神のアクア”なしなんて考えられないとは言いつつも、私たちは別に“神のアクア”でサッカーしているわけではないのですから。

 

 

 そんなことを考えているうち、段々と息が整ってきました。頭の中の困惑も幾らか治まり、戻ってくる平常心。

 そしてそれらは大人の苦労にあえぐ職員さんたちへの憐憫を一纏めにし、ねぎらいの言葉としようとして――。

 

 しかし次の瞬間、続けて職員さんたちが吐き出したため息には、忌々しげな空気がはっきりと混ざっていたのでした。

 

 

「“神のアクア(ドリンク)”なしのベータを試合に出しても仕方ない。万全を期すためにも、これは前半戦、ベータはベンチに下げておくべきだろうな」

 

「……なんですか、『万全を期すため』って。……もしかして私、“神のアクア(ドリンク)”なしじゃ怪我するかもって思われちゃってます?」

 

 

 混ざっていたその真意は、あまりにも予想外。思わず一瞬、言葉に詰まってしまいます。

 

 確かに“神のアクア”なしではいつもよりパワーダウンしてしまうでしょうが、しかし“神のアクア”はあくまで+αのドーピング。なくても私本来の実力が損なわれるわけではありません。

 それに私の本来の実力は、自分で言うのもなんですがこの大会でも最強レベルです。少なくとも“神のアクア”なしではまともに試合もできない、というようなことは起こり得ず、怪我を恐れる理由はどこを探したってないのです。

 

 職員さんたちのその物言いは、私にはひがみから来る理不尽な八つ当たりにしか聞こえません。

 

 

「“神のアクア(ドリンク)”はあくまでただの補助。補助がないとサッカーできないなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。自転車の補助輪だって小学校に上がる前には取れちゃうんですから」

 

「――、……」

 

「だいたい、私たちが自分自身の力じゃない、外付けの力に頼り切りになってるわけがないでしょう? 私たちのサッカーは世宇子のサッカー。“神のアクア(ドリンク)”のサッカーじゃありませんもん。ねぇ?」

 

 

 もはやこれは私だけでなく、チーム全員への侮辱でしょう。世宇子は“神のアクア”なしでは何もできない無能だと、そう言われているのも同然なのですから。

 バカにするのも大概にしろと、そう憤って当然の場面。故に、振り返り、皆さんに同意を求めた私は、同調以外が返ってくることなど毛ほども想像していませんでした。

 

 

「……さっきも言ったけど、“神のアクア(ドリンク)”は僕たち世宇子の力の源――神の力の要だよ。それが……『あくまでただの補助』だって? 本当に、今日の君はどうかしているのか?」

 

「え……アフロディ、さん……?」

 

 

 果たして、現実。アフロディさんは、私の想像とはまるで異なる表情を――こいつは何を言っているんだという唖然の眼を、私へと向けていたのです。

 

 いえ、アフロディさんだけでなく、彼以外のチームメイトも職員さんも。私以外のこの場の全員が、視線で同じ唖然を語っています。

 さっぱりわけが分かりませんでした。みんながそんな眼をする理由もまるで想像がつかず、怪訝に首を傾げることしかできません。

 

 淀む空気。素直にどうしたのかと、そう皆さんに尋ねようとして――その直前、アフロディさんが頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てて、深くため息を吐きました。

 

 

「世宇子のサッカーは、“神のアクア(ドリンク)”のサッカーだ。神の絶対的かつ圧倒的なチカラで敵を叩きのめし、完全な勝利を手にすることこそが、僕たちのサッカーじゃないか」

 

「――今までも、そうやって戦ってきただろう?」

 

 

 そう、当然だろうと言わんばかりに口にしたアフロディさんと、そして皆さんの呆れた様子を前に、私は何も言い返すことができませんでした。

 事実、今までの試合はアフロディさんの言う通りだったのです。“神のアクア”のチカラで相手を叩きのめし、棄権させて勝利する。これが“神のアクア”のサッカーでなくて何だというのでしょう。

 

 今日この時まで、自分がそんなサッカーに疑問の一つも抱いていなかったという事実が、何よりも信じられません。

 

 だって私の中には間違いなく、“神のアクア”のサッカーではないサッカーが存在しています。私にとってサッカーとは、借り物のチカラではなく自分自身のチカラで戦う競技なのです。

 私の頭の中の世宇子サッカーと、現実の世宇子サッカー。なぜ今までこの全く違うサッカーが違和感もなく共存できていたのでしょう。

 

 思えば、雷門の前で“神のアクア”の名前を出してしまったのもそうです。まるで今までの自分が自分ではないような――いえ、今までの、この決勝戦に至るまでの記憶が誰かに作られた偽物なんじゃと思えてしまうような、あまりに大きな自己矛盾。

 

(――何か、おかしい……)

 

 アフロディさんの言う通り、私、どうかしてしまったんでしょうか。

 

 

「……けどまあ、そうだね。“神のアクア(ドリンク)”なしの試合なんて今までになかったのだから、動揺して当然だ。強がらなくてもいいさ」

 

 

 と、そんな愕然とする私を見かねてか、当のアフロディさんから優しげな声色が聞こえてきました。

 

 “神のアクア”を零してしまったことにショックを受けているのだろうと、励ましてくれますが、しかしそれは的外れ。

 

 

「ああ。別にわざわざベータを下げる必要もないだろう。雷門はあの程度だし、それに万一があったとしても、俺たちでフォローすればいいだけの話だ」

 

「後半戦で“神のアクア(ドリンク)”が届けば、万事がうまくいく。なら大丈夫さ」

 

 

 仲間の優しさも、今の私には自分と彼らとの“サッカーのズレ”を思い知らされるだけのもの。「ありがとうごさいます」と言葉だけのお礼を返しながら、私の胸中には物悲しいモヤモヤとした感情ばかりが広がっていたのでした。

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