雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第七十話 雷門との戦い

「――よろしく! ……ベータ、だっけ? 君のおかげでたっぷりウォーミングアップできたよ。おかげで俺たちの調子も絶好調だ! お望み通り、最高の雷門サッカーを見せてやるよ!」

 

「ええ、はい。よろしくお願いします」

 

 

 時間になり、フィールドに出て雷門キャプテンの円堂さんと握手しながらも、やはり私の頭の中は変わらずモヤモヤが立ち込めていました。

 せっかくベンチ行きを免れたというのに、もはや試合に対するやる気も全く湧いてきません。

 

 世宇子のサッカーは“神のアクア”のサッカー。そもそもメンバーからして“神のアクア”に適応できる人間が集められているのですから、“神のアクア”ありきのサッカーになるのは当然のことです。

 そこは私も認める他ないですし、事実、今もそう思っています。

 しかしそれこそが私たちのサッカーだと思うのと同時、“ズレ”に気付いた今の私は、そんなサッカーに『楽しさ』を感じられなくなっているのです。

 

 “神のアクア”の、自分のチカラではないチカラで勝ったところで、いったい何が楽しいのでしょう。そんな思いがどうやっても頭の中から消えてくれません。

 

 楽しくなければ、サッカーなんて体力と精神力をただ消耗するだけの苦行。ほとんどの人にとってそんなもの、やる意味も意義も見出せはしないでしょう。

 

(その点……)

 

 握手をした円堂さんは、いかにも試合が楽しそうな、はつらつとした笑顔を浮かべていました。通路で分かれた時は私たちを警戒して難しい顔をしていましたが、ウォーミングアップのおかげで身体だけでなく気分も向上したのでしょうか。

 

 ともかく、今の私と比べれば天と地なメンタルです。楽しいサッカーができているようで、正直に言って羨ましくてなりません。

 私はこんな、楽しくないサッカー(世宇子のサッカー)に囚われているというのに。

 

 キャプテンという立派な称号も今は私を縛り付けるただの鎖にしか思えず、そしてそんな事を考えている自分自身が卑怯な裏切者のような気がして、相乗効果的に気分は気分は沈んでいく一方。

 そんな気落ちの永久機関から抜け出せないまま、コイントスと、そして双方全員のポジション取りも終わってしまい、とうとう試合開始の時間までもが訪れてしまうのでした。

 

 

 笛が鳴り、運にも見放された結果、雷門ボールからのスタート。桃色髪の、確か染岡さんがセオリー通りミッドフィールダーにボールを預け、攻め込んでくる様子が視界に映ります。

 

 それでもなお、やっぱり私の身にやる気は戻ってきません。脇を染岡さんと、ツンツン白髪頭の豪炎寺さんが駆け抜けていってもやはり、動こうとしない脚。

 もういっそこのまま動かず、試合なんてボイコットしてやりましょうか――なんて、そんな考えまでが浮かんできた時でした。

 

 

「――っきゃ……!」

 

 

 ボーっとしていたら、不意にすぐ目前を横切っていく人の影。私を掠めるようにして駆け去っていった彼、突然意識内に現れた鬼道さんの存在に思わず身体が驚いて、足がもつれてしまいました。

 

 転びこそしませんでしたが、サッカー以前の醜態です。試合が始まっているというのに気もそぞろな、そんな私の有様は、世宇子相手に過酷な戦いを覚悟していた鬼道さんからすればあまりに拍子抜けだったことでしょう。

 彼は抜き去った私を眼で追いキョトンと呆け、そしてすぐ、それを挑発的に歪めました。

 

 

「――ふっ、よそ見とは随分余裕だな! それとも……案外その程度だったか、世宇子キャプテンの実力は!」

 

「む……」

 

 

 私の失態を、余裕の表れとでも翻訳したのでしょう。そうして出てきたのはお手本のような安っぽい挑発でしたが、いつもであれば鼻で笑ってしまえる程度のそれも、今の私には効果てきめんです。

 生じた苛立ちは余裕のない精神状態では受け流せず、直にイラっと、小さな火種を心の中に生み出してしまいます。そして――

 

 ――その小さな苛立ち、反発心が、ついでにオレの中のやる気を僅かばかり引き戻すことになったのだった。

 

 

「――言ってくれるじゃねぇか……!」

 

「なッ……!?」

 

 

 鬼道との間に空いていた距離を一瞬のうちに詰め、意趣返しにニヤリと笑ってみせる。奴はどうやらオレを完全に抜き去り、追い抜いたと思い込んでいたらしく、突然に至近距離に現れたオレに眼を剥いていた。

 

 実に胸のすく驚愕っぷりだ。――だが一点、ほのかな違和感。

 

 

「ハッ! 遅すぎだぜ鬼道! そっちこそ余裕ぶってんじゃねぇ! オレの速さ、忘れたのかよ!」

 

「くっ……!」

 

 

 以前、鬼道がまだ帝国学園所属だったこの大会の本戦第一試合。オレたちと試合をした奴は、その眼で俺のプレーを目にしている。当然、オレのダッシュ力も目の当たりにしているはずなのだ。

 

 故に、爽快とはいえ若干驚きすぎな気がしなくもなかったのだが――まあ目の当たりにしたとはいえ、あの時の奴はベンチウォーマー。フィールドプレーヤーとして実際に追われる体験は傍から見た以上のものだった、ということなのだろう。

 

 そういうことにして、頭の中から追い出してしまうべきだ。

 なにせ今、こんな些細な違和感なんかを気にしている暇はない。疼く嗜虐心だってそう。今のオレにとって、それらはただの無駄な雑念でしかない。

 今は自分の嗜虐心を満たすことより、戻りつつあるこの“やる気”、サッカーへの情熱を守ることの方が重要だ。

 

(そう……フィールドに立ってる以上、何よりもまず試合に集中しないと……!)

 

 でなければ、負ける。オレではない、オレたち世宇子が敗北してしまう。

 

 オレをベンチに下げると言った職員のやつらから庇ってくれた皆を裏切ることだけは、絶対に許されない。

 その想いを以てしてオレは微かな“熱”を奮い立たせ、悔しげに顔を歪める鬼道からボールを奪い取ったのだった。

 

 虚を突かれ、不意まで突かれた鬼道は抵抗など何もできない。当然、オレのように瞬時のダッシュで追いかけることもできなかったが、代わりに奴はその異名、『天才ゲームメーカー』としての声を上げた。

 

 

「なら……マックス、一之瀬、止めろ!」

 

「「了解!」」

 

 

 威勢よく応え、オレの行く先を塞ぎに来るミッドフィールダー二人。一人突出しているオレを二人がかりで抑えさせる瞬時の判断と、そしてそれを瞬きの間もなく実行する二人の動き、どちらもさすがと言える速さだ。

 

 だがしかし。

 

 

「『止めろ』だと? ……お前ら如きに、オレが止められるものかッ!」

 

「クイック――っ!? うわぁッ!?」

 

 

 オレを止めるにはそれでも遅すぎる。ニット帽(マックス)の方が先行し、何やら必殺技を構えていたようだが、それがもはや隙なのだ。

 

 瞬間的に加速して懐に潜り込んでやれば、いとも簡単に奴は動揺した。必殺技発動の目測が狂い、チカラは霧散。そうして隙だらけにしてやった後は、そのまま奴の横を駆け抜けてやるだけだ。

 

 そうして開けた突破口。もう一人立ち塞がる壁は残っているが、二人のコンビネーション前提の守備を形成していた以上、もはやそれは機能しない。そのまままっすぐ突破すればいい。

 となれば残る障害はディフェンスとキーパーのみだ。あるいはうまくいけば、オレのシュートなら両方まとめてブチ抜くことも不可能ではないだろう。

 

 そうすればはれて得点。皆を――仲間を、裏切らずに済む。

 

 という、そんな夢想はしかし、次の瞬間、頭から吹き飛ぶことになる。破綻したはずの彼らのディフェンスがオレの前に飛び出してきたからだ。

 

 

「まだだ! 行かせないよ!」

 

「ッ!?」

 

 

 片割れ、確か一之瀬とかいうやつ。一蹴して二人のコンビネーションを打ち破ったはずが、予想外にフォローが早い。素通りできるはずだった正面の空間が塞がれる。

 

 だが、ならば振り払えばいいだけだ。距離が近すぎたせいで必殺技、【スピニングアッパー】での強行突破はできないが、テクニックでどうとでもなる。

 

 舵を切り、ほとんど直角に右へ流れてから、さらに左右に動いて振り回す。それだけで、大抵のプレイヤーはオレについてこれない。

 奴もその例に漏れない――はずが、しかし。

 

 

「チッ……! 鬱陶しいな、お前……ッ!」

 

 

 またも予想外。奴のマークはどれだけ揺さぶってやっても全く外れる気配がない。フォローの早さから足と頭は回る方だとは思っていたが、加えてテクニックも中々のレベルにあるようだ。

 少なくとも、さっきのニット帽(マックス)よりも一段、二段上のプレイヤーだ。雷門で突出しているのは豪炎寺と鬼道、それから円堂くらいなはずが、いったいどこにこんなやつが隠れていたのだろうか。

 

 そう苛立ちと、少しの焦りを感じつつ歯噛みして、そしてふと思い出した。

 一之瀬……一之瀬 一哉。

 

 

「そうだ、『フィールドの魔術師』! つい最近雷門に入った奴が、そんな異名を持ってるって話だったか……!」

 

「ああ、俺のことさ! アメリカ時代のことだけどね!」

 

 

 ずっと昔にチームを全米一に導いたプレイヤーなんだとか。そんな話に聞き覚えがあった。

 

 たぶん、【マジン・ザ・ハンド】についての報告を受けた時、一緒に耳にしたのだろう。

 

 正直、記憶は定かでない。なにせ『フィールドの魔術師』なんて異名は大層なものだが、準決勝で出て来るまでは全く聞いたことがない名前だったのだ。

 その空白期間はつまり、当時から今日までその才能を腐らせ続けていた、ということを意味している。異名も過去の産物ならば、興味がそそられることもない。他の平凡(モブ)選手と同様に、流し見してしまっていたのだろう。

 

 だが、その認識が間違いだったことは今や明らかだ。ブランクはなく、その異名に違わない実力を持っていることは疑いの余地もない。奴は雷門に於いて、件の三人に並ぶほどの実力者と言っていいほどだった。

 

 安全な突破は、もはや諦める他なかった。

 

 

「――なら、ブッ飛ばしてやるまでだッ!!」

 

「ぐはッ……!?」

 

 

 ファールのリスクを呑み込んで、競り合っていた一之瀬に思い切り身体をぶつけてやった。いきなりのラフプレーに怯み、奴の動きが一瞬鈍る。

 マークに生まれるワンテンポの遅れ。笛の音もない。ならばもう、後は簡単だ。

 

 

「退きやがれ、一之瀬!!」

 

「ぐっ……く、そぅ……ッ!!」

 

 

 奴のマークを振り払い、抜け出した。

 奴は確かに強者だが、それでもオレには及ばない。全力でやればこの程度だ。

 

 

「オレを止めるには、お前じゃスピードもパワーも全然足りねぇんだよ!!」

 

 

 世宇子キャプテンに、ただの強者一人が敵うはずもないのだ。

 しかし、その時。

 

 

「――足りないのなら、足せばいい!! お前の相手は一之瀬だけじゃないぞ!!」

 

「ッ!? 豪炎寺――!!」

 

 

 一之瀬を抜き去る直前、背後から襲い掛かってきた声。スライディングタックルで滑り込んでくる足を反射的に跳んで躱して振り向けば、白髪ツンツン頭の厳めしい顔がオレを睨みつけていた。

 

 そしてそれだけでなく、そのさらに後方。

 

 

「一人で無理なら、二人、三人で立ち向かえばいいだけだ!! 神サマだか何だか知らねぇが、仲間の力を合わせれば勝てねぇ相手なんて居ねぇんだよ!!」

 

 

 沸点の低そうな染岡の怒声。豪炎寺に引き続き、もう一人のフォワードまでもが駆け戻ってきている様が視界に映った。

 他にもさっき抜き去った鬼道やマックスまでもが、倒れた身を起こしながら同じ眼をオレに向けている。そうして集まる視線はまるで、実際に五人全員を一度に相手しているかのようだ。

 

 つまり、これが雷門のサッカーなのだ。

 

 直感的に理解した。試合前、アフロディは仲間の力を合わせて戦う雷門のサッカーを『塵はいくら集めても塵だ』なんて言って嗤ったが、しかしその本質を、オレ含めて誰もわかっていなかったのだ。

 

 これは足し算ではなく、いわば掛け算だ。一つに繋がる互いの想い――仲間への信頼がお互いにかけ合わさっている。

 だからそうして生まれるコンビネーションは、複雑すぎて傍からは一目で到底測れない。

 

 オレの中の理性がマックスも鬼道も、そして染岡も、声を荒げどオレのスピードには追いつけないはずと冷静に判断する最中――オレはその複雑な掛け算を、次の瞬間、実感させられることになったのだった。

 

 

「「今だ、風丸ッ!!」」

 

 

 響く一之瀬と、豪炎寺の声。瞬間、連続で立ち向かってきた奴らの狙いがオレの注意を正面から逸らすことだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と悟るもしかし、気付いたころにはもう遅い。

 

 

「任せろ……!! 【エアーバレット】!!」

 

「ッッ――!!」

 

 

 ハッとなって視線を戻した真正面。ディフェンスラインの風丸なるプレイヤーが放った風の弾丸は、その時にはもうすでにオレの目と鼻の先だった。

 回避など、できるはずもないだろう。

 

 

「ぐッ――うわぁッ!!」

 

 

 直撃し、破裂して巻き起こった暴風がオレの身体を吹き飛ばす。咄嗟に身をねじってボールを渡すまいと抗うも、結果ボールはその風に巻かれて宙を飛び、あえなくオレの下から零れていった。

 

 山なりに弧を描き、風丸の逆サイドへと飛ぶボール。落下地点には栗頭のディフェンダーが、もうすでにオーライオーライと受け取り体勢を整えている。

 そして、その表情は晴れ晴れしていた。栗頭だけではない、風丸も一之瀬たちも、全員がそう。オレ(世宇子のキャプテン)を下してやったと――調子付いているのだろう。

 

 看過できるわけもない。

 

 

「――舐めてんじゃ、ねぇッッ!!」

 

「ッ!? まずい、栗松ッ!!」

 

「えっ!?」

 

 

 【エアーバレット】に崩された体勢を、地についた足で無理矢理支えて取り戻し、全力のスタートを切る。オレのスピードを知る鬼道の声が直後、危機感を帯びて声をあげるが、しかしかといって降ってくるボールを待つ栗頭、栗松にできることは何もない。動くことなく、ただボールの落下を待ち続けている。

 

 というかそもそも、鬼道の危機感を信じ切れていないのだろう。当然だ。普通に考えて、そのボールが奪われるわけがないのだ。彼我の間の距離は、そう思うのが当然なほど開いている。

 そして実際、オレとしても目算で言えば間に合わない可能性の方が高いくらいだったのだが――しかし、そんな事は関係ない。

 

 

「――仲間のために、負けるわけにはいかねぇんだよッ!!」

 

 

 諦め、ボールを渡してしまえば、それはもうチームへの裏切りに他ならない。できるできないはともかく、諦めることだけは許されないのだ。

 

 そんな気力がオレの背を押すことになったのかはわからない。がしかし、結果としてオレの全力ダッシュは、ボールとほぼ同時に栗松の下にたどり着いた。

 

 

「邪魔だッ!!」

 

「うっ……ぐわぁッ!!」

 

「栗松ッ!!」

 

 

 ダッシュの勢いを乗せた、タックル染みた突撃だ。伸ばした足はボールと、同時にそれを受け止めた栗松を捉えるも、当然、凡人(栗松)がそれを制せられるはずもない。無様に撥ね飛ばされた。

 

 そうして取り戻したボールだが、しかし気を抜く暇は一切ない。顔を上げれば、慌てた様子で距離を詰めてくる風丸と、後りのディフェンダー二人の姿が目に入る。

 特にデカいのと細いのの二人と距離が近い。これでまた、予測不能なコンビネーションでもされたら厄介だ。

 

 故に、ペナルティーエリアにはまだ少し遠いが、この位置でシュートを打つことを決断した。

 制止するボールめがけて、大きく足を振り上げる。

 

 

「これが、オレの実力だッ!! 【ダブルショット】ッ!!」

 

 

 振り下ろし、チカラを浴びて分裂したシュートをオーバーヘッドで打ち放った。

 ゴールめがけてうなりをあげて宙を貫くそのシュート。過不足ない全力で、完璧な一撃だ。

 

 その行く手に、デカい方のディフェンダーが立ちふさがった。臆病の顔を垣間見えさせながら、それでも歯を食いしばり、身体の内のチカラを解き放つ。

 

 

「や、やらせないッス!! 【ザ・ウォール】――!?」

 

 

 壁のように立ちふさがり、シュートを受け止めた。――が、瞬間、あまりの威力に奴の顔色が変わる。その内心に呼応するように、壁も途端にビキバキとひび割れ始め、

 

 

「か、壁山、しっかり――!?」

 

「う、うわぁッ!!」

 

 

 細い方のディフェンダーも慌ててその背を支えるも、焼け石に水。結果は変わらず、壁はそのまま粉微塵に砕け散った。

 

 そうして残るは、キーパー円堂ただ一人。

 

 

「とんでもない威力のシュート……でも、止めてみせる……!!

 

 

 奴はオレの絶対的な威力を前にしながら、それでも口元に笑みを浮かべた。

 

 

「勝負だ!! 【ゴッドハンド】ッ!!」

 

 

 構え、そして出現する光の手のひら。輝くチカラの塊はオレのシュートのチカラと激突し、激しい光芒が撒き散らされる。

 

 眩く、目すら眩んでしまいそうなそれがオレの視界をも覆い尽くし、思わず腕を盾に光から顔を背けてしまう。そしてやがて光も、チカラの激突による轟音も消え、再びゴールへと戻った視界の中では――

 

 

「――止めやがった……!?」

 

 

 ボールは、円堂の手の中に納まっていた。

 

 オレのシュートは防ぎきられたのだ。その事実は、理解するまで数秒を要するほどオレにとって意外な結果。

 なにせシュート、【ダブルショット】は完璧だった。状況的にもほとんどフルパワーを出し切った、全力の一発だ。間に一枚壁(【ザ・ウォール】)があったとはいえ、そんな渾身の一撃が止められたことは――少なくとも、オレの記憶では一度もない。

 だからこそ目の前の光景が信じられなかった。

 

 ――信じられなかったが、だがしかし。

 

 

「ナイスだ円堂! ……よく止めれたな」

 

「ああ! ……正直、俺一人じゃ止められなかった。壁山と土門がブロックで威力を削ってくれたおかげだよ!」

 

「や、役に立ててたなら、よかったッス……」

 

「ホントにね。壁山越しだけど、俺にも十分わかったよ。まるで何人ものシュートがかけ合わさったみたいな、とんでもない威力のシュートだった……。話の通り、桁違いのストライカーだ。けど――」

 

「――一人じゃ無理でも、仲間の力を合わせれば勝てる……ってか。ふん……おもしれぇ……!」

 

 

 不思議なことに、円堂と同じようにオレの口元にも、ほのかな笑みが浮いていた。

 信じ難いこの結果には、驚愕と、もちろん悔しさも存在している。だが同時に、僅かながら“楽しい”という感情も、またオレの心に芽生えているのだ。

 

 雷門のサッカーの“楽しい”に共感できた――とでも言えばいいのだろうか。羨望の対象でしかなかったそれに、自分の気持ちが重なっている。一之瀬から今までのプレーを通して、一緒にサッカーができたような感覚になったのかもしれない。

 

 ともかく、プレーを通して伝わってきた楽しいサッカーに、オレの心はかつての憂鬱など完全に忘れ去り、沸き立つことになったのだった。

 

 

「お前らのその力、次こそ打ち破ってやるよ……! シュート一発止めたくらいで測れるほど、オレたち世宇子は浅くねぇ!」

 

「ああ、俺たちだって負けない! 俺たち全員の力で、必ずお前たち世宇子に勝ってみせるッ!」

 

 

 互いの浮かべた笑みが交差して、そして当然、円堂はロングパス。オレの頭上を越え、チビのミッドフィールダーへとボールが山なりに飛んでいく。

 さすがにダッシュでも間に合いようがない距離だ。今度こそ雷門の攻撃が始動する。オレたちの陣地は攻められることになるだろう。

 

 オレの失態だが、しかしもう強迫観念のような焦りは沸いてこなかった。

 だって、それがサッカーだ。攻め込まれたなら皆で一丸となって守るだけ。それこそが“本当のサッカー”――“楽しいサッカー”だ。

 

 だからオレも、そんな皆に合流するため(・・・・・・・・・・・)に、ボールを追って身を翻した。皆と力を合わせてボールを奪い返すのだと、持ち上がった口角で、キャプテンとしての指示を声に出す――

 

 その、直前。

 ボールと、それを今まさに迎えんとしていた小柄ミッドフィールダーを映した視界の中に、目にもとまらぬスピードで奴が入り込んできた。

 

 アフロディだった。ミッドフィールダーに届く寸前だったボールを、跳んだ彼が空中で刈り取った。そのオレ以上のスピードに、ミッドフィールダーはボールを奪われたことにも気付かない。一瞬でボールを見失い、慌ててキョロキョロとあたりを見廻している。

 

 そして――アフロディはその傍ら、やけに深刻そうな表情を浮かべ、ただその場に佇んでいた。

 

 せっかくボール奪取が叶ったのにしかめっ面をする理由はさっぱりで、且つちょうど『皆で一緒に』と思っていた場面だったために肩透かしを食らった気分だが、ともかくチャンスだ。気を取り戻し、声を出す。

 

 

「アフロディ! こっちだ、寄こせ!」

 

 

 今度こそ、【ダブルショット】で決めてやる。そう続けようとして、しかし言葉は喉の奥に消えた。

 

 オレの声に振り向いたアフロディは、しかしオレを見ていなかった。奴はただまっすぐ円堂が守るゴールを見据え、そしてそのまま身体にチカラを迸らせる。

 

 そのチカラは、オレがその意図を悟るよりも早く、躊躇なく天使の翼(・・・・)へと変えられた。

 跳ぶのではなく飛び、羽ばたく翼と共にボールへ注ぎ込まれるそのチカラ。普段のシュート練習時のように淀みなく、彼はそうして必殺シュートを打ち放つのだった。

 

 

「【ゴッドノウズ】」

 

「なっ……!? あの距離で!?」

 

 

 風丸の驚愕の通り、アフロディはボールを奪ったその場所から一歩も動いていなかった。

 

 つまるところ、センターサークルのほど近く。ロングシュートが得意なオレでも避けるほどの超長距離シュートだが、アフロディの顔に不安の色はまるでない。

 情動のない静かな眼は、シュートが決まることを確信している。

 いや、わかっている(・・・・・・)のだ。自分のシュートはゴールネットを貫き揺らす。そう定められている、と。

 

 実際、シュートは誰にも止められなかった。

 

 

「も、もう一回ッス! 【ザ・ウォール】――!? ぐへあぁっ!!」

 

「っ……!! 【ゴッドハンド】ッ!! ――うわぁッ!!」

 

 

 ズガッと響く轟音がそそり立つ壁と、そして光の手のひらをまるで薄紙のように貫いて、ボールはゴールに突き刺さる。

 

 そうしてあっさりと、得点を告げる笛が超満員の歓声の中に響き渡るのだった。

 

 

「ナイスシュート。……だが、あんな距離からシュートすることもなかっただろ。威力はともかく、ブロック入れば軌道がズレて枠から外れることだってあり得る」

 

 

 だからオレにパスしろよ――という、自分本位がないとは言わない。リベンジへの固執が抑えられないくらいには、円堂たちとのあの攻防が魅力的だったのだ。

 

 だからやんわり不満を込めて得点を称えてやったのだが、アフロディはその表情に喜びも不服も見せなかった。ただただ難しげに、どこか残念そうに眉を寄せ、そして大きく息を吐き出した。

 

 

「確かに。君をフォローするとも言ったことだしね。何も問題がなかったのなら、僕もそうしていただろう」

 

「……何が言いたいんだよ、アフロディ」

 

 

 職員の奴らから俺のサッカーを守ってくれたアフロディたちのその言葉。せめてその優しさには応えねばと、そんな想いでオレは戦っているのだ。だから本当に疑われるような心当たりはない。

 仲間の優しさを裏切ったつもりはまるでない。オレは仲間のために、勝利目指して戦っていたはずだ。

 

 なのにアフロディは、応えた途端、ますます残念そうに息を吐き、ユルユルと首を横に振った。

 

 

「むしろどうしてないと言える? 君の【ダブルショット】は本来、この程度の相手に止められるようなものじゃないだろう。……僕たちが想像していた以上に、君は弱体化してしまっている」

 

 

 それこそフォローなんてやっていられないくらい。

 

 言わんとすることは眼からありあり伝わった。オレに対する失望感。止められてしまった手前、それが皆の内に生まれてしまうのは致し方のないことだろう。

 とはいえ見限られるほどではないはずだ。

 

 

「あの一回だけだ。ディフェンダーさえ避けちまえば、円堂一人じゃオレのシュートは止められねぇ。……問題なんてねぇよ。次は必ずゴールに叩き込んでやる……!」

 

「ああ、そうだろうね。あれが辛うじてのセーブだったことはわかってる」

 

「なら――」

 

 

 問題ないじゃないか。オレの中では、そうだった。

 アフロディたちにとっては違ったのだ。

 

 

「そんなギリギリの得点で、“完璧な勝利”を手にできるはずがないじゃないか! ただの勝利ではだめなんだよ! 一切の瑕も汚れもない、美しい“勝利”という結果! それこそが僕たちが手にすべきものだろう!?」

 

「っ……!!」

 

 

 そう。そうだった。オレたち世宇子の命題は、単なる勝利なんかではない。

 

 

「それに――『仲間のために、負けるわけにはいかない』? ベータ……やはり、今日の君はどこかおかしいと言わざるを得ない。……僕たちの勝利は、僕たちのものじゃない。――影山総帥に捧げるものだ。そうだろう?」

 

 

 そうだ。何もかも、アフロディの言う通り。それが、オレたち世宇子だ。

 そのはずだ。しかし――眼前でそう告げられたこの期に及んで尚、オレはそれを理解することができない。オレとアフロディ(世宇子)の“ズレ”に、心が追い付かない。

 

 同じチームの仲間であるはずなのに、いつの間にこうも離れてしまったのだろう。どうして、オレとあいつらの“サッカー”は別々に分かれてしまっているのだろう。

 

 オレは――私はいったい、どうしてしまったのでしょうか。

 

 混乱。胸のサッカーへの情熱が押しつぶされて、思考が止まってしまいます。半開きの口も言葉を返すことなく固まって、その有様に、アフロディさんはヒートアップしかけた肩を落とし、三度目のため息を吐きました。

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