雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第七十三話 呪縛

「――侵入者だって?」

 

「ああ、どうも“神のアクア(ドリンク)”を狙って入り込んできたらしい。……それで遅れていたんだな」

 

「……待て、ベータは大丈夫なのか!? “神のアクア(ドリンク)”を狙ったということは、ちんけなコソ泥なんかじゃないんだろう!? もし出くわしでもしたら……」

 

「襲われて、無理矢理奪われて……! そんな、キャプテン――」

 

「襲われてませんし、奪われてもいませんよ。皆さんちょっと妄想力たくましすぎです」

 

 

 と、キャスターワゴンを押しつつグラウンドに戻ってみれば、やいのやいのと騒がしい仲間たち。その様子に温かいこそばゆさを感じつつ、重たいそれをもう一度踏ん張って皆さんの下まで届けました。

 

 揺られ、タンクの中でキラキラ輝く透明なそれ(・・)。皆さん安堵を浮かべつつそれぞれグラスを手に取って、未だに侵入者を追っていて不在な職員さんたちの代わりに各々自分で注ぎます。

 最後に私が透明に波打つグラスを手にすると、迫る後半戦開始時間にさすがに焦れていたのか、私の号令を待たずにアフロディさんが声をあげました。

 

 

「なんとか間に合ったね、安心したよ。……さあ、今度こそ見せてやろうじゃないか、我々世宇子の本来のチカラを!」

 

「ええ……“私たちのサッカー”に」

 

 

 若干いつもと違う乾杯の音頭に戸惑いを見せつつも、皆さん一緒にグラスを掲げ、そして口をつけました。

 

 ――気付くには、その一口だけで十分です。この場のほとんど全員が、グラスに満たされたドリンク(・・・・)を口に含んだその瞬間、予想通りに眼を剥き、噴き出すことになったのでした。

 

 

「んぐッ……!?」

 

「ゲホッゴホッ……! な、なんだこれは……!?」

 

「ただの()じゃないか! どうなっているんだ!?」

 

 

 驚愕と困惑に騒めきたつ皆さん。その中で一人冷静にグラスの水面を見つめるアフロディさんが、それを地面に投げ捨てながら息を吐きます。

 

 

「件の侵入者とやらに中身を入れ替えられていたんだろう。ベータが言った時にはもう時すでに遅しだった、ということか。……我々から神の力を奪うなど、全くもって忌々しい……!」

 

「っ、そうだ! “神のアクア(ドリンク)”の予備はないと……つまり、我々は……!」

 

「後半戦、神の力なしで戦わなければならない……!」

 

 

 続々と現状を理解していく皆さん。その表情が、見る見るうちに悪くなっていきます。

 “神のアクア”なしでいったいどう戦えばいいのかと、そんな当惑が場に渦巻いて、今までの世宇子では考えられないくらいの狼狽えっぷりです。

 

 まあそうなるだろうな、というような光景でした。

 

 それくらい、皆さんにとって“神のアクア”は当たり前のものなのです。

 今までの試合でもそれを使わなかったことはなく、故にそれ抜きの戦い方もわからない。そうして生じる巨大な困惑と、不安感。

 

 私はその大渦に、皆を叩き込んでしまったのです。

 

(けれど――)

 

 仲間とサッカーを――“本当のサッカー”をするためには、こうする他ありません。そう悟り、決意したから、私はこうして雷門のマネージャーさんたちを見逃して、口を閉ざしたまま中身を入れ替えられたタンクを運んできました。

 

 声にして裏切者と呼ばれる覚悟を持つことはできませんでしたが、それでも影山から皆さんを救い出すために。

 私はひっそりと深呼吸を一つしてから、騒めく仲間へと口を開くのでした。

 

 

「残念ですけど、ないものを欲しがってもどうしようもありません。……大丈夫。神の力がなくたって、私たちは十分強いんです! 自分自身の、本来の力でだって戦えちゃいます! それだけの練習は積み重ねてきてるでしょう?」

 

「そ、それは……そうだが……」

 

 

 特訓の日々を引き合いに出してみせれば、及び腰が少しだけ前に出てきたような感覚がありました。事実、“神のアクア”を十全に引き出すためのものではありますが、厳しい特訓に私たちはこれまで耐え抜いてきたのです。

 あの日々によって形作られた自負、自信は、確かにみんなの中にあります。であれば、このまま引っぱり続けるのみです。

 

 借り物の力(“神のアクア”)なんかではなく、自分自身の力でサッカーをさせる。その一歩を踏み出させさえすれば、きっと彼らの内にも“本当のサッカー”の芽は顔を出してくれるはず。

 そんな思いで、はやる気持ちを抑えてもう一手。

 

 

「今までみたいに相手を潰すようなことをしなくても、正々堂々、“本当のサッカー”で勝つことだってできるはずです! 世宇子(私たち)ドリンク(“神のアクア”)がなければ何もできないようなノウナシなんかじゃないってことを、私たちから神の力を引きはがして得意げになってる侵入者さんに見せつけてあげちゃいましょう!」

 

 

 がしかし、みんなの気持ちを引き上げようと拳を握った、その時でした。

 

 

「『正々堂々、“本当のサッカー”で勝つ』……そう言ったかね、ベータ」

 

「そ、総帥……!?」

 

 

 不意の声。皆さん私の背後へと、驚きの表情で眼を剥いています。

 

 総帥――つまり、我らが世宇子の主、影山総帥。その立場から滅多に衆人環視の中には出てこない彼が突如グラウンドに出てきたのだから、皆さんが驚くのも当然です。

 

 もちろん、聞こえた声は私の中にも驚きを生みました。

 ただ、それ以上に緊張感。なにせ私は皆を巻き込んで今から彼に、言ってしまえば反逆しようとしていたところだったのです。私の名を呼び、かけられたその声と合わさって、最悪の事態が頭をよぎってしまいます。

 

 全身を鋭い冷気が貫くような感覚で身が凍りつきそうでしたが、それを表に出せばそれこそ総帥に気取られてしまいかねません。故に固まってしまうわけにはいかず、なんとか振り向き緊張を押し殺しながら、私は忠実な部下らしく頭を下げてみせました。

 

 

「総帥……珍しいですね、あなたが表にいらっしゃるなんて。いつもは指示を出すにも職員の方を通しますのに」

 

「無能な部下共は未だ侵入者探しに夢中なのだよ。節穴の目を持つ連中などもはや頼れん。それに……事実、その甲斐はあったようだな。まさか“神のアクア”が奪われていたとは」

 

「ええ……本当に驚きです。予備なんかはないそうですし、こうなったらもう私たち本来の力で戦うしかない、っていう話を――」

 

「下らないな」

 

 

 やむを得ない状況で、他に手はない。だからきっと大丈夫だと綴った言葉は、しかし唐突に、あっけなく切り落とされました。

 

 顔を上げ、見てしまった総帥の眼。濃いサングラス越しの眼は、明らかに私を疑っていました。

 

 

「そもそもだ。『本来の力』というが、お前たちの本来(・・)は“神のアクア”による圧倒的な蹂躙だろう。その前の言葉もそうだが……『正々堂々』? それが世宇子の“本当のサッカー”などと……ふん。笑えない冗談だ」

 

 

 私へと吐き捨てるように言い、そして総帥は私を見限り皆さんへと、その口を向けました。

 

 

「今一度教えよう。……サッカーとは、唯一“勝利”にのみ価値がある。我々世宇子が手にするべきは、圧倒的なチカラによる“完璧な勝利”のみ。それ一つだけなのだ」

 

 

 そう、その通り。それこそが世宇子のサッカーです。

 

 

「故にベータの言う『正々堂々』や『本来の力』などにかまけていては、“本当のサッカ―”など望むべくもない。傷つき、倒れ、泥まみれになりながら得る勝利が“完璧な勝利”となることなど、断じてあり得るはずもない」

 

 

 皆さんが信じる“本当のサッカ―”は、やはり総帥が語るほう。私にとっての“本当のサッカ―”は、雷門はともかくここでは明らかに異端です。

 旗印が悪いのは言うまでもなく、せっかく傾きかけていた皆さんの思考が元に引き戻されていきます。

 

 そして、もはや私にそれを止める術はありませんでした。

 

 

「……嘆かわしい限りだだな。どうやらベータは雷門に毒されてしまったようだ。……“神のアクア”のデータ収集はおろか、これではキャプテンとしての仕事もままならんだろう。チームにとってガンにしかならん」

 

「総帥!? それは……!」

 

 

 珍しい、焦ったようなアフロディさんの声。総帥はそこで一旦言葉を切ると、「ふむ」と少し考えこむような間を開けた後、続けます。

 

 

「確かに……ベータほど優れた選手をこれで排してしまうのも惜しい話ではある。だがやはり、キャプテンであり続ける必要はあるまい。

 後半戦はアフロディ、お前がキャプテンマークを付け、我々世宇子のサッカーを実行しろ。ベータはアフロディの指示に従え。それで下らぬ言説に惑わされたことは水に流してやろう」

 

「で……でも、総帥――」

 

 

 最後の抵抗として声をあげるも届くはずもなく、

 

 

「意見は許さん。我々のサッカーで頭を冷やせ。……以上だ」

 

 

 私が決死の覚悟で起こそうとした反逆は、そうして容易く潰されてしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 すべてが元通りとなり、“本当のサッカ―”とは程遠い世宇子(影山)本来のサッカーが始動したわけですが、しかしとはいえその根幹たる“神のアクア”が欠けている事実に変わりはありません。

 そんな状態で皆さん理想のプレーができるはずもなく、始まった後半戦での皆さんの動きは当然、目に見えて鈍くなってしまっていました。

 

 慣れない自力での戦いを強いられて、皆さん息が弾んでいます。スポーツしていることを考えればごく自然な疲労の蓄積ではありますが、涼しい顔で強大な必殺技を連打していた頃を思えば相当な弱体化でしょう。

 

 そしてそれを、雷門が見逃すことはありません。

 “神のアクア”を入れ替えた張本人がいるのだから当然ではありますが、それとは無関係に雷門選手たちは気力十分。前半戦での疲弊もなんのそのといった具合に、動きが鈍った世宇子とは対照的に、今が好機と果敢に攻め入ってきています。

 

 彼らからすれば要するに、ようやく試合が始まった(・・・・・・・・・・・)というような心持なのです。

 

 前半戦中はずっと神の力という絶対的な壁に阻まれ勝利を夢想することしかできなかったところ、とうとうその壁が崩れ、はっきり勝ち目を視認できるようになった高揚感。

 それまで疲弊と共に存分に溜め込むことになったフラストレーションと合わさって、雷門をメンタル面でも能力面でも、今まで以上に勢い付かせていたのでした。

 

 ――が、しかし。

 

 

「【ダッシュストーム】!!」

 

「うおぉっ――ぐはッ……!!」

 

 

 我らがフォワード、デメテルさんのドリブルが巻き起こす突風に巻かれて染岡さんが宙を舞い、そして墜落しました。

 

 受け身も碌に取れず、満身創痍といったやられっぷり。案の定、ダメージは限界の閾値を超えてしまったらしく、彼は倒れ伏したまま、起き上がる気配はありません。

 

 

『あーっと染岡、倒れたまま動けないッ!! 世宇子の必殺技で足を痛めたかッ!? 少林寺、栗松、松野に次いで、雷門四人目の負傷退場者がでてしまったァッ!!』

 

 

 足を押さえて苦しげに顔をしかめる彼。その様子に心配と興奮を半々にして叫ぶ実況の言う通り、きっと彼はもうベンチに下がらざるを得ないでしょう。

 ――他の三人と同じように。

 

 つまり実態として、雷門は世宇子の弱体化があっても尚、私たちに手も足も出なかったのです。

 

 倒れた四人以外の面子も相当ボロボロになっています。みんな染岡さんに続いていつ倒れてもおかしくなさそうなくらいに削られて、もちろん彼らの逆転は叶ってません。

 それどころか点差はさらに広がって3-0の三点差になってしまう始末で、後半戦開始当初の弾けんばかりの勢いはもうすっかり陰ってしまっていました。

 

 そんな有様になってしまっている理由は至極単純。要するに、『神の力がなくたって、私たち(世宇子)は十分強かった』からです。

 

 確かに“神のアクア”を削がれた世宇子からは強大な必殺技を連打する無尽蔵の体力を失い、弱体化してしまいましたが、しかし言ってしまえばそれだけのこと。必殺技や身体能力自体に大した変化はありません。

 それに何より、前半戦で体力任せに必殺技を連打したのは結局ただの示威行為。単に敵を叩き潰すだけなら一発で十分で、ぶっちゃけ連打できる体力は必要ではないのです。

 

 故に世宇子が雷門を蹂躙するという構図はより苛烈になって後半戦も続くことになり、私たちはますます“本当のサッカ―”から遠ざかる結果になってしまっているのでした。

 

 

「ふぅーっ。ようやく倒れたか。これで四人目……とうとうベンチが出切ったな」

 

「そいつを片付けさえすれば、後はもう時間の問題だ。……それにしても、さすがに疲れてきたな。後半戦を戦うのもそうだが、決勝戦は初めての経験尽くしで飽きないよ、全く」

 

 

 必殺技の疲労感に額を拭いつつ、笑いあうデメテルさんとヘラさん。すっかり影山のサッカーに浸ってしまっている二人は、やれやれと肩を竦めながらも愉悦(たの)しげにボロボロの雷門へと眼をやります。

 

 豪炎寺さんも鬼道さんも一之瀬さんも、もちろん他の皆さんも、みんな一様に身体中土汚れと擦り傷まみれ。遠くの円堂さんだって、何度もシュートに打たれてもうフラフラです。

 

 そんな中、唯一無傷なフォワードさん。染岡さんの代わりに出てきた最後のベンチメンバーさんへ、彼らの照準が向けられます。

 

 

「さて、次のあいつは誰が潰す? 俺もチビ(少林寺)を叩き潰すのに随分体力を使ったし、デメテルは今必殺技を使ったばかり……となればここは――」

 

「いや、次も俺がやろう。見る限り、そこまで手間はかからなさそうだからな」

 

「な……何ですって……!?」

 

 

 必殺技の疲労を抜くための交代制は自然と出来上がった不文律となっていたはずですが、しかしここにきてそれに反して手を挙げたデメテルさん。

 遠回しにザコ呼ばわりされた眼鏡のフォワードさんは不服の声をあげますが、しかし明らかに怯えて腰が引けていました。デメテルさんの言を否定することはできなさそうです。

 

 むしろその様がデメテルさんの自信と周囲の納得を確かなものにしてしまったらしく、さらなる嘲笑が零れる結果となりました。

 

 

「ふっ……なんだ、甘く見るなとでも言いたいのか? だがそれは通らんぞ。……ついさっき思い出したが、かつて雷門が帝国と練習試合をした折、帝国に恐れをなした選手が敵前逃亡したという話を耳にしたことがある。……お前のことなんじゃないか?」

 

「っ……!!」

 

 

 青い顔で息を呑む眼鏡さん。肯定したも同然です。

 

 

「ははっ! そうか、やっぱりな! ……帝国如きに心が折れるようなやつだ。何なら必殺技を使わずとも、無様に逃げ出してくれるかもしれないな!」

 

「くくく……なるほど。それなら連続しても問題はなさそうだ」

 

「違いない!」

 

 

 広がる嘲笑の波。世宇子の暴虐に晒される覚悟はあっても、こんな目に遭わされるなんて彼は思いもしていなかったでしょう。青くなっていた顔は一転して、恥辱の限りを受けたように真っ赤になって震えています。

 

 がしかし、臆病者であったらしい彼の気性は、今度はそれを乗り越えたようです。その顔がふと弾かれたように持ち上がり、勢い良く否定の言葉が走ります。

 

 

「に、逃げ出したりするもんかっ!! 確かにあの頃の僕は臆病者でしたが、今は違う……!! 今の僕は、雷門の一員なんだっ……!!」

 

「へぇ、そうなのか」

 

「だが、お前が弱っちいことには変わりないだろう?」

 

 

 一蹴。そして、

 

 

「【ダッシュストーム】!!」

 

 

 染岡さんを屠った風の嵐は、やはり眼鏡さんをも呑み込むことになりました。

 

 ――そんな、もはやサッカーとすら呼び難い、対戦相手を倒すのではなく潰すだけのサッカー。そんなものを見せつけられて、誰が折れずにいられるでしょう。

 影山に見限られ、キャプテンの腕章を剥がされた私には、今のサッカーならぬサッカーに手を出すことすらできません。いないもの扱いで放置され、汗かく皆の行いをただ見ていることしかできない状態。

 

 みんなと“本当のサッカ―”がしたいというハーフタイムでの決心は、そうして加速度的に“諦め”へと転じていくことになったのでした。

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