「――よし……!! 頼むぞ、鬼道!!」
「ああ……!!」
「ッ……く、クソッ! 来るなら来い! もう一度叩きのめしてやる……! 【さばきのてっつい】――!?」
試合が再開するや否や、新たに一つ、判明した。どうやら雷門は円堂の演説で蘇っただけではなく、新たなチカラを手にしていたらしい。
それまで以上の体力――尋常でない身体能力だ。
おかげで、立ち上がったとはいえ押せば倒れる程度の体力しか残っていないはず、と高を括って自身を奮い立てていたチームメイトの連中は、軒並みさらなる怯えを抱え込む羽目になっていた。
「ぐッ……!! まだだッ……!!」
「なッ……!? そんな、バカな……!?」
「【さばきのてっつい】を……我々の必殺技を、破った……!?」
厳密には破ったわけではない。【さばきのてっつい】に吹き飛ばされつつ、しかしダメージなど意にも介さずすぐさま体勢を立て直し、必殺技の疲労の隙を突いて突破しただけだ。
要は身体を盾にした強行突破。負傷上等な捨て身の特攻であり、こちらの必殺技の優位性は変わらない。
だがしかし、実質的にも心情的にも、やはり必殺技が破られたも同然の結果だろう。
雷門が手にした、執念とでもいうべきそのフィジカル。あるいは精神力の賜物なのかもしれないが、ともかく、それらと併せてチームからさらに冷静さを奪うには十分なほどの衝撃だった。
「こ、こいつら、本当に何なんだ!? どうなってる!?」
「さっきまでは俺たちの必殺技一つでぶっ倒れてたのに、全然倒れねぇ……!! それどころか、倒れる度にパワーアップしてるような……ッ!?」
「そんなバカな話があるか!! ……こんなもの、死に行く獣の最後の悪あがきに過ぎん!! 【メガクエイク】!!」
「ぐあッ……!!」
ミッドフィールダーの中盤が食い破られ、ディフェンスラインに差し掛かると同時、ディフェンダーのディオが前に出る。そしてその巨体で大地を砕くほどの地震を引き起こし、今度こそボールを奪い取った。
しかし、もはやその程度ではチーム内の動揺は収まらない。特にミッドフィールダー共はボールを奪い返したことに気付いているのかも怪しいような有様で、雷門相手に後退っている。
そんな、チームを率いるキャプテンこそがガツンと一つ、喝を入れてやらねばならない場面だが――
「クソッ……!! おい、アフロディ!! どうにかしてくれ!!」
「わかっている……!! 悪あがきなら、いずれは息切れして潰れる定めだ!! このまま我々のサッカーですり潰してやれば、彼らの意思も消えてなくなるッ……!!」
当のアフロディが最も冷静でないのだからどうしようもなかった。
怒りか恐怖か、自分自身だけで手いっぱいな興奮状態にある奴が、こんな状態にあるチームの手綱をまともに握れるはずもないのだ。
だがそれでも、奴は影山に任じられたキャプテンだ。ディオも他の奴らも、キャプテンに――強いチカラに、頼る以外ない。
つまり、影山に排除された今のオレにパスが来ることは、当然ない。
「クッ……アフロディ!」
故に好都合であり、多少予想外の事態があろうとも、オレのやることに変わりはないのだ。
「ああ、任せ――ッ!? ベータ!? 何をするんだ!! 総帥の指示で、君は下がっているようにと――」
「不甲斐ないキャプテンに代わって、オレが雷門を叩きのめしてやるってんだよ!! 勝ちさえすりゃあ、影山だって文句ねぇだろ!! テメェらは、オレに任せて引っ込んでな!!」
パスが来ないなら、奪うのみ。アフロディへと飛んだパスをカットしてやりながら、唖然と叫ぶ奴に言い返す。
「ッ……そんな、任せられるわけないだろう!? いいから、君こそ後ろに下がっていてくれ!! 奴らは僕たちが、今度こそ始末をつけてみせる……!!」
と、奴だけでなく、文句の視線は方々から飛んでくるが、しかしそもそも世宇子のサッカーの意義は“完璧な勝利”を手にすること
最終的に“完璧な勝利”を手にしさえすれば、それまでの全ては無関係。
――たとえ影山に敵視されたオレが敵と一緒に味方をも叩きのめしてしまおうが、勝ちさえすればキャプテンの威厳を奪い返し、チームを従わせることもできるのだ。
「――そのために、キャプテン面されたままじゃ迷惑だ!! 潰れろ……!! 【スピニングアッパー】ッ!!」
「なん――!? ぐ、あぁッ……!!」
まずは主導権を取り戻す。そのための――最初の一撃。
宙を前転した勢いを宿したボールは、跳ね上がり、狙い通りに驚愕で硬直したアフロディを捉え、吹き飛ばしたのだった。
『な、なんと米田ッ!! まさかの味方を攻撃!? 動きが少なかったところ、突然の凶行ッ!! いったいどうしてしまったんだ!?』
「あ、あいつ、なんで仲間を……!?」
「ベータ!? おい、お前、何してるんだ!?」
実況と観客、雷門と世宇子の四方全てから響く驚愕と困惑。
当然の反応だ。そしてそれらの動揺は、落下し地面に叩きつけられたアフロディに眼もくれずにドリブルを続けるオレの姿で、やがて嫌悪へと変わった。
それが事故でも何でもなく、完全なる故意であったことを皆、悟ったのだろう。
連中がオレの内心に悪意を見出したのは想像に難くない。雷門はもちろん、もはや観客や、何より世宇子すらもが敵に回ったも同然の状況だ。
周囲全てを敵意で囲まれ、オレの味方はオレ自身だけ。普通であれば不安感の一つや二つ、感じてしまうものなのだろう。が――しかし。
「どけ!! テメェら全員、オレに道を開けやがれッ!! 【スピニングアッパー】!!」
「ぐわぁッ!!」
「べ、ベータ……ッ!! ぐはッ……!!」
「こ、こんな……無茶苦茶だ……!!」
雷門も世宇子も関係なく必殺技で吹き飛ばしながら、オレの全身にはこれまでに感じたことがないほどの爽快感が駆け巡っていた。
言いようのない清々しさ。今までは全身に拘束具でもつけていたんじゃないかと思えるくらいに身体が軽い。
「ははっ!! 邪魔だ邪魔だァッ!!」
――そうだ、オレは今まで何を葛藤していたのだろう。“神のアクア”だとか“皆を本当のサッカ―に引き戻す”だとか、今思えばバカバカしくてたまらない。
これだ。今のこのサッカーこそが、オレが求めたサッカーだ。
敵の調子に一々翻弄されるキャプテンにも、それにつられて戸惑うばかりの無能な味方にも、おもねる必要はもうどこにもない。
誰にも邪魔されない、オレ一人で勝つことができるサッカー。他のどんなサッカーより、それが一番いい。
なにせ
勝つことこそが、やはり一番重要なのだ。負ければ――サッカーも何もかも、すべてを失う。勝者こそが、唯一絶対。
(勝つ……絶対に……勝たないと……!!)
“勝利”に染まっていく思考。それ以外の全てが削げ落ちて、やがて、正面が開けていることに気が付いた。
いつの間にか行く手の全員をなぎ倒し、ゴール前までたどり着いていたらしい。残るはゴールを守る円堂ただ一人だ。
だがそれも、もはやあってないような障害だ。奴にオレのシュートは止められない。他の連中と同じように一蹴し、得点してやるばかりの状況。
(勝つために……ッ!!)
「テメェも、ぶっとべ……!!」
大きく、足を振り上げた。
そして――その時だった。
「なんで……どうして、仲間まで攻撃してるんだよベータ……!! お前、俺たちに勝ちたいんじゃないのか!?」
「――っ!」
視界に捉えた円堂が、そんな非難の言葉をオレへと叩きつけてきた。
非難、それ自体は予想外なものではない。雷門の他の奴らが眼や口でその感情を向けてきているのに、キャプテンの円堂がその例外になるはずがないのだ。
がしかし、さっきまでのように右から左へ抜けていくばかりだったはずの非難は、オレの身体を貫いた。
『勝ちたい』という頭の中を満たすワードを言い当てられたからゆえか、わからないが、ともかく心臓がビクリと跳ねて、シュートは途中で中断される。振り上げた足はボールを踏むことなく地について、そしてその頃には身体を貫いた衝撃も過ぎ去っていた故に、口からは困惑を隠す苦笑が漏れ出した。
「ははっ。……なんだよ、何が言いたいんだ、テメェ」
「木野から聞いたんだよ。お前、仲間と一緒にサッカーがしたいって、そう言ってたんだろう? なのに、なんでこんなことをしてるんだよ!」
木野とは確か、ハーフタイム中に出会ったあのマネージャーのことだ。その顔を思い出し、続いて交わした言葉も思い出す。
そう、確かにオレはそんなことを言っていた。
「……『仲間と“本当のサッカー”を』、か。そういや、そうだったな。――今思えば、何もわかってねぇバカの台詞だぜあんなもの。我ながら下らねぇよな」
「なんだって……!?」
「だってほら、見てみろよ」
背後を示す。オレの凶行に戸惑い、憤りながら――しかし未だ戸惑いの只中で動けない、我が世宇子選手たちの、その姿。
手のかかる“仲間”を円堂と共に見やりながら、オレの口は続けて笑みを吐いた。
「“神のアクア”と雷門復活のショックから始まって、今はオレのプレーに呑まれてこの有様だ。……情けねぇったらありゃしねぇ。“仲間”ってのは、要はこの程度の連中だ。そんな奴らと、『一緒にサッカー』だとかなんとか、バカバカしすぎて笑えてくる」
込み上げてくるのは徒労感に似た“呆れ”だ。バカなことを宣っていた自分への呆れ、こんな程度でしかなかった“仲間”への呆れ。そして――自覚がないらしい、円堂への呆れ。
言っても理解はされないだろう。だが、それでもオレの口は込み上げるため息を呑み込んで、それを吐き出し続けるのだった。
「オレと“仲間”は、そもそも一緒にやれるような対等な存在じゃねぇんだよ。“仲間”は一緒にサッカーできる相棒じゃねぇ。一緒に
ほんの少しだけ期待が首をもたげるも、やはり円堂にこの視点は――そう、強者の視点はないらしい。その眼はどこまでいっても地平線のように平たく見えているようで、当然、奴は声を張り上げた。
「違う!! 仲間は上とか下とか、そんなふうに順位をつけるものじゃない!! 損得じゃなくて、もっと……お互いに助け合って支え合う、そんな絆を――」
「絆? そんなものがあったところで、そいつの能力が上がるわけじゃねぇ。それに元々、世宇子の強さは
……だから百歩譲っても、こいつらは手のかかる部下でしかねぇんだよ。でもって、部下の扱い方なんてもんはオレも
本当に笑える話だ。なぜ気付かないのか、あるいは認めようとしないのか。現状からしてこんなにも明らかなのに、それでも円堂は「仲間を痛めつけるようなやつと
だって強者という高みにはいなくても、円堂は確かにキャプテンという上位者的視点に立って見下ろしているのだから。
「さっきまでぶっ倒れてた雷門を蘇らせたのはお前だ。立っていた
円堂にそんな認識がないのだとしても、つまりそれは心の奥深くにそんな認識が眠っているのだという、それだけのことだ。“仲間”は上も下もない平等な存在だなんて戯言は、そんな心の表層に築かれたハリボテに過ぎない。
円堂がチームを率いるキャプテンである限り、奴が“仲間”に向ける“対等”に僅かな差もないだなんて、そんな事があるはずもないのだ。
「それが当然の摂理だ。だからオレも、まずは手荒だろうが何だろうが奴らを従わせなけりゃならねぇんだよ。全員オレの意思通り動かせるようにして、そうしてようやく世宇子はまともに機能する! 勝てるサッカーができるようになる! ……そうだ、この勝つサッカーこそが、“本当のサッカー”だ!」
ふと気付く。バカバカしいと笑った“本当のサッカー”だが、つまりこういうことなのだろう。
奇しくも影山の言う通り、サッカーとは勝つことが全てなのだ。勝てなければすべては無意味。だから勝つためにはあらゆる手段を講じ、勝利を絶対のものとする。
それが、オレの絶対不変の役目なのだ。
「オレは、勝たなきゃならない。どんな状況だろうと、絶対に。たとえ“仲間”が――何より重要で何より邪魔な、“足手纏い”がくっついてくるのだとしても」
それでも勝つのが、キャプテンとしてのオレの役目で、責任だ。
どれもこれも、疑いようのない事実だった。否定など、誰にもできるはずがない。そう確信するには十分すぎるほどだったのに――しかし、それでもやっぱり、円堂は声を上げた。
「違う!! 違うったら違う!! 仲間は足手纏いなんかじゃない!!」
「だから、何が違うんだ!? 事実、お前の仲間だってお前がまとめなければバラバラなまま、蘇ることだってなかったろ!! チームを乱し、勝利を遠ざける要因を、どうやったら擁護できるんだよ!!」
さすがに苛立ちを無視できなくなってきた。違う違うと、赤ん坊のように何もかもを否定してくる奴の声が癇に障る。
思わずオレも声を荒げて言い返すも、しかし円堂はそれでも一歩も引かず、それどころかオレに二歩、三歩と詰め寄って、その悲哀の滲んだ鋭い目で叫んだ。
「仲間は勝利を遠ざけたりなんかしない!! それに、“本当のサッカー”は勝つことだけが重要だ、なんてこともない!! ベータ、お前は“サッカー”を根っこから勘違いしてる!!」
「へぇ、勘違い!? “勝利”でも“打倒”でも“責任”でもないって!? じゃあ、“本当のサッカー”って何なんだ!?」
「“仲間”だ!!」
「ハッ! またそれか! バラバラな奴ら相手に、バカの一つ覚えかよ!」
息つく間もない断言だった。出てきたのは半ば想像していた単語で、だからこそ失笑が抑えられない。
ただ、円堂はあくまで真剣だ。
「『サッカーさせてやる』とか『従わせる』とか、ベータはバラバラなことを悪いように言うけれど、そうじゃない!! サッカーのポジションが、フォワード、ミッドフィールダー、ディフェンダー、キーパーって分かれてるように、みんなそれぞれ違う役割を持っているっていうだけなんだ!!」
あくまで真剣に、心の底から、そう言っている。
「俺もベータも、それこそ神様だって、一人じゃサッカーはできないんだ!! キーパーにフォワードみたいなシュートは打てないし、フォワードにキーパーみたいなセーブはできない!! それにそもそも、このフィールドは一人で走り回るには広すぎる!!」
そこにオレのような“諦念”は、欠片も存在していなかった。
次々と叩きつけられる、温度も勢いも衰え知らずな熱意の波は、むしろどんどん激しさを増していく。
強固が過ぎるその意思から生み出されるその言葉は、もはや他の戯言のように右から左へ聞き流すことなど到底不可能なほどの“重み”を帯びてしまっていた。
徐々に、徐々にではあるが、奴の熱意がオレの肌を食い破り、中に染み込んでくるような――そんな感覚すらをも、感じてしまうほどだった。
「……だから無理矢理従わせて、ベータの指示でだけ動くように縛ったチームなんて何の意味もないんだよ! みんなバラバラだからこそ、意味がある。バラバラだからこそ、俺たちは繋がれる……!」
「……なんだよ、『繋がれる』って……!」
無意識のうちにつばを飲み込み、その単語を繰り返す。
肌から染み込んできた熱意が、オレの頭の奥の“何か”を刺激しているのがわかる。ピリピリパチパチと弾けるように蠢きながら、まるで導かれるように上ってくる。
そんな感覚を、身体はつばと一緒に飲み下そうとしたのだが――しかし。
飲み下して忘れ去るにはあまりに強大な衝撃を、それはオレに与えることになったのだった。
「自分にはないチカラを持ってる仲間を、信じることだ! お互いを信じる心が、仲間を繋げてくれる! そうやって、接着剤でくっつけるみたいに繋ぎ合わせてチームを形作ることこそが、“本当のサッカ―”なんだよ!!」
「ッ――!!」
「俺が接着剤になればいい!!」
「仲間を信じろ!!」
蠢き、火花を散らしていた“何か”が、その時、爆ぜた。
誰かの声だった。その声の主も、何と言っているのかもわからない。だが、はっきりわかるものが一つだけ。
それはさっきまでの空虚さが嘘のように、快然たる気分だった。
それこそ、感情のあまりの豹変ぶりに身体が追い付いてこないほど。表情筋はあっけに取られて中途半端に口角を上げ、訳も分からず後退った足元からはボールが零れた。
いったい、突然、どういうわけでこんなことになっているのか。困惑ばかりが表に出て、身体は呆然と、心は愉快に跳ねながら、その心身のちぐはぐにただただ混乱するばかり。
そしてそんな状況――言い合うばかりで一向にシュートの一つも打たないばかりか、挙句に完全停止してしまったオレに、どうやらアフロディはしびれを切らしてしまったらしい。
「……バカバカしい。何が接着剤だ。何が仲間だ」
ふと声がして反射的にそっちを見やると、いつの間にかアフロディがオレのすぐ傍に立っていた。
オレの足元から零れたボールを拾った奴は、オレに一瞥もくれずに円堂へ、酷く冷たい眼を向ける。
「君の言葉は、どれも人間の理屈だろう。我々には当てはまらない。我々は……僕は、神に選ばれたんだ……!
「ッ……!!」
息を呑む円堂。気付けばアフロディの背にはチカラの翼が生えていた。羽ばたき、ボールと共に浮き上がり、そのチカラが円堂を照準に捉える。
【ゴッドノウズ】を放つ気だ。円堂の身体に数多の傷を作ってきた、筆頭の必殺技。“神のアクア”なしでもその威力に陰りはなく、故に――今度のそれは、円堂へのトドメになり得るだろう。
「頼んだぜ、ベータ!!」
「ッ――!!」
頭の中にまたノイズと、鋭く貫く痛みが響き、その瞬間――。
「っ……!!」
「べ、ベータ……!?」
心に満ちる“何か”が、ひとりでにオレの身体を動かした。
シュート間際にあったアフロディの前に跳び、奴がシュートを打つと同時、気付けばそれを迎え撃つようにオレもキックを叩き込んでいた。
【ゴッドノウズ】を、放たれる前に止めたのだ。
さっきも似たようなことをしたが、しかし今度はアフロディとゼロ距離でのチカラの押し合い。勢いが乗ったシュートならともかく、チカラの出力ならまだオレも張り合える。結果、オレと奴の足とに挟まれ潰れたボールは、やがてそのチカラを霧散させることになった。
がしかし、それでもやはりアフロディのパワーは相当なものだ。それを身一つで抑え込んだ結果、奴が余力を残した一方、オレはすっかり力を使い果たしてしまったらしい。
残った奴のキック力が、ボール共々俺の身体を叩き落とした。
「ぐうッ……!」
「お、おい、ベータ、大丈夫か!?」
地面に打ち付けることになった背中の痛みにしかめっ面になりながら、滲んだ涙を振るい落とした片眼には、心配そうにこちらを覗き込んでくる円堂の顔が映っていた。
なんで
立てなかった。それを察してか、円堂がつかまれと手を差し出す。
それを取るか取らないかでまた身体と心が喧嘩して、そしてその時、
「――また……どうして、なんで、邪魔をするんだ。ベータ……」
「ッ……アフロディ」
僅かに俯き、垂れるサラサラの髪のカーテンが陰を作り、その表情は見えなかった。
だが、声には明らかにそれが、悲哀と憎悪が入り混じった失望が滲んでいるのがわかる。
奴は――彼は明らかに、私のことを裏切者だと判じてしまっていたのです。
否定したいところですが、正直、言い訳のしようがありません。
【ゴッドノウズ】を止めてしまったのなんて誰の眼にも裏切りとしか映らないでしょうし、それに何より、円堂さんの言葉と心の“何か”に侵された私の思考も、また再び
さらにその変質は、アフロディさんの反応でむしろ後押しされていました。
故にアフロディさんが不意に勢いよく顔を上げ、私への失望を叫んでも、もう私は口を閉ざす気にはなれません。
「……後生だよ、ベータ。退いてくれ。でないと僕は……君もろとも、円堂 守を叩き潰す以外になくなる……!!」
「退きません……! こんな……こんな
私にも円堂さんにも、もちろん、アフロディさんにとっても。仲間を邪魔者と切り捨てるサッカーがこんな
“悲しいサッカー”よりも“楽しいサッカー”の方がずっといい。そっちの方が、ずっと惹かれる。胸中を満たす感覚を知って、そして目の前の悲哀を知って、それまでの“諦念”を押し流してしまうほどに確固たるものになったその想い。
それは「やはり」と、再び私に固い決意を抱かせました。
やはり私は、アフロディさんたちと“本当のサッカ―”がしたいのです。
「私は……やっぱりみんなと、“本当のサッカー”がしたいんです……! 影山のサッカーでも、私一人のサッカーでもない、仲間と一緒に戦う、“本当のサッカー”を……!」
「なら、なぜ僕たちを裏切る!? 一緒に戦おうとしているのに、その手を振り払ったのは君じゃないか!!」
「それが“本当のサッカー”じゃないからです! 今のアフロディさんたちの、“世宇子のサッカー”は間違ってる! “神のアクア”も、勝つだけのサッカーも、相手を叩き潰すことも、何もかも! ……私たちはルール無用の戦争をしてるんじゃない、“サッカー”をしているんです! ならこんな間違ったサッカーをしたって、何の意味も――」
「だからッ、“本当のサッカー”とはいったい何なんだ!! ……教えてくれよ、ベータ……ッ!!」
アフロディさんが吐き出した大声。震える息を吐き出し、絞り出すように続けた彼は、さらに私に訴えかけるように拳を固く握りしめ、口にします。
「僕たちは
「アフロディさん……」
私からの決別に、もはやアフロディさんはパニックすらをも起こしていました。あまりに悲痛な動揺の叫びが響き、そしてそれは、私への憎悪へと変わっていきます。
悲哀からすっかり憎しみに眉根を歪め、アフロディさんはその足元に転がるボールへと、その激情を叩きつけました。
「なぜ……君はこうも、僕をイライラさせるんだッ!!」
どっ、と重たい衝撃音を撒き散らし、放たれるシュート。いえ、それはシュートではなく、アフロディさんの悲鳴です。
今まで培ってきた“サッカー”を、私に否定されることへの恐怖心。そんな恐れが、アフロディさんを襲っています。
――私のせいだ。
頭の中で、私を責める声が響いてきます。
罪悪感の賜物か、しかしそんなものに言われるまでもなくわかっています。
これは紛れもなく、私の罪です。アフロディさんを、世宇子の皆さんを苦しめているのは、この私。その事実から逃げる気はありません。
――ならば、その責任を取るべきだ。彼らを苦しめる私の想いは、曲げるべきだ。
そうなのかもしれません。しかし――しかし、それでも私は――
「みなさんと――」
“本当のサッカー”をしてみたい。この想いだけは、曲げることができません。だから、私にできる償いはただ一つ。
まっすぐ、ものすごい勢いで迫ってくるアフロディさんの想いを、その身でただ受け止めることだけです。例えその巨大な憎悪が――私を
せめて彼らに報いるために、私は――
「――ッ!!?」
と、その時。
突然、肩を引っ張られ、背後に後退ること二歩、三歩。困惑の私の視界に円堂さんが飛び出して、そしてペナルティエリア外ゆえに手ではなく、頭にチカラを迸らせて、迫りくるアフロディさんの想いを迎え撃ったのです。
「うッ――でやああああぁぁぁッッ!!」
額から光の拳が、見えたような気がしました。
ともかく、元より彼の疲労は限界寸前。もしかしたら限界を超えてすらいたかもしれません。そんな状態で捻り出した、必殺技の体もなしていない未完成技程度では今までを鑑みてもボールを止めることはできないはずでした。
しかし、今のそれはシュートではなく、アフロディさんの想いの塊。それ故に――ということも、もしかしたらあったのかもしれません。
どうであれ事実として、ボールはその勢いを掻き消され、彼のヘディングに弾き返されることになりました。
どんな形であろうとも、初めて止められてしまったアフロディさんのシュート。さすがにそれへの衝撃が勝ったか、彼は呆然と呟き――そして、乾いた声でクツクツと笑いだしてしまいます。
「なぜ……こんな……どうして、こんなこと……ッ。く、ククク……ハハハハハッ! ああ、そうか、そうなのか! ベータ、君はっ――本当に、裏切り者なんだね……! 僕たちを見捨てて、雷門の味方に――」
「敵も味方もあるもんか!! アフロディ、ちゃんとベータをよく見ろよッ!!」
その絶望に塗れたクツクツ笑いを止めたのも、また円堂さんでした。彼はかぶりを振ってヘディングの衝撃を振り払い、そして、一切の迷いなく言い切ります。
「敵でも味方でもない!! ベータは、“仲間”だろ!!」
「「ッ――!!」」
私たちにとってはあまりに重たいその言葉。それをあっさりと、しかし堂々と口にした彼は、呆然とする私たちへ静かに語るように続けます。
「勝ちたいって気持ちは間違いじゃない! みんな、対戦相手に勝ちたいから毎日練習して、強くなろうとするんだから! ……でも、サッカーは個人競技じゃなくて、チームで一つのボールを追いかける団体競技だ。だから、力やスピードや技術なんかよりも、ずっと重要なんだ、信頼できる仲間の存在が!」
「ッだが……だから、それはお前たちがただの人間だからだろう……! 力なきものは群れることでしか生きられない、というだけのことだ……! 確かに、後半戦は随分醜態を晒してしまったが……それでも、僕たちが神に……“神のアクア”に選ばれた強者であることには変わりないし、そうでなければならないッ……!!」
「だから『強い俺たちには仲間に頼る必要なんてないし、その気もない』って?」
「そうだ……!! 我々に軟弱なものなど必要ない!! “仲間”も“信頼”も、そして“庇護”も、全ては不必要なものだッ!!」
徐々に呆然が解け、語気が荒くなっていくアフロディさん。しかしその様相はより悲愴で、必死です。
――だけど、言っていることは正論です。
確かに、強ければ仲間がおらずとも勝てるでしょう。
それこそこの後半戦で“神のアクア”を使っていれば、彼曰くの『軟弱なもの』はどれも出て来ることはなかったはずです。
勝つだけなら、圧倒的な強ささえあれば十分。
――そう、私は勝つことだけを考えていればいい。
いいえ。もう、そこにはどうやったって戻れません。
「――“仲間”がいらないなら、なんでベータを『裏切者』だなんて言うんだ!!」
「そッ――れは……ッ!!」
私も、そして彼も。もう今までの世宇子のサッカー、影山のサッカーには戻れません。気付いてしまったから、戻りようがないのです。
だって私もアフロディさんも、そして他の皆さんも、最初からみんな仲間想いのチームなのだから。
「お前たちが神に選ばれた存在でも、人を超越した存在でも、そんな事は関係ないんだ。……まあ、考えてみたら当たり前の話だよな。お前たち世宇子だって、個人競技に団体競技、山ほどあるスポーツの中でサッカーを選んだ、一人のサッカー少年なんだから」
「サッカー、少年……? 僕が……? 何を……何を言っているんだ、君は……っ!」
呆然とアフロディさんは繰り返します。言葉の意味がわからない、とでも言うようです。
――そうです。意味不明です。サッカーを選んだとして、それが何だというのでしょう。
ですがそれでも、その声が否定に変わることはありませんでした。それが何よりの証拠です。
「サッカーを愛する気持ちは、俺にも、ベータにも、アフロディにも、みんなにもあるんだ。隠れてても、ちゃんとここに」
「サッカーを、愛する気持ち……」
手を当ててみれば、ドクンと脈動する心臓が妙に暖かくなっていました。嬉しいのか、楽しいのか。いえ、両方か。
――そんな曖昧な想いで動いて、いったい何になるというのでしょう。
想いは曖昧でも、心は一つ。なら、別にどうだっていいのです。
「そうさ。だからさ、結局、俺たちがやることは一つだろ?」
「サッカー、やろうぜ」
二ッと、魅力的な笑顔で、円堂さんは言いました。
「だから……だから、何を――!?」
「ええ、そうですね」
未だ惑乱の最中にあるアフロディさんを歩いて追い越し、円堂さんが弾いたボールを回収します。振り返り、ゴール前で構える円堂さんの顔を見据え、そしてすとんと、残った胸のしこりが落ちていったような心地がしました。
みんなと“本当のサッカー”がしたい。だからみんなのサッカーを理解させるのだと、後半戦の始まりにそんな決意を固めた私ですが、しかし、思えばそれはあまりに傲慢でした。
――いいえ、傲慢であることこそがキャプテンの資質です。
そんなことで“本当のサッカー”が伝わるはずがなかったのです。仲間を信じることこそが“本当のサッカー”であるのに、他ならぬ私こそが
――いいえ、拒絶する縺とこそが私のサッ繧ォーに於いて正しい行縺?〒す。
だから私は、最初からこうするべきだったのです。
――いいえ、そんな甘いサッカー、私は縺励※縺ッ縺?¢縺ェ縺――
ぶつん、と頭の中で切れる何か。しかしむしろ気分は晴れやかなまま、私は見据える円堂さんへ、短く告げます。
「――行っちゃいます」
「よし、来いッ!!」
「べ、ベータ……!!」
まだ迷っているアフロディさんに“本当のサッカー”を見せつけられるように。
足を振り上げ、ボールを踏みつけます。チカラを浴び、二つに別れて飛び跳ねるそれを追い、私も跳躍。空中で身体を入れ替え、オーバーヘッドで打ち放ちました。
「【ダブルショット】!!」
対して、円堂さん。彼は思い切り身を捻り、私とシュートに背中を向けていました。一見すれば諦めたようにも見える所作ですが、もちろんそんなわけもなく――
「うおおおおぉぉぉッッ!! これが、【マジン・ザ・ハンド】だぁッ!!」
光の巨人。神を超えた魔神が顕現し、その剛腕が私のシュートへ。
衝突し、そしてその競り合いはどこかで見たことがあるような光を辺り一帯に撒き散らし――