――光が、治まりました。
あまりに眩い閃光でした。ぎゅっと閉ざしていた瞼を、恐る恐るに持ち上げます。
いったいあの攻防は――私のシュートは、どうなったのでしょう。ゴールを貫いたのか、それとも円堂さんが繰り出した光の巨人、【マジン・ザ・ハンド】に止められてしまったのか。
というかそもそも、あまりに激しいこの光の爆発はいったい何だったのでしょうか。そんな想いを様々浮かべ、目を開けて――そうして、現実が露になりました。
『……と、止めたァッ!! キーパー円堂、ここにきての新必殺技でゴールを死守ッ!!』
ボールは、円堂さんの手の中に納まっていました。シュートは止められてしまったのです。
悔しい、という思いと同時、なんだか清々しい感じでした。
そう、これこそが私が求めていた、力と力でぶつかり合うサッカー。対戦相手を潰して勝つ影山のサッカーとは違う、“本当のサッカー”であるのです。
後はこの楽しさが、みんなにも伝われば――と、そんなふうに胸を躍らせた、その直後でした。
『――見事、
「……えっ?」
『アフロディの【ゴッドノウズ】を防いだ』。拡散される実況に心の興奮がピタリと止まり、思わず首を傾げてしまいます。
だってシュートを打ったのは私です。円堂さんに止められたのは私の【ダブルショット】であり、アフロディさんは全く関係がありません。
実況が何か勘違いでもしているのでしょうか。そう思い、ひとまず当事者のアフロディさんへ――まだ“迷い”が振り切れないのか唖然と呆けたままですが、声をかけます。
――もとい、声をかけようと彼の方に身体を向けた、その時です。
ふと、気付きました。
「あ、れ……? 私の、恰好が……」
身体を捻った拍子に翻った、私の身を包むユニフォーム。世宇子を象徴する特徴的なトーガ調であるはずのそれが、何か変です。
いえ、変というかなんというか、衣服が全く別物に変化してしまっています。古代ローマの要素などどこを探しても見つからない、青と黄色に染められたごく普通のTシャツと短パンです。
それこそ――雷門の一員であるかのような格好に、私は変わってしまっていて――
「――ッッッ!!!」
その瞬間、私の全身にすさまじい威力の雷撃が駆け巡っていきました。
まるで封じられていた記憶の蓋が一気に開かれ、溢れ出したかのようでした。
そう――私はそもそも世宇子の選手なんかではなく、雷門サッカー部の一員であるのです。
忘れていた記憶が、一気に脳内に蘇ってきます。
初めて円堂さんと出会い、そのサッカーに魅了された時のこと。仲間の存在を初めてこの身で実感できた時のこと。何度も連携必殺技に苦しみながら、ようやく信頼を知った時のこと。
これまでの全てを、私は思い出しました。
――なぜ、こんな大切な記憶の須らくを、私は今まで忘れ去っていたのでしょう。しかも自分が世宇子のキャプテンだと思い込んでいた、というおまけ付きで。
それにユニフォームのこともさっぱり理解不明です。そんな状態で、当然アフロディさんにかけようと思っていた声は立ち止まったまま。シュートの件も、もちろん立ち往生を余儀なくされました。
が、その時、もう一方の当事者が。
「ベータ」
背中から、短く私の名を呼ぶ円堂さんの声が聞こえました。
いつもの声に身体が安堵。困惑が解けかけて――でもしかしと、次の瞬間、緊張で強張ってしまいます。
私はすべてを思い出すことができましたが、円堂さんたちはどうなのでしょう。私と同様に思い出したのか、それとも今まで通りなのか。もしも後者なら……ちょっともう、いろんな面でどうしていいのかわかりません。
そんな不安を抱えてしまい、私は怯えながら円堂さんのさらなる声を待つこととなり――そして幸いなことに、危惧は杞憂に終わってくれました。
「お前のおかげだよ、【マジン・ザ・ハンド】を完成させられたのは!!」
「え……?」
「サッカーを愛する気持ちは、本当のチカラは、
振り向くと、円堂さんはいつもと違う古びたグローブで自身の心臓を示し、にっこりと笑っていました。
そしてその手のボールを大きく振りかぶり、投げ飛ばします。
「さあ、こっから反撃だ……!! 頼むぜ……ベータッ!!」
私へと。
彼はきちんと、私を雷門の仲間だと認識してくれていました。が、けれどどうやら物言いから察するに、私と同じように
まるで今までの異常事態などなかったかのように――この後半戦まで今まで通り、雷門の一員として戦ってきたとでも言うような、狼狽の「ろ」の字もない自然な言動。
彼はそもそも、異常があったこと自体を認識していないのかもしれません。
というかたぶん、彼だけでなく私以外の全員が異常そのものに気付いていません。
パスされるまま本能的にドリブルしても、周囲の土門さんや風丸さんたちはいつも通りに私に信頼の眼を向け見守ってくれていますし、抜き去り際にやっと正気に戻ったらしいアフロディさんも、私へ向ける焦りの眼差しは見間違いようもないくらいに敵へのそれです。
「ッ……! と、止めるんだ! ミッドフィールダー、前へ出ろッ!」
その指示も、純然たる敵を前にしているが故のもの。たぶん彼らの中では『世宇子のベータ』なんて元からおらず、最初から今までずっと『雷門のベータ』が戦ってきた、ということになっているのでしょう。
私の記憶どころか現実までもが書き換わっているという、ますますもってな意味不明です。
もういっそ、さっきまで世宇子の一員として戦っていたはずなのに光が爆ぜたと思ったらいつの間にか雷門の一員に戻っていた、という記憶こそが、私が短い間に見た幻か何かだったりするんじゃないか、とすら思えてきてしまいます。
――いえ、もういっそのこと、そういうことにしてしまったほうがいいのかもしれません。なにせ、別に何も支障はないのです。
どんな背景であろうと、今、こうして仲間たちと“本当のサッカー”ができているのですから。
「――ッま、まぐれでアフロディのシュートを止めた程度で、調子に乗るなよ雷門……!!」
「神に選ばれし我々との格の違い、今一度見せつけてやる……ッ!!」
向かってくるヘラさんとヘルメスさん。私を睨みつけるその眼は隠しきれない動揺で揺らいでいるものの、はっきり敵意で満ちています。
さっきまで味方だった彼らにそんな眼を向けられて、もちろん違和感がないわけもありません。けれどもそれは一息に飲み下し、私はそのまままっすぐに、ドリブルダッシュで突き進みます。
まっすぐ、ヘラさんの正面。彼が必殺技を使いやすいよう、ちょうどいい間合いまで。
見た通りに余裕のないヘラさんは、当然、その作為に気付きません。最も余裕どうこうはこの際あまり関係ないでしょうが、ともかく、私がほうったエサに、ヘラさんは迷うことなく食いつきました。
「バカめッ!! そこはオレのテリトリーだ!! 【さばきのてっつい】!!」
チカラの発露。頭上に、勢い良く迫ってくる気配を感じます。
普通なら、タイミング的にもうこの時点で手遅れです。今からでは何をしようが対応が間に合わず、この技から逃れる術はありません。
――が、しかし。夢か幻か、ともかく彼の必殺技をチームメイトの立場で何度も目にした経験のある私ならば、多少はどうにかなるのです。
動きを読み、タイミングを合わせ、そして極めつけに仲間がいるのだから、尚のことそれは容易でした。
「――風丸さんッ!!」
「なッ!?」
一切後ろを見ることなく、バックパス。そんな行動にヘラさんが目を見張り、動揺のその間に軸足の方向を九十度曲げた私のすぐ横を、必殺技が思い切り踏み潰していきました。
そしてもちろん、ボールは信じていた通り、後ろで待ってくれていた風丸さんへと繋がっています。
「ナイスだベータ!! 信じてたぜ!! ……後は任せろ!!」
「い、いつの間にっ……!! ヘルメスッ!!」
「だ、ダメだ、遠い……! それに、あいつ速いぞ……!!」
必殺技を空振りさせて、しかもフォローのために控えていたもう一人のミッドフィールダー、ヘルメスさんも引きつけられたおかげで、風丸さんを止められる相手は少なくとも中盤層にはもういません。彼はそのスピードで、ぐんぐんフィールドを駆け上がっていきます。
故に当然、次に立ちはだかるのは守備を本業にするディフェンダーさんたちの壁。
「――『信じてた』だのなんだのと……!! 下らない!! 信頼なんてそんなもの、俺がまとめてねじ伏せるッ!! 【さばきのてっつい】!!」
「ぐッ……ねじ伏せられて、たまるかッ……!! 鬼道ッ……!!」
風丸さんのドリブルも、さすがに止まってしまいます。が、それでも歯を食いしばり、かつての鬼道さんがそうしたように、吹き飛ばされながらも執念でパスが繋がりました。
しかし、その展開は世宇子にとって既知のもの。さっき私と対峙したヘラさんの傍にヘルメスさんが控えていたように、同じ【さばきのてっつい】を放ったヘパイスさんのフォローには、守備の要たるセンターバックのディオさんが待ち構えています。
パス自体は通ったものの、その時にはもう、二段構えのディフェンスは発動してしまっていました。
「偶然とはいえ、よくもここまでやれたもんだ……が!! それもここまでだッ!! 【メガクエイク】!!」
「ッ!! 【イリュージョンボール】――ぐわぁッ!!」
跳躍し、地面を踏み砕くほどのチカラで地震を起こす必殺技、【メガクエイク】。鬼道さんにとっては以前に一度、その身で受けた必殺技です。それ故に察知も早く、寸前に必殺技で対抗しました。
が、砕ける大地がボールの分裂で止まるわけもありません。
鬼道さんは破壊の衝撃に呑み込まれ、弾き飛ばされてしまいます。【イリュージョンボール】はもろとも飛び散って、複数に増えたボールは悪あがきのようにディオさんを惑わすことしかできません。
そしてその幻惑も、彼のレベルからすればほんの一瞬だけのもの。
「チッ、面倒な……いや、これか――ッ!?」
しかしその一瞬で、彼らが間に合いました。
「させるかよぉッ!!」
「みんながここまで必死に繋いだボール……そう簡単には渡せないね!!」
「ッ!! こいつら……!?」
土門さんと一之瀬さんです。ディオさんの足元に落ちてきたボールを、走り込んできた二人が奪い取らんと蹴り抜きます。
しかしディオさんもさすがというべきか、瞬時に反応して対抗。合わせて迎え撃ち、彼もまたボールにキックを叩き込みました。
私がアフロディさんのシュートを止めに行った時のような、お互いに反対方向からボールを蹴りつけている状況。つまり力比べの体勢です。
そう考えると、優勢なのはやはりディオさんの方でしょう。彼もまた必殺技を使ったばかりで疲労感に襲われているでしょうが、しかし前半後半と散々痛めつけられてきた雷門メンバーに及ぶものではありません。例え二人がかりだろうと、差が覆ることはないでしょう。
というか言ってしまえば、二人があっけなく撥ね飛ばされてしかるべき状況でした。
普通に考えればそうなるのが当たり前、正常な結果なのですが、しかしこれはもちろん、
「な……バカな……!? お前ら、もう身体はボロボロなはずだろう!? あれだけのダメージを受けて、立ち上がるだけでも精一杯なはずなのに……なぜ、俺と張り合えている!? なぜ、お前ら程度に俺が抑え込まれるんだッ!?」
ディオさんは二人の力を打ち破れていませんでした。三人のキック力を一身に受けるボールはその場から微塵も動いておらず、拮抗しています。
ディオさんたち今の世宇子からすればあり得ない事態でしょう。ですが雷門にとっては驚くべき事柄ではありません。なにせ、それは雷門に於いては当たり前のことだから。
「仲間を信じているからだ!!」
「ッ!?」
仲間の力を合わせればどんな相手でも必ず勝てると、そう信じているからこそ、一之瀬さんと土門さんは限界以上のチカラを引き出し事ができているのです。
そしてその信頼に、もちろん鬼道さんは応えました。
一之瀬さん、土門さんに次ぐ三人目として、彼はスライディングタックル気味にボールを蹴り込みました。均衡が傾き、徐々にディオさんが押されていく中、力強く叫びます。
「全員が全力のプレーで、みんなのためにボールを繋ぐ。それが雷門のサッカーだ……!! 信じてくれる仲間がいれば、俺たちはどんなことだって成し遂げられる!!」
「そ……そんな、バカな話が……ッ!! ぐ、おわああぁぁッッ!!」
その声の強固な意志に、ディオさんは気圧されたのでしょう。ほんの僅かではあるものの身が引いて、するとそれをきっかけに全てが瓦解。鬼道さんと染岡さんと一之瀬さんの三人の力が、ボールをディオさんから奪い去り鋭いパスとして放ちました。
その行く先は、当然、彼です。
「「「行け、豪炎寺ッ!!」」」
「ああ、任せろッ!!」
ペナルティエリアめがけて走り込む雷門のストライカー、豪炎寺さんへと繋がりました。
スピードを一切緩めずにボールは彼のドリブルの中に収まって、その早業に他のディフェンダーは間に合いません。ゴールへの障害は、キーパー、ポセイドンさんただ一人。
「ッだが、お前のシュートは俺には通用しないッ!! もう俺とお前の格付けは済んでるんだからなッ!!」
前半戦では彼の放ったシュートの尽くが――いえ、雷門のシュートの尽くが彼に止められてしまっています。
豪炎寺さん単独のシュートでは言わずもがな。【ドラゴントルネード】でも【炎の風見鶏】でも【イナズマブレイク】でも、あるいは特訓した【皇帝ペンギン2号】でも、ポセイドンさんが守るゴールを奪うことは不可能です。
それが事実。――ただし、それらの証明済みの格付けに、私は当然、含まれてはいません。
「ベータ!! 【ファイアトルネード】だ!!」
「……いきなり無茶なこと言ってくれちゃって!! でも、オッケーです!! 全力で行っちゃいますよ!!」
背中を向けたまま、全力ダッシュで彼に追い縋る私へ投げかけられた信頼の言葉。もちろん、応える以外の選択肢なんてありません。
「無駄だッ!! いくら、お前たちの、連携、技……でも……ッ!!?」
ポセイドンさんの虚勢が剝がれ、すごい勢いで顔色が悪くなっていくのを横目にしつつ、私と豪炎寺さんはボールを中心に、同時に地を蹴りました。
豪炎寺さんが右回転、私が左回転で、炎を纏いながら高く跳躍。そしてそれが頂点に達した瞬間、私と彼の【ファイアトルネード】が完璧にシンクロし、同時に打ち放たれました。
「「【ファイアトルネード
相乗効果で一人で放つ【ファイアトルネード】の何倍、何十倍もの激しさを得た火炎の竜巻が、すさまじい熱気と轟音を撒き散らしながらポセイドンさんの守るゴールへと突き進んでいきます。
迫るそれを正面から見たポセイドンさんは、いったいどんな感想を抱いたのでしょう。何であれ、それが恐怖であることは、さらにガクンと悪化した顔色を見る限り間違いはありません。
それでも逃げずに立ち向かったのは、キーパーとしての意地でしょうか。
「つ、【ツナミウォール】――」
がしかし、手を地面に叩きつけて生み出した水の壁は、火炎竜巻を防ぐにはあまりに小さすぎました。
ばしゅうッと、水は一瞬のうちに蒸発し、
『ごっ……ゴオオオォォォーーールッッッ!!! 雷門、得点ッ!! 初得点ッ!! 今大会無失点を誇るポセイドンの守りを、超絶シュートで貫いたアアァァァッッ!!!』
実況の大興奮な声と、大爆発する歓声、そして数化に聞こえるばかりの得点の笛に囲まれて、私たちのシュートはゴールネットに突き刺さったのでした。
そうしてようやく雷門が手に入れた一点は、雷門と世宇子の双方にとって、試合を決定付けるものとなりました。
スコアの上では1-4で、時間もあまり残っているとは言えない状況。数字の上では確かに未だ世宇子の有利は崩れてはいませんが、しかし、この一点は世宇子にとって、大会通して初めての失点です。
“完璧な勝利”を是とする思想を埋め込まれている彼らにとってこの失態はあまりに大きく、必殺技すらをも破られてしまったという現実も相俟って、彼らの戦意を挫くには十分でした。
そんな状態で、堰を切られたような勢いで続く雷門の攻勢を耐えられるわけもありません。
私と豪炎寺さんの【ファイアトルネード】の同時シュート――咄嗟に名付けた【ファイアトルネードDD】でもう一点、三度目はやらせないと辛うじて立ち塞がった世宇子ディフェンスの裏を突いた円堂さんたちの【イナズマブレイク】を一之瀬さんが押し込んで三点目、そして私と一之瀬さんと土門さんの【ザ・フェニックス】に豪炎寺さんの【ファイアトルネード】をチェインで繋げたシュートで四点目と、立て続けに得点が決まって4-4。
あっという間に同点まで迫られて、その頃にはもう世宇子の皆さんからは虚勢すらもが剥がれてしまい、漂う絶望感に続々と膝が折れていったのでした。
「ま……負ける、のか……? 我々、世宇子が……?」
「そんな……我々は神に選ばれた、神の戦士であるはずなのに……それなのに、なぜただの人間でしかない雷門などに……」
「雷門に……只人に、敗北……。それじゃあ……人に負けた、我々は――」
「――そんなことが、あるものかッ!!」
と、そんな絶望感を貫くアフロディさんの一声。チームメイトと自分自身の両方への激しい鼓舞――罵声は、折れかけた世宇子を無理矢理ビクリと立ち上がらせました。
なけなしの気力を爆発させるように吐き出した彼は、その勢いのままに突進。彼らしからぬ力づくのプレーで、宍戸さんのボールを奪い取ります。
「うわぁッ!!」
「僕たちは……僕は、無能じゃない……!! 無価値じゃない……ッ!! 神に選ばれた僕が、特別でも何でもない人間相手に負けるなんて……あの敗者たちのようにみじめな姿を晒すだなんて、そんな事はあり得ないッ!!」
そのすさまじい身体能力と、そして【ヘブンズタイム】を乱発し、雷門ディフェンスを押し退けて一人突き進む彼。汗だくになりながらペナルティエリアまでたどり着き、そして、
「絶対に――ッ、認めるものかッ!!」
一際大きく吠えました。
「【ゴッドノウズ】ッ!!」
羽を広げ、放たれるあのシュート。気力の賜物か、疲労があってもその威力は微塵も衰えていません。
が、しかし。
「【マジン・ザ・ハンド】!!」
背を向け、右手に宿した心臓の“気”から出現する光の魔神が、神のシュートを迎え撃ちます。その趨勢は、アフロディさんの目にも明らかです。
そして、そんな思いを見通したように、光のチカラを放ちながら円堂さんが言いました。
「怖がるなよ、アフロディ!!」
魔神越しにまっすぐアフロディさんへ向けられた眼。得も言われぬ迫力にアフロディさんの身が引いて、そして彼はそんな身体の反応にすぐハッとなってかぶりを振り、半分裏返った声で言い返しました。
「ぼッ、僕が、怯えているだと……!? バカなッ!! なぜ神たる僕が、只人に過ぎない君を恐れなきゃならないッ!? ……ああ、そうだ……!! 恐れる理由なんてどこにもない!! 君もこの状況も、“神のアクア”があったなら片手であしらえる程度の些事でしか――」
「“神のアクア”なんてなくても、お前たちは強いって言ってんだッ!!」
「ッ――!!!」
アフロディさんの声が、身体が、その一言でピタリと固まりました。
「お前たちはちゃんと強いんだよ!! だから、お前の中の“
そしてシュートも、魔神の手のひらの前にその勢いを止めることになりました。
呆然と立ち尽くすアフロディさん。一方、その間に円堂さんからパスが出て、ボールはどんどん前線へと運ばれていきます。
ドリブルし、パスを繋ぎ、仲間の絆でどんどんと。
「――そう、ですよね……!」
どれだけ強くても、どれだけ能力に差があろうとも、ここにいるみんなはサッカーが大好きな一人のプレイヤー。
円堂さんも私もアフロディさんも、みんな同じで、そこに“特別”などないのです。
「ッ……ファ、【ファイアトルネードDD】を打たせるなっ!! ベータがダメなら、豪炎寺を止めろッ……!」
「あ、ああっ!」
そう指示を出したのはヘラさんでした。アフロディさんの鼓舞で僅かに蘇った戦意を継いで、必死に燃やし、絶望の中を無茶苦茶にかき分けてでも応えようとするその一声と、そして仲間たち。
青い顔をしながらそれでも豪炎寺さんの行く手を遮り抑え込んでみせた彼らの姿は、やっぱり私にはそう見えます。自覚がないのだとしても、やはり彼らはサッカーが大好きなプレイヤーです。
サッカーが好きだからこそ勝ちたいし、そのために、絶望に抗い一生懸命になれる。
だからこそ、サッカーは楽しいのです。
だから私も、それを教えてくれた仲間のために、
「行けッ!! ベータ!!」
「はい!! 任せちゃって!!」
雷門のために、戦います。
「ッ……ベータ、一人だけ……。一人だけだなら、止められるッ……! 絶対、止めてやるッ……!!」
一之瀬さんのパスと信頼が私へ届き、単独で攻め上がります。豪炎寺さんの抑えに人数を割き、一人だけとなっているポセイドンさんですが、しかし彼は勇気を振り絞って構えを取りました。
私は、そんな仲間たちに応えるだけです。
(もっともっと……全力のプレーで――!!)
全身からあふれ出すチカラ。それに導かれるように、私の身体は動きました。
ボールと共に高く跳躍。同時に発露したチカラが、きりもみ回転しながら背後に集って円堂さんの【マジン・ザ・ハンド】のように人型を形作ります。
あちらが雄々しい魔神なら、私のそれは妖しい女神といった感じでしょうか。いつかに身に付けさせられたゴスロリっぽい衣装に加え、頭には大きな羽飾りと、そして両手の二丁拳銃。
その銃から、凝縮されたチカラの塊が二つ発射されました。それらは宙を飛ぶ私を追い、携えるボールに集って融合。相乗効果で荒れ狂うチカラの奔流と化し、炸裂します。
「ッ――!!」
自分のチカラながら、ともすれば身体ごと持っていかれてしまいそうなほどの強大なエネルギー。ほんの少し何かがズレれば一瞬で制御を失い、私自身を吹き飛ばしてしまうだろうことが明らかな破壊力に、思わず恐怖がよぎります。
が、それも一瞬のこと。背に感じる仲間の想いが心を蝕む
「――【アテナアサルト】ッ!!」
二つのチカラが渦を巻き、光線のように宙を貫いて行きました。
そしてそれを目の当たりにしたポセイドンさん。己を奮い立たせた勇気がすっかり吹き飛んでしまうほどの衝撃を受けながら、しかし彼はそれでも逃げず、最後まで抗います。
「――ッぎ、【ギガントウォール】ッ!!」
狼狽えつつも、巨大化した彼の拳がボールを捉えて振り下ろされて――そして、シュートのチカラに弾かれて、ゴール自体が一瞬浮きあがってしまうくらいの威力がネットを貫いたのでした。
耳が痛くなるほどの歓声の中、書き換わるスコアは5-4。逆転です。
それを見上げる世宇子の皆さんから、なけなしの気力が抜けていきます。堪えていた膝が折れ、地に項垂れ、必死の虚勢の代わりに響いてくるのは諦めの声。
「ま、負け越し……。もう、終わりだ……」
「【ゴッドノウズ】はもはや通じず、【ツナミウォール】も【ギガントウォール】も破られた……。これじゃあ、もう、どうしようも……」
「そんな……やはり、“神のアクア”なしでは、我々は……」
そして、さっきはこんな空気を打破してみせたアフロディさんでしたが、今回はもうそんな元気がないようです。むしろ世宇子の中でも一際重症であるようで、地面に手を突き、項垂れるその背中は弱々しく震えています。
皆の祝福を固辞して中央付近まで戻り、髪のカーテンの向こう側を覗いてみれば、その顔は一切の覇気がない、諦念の笑みで埋め尽くされていました。
「……まさか、神たる我々が破れるとは……。ふ、ふふふ……。これで終わり、か……。世宇子も……僕の、サッカーも、これで……」
「終わっちゃったりしませんよ」
「っ……?」
あまりに見ていられない状態に、つい口が出てしまいました。ピクリと反応し、不思議そうに瞬きするアフロディさんの顔が、ゆっくりと私の方に振り向きます。
情けないことこの上ない顔でした。私が知っているアフロディさんの、不遜なくらいに自信に満ちたいつもの顔とは大違いです。
故に、我慢はやはり利きませんでした。私は彼の腕を掴み、無理矢理引き上げると、しょぼくれたその目にこのフィールド――準備万端と試合開始に備えた雷門の皆さんと、そしてこちらに、アフロディさんに視線を集める世宇子の皆さんを移させて、一言一言を刻み込むように言います。
「アフロディさん、あなたは世宇子のキャプテンなんです。みんなを率先して引っぱらなくちゃいけないあなたが真っ先に諦めるなんて、そんなの絶対に許しません!」
「なっ……なぜ、君にそんなことを言われなければ――」
「そんなことはどうでもいいです!」
原因不明の異常のことは切って捨て、次いでビシッとまっすぐスコアボードを示します。
「それより……ほら、まだたったの一点差です! 時間だって、まだロスタイムも残ってる! 諦めちゃうには早すぎです!」
「し、しかし……」
「ああもうっ! しっかりしてくださいアフロディさん! 雷門に世宇子の力、見せつけてあげちゃうんでしょう!? 世宇子の実力は、こんなものじゃないはずです! だから――」
と、僅かに目を見張った彼に、最後の一押しと続けようとして――その時でした。
「そうだとも! 世宇子の真の実力はこんなものではない! ……世宇子は、“神のアクア”を以てして初めて完成するのだ!」
「ッ!! 影山ッ!!」
真っ先に鬼道さんが反応しました。一歩遅れて私たちも振り向けば、彼が嫌悪を向けた通り、誰もいないはずの世宇子ベンチに人影が一つ、影山が、息を弾ませながら立っています。
敗北が迫るこの状況に、彼もさすがに動かずにはいられなかったのでしょう。普段は上階の特別なモニタールームで試合を見ているはずなのに、今はこの場に己が身一つ。額に汗をかき、存分に焦っている様子です。
こうなってしまった以上、さすがに彼も世宇子のトップらしくチームを鼓舞したりする気になったりしたんでしょうか、なんて考えが頭をよぎり――その次の瞬間でした。
「アフロディ!」
彼の手から、アフロディさんへ何か光るものが投げられました。
アフロディさんの少し手前に落下したそれは、手のひらに収まるサイズの小さなガラスの小瓶でした。中には透明な液体が満たされて、揺れるそれが光を反射しキラキラと瞬いています。
一見すれば美しい、その輝き。ですが私は――そして多分アフロディさんも、瞬時にその正体を悟りました。
“神のアクア”です。
「最低限だが、用意した! さあアフロディ、それを手に取り立ち上がれ! 神に敗北など許されない!」
「そ、総帥……っ!」
「っ! アフロディさん……!」
掴んでいたアフロディさんの腕が、するりと私の手の中から抜けました。
気を取られていたせいで反応が遅れ、一瞬の後にハッとなって見やると、アフロディさんがまるで何かに取り付かれたかのような足取りで歩み、地面に落ちた“神のアクア”の小瓶の下へ手を伸ばすその直前。
声をかけるも彼の耳には届かず、彼はそれを手に取ってしまいます。
“神のアクア”があれば勝てるのだと、自分の本来の力を引き出すことができるのだと、そんな縋るような想いが栓に手をかけさせて――そしてまた、余裕のない影山の声が響きました。
「そうだアフロディ! お前がそれを使えば、雷門など敵ではない! お前は私が手塩にかけて作り上げたZ計画の完成品……最高の適合者! お前こそが、“
「っ――!」
ピタリ、と。栓を掴んだアフロディさんの手が、それを開ける直前で止まりました。
躊躇――ではたぶん、ありません。しかし影山は気付くそぶりもなく、怒鳴り声で急かします。
「……どうした!? さっさとしろアフロディ! 時間はもう残されてはいないのだぞ!」
と、その瞬間にピィーッとキックオフの笛が響きました。影山が物を抛ったりとか、そういうことを完全無視しての笛の音は、つまり影山の圧力です。腹立たしいことですが、しかしそうだとしても、動き出した試合はもう止められません。
アフロディさんもそうなのでしょうか。止まっていた手が、意を決したように栓を開けました。小瓶の中で揺れる水面を見つめ、ごくりと鳴る喉の音。
「さあ、飲み干せアフロディ! そして勝利を! “神のアクア”による完璧な勝利を、私の手に――!」
影山がはやし立て、アフロディさんはゆっくりと小瓶を口元へと持っていきます。
その、近づく小瓶を見つめる彼の眼。“神のアクア”が再びアフロディさんからサッカーを奪わんとしている、その光景。
見ているしかない私の口から、ふと言葉がこぼれ出ました。
「――サッカー、しましょう?」
「っぁ――」
「やめろ」とか「飲むな」とか、言うべき言葉は他にもあったでしょう。けれども出てきたのはそんな台詞。
まるで円堂さんのように、要領を得ない言葉でした。
けれども、それこそが今の私のありのままの心。故に、響いたのかもしれません。
「……アフロディ?」
小瓶を持つ手が、ふとその瞬間、だらりと垂れ下がりました。影山が怪訝に眉を顰めます。
「――僕は……、僕は、勝ちたい……! 総帥のサッカーでも、“神のアクア”のサッカーでもない……僕自身のサッカーで!!」
「ッ!? な、何をしているアフロディッ!!」
小瓶はグラウンドに投げ捨てて、アフロディさんはボールを携え走り出しました。
驚愕を叫ぶ影山など気にも留めず、一直前にまっすぐに。
「バカな……お前は神の力に、人を超越する力に選ばれたのだぞ!? その特別性は他にない! だというのに、自らそれを捨てるだなどと……いったい何を考えている……!」
「僕は、“神のアクア”の入れ物じゃないッ!!」
全力の本心。響き、出て来たその想いを叫び、アフロディさんは私たち雷門のディフェンスを必殺技ではなく技術でかいくぐり、突き進みます。
「僕は僕の力で、雷門に勝ちたい!! 本当の強さで戦う“本当のサッカー”を、仲間たちと――ッ!!」
「ッ――」
とうとう言葉をなくした影山の存在は、もはや意識の外側へ。フェイント、ターン、股抜きまで、身体能力とテクニックの全てを使った全力のサッカーで、次々に雷門ディフェンスを突破してのけた彼。
ロスタイムも過行く中、とうとうゴール前までたどり着き、その勢いのまま、構える円堂さんへと、彼は楽しそうに戦意を差し向けました。
「行くぞ……!! 勝負だ、円堂 守ッ!!」
「来いッ!!」
円堂さんが応え、そしてアフロディさんが温存していた己のチカラを煌めかせ、ボールと共に飛び上がりました。
広がる翼、ボールに集う光のチカラ。生じたそれらは、しかし今まで以上に強大でした。どちらも宙でより大きく、より強く膨れ上がり、そしてアフロディさんも身体を捻ってより強い勢いを以てして、
「ゴッドノウズ――」
その真なるチカラを、蹴り放ちました。
「――インパクトッッッ!!!」
【ゴッドノウズ】の数倍はあろうというチカラの塊、光球が、円堂さんへと襲い掛かります。周囲の空間ごと押し潰すようなそんなシュートに対し、しかし円堂さんは臆することなく、右手に集めたチカラを解き放ちます。
「【マジン・ザ・ハンド】ッ!!」
出現した光の魔神と光球のシュートが、次の瞬間衝突しました。
それまで難なく【ゴッドノウズ】を止めてきた、円堂さんの【マジン・ザ・ハンド】。しかしチカラが増大した今回は、それまでのようにはいきません。
「ぐッ……!? なんて威力ッ……!! ボールが、重い……ッ!!」
それまでのように魔神の手の中には到底納まらないほどの大きさと、そしてそれに比例する威力。チカラの圧は、やがて魔神をも押し潰さんと迫り始めました。
じりじりと、ボールはゴールへと押し込まれていきます。
「円堂さんッ!!」
そこに、私が間に合いました。ドリブルで駆け抜けるアフロディさんを追いかけてもその歩みを止めることはできませんでしたが、しかしまだ、押される円堂さんの背中を支えることくらいはできます。
たとえそれが魔神と光球のせめぎ合いには何一つ寄与しないのだとしても、しない選択肢なんて私にはありません。見ているだけではいられません。
「ベータッ……!! そうだ……俺だって、負けられない……俺だって、勝ちたいッ!! みんなのためにも、この素晴らしい相手にッ……!!」
アフロディさんも円堂さんも私も、そして他のみんなも全員、サッカーが好きだから。みんな一人の、サッカーが大好きなプレイヤーだから。
全国最強を決める大会の決勝戦であるこのフィールドで全力を振り絞らない人なんて、どこを探したって居ないのです。
「勝つのは、我々世宇子だ……!! 僕のシュートの前に散れッ!! 円堂!!! ベータ!!!」
「やられてたまるかッ……!! シュートを止めて、俺たち雷門はお前たちに勝ってみせるッ!! うおおおおぉぉぉぉッッッ!!!」
「ッッッ――!!!」
全力の全力、命の底までを絞り尽くさんとばかりに雄叫びを上げ、正真正銘最後の力を振り絞る円堂さん。身体から噴き出るチカラはまるで爆発のようで、生じる波動は背の私をも包み、魔神へと流れ込んでいきます。
そんなチカラの瀑布と必殺技の衝突による衝撃に身を巻かれながら、私もせめてもの助けにと必死に踏ん張り、支え――しかし、非情にも後退の勢いは止まりませんでした。
「くっ……そぉッ……!!」
魔神の身体が光球に押され、とうとう歪み始めました。
末端からひび割れるように崩れて光芒へと還っていくそのさまに、私と円堂さんの心はもう駄目かと、そんな想いを浮かべてしまいます。そして――
その瞬間、ほんの一瞬のことでした。
「―――」
崩れ、壊れてしまったはずの魔神の身体。解けていく光芒の向こうから、新たな光が見えました。
魔神よりもさらに力強く、猛々しい新たな魔神。その姿がほんの一瞬垣間見え、しかしはっきりと目にする間もなく、それまでの比ではないチカラと光が爆ぜました。
円堂さんの背の向こうにいたにもかかわらず、目を開けていられなくなるほどの光量。思わず目を閉じ、そして次の瞬間、円堂さんごとチカラの爆発に押し倒されるような衝撃がありました。
お尻に痛みを感じつつ、しかしそんな場合じゃないと、すべてが収まった中、眩んだ目をなんとか開いて結果へと眼をやります。
同時に瞼を持ち上げた円堂さんと一緒に、それを見ることになりました。
円堂さんの手に収まったボール。なるべく外にと本能的に突き出されていたその位置は――ゴールラインの外側です。
静寂。数秒か一瞬か、私にはわかりませんでしたが、その直後。
『ふ――防いだあああぁぁぁッ!! キーパー円堂、米田の力を借りて、アフロディの超絶シュートからゴールを守り切ったあああぁぁぁッッ!!』
実況と、響く歓声。そしてそのすぐ後に、それらに埋もれかけている、試合終了の笛の音。
ますます音圧が上がる周囲からの歓声を浴びながら、しかし私の頭は中々現状を受け止めてくれません。
試合はどうなったのか、勝ったのか負けたのか。理解できたのは、力が抜けてもたれかかるように上半身を倒してきた円堂さんの片腕が、私の肩に回った時でした。
「へへへ……やったな、ベータ……!」
「円堂さん……」
疲れ切った、しかしとても嬉しそうな満面の笑顔でした。それまでのサッカーが最高の形で報われた、幸せそうな表情――“本当のサッカー”をやり切った顔です。
それを目にして勝利を理解するとともに、私はなんだかもう、それで十分満たされたような心地でした。
そしてふと異質な言い争いの気配が耳に届き、振り向くと、愕然とした様子の影山と、そのすぐそばに刑事の鬼瓦さんの姿が見えました。あっちも、どうやら決着がついたようです。
「……万事解決、ですね――って、きゃあっ!」
「うおおおぉぉッ!! やったぜ円堂、ベータッ!! 勝ったんだ!! 俺たち雷門が、全国の頂点に立ったんだッ!!」
「俺たちが……ちょっと前まで弱小校だった俺たちが、フットボールフロンティア優勝……っ!! ゆ、夢見てるみたいです……!!」
「夢じゃないでやんすよ宍戸!! 現実でやんす!! 俺たちはやったんでやんすっ!!」
半田さんに宍戸さんに栗松さん。安堵に息を吐いたのもつかの間、勝利に大興奮した仲間たちの襲撃です。私たちをもみくちゃにしながら誰とも知らない手が私たちを引き起こし、挙句に円堂さんは胴上げの餌食になってしまいます。
わっしょいわっしょいとお祭り騒ぎ。上がる所まで上がりきった男の子のテンションは私にはちょっとおバカっぽく見えるのですが……まあ、この際もう体裁なんてどうだっていいでしょう。
投げられている円堂さんは幸せそうで、胴上げしている皆さんもそれまでの疲れなんて吹き飛んでしまったように元気な笑顔ですし、加えて彼らだけでなく秋さんたちもベンチを飛び出し胴上げに参加しちゃっています。なら、私だってはっちゃけたっていいはずです。
と、僅かに残った理性も投げ捨て優勝の喜びに浸りに行こうとした、その間際。危ういところで届いた声が、バカ騒ぎに向きかけた私の足を止めました。
「僕たちの負け、か……。自分でも驚くくらいのシュートが打てたのに、まさかそれまで止められるなんてね。ともかく、おめでとう」
「アフロディさん……」
彼は、まるでつきものが落ちたように穏やかに微笑んでいました。敗北を喫したのだから悔しそうな顔の一つくらいはあってしかるべきなのでしょうが、そんな様子は微塵もありません。
そんな彼に逡巡の間の後、私は結局謙遜の類を他人行儀と一緒に投げ捨てて、微笑み返してあげました。
「正直、私も何が起きたのかよくわからないうちに勝っちゃった、って感じなんですけどね。まあ、祝福のお言葉はありがたく頂いちゃいます」
「そうか。……僕も、なんだかまだ夢を見ているような感覚だよ。あれだけ負けたくなかったのに、今はどうしてか、不思議と悪くない気分なんだ。どうしてだろうね。……それとも、君たち雷門が言っていた“本当のサッカー”に、僕も近づけたということなのかな……」
「あら、そうなら私たちもうれしいです。ボコボコにされたことも報われちゃいますね。あっちの皆さんにも言ってあげちゃったらどうですか?」
「あっ、いや……今思えば、あれは間違った行いだったよ。サッカーじゃなかった。……だから、その……」
「……ふふっ、冗談です。皆さんには後で私から言っておきますから」
微笑の中に自然と混ざってしまった悪戯心へ、アフロディさんは申し訳なさそうに視線を彷徨わせました。
その反応から察するに、やっぱりというか、アフロディさんも私が世宇子の一員だったことを覚えてはいないようです。
が、まあそれはわかっていたことですし、今となっては些末事。さっさと彼への意地悪と一緒に怪奇現象の探求を打ち切ると、彼は私の期待通りの当惑を見せつけてくれながら、ふと一瞬、祈るように目を閉じました。
「そ、そうか……。それじゃあ、よろしく。これからどうなるかはわからないが、いつかまた……今度は最初から正真正銘のサッカーで、君たちと試合を……いや、僕たちがそれを望むなんて、おこがましい話か。とにかく、雷門の皆によろしく頼むよ。それじゃあ――」
「アフロディさん」
途中で切られたその祈り。サッカーを愛するが故の想いで遠慮がちに伸ばされた手を、もちろん私は捕まえます。捕まえ、切られたそれをまた繋げて、そして冗談交じりに、改めての別れの一言。
「練習する場所がなかったら、ウチに来ちゃってもいいですよ? 何ならお互いメンバー入れ替えちゃったりして、楽しくやれちゃいそうですし」
「――君と……君たちと僕たちが一緒に……? ……そうだね。それは確かに――」
楽しそうだ。クスリと笑って、アフロディさんは他の皆さんへと帰っていきました。
――と、その直後。彼を見送る私の背中にドッと重いものがのしかかり、ハイテンションな怪訝というどうやって出しているのかよくわからない声音が耳打ちしてきます。
「アフロディとなに話してたんだ? なんか妙に仲よさそうな感じだったけど!」
振り返って見るまでもなく、円堂さんです。いつの間に胴上げから解放されたのでしょう。
それに、どうやらアフロディさんとの会話を見守られていた様子。そしてしかも彼が胴上げから解放されているということは、彼を胴上げしていた他の全員までもが、彼と同じように私の反応を待っているということです。
「なんでもない」と流すことはできません。故に、私は振り向き、笑顔と共に言いました。
「私と豪炎寺さんの【ファイアトルネードDD】がすごかったってお話です。さすが雷門の二大エースだって、褒められちゃいました」
「なに……?」
「なっ……!! 『二大エース』、だと……!? あの野郎ッ、俺を差し置いて……ッ!!」
「ま、まあまあ染岡……。仕方ないよ。後半戦、怪我でベンチだったんだから」
「そうッスよ! 怪我さえなかったら、『三大エース』って呼ばれてたはずッスから! ……たぶん」
「『たぶん』って何だ壁山ァッ!!」
「ひひいぃぃっ! ぼ、暴力反対ッス!」
キョトンとする豪炎寺さんをよそに、思惑通りに噴火してくれた染岡さん。マックスさんが宥めるのもつかの間、口を滑らせ怒りの矛先を自分に向けてしまった壁山さんでしたが、幸いなことに木野さんのフォローが入ります。
「もう染岡君ったら! こんな時に怒らないの! 佳ちゃんも、無意味に人を煽っちゃダメでしょう?」
「……はぁーい」
テキトーを言ったことはどうやらバレていたみたいです。さすが秋さん、見事な慧眼です。
さらに続いて、一之瀬さんと土門さんからも呆れの声が。
「そうそう。なんていったって、俺たち優勝したんだからさ!」
「観客にも応えないとね! ほら!」
言われ、気付きました。沸きに沸いた観客席から聞こえてくる雷門コール。それに、私たちの優勝を祝福してくれている紙吹雪。
あちこちで煌めくカメラのフラッシュ光も合わさって、すごく幸せな光景でした。誰からともなく、手を振ってそれに応じます。
「……本当に、優勝したんだな、俺たち……!」
「ああっ……見てますか、秋葉名戸の同志たち……! 僕は、僕たちはやりましたよ……っ!」
「……あれ? メガネさん、試合に出てたっけ? あんまり記憶が……」
「出てた……んじゃないかな、たぶん……。ふふふ……俺より影が薄いなんて、やるね……」
風丸さんもメガネさんも少林さんも影野さんも、みんな改めて、優勝を噛みしめることができたでしょう。一部何やら気になることを言っていますが、しかしそれを追求するのも今は野暮。みんなこの光景のために今まで戦ってきたのだから、今はそれに浸るのみです。
特に強い動機を持ってこの試合に臨んだ人もいるのだから、尚のことその時間は必要でしょう。
「優勝……! やったね、お兄ちゃん!」
「ああ……! 源田たちにいい報告ができる」
「ええ、本当に。パパも……理事長も、きっと喜んでくださっているでしょう」
「それに、イナズマイレブンの親父共もな。……本当に、よくやったなお前たち……! 俺たちが成し遂げられなかったフットボールフロンティア優勝の夢を……大介さんの夢を、よくぞ……っ!」
しみじみと呟く鬼道さんたち兄妹と、夏未さん。響木監督なんかは感極まったのか、涙ぐんでしまっています。
サングラスを取って顔を覆う彼。その姿に、円堂さんも感じるものがあったのでしょう。
監督と、それを気遣う音無さんと夏未さんへ向けていた目をふと閉じて、手の古びたグローブを握り締めてしばらくの後、再び観客席へ。
彼はより誇らしげな顔で手を振りながら、独り言のように呟きました。
「……俺たち、なれたのかな。伝説のイナズマイレブンに……!」
ふふっと、呟きが聞こえた私たちから、同じような小さな笑みが零れます。
「……いいや。
豪炎寺さんの含み笑い。そう、私たちはまだゴールにたどり着いたわけではありません。
「ええ。――伝説は、これから始まっちゃうんですよ……!」
すべては始まったばかりなのです。この優勝は終わりではなく、私たち雷門の、新たな伝説の始まり。
そして、“私のサッカー”――“仲間との楽しいサッカー”の始まりなのです。
幼いころにサッカーを始めてから今日のこの瞬間まで――今までの時間は例えるならきっと、ユニフォームを着てスパイクを履き、ボールを手に取っただけの事前準備だったのでしょう。正真正銘の“サッカー”は、ここからがスタート。
サッカーの
いいえ、私だけでなく、きっとみんなも同じです。だからその分よけいに楽しく、幸せな気分はとめどなく、もはや言葉にしようもありません。
そんな幸福と、これからのサッカーへの希望を胸に抱きながら、私は大事な仲間たちと共に、いつまでも手を振り続けるのでした。
『――まさか、接続越しに広域洗脳プログラムを弾き飛ばしてしまうなんて……。いえ、状況的にはプログラムを乗っ取った、という方が近いでしょうか……? いずれにせよ、予想外にもほどがあります。全く……』
はぁ、と。その手に煙を吹くサッカーボール型の装置を持ちながら、ローブの人影が無機質な機械音声で、酷く人間的な感情がこもったため息を吐き出した。
スコアボードの上という誰の眼にも映る位置で、しかし誰の眼にも映ることなく優勝した雷門にトロフィーが授与される場面を見下ろす人影は、手のサッカーボールを押し潰すようにして無理矢理元の薄板に戻すと、懐にしまい込み、もう一度ため息を吐く。
『これも円堂 守の影響力なのか……それとも、洗脳プログラムの調整で何らかのミスを出してしまっていたのか。……ミスだったらまずいですよね、単身且つ独断の行動ですし、責任を擦り付ける相手もなし。感情以外のお題目は最低限用意しておかないと、最悪、この任務から外されたりして……なんて、それはない、か……』
さらに三度目のため息。そうして胸の内の億劫をすべて吐き出し尽くすと、人影は耳のインカムに手を添えた。
『……まあ、癪ですけど着実に強くなってはいます。このタイミングで、自覚なしとはいえ化身を発動させられたのは間違いない成果。これでどうにか納得してもらうことを祈りましょう』
ピ、と電子音。通信が繋がり、同時にローブの人影がモニター画面に走るノイズのような歪みを纏い、消えゆく――その、間際。
「精々、円堂 守の傍で強くなってくださいね――
ノイズの狭間、零れた吐き捨てるような女の声は、やはり誰に聞かれることもなくその姿と共に掻き消えるのだった。
くぅ疲。これにてフットボールフロンティア編完結です。
一年くらいで書き切れるかなぁという当初の目測から半年くらいオーバーして途中心が折れそうになったりもしましたが、どうにかここまでたどり着くことができました。感想、お気に入り登録、評価に誤字脱字報告に支援絵に等々、本当にありがとうございました。
そして続きのエイリア編のお話。書くにしてもちょっと体力回復と展開の構想とその他諸々の時間をいただきたく思います。つまるところ未定です。よろしくお願いいたします。
そしてやっぱり感想もくださいお願いいたします。