雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第六話 私の使命

 エイリア学園を倒すために旅をすることが決まった翌日です。私はボロボロになった雷門中のグラウンドにいました。

 

 なにせいつまでかかるかわからない旅に出るわけなのですから、その準備が必要だったのです。

 にもかかわらず、そのために与えられた猶予時間がたったの一日というのはいかがなものかと思わずにはいられませんが、しかしこうしている間にもエイリア学園の地球侵略は動いているはずなのです。致し方ないことなのでしょう。

 

 それに事実、私はその一日足らずの時間で旅支度を整え終えています。今現在は、他の皆さんを待ちぼうけしている最中です。

 荒れ果てた学校敷地で唯一無事だったベンチに腰掛け、もう既に一時間ほどぼんやりを続けていました。

 

 

「……あんな人(・・・・)と、宇宙人退治ですか……」

 

 

 そうして。ぼうっと青空を流れる白雲を眺めながら、しかし私の頭の中身は昨日現れたあの女性と、そして豪炎寺さんのことでいっぱいでした。

 

 肩にかかった長髪を手で払い、キザったらしく現れた彼女、吉良 瞳子さんは、エイリア学園と戦う私たちの新しい監督さんであるそうです。

 

 私もみんなも響木監督が付いてきてくれるとばかり思っていたのですが、曰く他にやることがあるとかないとか。あるいは響木監督もそれなりのお歳ですし、バスに揺られる長旅に身体が耐えらないと思ったのかもしれません。

 

 ともかく、彼女は私たちの新しい監督さんでした。そして同時に、まるで信用ならない監督さんでもあったのです。

 

 開口一番『豪炎寺くんはチームに入れません』だなんて、そんな事を宣うような人を信用できるわけがないでしょう。

 雷門から豪炎寺さんを省くなんて普通に考えてありえないことです。しかもそのことでこちらが文句を言えば、「こんな甘いことを言うような子が本当に日本一のチームなのか」なんて嫌味まで吐いてくる始末。もうこの時点で彼女への信頼度は底値でした。

 

 しかし、だからといって彼女を罷免したりはできません。彼女の監督就任は既に決まってしまったことであり、そもそも他に宇宙人退治チームの監督になってくれるような人はそうそういるはずがないのです。

 

 故に、バカげたことを口にした信用ならない監督さんでも、私たちは彼女の下に集う他なく。

 こうして今も荷物を詰めたダッフルバッグと共に、悶々としながら愚直に皆の集合を待っていたのでした。

 

 

「――ふう。ついたぞ、一番乗りだ……って、ベータ? なんだ、もう来てたのか!」

 

 

 と、ベンチに腰掛けどれくらいか経った頃です。ようやく私以外の一人目が、円堂さんがグラウンドにやってきました。

 

 ミチミチと、はち切れんばかりに膨れた背中のバッグは、恐らくスペースを考えず乱暴に物を詰め込んだせいでしょう。いつ台無しになるかもわからないほどなのに、そんな事など気にもせず、彼はいつもの底抜けに明るい笑顔で見つけた私に手を振っています。

 

 そして、その背後にさらに二人。鬼道さんと音無さんが、兄妹揃って同じく会釈。私も応えて手を上げて、その勢いで悶々とした思考を打ち切りました。

 

 

「はい、残念ながら円堂さんは二番乗りです。……それにしても、皆さん来るの遅いですね。私、待ちくたびれちゃいました」

 

「俺たちが遅いんじゃなくて、お前が早いんだ。驚いたぞ、俺たちよりも早くに来ているなんて」

 

「そうそう! 俺、すっげー急いで荷物纏めて、しかも走ってきたんだぜ? それでも遅いって、どれだけ前から待ってたんだ?」

 

「さあ? 一時間くらいかしら」

 

 

 鬼道さんと円堂さんの疑問にちらりと目をやって、視界に写した時計によればおそらくたぶんそれくらい。なんとなくで出した数字は、しかし三人にとっては驚くべきものだったようです。

 

 

「えっ、一時間もですか!?」

 

「ええ、まあ。たぶん」

 

 

 荷物を下ろしながら、音無さんは驚きの声を上げました。そして次いで、彼女は不思議そうに、あるいは感心するように、私へと言いました。

 

 

「よく、そんなに早く親を説得できましたね?」

 

「説得?」

 

 

 と、そんな事を。

 

 何の話か、一瞬わかりませんでした。思わず首が傾いて、そんな私に音無さんのほうも目を瞬かせながら、「だって」と言葉が続きます。

 

 

「宇宙人を倒す旅に出るなんて、普通親は反対するじゃないですか。私のお父さんとお母さんも、結構大変だったんですよ? お兄ちゃんが一緒になって説得してくれたから、それでもずいぶん早いうちに許してもらえたんですけど……」

 

「ああ、そういう……」

 

 

 言われてみれば確かにです。普通の校外遠征とはわけが違うのですから、そりゃあ子供の親はいい顔をするはずがありません。

 

 普通、止めるでしょう。故に説得のために時間がかかってしまうのは、当然のことであるのです。

 

 

「俺のかーちゃんも最初は中々許してくれなくてさ。でもとーちゃんが応援してくれたんだよ、『守がそうしたいのなら』って。まあ、それでも絶対無理はしないって約束させられたけどな。……ベータのとこはどうだったんだ?」

 

 

 当然のことだから、もちろん円堂さんは私にそう訊いてきます。鬼道さんと音無さんも、どう言いくるめたのかと興味津々な眼差しだったのです。

 

 ですが、しかし。

 生憎私は、その期待には応えることができません。

 

 

「どうもこうも……なにも(・・・)。私、親がいないので」

 

「え……」

 

 

 途端、三人から声が消えてしまいました。こういう気まずい空気になってしまうからあまりおおやけにしたくはなかったのですが、まあ、仕方がないでしょう。

 

 

「……せ、先輩。親がいないって、どういう……?」

 

「意味も何もないですよ? ……私って捨て子なので、元々親がいないんです」

 

 

 そういうわけであるのです。

 

 

「ずっと施設育ちで、それで中学に上がってから独り立ちして、今は一人暮らししちゃってます。なので説得する相手がそもそもいないんですよね」

 

 

 自分の親なんて顔さえ知りませんし、調べたってわかりません。

 しいて言えば面倒を見てくれていた施設の職員さんがそれにあたるのかもしれませんが、それにしたって円堂さんたちのように親子の愛情を受けたわけでもありません。

 何人もの孤児を相手にする職員さんに特定の子を構い続ける余裕なんてないのですから、お互いに大した愛着もないのです。

 

 

「……そうだったのか。すまない、嫌なことを話させた」

 

「ああいえ、別に気にしてるとかじゃありませんので。何なら普段は忘れちゃってるくらいですよ、親がいないことなんて」

 

 

 ごくたまに、例えば音無さんと鬼道さんの本当のご両親の話を聞いた時なんかにふわっと思い出すくらいでした。私にとってはその程度のお話です。

 

 だから私に両親がいないと知った彼らが申し訳なさそうな、それでいて憐れむような眼を向けてくる意味は、正直に言ってよくわかりません。ただただ鬱陶しいばかり。

 なので。その余韻を消すために、私は努めて明るく口にしました。

 

 

「そういえば、このことを話したのって秋さん以外では三人が初めてですね。ふふっ……なんだかちょっとドキドキしちゃいました」

 

「ど、ドキドキって……。でも、そうですね。正直、ちょっと意外でした。ベータ先輩、一人暮らしだったんですね」

 

「まあ、中学生で親元を離れちゃうっていうのはあんまりないことかもですね」

 

「それもありますけど……でも一人暮らしなら、自分で家事とかもしなくちゃダメじゃないですか。その割にベータ先輩、前の合宿じゃあんな(・・・)感じだったので……」

 

「そういえば……中々にひどかったな、あのニンジンの皮むきは。一人暮らしで料理をしてこなかったのか? 今までどうやって生きてきたんだ、お前は」

 

「む……別に、お料理なんてしなくてもコンビニとかスーパーとか、出来合いのご飯を売ってるとこなんていくらでもあるじゃないですか。響木監督のお店だってそうですし……」

 

「え……!? もしかして先輩、ご飯はコンビニ弁当か外食ばっかりなんですか!? 絶対よくないですよ! スポーツマンなんだから、食べるものももっとしっかり考えないと!」

 

「いえいえ、ちゃんと考えてますよ。野菜とかお肉とか、ちゃんとバランスよく――」

 

「いや、春菜の言う通りだ。無論出来合いの品が悪とは言わないが、そういうものの多くには栄養の偏りがある。中華などは特にそうだ。主に油分や塩分が総じて過剰で、これらを多く摂取しすぎれば――」

 

「わかってますってば! でも、そういうとこまで気にしちゃってもしょうがないでしょう? ……どうせ私、お料理のセンスは夏未さん並みみたいですし」

 

「……じゃあさ、ベータ。今度の夕飯、俺の家に来いよ! かーちゃんの料理、栄養満点ですっごくうまいからさ!」

 

「それはありがたいお誘いですけど……ご迷惑だったりしちゃいません?」

 

「全然! かーちゃんもとーちゃんも喜ぶよ! ……そうだ! せっかくだし、その時は雷門のみんなも呼んでパーッとやろう!」

 

「ほう、いいかもな。……聞いたが、地区予選で優勝した時、祝勝会をやったんだろう? なら今度はエイリア学園を倒した記念の食事会か」

 

「おお! いいな、それ! 楽しみだぜ!」

 

「そのためにも、早いところジェミニストームを倒しちゃわないとですね」

 

 

 などと、四人の内で交わされる呑気な談笑は、そうしてしばらく続くことになりました。

 

 

 そしてそれがちょうど終わりの気配を見せるころ、他の仲間たちも続々とグラウンドへと集まってきました。

 

 旅立ちの荷物を携えて、父が母がと説得の苦労を語り合うのはお決まりの展開で。そうしてそれでもなんとか説き伏せてこの場にやってきた彼ら彼女らの目は、これも一様にエイリア学園打倒に燃えています。

 私たちのサッカーを取り戻すため、集まったみんなは気力に満ちていたのです。

 

 けれど、それでもやはり、全員集合まであと一人という時に姿が見えない()のことは、みんなどうしても気になって。

 だからこそ、私たちの集合と共に現れた理事長さんと響木さん、そしてイナズマキャラバンの運転手を買って出てくれた用務員の古株さんの紹介に引き続き、瞳子監督が私たちへと冷たく指示を出した時、私たちは全員、その顔に渋面を作ることになりました。

 

 

「……どうしたの。もう一度言わねばわからないかしら。……全員、イナズマキャラバンに乗車しなさい。集まった情報から、目的地はもう決まっています。エイリア学園を打ち倒すために、今すぐに出発するわよ」

 

「……でも瞳子監督、豪炎寺がまだ来ていません。あいつが来ないうちは、俺たち出発できません」

 

 

 皆を代表して円堂さんが硬い声を返したように、まだ一人、豪炎寺さんがこの場に揃っていませんでした。

 

 理事長さんたちへの挨拶を済ませ、荷物をキャラバンに積み込み準備万端ではあるものの、しかし彼がいないうちは乗り込めるはずもありません。当たり前です。

 ですがしかし、いの一番に豪炎寺さんを切り捨てた当の彼女はまたしても厭味ったらしく息を吐き、私たちへと失望の眼を向けました。

 

 

「どうもあなたたちは私の言葉を聞く気がないようね。ならば何度でも言ってあげるわ。――豪炎寺 修也くんは、私のチームには必要ありません。彼はエイリア学園と戦うチームに所属する選手ではない。……彼はここにはやってこない。彼を待つ必要などないことを認めなさい」

 

「そんなっ……そんなことないッ!! 豪炎寺は、俺たち雷門に必要不可欠なエースだ!! あいつがいてこそ、俺たちは雷門イレブンなんだ!!」

 

「そうだ!! あいつをチームに入れないって言うのなら、俺たちはあんたには従わない!! あんたの理想のチームとやらは、俺たち抜きで作ればいい!!」

 

 

 そうだそうだと上がる声。声を上げた円堂さんと風丸さんを中心に、みんなが瞳子さんへと反意を向けます。

 

 

「……おいおい、やめないかお前たち。彼女はお前たちの監督なんだぞ」

 

「それを認めることができないという話です。……響木監督、やはりあなたに監督を続けていただくことはできないんでしょうか」

 

「ダメだ。……全く、困った奴らだな」

 

 

 と、響木さんの仲裁も全く意味をなさないまま。彼は鬼道さんの懇願にため息をつき、ふとどこかへと電話をかけ始めます。

 

 その間にも、瞳子さんへの非難の声が止むことはありませんでした。四方八方から敵意を浴びせかけられて、それは普通であれば多少なりとも気持ちが参ってしまうほどだったでしょう。

 しかし、けれど彼女はそんな只中に於いても一切怯むことがありません。まるで堪えた様子もなく、変わらぬ冷たい声色で言いました。

 

 

「エースなら米田さんがいるでしょう。豪炎寺くんが居なくても、彼女一人で得点面はカバーできるわ」

 

「そのベータと豪炎寺が力を合わせて、ようやく点を取れるのがジェミニストームなんだぞ!? あんた、監督だってのにそんなこともわかってねぇのかよ!!」

 

「ベータと豪炎寺、二人のシュート以外にどうやって得点出来るっていうんだ!!」

 

 

 瞳子さんは私を引き合いに出して頑ななまま。染岡さんと半田さんの言葉は届きません。

 特に染岡さんなんか、こういう時ならいつもは自分がストライカーに数えられないことに腹を立てそうなものですが、それすら忘れてしまうくらいに顔を真っ赤にしていました。

 

 瞳子さんの物言いはそれくらい納得できないし、許しがたいことだったのです。

 

 そして私も、それに全面的に同意します。雷門は豪炎寺さんがいてこその雷門です。

 それは豪炎寺さんだけにあらず、円堂さんも染岡さんも鬼道さんも一之瀬さんも、そして他のみんなも同じこと。誰一人として欠けていいなんてことはありません。

 みんな揃ってこそ雷門イレブン。故に瞳子さんの味方は、少なくとも私たちの中にはただの一人もいませんでした。

 

 だから当然、場は荒れました。譲る気のない瞳子さんと、こちらも出発を認めない私たち。どちらも引かない不毛な言い争いが長々と続き、どんどん時間が過ぎていきます。

 

 そして――その時でした。

 

 

「……来たか、豪炎寺」

 

「っ! 豪炎寺!?」

 

 

 不意に響木監督が手を振った、その先です。

 豪炎寺さんがそこにいました。走って来たのか息を弾ませ、硬い眼差しで私たちを見つめています。

 

 それを眼にした途端、私たちの言い争いはすぐさま収束。渋面が、一転して喜色へと変わりました。

 

 

「待ってたぞ豪炎寺! お前、来るの遅すぎだぜ!」

 

「あの新監督の言うことを真に受けてほんとに来ないつもりなんじゃって、ちょっと心配になってたところだよ! いやぁ、よかったよかった。これで正真正銘、雷門イレブン集結だ」

 

「ああ、これで準備は整った。……もう随分時間が押してしまっている。新監督じゃないが、早く出発しよう」

 

「よぉしっ! いよいよサッカーを守る戦いの旅に出発だ!」

 

 

 おおっ! と、皆さんから鬨の声が上がりました。

 

 瞳子さんの出発指示と比較して、その団結力は天と地です。信用の差というか、至極当然の結果というか、彼女が『来ない』と言っていた豪炎寺さんがこうして現れたのだから、もう彼女と交わす言葉なんてないのです。

 嘘を言ってまで豪炎寺さんをはぶろうとする意地悪監督は、私たちには必要ありません。意見はそれで全会一致。もはや誰も瞳子さんに目をやることすらなく、一塊になったのでした。

 

 が、しかし。喜色満面な私たちに対して一人だけ、豪炎寺さんの顔色が――ヘンでした。

 

 たぶん、そのことに私だけが気が付いました。そしてさらに、冷えた頭が彼の手元にもふと気付き、それを怪訝に尋ねます。

 

 

「……豪炎寺さん、手ぶらじゃないですか。旅の荷物、忘れてきちゃったんですか?」

 

 

 ダメじゃないですか、長旅になっちゃうかもしれないんですから――と。そう口にする直前でした。

 

 

「いや。俺は……行かないんだ」

 

「行かないって……? どこに?」

 

 

 豪炎寺さんが首を横に振り、円堂さんがそれにキョトンとしています。

 

 言葉足らずなそれは、私にも意味が分かりません。ただその表情が、言葉以上にその心意を露にしていて。

 

 

「俺は……お前たちとは、一緒に行けない。エイリア学園は、お前たちだけで倒してくれ」

 

 

 そう、彼は申し訳なさそうに言いました。

 

 みんなそれを信じられなかったのでしょう。一瞬で全員が押し黙り、グラウンドがしんと静まり返りました。

 

 校舎の崩壊から辛うじて生き残った木々が梢を鳴らす音だけが響き、その風が私たちの下まで届いても、皆の白痴は続きます。

 

 言葉は、信じ難いものです。けれどその声は、瞳子さんの口から吐かれるそれとはまるで違って重く冷たく。故に拒む心に油圧か何かで押し込むように、ゆっくりと無理矢理入り込んできています。

 自分たちの目の前で、しかも当人が言った言葉を、誰も嘘だとは言えませんでした。だから結局みんな心の門を押し破られて、今度は困惑と驚愕を以ってして豪炎寺さんに詰め寄ることになったのです。

 

 

「な……なんでだよ、豪炎寺!? 行かないって……それって俺たちのチームから、雷門イレブンから抜けるっていうことか!? そんなわけないよな!?」

 

「違わないよ、円堂。……そうだ。俺は雷門を……抜ける。そうしなきゃだめなんだ」

 

「どうしてそんなことを言うの!? 豪炎寺くん、あなたエイリア学園に負けて、部室まで壊されて、それで終わりでいいの!? ……まさか、瞳子監督の言う通り、ベータさんがいればいいなんて、そんなこと考えてるわけじゃないでしょう!?」

 

 

 みんな豪炎寺さんに裏切られたような心地なのでしょう。円堂さんに続いて、夏未さんもがヒートアップしています。

 彼女は何か思い詰めたような眼で私を示し、豪炎寺さんはそんなことをする人じゃないと訴えていますが、しかし、豪炎寺さんの眼は変わりません。

 

 変わらずに、そこには悲しみと引け目と――そして最近までよく目にしていた憂い(・・)の色が、差していました。

 

 私だけが知っています。それは、目覚めない夕香ちゃんを見る眼です。

 

 しかし、夕香ちゃんはつい先日、その長い眠りから目覚めました。豪炎寺さんが彼女に抱いていた憂いは、その時、確かに晴れています。

 だから本来ならば、その眼差しが曇っていることはあり得ないのです。そのはずですが――。

 

 

「っ……!!」

 

 

 私は思い出しました。夕香ちゃんが目覚めたその直後、病室に現れたウルビダさん。

 その背に不気味な禿げ頭の部下を連れながら、彼女が口にした豪炎寺さんへの脅しの言葉です。

 

 『貴様が我らに付かないのなら、貴様の妹、豪炎寺 夕香の身の安全は保障できない』。

 

 豪炎寺さんは、きっと夕香ちゃんを人質に取られてしまったのです。

 

 

「っ……ご、豪炎寺さん、まさか――」

 

 

 本当に? と。思い至ってしまった私は、しかしやはり信じることができません。たまらず豪炎寺さんに眼を向けています。

 まさかウルビダさんが本当にそんなことをするなんて、と相も変わらず根拠のない感覚に身を委ね、彼へと尋ね――しかし。

 

 

「……すまない」

 

 

 その彼に、続く言葉を制せられてしまいました。

 

 言うな、という意思表示。私に眼を向けずに伸ばした手が声を遮って、黙らせます。

 だから脅迫(それ)は誰にも知られることはありませんでした。

 

 

「豪炎寺、どうして……」

 

「一緒に、戦ってくれないんスか……?」

 

「そんな……」

 

 

 押し黙る豪炎寺さんに、皆さん戸惑うばかりです。困惑には行き場がなく、皆の「なぜ」「どうして」は膨れる一方。

 

 このままでは、きっと何も前に進みはしなかったでしょう。だから――恐らくさっきの電話で豪炎寺さんを呼び出したのだろう響木監督は、皆さんを納得させるために困惑の渦へと割って入り、言いました。

 

 

「そういうわけだ。豪炎寺は、お前たちと共には行けない。……どうしようもない事情があるんだ。わかったら、いい加減落ち着けお前たち」

 

「事情って……要するに、豪炎寺が親を説得できなかったってことですか……? だったら、俺たち全員で説得に行ってきます! ちゃんと話してお願いすれば、きっと――」

 

「駄目よ。何を言おうと豪炎寺くんは私のチームに入れさせません。それにあなたたちも言ったように、もう随分時間が押しています。これ以上の問答をする暇はないわ」

 

「っ、でも――」

 

 

 響木監督と瞳子さんに円堂さんが言い募るも、しかしそれも無下にされてしまいます。

 当然です。円堂さんが何をどうしたって、夕香ちゃんを人質に取られてしまった豪炎寺さんは一緒に旅には行けないのです。

 

 けれどそれを円堂さんたちは知る由もなく、だからこそ未練を断ち切ることができません。本人までもが否を言っているのに、それでも何か方法があるはずだと右往左往がやめられず――故にこそ、でした。

 

 その戸惑う心に、響木監督の言葉は深く響いたのでしょう。

 

 

「まだわからないのか、円堂! エイリア学園との戦いは、お前たちが戦い抜いたフットボールフロンティアのそれとは違うんだ!」

 

「っ、監督……」

 

 

 びくり、と。円堂さんと皆さんの背筋が伸びました。響木監督はそんな私たちへ瓦礫と化した雷門校舎を指し示し、怒声を戻すと言い聞かせるように続けます。

 

 

「今度の敵は得体の知れん宇宙人だ。しかもお前たちを大差で下し、挙句校舎を破壊するほどのパワーを秘めた連中だ。そんな奴らを倒そうというのだから、当然、その旅路は厳しい試練の道になる。奴らの強大な力に対抗するためには、お前たちは血反吐を吐くような思いをしなければならんだろう。

 ……だが、いつまでも豪炎寺に縋っているようなヤツが、そんな厳しい試練を乗り越えられるか? 豪炎寺は共に行けないと言っているのに、それを認められないような弱い心で、エイリア学園を倒せるほどに強くなれるのか? ……いいか、円堂。そしてお前たち。お前たちが歩もうとしている道は……今までのような“楽しいサッカー”、では、ないんだ」

 

 

 そう、なのです。

 

 “楽しいサッカー”。私がやっと見出した、私にとってのサッカーそのもの(・・・・)

 これはそんな、心から信頼できる雷門の仲間たちとのサッカーを守るための戦いなのです。

 

 ひいては他の学校や、日本を守るため。戦わなければならないという使命の重さを、みんな正しく自覚できていませんでした。皆にとっては今までのサッカーの延長戦でしかなく――しかし、たった今その思い込みは消えました。

 

 これは戦い。試合などではありません。

 “楽しいサッカー”を守るための――戦争です。

 

 だから、

 

 

「……もし、お前たちが“楽しいサッカー”だけを求めているのなら……悪いことは言わん。キャラバンから降りろ。それがそいつのためだ」

 

 

 例えその先に苦難が待ち受けているとしても、私は、私たちは、戦わなければならない(・・・・・・・・・・)のです。

 

 

「……俺は、降りません……! 苦しくても、辛くても……それでも、俺はサッカーが大好きだから!」

 

「お、俺もです!」

 

「俺も、戦います!」

 

「俺も!」

 

 

 円堂さんを皮切りに、皆さんもその意思を示しました。困惑と、そして甘えは使命感を突き付けられて、その咽喉の奥へと消えていきます。

 

 豪炎寺さんは、一緒には戦えない。けれどそれでも、私たちは瞳子さんの――瞳子監督の下で戦うことを止めるわけにはいかないのだと。

 呑み込んで、そしてみんながその決意で以って、詰め寄っていた豪炎寺さんからゆっくりと身を引きました。

 

 

「……よろしい。さあ、出発するわよ。全員乗車!」

 

 

 今度こそ瞳子監督の指示通り、皆さんキャラバンへと乗り込んでいきました。かわるがわる、響木監督の隣に立ち竦む豪炎寺さんへと思わせぶりな眼を向けて、しかしぐっとこらえて押し黙りながらステップを上ります。

 

 

「豪炎寺……絶対、戻って来いよ! 待ってるからな!」

 

 

 ただし円堂さんだけは我慢が利かず、何も応えぬ豪炎寺さんへうっすら涙を浮かべました。

 

 そして、最後に私です。私も他のみんなと同様、詰まった胸では言葉も出せず、彼から眼を逸らしたまま、扉の縁に手をかけます。そのまま一息に、乗り込もうとして――

 

 

「ベータ」

 

「っ、豪炎寺、さん……」

 

 

 直前、それまではただ申し訳なさそうな眼をして立ち尽くしていた彼が、不意に踏み出し私の手を掴んできました。

 

 少しだけ心臓が跳ねて、未練がましい期待が鎌首をもたげてきます。けれどそれが私の表に出る前に、握られた手の中にしゃらりと、温かい小山が乗せられて。

 

 

「雷門を……頼む」

 

 

 短くそれだけ言って、彼は私をキャラバンの中へ押し込みました。

 

 直後、扉が閉まります。瞳子監督が運転席に座る古株さんを急かしているようで、すぐに着席とシートベルトの注意をされて、私は何も考えられるままそれに従います。

 

 ――衝撃、というか。豪炎寺さんにそれを手渡された途端、どうしてか胸だけでなく息まで詰まったような心地になってしまったのです。

 故に唖然としたまま、秋さんの隣の窓際に腰を下ろした私はその手の中、豪炎寺さんに託された――彼が夕香ちゃんからもらったという、小さなペンダントを確かめて、

 

 

(……豪炎寺さんの分まで、私が皆さんを――)

 

 

 と。

 

 窓の外、キャラバンが動き出し、小さくなっていく彼の姿を見つめながら、私は手の中の重さを固く握りしめることになりました。




以上、エイリア編序章でした。
また今までのようにある程度纏めて投稿していく予定なのでよろしくお願いします。
…とか言いながら次の更新はたぶんそこそこ遅れます。理由は言わずもがな。
そしてやっぱり感想くださいはずっと言い続けるのでこっちもよろしくお願いします。
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