雷門中のベータちゃん! ~連載版~   作:もちごめさん

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第九話 負けられない試合

 そうして連日の練習をやり遂げて、気付けば早くも尾刈斗中との練習試合当日。

 部室でのミーティングを終えた私たちは、皆で話しつつフィールドへと向かっていました。

 

「……今日のフォーメーション、4-3-3ですか。攻撃面の強化はいいですけど、やっぱり守備が不安になっちゃいますね」

 

「ああ。ミッドフィールダーを三人に減らすとなれば、当然中盤の層が薄くなる。そこを突かれると厄介だぞ、円堂」

 

「でもせっかくストライカーが三人になったんだから、活用しない手はないだろ? ……大丈夫さ! 今日のために壁山たちも必死に練習してきたし、俺だって染岡との特訓で【ゴッドハンド】を完全にものにした自信がある!」

 

「特訓、ねぇ……。じゃあまた聞いちゃいますけど、結局、染岡さんの必殺技って完成できたんですか? ずぅっと二人で居残り練習続けてたみたいですけど」

 

 という戦略についての雑談の中、ふと思い出した私はちょっと後ろを歩く染岡さんに話を振ります。

 彼の必殺技の特訓、最初にその練習風景を見たのは偶然ですし、尾刈斗戦へ向けた練習が始まった日からは一度も目にしていません。皆さん集まっての練習でもお披露目されることはなかったので、その進捗は染岡さん本人か、練習相手をしている円堂さんしか知らないわけです。

 

 故にあえて染岡さんへ質問の言葉を投げかけました。もしこれで完成していなかったら、それを自ら口にする染岡さんはいったいどんな表情を見せてくれるのでしょう。

 とそんな感じの、前回同様のちょっとした揶揄いでしたが、しかしどうやら私の期待は今度こそ外れていたようです。振り向き見やった染岡さんは全く憤った様子もなく、私と豪炎寺さんへ静かな闘志を燃やしていました。

 

「……俺はお前たちとは違う、染岡 竜吾のサッカーをするだけだ。それがすごいかどうか、知りたけりゃ黙って俺にボールをよこせばいい」

 

「あらま自信満々って感じ。ということは、ちゃんと完成させられたんですね、必殺技」

 

「当たり前だ! お前らには負けてねぇ……俺は雷門の、エースストライカーだからな……!」

 

「エースストライカーか……ふっ、言うじゃないか」

 

「お前たちがどれだけすごくても、雷門のエースストライカーの座は絶対譲らねぇ!」

 

 豪炎寺さんの不敵にも不敵で返せるその度胸。もしかしたら必殺技習得に際して考え方でも変わったのかもしれません。口にしたその単語に以前のような淀みはなく、本当に確固たる自信を付けてしまったふうな感じです。

 それとも習得した必殺技がそれほどすごいものなのか。であるなら、今日の試合くらい花を持たせてあげるのもいいかもしれません。

 そう思って、言いました。

 

「いいですね。じゃあお望み通り、今日は私、シュートは任せちゃおうかしら。豪炎寺さんもいることですし」

 

「へっ、別にいいぜ俺は。前の試合みたいにサボってても許してやるよ」

 

「おいおい、ばか言うなよ。サッカーはみんなで戦うスポーツなんだぞ?」

 

 冗談半分のやり取りを本気にしてしまったのか、やたらと真剣な目つきで割って入る円堂さん。なぜだか同じく眉を寄せている豪炎寺さん含め、ピンチになったらちゃんとやりますよと笑って流そうとした、その時でした。

 

「おしゃべりだなんて、随分余裕なのね」

 

 代わりに今度は見知らぬ女生徒――もとい、雷門 夏未さんが話に割り込んできました。

 かつて帝国学園に敗北した場合のペナルティーとしてサッカー部の廃部を要求してきた、あの人です。お付きの執事の男性と共に木陰に佇み、こちらを見て含み笑いを浮かべています。

 

 明らかに私たちを待ち構えていた格好ですし、何か悪いことでも考えていそうな表情です。私はもちろん豪炎寺さんや染岡さん、他のチームメイトの皆さんも気付くくらいのものでしたが、しかし未だに“ベータ”呼びが治らないくらいにおバカな円堂さんは気付かず、彼女に手を振っていました。

 

「お、雷門! 試合を見に来たのか?」

 

「そんなわけがないでしょう? 私はあなたたちと違って忙しいの。サッカーの観戦なんかに割く時間はないわ」

 

「……ならなんで来たんだ? まさか、また負けたら廃部、なんて言うんじゃないよな……?」

 

 恐る恐る尋ねる風丸さんが口にした質問は、円堂さん以外のみんなが雷門さんの登場に想像し、畏れた事態。斯くして彼女は――

 

「ええ、そうよ」

 

 頷きました。しかし、どうやら芸もなしにサッカー部を脅しに来たわけではないようで、全員が肩を落とす前に「ただし」と続けます。

 

「あなたたち、フットボールフロンティアに出たいのでしょう? だから負ければ廃部にするその代わりに、もしこの試合に勝利できれば出場するための手続きや費用は学校側で処理してあげる。あなたたちにとっても悪くない提案だと思うけれど?」

 

「えっ……ふ、フットボールフロンティア!?」

 

 一瞬呆け、それからその単語に飛びつく円堂さん。そういえば帝国戦の時にも出場するんだと意気込んでいましたし、相当焦がれていたんでしょう。

 対して私は彼ほど大会に思い入れがあるわけではないのでそこまでですが、全国大会に出られるというのならもちろん嬉しくはあります。そして他の皆さんの喜び具合も私より一段上。円堂さんに続いて雷門さんの言葉を認識し、一気に盛り上がりました。

 

「ほ、本当か!? 本当に俺たち、フットボールフロンティアに!?」

 

「出場できるってのか!?」

 

「ええ、二言はないわ。ただし言った通り、この試合に勝てればだけれど」

 

「勝てればフットボールフロンティア……お、音無さん! 言質! 言質取って!」

 

「は、はい取りました! しっかり! 一言一句余さず!」

 

 半田さんと染岡さん、秋さんまでもが異様な興奮具合で、それに引っ張られて音無さんまでなんだかおかしなことになっていますが、まあよしです。提案自体にはこの場の誰も文句なんてないのですから。

 

「行ける……行けますよキャプテン! 今の俺たちなら……!」

 

「もちろん、勝てるでやんすよ! 勝って、フットボールフロンティアで試合でやんす!」

 

「そうだよ! 米田さんと豪炎寺さんが揃ってるんだから、もう勝ったも同然だ!」

 

 私と豪炎寺さんの入部。私たちがいるからこそ皆さん雷門さんの提案に文句の類がなく、驕りにも似た自信を溢れさせています。しかしそれは当然のことでしょう。だって事実、このチームが負けるわけがありません。

 何しろ私がいるのですから。

 

「……ああ、だけどな、みんな――」

 

 栗松さんと少林さんの言葉に全面同意な皆さんでしたが、さすがに油断が過ぎると思ったのか、円堂さんがまた表情を真剣にして釘を刺そうと紡ぎかけた台詞。

 それに、いかにも嘲弄の混じった大人の男性の嘲り声が、突然割って入ってきたのでした。

 

「『勝ったも同然』、ときましたか。くくく……さすが豪炎寺くんに米田くん。試合が実に楽しみですねぇ」

 

「あら、あなたは……」

 

 目の下にアイブラックみたいな模様の入ったやせ型の人です。雷門さんに向き直られて、彼は気取ったふうに恭しく頭を下げました。

 

「初めまして雷門 夏未さん。尾刈斗中学サッカー部監督、地木流 灰人です。この度は我々との練習試合の申し出を受けてくださり、ありがとうございます」

 

「それはどうも。けれど私は別にサッカー部の関係者ではありませんの。ご挨拶なら私より、彼らの顧問兼監督である冬海先生になさってはいかが?」

 

「彼とはもう話をしましたよ。いやはや、サッカーの指導者としても素晴らしい先生でしたねぇ。生徒を信じてすべてを任せる、ああも生徒を信頼している方を、私は見たことがない!」

 

 実際冬海先生の放任主義は、サッカーに興味などなく渋々顧問と監督の座に付いている故の単なる放置でしかありませんが、たぶん尾刈斗の監督さんはわかって言っているのでしょう。怖いものなしに堂々皮肉を言って、それはさらに私たち、というか私と豪炎寺さんの二人だけへ向きました。

 

「あの帝国にも勝つことができたのも、その成果なんでしょうねぇ。シュートの映像を見ましたが、いやはやお見事でしたよ豪炎寺くんに米田くん。今日はぜひとも、よろしくお願いしますね」

 

「………」

 

「……ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 黙り込んでしまう豪炎寺さんに代わって私が愛想を振りまきますが、しかし彼が無言になってしまった理由は私にもわかります。他のチームメイトの皆さんなんかはより一層理解できたでしょう。明らかにこの監督さんは、私と豪炎寺さん以外、眼中にありません。

 少なくともそう振舞っており、となれば当然、我がチーム内からは憤りの声が漏れ出します。

 

「……なんだよあいつ。雷門は米田や豪炎寺だけじゃない、俺たちだっているってのに……」

 

「そうですよ、まるで俺たちなんていてもいなくても関係ないみたいな……なんなんですか、あの態度……!」

 

 小声でぼそぼそと言い合う、半田さんと宍戸さん。私の背の向こうでの会話でしたが、しかし監督さんは耳聡く聞きつけ、嘲りを剥き出しにしてきました。

 

「ええ、ええ。その通りですよ。豪炎寺くんと米田くん以外の選手など、はっきり言って興味はありませんとも。私たちは豪炎寺くんと米田くんの二人と戦ってみたいから、練習試合を申し込んだんですよ?」

 

「な、なんだと……!?」

 

 簡単に皆さん燃え上がってしまったようですが、しかしその怒りと同様に、監督さんの言っていることも私にとっては理解のできる範疇です。実際帝国戦で戦力になっていたのは私と豪炎寺さんくらい。円堂さんの存在が抜けているのは若干見る眼がないなと思いますが、しかしそれ以外の評価は妥当。弱小サッカー部の“弱小”部分に警戒の必要などないでしょう。

 

 そんな簡単にわかる理屈ですから、チームメイトの皆さんの、少なくとも大多数はもちろん監督さんの台詞の根拠がわかっているはずです。がしかし、わかっていても“弱小”でくくられるのを良しとできるはずもないので、それ故にどんどん勢いが激しくなってゆく敵意の炎。ともすれば誰が監督さんにつかみかかってしまうんじゃ、というところまで怒りの声が激しくなった時でした。

 

「落ち着けみんな! 気持ちをこんなところで吐き出す必要はない。全部試合にぶつければいい!」

 

「そうだぜ。それにあんたも、仮にもサッカー部の監督なら口じゃなくサッカーで語れよ。あんたが米田や豪炎寺と戦えるって思ってるサッカー部と一緒に」

 

 表情はムッとしながらも、我らがキャプテン円堂さん。しかし彼だけでなく、ともすれば彼よりも冷めているくらいに冷静に、染岡さんが皆さんの憤りを制しました。

 あんなことを言われては彼が最も怒りそうなものですが……どうやら彼の精神的成長は中々のものであるようです。

 

「……それをぶっ倒して、俺たちの力を証明してやるよ!!! 絶対そのすかし面に吠え面かかせてやるからな!!!」

 

 やっぱりそんなことないかもしれません。というかさっきの冷静自体が怒りのあまりに一周回って、というやつだったのでしょう。いわばあれは水蒸気状態で、そこから沸点を超えたくらいにまで温度が下がると途端に怒声が表に飛び出し、それは俄然監督さんを調子付かせてしまいます。

 

「おお、怖い怖い。どうやら歓迎はしていただけないようなので、私はそろそろ失礼させていただくとしますよ。……それでは、試合を楽しみにしています、豪炎寺くん、米田くん」

 

 嘲笑と共に言い捨てて、監督さんはフィールドの向こう側、尾刈斗選手と思われる人たちが待つベンチへと去って行ってしまいました。

 そして当人がいなくなってしまえば、大人の手前諸々と我慢していた秋さんたちの枷すら解け、皆さん言いたい放題です。

 

「何よあの人! ひどい!」

 

「サイテーです! あんな人が監督だなんて!」

 

「ふんっ! 選手の程度が知れるね! もしかして、普通に戦っても俺たちには勝てないから揺さぶりに来たってことじゃないの?」

 

「そうだそうだ! 俺たちがちょっと本気を出せば、あんな奴らちょちょいのちょいでやんすよ!」

 

 挙句、そんな声まで出てくる始末。傍で聞いていた雷門さんからも、さすがに飽きれたため息が出るほどでした。

 

「……まあどうだっていいけれど、少なくとも我が校の恥になるような試合だけはしないで頂戴ね」

 

「……ああ、わかってるさ。みんなも、相手を甘く見て油断するなよ? ますますもってこの試合、負けられなくなったんだから」

 

「ふん、わかってるさ。最初っから負ける気なんてねぇから問題ねぇ。尾刈斗だか何だか知らねぇが、俺のシュートでぶち抜いてやる……!!」

 

 円堂さんに続いて染岡さんも、唸るように戦意を吐き出します。それをまとめて、円堂さんが皆さんのやる気に変えます。

 

「よし。尾刈斗に俺たち雷門サッカー部の強さ、見せつけてやろうぜ! みんな……行くぞ!!」

 

 「おう!」と二度目の、しかしより強い意志が皆さんから響きました。

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