お前、つまんない嘘つくね   作:イノウエ・ミウ

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今回はオリキャラ多数出ます。原作キャラの登場はもう少しお待ちを。


ランク分け試験

「それじゃあ、私はこれで失礼するよ」

 

彗星が黒井プロダクションに入ることを見届けた松岡は、自身の車に乗り込む。

 

「ありがとうございます。松岡さん」

 

「いやいや、寧ろ君はこれからが本番です。これから先、いくつもの困難が訪れるかもしれませんが、君ならきっと乗り越えられるでしょう。君の人生に幸多からんことを・・・」

 

そう言って、松岡は車を走らせて、そのまま去っていった。

去っていく松岡の車を見つめていると、黒井が声を掛ける。

 

「今の奴の言葉に噓は無かったのか?」

 

「はい、あの人は本気で俺のことを想ってくれました」

 

「そうか・・・昔から何を考えているのか分からん奴だが、子供の未来を願う心はあったようだな」

 

そう言うと、黒井は歩き出そうとする。

 

「では、我々も行くとしよう」

 

「はい」

 

黒井の後を追うように、彗星は歩き出し、ふと目の前の事務所を見上げる。

 

「ここが、俺の新しい居場所か・・・」

 

無表情のまま呟きながら、彗星は再び歩き出した。

 

 

 

 

事務所の廊下を歩きながら、黒井は事務所の状況について説明していた。

 

「私の事務所は現在、一般のオーディションを終えて、これから受かった者達にランク分け試験を行う所だ」

 

「ランク分け・・・事務所にいるタレントの優秀を決めるってことですか?」

 

「そうだ。この事務所に所属するタレントは、それぞれB、A、Sの三つのランクに分かれて所属してもらうことになる。一番低いランクがBで、高いランクがSだ。当然、ランクが高ければ、仕事も増えるし、給料も多く貰える。その分、この事務所の顔として責任のある仕事をこなさなければならない」

 

「(責任・・・物語の主人公の役とかか?まぁ、確かに責任重大だな)」

 

「そして今日、子役のランク分け試験が行われる予定だ。早速で悪いが、君にはこの子役のランク分け試験に参加してもらう」

 

「・・・いきなりですね。まさか、俺がここに来るのを見越して、日程を調整したんですか?」

 

「フッ、どうだろうな・・・着いたようだな」

 

説明を聞きながら歩いていると、一つの扉の前で立ち止まった。

黒井が言うには、この部屋で子役のランク分け試験が行われるらしい。

黒井がドアノブに手を掛けて扉を開け、彗星が後に続いて入る、

部屋は教室二個分の広さがあり、部屋の奥に複数人の子供たちが立っていた。恐らく、オーディションに合格した子役志望の子供たちだろう。

子供たちは一斉に視線を黒井と彗星の方に向ける。

 

「君は向こうに。これから全員に試験の説明を行う」

 

「分かりました」

 

黒井に言われて、彗星は子供たちがいる所まで移動する。

周りから様々な視線を向けられるが、彗星は特に気にすることなく、視線を黒井の方に向ける。

 

「よく集まった。この業界の未来を担う優秀な子供たち。私は黒井プロダクションの社長、黒井茂だ。知っての通り、この事務所は実力で全てを評価する。この事務所に入ることができた君たちは、他の子役よりも高い実力を持っているのは確かだろう。だが、私が求めるのは完璧な役者(アクター)。生半可な演技をするようでは、この業界では生き残れないと思え。これから行うランク分け試験とは、簡単に言えば、君たちの今の実力を測るための試験だと思ってくれればいい。当然、高い実力を持っていれば、それ相応の待遇が与えられる・・・彼らのようにな」

 

直後、二人が入ってきた扉が開き、新たに四人の人物が入ってきた。

背が少し高い茶髪の男、黒髪の少女、クールな雰囲気の茶髪の少女、気弱そうな顔をしている黒髪の少年。全員彗星と同じ歳くらいの少年少女たち。

そして、黒髪の少年以外には、瞳に彗星と同じような星模様が浮かんでいた。

新たに入ってきた少年少女たちは、黒井の横に並び立った。

 

「おい、あれって、今話題になってる子役の石塚(いしづか)でんすけだ!」

 

「その隣にいるのは、美少女中学生の杉林(すぎばやし)ナツメグちゃん!」

 

萩原(はぎばら)愛華(あいか)ちゃんに(くすのき)正人(まさと)君もいる・・・」

 

「スゲー、全員芸能界で有名な子役じゃん」

 

見ると彗星の周りで他の子供たちが騒いでいた。

彼らの言葉を聞くからに、この少年少女たちは、芸能界で有名な子役なのだろう。世間に疎い彗星にとっては、全く知らない子供ばかりであったが・・・

騒ぐ子供たちを黒井は「静まれ」と一言言って静かにさせる。

 

「これより、ランク分け試験を始める。君たちを評価するのは、私とここにいるSランクに属する一流の子役たち」

 

実力主義の事務所でたった四人しかいない演技の天才たち。その雰囲気は、子供でありながらも何処か大人びた印象を与えていた。

 

「試験は全部で二つ。Sランクに入るための条件はただ一つ。これら二つの試験に合格することだ。この条件を達成することができた者はSランクとして歓迎しよう。ただし、第一試験で不合格だった者は、その時点でBランクだ。逆に言えば、第一試験を合格できたら、Aランクになれるということだ」

 

黒井の言葉を聞いて、子供たちはゴクリと唾を飲み込む。緊張しているのか、顔色が優れない子や、武者震いを起こしている子もいた。

 

「第一試験は実に簡単だ。今から三十秒の間、君たちには涙を流してもらう。これは演技をするに当たって、基礎的な技術だ。これぐらいの事ができなければ、一流の役者になるのは夢のまた夢。SランクどころかAランクにすら入れないと思った方がいい」

 

その試験内容に、子供たちは再びざわめきだす。

涙を流す。サラッと言っているが、簡単にできることではない。しかも、それをたったの三十秒でやれと言いだすのだ。簡単どころの話ではない。

 

「ちょっと待ってくださいよ!涙を三十秒以内に流せなんて、そんな高等なテクニック、いきなりやれって言われてもできないですよ!」

 

「そうです!私たちには荷が重すぎます!」

 

「お願いします!どうか、試験の内容を変えてください!」

 

一人の子供が声を上げると、それに便乗するように他の子供たちも次々と異議を申し立てる。

だが、黒井はそれを見越していたかのように口を開く。

 

「不服なら辞退しても構わないぞ?その場合、Bランクで終了となるがな」

 

「「「っ!?」」」

 

Bランクという言葉に、異議を唱えていた子供たちの動きが止まる。

Bランクとはつまり、最下位のランク。このランクに落ちれば、例え仕事が来たとしても、ギャラは少なく、仕事量も多くは無い。与えられる役もメインどころかサブにもなれない脇役ばかり。

そのため、一流の役者とは程遠いランクであると言える。

 

「優秀な俳優や女優は、たった数秒で涙を流すことができる。その証拠に・・・」

 

パチンっと黒井が指を鳴らした直後、Sランクの子供たちは、ほんの数秒も経たずに、目から涙を流していた。

その光景に、異議を唱えていた子供たちだけでなく、他の子供たちも驚いており、彗星も顔は無表情のままだが、内心は少しだけ驚いていた。

 

「君たちは既にこの事務所に入ることができたプロの子役だ。この程度の事で文句を言うような奴など私の事務所に必要ない。この試験を受ける資格すらない。分かるかね?」

 

黒井の威圧感に気圧されながらも、異議を申し出た者達は渋々といった様子で引き下がった。

すると、新たに別の子供が口を開いた。

 

「フンッ!この程度の事で喚くなんて、みっともないたらありはしないわ」

 

そう言って、先程黒井に異議を申し出た者達を見下すように見るのは、黒髪の少女だった。

見るからに高飛車な態度を取る少女は、自信満々と言わんばかりの笑みを浮かべながら睨む。

 

「あなた達、こんな簡単な事もできないなんて、所詮は貧乏人ね。私とは生きているレベルが違うのよ」

 

「(なんだ、こいつ・・・?)」

 

少女の態度を見た彗星の脳裏に浮かんだ言葉がこれだった。

自分の才能に絶対的な信頼を置いている。自分は誰よりも優れている。そういった感情が目に見えて分かる。

こんなにも自信に満ちた人間、少なくともホワイトルームでは見たことがない。

初めて見る人間に、彗星は少しだけ興味を抱いていると、いつの間にか彼の隣にいた少年に声を掛けられた。

 

「あの子が気になる?」

 

話しかけてきたのは、少し小太り気味の金髪の少年だった。

まさか、話しかけられるとは思わず、少し戸惑いながらも、ひとまず少年の名前を聞く。

 

「えっと・・・誰?」

 

「あ!ごめんね。僕は沼川(ぬまかわ)模部(もぶ)。君と同じここに合格した子役だよ。君は?」

 

「・・・天ノ川彗星」

 

「よろしくね天ノ川君。それで、あの子は鎌瀬(かませ)葉子(ようこ)ちゃんっていって。有名な俳優の娘さんなんだよ。だから、いつもあんな感じでさ。まぁ、確かに演技の才能はあるんだけど・・・」

 

困ったものだと苦笑いする少年、沼川の話を聞きながら、彗星は目の前にいる少女を見る。

その視線に気付いたのか、彼女はこちらを見て鼻で笑うと、再び前に向き直る。

 

「・・・あいつは苦手だ」

 

「うん。僕も正直好きじゃないや」

 

彗星の呟きに、沼川は素直に同意した。

やがて、鎌瀬は一通り喋り終えると、黒井が再び口を開く。

 

「終わったようだな・・・では、これより第一試験を始める」

 

そう言って、黒井は懐からストップウォッチを取り出す。

 

「制限時間は三十秒だ。用意・・・スタート」

 

その言葉と共に、ストップウォッチのタイマーが作動した。

各々が涙を流そうと奮起する中、彗星はホワイトルームにいた時の事を思い出していた。

 

「(涙か・・・ホワイトルームにいた頃は、一度も流したことはなかったな。他の奴が泣いているのは、飽きるほど見たけど・・・)」

 

ふと思い出すのは、ホワイトルームの過酷な教育に耐え切れず、夜な夜な泣いていた同期たちの姿。

そういう子供たちは卒業してしまい、ホワイトルームが崩壊するまでに残った5期生は、彗星を含む僅か数人程度だった。

しかし、親がいる子供は親元に戻ったが、親がいない子供は戻る場所が無いため、ホワイトルームに残るしかなく、過激な教育を受け続けた結果、廃人となってしまい、そのまま・・・

余計な事を思い出した彗星は、瞬時に思考を切り替え、この試験の攻略法を考える。

 

「(単に涙を流すだけなら苦しみや悲しみ、そういった感情を出すだろうけど、それは俺には理解できないものだ。なら・・・)」

 

そう考えた彗星は、目を見開いたまま、静かに意識を集中させる。

やがて、時間は経っていき、三十秒が経過した。

 

「そこまで!」

 

黒井はタイマーを止めて、子供たちを見渡す。

見ると、大半が涙を流しておらず、涙が流れていたのは、大勢の前で威勢を張っていた鎌瀬と先程彗星と会話してた沼川。そして・・・

 

「・・・・・・」

 

無表情のまま。けれど、目から涙を流している彗星の姿があった。

彗星が行ったことはシンプル。試験が始まったからずっと目を大きく見開いて、己の目を乾燥させていたのだ。

そうすることで、目は乾燥するのを防ぐために目を潤すための水分を、涙を流すのに必要な水分を瞳に溜めることができ、その状態で目を閉じることで、瞼の裏に溜まった涙が顔に流れるという寸法である。

涙の仕組みや人が無感情のまま涙を流す方法はホワイトルームで習っていた。彗星はこの習ったことを活用したのだ。

負の感情を知らない彗星だからこその方法だった。

 

「合格者は三人・・・おめでとう。君たちは無事、Aランク通過だ」

 

黒井の言葉に、沼川はホッと安堵し、彗星は変わらず無表情のまま。

そして、鎌瀬は不合格を言い渡されて悔しそうな顔をしている子供たちの下に近づき、不敵な笑みを浮かべながら言う。

 

「この程度の事もできないなんて・・・貴方たち、役者向いてないんじゃない?」

 

『!?』

 

他人の見下す鎌瀬の発言に、不合格の子供たちは悔しそうに鎌瀬を睨み、沼川やSランクの子供たちも鎌瀬に鋭い視線を向けていた。

見かねた黒井が注意する。

 

「そこまでにしろ。Bランクになった者は、Aランクになれるよう精神することだ。それより、次の試験を行う。杉林、そこに椅子を」

 

「はい」

 

ナツメグは試験部屋の隅に置いてある椅子を中央に持ってくる。

 

「第二試験は模範演技だ。君たちは現在、バスに乗っている。そこに一人の老婆がバスに乗ってきた。だが、バスの中は既に満員で、更に老婆は腰を曲げていて歩くのもやっとといった状態だ。君たちはここにある椅子一つを使って、この後のシーンを自由に演じきって見せろ。チャンスは一度きり。審査するのは私とここにいるSランクの四人。一人でも手を上げれば合格だ」

 

「(この後のシーンか・・・普通に考えれば、老婆に席を譲るのが正解だろうけど・・・)」

 

説明を聞きながら、攻略法を考える彗星。

試験の説明を終えた黒井は、沼川に声を掛ける。

 

「まずは君からだ。始めろ」

 

「は、はい!」

 

沼川は緊張しながらも、顔を引き締めて椅子に座る。

 

「(さっきの説明を聞くからに、僕はバスの席に座っていて、そこにお婆さんがバスに乗ってきた。ならば、やることは簡単。こっちに近づいてきたお婆さんに席を譲る。それだけ・・・)」

 

頭の中で整理し、演技を行おうとしたその時だった。

 

「っ!?」

 

「?(なんだ?)」

 

沼川の顔が強張り、彗星は突然様子がおかしくなった沼川に疑問を浮かべる。

体も震えており、誰が見ても挙動が目立っているが、沼川はそのまま椅子から立ち上がり、

 

「ど、ど、どうぞ・・・」

 

老婆に席を譲る演技を行ったが、その動きは何処かぎこちなかった。

 

「そこまで!・・・お前たち、どうだった?」

 

「猿でもできる芝居だな」

 

「猿に失礼よ、でんすけ君」

 

「う、うぅ・・・」

 

現に審査員を務めるSランクの子供たち(でんすけと愛華)も、沼川に批評を浴びせ、彗星の所に戻った沼川は酷く落ち込んでいた。

 

「何あれ?あんな演技でよくこのプロダクションに入ることができたわね」

 

沼川を見下す鎌瀬だが、その隣で彗星は思案していた。

 

「(これは・・・もしかしたら・・・)」

 

「次」

 

黒井に言われて、鎌瀬は前に出る。

 

「(さっきの奴、実に醜い芝居だったわ。思い出すだけで吐き気がする・・・)」

 

そう思いながら、鎌瀬はチラッと自身を見守っている彗星たちを見る。

 

「(私はあんな三流の奴らとは違う・・・絶対合格して、Sランクになってみせるわ!)」

 

彗星たちを内心小馬鹿にしながら、鎌瀬は演技に集中する。

 

「(・・・それにしても、バスなんて一度も乗ったことがないわね。移動するときは、いつも高級車や新幹線のクリーン車だし・・・ましてや、満員のバスなんて、貧乏人がひしめき合う醜い鉄箱ね。想像するだけで吐き気がする。そう、吐き気が・・・)」

 

満員となっているバスを想像し、不快感を露わにする鎌瀬の目の前に、彼女の想像で作られた老婆が現れた。

老婆は鎌瀬の前に立ち、彼女をジーっと見つめている。

 

「(いいわよ。こんな席、いくらでも譲ってあげるわよ。一刻も早くこんな薄汚い空間から逃げ出したい・・・想像するだけでおかしくなりそうよ・・・!ゆっくり立って、お嬢様が施しをする感じにほんの少しだけ微笑んで・・・)っ!?」

 

そこで彼女は気づいた。いや、気づかされてしまった。先程沼川が直面したこの試験の恐るべき罠に。

鎌瀬をジーっと見つめる老婆は、まるでゴミでも見るような目で見つめており、早くどけという気持ちが強く伝わってくる。

 

「(な、なんなのよ、このお婆さん・・・その早くどけろって言いたげな顔は・・・わ、分かってるわよ!言われなくてもすぐどいて――)」

 

心の中で焦りを感じながらも、鎌瀬は慌てた様子で立ち上がろうとした直後、老婆がニヤリと笑った。

 

「っ!?(ま、待って!このお婆さん、もし席を譲ったら、年寄り扱いするなって、私を怒鳴ったりするのかもしれない・・・!)」

 

脳裏に浮かんだ新たな可能性に、鎌瀬は恐怖で動けなくなる。

沼川程ではないが、体は僅かに震えており、顔色も悪い。

席を譲ればいいのか、それとも譲らないのが正解なのか。そんな選択が彼女の頭の中を駆け巡るが、答えが出る様子はない。

 

「(ど、どっちが正解だって言うの!?席を譲るのか、譲らないのか、どっちが・・・!?)」

 

「そこまで!」

 

「!?」

 

頭の中がパニックになっていた彼女の思考は、黒井の声によって現実に引き戻された。

 

「・・・合格の者はいるか?」

 

黒井がそう聞くが、手を上げる者はいない。

 

「そうか。では――」

 

「ま、待ってください!私は席を譲るか譲らないか迷ってただけで、演技はまだ終わってません!もう一度チャンスを――!」

 

次に進もうとする黒井を慌てて引き止めようとする鎌瀬。

しかし、黒井は首を横に振って、不合格の理由を言う。

 

「チャンスは一度までだ。君の演技は中々良かったが、迷いを顔に出し過ぎていた。席を譲るか、それとも譲らないか。それを最後まで演技で貫き通すことができなければ合格ではない。それに、君の演技には相手への敬意が全くなかった。例え想像の人間であっても、演技をしている相手に対して敬意を持って接する。それが舞台に立つ者の最低限のルールだ」

 

「っ!!」

 

「鎌瀬葉子、Aランクだ」

 

「うっ・・・!チキショウ・・・!」

 

黒井の言葉に、鎌瀬は悔しそうに俯いた。

 

「次で最後だ。始めろ」

 

「はい」

 

彗星の番となり、彗星は椅子に近づきながら思案する。

 

「(さっきの二人は、自分が座っている席を譲る演技をして失敗した。それを意味すること。それは、この試験は、ただ座って席を譲る演技をするだけじゃ、合格できない)」

 

先の二人の失敗の原因を考える彗星。

二人の共通点は、どちらも椅子に座って、老婆に譲ろうとしたこと。そして、譲ろうとした直後、何かに気づいた二人は、恐怖で震えてしまい、己の演技をすることができなかった。

 

「(確かに、目の前に体が悪そうな年寄りがいたら、普通は席を譲ろうとする。だけど、その普通こそが、この試験に仕組まれた罠だと考えるべきだ。なら、俺が取るべき行動は・・・)」

 

普通の行動をすることがダメ。

そう結論付けた彗星は、椅子の右斜め手前で止まり、右手を軽く上げると、何かを掴むように閉じた。

そうすることで、彗星はバスの中で座席に座らず、吊り革に掴まりながら立っている子供の様子を演じていた。

 

「「「なっ!?」」」

 

「ほう・・・」

 

先の二人とは違う彗星の演技に、鎌瀬や受験者たちは驚き、黒井は感嘆の声を上げた。

一見、吊り革に掴まりながらバスに乗っている少年に見える彗星だったが・・・

 

「(なるほど、どうやら彼は気づいたみたいね。この試験の突破道を。でも・・・)」

 

「(足元ふらついてんじゃねぇか。せっかく、良い演技してるてぇのに勿体ねぇ・・・)」

 

Sランクの子供たちは彗星の演技を見て、勿体ないと言わんばかりの顔をする。

彗星の体はフラフラと揺れていた。

吊り革を掴みながら立っている演技をしているのに、その挙動があまりにも目立っており、端から見れば、意味もなく体を揺らす彗星に疑問を抱くばかりである。

彗星は揺れたまま演技を続けていたが、突然ピタッと体の揺れを止めた。

 

「(揺れを止めた?なんでまた・・・)」

 

Sランクの一人である正人が、動きを止めた彗星に困惑する。他の子供たちも同じような顔をするが、黒井だけは真顔のままだ。

そして、彗星が揺れを止めてたから数秒経った後に、黒井の「そこまで!」の言葉が響き、同時に彗星は右手を降ろして演技を止めた。

 

「・・・今の彼の演技を見て、合格の者はいるか?」

 

黒井がSランクの子供たちに問いかけるが、四人共手を上げる様子はない。

 

「そうか・・・天ノ川彗星、合格だ」

 

『!?』

 

手を軽く上げて合格を告げた黒井に、この場にいる彗星以外の全員が驚愕の表情となる。

黒井は視線をSランクの子供たちに向けて言う。

 

「お前たちもまだまだだな。彼がただふらついてだけだと本気で思っているのか?」

 

「どういうことですか?」

 

ナツメグの問いに対し、黒井は考える素振りを見せると、彗星に言った。

 

「すまないが、今の演技をもう一度やってくれるか」

 

「分かりました」

 

二つ返事で了承したのを確認すると、今度はこの場にいる子供たちに向けて言う。

 

「彼が演技してる間、君たちは私がいいというまで目を閉じろ。そして、しっかり頭に入れておけ。彼が今乗っているのは満員のバス。それ以外の概念を一切捨てるんだ」

 

そう言われて、この場にいる子供たちは一斉に目を閉じた。

彗星が乗っているのは満員のバス。バスの席に座れない人は手摺や吊り革に掴まっている。

そんな光景を想像する中、黒井が「開けろ」と言い、子供たちは一斉に目を開けた。

 

「あ!」

 

誰かがそう呟き、他の子供たちも彗星の演技の真実に気づいた。

彼らの目に見えた光景。それは、揺れるバスの中を吊り革に掴まりながら立つ少年を完璧に演じている彗星。

そう、走るバスの揺れによってふらつかないよう、吊り革に掴まりながらバランスを保とうとする所まで完璧に。

 

「理解したようだな」

 

黒井はニヤリと笑みを浮かべると、続けて説明をする。

 

「彼の演技を見てすぐに、私は確信したよ。こいつは完全に自分は今バスの中にいる、そう思い込んでいるとな。今まで、色んな役者を見てきたが、ここまで完璧に役に入り込んでいる奴は見たことない。また、彼はこの試験の攻略法は、ただ席を譲ることではないと気づいた上で、敢えて席の斜め手前に立ち、バスに乗り込んだ老婆を誘導させた。満員のバスの中にたった一つ残っていた空席というオアシスに」

 

「なっ!?あの椅子が空席用の椅子だったなんて、そんなの聞いてません!だいたい、試験の説明の時に言えば――」

 

「私は一言も老婆に席を譲れとも君たちは既に席に座っているとも言った覚えはないぞ。老婆はあくまでバスに乗ってきただけであって、老婆という登場人物を如何に上手く使い、どのような物語を見せてくれるのか確かめたかっただけだ。言わなかったからだと?説明の時点で既にヒントはあったぞ。だが、お前たち二人はお年寄りが来たら席を譲る。その固定概念に縛られ、老婆の心境を全く考えようとしなかったからこそ失敗した。一方で彼は、説明の段階で違和感に気づき、その上で君たちとは違うやり方で老婆に席を譲る。この一連の流れを見事演じきってみせた。君が演技をしている時、私が止めと言った頃には既に老婆は席に座っていた。そうだろう?」

 

「はい、俺の想像の中では、バスに乗ってきた老婆は俺を一目見て、俺が席に座る意図が無いと分かると、すぐに座りました。それと同時に、黒井社長が止めの合図を出しました」

 

彗星は自分が演技をしている時のことを思い出して答える。

あの時間、彗星はバスに乗っている自分を演じ、更にはバスがバス停で止まり、乗ってきた老婆が空席に座るのを見守るところまでを完璧に演じきってみせた。途中彗星が体の揺れを止めた理由は、バスが止まって老婆が乗り込み、席に座るまでの一連の流れを彼の想像で再現してたからだ。

そして、黒井もまた、彗星の思惑に気づき、その上で彼の演技の終幕、老婆が空席に座るところまで待ったを出さなかったのだ。

 

「スゲーな。あいつ・・・」

 

「これは厄介なライバルの登場ね」

 

「そうね。けどまぁ、こういうのも悪くないんじゃない?」

 

「うん、僕も、そう思う・・・」

 

そんな二人の息の合ったやり取りに、Sランクの子供たちも感心の声を上げる。

 

「改めて、第二試験合格だ。天ノ川彗星。君はこれからSランクのタレントとして、彼らと共に励んでいくことになる。異存はないな?」

 

「ありません」

 

黒井の言葉に、彗星はハッキリと返事をした。

すると、でんすけが彗星の肩を組んできた。

 

「やったな、新入り!今日からお前は俺たちSランクの仲間だ。よろしく!」

 

笑顔を見せながら、もう片方の手を彗星に差し出す。

 

「よろしくお願いします、先輩」

 

彗星は少し微笑みながら、でんすけの手を握り返した。

他の三人も彗星の加入に異存はなく、彗星に笑顔を向けており、沼川を始めとする他の受験者たちも、己の結果を受け止めて、彗星のSランク合格を拍手して祝った。鎌瀬は悔しそうな顔で彗星を睨んでいたが・・・

その光景を見守りながら、黒井は一人考え込む。

 

「(やはり、彼は合格したな。そうでなければ、面白くない。これも元ホワイトルーム生だからこその結果・・・いや、それ以前の話だな。いつの時代だって、芸能界の未来を担うのは、'星'を持つ子供たちだ)」

 

黒井の視線の先に写るのは、Sランクに合格した星の瞳を持つ少年、天ノ川彗星。

 

「(さて、彼はこの先どんな物語を描いてくれるのか。楽しみにしてるぞ、天ノ川彗星)」

 

彗星の今後に僅かな期待を寄せながら、黒井は静かにほくそ笑んだ。




<オリキャラ紹介>
・石塚でんすけ
CV:鈴木崚汰
黒井プロダクションSランク所属の少年。見た目は「ドクターストーン」の大樹の幼少期(小学生くらい)の姿。言葉が少し悪いが、仲間想いな一面もある。

・杉林ナツメグ
CV:茅野愛衣
黒井プロダクションSランク所属の少女。見た目は「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」の雪ノ下雪乃。Sランクの中では一番年上の少女(14歳)。中学生でありながらも、抜群のスタイルと高い演技力の持ち主であり、芸能界でも絶大な人気を誇っている。

・萩原愛華
CV:伊藤美来
黒井プロダクションSランク所属の少女。見た目は「名探偵コナン」の灰原哀。子供ながらクールな雰囲気を持ち、ナツメグ程ではないが、こちらも男女問わず人気がある。

・楠正人
CV:関俊彦
黒井プロダクションSランク所属の少年。見た目は「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジ。シンジ同様内気で引っ込み思案な性格。Sランクに所属する子役の中で唯一瞳に星模様が無いが・・・

・鎌瀬葉子
名前の通り、かませ(と嫌味枠)として登場したモブオリキャラ。この先の彼女の出番はほぼ無い。

・沼川摸部
モブオリキャラその2。出番は鎌瀬よりももっと無い(下手したらこれで最後)。

鎌瀬と沼川のCVは皆さんのおまかせで。


今回の話に出た試験の内容と攻略法(特に第二試験)は、昔ネット広告で見た「NOBELU-演-」という漫画を参考に構成しました。
オリキャラ達の現在の年齢ですが、彗星は十二歳、愛華と正人の二人は十歳、でんすけは十三歳、ナツメグが十四歳でSランクの中で一番の年上です。また、この時のアイの年齢は彗星と同じ十二歳です。
次回から本格的に原作キャラが登場します。
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