それでは、どうぞ
「うぉあっ!?………え、え、俺死んでないよな!?体くっついてるよな!?」
「随分と騒がしいお目覚めね出水くん?」
ベイルアウトした後、暫くの間呆然と天井を見上げていた出水は、思考回路が正常に働き始めた所で跳ね起きて体のあちこちをペタペタと触り始める。無論、トリオン体が破壊されただけなため生身の肉体に何か損傷が発生しているわけではないのだが、認識によるものなのか斬られた感覚が残り続けていたようで側に立っていた加古に気付くのにも暫くの時間がかかっていた。
「おはよう、ご機嫌はいかがかしら?」
「え、加古さん?………あ、そういや来てたっけか」
「あら、女性の存在を忘れちゃうなんてひどい子ね。まぁ良いわ、今から太刀川くんと三雲くんが一騎討ちするから見ましょう?」
「……うっす」
未だ本調子とは言えぬものの、先輩からの誘いを断る訳にも行かず、首をかしげながらベイルアウト用のベッドから降りる。
「出水、お疲れ様」
「どうもっす嵐山さん……ええっと、俺どうやってやられました?」
「君が桜の対処に集中している隙に後ろから縦にされてたぞ。それはもう綺麗に真っ二つだった」
「あー、道理でなんか変な感覚が…………んで、それはそうとこいつなんなんすか?」
「三雲くんと同じ新人だよ。近界で傭兵やってたらしいから実力はあるらしい」
「え、じゃあこいつ近界民っすか?」
「お父さんがボーダー創設に関係してるらしいから強ちそうとは言いきれないかもな」
「多分近界民で良いと思うぞ。生まれたのは別の国だった筈だし」
嵐山の説明を遊真が引き継ぎ、話を切る。
「どうも、空閑遊真デス。ドーゾヨロシク」
「……割と話通じる奴なら別にいいか。出水公平だ、ま、よろしくな」
「話を遮るようで申し訳ないけど、そろそろ動くみたいよ」
「……遅かったか、いつの間にか居なくなっちまった色が薄かったもう1人のお前はどんな絡繰だ?」
「答え合わせの時間は今ではないだろう。来い、妨害は無しだ。生憎真正面からの戦闘は専門ではないからな、多少搦め手を使うが許せ」
「へぇ、専門分野でもないのにあの強さか」
少しばかり尊大な口調になる修だが、それで太刀川の気分が害されるなどということはなくむしろ期待を膨らませながら得物である弧月を構えた。
「旋空孤月ッ!」
「"墓穴"」
双刀から放たれたクロス状の斬撃はしゃがんだ修の頭上を通過し、木と同化した右腕の虚から飛び出した根は体を捻って回避した太刀川の脇腹を掠めるだけに留まる。太刀川はその根を両断しようとするがそれよりも先に壁に突き刺さった根を巻き取ることで高速で移動する修が突っ込んで行く。
「フッ!」
「おっと!」
左腕で決死の一生を振るうも、即座に対応した太刀川に防がれた修はそのまま太刀川の横を通り過ぎて5m程先に着地する。背後でこちらに反撃を加えようとする気配を察知すると、壁に刺さった根を急成長させて周囲のものを取り込ませ、モーニングスター擬きを作り出して振り回す。圧倒的質量が迫るが反射的にグラスホッパーを起動して上に飛んで避ける。振り回した先にあった家を粉々に破壊する様子を見て、太刀川は笑みを深くする。
「そんな戦闘スタイルコロコロ変えてよく戦えるなお前」
「心配には及ばない。相手を潰す事を最優先にするのが俺の本来の戦い方だ」
「ふーん、そうか…よッ!」
旋空弧月を放ち相手の行動範囲を狭めようとするが、先程と同じように決死の一生とぶつかり合った伸びる斬撃はそれ以上他の物を巻き込むこと無く止まってしまう。しかし、カウンターのように放たれた振り回しも向こうにダメージを与える手段になり得ず、そのまま横を通りすぎた
「シィッ!」
太刀川が振り下ろした弧月がモーニングスター擬きの根本を断ち斬ったことで遠心力そのままに球体が飛んでいき背後の壁を砕く。片方の武装を壊された修だったが動揺などは一切無く、右手を木の根の状態から元に戻して決死の一生を両手で握る。頭から生える桜の枝に付く花もそれに呼応するように一層鮮やかな色になり、光を発し始めた。
「オラッ!!」
「フッ!」
袈裟斬りを弾き、カウンターで放たれる横薙ぎをいなす。何回も火花を散らせる二人だったが、太刀川の突きに対して修が掌をかざした所で空気が変わる。
「捕まえた」
弧月は修の右手を刺し貫いたが、そこから血が流れることはなかった。しかしマズイと思った太刀川が反射的に引き抜こうとするも、弧月は突き刺さった場所から引くことが出来ない。それどころか人外レベルの筋力と木の根が複雑に絡み合うことによって締め付けられ、動かすことすら不可能となっている。太刀川が即座に手放すも、それよりも早く修は体を捻り、回し蹴りを無防備な腹に叩き込んだ。
「うおっぐッ!?」
片手の弧月を離したまま吹き飛ばされる太刀川。更には先程も見せたオーラの斬撃で追撃され、無手だった左腕が斬り飛ばされる。それでもなおバランスを保って着地する辺り相当の実力者と言えるだろうが、今の太刀川の顔からは笑みが消えていた。息を吐き、心を落ち着かせ、今の自分に出来る最高のパフォーマンスを発揮するために集中し始める。
(さぁどうくる?)
太刀川はどんな攻撃でも即座に対応しようと気張っていたが、修は不意に構えを解いて語りかけ始めた。
「あまり長引かせるのもよくないからな、次の一撃で終わりにしよう」
「何言ってんだ、まだまだこれからだろ?」
「そのままだとお前のトリオン切れで終わりだ。ならばいっそのこと技量をぶつけ合う形の方が納得出来るだろう?」
決死の一生を桜の木を操作して作り出した鞘に納めながら修は鋭い目線を太刀川へと投げ掛ける。その気迫はまるで挑戦者を試す王のようだった。
「お前…………いいなそれ。よし、じゃあこっからだ」
相対する太刀川の顔に浮かんだのは屈辱等ではなく、好戦的でギラついた笑みだった。
「それで?お前は例の……イージーオー、って奴だっけか。その新しい奴をまた作り出すのか?」
「いや、真正面からの技量勝負だ」
瞬間、修から生えていた桜は全て花弁へと変化しそのまま最初から何もなかったかのように消え去った。それと同時に太刀川へとひしひしと伝わっていた謎の威圧感も消え、そこに立っている修の姿はEGOを侵食させる前の赤色のコートを身に纏った人間の状態へと戻っている。
「互いに武装は刀一本、そちらは片手ですが……」
「問題ねぇな。いっつも片手で刀振ってんだから片腕無くなった位で弱くはならねぇよ」
「承知しました」
右手で鞘を左手で柄を持ち、構えながら腰を落とす。いつの間にか敬語に戻っていた修だったが、その気迫は先程と比べても増大し、間違いなく猛者と言える実力者の太刀川も僅かながらに気圧される程だった。しかし戦闘狂である太刀川にとって、それは期待を更に膨らませる発火材にしか成り得ないようで、思わずといった様子の笑みが溢れる。
「やっぱりいいな、お前」
その言葉を最後に互いに黙り込む。先程までの桜による喧騒が嘘のように静まり返った光景に、モニター越しに観戦していた者達も思わず息を潜めた。
「…………」
「…………」
太刀川は感覚を研ぎ澄ませ、周囲の僅かな音すらも意識の外に追いやる程に集中して相手の隙を伺っている。そして、
「……ッ!!」
空気さえも切り裂く様な一閃が放たれる。その速度は先程までよりも一段と上がり、修を消し飛ばす勢いで近づいていき、
「死の境界」
弧月ごと太刀川の体が斜めに両断された。
「…………は?」
一瞬の決着を見ていた出水はその光景を脳で処理しきれず声を漏らしながら呆然と立ち尽くす。他の面々も驚いたように目を見開いていた中、トリオン体を解除した太刀川が戻って来た。
「あー負けた負けた、せめて片腕位は持って行きたかったな。あ、今のちゃんと録画してるよな?」
「お疲れ~太刀川さん、ログは残してるから確認は後でしといて~」
「よっしゃ、早速見るか」
「そういえば唯我くんは?」
「白目になって気絶してたぞ」
そう言いながら太刀川はモニターを操作して先ほどの試合の映像を再生し始めた。そんな中、赤の傷跡も消して普段着に戻った修が訓練室の扉から顔を出した。
「只今戻りました」
「おー、おかえりオサム」
「お帰り!すごかったな三雲くん!」
「そろそろ帰ってらっしゃい」
「グオッ!?何するんすか加古さん!?」
「貴方がいつまでも意識飛ばしてるのが悪いのよ?それはそれとして………」
呆然と立っていた出水の頭へ雑にチョップを入れて意識を取り戻させた加古は薄く笑うと修へと問い掛けた。
「説明、お願い出来るわよね?」
「………えぇ、構いませんよ。何から説明しましょうか?」
「そうね……じゃああの桜のことからかしら。確か地面と頭から生えてたように見えたのだけど?」
「まぁ生えてましたね」
「えっ、そんな感じだったんすか?俺桜生えてからこいつの姿見てないんですけど」
「分断されて花びら相殺してたら後ろから一閃だったからな。ミゴトなまでに真っ二つデシタ」
「国近ちゃん、映して貰える?」
「はいはーい」
太刀川が見返している映像を操作し、丁度体にEGOを侵食させた時の場面を写し出す。
「ちょっと不気味だけど幻想的ね。EGOってこういうのが多いの?会議室で見せてくれた奴は見掛けは只の枝だったけど」
「それよりもランクが高い代物ですからね」
「改めて思ったんだが……なんかこう、引き込まれる感覚があるな。それもあのEGOの効果なのかい?」
「それはEGOというよりもこれの元になったアブノーマリティの能力です」
「「「「アブノーマリティ?」」」」
「んお?なんだ?」
「あー……そこからですね」
~Now Loading~
「要は……あー、俗にいう怪異みたいな科学的に可笑しい存在がアブノーマリティで、そいつの自我の断片がEGOってことか?」
「詳しくは違いますが大体そんなものですね。EGOのランクにもよりますが大抵が物理的に存在し得ない筈の素材で出来てますし、効果もまちまちと言った所です」
「要は不思議な奴から取れる武器って事だな。RPGのレアドロップアイテムか」
「成る程~」
「いや絶対違うでしょ」
「いえ、物によってはアブノーマリティを殺す事で手に入れる事が出来たので合ってない訳ではないです」
「えっ、マジで?」
「ウソは言ってないぞ」
「まぁ殆どはアブノーマリティ相手に作業を行ってエネルギーを抽出してそれをEGOに加工するような形ですね。倒して手に入るのは例外中の例外です」
「ふーん……ってことは私が見た氷の槍とか、あとさっき使ってた刀と銃もそっちってこと?」
「えぇ、そうです」
「まぁあの不思議装備の理屈は一旦置いとくとして……なんでそんなもん持ってんの?」
「装備とは別にアブノーマリティから送られるギフトと呼ばれる物がありまして、それを元にEGOを再現してるに過ぎませんよ」
「……………その理論で行くとそのアブノーマリティとか言う化物が今も存在してるって事になるんだが……」
「その通りですが」
「え、大丈夫なのそれ」
ぎょっとした様子で修を見やる出水。この中では常識人寄りの嵐山も若干心配そうな表情になるが修は気にせず話を続ける。
「大丈夫ですよ、今のところ確認出来るのは概ね害が減ったり無害になった奴ばかりですから。確かこの街の都市伝説の一つになってた筈ですし……」
「はぁ?」
「狩人以外だと……『天使の裁き』だったかしら?」
「今そんな名前になってたんですか。あいつに天使要素は翼位しか無いはずですが」
「なんだそれ?」
「あら、知らないの太刀川くん。天使の前で罪を犯したら罰せられるっていうやつ、有名なんだけど」
「正直、狩人以外興味なかったからなぁ」
「えぇ………ニュースでもやってたじゃないっすか、連続強盗犯が半殺しの状態で見つかったって」
「その過激な天使ちゃんがアブノーマリティなの?」
「天使ではなくて鳥ですがね。罪人センサーに引っ掛かった相手を物理法則ガン無視してどついてくる小鳥型のアブノーマリティです」
「小鳥サイズで半殺しに出来るのか……」
「本気出せば人一人位なら噛み殺せますし、何より他にもヤバい奴がいますから」
とても軽く「他にもいる」と告げられるが、これ以上深掘りすると正気で居られなくなる気がした嵐山は閉口する。
「じゃあ話は戻るけどあの桜はどんなアブノーマリティが元になってるの?」
「そのまま桜ですよ。特異的な性質があり、人々を魅了する美しい桜です」
「ふーん、そこだけ聞くとただただ幻想的なだけね。で?本質は何なのかしら?」
「………貴女さては察した上で聞いてますね?」
「さて、どうかしら。多分梶井基次郎風なんだろうけど一応ね?」
「概ね正解ですよ」
納得したように頷く加古とボーダーの顔を務めており一定以上の教養があるが故に内容を察して目を見開く嵐山以外の面々はは一様に頭に疑問符を浮かべている。
「梶井基次郎って……確かレモンがどうたらこうたらってやつっすよね?」
「あら、よく知ってるじゃない。最近習ったの?」
「まぁそうっすけど……何でその名前がでてくるんすか?」
「その人が出した話の中に桜に関するものがあるのよ、『桜の木の下には死体が埋まってる』ってね。何故桜はこんなにも鮮やかに咲くのかを疑問に思って思考を巡らせて至った結論らしいわ」
「…………ってことは」
ほぼ答えを述べられた修は己に向けられる目線に対し、仕方がないと言った様子で話し始めた。
「……分類番号 O-04-100 "墓穴の桜"は人を養分として育つ桜型のアブノーマリティです。根本にある穴から腕を伸ばして人間を引きずり込み、殺害した後にその養分で万人を魅了する非常に美しい桜の花を咲かせます」
「…………こわっ」
「ついでに言うと周囲の人間や一度見た者の精神に干渉して自ら自分へと近づかせる能力もありますね」
「質悪っ!?」
自分が相対していた存在が予想以上におぞましい存在であった事実に体を震わせる出水。思わずと言った様子で感想を漏らすが、それはこの場にいる人間の総意でもあるため特に突っ込まれる事なく話は続く。
「まさか俺が感じてた引き込まれる感覚も……」
「その一部ですね。俺がしているのはあくまでも再現でしかないのでオリジナル程の効力はありませんが……お二人にかけた幻術は作用していたようですね」
「んぉ?何かやってたのか?」
「桜の木で作った人形を俺と思い込んで相手をしていたでしょう?黙り込んだ辺りから俺自身は貴方の前から消えてましたよ。そもそも舞い散っていた花びらはジャミングと幻術の増強程度の効果しかないのでダメージなんて存在しませんし。まぁそう誤認させたんですが」
「うっはは!マジかよ、全く気付かなかったぞ」
元となった存在のおぞましい特性を聞いてもなお、太刀川は愉快そうに笑う。そしてその対抗策を考えるためか再びモニターに向き直って映像を再生し始めた。
「……とまぁ軽率に力を解き放つと二次被害がとてつもないことになるのであの状態は滅多にしませんよ」
「そこらへん気遣える割にはやることがえげつねぇなお前、縦に真っ二つにされたの初めてだぞ」
「情報を吐き出させるとかではない限り下手に生き長らえさせても良いことは無いので一撃で仕留めるのは基本ですよ。人が怖いのは捨て身になった瞬間ですから」
「ふむ、道理だな」
「思考回路が裏社会のそれじゃん」
「なぁ三雲、そういや今トリガー持ってねぇのか?あるんならもう一回やろうぜ」
「一応扱いとしてはまだC級にすらなってない一般人ですよ?玉狛で訓練はしているとはいえ持ち出す行為は出来ません」
「………一般人?」
「一般人かなぁ?」
「貴方の場合一般人というよりも
「誰が上手いこと言えと………まぁいいです」
揃って一般人であることを否定された事に若干なんとも言えぬ気持ちになりつつも、事実であるがゆえに何も言えずそのまま流す。少なくとも、一般人は自我の破片を魂に何百も着けて無事でいられるはずがない為、その括りのなかに入ることはそもそも出来ないだろう。
「つーか普通に受け入れてましたけどこれって黙ってた方が良い事柄っすよね?」
「そうね、多分箝口令が敷かれる事になるわ。さっき外に情報漏らしたら殺すって言ってたし。私達は彼との訓練があるし、ある程度事情を知っている方が事がスムーズに進むから集められたんだと思うわ」
「えぇ……殺すって……」
「殺しませんよ、ただ実験台になって貰うだけです。流れた情報に寄ってきた輩は片っ端から始末しますが」
「物騒な話ね……でも、あんなのが世の中に溢れたら世紀末待った無しだし、しょうがないのかしら」
「さっき使ったEGOよりも危険度が高いのがゴロゴロありますし、万が一それに触れたら一般人なら即死してアブノーマリティ擬きに大変身しますので」
「あー……なんか太刀川さんがそんなこと言ってたような」
「小南先輩とかレイジさんでもアレフ?は持つのがやっとで使いこなすのは無理だって言ってたぞ。俺も一回持たせて貰ったけどヤバかった」
「マジか、あの2人が駄目なら忍田さんぐらいしか候補居ねぇじゃん。俺にもなんか貸してくれ」
興味津々といった様子の隊長を出水が止めようとするのを手で制し、太刀川をまっすぐ見据える。
「………まぁ経験しておいた方が身のためか………わかりました。ですが、耐えられなくなったら即座に手放すように、いいですね?」
「おう」
確認を取った後、修は左手を差し出し
「幻想模倣
その掌に青色に光るハートが刻み込まれた球体を出現させた。
修がちょくちょく技名言っているのは言葉にすることでイメージ付けた行動を反映してるからです。本来なら無言でも出来ますが若干ラグがあるので口に出してます。
EGOの能力まで完全に再現すると副次効果として他者への精神汚染があるので基本的に戦闘ではなく見せるための物は能力を抑えた状態にしてます。