それでは、どうぞ。
「ふぅ………少し休憩入ります」
「おつかZZzZzzzzzzz」
カタカタと打ち鳴らしていた机上のキーボードに触れる手を離し、少し伸びをする。任された仕事が一段落した麟児は力尽きた同僚に一声かけて開発室を後にする。ボーダーの所々にある休憩所に立ち寄り、その中にいた人物に一瞬だけ固まる。
「…………」
「………隣、よろしいかな」
「好きにしろ」
静かに尋ねる麟児に答えるのは仏頂面のスーツの男……二宮匡貴だった。暫くの沈黙の後、自販機から缶コーヒーを購入して少しずつ飲んでいた麟児が話題を切り出した。
「確か、君は二宮くんだったか?」
「それがどうした」
「エンジニアと大学の先輩方から噂だけだが聞いていてな、情報の性質は違うがそれなりに耳にする」
「…………」
「別に君について悪い噂があった訳じゃない。人の目を引くのは間違いないだろうが、その理由はおおむねポジティブなものだろう?」
「赤の他人の評価なんぞ気にしたところで何になる。そういう役目は目立ちたがりの奴にでもくれてやれ」
「……『ストイックそう』という評判はほぼ間違ってないようだな。噂話も、結構精度が高い時があるらしい」
「それで、わざわざ俺に何の用だ」
「大それた事は何もないさ。ただ君にほんの少し興味が湧いただけ、本当にそれだけの話だよ」
「どうだかな、雨取麟児」
あまり表情が動かない麟児の目が軽く見開かれる。その様子は意外であると感じていることをありありと示していた。
「知っていたのか」
「新人のエンジニアだそうだな。食堂でボーダーの技術者達が期待の新人だの救世主だの騒ぎ立てていたのが嫌でも耳に入ってきた」
「効率化を図っただけなんだがそんな風に言われてるのか………俺が来るまでがよっぽど酷かったみたいだな?」
「死体擬きの量産場所なんて称した奴も居た程だ。向こうにとってはさぞ喜ばしい事だろう」
「そうかな………そろそろ仕事場に戻って寝惚けた先輩方を叩き起こさなくては。話に付き合わせて悪かった」
会話もそこそこに切り上げ空になったスチール缶をゴミ箱に入れそのまま去ろうとする麟児だったが、休憩所から出る瞬間になって足を止めて振り返った。
「そうだ、一ついいか?」
「用件は興味だけじゃなかったのか?」
「たった今思い出した事だ。今季の新人に俺の妹とその幼馴染みが居る、もし相手取る事になったら全力で壁になってくれ」
「………手加減してやれなどと抜かしたらと思ったが、随分と身内相手に厳しいようだな?」
「話によると、君達の実力はA級の上位陣相当だそうだな。何か事情があるんだろうが、他のチームにとって君達は上位への道を阻む強大な壁なんだろう?あいつらが超える目標としてはこれ以上無い程に高い物だと思っている」
それだけ言うと今度こそその場を離れて来た道を帰っていった。その背中をしばし見送った後、二宮は先程の発言の意図を思考し続けていた。
「………………」
「二宮さん、ここにいらっしゃいましたか。まだ時間はありますがそろそろ防衛任務の準備を…………あの、どうかしたんですか?」
「………何でもない、行くぞ鳩原」
考え込む姿を見て少し気弱そうな女性……鳩原未来におどおどしながらもそう尋ねられた二宮は小さく頭を振るとそのまま立ち上がり近場のゴミ箱に空になったコーヒーのスチール缶を入れる。
「一応聞いておくが、後遺症は無いんだな?」
「えぇ、お陰様ですっかり。二宮さん達にはご迷惑をお掛けしましたけど………」
「構わん、勝手に消えられるよりかはマシだ」
「あはは、大丈夫ですよ隊長」
(おおよそ問題は無さそうだな。いくら修の奴が手加減していたとはいえ、半洗脳状態を強制的に解除されては完全に無事とは言えないか)
「……ん?」
ピッ!
『もしも~し、麟児さん今大丈夫~?』
「宇佐美か、何の用だ?」
『いや~ちょいとご相談がありまして……夏コミのネゲフンゲフン修くんと千佳ちゃんの結婚式の時に流す映像の為に色々と撮りたい訳なんだけど何か良い案ありません?』
「…………取りあえず起承転結のどこの辺りなんだ?」
「と、いうわけで今から2人に買い出し行って貰うよ」
「何がというわけなんですか、貴女だけ今度のカニ玉のカニ抜きますよ」
「ごめんて」
カチャリとメガネレンズが煌めくが、カニの前にその輝きは消え失せる。デジャブを感じながらも気を取り直して手に持った荷物を差し出す。
「買い出しですか?」
「うん、今日の晩御飯の食材、特に卵とお肉が足りなくてね。近くの商店街まで行って欲しいんだよ」
「ここの近くというと……あぁ、私達もよく利用してるところですね。週末とかも修くんと一緒に歩いてます」
「そういや半同棲状態だったね君ら。それでよく恋人じゃないとか言えたもんだよ」
「昔からやってることなので特にどうとかは」
「皆さんにもニコイチで顔覚えられてますし」
「うーん、慣れって怖い。まぁ今さらってやつなんだろうけどネ」
たははと笑う宇佐美を前にボーダーの過去の戦闘記録映像を一緒に見ていた修と千佳は不思議そうに首をかしげるが、そんな会話を交わしている間ずっとソファに座る修に千佳が正面から背中を預ける形で寛いでいた時点で仕方の無いことだろう。だがしかし、その場でそれを突っ込む人材は悉く出払っていた。修のトリガーの指南役である烏丸はバイトに明け暮れ、千佳の師匠である木崎は防衛任務で出払っている。ついでに小南は遊真としのぎを削り合い迅はいつもの暗躍、陽太郎は雷神丸に顔を埋めて寝息を立てて、支部長はタバコをふかしながら書類作業に明け暮れている。
「んー、やっぱり絵になるね。百合のいい資料になりそう」
「百合を買ったんですか?」
「いんや?こっちの話だから気にしなくていいよ~」
「宇佐美先輩、修くんはちゃんと男の娘ですよ?」
「………何かイントネーションがおかしくないか?」
「「合ってるから大丈夫」」
「は、はぁ……」
生粋のサブカル好きの宇佐美や愛しい人との過ごし方の参考のために色々と読み漁ってる千佳は兎も角、コスプレイヤーとしての親戚の手伝い等から一定の理解はあるもののそちら側の文化にあまり明るくない修は若干ながら困惑していた。後日、百合の意味を調べた修が本気で宇佐美へ精神科を勧めるかどうか思い悩むことになるのだが今は関係の無い話である。
「私はいろんなとこの掃除しとくから、それじゃあ2人共ヨロシク~!」
「待ってくださいまだ聞きたいことが…………速っ」
「全速力の罰鳥ちゃんレベルだったね」
手に持っていた財布の入ったエコバッグとメモを押し付けられたたかと思えば、止める暇もなく即座に部屋からドタバタと出ていく宇佐美の背中を呆然と見送った。暫くして意識を切り替えようと渡されたメモの方を見る。内容はごく一般的な日用品や食品ばかりで特にこれと行った異様な物は無かった。
「………このぐらいなら一時間もあれば買えるだろうな」
「じゃあ早速行こう!」
隣からメモを覗き込んでいた千佳がウキウキで準備を始め修もそれに付いていこうとしたその時、優柔な視力がメモの端に書かれた小さな文字を捉えた。
<余ったお金でデートでもいかが?>
「………いや流石に自分の用事に人の金を使いはしないんだが」
「修くん?」
「何でもない、すぐに行く」
「ふぃ~、たまには飛び道具を使うのも悪くありませんな。こなみ先輩から見てどうだった?」
「そこそこってところね。個人で見たらB級でも大体の奴ならぶっ倒せるんじゃない?」
「ふむ、A級にはまだ遠いと」
「相手によるわ、私からしたら全員下だけど隊長格は今のあんただと力不足って所ね」
「ちなみにオサムは?」
「多分近界の戦争に放り込んだら両陣営殲滅して終わらせるぐらいは出来るんじゃないのアイツ。私とレイジさんととりまると迅相手にノーマルトリガーで渡り合ってる時点でバグか何かよ」
休憩がてら訓練室から戻ってきた2人が駄弁りながら廊下を歩く。内容は話題の尽きない修についてのようで戦闘のアドバイスを交えながらもその強さについて談義をしていた。
「けどオサムは自分より強い奴は知ってるって言ってたぞ」
「ウソ、マジで?」
「オサムの家にイソウロウさせて貰ってるから話を聞く時間はいくらでもあったから「オサムより強い奴は居るのか?」って聞いてみた時にすぐに答えてたからな、オレの副作用も反応しなかったし」
「修のやつなんて言ってたの?」
「詳しいことははぐらかされたけど聞いた限りだと黒トリガーでも勝てるか怪しいレベルだった」
「アンタのそれとか風刃でも?」
「多分無理、攻撃する前にぶっ潰されるし防御が無意味になると思う。オサムとは違うタイプの理不尽のカマタリってやつですな」
「それを言うならカタマリだっての……私みたいなパワータイプってとこかしら、修って割と力押ししてくるけど一番厄介なのってワケわかんないレベルの技術なのよね。一本の弧月が両側から迫って来るとかどんな燕返しよ」
「ふむ?」
段々と規模がファンタジーとなっていき、最終的には例えとして技術のみで世界の理を凌駕した話まで持ち出した辺り、小南が自分の後輩をどう思っているのかがよく分かる。
「んで、何か分かりやすい強さの指標みたいなのは言ってなかった?」
「「全盛期の本気を見たことは無いが条件さえ揃えばボーダー本部位なら一撃で縦に両断出来るんじゃないか?」だってさ」
「………最早災害か何かなんじゃないのそれ」
一軒家や5階建てのビル程度ならと思っていた小南に返ってきたのは正に規格外とも言える理不尽だった。その光景を思い浮かべたのか若干苦々しい表情になったところで2人の耳に鼻歌が入って来る。
「~♪」
「何やってんのようさみ?」
「あ、こなみおつかれ~。今日の戦績どうだった?」
「遊真が試行錯誤しながらやってたから勝率1割切ってたわ。ま、そこそこ楽しかったから気にしてないけど」
「修くんとやりあってこなみもメキメキ成長してるもんね~」
ニコニコどころかニヤニヤしている友人に若干引きつつも内容は気になるようで、
「良い刺激ってやつよ……絶対いつか完全勝利してやるんだから」
「聞き捨てなりませんなこなみ先輩、先にオサムを倒すのはオレだから」
「……ふ~ん?中々生意気言うじゃないアンタ、休憩したらもう一回ボッコボコにしてあげるわよ」
「望むところですな」
「はいは~い、一旦落ち着いて~」
「んで、さっきから何やってんの?」
「ちょちょいと面白そうなの作ってね、その試運転中。ほら見てこれ」
「……この動画そこの川のやつじゃないの?特段変なとことかはないと思うけど」
同時に好戦的な笑みを浮かべる辺り、この数週間でとてつもない早さで仲良くなっているようだが、宇佐美はそんなの関係ないと言わんばかりにそれを遮る。
「……しおりちゃん、これどうやって撮ってるんだ?多分この角度で撮ろうとするなら空中にカメラを置くことになると思うけど」
「あ、ホントだ」
「ふふ~ん、鋭いね遊真くん!レプリカ先生を見てインスピレーションが湧いてね、トリオン兵作る要領で無風ドローン作っちゃった。ちなみに攻撃性を0にした代わりにステルス機能付き!」
「ほほう、偵察に便利そうですな」
「でもなんでこんないきなり?」
「ついさっき修くんと千佳ちゃんに買い物デートに行ってもらってね、その光景を映像に納められたらいいな~って!」
「……それって盗さ「さーて、早速様子を見てみよ~!財布に仕込んだGPSは~っと」
ジト目の小南の発言を遮るように宇佐美が声を上げ、カタカタとキーボードを叩き始める。言ってる内容が半分犯罪なのだがこの場に指摘できる者は居なかったためスルーしておくとして、映像が変化し始めた画面を見つめていた
「お、居た居た!修くんの腕に千佳ちゃんが腕を絡ませて手を繋いでる感じか~……うーんどっからどう見ても恋人!」
「……ちょっと私にも見せて、2人がどんな風に出掛けてるのか普通に気になる」
「どうぞどうぞ~」
ラブコメの気になるお年頃の小南も少しだけ気になって画面を覗き込む。そんな中、宇佐美に対しふと思い出したかのように遊真が尋ねた。
「そういやさ、しおりちゃんってオサムの能力知ってる?」
「ん?そりゃあもちろん。何回も戦ってるのを見てるわけだしなんも分かんなかったけどEGOの解析もさせて貰ったからね」
「そっちじゃなくて、オサムはカメラ越しでも視線が分かるから多分それバレてるよ」
「………ふぇ!?」
「あ、修がどっか消えた」
「うそ!?ヤバい!これ作るのに丸々一週間かかったから失いたくない~!」
「いやここ最近なんか籠ってるかと思ったら何作ってんのよ」
「色々と便利そうでしょ!」
そう良いながらもドローンを操作する手は緩めず、カメラの映像の流れ方から全速力で逃げているのが伝わってくる。やがて街中から警戒区域に差し掛かり、人の気配を感じなくなってからキーボードから指を離した宇佐美は詰まっていた息を吐き出した
「っあ~!ビビった~!」
「全く……後で修達に事情説明しときなさいよ?」
「こなみだってノリノリだったくせに~」
「う、うっさい!」
図星を疲れて逆ギレする小南とそれとじゃれ合う宇佐美。これで終わればよかったのだが、どうやら世界はそれを許してくれなかったらしい。
「あ、バットリだ」
「「へ?」」
滞空して正面を映すドローンの映像が突如として揺れ、ノイズが走り始める。慌てて宇佐美が確認するとカメラの視界の端に見覚えのある赤い模様を有する鳥の一部が絶え間なく出たり入ったりしていた。どうやら羽ばたきながら突っついているようで、次第にドローンの状態が悪くなっていく。
「罰鳥くん突っつかないで~!?一応トリオン製なんだけどな~!?」
「EGOでトリオン製のやつを壊せるならその元になってるアブノーマリティも出来る訳だな」
「そりゃそうか!普通に考えればそうだよね!」
「大丈夫なのこれ?段々粗くなってるけど」
「罰鳥くんには悪いけど強行突破だ!」
ボロボロになりかけているドローンを退避させるために動かすも、少しガタが来たのか僅かに操作と動作がずれる。そして
ドンッ
突っ込もうと構えていた罰鳥の方へとよろめき結構な勢いで正面からぶつかった。
「「あ」」
「あ"~!?ごめん罰鳥くん!」
そう、
「………ん?」
ヴァギャッ!!!!
「「「へ?」」」
突如として罰鳥の全身が血のように赤く染まり腹部の模様が歪んだかと思えば、明らかにその身体に入るとは到底思えない巨大な嘴が姿を現し、
ヴァグンッッッッ!!!!
尋常じゃない速度でドローンを噛み潰した。
「「」」
「……あー、これがいつもオサムがバットリに攻撃するなって言ってた理由か。確かに人だったら一発で即死だなこりゃ」
衝撃映像を前に固まる2人を他所に遊真は一人納得したようにブラックアウトした画面を見ながら冷や汗を流す。無論修がEGOと融合した際のおぞましさから予想はしていたのだが、想像と実際に見るのとでは天と地ほどの差があるのを改めて認識させられることとなった。
「シンパンドリとオオトリもこんな感じになんのかな」
「………はっ!?ちょっと意識飛んでた!ちょ、うさみ大丈夫!?」
「」チーン
必死に身体を揺する小南の努力も虚しく、危険性を話だけで聞いて可愛がっていた小鳥の豹変した姿を直視したSAN値減少と力作が修理が不可能であると分かるレベルで木っ端微塵にされたショックによって呆気なく意識を落としていた。
「うさみーっ!?」
「………噛み砕いたか、目撃されてなければ良いんだが」
「修くん、どうかしたの?」
遠くで罰鳥が自己の能力で不届き者に罰を与えていた頃、それを察知した修はそちらの方向に顔を向けて呆れた表情を浮かべていた。
「何でもない、パトロール中の罰鳥が仕事をしてただけだ」
「そっか、それじゃあデートの続きしようよ!」
「そう、だな……まぁいいか」
「~♪」
未だに恋人という立場に慣れないのかデートと言われて少々戸惑っていたが、やがて諦めて受け入れたように腕を絡ませてくる千佳を受け入れる。そんなこんなで楽しそうに笑う婚約者に引っ張られて商店街を歩く修の頬は少しだけ緩み、仕方なそうに微笑んだ。
「まずはどこに行くか」
「えーっと、じゃあ………」
ゆったりと歩く2人は周りの注目を浴びながらも、それを気にも留めず言葉を交わす。今このときは恋人の時間であり、それを邪魔できる者はどこにも居なかった。
ボーダーの両断云々は全盛期のカーリーにプロトタイプの粗悪品ではなく完全版のミミックを持たせた場合です。多分翼一つ墜とせると思うんですよねあの人。
~買い物中の出来事~
「えーっと……うん、必要なのはこれで全部だね」
「ならレジに………」
「いらっしゃいませー」
「………バイト先ここだったんですね烏丸先輩」
「知り合いにヘルプを頼まれてな、良い感じの給料だったから臨時スタッフとして入ってる」