それでは、どうぞ。
「「……………」」
いつも賑わっているランク戦ブースは今現在進行形で静まり返っていた。土曜日ということもあり、学生である隊員達が数多く集まっているのは確かなのだが、それでもなお異質なまでに静かなのである。
『そこ』
ザシュッ!!
その理由はモニターの一つで繰り広げられている試合……いや、試合と呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙劇にあった。
「すっげぇなぁ、いくら緑川がガキっぽいとはいえ実力はあるのにあそこまで一方的になるもんかね?」
「むむむむむ……?」
「…………やっぱ意図的に手を抜いてるな、迅さんの指示か?」
「へぇ、面白いことになってんな」
米屋が獰猛な笑みを浮かべ、陽太郎が米屋の言葉に首を傾げ、遊真は何故か納得したように頷いている。各々がそんな様子な中、そこに近づく人物が一人。
「よっ、こないだぶりだな空閑」
「おぉ、イズミ先輩」
「弾バカじゃん。お前ら知り合いだったのか」
「んあ?なんだ、槍バカも居たのかよ」
異様な空気を感じ取ってランク戦ブースに入った所で目立つ白髪を見つけて声を掛けたらしい出水が3人の座るソファの背もたれに後ろから寄りかかる。友人の存在にも気付いた出水は周りの異様な雰囲気の理由を尋ねる。
「んで、今これどういう状況?」
「多分緑川の奴が噂聞きつけて三雲に喧嘩売ったんだろうな。そんでもって現在進行形で三雲がトドメ以外のトリガーの使用を縛る舐めプで蹂躙してる」
「ウッソだろ……うわマジだ、電線千切って使う奴とか初めて見たわ。首に引っ掛けてブン回すとかエグいことすんなぁ」
「五戦目まではあれすら無くて全部素手でやってたんだぜ?」
「はぁ?どうやってベイルアウトさせたんだよそれ」
「緑川の出したスコーピオンを奪って突き刺してた」
そんな風にだべっていると、いつの間にか9戦目が始まっていた。グラスホッパーで飛び回って撹乱しようとした緑川は修が振るった電線に叩き落されて地面を転がり、起き上がろうとした所で更に首元へ何処かから持って来た看板を投げつけて地面に縫い止めた。
「「うっわぁ………」」
「おぉ!せっきょくてきにせめはじめたな!」
「ふむ、しおりちゃんが見せてくれた漫画の処刑道具みたいだな。たしかギロチンだったか?」
「なんでお前はそんな冷静なんだよ」
「あれぐらいは玉狛で当たり前のようにやってるぞ?この前こなみ先輩とかとりまる先輩の顔面を鷲掴んで引き摺り回してたのよりマシでしょうな」
「どういう起承転結があればそんな状況になる?というか女の子相手でも容赦無しかよ……いやまぁ小南相手に手加減出来るかって聞かれたらNOとしか答えられないんだか」
かつて小南が短めに改造した弧月を両手に携え、本部ランク戦で暴れまわっているのに巻き込まれた経験のある出水が微妙な顔で画面を見上げる。
「オサムはそこら辺の切り替えがとてつもなくドライなんだよいずみ先輩。訓練の為とか必要ならオレとかチカでも容赦なく心臓とか頭ブチ抜くし、普段はともかく多分戦う時は性別とか関係無しに敵か味方でしか判断してないと思うぞ」
「…………太刀川さんみたいなゴッリゴリの戦闘狂ってわけじゃないけど、ガチの仕事人というか暗殺者みたいな感じがすんな。あ、ベイルアウトした」
ガバッ!
「ハァッ、ハァッ……ふぅ」
酷いやり方で殺されSAN値が減りそうになっていた緑川だったが、なんとか息を整えてベイルアウト先のベッドから立ち上がるとそのまま最後のラウンドを開始する。
「……迅さんが言っていた通りになったか」
「?なんでここで迅さんの名前が出てくるのさ」
「最後の一戦が終わったら事情を話そう」
そう言い放ち、修は腰のホルダーからレイガストの柄を取り出してトリオンを流し込む。西洋の直剣のようになったそれを前に緑川は一瞬驚いた後、ニヤリと笑った。
「へぇ、ようやく最初っからそれ使ってくれるんだ」
「…………」
緑川が煽るように言葉を発しても修はレイガストを構えたまま動かずじっとこちらを見ていた。まるで「さっさと来い」と言っているかのようだ。それに応じてか、緑川も己のトリガーを起動し始める。その気迫に慢心などは見られなかった。
「「…………」」
それ以上2人は言葉を交わす事はなく、片方は闘志を滾らせ、もう片方はただ自然体のように佇む。観客達が息を呑む中、一歩目を踏み出したのは緑川だった。
「グラスホッパーッ!」
足元に出現させた青く光るパネルを踏んで跳躍するとそのまま連続で空中にグラスホッパーを配置し、3次元的な動きで予測が出来ないように迫っていく。ボーダー内部でもトップの機動力を持つ彼の動きを捉えられる者は少ないが、それでもなおその一部には今現在対峙している相手も含まれている事は緑川も理解していた。
(ならこうすればいいッ!)
だからこそ狙うべきは直接攻撃ではなく、さらなる情報の追加である。メイン、サブの両方のトリガーに入れたグラスホッパーをありとあらゆる場所に展開し、少しでも動けば慣れてない人物ならピンボールのように跳ね回り、地面に叩きつけられる事だろう。その隙間を縫うように移動出来るのは、まさしく緑川の運動神経とセンスの賜物だろう。
「………」
バキッ!
それに対抗すべく修が選んだ行動は地面のアスファルトを踏み砕く事だった。欠片が全方向に散らばる中、目の前に飛んできた比較的大きいサイズの物を掴むと、無造作に周囲へ投げ放つ。
「うおっと!?」
散らばったものや投げた破片がグラスホッパーにぶつかるとかなりの速度で反射され、それに伴って役目を終えたグラスホッパーが消滅していく。
「対処すんの早すぎでしょ……!」
「口を開く暇があったら構えることだ」
空中に張った罠の半分以上が消え去り、緑川が新たに展開しようとする前に修が動き出した。空中を移動し続ける相手に対して無造作にレイガストを構えたまま跳躍すると、そのままグラスホッパーで離れるように退いていた緑川に肉薄する。
「防いでみろ」
「ッ!?」
咄嗟に腕を体の前で交差させ、更に両腕からそれぞれスコーピオンを生やすように生成し防御するも、振り下ろされたレイガストはそれを砕きながら緑川の体を吹き飛ばす。交差させていた腕のうち前に出していた右腕は完全に斬り飛ばされ、左腕も半ばまで斬られかけており、一瞬で劣勢に立たされた緑川は空中で姿勢をなんとか制御しながら怯えを含んだ笑みで己を鼓舞する。
(あぁクソッ、間違えた!今のはスコーピオンじゃなくてシールドを張るべきだったろオレ!)
内心で自分に毒づきながらも撤退の足は止めない。自分を叩き飛ばした相手は着地した瞬間にこちらに向けて加速しており、このまま着地すれば追撃を食らうことは目に見えていた。だからこそ逃走経路の選択肢は自ずと一つに絞られた。
「グラスッ!?」
再び宙を舞おうとした所で腹辺りに衝撃が走って体がくの字に折れ曲がる。緑川が目だけで下を見ればレイガストが脇腹を貫いていた。
「ウッソだろ……!」
「余所見はいただけないな」
疾走しながら投げられたレイガストはグラスホッパーが散らばる空間を通り抜けて緑川を空に縫い止めた。修は即座に壁や電柱を蹴って跳ぶとそのまま緑川が撒いたグラスホッパーを利用して勢いをつけてそのまま蹴りを叩き込んだ。
「がぐぁッ!」
喉を的確に打ち抜かれた緑川は呼吸が関係ないトリオン体であるにも関わらず数瞬息が詰まるような感覚を味わいながら地面をバウンドしながら転がり、そのままブロック塀と仮初の民家の壁をぶち抜いた。
「ゲホッゴホッ……!容赦無さ過ぎでしょ……!」
「いいや、容赦はしているとも」
「ぅおおッ!?」
民家のリビングで体を起こしたその時、背後から声が聞こえてきたと同時に緑川は前方へ全力で転がる。いつの間にか移動してきた修が振り下ろしたレイガストで片足が斬り落とされたものの、ベイルアウトは防げたようだ。
「……ここまでしといて容赦してるとか、辞書をちゃんと引き直した方が良いんじゃない?」
「容赦というのは失敗や過失への赦し、もしくは手加減の事を指し示す言葉だろう。であるならば特に間違いなどは無い。そもそもの話……」
そこで言葉を斬るとレイガストを一閃。グラスホッパーで弾かれ、背後から迫る瓦礫を緑川から一切目線を外さずに対処した。
「このように言葉を交わしている時点でそれなりに手を抜いていると思うんだが?」
「……ははっ、なんでわかるのさ」
「何処に意識を向けてるかが分かってるなら対処は容易いものだ。不意打ちを仕掛けたいなら殺気などで塗りつぶすようにしてみるといい、このようにな」
修はしゃがみ込むような姿勢の緑川に徐ろに近づくとそのまま明らかに殺意の籠もった袈裟斬りを叩き込もうとする。未だ諦めていない緑川は反射的にシールドで防ぎながら反撃しようと構えるも、数秒経過してもシールドに刃がぶつかる感覚は無かった。
「……ぇ」
体の力を抜いていない筈なのに。視界がぐらりと揺れる。そして重力によって地面と接する頃には視界の端に現実が映っていた。
「その反応速度は見事だ、戦う者としての才能は高い。だかいささか実直過ぎるな」
最初から変わらずすべてを俯瞰するような目をしていた修の呟きは
「たまこましぶのたいいんとしてほこらしいたたかいだったな!」
「オツカレサマだなオサム」
「あぁ、そこまで体力を使ったわけじゃないが……」
「やっほ、やっぱ無茶苦茶やるなお前」
「出水先輩、先日はどうも」
ランク戦用の部屋から出てきた修を出迎えたのは観戦していた隊員達の畏怖の視線だったが、特に何を思う訳でもなく自分の相棒である遊真の所へと向かえば見覚えのある人物が増えていた。
「んで、最後のやつどうやったんだ?緑川の奴が全く見当違いの方向ガードしてたが」
「気迫……というより殺気で行う攻撃を誤認させただけです。そういうのへの反応が良い人程引っ掛かりやすいミスディレクションですよ」
「あ〜、緑川みたいなタイプには無茶苦茶刺さるやつだなそれ」
先日、訓練相手となった人物への挨拶もそこそこに求められた説明をすれば感心したかのような声を上げる。
「あーあ、負けたなぁ」
「それにしちゃあんま悔しそうじゃねぇな?」
「あんなコテンパンにされちゃ食って掛かる気力も起きないよ」
一方で伸びをしながら戻ってきた緑川は試合中の棘のような敵意は無く、むしろ満足したかのような笑みを浮かべていた。それに気がついた修はそちらへと赴くとそのまま緑川に向けて少し頭を下げる。
「先程は煽るような事を言ってすまない。迅さんからの指示があったとはいえ不快だったろう」
「ほほう、やっぱりか」
「え、迅さんが!?ねぇねぇ!オレのこと何て言ってた!?」
「『多分明日君に喧嘩売ってくる犬っぽい子が居るだろうから相手してあげて』としか聞かされてないが…君は迅さんの関係者なのか?」
「迅さんのファンだよ!」
「だから迅さんにスカウトされたっていう三雲に嫉妬して人数集めて見せしめにボコボコにしようとした訳だな。まぁ手加減された上で完封されてたが」
「うぐっ……すいませんでした」
迅の名前を出した途端に目をキラッキラに輝かせ、米屋からのコメントで痛い所を突かれたと言わんばかりに呻く姿は、確かに迅の言う通り無邪気な犬のようである。萎れる尻尾と犬耳が見えそうな少年とそれをカラカラと笑う槍使い、よくわからない表情で話を聞いてる傭兵を横目に、トップチームの射手は異端の少年にも話を振った。
「つーかなんで素手?別に最初からトリガー使っても良かったんじゃねぇの?」
「本当なら殴り殺したり首を捩じ切ったりしたかったんですが、先輩方や空閑に手伝ってもらって検証した結果トリオン体同士だと互いにダメージを与えられないという事がわかりまして、ハンデとして申し分ないと考え実行させていただきました」
「ハンデの割には殺意高いなオイ」
「すげぇサラッと言ったけど京介とか小南ぶん殴ったりしたってことじゃねぇのそれ?」
「こなみ先輩に対して的確に目潰しとかしてたし、とりまる先輩に関しては地面を砕く勢いで顔面踏み抜かれてましたな。すっごい冷や汗流してた」
「よくそこまであの顔面に躊躇無く攻撃できんな。京介のファンガールがその光景見たら卒倒すんじゃね?」
遊真の補足にかつてのチームメイトがとんでもない暴力装置を相手取ろうとしてギッタンギッタンにされてる光景を思い浮かべて引きつった笑みを浮かべる青年。しかし、それを前にしても戦闘に対する思考回路が前世の価値観を引き継いでるせいで訓練でもなければどんな手札でも躊躇いなく切る狩人は自分の考えを変えるつもりはないようだった。
「相手の容姿と力加減に何の因果関係があると?」
「まぁうん、緑川との試合を見る限りそういうの気にするタイプじゃねぇよなお前」
「?」
不思議そうに首をかしげながら純粋な疑問を口に出すその姿に何も言えなくなった出水をよそに、ふと思い出したかのような声色で緑川が明るく尋ねた。
「そういえば三雲先輩、今のポイントっていくつなの?」
「今は……3800だな」
「もうすぐじゃん!流石に早くない?」
「初期ポイントが3750だったからな。初日の合同訓練のポイントも加算されてるが、よっぽど俺をC級に居させたくないらしい」
「んー、まぁよく考えればそっか。三雲先輩みたいなめっちゃ強い人が1000ポイントから始めて暴れ回れば他の訓練生がB級に上がれないもんね」
他のA級2人も質問の答えに納得したように頷いていると、あ、と声を漏らした出水が少し悪い笑みを浮かべた。
「だったらチャッチャと上げちまおうぜ、ちょうどオススメの方法があるんだよ。ついでに白チビも聞いてけ」
「ほほう?」
「……その方法とは?」
「あっちのブースは1対1じゃなくて10人ぐらいで制限時間付きのバトロワやってんだよ。参加費として50ポイント取られるが生き残れば貯められたポイントを山分け、他を全滅させれば総取りって訳だ」
「成る程、確かに普通よりも早くポイントが移動しそうですな」
「参加してるやつは大体自分の実力に自身があるタイプなんだがお前だったらどうにでもなるだろ。試しにやってみるか?」
「……そうですね、少し荒稼ぎしてきます」
「んで、どうだったオサム?」
「想像以上に手応えが無かった」
「あっははは!そりゃそうでしょ!」
「開始20秒位でポイント総取りした奴は言うことがちげぇや」
「勧めた俺が言うのもあれだけど、太刀川さんに真正面から勝てる奴の相手はC級には荷が重すぎたな」
バトロワ式のランク戦はオリジナル要素です。こういうのあっても良いと思うんですよね。
今回のヴァルプルギスは豪華ですねぇ。ミートパイ組や奥歯事務所が出てるので図書館関係の人格は増えていくとは思ってましたがまさかフィリップ人格がこんなに早く来るとは……そのうち他の楽団人格や特色人格とかも来るんでしょうか?
各セフィラから見たシュウ(修の前世)
マルクト→滅茶苦茶お気に入りの職員。すっごい褒めてくれるしさり気なくフォローしてくれる
イェソド→有り難い人材。仕事は正確で早いし情報チームとしてアブノーマリティの収容手順を明確にしてくれるのはとても助かっていた
ホド→新人の教育を一緒にやってくれる助手みたいな人。しっかりとこちらを立ててくれるので一緒に仕事してると自尊心が満たされていた
ネツァク→不思議な奴。真面目は真面目だが、それを他人に押し付ける訳では無い為気楽だった。酒の件については爆笑した
ティファレト(A)→真面目な奴でお気に入り。けどネツァクの仕事を代わりにやろうとするのは止めなさいって言っても聞かなかったのには困っていた
ティファレト(B)→友達。波長が合ったのか多分セフィラの中で一番仲が良かった
ゲブラー→見た目の割にかなり骨のある奴。暴走した自分とタイマンしてギリッギリで勝たれた時は悔しさを通り越して笑った
ケセド→有り難い人材。最大限他の職員を生かそうとしてくれるしコーヒーも受け取ってちゃんと味わって感想まで述べてくれた時には感動すら覚えた
ビナー→おもしれー男。最後は相打ちに持ち込まれたが普通に友人だと思っていた
ホクマー→失うには惜しい人材。あの時に彼も居てくれたら、と時々思っていた
アンジェラ→色々と言いたい事はあるが、取り敢えず唯一友人と呼べた人。もし最終日まで生きていれば図書館に引っ張って来てローランのポジションに据えるつもりだった
X(管理人)→記憶が戻った際、職員の中で唯一本来の目的を告げる事が出来た信頼できる相手。シュウが最良の形で49日目を終わらせてくれた為、断腸の思いで本当の意味での最終日に進んだ