それでは、どうぞ
「オサム、どこ行くんだ?」
「あぁ、軽くランニングに行こうと思ってな。お前も来るか?昨日買った自転車の練習も出来ると思うが」
「ふむ、じゃあおコトバに甘えて」
「決まりだな、動きやすい服に着替えてこい」
部屋着の遊真はEGOで隠されることなく揺れる長髪の修の言葉に頷きすぐに準備を終え、新品の自転車と共に警戒地区近くの河川敷へと足を運ぶ。そうして早速練習を始めるのだったが………
ガッシャン!
現在進行形で遊真は自転車ごと横倒しになっていた。
「うーむ、難しいですな」
「意外だな、お前ならすぐに乗りこなすと思ってた」
「こうやってバランスを取る乗り物は経験がないからな。そもそも近界には自転車とか無かったし」
「大丈夫?遊真くん」
「おう問題ない………千佳はいつの間に来たんだ?」
「修くんの気配を感じたからついて来ちゃった」
修に手を貸してもらいながら立ち上がる遊真はチラリと千佳を見る。軽い調子だが、練習中から現在まで戦地を渡り歩いてきた遊真に接近を気付かれていないという事である。しかもしっかりと運動着を身に纏って居る。
「オサムは乗れるのか?」
「バイクになら乗り回したことはあるが自転車は無いな。そもそも俺の場合走った方が速いから使おうと思ったことはない。」
「それを生身で実行出来るのメガネくんだけだと思うよ」
遊真からの問いかけを適度に晴れた空を見上げて思い出しながら答えるが、それに対して新たな人間の声が突っ込みを入れる。修と遊真については昨日聞いたばかりの声のした方を見ると、予想通りの青年が菓子の袋片手にこちらに歩み寄っていた。
「「「迅さん」」」
「よっ、昨日ぶりだな二人とも……おっと千佳ちゃんも居たのか、久しぶり」
「お久しぶりです」
ペコリと頭を下げる千佳に軽く笑って返す迅に対し遊真は問いかける。
「ラッドの殲滅は終わったのか?」
「それはバッチリ。もうあれが原因でイレギュラー門が開く事はないだろうね。二人がくれたサンプルが役に立った、改めて礼を言わせてくれ」
「俺は拾った物をそのまま横流ししただけですので」
「同じく」
「それでもだよ」
念を押すように礼を告げる迅に顔を見合わせる二人。少しの間考えた後、遊真がそれに答えた。
「じゃあ報酬としてそのぼんち揚とかいうのを要求しとく………それで、ただ礼を言いに来たって訳じゃないんだろ?」
「察しが良くて助かるよ。それじゃあ早速……と言いたいとこだけど」
チラリと腕に着けた時計を見る。どちらの針ももうすぐ真上になるか否かという場所まで動いており、そしてたった今3本の針が揃った。
「そろそろお昼だし、先にどこかに昼飯食べに行こうか」
「ご注文をどうぞ~」
「チャーシューメンと餃子一つ。あぁ、俺の奢りだからみんな好きなの選んで良いよ」
「……じゃあ醤油ラーメンのAセットで」
「オサムと同じので」
「味噌ラーメンとご飯大盛をお願いします」
「承りました~」
運動着から着替えた三人と迅は各々注文した物が届いた後、言葉を交わしながら食べ始める。
「これはまた今まで食べたことない感じのやつだな」
「お、ラーメンは初めてだったか。美味いか?よくウチの支部のメンバーと来る店なんだけど」
「最近食った料理とはまた違うけど、これも美味いな」
そう言って遊真は初めてながらも向かいに座る修の真似をして器用に麺を啜る。
「オサムのお陰でこっちに来てから美味しいものばかり食えてるな。昨日の晩飯に作ってくれたパスタ?もとても美味かった」
「え、メガネくんの家でご飯食べてるの?」
「そうだぞ?ついでに部屋も借りてる」
「へぇ~?………お、ホントに美味そうな料理食べてる未来が見えた。俺も一回位食べてみたいな~」チラッチラッ
「………そんな視線を寄越さなくても、材料を用意してくれたら作りますよ」
「よっしゃ、楽しみにしとくね」
わざとらしいアピールに呆れ混じりに答える修だったが、不意に遊真がセットで運ばれてきた餃子を眺めているのに気が付く。
「オサム、これはなんだ?」
「餃子だな。簡単に言えば挽き肉と野菜の餡を薄い生地に包んで焼いた料理だ。このタレを付けて食え」
「はぐっ……おお、もう一個」
初めて食べた餃子に目を輝かせる遊真は続けて餃子を食べ進めるのを見て、修も自分の餃子を口に運ぶ。パリッとした焼き目のついた餃子を噛むと肉汁が飛び出した。ニンニクとニラが効いた餡は、それらの風味と肉の旨味が共に口の中に広がる。酸味のある餃子のタレはそれを引き締め、飽きさせない一品となっていた。
「麺は放っておくと汁を吸って伸びるから気を付けろよ」
「…………」ズルズルズル
「千佳はもう少し落ち着いて食べろ」
「んぐっ………ごめんね修くん、早くメインが食べたくて」
「ラーメンのメインは米じゃなくて麺だぞ」
「………?」
「訳がわからないって顔をするな………はぁ、餃子2つやるから一旦落ち着け」
「わぁい」
いそいそと差し出された餃子を受け取り、タレを付けて山盛りの白米に乗せた千佳は大口でそれを頬張る。モゴモゴと咀嚼する姿はとても満足しているようだ
「食べ盛りだねぇ……替え玉は一つずつで良い?」
「カエダマ?」
「麺の追加の事だ。一つお願いします」
「じゃあオレも」
「私はご飯が良いです」
「ホント千佳ちゃんご飯好きだよね……店員さ~ん」
店員を呼び追加の注文をした後、迅はスープのみになった器から視線を移して三人を見る
「それでこの後の話なんだけどさ、取り敢えずウチの支部に来てほしいんだ。」
「オサムが言ってた穏健派の派閥ってやつか?」
「そうそう、ここらでは込み入った話は出来ないからさ。ボーダーの支部ではあるから、遊真の目的も叶えられるかも……そうだ、二人もおいでよ」
思い付いたかのように告げられた一言にスープに白ご飯を浸して食べていた千佳が目を丸くする。
「良いんでしょうか?修くんは兎も角、私は部外者だと思うんですが……」
「大丈夫大丈夫、千佳ちゃんはボーダーのエンジニアの身内でしょ?十分関係者だし、玉狛のメンバーはそんなの気にしないよ。お菓子も出すし」
「えっと、じゃあ……行きます」
「オサムはどうするんだ?」
「断る理由も無いから行く」
「OK、じゃあこれ食べたら早速行こうか」
そう締めくくった直後、店員が替え玉と白ご飯をテーブルに置いて行った。未来視を使った結果なのかは迅のみが知るが丁度話も終わった為、各々食事の続けるのであった。
「にしても、メガネくんはホントお人好しだよねぇ」
「………未来視の暴発で頭おかしくなりましたか?」
「わぁスッゴいストレートな罵倒」
店を出て迅を先頭に歩いていた時、不意に振られた話題に修は怪訝そうな表情を隠そうともせず顔に出す。罵られた迅だったが、本人は特に気にした様子もなく笑っている。
「いやさ?話を聞く限り、遊真と初めて会ったのは三日前でしょ?精々転校生と隣の席になった位の始まりから1日位で善意で自分の家に住まわせる時点で十二分にお人好しだと思うけどなぁ」
「………単純に、昔の知り合いと被って見てられなかったからですよ。性格は全く似てませんが」
今一納得できていない様子の修だったが、不意に袖を引っ張られる。
「なぁ、その知り合いってどんな奴なんだ?オサムと初めて会った日にも同じような事言ってたけど」
「………そのままお前を成長させて目付きを悪くした感じたな。身長は………当時の俺より10cm高い位だったか?育った環境の影響でその場所での常識を殆ど知らなかったから1から教えてたのは覚えてる」
「ほほう、今のオレと同じですな」
「うーん……修くん、私そんな人知らないな」
「千佳と会う前の日本じゃない場所での話だからな」
「あぁ、そういえばお義父さんの仕事で海外に住んでた事があるんだったね。今はその人と連絡取ってるの?」
「………どうだろうな、連絡手段を持ってないからそれきりだ。何処かで野垂れ死んでないと良いんだが」
一瞬だけ思考を巡らせて、脳裏に浮かんだかつての同僚達に思いを馳せる。彼らを生かそうとして命を賭け続けた前世の最期辺りの記憶が過り、それに連なって圧縮された時間の中の記憶まで顔を出す。
「話題が尽きないね。いやまぁメガネくんが自分から話そうとする事が少ないってのと巻き込まれ体質で話のネタが豊富なのが理由なんだろうけど」
「………邪神を信仰する危険な宗教団体の壊滅RTAの話か、バスジャックの犯人を窓から投げ捨てた話でもしましょうか?」
「何それ日本での話なの?超気になる」
「俺も好きで巻き込まれてる訳じゃないですよ………向こう側から厄介事が全力で突っ込んでくるんです。」
深い溜め息からは精神的な疲労がありありと感じ取れた。
「だったら迅さんに未来を視て貰えば良いんじゃないのか?」
「いやぁ、出来るならそうしてあげたいとこなんだけど……メガネくんから見える未来が多すぎてぶっちゃけ絞りきれないんだよね。しかもその殆どで普通に解決してるからもうそこら辺は気にしないようにしてるんだよ」
「それって大丈夫なのか?」
「多分二人ともメガネくんの強さを知ってると思うから愚問だろうけどさ………普通の人間がメガネくんをどうこう出来ると思う?」
「「全く」」
迷わず即答する遊真と千佳に何とも言えない顔になる修であった。その表情を見て、迅は苦笑いしながら話を続ける。
「本音を言うと、ボーダー側からの対応に敵対しないでくれてるだけ有り難いんだよ」
「組織としては不安要素は潰したいでしょうから、狙われること自体は気にしてませんよ。まぁ潰される気は更々ありませんから抵抗はしますが」
「まぁその事も含めて今から話をしようか。さぁ着いた、ようこそ玉狛支部へ」
話をしながら歩いているといつの間にか目的地まで着いていたようで、案内人は振り返りながら一つの建物を指差した。
「珍しい立地ですね。元は水質調査の研究施設か何かですか?」
「確かそんなんだった筈だよ。隊員は全員出払ってるっぽいけど、何人かは基地にいるかな?」
携帯端末を操作していた迅は建物の前にある門を開ける。
「ただいま~」
「……カピパラ?」
出迎えたのはカピパラに乗ってヘルメットを被った五歳程の男児だった。予想していなかった光景に面食らっている修と遊真を他所に、迅はそのまま中に入る。
「お、陽太郎、今だれかいる?」
「……………しんいりか……おぶっ」ドシッ
「「しんいりか」じゃなくて」
「迅さんおかえり~……って、あれっ」
戸惑いながらも三人が玄関をくぐった所で上の方から声がする。その声の主も戸惑っているようで、何やら焦ったように動き出した。
「え、何?もしかしてお客さん!?ヤバい!お菓子無いかも!待って待ってちょっと待って!」
「………本当に来て大丈夫だったんですか?」
「大丈夫大丈夫」
締まらない雰囲気なまま、三人は部屋の中へ通される。中は基地と言うよりも広い家のようになっており、想像よりも緩い場所であった。迅の案内の元辿り着いたのも応接間というよりもリビングという表現が合っているような場所で、そこのソファに座るように促された3人は修を挟むような形で腰かける。すると、先程の声の主らしき高校生位の少女がパタパタと足音を立てて部屋に入って来た。
「おまたせ~、どら焼きしかなかったけど……でもいいとこのどら焼きだから、食べて食べて」
そう言って持ってきた菓子とお茶を三人の前に置いて反対側のソファに座る。メガネが特徴的なその少女はふと思い出したかのように口を開く。
「アタシ、宇佐美栞。よろしくね!」
「これはこれは、りっぱなものを」
「有り難くいただきます……あぁ、申し遅れました、三雲修です」
「空閑遊真デス」
「あ、雨取千佳です」
「遊真くんに千佳ちゃん、修ちゃんね。女の子としては結構珍しい名前だね~、声もカッコいい寄りだし学校でもモテるんじゃない?」
「……はい?」
何かとてつもない勘違いが瞬間最大風速を記録して突撃してきたが、それを訂正しようとしたところで、遊真の前に置かれたどら焼きがひょいと持ち上げられる。
「あ、こら陽太郎!あんたはもう自分の食べたじゃん!」
「あまいなしおりちゃん。ひとつでまんぞくするおれでは……おぶっ」ドシッ
「悪いなちびすけ、オレはこのどら焼きというやつに興味がある」
どら焼きを奪おうとした男児……林藤陽太郎は頭に手刀を落とされ、持っていたどら焼きは遊真の手の中に収まった。
「ふぐぐ……おれのどらやき……」
「………俺ので良いなら食べるといい」
「………!ほんとうか!」
「俺っ娘クール系か~、いい属性をお持ちのようで」
「多分何か凄い間違えてると思うぞしおりちゃん」
うんうんと頷いている宇佐美
「きみかわいいね、けっこんしてあげてもいいよ」
「生憎、同性と結婚する趣味はないから断る。せめて性別位は判別出来るように審美眼を磨いた方が良いぞ?」
「んん?あれ、どういうこと?」
「修くんは男ですよ」
「んなぁっ!?」
「ウッソ!?この肌艶と綺麗な髪で!?」
陽太郎はショックを受けた様子で固まり、それとは対照的に宇佐美は興奮した様子で身を乗り出して修の両肩を掴む
「ね、ね!何処のシャンプーとリンス使ってるの?」
「えぇ………特に気にせずドラッグストアで買った、なんだったか?」
「修くんってば、この間一緒に買いに行ったでしょ?あと近いです栞さん」
「おっとごめんね~……成る程成る程」
「ふぬ~!だましたな~!」
「オマエが勝手に勘違いしただけじゃないのかちびすけ。おっ、ウマイなこれ」モグモク
笑顔で威圧する千佳、それを見て何かを察してニヤリと笑う宇佐美、涙目になる陽太郎、どら焼きを味わう遊真、そしていじけて突進してきた陽太郎を弾き返して呑気に欠伸をするカピバラ……雷神丸。相当カオスな空間の中心にいた修が無心になって待っていると、ようやく宇佐美が話を戻し始めた。
「さてさて話が脱線しちゃったかな。それで、3人は迅さんからボーダーにスカウトされたってことで良いんだよね?」
「違いますが」
「あれ~?」
「でもまぁ興味があるのは確かだな、オレがここに来た理由なわけだし。迅さんから詳しい話を聞いた訳でもないから」
「うーん……聞いてもらうだけならいっか!まぁボーダーについては知ってるだろうから軽い説明は省くね。まずはここの話をしよっか」
出鼻を挫かれたがそれでも構わずに説明は始まった。
「……基地としてはかなり緩い雰囲気ですね」
「まぁウチはスタッフ全員で10人位しかいないちっちゃな支部だからね~。でも、ハッキリ言って強いよ」
「この前学校で見たアラシヤマ隊よりもか?」
「そうだね~……嵐山さん達も広報活動しながらA級5位を保てるぐらい強いけど、間違いなく同等以上の実力はあるよ。ウチの防衛隊員は迅さん以外は3人しかいないけど、みんながA級レベルのデキる人だね。玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!」
「へぇ………」
「どう?修くんも興味あるならウチに入らない?メガネ人口増やそうぜ」
「勧誘の言葉がそれでいいんですか?」
眼鏡をキランと輝かせながらの勧誘の言葉に思わずツッコミを入れる。それを遮るように今度は千佳が口を開いた。
「あの、A級ってどのくらい強い人達なんですか?」
「そうだねぇ、まず防衛隊員はA級、B級、C級に分かれてるんだけどね、C級から順に訓練生、隊員、精鋭って感じだよ。合計で500人以上は居るんだけど、A級はその中でも30人位しか居ないから、相当なツワモノ揃いだよ」
「なるほど………」
「よう、どらやきは美味かったか?」
そんなこんなで話をしているといつの間にか迅が入り口に体を預けて立っていた。
「あぁそうだ、どうせなら今日はここに泊まってくか?泊まるんだったら親御さんに連絡はしておいてくれ」
「じゃあ罰鳥呼びますね」ピュー!
「いやここ室内………うおっと!?」
入り口に立っていた迅が体をそらすと何故かその後ろから迫っていた罰鳥が猛スピードで入室する。しばらくの間は旋回して速度を調節していたが、やがて修が腕を差し出すとそこに向かってゆっくりと降りてきた。
「……………」パタパタ スタッ
「早かったな罰鳥……あぁ、すまないが今日はここに泊まって行く、審判鳥と大鳥にもそう伝えてくれ。ん?晩飯か。確か冷凍庫に作り置きしておいた主菜が入っていた筈だから、暖めて食べてくれ……わかったわかった、明日には必ず帰る。だからそう頭を擦り付けるな」
「……………」フンスッ
不服ながらも仕方がないと言わんばかりの様子の罰鳥はそのまま修の腕から飛び立つと、その小さな体の何処から出したのかわからない力で鍵を開け、律儀に窓を開けて飛び立って行った。突然の出来事に脳の処理が追い付かない初見の二人は罰鳥が飛び去って行った方向を呆然と見詰めていた。
「相変わらず神出鬼没だねぇ、未来が視えなかったらまた一昨日みたいにバードストライク食らうとこだったよ。というか何処から入って来たのあの子?」
「幻想体に常識を当てはめられると思わないで下さい。体の構造上、罰鳥自身が物理的に歪んでるので時折物理法則をガン無視しますから壁抜け程度なら多分出来ますよ」
「この前止まり木に止まってるような姿勢で何もない空中で一切羽ばたかずに休んでたもんね」
「そういえば籠の中に入れてもすぐに脱出するとか言ってたな。それが理由か」
何度も見ている事もあって当然のように受け入れている3人に説明を付け加える。言っている事は明らかに常識から外れた事ではあるが、発言している本人がそもそも普通とはかけはなれているためそこには確かな説得力があった。
「あぁそうだメガネくん、遊真、少し着いてきてくれ。うちの
「ふむ…………ズズッ、わかった」
「わかりました。千佳、二人に軽くでいいから説明を頼む」
「うん、行ってらっしゃい」
「……………」
「宇佐美さん宇佐美さん、大丈夫ですか?」
「………ち、千佳ちゃん、今のは?」
「罰鳥くんです。あの子はですね……」
「失礼します、2人を連れて来ました」
「おっ、来たな」
迅に連れられ入った部屋は様々な書類や資料でごった返しているものの、汚い印象はあまり受けないような場所だった。その部屋に置かれた書斎机の向こう側にいた男は迅の声に反応して立ち上がった。
「初めましてだな、俺は林藤匠だ。お前達がボーダーを訪ねてきた近界民と例の『狩人』か」
「「どうも」」
「おまえ達の事は迅から聞いている。玉狛はおまえ達を捕まえる気はないよ………それと、空閑だったな。おまえの親父さんの名前は『空閑有吾』で合ってるか?」
「!親父を知ってるのか?」
「ボーダーの設立者の一人だからな、俺も世話になった。しっかし、空閑さんの息子か………俺も年を取ったもんだな。それに都市伝説の御本人様にまで会えるとは思わなかった。10年前位に噂が生まれてたから少なくとも成人してると思ってたんだが………まさかまだ高校生にすらなっていなかったとはな。詳しく話をしてみたいが、先ずは遊真の事だな」
そう言って男……林藤匠は手に持っていたタバコを既に吸い殻で満杯の灰皿に擦り付けて火を消した。
「おまえ、親父さんの知り合いに会いに来たんだろ?その相手の名前は分かるか?」
「モガミソウイチ。親父が言ってた知り合いの名前はモガミソウイチだよ」
「!」
「そうか………やっぱり最上さんか」
遊真の口から名前が出た瞬間、二人の様子が一瞬だけ変化する。
「最上宗一はボーダー創設メンバーの一人で、おまえの親父さんのライバル……そして、迅の師匠だった人だ」
(………だった?)
言葉選びに引っ掛かりを覚えた修だったが、それを尋ねる前に迅がポケットから取り出した黒い棒のような物を書斎机の上に置いた。
「この、迅の黒トリガーが最上さんだ」
「………ということは」
「最上さんは五年前にこれを残して死んだ」
「そうか………」
話を聞いていた遊真から出た声は酷く無感情的だった。少し前に踏み出して棒状の黒トリガーを握った瞬間の表情は後ろにいた修からは見えなかったが、それでも危なっかしいような雰囲気は感じ取れる。
「なぁおまえら、玉狛支部に入んないか?」
「ふむ?」
「俺もですか?」
「遊真の存在がボーダー本部にバレたら恐らく向こうから狙われることになる。『狩人』に関しては現在進行形で捕縛命令が出てるしな。だがウチに入れば俺はおおっぴらに庇える。最上さんが生きていれば本部からでも庇おうとするだろうし、俺は新人時代に空閑さんに世話になった恩もある。『狩人』も、俺たちが取りこぼしかけた命を数えきれない程に救ってきたしな…………どうだ?勿論、無理強いはしない」
「断って良かったのか?」
「あぁ、目的はもう達したからな。そう言うオサムは保留にしてたけど、何でだ?」
「……少し、気になることがあってな」
「2人ともここにいたか」
その後、玉狛支部の屋上にて外壁に腰かける二人が会話をしていると迅が現れた。手には湯気と甘い香りが立つ中身入りのマグカップが3つ握られていた。
「悪いね迅さん、せっかく誘ってくれたのに」
「別にいいさ、決めるのは本人だ。おまえが後悔しないようにやれば良い………あぁそうだ、それよりもおまえの話を聞かせてくれよ。おまえと親父さんの話。メガネくんだって気になるだろ?」
「……まぁそうですね」
「ふむ……まぁいっか、別に減るもんじゃないし。レプリカ」
『話の補足だな、了解した』
一般通過罰鳥くん