好感度見えるメガネ拾った   作:cheese3

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 今でも思い出す。

 

 私の罪を。

 

 決して許されない罪を。

 

 

『ママはパパのことが嫌いになったの!?』

 

 子供の頃の私は、そんなことを言ってママを困らせていた。

 

『違うのエマ、聞いて』

『いやいやいやいや!聞きたくない!

 日本なんて行きたくない!パパのいるこの場所を離れるなんて絶対に嫌!』

 

 私は頑なにそう言った。

 ママは困った顔をしながらも、何度も何度も私と話をした。

 この時の私は、パパと一緒に過ごしてきた故郷を捨てて、見たことも聞いたこともない日本という島に行くなんて考えられないことだった。

 だから、今の父さんと兄さんが初めて私に会いに来てくれた時も、顔を見るのが嫌でそっぽを向いていた。

 

『エマ、この人がママの言っていた新庄さんとその息子さんよ』

『こ、こんにちは!俺はマサトです!君と会えて嬉しいよ!』

 

 たどたどしい言葉につられるようにして顔をあげると、初めて会った兄さんはひどく緊張した顔に精一杯の笑顔を浮かべていた。

 

 その顔が、不意にパパと重なって見えた。

 

『っ!』

『エマ?どうしたの?』

 

 ママが不思議そうに聞いてくるけど、うまく答えることができなかった。

 だって、パパの方がかっこいいし、私と同じ位の身長しかないし、着ているスーツだって全然似合ってない。

 なのに、心のどこかでマサトといったこの男の子が、パパに似ていると思ってしまった。

 胸の痛みをごまかすように、口から思ってもみないほど刺々しい声が出てしまった。

 

『ふん、変な顔…。日本の男の子ってまん丸のかぼちゃみたい』

『エマ!』

 

 自分でも良くないことを言ったのはわかっているし、ママの諫める声は本気だった。

 だと言うのに、言われた本人は少しだけキョトンとした顔をすると、意地悪そうに笑って背後に隠していたあるものを取り出した。

 

『あっ!ピカチュウ!』

『チューチュー!かぼちゃみたいって、ひょっとしてこの子のことを言ってるのかな?』

 

 マサトは顔の前にピカチュウのぬいぐるみを持ち上げて、ピカチュウが動いているみたいに、フリフリと左右に振りだした。

 

『チューチュー!まだ見てもないのに僕がマサト君といることを当てるなんて、さては君もとってもポケモンが好きなんだね!』

『す、好きだけど、違う!』

『じゃあひょっとして君はエスパーなのかな?どれが正解だとしても、僕がこれを持っていることを当てるなんて、君はすごいね!』

 

 そう言って兄さんは、ピカチュウのぬいぐるみをこちらに手渡してきた。

 まん丸くて、私が言ったみたいに、本当にかぼちゃみたいな色をしている。

 

『……ふふっ』

『おっ、笑ってくれた!

 良かった。いらないって言われたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんだ』

『別に…、いらないなんて言うわけないじゃないですか』

 

 嫌なことを言ったはずなのに、兄さんはニコニコとしていて、まるで気にしていないようだった。

 だから、私も自分の気持ちを素直に言うことができた。

 

『ありがとう。…それと、嫌なことを言ってごめんなさい』

 

 その言葉を聞いた兄さんは、驚いた顔をした後、とてもうれしそうに笑ってこういった。

 

『いいよ!これからよろしくねエマ!』

 

 その笑顔を見たとき、どこも似てないはずのパパと兄さんが重なった理由がわかった気がした。

 パパもこんなふうに笑っていたと思う。

 まるで、とても大事なものに笑いかけるような顔が、2人ともそっくりで、だから似ていると思ったんだ。

 

 その日、4人でした食事はとても楽しかった。

 特にママは、パパが死んじゃってからあまり笑っていなかった顔をくしゃくしゃにして、大きな声で笑ってとても楽しそうにしていた。

 その顔を見た私は、次の日に日本に行っても良いことをママに伝えた。

 ママは涙を浮かべて、私を抱きしめてくれた。

 ありがとうや愛してるってたくさん言ってくれたけど、ほんとはママのためだけじゃない。

 パパと同じように笑う男の子を思い出して、私は少しだけ日本で暮らすのも悪くないかもしれないと思うようになっていた。

 

 

 

 そして、日本で一緒に暮らし始めた私を、兄さんはかまいすぎなぐらいかまい倒してきた。

 

『ねえねえエマ、今日はどこか行ってみたいところはないかい?』

『ねえねえエマ、今日は何か食べたいものはないかい?

 近所に美味しいホットケーキを出すお店があるんだけど、良かったらそこに行ってみない?』

『……あなたは今私が本を楽しんでいるのが見えないんですか?』

 

 兄さんがしまったという顔をしている。

 なんというか、兄さんは裏表がない素直な性格をしている代わりに、女性への接し方がへたくそだった。

 まあ、10歳程度の男の子にパパみたいなジェントルマンの対応を求めるのも酷だと思うけど、やはり兄さんはパパには及ばない。

 

『あなたは本当に女心がわかってませんね。私のパパだったら、私が今日どこに行きたくて何を食べたいのかなんて言わなくてもわかる位でしたよ』

『えっ?でもエマはホットケーキが好きだって、ママが言ってたけど』

『……今日はそういう気分じゃないんです。

 そんなことじゃ女の子にモテませんよ』

『えー!そんなことがわからないと、女の子にモテないの!?』

 

 兄さんが女の子って難しい!と頭を抱えているか、少し意地悪だっただろうか?

 この頃の私は、兄さんの中にパパの面影を感じとってしまい、厳しくしたいわけではないのに、つい兄さんとパパを比べてしまっていた。

 そうすると、無意識に高い要求を兄さんにしてしまい、意地を張って兄さんを困らせていた。

 けれど、そんな意識が変化するような出来事があった。

 それは、ママの誕生日が近づいていた日のことだった。

 

『ママにはこれが似合うかな?それともこれ?

 ダメ。思いつかない』

 

 私はリビングのソファーで、独り言を呟きながらスマホのギフトページを見ていた。

 もうすぐママの誕生日が近いというのに、ママが喜んでくれそうなプレゼントが決まらなくて、私は焦りを感じていた。

 そんな時、兄さんが私の肩を叩いてきた。

 

『ねえねえエマ。俺出かけるんだけど、良かったら一緒にこないかい?』

『今は忙しいんです。邪魔しないでください』

『わかってるよ。

 ママの誕生日プレゼントを探してるんだろ?』

 

 私は驚いた。

 ママの誕生日は、新しくできた息子に気を使わせたくないから知らせなくていいと、ママが私と新しいパパに言っていたからだ。

 なのに、兄さんはママの誕生日を知っていた。

 一体誰から聞いたというのだろうか?

 

『どうしてそのことを?』

『まあまあ、そんなことはいいから、ついてきてよ!

 ママが喜びそうな物があるお店を知ってるから、そこならきっと良いプレゼントが見つかるよ!』

 

 言われるがままに連れてこられたお店は、色とりどりの花が並んでいる花屋だった。

 

『綺麗…』

『でしょ!

 特にこの花なんて綺麗で良いんじゃないかな?』

 

 そう言って兄さんが指さしたのは、鮮やかな色をしたバラだった。

 

『……それは』

『なんとなく選んでみたけど、これならママもきっと喜んでくれるよ!』

 

 そのバラはパパが生きていたころ、庭で育てていたものとそっくりなものだった。

 パパはその花をよくママにプレゼントして、ママが嬉しそうにリビングに飾っていたのを思い出した。。

 私はそんな二人を見るのが好きだった。

 もう戻れないけど、幸せで楽しかった日々を思い出して、少しだけ胸が痛んだ。

 

『あ、あれ?

 ひょっとして、気に入らなかった?』

『……いえ、これにしましょう。きっとママも喜んでくれるはずです』

 

 そう言ってパパが作っていたように、大きな花束にしてもらったら、値段が私のお小遣いで買える範疇を越えてしまった。

 

『こ、こんなにするんですか…!』

『値段のことなら大丈夫!俺もお金を持ってきたから、足りない分は出すよ!』

 

 兄さんは胸を叩いて言ったけど、それは間違っていると思った。

 

『そんな…!私が贈るためのプレゼントに、あなたが協力する理由なんてありません!』

『理由ならあるよ』

『えっ?』

『だって、俺はお兄ちゃんだから!』

 

 兄さんはその時、まるでそれが絶対正しいと、信じて疑わないような自信に満ちた顔をしていた。

 

『お兄ちゃんは妹のために優しくするもんだよ。だからエマも、遠慮なんかせずに俺に甘えていいんだ』

『…そうなんですか?』

『そうだよ!』

 

 私は迷ったけど、兄さんは頑として意見を曲げなかった。

 そのくせ、花束の値札も見ずに言っていたのか、レジで値段を見たときに青ざめた顔をしていた。

 財布が空っぽになったのに、よかったねと私にプレゼントを渡してくる兄さんは、正直、お人好し過ぎると思った。

 

『ママ、誕生日おめでとう。

 これからは私がこの花を贈るから、ママはパパのためにも幸せになってね』

 

 その花を贈ったら、ママは感極まったように涙を浮かべてありがとうと私を抱きしめてくれた。

 きっとパパもママが幸せになることを、空の上から願っているに違いない。

 私も、ようやくそう思えるようになった。

 

 その日は、子供の頃に戻ったみたいにはしゃいだ。

 バースデーパーティーは大いに盛り上がって、私はいっぱい食べて、いっぱい遊んで、パパが死んでから初めてじゃないかってくらい、たくさん笑った。

 兄さんはプレゼントを選んだこともお金を出したことも言わなかった。

 だから、黙っている兄さんの代わりに、私が父さんとママに何をしてくれたのかを全部話した。

 父さんはやるじゃないかと兄さんの頭を撫でて、ママはすごく優しい良いお兄ちゃんねとほめていた。

 兄さんは大したことはしてないと言いながらも、少しだけ照れくさそうに笑っていた。

 なぜだかちょっとだけ、パパよりかっこよく感じられた。

 

『あ、ありがとう……。兄さん』

 

 つい、そんな言葉が口から出てきてしまった。

 その言葉を聞いた兄さんの反応は劇的だった。

 

『エ、エマ!今なんて言ったの!?』

『なんでもないです』

『嘘だー!

 ほら、恥ずかしがらずにもう一回大きな声で口に出してみてよ!』

『やめてください。

 気持ち悪いですよ!』

『へうっ!』

 

 兄さんがショックを受けたのか、崩れ落ちるかのように床に突っ伏した。

 そんなこと言わなければ、もっとかっこいいのに。

 

『バカですね、兄さんは』

 

 私は思わず笑ってしまうのだった。

 

 そして、夜は久しぶりに、ママと二人でベッドで眠った。

 眠りにつくまで、ママがパパと出会ったときのことや、私が生まれたときのことや、今のパパと出会ったときのことまでたくさん話しをした。

 その時に、私は兄さんが、お節介でお馬鹿で情けないので、そういう所をちゃんと直していけば、パパまでとはいかずも、もっとかっこよくなることだってできる、ということをママに一生懸命伝えようとした。

 ……そうしたら、なんだかママに微笑ましいものを見るような目で見られている気がするのだが、どうしてだろうか?

 そんな話しをしている内に、今までママに感じていたわだかまりが音もなく消えていくような気がして、私の瞼は自然と重くなっていった。

 

『おやすみなさい、エマ』

 

 ママが私の頬にキスをして、布団をかけてくれた。

 久しく感じていなかった満ち足りた気持ちで、私は目を閉じた。

 

 そして、眠りにつく直前に、ふと、兄さんはいつの間にメガネをかけていたんだろうと思った。

 

 そもそも兄さんの視力は悪くないはずだ。それならおしゃれのため?

 わからない。

 なんだか、あのメガネが兄さんに似合いすぎていて特に疑問に思わなかった。

 まあいいか。

 何でメガネをかけているのかは、明日の朝にでも覚えてたらきいてみよう。

 私は、そんなことを考えながらいつの間にか眠っていた。

 

 

 ……そういえば、結局私はメガネのことを、今まで聞いたことがあったっけ?

 

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