推せない子
「人気アイドルグループ『B小町』に所属するアイさんが、自宅マンションで男に刺されて亡くなりました。犯人の男は逃走後に自殺を図り、搬送先の病院で死亡が確認されたということです。警察は動機やアイさんとの関係などを含めて現在捜査中で……」
――人気女性アイドルがファンの男に刺されて死亡する。
そんなセンセーショナルなニュースが日本中を震撼させた。
ワイドショーでは連日連夜事件の概要や被害者の個人情報が無遠慮に垂れ流され、ネット上ではデマや憶測、誹謗中傷やさらなる犯行予告などが無秩序に書き込まれた。
遺された家族は言うまでもなく、事務所の関係者、仕事で親交のあった者たち、そして全国に多くいるファンたちも。事件から数日で悲しみが癒えるはずもなく、身勝手な犯人と無責任な観衆たちに心を傷付けられ、無力感と絶望感にただ涙を流すしかなかった。
「そっか…………アイ、死んじゃったんだ」
そんな中で一人だけ、全く違う感情を抱いた者がいた。
誰もが彼女の死に涙し、悲嘆に暮れる中で……、
不謹慎にも、不遜にも、不快にも、ただ一人だけ笑った女がいた。
「そっかぁ……。アイ、本当に死んじゃったんだぁ」
暗く狭い部屋の中で光る画面を見つめながら、女は抑えきれない震えに拳を強く握った。
――じゃあこれからは、私がセンターで良いんだよね?
そう言って女は――B小町所属アイドル『
――――
思い立った後のマナの行動は早かった。その日の内に所属する苺プロの事務所まで走ると、憔悴した社長・斉藤壱護を見つけ、思いの丈を込めて叫んだ。
――アイが突然死んでしまってすごく悲しい!
――けど私はこのままで終わりたくない!
――身勝手なストーカーにあの子の作り上げたものが壊されるなんて耐えられない!
――あの子の見せてくれた風景は私にとっても大切な夢だったんだ!
――力不足なのは分かっている。
――だけど、こんなところで終わらせたくない!
――お願いします、社長! どうかB小町を続けさせてください!
元々グループ内でもアイに次ぐ才能を持っていたマナだ。アイを引きずり落とそうと日々スキルを磨き続け、彼女の天才的な嘘の力についても誰より近くで観察し、モノにしようと研鑽を積んできた。
虚実を織り交ぜ、感情を覆い隠し、計算され尽くされた動作を加えれば、憔悴しきった社長を騙すことは難しくなかった。
マナの説得を受けた斉藤は『やりたければやればいい。他社との契約上、どの道しばらくは続けなきゃならなかった』と投げやりに答えた。元より、何かを強く主張できる心境でもなかったのだろう。その後の『交渉事』においてもトントン拍子に話が進んでいった。
1、新たなB小町のセンターは
2、アイが担当していた仕事は可能な限りマナが引き継ぐこと。
3、その他、アイ用に練っていたプロデュース計画も調整を加えた上でマナに適用すること。
4、しばらくは他のメンバーにも活動してもらうが、本人がやめたいと言えば引き止めないこと。
5、マナ一人だけになっても、B小町として活動は続けること。
アイのために用意された道であっても、マナにはそれを十全に熟す自信があった。才能で一歩劣ることは自覚しているが、それでも自身が紛れもない天才だという自負はあったし、それは客観的な事実でもあった。
マナの容姿はアイにも決して負けていない。艶やかに輝くアッシュブロンドの髪も、清楚さと妖艶さを合わせ持つ魅力的な笑顔も、下品でない程度にメリハリの効いたスタイルも。
歌唱力も、ダンススキルも、綺麗な声も、観客を沸かせるライブパフォーマンスも、アイと比べて決して見劣りするようなものではない。
唯一彼女に及ばなかった『嘘』の深度――アイドルとしての仮面の完成度も、最近ではついにその背中が見えてきていた。あともう少しでその背に手が届く。そうなればもう敵などいない。
「もう誰にも、劣化アイなんて……言わせないから……ッ」
怒りと憎しみに塗れた黒い感情を吐き出しながら、彩木マナは凄絶に笑った。
――――
そこからのB小町は飛ぶ鳥を落とす勢いでスターダムをのし上がっていった。
これまでアイが不動のセンターだったことで引き立て役に甘んじていたマナは、枷が無くなったことで全力のパフォーマンスを発揮し始めた。アイに劣るとはいえ彼女も紛れもない天才、それも自分以上の鬼才の背中を長年追い続けてきた不屈の天才だ。本来の力を最大限に発揮すれば、そこらの木っ端アイドルやゴリ押し芸能人など比較にもならない。
さらにアイの事件の余波も彼女へ有利に働いた。同期が死んで間を置かず活動を再開したことに批判は少なからずあったが、それ以上に、頑張る少女たちの姿は観衆の心を打った。
初のドーム公演直前に非業の死を遂げた大切な
彼女の無念を自分たちの手で晴らしたい。天国で見ているあの子のためにも、B小町をもっともっと素敵なグループに成長させて、ドームで最高のライブができるようになった姿を見てほしい!
そう演出した。
そう見えるように完璧に計算して振舞った。
観客にも世間にも事務所にも……大切な
「みんな、アイちゃんのためにももっともっと頑張ろうね!」
「う、うん……」
「分かってる……」
アイの死による動揺をいつまでも消し切れず、ライブの途中でトチることも少なくなかったメンバーたち。本来なら蹴たぐり回してでも矯正するところだが、今は却って好都合だった。ところどころで脆さを晒す彼女たちの姿は、『辛い境遇でも健気に頑張る女の子』を効果的に演出してくれた。
元々アイとの実力差に絶望し、いつ折れるとも知れなかった連中だ。近い内に自分からやめたいと言い出す確信があったため、良いように使い潰すことに躊躇いなどなかった。
アイの死を利用してでも欲しいものを手にすると決めたあのときから、余分な感情などとうに捨て去っていたのだから。
「マナ……次のドーム公演が決まったぞ」
「はい、社長♪」
そしてマナの狙い通り、世間からの同情は一層募り、注目する人数はさらに増え……。
活動再開から僅か一年にして、彩木マナは最高のアイドルグループ『B小町』不動のセンターとして輝かしい地位を築いたのだった。
…………。
………………。
しかし、名声が順調に高められたのもそこまでだった。
新センターとして大会場のライブを幾度も経験し、テレビやCMのオファーも桁違いに増え、ドラマや映画にも数え切れないほど出演した。テレビやネットで彩木マナの顔を見ない日などなく、誇張なく今日本で最も売れている芸能人と言って良かった。
しかし彼女が売れれば売れるほど、大衆の目に触れれば触れるほど、それはまるで呪いのようにどこからか湧いてくる。
マナがアイドルとして大成すればするほど、B小町がかつての人気を凌駕するほど、それは過去の幻影のように背中にへばり付き、彼女の耳にこう囁くのだ。
――どんなにマナが頑張っても、やはりアイには及ばないな――と。
…………。
………………。
118 名無しのアイドルファン
ところでさ、彩木マナのこと、みんなどう思ってる?
119 名無しのアイドルファン
あーっ、ここでそれ聞いちゃう?
120 名無しのアイドルファン
荒れる話題はNGだっつってんだろ!
123 名無しのアイドルファン
聞きたくなる気持ちも分かるんよね。正直俺もちょっと思うところあるし。
124 名無しのアイドルファン
なんやなんや! お前らワイの最推しマナたんに文句でもあるんか!?
125 名無しのアイドルファン
俺の推しは今も昔もニノちゃんなんだが?
126 名無しのアイドルファン
他推しの人もここでは仲良く
127 名無しのアイドルファン
俺は社長の奥さんが良いと思う
128 名無しのアイドルファン
おはDは巣に帰ってどうぞ
129 名無しのアイドルファン
アイの事件の後すぐ活動再開したときも一悶着あったけどさ、そのときはなんとなく同情的な空気で流されたんよな。実際あの子らもかなりダメージあったのは間違いないし
130 名無しのアイドルファン
再開直後は小っちゃなライブでも体調崩すメンバーとかいたもんな。ドーム直前にあんなことがあったんだから無理ないけど
131 名無しのアイドルファン
倒れた高峯ちゃんに手を貸せたのは一生の想い出
133 名無しのアイドルファン
実際ちょっと長いこと引っ張り過ぎた感はあったよな? 一年以上経ったくらいでもまだ追悼の雰囲気だしてたし
134 名無しのアイドルファン
事務所側も少しはそういう意図あったと思うよ? やっぱり慈善事業じゃないし、売れなきゃ仕事にならん。
135 名無しのアイドルファン
不動のセンターのアイがいなくなって、どうなるか全く分からん状態やったもんな。つーか大半の奴はそのまま消えると思ってたやろ?
136 名無しのアイドルファン
しゃーない
137 名無しのアイドルファン
アイが強過ぎたんが悪い
138 名無しのアイドルファン
そこで颯爽と現れたのが新たなる天才、彩木マナちゃんなんよな
140 名無しのアイドルファン
さっきから誰目線なん?
141 名無しのアイドルファン
まあ実際天才なのは認める。アイがいる頃もこの子だけはアイに追随できるやろ、とは言われてたし。言い方悪いけど、アイがいなくなって伸び伸びやれるようになった感はあった。
143 名無しのアイドルファン
それでまあ売れたしな。絶対グダると思ってたから素直に驚いたわ。ライブパフォもすごかったし。
147 名無しのアイドルファン
でもみんな、言いたいことある感じ?
149 名無しのアイドルファン
そのライブがね……。まあアレよ。
150 名無しのアイドルファン
やっぱ見れば見るほどね、アイなんよな。や、もちろん自分なりのアレンジというか味付けはされてるし、それはそれで見事なんやけど……。なんつーの? 根底にある何かがおもっくそアイなんやわ。
151 名無しのアイドルファン
≫150 いやどこが? 完全にマナ独自のパフォじゃん。お前ら死んだ人間神格化し過ぎだろ。
153 名無しのアイドルファン
あーあー、荒れ始めるー。
155 名無しのアイドルファン
≫151 図星つかれてキレてるw 厄介ファンw
157 名無しのアイドルファン
≫155 劣化アイには劣化ファンしか付かないってことよ
160 名無しのアイドルファン
≫150 同系統の曲で歌って踊るわけだし、同じセンターならある程度似通ってくるのはしゃーない。
……けどまあ、経験者なら言ってることはたぶん分かる。骨組みが同じ。
163 名無しのアイドルファン
本人にそんな意図はないんだろうけどさ、売れるためにメンバーがアイの死を利用しているみたいに見えて、前ほど純粋に応援できないんだよね。
164 名無しのアイドルファン
分かる。あの子も必死にやってきたんだろうけど、感情が納得しない。本当のとこがどうであれ、一度そう思っちゃうとどうしてもそういう風に見えちゃう
167 名無しのアイドルファン
後はまあ……純粋に一歩足りない感?
168 名無しのアイドルファン
おまっ、さらっと毒吐いてくな。
169 名無しのアイドルファン
事実や市なー
170 名無しのアイドルファン
才能の差は残酷よ
172 名無しのアイドルファン
やっぱ今も昔もアイが最推しなんよ。なんで死んでしもうたんや……。
173 名無しのアイドルファン
まさに天才的アイドルだったもんな。
代わりなんかおらん。つーか書いてたらまたロスがぶり返しそう。
175 名無しのアイドルファン
≫173 大丈夫? 過去のライブ映像うpする?
176 名無しのアイドルファン
違法視聴はNG定期。
178 名無しのアイドルファン
苺プロがこの前アーカイブ配信始めてたぞ? 確か今無料期間中
179 名無しのアイドルファン
マジかよ! すぐに行ってこねば!
180 名無しのアイドルファン
相変わらず宣伝下手だなぁ、あそこの事務所。
182 名無しのアイドルファン
お前らいつのライブが好き? 俺はなー、大阪公演がホンマに最高でなー
185 名無しのアイドルファン
やっぱここはアイの話題のときが一番盛り上がるんやな。
186 名無しのアイドルファン
当たり前定期。だってここは、『今でもアイを愛してるスレ』やぞ?
188 名無しのアイドルファン
アイーーー! カムバアアアック!!
195 名無しのアイドルファン
つまりまあ、やっぱり“推せない子”なんだわ、彩木ちゃん
…………。
………………。
……………………。
◇◇◇
「うわー、こいつら今日も書き込んでるわ。暇人ニートどもめ」
アイの死から五年後。
彩木マナは今もB小町として活動を続けていた。他のメンバーはとうにやめてしまい、今では文字通り彩木ワンマングループB小町だ。
年齢は25歳。アイドルと言い張るには少々苦しくなる年代に差し掛かっている。……なんて言ってしまえば一部界隈から袋叩きにされそうだが、幸いここは彼女の自宅マンション。余計な雑音が外に漏れることはない。
「ま、超売れっ子の私は明日も仕事だけどね~。負け犬の遠吠え見ながらの晩酌ウマ~」
チューハイ片手にマウスを握りながら、たまに画面をスクロールしてみる。
アイ愛スレの流れは今日も平和だ。純粋にアイのことが好きで想い出を語っている連中だから変に喧嘩することは少ない。推しのポヤヤンとした気質がファンにもうつっていると考えてみるとちょっと笑える。
……いややっぱ笑えない。あんなんが複数いると思ったらストレスで発狂死しそうだ。星野アイは今も昔も一人で十分なのだ。
気分を変えて今度はアンチスレを覗く。
そうしたらまあ出るわ、出るわ。彩木マナに対する扱き下ろしや誹謗中傷コメントが、あることないこと根拠もなく好き勝手に。
まあアンチスレを除いているのだから当然なのだが、普通なら精神を病んでしまいそうなエグイ光景である。
「フヒヒ、オーケー、オーケー。悪名は無名に勝るってね。いつまでも私と死んだ人を見比べて、仲良く喧嘩を続けてくださいな」
しかしこの程度でマナの笑顔が崩れることはない。
アンチだって相手を見てくれるということに変わりはない。それでアクセス数や視聴率が稼げるなら彼女としては万々歳だ。
むしろ一番怖いのは見られなくなること、忘れられてしまうことだ。感情を向けられなければ発した声は誰にも届かない。忘却とはすなわち死ぬことと同義。少なくともマナはそう思っている。
雑踏の中で存在が消え去ってしまうあの恐怖はたぶん一生忘れられそうにない。そんな恐怖を遠ざけるためならマナはなんだってやってやる。
たとえそれが、かつての仲間を踏み台にすることであっても。
「ハッ、待ってろよ、アイ! いつか私は頂点を獲ってみせるからな!」
右手を頭上に突き付け、マナは不敵な笑みで宣言する。
「馬鹿みたいな顔してお空にいるアンタを、いつか力尽くで引きずり下ろしてやる! 精々それまでオタどもに崇拝されて、のんびり優雅に踏ん反り返っているがいいわ!」
そうと決まれば今日はもう寝てしまおう。
明日は一日がかりのドラマ撮影だ。すでに女優としても仕事を熟している立場上、寝不足でトチるなんて真似は許されない。
だって自分は、彩木マナは……
「あ、忘れてた……明日はメイクさんがいつもの――
――トス。
「え……」
そうして振り返ったマナの腹部に、小さな衝撃が走った。
は?
え、熱い……?
は……なんだ、これ……?
「はあ、はあッ……彩木いいいッ!」
「ィぎぃッ!?」
疑問が解消される前に腹の中で何かが抉られる感触。
次いで激しい痛みと、何かが抜けていく感覚があった。
目の前には見たことのない中年男と、その右手に握られた真っ赤な包丁。
「だっ……お前……なん」
そこで足先の力が抜けた。
親指で重心がうまく支えられず、同時に立ち眩みを起こして本棚にもたれるように倒れ込んだ。ぶつけた側頭部がジクジクと痛むが、腹の灼熱感に比べれば些細なものだ。
「フ、フヒヒ……ッ。お、お前が……お前が悪いんだ……。劣化アイのくせに……、あの子の……アイの残したものでズルして売れやがって!」
「……ぁ……ぐッ」
背中を思い切り蹴られて息が詰まる。
「この売女が! どうせお偉いさんと寝て仕事を回してもらってたんだろ! お前みたいな嘘くさくてしょぼい奴が……ッ、純粋なアイと同じくらい売れるわけがないんだ……!」
通り魔野郎がまだ何かを言っている。
聞く価値もない戯れ言だ。
立ち上がって反撃しないと。
「グ……ぷッ」
あぁ……でも駄目だコレ。
ガッツリ中やられて、思うように動けないっぽい。
しくった。
チェーンかけ忘れたか? くそっ、一流アイドルにあるまじき失態だ。
「うっそでしょ……。死因まで、二番煎じって……マジで勘弁してよ」
憤慨すると同時、腹からまた何かが流れ落ちる。
「しかも犯人……あんたの厄介ファンとか……。ケホッ……何がアイ愛スレは平和だよ。やべーのはちゃんと、隔離しておけよ」
クソガリのくせに刺し方だけは一丁前で、重要なところをグッサリやられているようだ。
「あぁぁ゛、くっそ……。こんな終わり方って……最悪。……絶対、アンタよりニュースの扱い……小さいし、ッ……今回は、一日もたないんじゃないの……コレ?」
手足がうまく動かない。震えが酷くてペンすらまともに持てない。
「やっぱり私……あんた、嫌いだわ……ッ。いっつも笑顔で……迷惑ばっか、かけるし……なのに自分は……さらっとなんでも……熟しちゃうしッ」
それでも、震える身体で右手を伸ばす。
無理なんて言葉は知らない。
自分がそう決めたならばやり遂げる。
あの日の自分にそう誓ったのだ。
だから最後にこれだけは、絶対に書き残してやる。
「ハッ、最期だからって……、私が、弱気なんか……出すわけ……ねえだろ、が……ッ」
当然だ。
だって自分は、彩木マナは――
「天才的……アイドル……星野、アイの……、ただ……ひと…………り………………ッ」
血濡れの指が、床に落ちた。
…………。
………………。
……………………。
……クソが、クソが、クソがッ。
なんでお前は私の前に現れたんだよ?
何も知らなければ私はずっと一番でいられたのに。
なんでも思い通りになる最強の自分でいられたのに!
よりによってなんで同じ場所に来たんだよ!
こんな情けない思いなんてしたくなかった!
こんなグチャグチャな気持ちなんて知りたくなかった!
私が何日もかけたものをお前は半日でできるようになる!
私にできないものをお前はただの思い付きで乗り越える!
頑張っても頑張っても全然届かない!
本当に同じ人間なのかよ。
宇宙人なんじゃないのか、気持ち悪い。
もう来んなよ、スキャンダルでも起こして引退しちまえ。
二度と顔も見たくねーよ!
そんなことを喚いても現実は変わらない。
あいつは明日も変わりなく私の
惨めさと怒りで腸が煮えくり返りそうだ。
ああ、ちくしょう……私の全てをブッ壊してくれた
絶対に許さない。
絶対に諦めない。
アンタの眼中に私なんて欠片も映っていなくても知ったことか。
私の全てをかけて……私の全霊を尽くして、どんな手を使ってでもお前の場所まで行ってやる。
いつか星を地面に引きずり落として、屈辱の顔を見下ろして、その目で私を見上げさせてやる……!
精々踏ん反り返ってその日を待っていろ、クソ天才アイドル様が……!
○月×日
改めて、なぜ私があいつに勝てないのか考えてみた。
……考えるだけで不快になって吐きそうだが、これからは嫌なことにも目を向けていかないといけない。いつまでも中学生の部活気分じゃダメってことだ。
悔しさや屈辱を押し殺して考え、自分との違いを客観的に評価し……
結果、一番当たり前で、一番悔しい答えが出てしまった。
――アイドルとして最も重要な能力、ライブパフォーマンスの精度である。
カメラの位置や角度を完璧に把握するのは当たり前。
表情や身体の動きをミリ単位で調整するのなんて基本中の基本。
その上で、何人もいるファンに対してどのタイミングでどんなアクションをすれば最適なのか見極め、アイはいつでも全員に最高の満足を届けるのだ。
改めて考えても化け物だ……。
正直、今の自分では再現など不可能。精々7割程度の出来が関の山だ。
でも、これに対抗できるようにならなければ負け犬街道から脱け出すことはできない。
ならやってやる。
あいつを四六時中観察して、その極意を盗み出してやる。
それができたときがお前の負けるときだ。
首を洗って待ってろ、天才様。
○月□日
今日はタイミング良くアイと二人で同じ現場だった。
内容は普通のバラエティでライブとは関係ないが、何か参考になるものがあるかもしれない。
司会はトークに定評のある中堅芸人だし、場回しも含めて勉強させてもらうとしよう。
――と意気込んでいたのだが、改めてアイの怪物ぶりを認識してしまった。
特別うまい返しや笑える話をしたわけじゃない。
けど場の空気をうまく乗せるというか、自分を舞台の中に溶け込ませるというか、そういうのが抜群にうまくて、気付けば全員が気持ち良くトークできている。
傍で見ていても意味が分からんかった。
ライブだけじゃなくてトークもうまいとか、これが才能ってやつなのか……とショックを受けた。
ちなみに私はエピソードトークでクソスベった。
こういうときこそその力で何かフォローしろや。
隣で笑いこらえてんじゃねえ!
○月▽日
次のライブが一か月後に迫っている。レッスンの頻度と強度がググっと上がった。今週はひたすら練習漬けだな。そこそこ大きい会場でライブできるようになってきたし、ミスなんてやらかさないようきっちり仕上げないと。
……まあやることはほぼアイのバックダンサーなんだが。
この前腹を括ったばかりだ。今さら腐ったりはしない。
誰より間近で観察して、そのスキルを存分に盗ませてもらおう。
○月☆日
今日はたまたまアイと二人だけのレッスン日だったのだが……。
なんか、アイのやつが話しかけてきやがった。
ガチで驚いて顔に出るとこだった。
ここでちょっと述べておくが、私とアイは特別仲が良いわけじゃない。(悪いわけでもないけど)
日記帳にいろいろと罵詈雑言を書き連ねているが、ぶっちゃけ事務会話以外で話すことはあまりない。私が一方的にライバル視して密かに敵視しているという、わりかしアレな関係だ。(つーか個人的に嫌いだから話したくない)
それがなぜ急に話しかけてきた? と不安になったが、声をかけられた以上返さなきゃならなかった。リアルでは『控えめだけど優しくて頑張り屋のマナちゃん』で通っているのだ。……笑うんじゃねえよ。
で、なんとか平常心で頑張った結果、少なくとも同じグループの同期――という程度には取り繕えたと思う。
大丈夫だよな?
観察してるとかバレてないよな?
知られたら首を括ることになるぞ。
□月×日
しばらくヤツを観察してきた中で一つ気付いたことがある。
あいつが他人と会話しているとき、だいたいは普通に返事を返しているのだが、何かのタイミングでちょっと変になる。
……『何も分かってないじゃん』と言われそうな答えだが、そうとしか言いようがなかった。
会話のどこかしらのタイミングで、アイの空気がほんの僅かだけ変わるのだ。それは動揺とか滞りとかそんな分かりやすいものじゃない。
違和感と言えるほどですらない、第六感レベルの話かもしれない。
でも確かに感じる。
なんて言うかこう、良い感じの返答をしたときに多い。
あいつの身体全体から生じる何か。あれは一体何なんだろう?
………………。
……………………。
□月◎日
ああ、そうか。なんか分かった。ストンと来た。
あいつは……嘘吐きなんだ。
アイがスタッフと話している姿を見てフッと降りてきた結論。
あいつはたぶん、場面場面で結構な頻度で嘘を吐いている。
何かを聞かれたとき、アイは相手や場の空気が求めている答えを瞬時に選び取って投げ返している。
あえて嘘を吐こうと思ってやっているわけじゃない。ほぼ反射で呼吸のようなもの、ほとんど無意識の領域だから誰も気付かないんだ。
病気レベルでアイのことを観察していた私が、たまたまその答えが以前と違うことを知っていたから気付けた違和感。たぶん他の人だと無理だと思う。なんなら私だってまだ勘違いじゃないかと少し疑っているくらいだ。
正直な話……ゾッとした。
人間がこんなに自然に、何の抵抗感もなくスラスラ嘘を吐けるんだって……。前に言った宇宙人説が濃厚になってしまった気がした。
…………けど、不思議なことに悪意は感じなかった。
相手を馬鹿にしているわけじゃない。
騙して酷い目に遭わせようとしているわけでもない。
ただ嘘を吐いて楽しんでいるわけでも……たぶんない。
あれは一体何なのか……あいつをもっと知るために確かめたいけど、それを知るのがちょっと怖い。
□月▽日
やらかした。
やらかしてもうた
ホンマ、何やってんねん、自分。
アイと何かあったわけじゃない。この間のレッスン以降、意識してあいつとは距離を取っているからほとんど話してもいない。
問題があったのは他のメンバーとの間。
アイに嫉妬している■■が、あいつの悪口を言いまくっているところに偶然遭遇してしまったのだ。
普段から柔らかなキャラで通している私は、これまでそういうのはうまいことかわしてきた。悪口に追従することなく、しかし説教をするわけでもなく、『うんうん、気持ちは分かるよ』と玉虫色の回答でのらりくらり煙に巻く。こういうのはどっちの味方になっても面倒だから、とりあえず共感のスタンスだけ見せておけば良かった。
なのに今日は…………虫の居所が悪かったんかな?
『アイなんて贔屓されてるだけで大したことないよね?』って言われて、なんかプツってなっちゃった。
あいつが大したことないなら追いつこうと必死こいてる私は何なん?って。
で、ガーーって罵詈雑言を叩き付けて、そのまま喧嘩騒ぎからの早退命令。
はあああ、やらかした。ホンマ何やってんの、自分。
これでキャリア終わったらどうしよ……。
□月☆日
特にお咎めもなく次の日も出勤した。揉めた相手も特に触れては来ない。互いになかったことにして水に流そうって暗黙の了解だ。忘れてしまえば少なくとも表面上には残らないから。
で、安心したところで……
いや、視線の圧!
射程距離!
休憩とか移動時間とか、下手すると練習時間のふとした瞬間にこっち見てる!
誰かって、あのお星さまアイズさんに決まっとろう!
……そりゃなー、大して話したこともない相手がなー、
なんか
たぶん、『何あいつ怖ッ』って感じなんだろうけど。
違うんだよ。私が求めてたのはこういうのじゃないんだよ。
青春ドラマみたいな温い感じのやつじゃなくて、もっとこう実力でさ。
人格は論外だけど実力だけは認めてるよ――みたいに一目置かれるような、そういう大人な――――(以下、取り留めのない語り)
△月○日
祝、ライブ成功~~!
最近グダグダとマイナスなことばかりだったが、久々に良い話題で日記が書ける。
今回のライブ、アイのパフォーマンスはいつも通り完璧で、後ろの私たちもミスなく練習通りにやりきれた。加えて私は観察しまくったアイの動きに合わせて、ちょっとしたアドリブを何度か入れてみた。
もちろんまだまだ
正直、アイのファンからは『出しゃばるな』って言われると思っていたから素直に嬉しい。たぶん今までで一番良かったんじゃないかと良い満足感に浸れている。
全体的にスキルの向上も実感できたし、明日からもまた、打倒アイを目標に頑張っていこうと決意を新たにした。
うん……。
決意を新たに、したんだけどさ……、
なんで私は今、アイの自宅マンションでこれを書いているんだろうね?
招いた張本人はもう寝てるし……わけがわからないよ。
△月□日
いや、困る。困るから。
いきなりこんな距離の詰め方は困るから。
そんなヘビーな過去、まとめてお出しされても困るから!!
意味がわかんねえよ!
そういうのはもっとこう別の……幼馴染系男オリ主とかそういう相手にするもんだろ!?
うちらそんな仲良くないだろ!? つーかほぼ他人だろ!!
……いや、分かってるよ。
別にこれは『信頼できるあなたに話したかったの~』とかじゃない。私のことも別に気に入ったとかじゃなくて、言うなれば荒れ球を放り込んで反応を見ている感じだ。
昔の話を聞いてなんとなくだけど輪郭が見えてきた。
人懐っこそうに見えて自分のことはあまり話さない、実は他人と一線を引くタイプのこいつ。
だけど前にポロっと本音っぽいものを零したことがあった。
――愛するのも愛されるのも分からないって。
………………。
要するにたぶん、アレだ。
アレがソレでそういうことだ。
たぶんコイツ、超メンドクサイ奴だ。真面目なヤツが関わってしまうとストレスで胃とかやられそうな。
実際今もかなりメンドクサイ。横になっている上に腕が取られているから文字が書きづらくてしょうがない。
つーか頭乗せるな、アホ。
自慢のスラッとした二の腕が太くなったらどうしてくれる。
△月×日
――悲報:私の秘密が知られた件について。
………………。
……うん、やっちまったのよ。
開いたまま寝落ちしちゃった。
危うく衝動的に首を括るところだった。
つーか今も壁に頭を叩き付けそう。
いやお前さぁ……。
この馬鹿アイさぁ……。
中学生アイドルが酒はあかんやろ?
なんで冷蔵庫に入ってんだよ?
ジュースと間違えて氷結買ったって、さっさと捨てとけよ! 忍ばせて飲ませんな!
私も話したんだからおあいこって、知らんわ!
アホのくせに返報性とか言ってんじゃねー!
『嘘はとびきりの愛』ってなんだよ……。
私のはそんなんじゃねーよ。
お前と違ってただただ自分のためだよ。
二度と捨てられたくないからそうやって嘘吐いて守ってるだけだよ。
あー、くそっ、いらんことばっかり書いてる。
酔うとこんな風に馬鹿になるのか。
ほぼ毒じゃねーか。二度と酒なんか飲むか。
つーかバレたらスキャンダルだよどうしてくれるんだよ、アイのバカ野郎。
ごめんねバカで、じゃねーんだよコンチクショウ。
…………。
………………。
でも、やっとわかった。
お前は、愛のために嘘を吐いてたんだ。
いつか本当に
どんなときでも揺らがない愛を持った完璧アイドル。
弱さも不安も嘘で覆って微笑む究極アイドル。
それがお前の強さだったんだ。
ああ、ちくしょう、ダメだ。
私はお前を倒すんだ。
こんな感情なんて邪魔なだけなんだ。
要らないんだ。
だから絶対、口に出したりしない。
たった一回、ここで書くだけだ。
絶対に見るなよ?
見ても忘れろよ?
酔った勢いで書いた、ただの下らない戯れ言なんだからな。
アイ、私は、
とびきりの嘘でみんなに愛を叫ぶお前が、
最高のアイドルとしてみんなを笑顔にするお前が、
私の
誰よりも、
何よりも、
この世界中のどんなものよりも、
大好きです。
…………。
………………。
……………………。
――――
パラリ――と、日記のページが一枚捲られる。
中身を読んでいるのは本来の持ち主ではない。その少女はもうここには来られないため、上司である彼が――苺プロダクション社長・斉藤壱護が、物品を整理するべく彼女のマンションを訪れていた。
「……ったく、どいつもこいつも、ウチのアイドルは嘘吐きばかりだな」
壁に貼られた
大人しいだけの少女でないことは薄々察していた。あの人当たりの良い笑みもおそらく擬態で、仮面の下にはこの業界特有のドロドロとした感情が渦巻いているのだろうと思っていた。
別に構わなかった。
この世界で生き抜くには綺麗なだけではやっていけない。他のメンバーにどれだけ嫉妬や敵意を抱こうとも、表に出さず自分の仕事を全うできるなら問題ない。むしろその激情を糧にできるなら上等だ。
娘のように思っていた子を踏み台にされて思うところがないわけではなかったが、そんな世界に引きずり込んだのも斉藤自身だ。仕事に没頭して辛い現実を忘れたい思いもあって、とりあえずやれるところまで好きにやらせようと思った。
結果は、あらゆる関係者の度肝を抜く大成功。心のごく一部で『失敗すればいい』と思っていた斉藤も顎が外れるほど驚かされた一人だった。
しかし――
「
斉藤が見抜いたと思っていたマナの黒い感情、それすらも二重底の上に乗せられたフェイクに過ぎなかった。
彼女のデスクの引き出しに乱雑に仕舞われていた紙束。ネット上の記事や書き込みをピックアップしてまとめたものだ。日付はおよそ五年前。もう何度も何度も見返したのだろう。印字は霞み、コピー用紙は皺だらけになり重ねるのも難しくなっている。
――人気アイドル、刺殺!
――犯人はファンの男か?
――動機は怨恨?
「……ッ」
紙面に踊る文字の羅列は斉藤の古傷も容赦なく抉ってくる。
しかし、今は見なければならない。
無機質な活字で綴られたコメントと、その下に書き殴られた手書きの文字を。
――アイに男の影? アイドルとしての資質に疑問が……
黙れ、三流。あいつの資質を疑うクソ無能なら記者なんてやめちまえ
――犯人にも同情すべき点が
あるわけねーだろ 生きてたら私がブッ殺してやる
――ファンに期待させるような媚びるやり方が問題で
媚びなんぞといっしょにすんな あいつは愛を伝えてたんだ
――男と遊んでたって話だし、仕方ないんじゃね?
何が仕方ないんだよ。住所教えろよ、てめーも殺してやろうか
ふざけんな
――有名税ってやつだよな
ふざけんな
ふざけんな ――つーかアイって誰? そんな人気なん?
一流だ てっぺん獲るやつだ
――大したことない。量産型アイドル ふざけんな
そんなわけあるか 嫉妬するほどすごい奴だ
――まあアイドルなんて遊びみたいなもんだしな ふざけんな あいつはいつも全力だった!
――ちょっと可愛い子が媚びれば売れるんだろ?
ふざけんな ――俺でもできんじゃねw
鏡見ろよw ふざけんな
歌手に比べれば素人みたいなもん
演技やっても中途半端 ふざけんな
枕とかやってんだろ?
ヤれるなら10万まで出す ふざけんな
ふざけんな 今回のもそれなんじゃねーの? 身体でファンゲットしてたとかw
ヤベw 俺も握手会行かなきゃ!
ふざけんな
つーか飽きてきたな。この話題もういいだろ。
そういやパンダがさ
みんなすぐ忘れるよ
「ふっざけんなッ!!!!」
思わず紙束を叩き付けていた。それがあの子の持ち物だということを思い出して一瞬ハッとするも、込み上がる激情は落ち着くことを許してくれなかった。
「……ふざけんなよ。……仕方ないってなんだ。……遊びってなんだ。あの子らは人生かけてアイドルやってたんだ。それを貶めるのがそんなに楽しいか!!」
堪えきれずもう一度机を殴り付ける。
乱雑に置かれていたノート類が衝撃で滑り落ちる。
表紙にマジックで⑥と書かれた、何の変哲もない大学ノート。
折り目がついた後半のページがひとりでに開いた。
「……ッ!」
――どいつもこいつも好き勝手言いやがって
――あいつの何を知っている
――今の私じゃ劣化アイにだってなれやしないのに
――憎くなるくらいすごいやつなのに
――このままじゃあいつが低く見られる
――このままじゃあいつが忘れ去られる
――そんなこと絶対させない
――忘れさせてなんてやらない
――全ての人間の頭に刻み付けてやる
――私が頂点を獲って、ふざけた奴らに分からせてやる!!
私より凄いアイが最高のアイドルなんだって、お前ら全員に分からせてやる!!!
日記⑥はここで終わっていた。これ以降は全て白紙になっている。忙しさがピークに達して書く暇もなかったのだろう。
……いや、ひょっとすると、もう書きたくなかったのかもしれない。あの子のいない人生の記録なんて。
「……マナ。こんなことやっても、あいつはたぶん喜ばなかったと思うぞ? それよりも、お前の口から直接『好きだ』って伝えてあげれば良かったんだよ。……お前の本心も察してやれなかった俺が言えた義理じゃないけどな」
「あいつ、言ってたらしいぞ? 誰かに感情をぶつける勇気をマナが教えてくれたって。マナが自分に愛を教えてくれたって。だから子どもたちにいっぱい『愛してる』を言ってあげられたって」
「だから今度は、私が『愛してる』を教えてあげるんだって。そんでお前にも、何度でも『愛してる』を言わせてやるんだって。そんな風に、嬉しそうに笑ってたんだってよ。……なあ、マナ……一回くらい、言ってあげれば良かったじゃねえか」
そして最後に、あの子が今わの際に触れていた場所を、労わるように優しく撫でた。
――はん人のどうきは ふせて とくしゅうは アイの方を おおく
「ッ……本当にお前は……素直に推せない子だったなぁ……」
黒くなってしまった文字は、水滴が落ちても滲まずそこにあった。
話題の【推しの子】第一話を視聴した結果、ショックで失神しました(ガチ)。アニメであそこまで精神にダメージを負ったのは初めてです。母子の愛に感情移入し過ぎたのがいけなかったのか……。
それを癒すために衝動的に二次創作を書き始め、なぜか出来上がったのがコレです。
どういう心境だったのか謎です。
【人物紹介】
B小町メンバーにアイに追随できる子がいたらどうなる?――という思い付きから生まれた本作主人公。間違いなく天才ではあるが、初対面ではアイに数歩及ばないという拗らせの見本のようなキャラ。
芸能界に入る前は容姿も歌もダンスも常にナンバーワンだったが、アイに出会ったことで見事に脳を焼かれる。その後すぐに立ち上がるくらいには根性があったが、今度は技術を盗もうとアイに近付き過ぎた結果、無事に魂まで焼かれることに……。
絶対に超えてやると決意すると同時に、目標であるアイには誰にも負けてほしくないという矛盾した願望も合わせ持つ難儀な子。いわゆるベジータ系女子。
このままアイに何事もなければ良きライバルとして切磋琢磨し合い、いずれはどこかの分野でアイを上回っていた可能性もあった。しかし彼女の死により全てが狂う。憧れのアイの死とそれに対する心無い声に精神が引き裂け、『アイの凄さを忘れさせない』ことだけを目標に生きるようになる。
表情や歌、ダンスやパフォーマンスをアイの面影が感じられるように調整し、その上で要所で気付かれないように力を抜いてクオリティを数%落としている。これによって『そこそこ詳しい者』には『アイに似ているけどやはり及ばないな』と思われるようになっている。付き合いの長い斉藤社長や専門スタッフまで騙しきる辺り、冷静に考えて頭おかしい所業。
(隠し設定)
実は6歳くらいで母親に捨てられている。母はタチの悪い男に引っかかったシングルマザー。17歳でマナを産んでなんとか育てていたが、一人での子育てに心を病んで娘を虐待。ある日街の雑踏の中にマナを捨てて蒸発、ひと月後に水死体で発見される。そのときの、無残でありながらも解放されたような穏やかな死に顔はマナのトラウマ。愛は永遠のものではないのだと思い知らされ、捨てられないように他人の前で良い子を演じるようになった。
芸名の『彩木マナ』は本名『彩木
『ちゃんと愛せるように』と自戒の意味で母が付けた名だったが、願いは空しく散り、以後娘は公的な場以外で“愛”を名乗ることはなくなった。
結成初期にアイから言われた『アイと愛でお揃いにしようよ! みんなから愛されそう!』は結構な地雷。後に事情を知ったときに、あのアイが自重と気遣いを覚えたほどの伝説的気マズ案件である。
星野アイ:
言わずと知れた完璧アイドル。原作メンバーと同じくオリ主の脳もこんがりと焼いてくれた。マナが自分に悪感情を抱いているのは当時からなんとなく察しており、彼女が才能持ちだったのもあって割と初期から名前を憶えていた。
他のメンバーと同じく心が折れたときは『やっぱりダメか』とガッカリしかけるも、その後急速に立ち直って距離を詰めてきてさすがに驚いた。
さらに自分の嘘にも気付かれてビックリ。嘘吐きどうしの共感、さらにはなんとなく家庭に問題がある空気を察してシンパシーを抱き、常に向けられる強い感情も手伝って徐々に興味以上のナニカが出てくる。
マナがアイの悪口にマジギレしているところを見てさらに感情が揺さぶられ、最終的に自宅に連れ込んで酒を飲ませて本心を聞き出した。
悪感情が醸成されて激重感情になり、やがて憧れや好意に変わっていく過程を聞かされてカルチャーショックを受け、愛にもいろいろあるのだなと視野が広がった。
結果、コロリといった。男だったらここで子どもできてた。
(※原作アイと比べると情動が豊か過ぎる気もしますが、完全体になる前の中学1~2年ならこれくらいは有りかな、と。解釈違いだったらすみません)
その後は、妊娠・出産・育児のことでいろいろ相談しながらも、付かず離れずの関係を維持し続け、復帰後はライバルとして切磋琢磨して成長していく。
アクアやルビーとも何度か会っており、アイから子どもたちへの『愛してる』を聞く度に号泣する姿を見て、二人からはツンデレな友達だと思われている。
何かのきっかけでもう少し素直になれていれば、なし崩し的に四人暮らし状態になって、あの事件の結末も違うものになっていたかもしれない。
が、今さら言っても詮無いことである。
本来より少しだけ暖かい想い出と言葉を子どもたちに遺し、母とその親友はいってしまった。