推せない子   作:マゲルヌ

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※ 1話の日記partラストからの分岐ルートです。

 ――アイが『もう一度日記を読む』の選択肢を選びました。



番外編
少女は愛のため踏み出した


 

 

 ……やっと、わかった。

 

 お前は、愛のために嘘を吐いてたんだ。

 

 ()で笑顔を纏って、()で心を惹き付けて、世界中に向けて()を叫んでいたんだ。

 いつか本当に()が愛になるように願って。

 

 どんなときでも揺らがない愛を持った完璧アイドル。

 弱さも不安も嘘で覆って微笑む究極アイドル。

 それがお前の強さだったんだ。

 

 

 

 

 

 ああ、ちくしょう、ダメだ。

 私はお前を倒すんだ。

 こんな感情なんて邪魔なだけなんだ。

 要らないんだ。

 

 だから絶対、口に出したりしない。

 たった一回、ここで書くだけだ。

 

 絶対に見るなよ?

 見ても忘れろよ?

 酔った勢いで書いた、ただの下らない戯れ言なんだからな。

 

 

 

 

 

 

 アイ、私は、

 

 とびきりの嘘でみんなに愛を叫ぶお前が、

 

 最高のアイドルとしてみんなを笑顔にするお前が、

 

 私の仮面()を優しいと言ってくれたお前が、

 

 

 誰よりも、

 

 何よりも、

 

 この世界中のどんなものよりも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大好きです。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

(翌朝、追記)

 

 見られたあああああああああッ!!?

 

 あの野郎ッ、見るなって書いてんのに今回も遠慮なく見やがった!!

 いや、確かに前科はあるけどッ!

 人の迷惑考えずに好き放題やる奴だけどッ!

 けど昨日の今日でまた他人の日記勝手に読むか!?

 昨夜は結構シリアスな空気で、なんかいい感じの距離感で終わったじゃん!

 

『これからもブッ潰すライバルのつもりだから、慣れ合いなんかしねえよ……』って雰囲気出てたじゃん!?

 

 なのになんで起きたら普ッ通に隣に寝転がって人の精神的恥部読み漁ってるわけ!?

 

『好きなの?w 好きになっちゃった?w 私愛されちゃった?w』じゃねえんだよこのクソボケアイがさっさと忘れろやあああああくぁwせdrftgyふじこlp――――(以下意味不明な内容が続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 いけない。

 よろしくない。

 間違いなく良くない流れだ。

 うっかり内心を吐露したせいで、その後の関係がグダグダになってソレがアレしてああなるパターンだ。

 ツンケンした態度がウケてたライバルキャラが、優しくなって逆に人気が下火になっちゃうあの現象だ。私はジャンプには詳しいんだ。

 

 ……いや、そんな訳分からん話は置いておくとしても、打倒アイを目指す上で邪魔な感情には違いない。

 そうだ。あんなものは単なる一時の気の迷い、勢い任せの一夜の過ち もとい酒に酔った妄想だと思え。

 

 私とヤツとの関係はこれから先も変わらぬ。

 いつか引きずり下ろしてやる不倶戴天の敵。

 そのことをゆめゆめ忘れてはならぬ。

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 ……いやだから、距離感!!

 

 なんでッ?

 なんで四六時中やたらと近い距離にいるの!?

 なんで休憩時間とか空き時間に間近でジッと見てくるの!?

 ……まさかこっちを困らせて遊んでいるんじゃないだろうなッ?

 

 このままじゃ気まずいのももちろんだが、風聞的に困るのだ。

 他のメンバーからしたら今の状況どう映ると思う?

 

 

 ――特に仲良くもなかった同期二人が、話もせずに何時間も見つめ合っている(一方的)状態なわけだ。

 

 

 ………………。

 

 ……やべえよ。

 これ絶対変な感じになるよ。

 ちょっと前にアイ絡みで喧嘩騒ぎ起こしたばっかだぞ。

 ■■も『あっ……』みたいな顔してんじゃねえよ。ちげーよ。

 

 私は実力でアイを負かして新センターの座を確立するつもりなんだから、こんなんで妙な関係性を勘ぐられては困るのだ。

 だからもうこっちくんな、馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 よーし、分かった。

 そっちがその気なら私にだって考えがある。

 お泊り会なんぞで仲良しになれたと思っているならとんだお笑い種だ。

 元々トップアイドルを目指す敵同士。どうしても離れないってんならこっちから攻撃するまでよ。

 

 

 

 ……まあ、『過去』のことを持ち出すのはフェアじゃないから、新たに何か弱味を見つける必要はあるけど。

 久々にブログの記事でもチェックしてみるか?

 結成当時にマックかどこかで作ったブログ。

 ネットリテラシーガバガバだったし、アイのやつも何か書いてるかもしれん。

 

 パスワードなんだっけ?

 確かメンバーの頭文字か何かだったような。

 455107……だっけか?

 無駄に凝ろうとしてんのが最高に中学生っぽいな。

 

 

 

 

 

 

 

(翌日追記)

 

 ………………。

 

 まあ、今日のところは勘弁しておいてやる。

 

 あいつを近くで見るのも何かの役に立つかもしれないし、後少しくらいはこのママゴトに付き合ってやろう。

 

 感謝しろ、アイのバカ野郎。

 

 

 

 

 

 

 

☆月○日

 

 距離感問題は一旦置いておくとしても、そろそろ話の本筋を進めないといけない。

 当初の目的――『アイの強さの秘密を暴いて、同等の力を手に入れること』

 

 一連の嘘うんぬんの話でだいたいの答えは見えてきた。ライブやトークにおけるアイの異様なレスポンスの速さと的確さ。あれらはアイの嘘の能力に起因するものだった。

 トークで相手が求めている言葉を正しく返せば、言われた方は気分よく次を話してくれる。

 ライブに関してもそれは同様。いやアイドル(私たち)にとってはこちらの方がより重要だ。嘘というのは何も会話のみに限った話ではない。

 ファンが喜んでくれる表情、歌唱、立ち振る舞い、歓声への応え方。それら全て、アイドルという仮面を被って舞台上で行う『嘘』と言って良い。アイは素のスキルに加えて、この『嘘』の能力が呆れるほど高いわけだ。

 

 ファンが今何を思っているか、どういうことを要求されているのか?

 それらを瞬時に読み取り最適のリアクションとして客席へ返す。嘘に対する心理的抵抗もないから、不自然さや停滞が発生することもない。まさにあつらえたようにアイドル向きの才能だ。

 

 ……おそらく原因は幼少期の経験。

 生存本能とも言える強い想いがこれらを生んだのだろう。

 私の場合は短期間だったからここまでならなかったけど、あいつは何年も言葉の刃と理不尽な暴力を受けてきたんだ、こうなってしまうのも仕方な

 

 

 

 では、私がこの能力を身に付けるにはどうすればいいのだろう? という話だが……。

 やはり間近で観察して技を盗み続けるしかない、という結論に至る。地味で遠回りなようだが仕方ない。

 幸いちょうどあっちの方から近付いてくれているんだし、都合がいいと言えば都合がいい。

 せいぜい狙いを悟られないように、こっちの目標を達成させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

☆月×日

 

 ……忘れてたよ。

 

 この日記あのアホに読まれてたんだよ。

 そしてあいつは嘘と観察の達人。

 昨日まで嫌がっていた私の態度が急に変われば、そりゃ察するってモンだよ。

 

 迂闊だった。

 おかげで交換条件として、『本物の愛を見つけよう活動』なんて最高にスイーツな試みに付き合わされることになった。

 なんだ、この頭ゆるふわ企画は。

 こんなん今どき中学生くらいしか思い付かんぞ。

 

 

 

 

 

 ……中学生だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

☆月□日

 

 なぜ私がお前といっしょにお出かけしなきゃならんのか、小一時間ほど問い詰めたい。しかも行き先が動物園って。背伸びしたがる中学生女子にしては意外なチョイスだな。

 

 そして悔しいことに……正直私も嫌いじゃない。

 途中からつい全力で楽しんでしまった。

 いや、私が幼稚なんじゃない。

 全てはキリンの親子が可愛いのがいけないのだ。

 首をギューンと伸ばして手元から餌を啄みやがって、かわいいなチクショウ。

 

 でもお前がアーンをねだってくるのはNG。

 女子どうしでベタベタするなんてオタどもの妄想に過ぎないんだよ。

 そういうのがしたけりゃ男でも作ってやれ。

 

 

 それと帰り際の『やっぱり親子って良いね』もクリティカル過ぎるからやめて。

 どちらにとっても地雷ワードなんだからもうちょっと自重して?

 

 

 

 

 

 

 

 

§月○日

 

 驚いた。

 アイのやつが進化していた。

 これまでただ一つだけケチが付いていたアイの弱点。

 嘘が上手すぎるがゆえの『作り物っぽい笑顔』という欠点を、今日のミニライブで克服しつつあった。

 アイ専門家の私の目から見ても明らかに今までとは違っていた。

 どうも以前の活動で本当に何か掴んだようだ。こっちが足踏みしている間にあっさりと……。

 

 まさかアイのやつ、過去のトラウマを克服するためにこの前の動物園をチョイスしたのか? 親子の愛情を間近で見て、自分の心の傷と向き合うために?

 だとしたら今後は活動に文句を言うこともできんじゃないか。そういう真面目な理由なら先に言っとけよ。

 

 

 ……まあ、お前が本気で過去を乗り越えて、アイドルとしてもっと上へ行きたいって願うなら、『本物の愛を見つけよう活動』とやらにもっと真面目に付き合ってもいい。

 

 あくまで私にとっても利があるから。その交換条件としての協力だが……。

 ほんの僅かだけ……1%くらいは、お前にとって本物の『愛してる』が見つけられることを祈ってやる。

 仲間として幸せになってほしい気持ちもほんの少しだけはあるし……。

 

 

 

 ほんの小指の先ほどだけどなッ。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

●月○日

 

 えらい久しぶりの日記更新なわけだが……。

 

 うん、まあ……何から書いたら良いものか。

 中学を卒業して一気に仕事が忙しくなって、最近は日記を書く暇もなかなか取れなかったから。

 けど、さすがにここまでの重大事件は書かなきゃならんと思うんだわ。

 

 

 アイさんよ?

 

 言いたいことは分かるんよ?

 

『愛を知る』という意味では、確かに()()に勝るものなんてそうないと思うし。

 お前の過去話を聞かされた身としては、いろんな意味でそれを求める気持ちも、まあ分からんでもないんだわ。

 

 

 

 でもね……?

 

 

 だけどね……?

 

 

 

 

 ――知らない間に子どもがデキてるって、どういうことだよおおおおおおーーーーーー!?

 

 

 

 10代で!

 

 アイドルが!

 

 妊娠て!?

 

 

 お前男を好きになる感覚も分からないって前に言ってたやん!

 あれ何だったん!?

 お得意の嘘だったん!?

 もうお前の嘘もほぼ見破れるようになってたはずだけどまだ未熟だったか!?

 ていうか要するにお前バイだったってこt

 

 相手の無責任男は誰だよ、今から殺しに

 

 

 

 

 ……いかん、激しく混乱している。

 今日は一旦寝て冷静になろう。

 隣にこいつ寝てるから無理だろうけど。

 

 そうだ、こういうときのための酒だ。

 私って見た目が割と大人っぽいし、多少メイクで誤魔化せばコンビニでも買えるだろう。

 どうかオラに力を分けてくれ、氷結レモン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 ――所属アイドルの10代での妊娠。

 この超ド級の不祥事について話し合うため、本日アイと斉藤社長と奥さんのミヤコさんがアイの自宅に集まった。

 

 

 

 そしてなぜかそこに私もいた。

 

 ……いや、なんでだよ? 関係ねーだろ。

 知ってる奴はできるだけ少なくしとけよ。

 そりゃ一番に聞かされたけどさ。

 あと社長、『まさか、お前……』じゃねーんだわ。頭沸いてんのか。今も昔も染色体はXXだよ。

 

 

 社長にゴミを見る目を向けつつ行った話し合いの結果、決まったことは以下の通りだ。

 

 1、アイは子どもを産む。(これは大前提。迷う素振りも見せなかった)

 2、体調不良を理由に一年休養する。(まあ当然)

 3、B小町も一年間活動休止。(……しゃーない)

 

 1、2、は当然。それに伴って3もまあ仕方ない。

 思いのほか素直に頷いた私に社長は驚いていたけど、当然の話だ。

 現状のB小町はほぼアイのワンマンチーム。残りのメンバーで続けたところで人気は出ない――どころか、終わったグループ扱いされる恐れすらある。

 ならいっそ一年間ガッツリ休んだ方がマシだ。それくらいならしれっと復帰してもまた見てもらえるだろう。

 

 

 ――というのが表向きの主張。

 本当はアイに譲られる形でセンターやるのが嫌だから。

 感情の問題もあるけどそれ以上にファンからそう思われるのが困る。この後私がアイに匹敵する力を付けたとしても、譲られたという過去がある限りずっと『マナはアイより下』というイメージが付きまとう。

 こいつからセンターを奪うのはあくまで実力で。

 二人揃っているときに腕ずくでもぎ取らなければ意味がない。

 

 

 そういうわけなんで、お前はしっかり休養して無事に子ども産んで早よ帰って来い。

 

 

 ――以上!

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

(追記)

 

 なのにどうして私は、アイの隣で九州行きの新幹線に乗っているんだろう?

 

 怒涛の展開にもう頭がキャパオーバーだよ……。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 宮崎県の地方病院に勤める産婦人科医、雨宮吾郎。彼は生粋のアイドルオタクである。

 推しているのは人気急上昇中の新鋭アイドルグループ『B小町』

 その中でも不動のセンターである『アイ』を、彼はこの上なく推していた。……いや、もはや愛していると言っても良かった。

 数年前に入院患者の女の子――『天童寺さりな』に付き合わされて見始めたのがきっかけだが、今では彼自身立派な拗らせドルオタになってしまった自覚があった。

 患者さんの部屋でライブ映像を上映して一人で盛り上がっている辺り(ペンライト装備)、同僚の看護師から『シンプルにキモい』と罵倒されても仕方ないヤベータイプのファンであった。

 

「で、実際アイって子に告白されたら付き合うんですか?」

「さーて、昼休みも終わりだ。仕事に戻ろっと」

「どうなんです、先生? さりなちゃんの名にかけて、どうなんです?」

 

 そんな彼は今日も今日とて医者として頑張る。

 産科医として、新たに生まれてくる命を無事に母親と引き会わせてやる。

 ロリコンで引くわー、などと罵倒されても、その職責だけは何に代えても全うする。幼い患者の想いにかこつけて欲望を解放するキモオタであっても、そこだけは譲らない一端の医者であったのだ。

 

(でも、やっぱりロリコン扱いはキツい……。そりゃアイから『付き合って』と言われたらやぶさかではないけどそれとこれとは――――いやいやッ、今は患者に集中するんだ、吾郎!)

 

 ――パシン!

 

 両頬を張って邪念を捨て去り、事前に出された患者のデータを読み込む。医者が相手によって対応に差を付けるのは良くないが、今回はちょっと集中しなければならない相手だったので。

 

「そ、それで先生……どうなんでしょう?」

 

 蒼い顔で質問する保護者の男性と、その隣に座る女性をチラリと見る。

 帽子を目深に被って顔はよく見えないが……明らかに若い。いや、幼いと言ってもいい容貌だ。

 

(年齢は16歳。……なるほど、訳アリか)

 

 保護者が語ったところ、彼女は施設育ちで家族もいないということだった。身寄りのない少女が16歳で妊娠……。訳アリも訳アリ、ちょっと嫌な想像をしてしまいそうな生い立ちであった。

 

(まだお腹はほとんど目立たない。10週行くかどうかってところかな?)

 

 だが、遅くなり過ぎる前に初診に訪れてくれたのは良かった。『誰にも相談できずに悩みに悩んで』ということはなさそうだ。

 

「なあ……熱とか大丈夫なん? 気持ち悪いとかは……?」

「アハハッ、だーいじょうぶだってー。心配し過ぎー」

 

 そして少女の隣にもう一人、心配そうに声をかける人物が座っている。

 こちらも帽子で顔はよく見えないが、年齢は同程度だろう。アッシュブロンドの髪が目立つ彼?からは、口調はぶっきらぼうながら、明らかに彼女に対する気遣いが感じられた。

 

(なるほど、彼がお相手かな? 若気の至りでデキてしまったが、彼女を一人で放り出すような無責任男じゃなかった、と。初診からちゃんとついてきているところも悪くない)

 

 年齢と生い立ちから少し身構えてしまったが、妊婦本人は明るいし、相手の彼との仲も良好。保護者が頭を抱えているのはまあ仕方ないが、話した印象からして、頭ごなしに義娘の意思を否定するタイプにも見えなかった。

 総合的に判断して、そこまで拗れる案件ではないだろうと、吾郎は一旦気を緩めるのだった。

 

 

(しかし16歳で施設育ちか。どっかで聞いたような話だな。……まるで)

 

 プロフィールの一致から、吾郎がとある人物のことを思い浮かべたそのとき――

 少女が、ふっと帽子に手をかけた。

 

 

「やー、帽子ずっと被ってると暑いねー?」

 

 

「…………は?」

 

 

 吾郎の視界を――圧倒的な光が包んだ。

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 目の前に、推しのアイドルがいた。

 

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「…………は?」

 

 

「あ、あの先生……? 何か?」

 

 Botになりかけていた吾郎に斉藤氏が怪訝な眼を向ける。

 

「い、いえ、とりあエズ、検査してミマショー。準備ガアリマスノデお待ちクダサイ……」

「あ、はい」

 

 吾郎は診察室から一旦外に出た。

 

 ……一旦。

 

 そう、一旦、ワンクッション置かなければならなかったので。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

(ちょ、ちょいちょいちょいちょいいイッ!? え、本物!? アイのそっくりさん!? いや、長年のファンの僕が見間違えるはずがない……!!)

 

 深呼吸と錯乱の後、吾郎はもう一度診察室を覗き込んだ。傍から見れば不審者そのものの行いだが、今の彼には気にする余裕などない。

 目を皿のようにして今一度患者一行を確認する。

 

「わー、産科の診察室ってこんな風なんだねー。なんか普通ー」

「そりゃ話を聞くところなんだから、だいたいは似たようなもんだろ」

「あははー、そりゃそうかー」

 

(はわあああっ!! りあるアイ超かわえええ!! ――――じゃねえ!!)

 

 勢いよく頭を床に叩き付けると、通りすがりの患者にドン引きされた。

 いやそれはどうでもいい。

 確定である。何度見てもアイそのものである。

 ――推しのアイドルが妊娠して自分のところに診察を受けに来た。

 ショック過ぎてゲロ吐きそうであった。

 

「アイ……本当にどうしてこうなった」

 

(ホントそれなッ!)

 

「社長の俺にどうして相談しなかった……? あ、相手は誰なんだ?」

 

(おいおい何言ってんだ! 誰も何も、さっきからそこにボケっと座ってるクソガキに決まって――――んんッ!?)

 

「社長……聞いてもたぶん無駄ですよ。コイツの秘密主義は今に始まったことじゃないし」

「にひひ、さすがよく分かってるー」

 

(い、いやまさか……そんな、ことが……)

 

 アイと仲睦まじい様子で帽子を取った彼?の顔を見て、

 

「マナは優しいね~~?」

「えーい、くっつくな、鬱陶しい」

「ッ~~Δ♯×%&●♪$!?」

 

 吾郎の精神は今度こそトドメを刺された。

 

(……な、んで……マナが? え……いや……えぇ? つ、つまり、マナがお相手? お父さん? パパってこと!? ……え、できるん? デキちゃうん!? 産科医の僕が知らない間に新技術が開発された!? ついにiPS細胞がその段階まで達したの!?)

 

 会話を聞いていれば誤解などすぐ解けるものを、追い詰められたアイドルオタクにまともな判断力など残っているはずもなかった。

 

(! い、いや……そうか。僕は気付いてしまったぞ。事の真相は技術革新などではない。……つまりはこれが、芸能界の闇ってことか!)

 

 

 結果――

 

 

(マナは……マナは……――――“男の娘アイドル”だったんだああああくぁwせdrftgyふじこlp×%&●♪$!!!!)

 

 

 馬鹿丸出しの結論に達し、厄介オタクは無事失神したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




(補足)
 本編ルートではマナは九州までいっしょに行っておらず、たまに顔見せに訪れていた程度です。こちらではアイがかなり積極的に行った結果こうなりました。
 それでもマナはまだ、自分がアイに特別好かれているとは思っていません。他のメンバーよりはマシな遊び相手くらいの扱いを想像しています。素の自分なんかがそう簡単に愛されるわけない……と拗らせています。



 マナの口調ですが、

 日記の中 ≧ アイの前 > 信用する相手の前 > その他大勢の前 > 仕事中

 の順に荒っぽいです。
 信用されている人ほど素の態度でビビらされるという逆転現象が起きます。



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