「痛ッ……たぁ」
最初に感じたのは背中の灼熱感だった。
アクアとルビーを産んだときに痛みにはだいぶ慣れたと思ったけど、刃物で斬られる痛みはまた種類が違っていて、思わず悲鳴が出そうになった。
やっぱり何事も経験しなきゃ分からないね。これに耐えながら私たちを守ろうと啖呵切るなんて、本当にこの子は無茶するなぁ。
「な……んで……」
おお、マナの気の抜けた表情とかレア画像。プライベートでこんなに力抜けてるのは初めてじゃない?
フフ、これはもう特別な関係と言ってもいいね。私たちの愛に世界中が歓喜に震えてるよ。
「アイ……何、やって!」
「あ、大丈夫だよ。アクアとルビーは奥に避難してもらってるから。あの子たちの身は安全、安心!」
「そ、そういうことじゃッ」
「そういうことでいいの!」
「……ッ」
子どもたちが無事なら、お母さんはこのくらい全然へっちゃらなんだから。
「ア、アイ……はははッ……自分から出てきやがった。探す手間が省けたぜッ」
おっと、まだ犯人がいたんだった。
もうちょっと頑張らないと――
「って、あれ……?」
なんか見覚えあると思ったら、この子よく握手会に来てくれてたファンの子だ。
ナイフなんか振りかざして怒鳴って……どこかで子どもたちのこと知って怒っちゃったのかな?
……う~ん、それで私だけを狙うならまだ理解できるし、君が喜ぶ
「お、俺たちファンを裏切った報いを今ここで受けさせてやる……! その男といっしょになぁ!」
でも――ごめんね?
大切な友達に酷いことした相手に、優しい
「裏切った? 私、君に何か悪いこと、しちゃったかな?」
だから――ちょっとだけ、意地悪するね?
「と、とぼけんじゃねえよ! ステージじゃ散々愛してるとか言っておいて、裏じゃ子どもなんか作りやがって! 好き好き言って嘘でファンを釣って、俺たちのこともどうせ馬鹿にしてたんだろ!」
「馬鹿になんて、してないよ」
「……ッ」
「私、昔から愛情って分かんなくてさ。『愛してる』って口で言っても、それが本当なのか嘘なのか分からなかった。だから愛が何なのか知りたくてアイドルになったんだ。嘘でもずっと言い続けていれば、いつか本当になるかもって信じて……」
「な、なにを言って……」
「私にとって、嘘は愛。みんなが喜んでくれる綺麗な嘘を吐いて、
「ふ、ふざけんな! 何が“愛したい”だ……。助かりたいからって、そんな出まかせ――ッ」
「リョースケ君、だよね?」
「ッ!?」
「いつも欠かさず握手会に来てくれてた子。あ、名前間違ってたらごめんね? 昔から人の名前覚えるの苦手でさ。……ふふ、君がプレゼントしてくれた星の砂、嬉しかったなぁ。今でも部屋に飾ってあるんだよ」
「……ッ」
まだB小町が売れていなかったあの頃、常連さんも全然いない中、君はいつも地下劇場に足を運んで全力で応援してくれてた。
アイドルとしてやっていけるか不安だったあの頃、それがどれだけ私たちの救いになったか……。
「だからこそ、君がこんなことして、すごく悲しいんだ」
「……え?」
――だからこそ、優しい嘘だけでは終わらせてあげない。
マナの帽子と眼鏡を傷に障らないようにそっと外す。
綺麗な銀灰の髪が、血に濡れた身体にふわりと舞った。
「なッ!?」
「分かる? 全然悪くないこの子に……、私と違ってずっと真面目に頑張ってきたマナに、君はこんな酷いことしたんだよ?」
「う、うそだッ……。な、なんで……ッ」
自分が刺した相手が
――良かった。
大いに反省して、後悔して、一生忘れられない記憶として胸に刻んでほしい。
……もう二度と、誰も傷付けることなんてないように。
「ごめんね? 君のこと愛したいけど、大事な友達にこんなことされて、今はどんな顔していいか分からないんだ」
「……う……うぁ……ッ! ち、ちが……俺は……ッ」
「ねえ、君は罪もない女の子を傷付けて、何も感じられないほど酷い人になっちゃったの?」
「お、俺はファンとして……ただお前に罰を……! 罰を……!」
「本当に……残念。私たちを、ずっと応援してきてくれたファンの君が、
――女の子を平気で傷付けて哂うような、悲しい人になってたなんて。
「ち、違ッ……! お、俺は……俺はただ……! お前に……お前がッ……違うんだッ……こんなこと……俺は……! う…………うあああッ! あああああ゛ーーーーーッ!!!?」
しばらく頭を掻きむしった後、彼は意味を成さない叫びを上げながら走り去っていった。
放り出された血濡れのナイフが通路に落ちて、一度だけ甲高い音を響かせた。
……………………。
「ッ……はあぁぁぁ。……良かったぁぁぁ」
「ア、アイ!」
もう彼が戻って来ないと確信して、私はようやく気が抜けて床にへたり込んでいた。マナが咄嗟に支えようと腕を伸ばしてくれたけど、お互い力が入らなくて抱き合うように崩れ落ちてしまう。
さらに緊張の糸が切れたのか、背中の傷を中心に本格的に痛みが広がってきた。手足もちょっと震えてきたし、コレやばいところ刺されちゃったかなぁ?
「アイ……! な、なんでこんな無茶ッ……。やだ……死んじゃやだよぉ、アイ……ッ」
おお、またしてもレア画像。
マナがこんな風に泣きじゃくるなんてあの子たちが生まれたとき以来だ。
思いきり怒鳴ってやろうと思ってたのに、そんな気もなくなっちゃったよ。
「ていうか、まずはマナの応急処置だよ。……ほら、こっち来て」
「えッ……あぐ……ッ!?」
運動前で綺麗なタオルを持っていて良かった。マナの身体を抱き寄せて、腹部の傷に添えてグッと押さえつける。
「すぐに救急車が来てくれるから、もうちょっとだけ我慢してね……?」
「ッ……う、ぐぅぅっ……」
見る見る内に赤く染まっていくタオル。
痛みに涙を浮かべる友達の顔に、改めていろいろな罪悪感が込み上げてくる。
私のせいでこの子が刺されてしまった――――ということだけではない。
「本当に……ごめんね、マナ」
「……え?」
お芝居の練習は二人でよくしていたから、演技中のマナが何を考えているかは後ろ姿を見るだけで分かるようになっていた。
私の旦那になりきって、犯人を散々煽って、自分だけに悪意を集中させて……、その隙に逃げろって伝えているのはすぐに分かったんだ。
「きっとマナは、私が二人を連れて逃げていたら、本気で安心してたんだろうね。『お母さんが子どもを何より優先してくれた』、『きっと私のお母さんも……』って」
「ッ! ……な、なん……で」
「フフ、分かるよ。何年いっしょにいたと思ってるの?」
マナが私の嘘を見破れるようになったみたいに、私だってこの子の
私たちを通して昔の自分を見ていたことも、そのことにちょっとだけ罪悪感を持っていたことも。
……お母さんに置いていかれたトラウマで、誰かに愛情を向けるのが怖くなっていたことも。
「ごめんね? 私が別れた男に連絡取ったせいで、いろいろ思い詰めさせちゃったよね? そういうとこ、マナって繊細なのに、もっと気遣ってあげなきゃいけなかったよ」
「ッ……ち、ちがッ……! 家族が、いっしょなのは……当たり前でッ……。私はただの……同居人で……、文句を言う気なんて、なくて……ッ。邪魔なんて……したくなくてッ」
「うん、分かってる。マナは優しいもんね」
……ああ、また泣かせちゃった。
ホントにダメだなぁ、私。
『今はまだ信じてくれないかも』なんて言い訳して、何も言わずにほったらかしにして傷付けちゃった。
行動で示してあげなきゃダメ――なんてあいつに偉そうに言っておいて、拒絶されるのが怖くて何もしてあげてなかった。
「大丈夫だよ、マナ」
「ア……イ?」
「もう、怖くなんてないから」
だからこそ、今度はマナにちゃんと言ってあげるんだ。
この子が疑えなくなるまで何度でも、この気持ちを伝えてあげなきゃいけないんだ。
「私はマナのこと――大好きだよ」
「……ッ」
私に愛を教えてくれたこの子のために、今度は私が、この暖かい想いを返してあげるんだ。
「アクアだってルビーだって、マナのことが大好きだよ。アクアは口に出して言えない照れ屋さんだけど、最初にマナのことを相談してくれたのはあの子なんだ。『マナが家を出る気かもしれないから、ちゃんと引き止めてあげて』って、すごく心配してた」
「ッ……ア、クア」
「ルビーも最初はツンツンしてたけど、今では妬けちゃうくらいマナのこと好きだよね。『どうすればマナちゃんは家族になってくれるかな』とか『仲直りってどうやれば良いのかな』とか、いつも真剣な顔して考えてるの。フフ、すっごく愛されてるね」
「ッ……ル、ビー」
「ねえ……マナ?」
涙に濡れた頬に手を添えて、改めて問いかける。
「この言葉は嘘かな? みんなの言う『大好き』は…………私が言う『愛してる』って言葉は、今でも嘘に聞こえるかな?」
「そんな……ことッ」
「ふふ、意地悪な質問してごめんね? ……だけど今言わないと、もう言える機会なんてないかもしれないからさ」
出会ったあの日から今日までのこと。
私がどれだけあなたに感謝しているか、あなたとどれだけいっしょにいたいと思っているか、嘘偽りなく知ってほしいから。
「……マナ、ずっとそばにいてくれてありがとう」
「……うん」
「辛いときに支えてくれてありがとう」
「……うん」
「私とあの子たちを、ずっと愛してくれてありがとう」
「ッ……うん!」
本当に、
心から、
「――大好きだよ、マナ」
「……ッ」
震える腕で大切な友達を抱き締めて、精一杯の想いを言葉に込めた。
それをマナがどんな風に感じてくれたのかは分からない。
だけど、私の見間違いじゃなかったら――
「……わ、私……も」
泣き腫らした彼女の顔には、嬉しいって気持ちが確かにあって……。
「私、も……アイの、こと…………ずっと……ずっと…………!」
――――!
小さく動いた彼女の口が、自分と同じ四文字を返してくれたと確信できたから……。
「そっかぁ…………良かった」
この喜びを伝えたくて、力が抜けた友達の身体を、最後にもう一度抱き締めたんだ。
「あぁ、暖かい。…………もっと早く……こうしてあげれば……良かったなぁ」
そうすれば、優しいこの子を、こんなに傷付けることもなかったのに……。
――アイ! マナ!
――ママーーーッ!!
大切な子どもたちを、あんなにいっぱい泣かせることもなかったのに……。
ああ、本当に私って……
ダメな……お母さんで……
「ダメな……とも、だち……だっ……た…………なぁ……」
――ッ! ダメだ、二人とも! 目を開けろッ!
――ママ! マナちゃん! 嫌あああああッ!!
……血濡れの両腕が、力なく床に落ちた。
…………。
………………。
……………………。
◇◇◇
――人気アイドル二人、凶刃に斃れる。
――B小町ドーム公演中止、悲しみに暮れるファンたち。
――危機管理に問題が? 問われるプロダクションの責任。
――ファンからの搾取が歪な関係を構築し、凄惨な事件の原因に……
――私生活に問題が? 人間教育を疎かにしたツケが……
――施設上がりのアイドル。愛を知らない少女たちの悲痛な叫び……
――なぜもっと早く救いの手を…………
…………。
………………。
「くそッ! 好き勝手なことばかり書きやがって……テメエら何様だ!!」
苺プロ社長・斉藤壱護は、手にしていた新聞を思い切り壁に叩き付けた。
アイの出産以降、いつしか本当の娘のように思い接してきた少女たち。彼女らの不幸を面白おかしく書き立てられ、親代わりの彼が平静でいられるはずもなかった。
「落ち着いて、あなた。そんなことしても何の解決にもならないでしょう?」
「ッ……お前は腹が立たねえのかよッ。こいつらのことをこんな風に書かれてッ」
ミーハー気分でこの世界に関わるお前にとっては、所詮これも他人事なのか……!
思わず、そんな八つ当たりにも等しい罵倒を投げ付けそうになった。
「そんなわけがないでしょう!!」
「ッ!?」
だが……拳を握り締める妻・ミヤコの姿に、壱護の頭が急速に冷えていく。
「……私だって、ハラワタが煮えくり返るくらい悔しいわ。今すぐ出版社へ乗り込んで、書いた奴全員ブン殴ってやりたいくらい。……だけど、今一番辛くて叫びたいのが誰なのか、あなただって分かるでしょう?」
「ッ…………、すまん」
――そうだ。
所詮ただの身元引受人に過ぎない自分には、本当の意味であの子たちの気持ちを理解してやることはできない。
大好きな二人の母が目の前であんなことになって、この子たちがどれほどショックだったことか。
「ぐす……ママぁ……マナちゃん」
「アイ……マナ……」
「……ッ」
大切な人に縋って泣く子どもたちの姿に心が痛む。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかなかった。
「アクア、ルビー……。そんなんじゃアイもマナもゆっくりできないだろう? 辛い想いをしたこの子らが、ようやく傷付いた身体を休められるんだ。……今は、二人を静かに眠らせてやろう?」
「やだ……やだぁ……! 私、ずっとここにいるもん!」
「俺も、今はついていてやりたい。……いや、俺が離れたくないんだ。お願いだよ、社長」
「ッ……気持ちは分かるがよ」
泣いている子どもに無理を強いるのは本当に心苦しい。
しかし今は心を鬼にしなければならない。
壱護は湧き上がる罪悪感を抑えて懸命に言葉を紡いだ。
「頼むよ二人とも、聞き分けてくれ。いつまでもここにいるわけにはいかないんだ」
そう。
彼の言っていることはまったく正しい。
彼らは一刻も早くここを出なければならない。
なぜならば――
現在時刻は午後の9時前。
面会時間もとっくに終わった病院の消灯時間。
そして何より――
「今一番恥ずかしく叫びたいのは、布団にくるまって震えてるそのアホ娘なんだよ」
重傷患者にこれ以上ダメージを与えるのは、さすがに彼の良心が咎めたのである。
「うぁがああああッ、口に出して言うな、バカ社長ーーーって、ぐぁぁ!? ……は、腹がぁッ」
壱護の無慈悲な宣告を受けた瞬間、ベッドの上で亀状態だった少女が跳ね起き……、直後に腹を押さえてうずくまった。
穴が開いた状態で大声で叫ぶからだ。
「うわあああん! マナちゃんが死んじゃうううッ!!」
「お、おいッ、まさか傷口が開いたんじゃないだろうな!? 見せてみろッ!」
「あはは、マナは本当に頑丈だね~。私まだそんなに動けないよ~」
痛みに震えるマナを見てルビーが泣き、アクアが焦り、患者服のアイが二人の頭を撫でながら笑う。
そこへ社長夫人がトドメを刺す。
「身体は助かっても心は重傷なのよ。ほら、耳まで真っ赤になってるし……そっとしといてあげましょう?」
「ごっふ!」
「ミヤコ……フォローしているようで塩を塗り込むのはやめてやれ」
ここまでの会話ですでにお分かりであろうが、ストーカーに襲われたアイとマナは両名とも無事であった。
あの事件からすでに一週間。緊急手術を受けた二人はなんとか危険な状態を脱し、今は順調に回復中だ。
マナは腹を刺されるあの瞬間、咄嗟に後ろに下がり犯人から距離を取っていた。加えてアスリートレベルにまで鍛えた下腹筋のおかげもあって、ナイフによる刺創はギリギリ急所まで届いていなかったのである。
一方でアイの方も、マナの血に濡れてナイフの切れ味が落ちていたため、格闘で息が上がった引きこもり男では深く刺すことが叶わず、結果としてこちらも致命傷には至らなかった。
そこへ、元医者であるアクアの的確な救命措置と、早い段階で呼んでいた救急車による迅速な搬送。
これらの要因により、二人はなんとか一命を取りとめたのだった。
「うぅぅッ、マナちゃん死んじゃヤダあああ!」
「血は……出てないな。頼むから焦らせないでくれ。こっちの寿命が縮む」
そんな大団円とも言える状況で、なぜ約一名が
「お願い二人ともぉ。今はそっとしといてぇ……」
……まあ、社長夫婦の解説通りである。
犯人によって重傷を負わされたあのとき、失血によって朦朧としていたマナは、ついいろいろと言わなくても良いことを口走ってしまった。それも普段のテンションならまだしも、何を血迷ったか昔の口調である。
ぶっきらぼうな仮面ができ上がる前……、優しかった母と幸せに暮らしていた頃の、いろいろと擦れてしまう前の可愛らしい語り口。今のやさぐれキャラからは想像も付かない甘々ボイスが――コレだ。
――やだ……死んじゃやだよぉ、アイ
――うん……。私も……私もアイのこと…………大す――
「うぁがああああーーーッ!?」
いわゆる人生の黒歴史を、よりにもよって一番見られたくない相手の前でやってしまったわけだ。
みっともなく泣きじゃくりながら、子どもみたいに胸に縋りつきながらわんわん――と。
もう終わりである。
せっかく命を拾ったのに再び死にそうである。
(うぅぅぅ。なんであのとき気ぃ抜いたんだ、わたしのアホおおお……)
そんなわけで、誰にも知られてはならない甘えん坊モードを晒しちゃったマナちゃんは、恥ずかしくて同居人と目を合わせられないのであった。
「ねえ、マナ? そろそろ顔、見せてくれないかな?」
「……ッ」
不意に、被った布団の上から手が添えられる。布越しでも分かる暖かさにマナの身体の震えがピタリと止まった。
あのときと同じように、まるで子どもをあやすみたいに優しく背中を撫でられる。
「あのときは、さ……。本当にあれが最期になるかもって思って、すごく怖かったんだ」
「…………」
「自分が刺されたとき、もうみんなに会えないんじゃないかって思ったら、すごく怖かった……」
「…………」
「けどね? マナが目の前で死んじゃうかもって思ったときの方が、もっともっと怖かった。もしもあのとき、ほんの少しでも何かが掛け違っていたら、二度と触れ合うこともできなかったんじゃないか、って。そう思うと、今でも怖くて眠れなくなる」
「……ッ」
嘘じゃなかった。
布団越しでも分かるほどにアイの右手は震えていた。
「……ねえ? マナはどうだった? 私ともう話せなくなったら寂しいって、ちょっとでも思ってくれた? ……それとも嘘ばかりの私のことは……もう嫌いになっちゃった? 子どもたちを置いて友達を助けに来るようなダメなお母さんなんて……もう嫌いになっちゃったかな?」
「……ッ」
――ずるい。
そんなことを言われて、自分が
明るさの下に不安を押し込めた声を聞いて、私があなたのことを放っておけるはずがないのに。
「…………ぃ」
「ん? なぁに?」
「…………じゃ、ない」
「そんなに小さいと聞こえないよ? いつも叱るときみたいに、大きな声で言ってほしいな?」
「…………き」
「どんなことを言ったって、私は嫌いになんてならないから」
「……だ…………き」
「ほら、恥ずかしがらないで。……あのときの言葉を、もう一度聞かせて?」
まるで在りし日の母にされたように、布団越しに頭を撫でられる。
喜び、羞恥、怒り、悲しみ……いろいろな感情が溢れてきて胸がいっぱいになってしまう。
……どの道、こちらの敗北はとっくに決まっていたのだ。
どんなに必死に取り繕ったところで、
彩木マナはもうとっくに、星野アイのことを――
「~~~~ッ」
勢いのままに布団を跳ね除け、宙に浮いたアイの両手を取った。
「ああ、もうッ! 好きだよ、好き!! 大好きッ!! あのとき、お前が死んじゃうかもって思ってすごく怖かった!! ――これで満足か、ちくしょう!!」
顔が赤くなっている自覚はあった。
しかしここで目を逸らしたら負けだと思った。
輝く紫紺と視線を重ね、負けるもんかとその瞳を見つめ返す。
「ホントに? 私のこと、嫌いにならない?」
「簡単に嫌いになれたら苦労しねーよ! こちとら八年物の拗らせだぞッ!」
「もう一人で死のうとしない?」
「しねーよ! そもそも死にたいわけでもないねーから!」
「これからもまた、仲良くしてくれる?」
「するよ! 私と友達やれるのなんてお前ぐらいだよッ!」
「私のどんなところが好き?」
「めんどくさい彼女か! ――明るいようで意外に人付き合いが苦手なところ! それでも一人が寂しくてよくくっ付いてくるところ!」
ガンガン出てくる恥ずかしセリフのオンパレード。後から思い返して黒歴史化は確実だというのに、謎のテンションになっちゃって止めようがなかった。
ここ数日で情けないところは散々見られたし、もう1個も10個も変わらねえ!の精神である。
「じゃあこれからも、私たちといっしょに暮らしてくれる?」
「当たり前だろうが! お前みたいな危なっかしいヤツほっとけるか! 一生大切にしてやるわッ!!」
……。
…………。
………………。
「ん?」
数秒の沈黙の後、言葉の意味が脳に浸透し――
「はッ!? あっ、いや、待っ……! い、今の無――ッ」
「アクア、ルビー、聞いた?」
「ああ、確かに聞いた」
「バッチリ聞いたよ、ママ」
「――ッ!?」
さっきまでベッドに取り縋って泣いていたはずの双子が、いつの間にか起き上がって、シレっと母に同意していた。
顔を覗き込んでも涙の跡なんてどこにもありゃしない。
「お、お前たちなんでッ? ……ッ……ま、まさか今までのは!」
「あー、うん、まぁ。……悪いとは思ったんだけど」
「さすがに一週間も経てばちょっとは落ち着いてきたし……。まあそれで……ママの作戦に協力、みたいな?」
「ッ!?」
「あ、傷が心配だったのは本当だからな? いきなり蹲るから本当に焦った」
「うん、あそこは思わず演技を忘れちゃうところだったよ。もうちょっと身体大事にしてよね、マナちゃん?」
「ッ~~~!」
そう、全ては演技。頑ななマナから言質を取るため、親子三人で結託して一芝居うったのだ。
自分が死にかけた事件を利用するアイの強かさ。
幼い身で相手を完璧に騙してみせる双子の演技力。
演技派親子による見事なチームワークを見せ付けられ、怒りや呆れを通り越してもはや戦慄である。
「じゃあマナも同意してくれたってことで……、引っ越し先の部屋のリスト、みんなでいっしょに見ようね?」
「あ……いや! これはその、なんていうか……、口が滑っただけっていうか! や、やっぱり無かったことに――」
悪足掻きをする獲物を前に、星の瞳がキラリと光る。
「あれれー? マナは嘘吐いちゃうんだ? 『大事なことで子どもたちに嘘吐いちゃダメ』って私をいつも叱るのに、自分のときは都合良く嘘吐いちゃうんだー?」
「やっ……だってそれは……お、お前だって今嘘を――ッ」
「えー? 別にさっきは嘘吐いてないよ? 刺されて怖かったのは本当だし、マナともう会えなくなったら悲しいって思ったのも本当だし、――マナのことが大大大好きなのも、私の偽りない本心だよ?」
「う、ぐぅッ」
「あー、でもマナの方はそうじゃなかったかー。子どもたち以外で初めて好きって言ってもらえて嬉しかったのになー? こんなことで嘘吐かれちゃうとトラウマが蘇って悲しくなっちゃうなー? あー、残念だなー、私は好きなのにマナは好きじゃないのかー。あー、辛いなー、友達に嘘吐かれちゃったかー」
「う……ぐぐぐぐぅッ……!」
「あの、ママ? もうその辺で、あんまり虐めすぎない方が……。ほら、マナちゃんちょっと涙目だし」
「意外にSっ気あるんだよなぁ、俺たちの母」
子どもたちがやんわり止めようとするも、アイは楽しそうな笑みを崩さない。
口ごもる親友の頬をつつきながら、ニマニマと言葉責めを繰り返していき、
やがて――
「う、うああああん! お前なんてやっぱり嫌いだあああーーーッ!」
愛情クソ雑魚アイドルは逃げ出した。
「あ、コラ! その傷で走るなよ、マナ!」
「もう! ママが煽り過ぎるから逃げちゃったじゃん!」
「あははー、反応が面白くつい。でも幼児退行マナも可愛いかったでしょ?」
「言ってる場合か、クソアイドル! 早く捕まえて大人しくさせるぞ!」
「これも愛情の形の一つなのかしらねぇ?」
生温かい視線がいくつも背中に突き刺さる中、少女は涙目のまま振り返る。
「違うしッ! こんなんただの気の迷いだしッ! 病み上がりでちょっと弱気になってただけだしッ!
そんなめんどくさくて手のかかる女、誰が何と言おうと絶対にッ、
――好きになんてならねえからッ!!!
激重感情拗らせ系アイドル・彩木マナ。
憧れのあの子を素直に推せるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうだった。
というわけで、ベタベタなアイ生存ルートでした。
……ご都合展開でも良い、幸せな未来が見たかったんです。
あとは、もう一話くらい後日談を投稿して終わる予定です。
なるべく早く書けるよう頑張ります。
細かい話なんですが、『凶刃に斃れる』って死んだことを意味するそうですね。誤用しちゃってたんで修正しようと思ったんですが、タチの悪い週刊誌がそういう表現をしたってことでそのままにしました。これなら社長の怒りも納得です。