本日は二話投稿します。
無事函館で二戦とも勝利、かつ大差での勝利にまたもやマスコミは沸いたようで栗東に帰ってすぐに新聞記者たちが一杯来たのにはもう嫌になりそうである。
新聞には『さすがタケクニ二世』と未だ二世扱いである。しかしサッカーボーイとスーパークリークのことを取り上げている記事を見ると少し頬がニヤけてしまいそうになる。
そうして栗東に戻り、今度は小倉へ飛ぶこととなった。北へ行ったかと思えば、南…というよりは西に行くことになり15日と16日で5勝を挙げた。
ちなみにその翌週も小倉で騎乗し、上手くいかず1勝だけとなる。だがその分を取り返すべく、その翌週も小倉で騎乗することなるのだがそこである馬に乗せてもらうことになった。
「と、トウカイローマンに騎乗ですか!?」
そうG1馬トウカイローマンの小倉記念に騎乗依頼を出された。これを断るわけもなく、二つ返事で引き受けた。
トウカイローマンという馬は1984年のオークス馬であり、もしかすればトウカイテイオーの母親になっていたかもしれない馬である。
本来ならば早めに現役を引退する予定で、初めての種付け相手としてシンボリルドルフの種付け権を買っていたがまだ現役引退を撤回してその余った種付け権がトウカイローマンの半妹のトウカイナチュラルに種付けされ、トウカイテイオーが生まれることとなる。
とまぁそんなトウカイローマンの説明は置いといて、挑んだ小倉記念ではあったが1番人気に推されたものの二着と惜敗した。
しかしこの結果に調教師や厩務員は残念がるどころか喜んでいた。理由としては久々の二着であったことである。
トウカイローマンはオークスを優勝してからは泣かず飛ばずで前走の七夕賞を四着、前々走はOPレースで二着、そしてその前走である新潟大賞典では二着であったことも起因している。
もう一つは今回は福島、前走は小倉、その前は東京、そのまた前は新潟と輸送ばっかしているのにこの結果を出したこともある。
馬主である、中村正則さんにレース終了後に謝罪をしたが調教師と同じで怒ったりなどはしておらずどちらかというと喜ばれていた。
そしてあろうことか来週、持ち馬であるトウカイハマナスの小倉三歳Sの騎乗依頼もされた。
本来なら新馬戦から僕に騎乗をして欲しかったがその日はすでにサッカーボーイとスーパークリークの騎乗依頼でいっぱいだったりなどで無理だったらしかった。中村さんにチャンスを再びいただいたので頑張ることにしようと思った。
しかし、これまた二着に終わってしまったのである。
人気は12番人気と低評価であったが、道中までは好位置につけられ勝利を確信したものの外からポットナポレオンが迫ってきて、なんとか粘ろうとしたものの差し切られてしまいハナ差の二着に終えてしまった。
またもや惜しい結果で終わってしまったことに、馬主の中村さんは怒ることはなく低人気でここまで持って来れるのは凄いことだと褒めてくださった。
そして小倉の遠征結果はどうなったかというと4日間で12勝と終わり、重賞は二着二回の0勝という結果に終わったのである。
栗東トレセンに再びというか、久しぶりに帰る。この独身寮も久しく感じてしまう。
久々のお布団へダイブをした。調整ルームの洋室ほどの寝心地はないがそれでも疲れた人間を寝かせるほどである布団に意識が奪われる瞬間、ジリジリッという電話の音に飛び起きた。
急いで電話に出ようと変な体制で立ち上がって一瞬転びかけたが、なんとか電話がある机にしがみついて受話器を取りながら地べたに座り込んでしまったり
「はぁ…はぁ…竹豊です。」
「竹邦彦です。」
「ぎょえええええぇぇぇっっっ!!??」
「親にぎょえええっという奴がいるかアホぉ。お前は人間として拵えた筈だぞ。」
「生々しい話はやめてくれ、親父。ほんでなんで電話してきたん?」
「そりゃ、お前、いつになったらバンブーメモリーに乗ってくれるんだよ。」
あっ、そういや忘れてしまっていた。ここ最近、函館や小倉で大忙しで完全に忘れてしまっていた。
このままでは折角のお手馬が一頭消えてしまうので、すぐに親父に返事することにした。
「明日、明日に!!絶対行くから!!待っといてや!!」
「おう、分かった。んじゃ切るぞ〜。」
電話が終わった途端、体を張っていた力が抜けたことによる脱力感でそのまま地べたにスライムのようにベターっとなるように横になってしまった。
しかし、バンブーメモリーといえば安田記念と確か、スプリンターズSを勝っているはずだが昔電話でなんか引っ掛かることを親父が言っていたような。
そんな考えながら意識が少しずつ消えていった。
朝目が覚めると、腰の痛みに悩まされながら親父の厩舎へと向かった。
そういや福長さんも、親父もそうだったけど本当色んな人に好かれてたなぁ。親父に言われた言葉を俺はちゃんと守れてるのかなぁ。
きっとこの悩みの答えを誰か教えてくれることもないし、誰も答えることはないだろう。ただ信条として心に未だ刻まれている。
そんな風にボケ〜っと、していると急に名前を呼ばれたような気がして振り向くとどうやら誰かがこっちに手を振っていた。
「お〜い、豊!!こっち、こっち。」
「城之先生、どうしたんですか?」
「いや〜、お前に乗って欲しい馬がいるんだけど時間あるか?」
「えぇ、全然大丈夫ですよ。」
どうやら僕を呼んでたのは、城之穂積調教師だった。オグリキャップが平成のアイドルホースならば、昭和のアイドルホースであるハイセイコーの孝行息子カツラノハイセイコを担当してたりしている。
しかし僕に見せたい馬か…一体どんな馬だろうか。調教師についてはあまり覚えていないことが良くないな。
馬は知っていても、調教師を知らなければアピールチャンスがないというのに。
「いやね、豊くん。この仔なんだけど、どうだい?」
「そうですね〜………ん?牝馬ですか、もしかして?」
「あぁ、そうだよ名前を“シヨノロマン”というんだけどどうだい?」
シヨノロマン………いや、聞いたことがないな。オグリ以前の辺りの世代はやはり、あんまり覚えていない。
しかし、この子に勝利のビジョンが無いわけではない。微かに見えるその光、ほんの少し変なことをすると消えそうな光を僕はどうしてか光らせようと思ってしまう。
俺以外なら消してしまいそうな光を、どうか守ってあげたく思う。
「いいですね、この子で勝ってみますよ。調教の時には呼んでください、乗りますから。」
「あぁ、分かったよ。電話は厩舎の方でいいかい?」
「いや、僕の独身寮の部屋の…ちょっと待ってください、書きますから。……はい、これに連絡してください。」
「ありがとう、豊。内にこの子と同じレベルの素質の子がいたんだけど、もう先約が入っててな。」
これで今の俺のお手馬は4頭になって、クラシック路線、マイル路線、スプリント路線、牝馬路線と全てを揃えているのか。
サッカーボーイとスーパークリーク、サッカーボーイとバンブーメモリーで被ってしまうところはあるけどそこら辺はどうにかなるだろう。
親父の厩舎は城之先生のすぐ隣の厩舎で、親父は僕が騎手になった年に調教師になった。竹は一人だけでいいというのか、すんなり辞めてしまった。
僕にとっての目標は単に壁と化してしまった。もう目標は動いてくれない。あとは越えるだけなのだろうけど、その姿を少し寂しく思える。それは父としても、騎手としても思える。
「親父、バンブーメモリーはどこなんだよ。」
親父は厩舎の小屋で一人、パイプ椅子でお茶を飲みながら座っていた。ズボラなのか、今はもう8月なのに炬燵がそのまま直されていないことに呆れてしまいながらバンブーメモリーに跨ってみたい思いでツッコミすることなくバンブーメモリーの居場所を聞くと、親父は喋り出した。
「んー、そこの奥の馬房にいるから乗ってみ。ダートで良い走りをしよるわ〜。ダートコースで走ってみ?ついでに俺も様子見るから、ついて来い。」
親父がパイプ椅子から立ち上がり、扉へ向かう姿を見ると歳をとっているなぁとやはり思ってしまう。
あんなに自分の中で強かった親父が、こんなにも弱くなったことを少し悲しく思ってしまう。
ということで竹豊くんの新たなお手馬登場でした。
さて次回はまた、夜景の街へと向かうことでしょう。
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