競馬界のレジェンドになったら…   作:展開郎

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みなさんお久しぶりです。
長話は後書きに記すので、とりあえず本編ドンっ。


第二十話 午前二時、踏切に何を持って行く?

僕がこの世界にやってきてからというもの、何かが大きく変わったことはなかった。

何か世界で大きな事件が起きたわけでもなければ、教科書で見たことあるような事ばかりがそのまま流れていった。

変わったことは勿論あるのだが、それは僕が直接変化をもたらすことが可能な範囲の中だけはそうだった。実際に陽一おじさんの事故は前の世界と同じように起きた。

変化という意味では、デビュー戦を初勝利したことや、サッカーボーイの主戦騎手になったりなどもあった。

しかしそれは、自分が変えたいという意志のもと動いたから、そういう結果になった。

 

だが、今回初めて変えたいという意志がないままに変わってしまったことがあった。

 

 

 

 

 

 

「…うぅん、頭が痛たい…。」

 

目を覚ますと、覚えのない天井を見つめていた。栗東の寮でもなければ、どこかの競馬場の調整ルームでもない。ましてや、実家の天井なんかでもない。

そう、ここはシンボリ牧場の客室だ。とりあえずこのベットから湧き出る、僕を眠らさせようとする魔力から逃げることにした。これも習慣のなせる業なのだろうか、魔力はすぐに僕の体から落ちていく。

…ベッドから見えるのは綺麗な青空と、それに浮かぶお天道様だった。

こんな、遅く起きるのは久しぶりだ。騎手…いや騎手学校に入ってからは、殆ど朝っぱらから行動ばっかしていた。そのせいか…凄く不思議な気分だ。

それも無理はない、何故なら深夜どころか早朝の4時までマティリアルについて倭田オーナーと田中先生と僕で、ずっとマティリアルに関する話を永遠としていた。道理で朝からこんな、頭が痛かったのか。

ベッドの横に置いていた、腕時計を見るとどうやら今は朝の8時だった。

今が何時かを再認識したら、やっぱり不思議な気分がする。部屋をぐるっと見回すと、普段使いしなさそうな高級な家具が備え付けられている。

流石、名門…と感嘆してしまう。こういう家具を見ていたら、一軒家に住んで一から十まで家具や家電を揃えたくなるなぁ…

ベッドから出て二枚重ねのカーテンを勢いよく、開ける。

 

じゅうぶんに残っていた眠気は唐突な日光により、完全に消え去った。その代償として、唐突な出来事に混乱して昨晩…数時間前まで酷使した脳みそが焼き切れそうになる。

空模様は、絵の具のチューブを水に溶かすこともなく塗ぬったたかのごとく水色だった。あぁ、綺麗だ…ゴーグル越しにみない青空は凄くノスタルジーとやらを感じる。

ここ最近は、厩舎回りとかで色々忙しくてこんなゆったりとした時間もなかったなぁ。ただ、ぼーっと窓から見える景色を観るだけで幸せだと思える。何も考えなくてもいいのが、心地よい。

不思議と地球上にいる全ての人に対しての漠然的な優越感を感じる。何もしていないというのに、幸せを感じる。今頃、皆んな何かをやっている頃合いだというのに、何もしていない…

窓から、入ってくる風はレースの時に感じる風とは違って穏やかだ。

 

『コンコンコンっ』

 

部屋の奥に、ポツンと鎮座しているドアから単調な鈍い音が聞こえる。その音を聞くと、夢から覚めた感覚がした。

どうしてか、もう少しここにいたいと思ってしまった。

急いで腕時計をポケットに入れてドアからの音に返答する。

 

「どうぞ、入ってください。」

 

「オーナーがお呼びでございます。」

 

 

 

 

この長い廊下を歩くと、ふと何かに似ているような気がする。

生活感がない感じなのに、それなりにちゃんと整われているようで。

そして、人がいない。

それだけが僕が考える()()とは違う。

昨日の夜の方が、もっと似ていたような気がする。初めて倭田オーナーと出会ったときの。

あの時はもっと長かった、そうだもっと長かったんだ。目的地までがずっと続いているような錯覚すらした。

だというのに、何故だが今日は短く感じる。

秋、その季節を存分と感じる涼しさは僕には感じ得ない。

ただあるのは熱さ…それだけだ。

 

 

 

「こちらにオーナーがいますので、では失礼致します。」

 

木目調のしっかりとした扉が目の前にある。昨日もここに入ったというのに、気持ちが違う。

昨日とは違ってノックする僕の指は軽やかだった。ノックをしていない腕で鞭を回すような手遊びさえする。

 

「入っても構わないよ。」

 

扉から響く、とくにリズム感もない無機質な音に返答が返ってきた。

 

「失礼します。」

 

内開きの扉を開けると、そこには倭田オーナーがいた。

革製のしっかりとした質感を感じるソファに座っている。

 

「座りたまえ。」

 

「えぇ。」

 

僕が座るソファとオーナーが座っているソファは大きな長机を挟んでいるせいか、遠く感じる。

いつもはこんな風に人間を遠くに感じることなんてないのに。

そんなことを思っている間、僕らの間に会話は生まれなかった。なんというか、僕から先に話すわけにはいけない気がした。

二人の関係に言い詰まることなど、あったとは思えないのだが倭田オーナーはなにか言いづらそうにしている。

それも凄く、申し訳なさそうな顔をしながらずっとこちらを見つめている。

 

「えっと、豊くん。」

 

「はい、どうなさりましたか?」

 

「まずなんだがね、田中くんは帰ったよ。」

 

………はい?

 

「私の方は引き留めたんだがね、田中くんがどうやら『厩舎の方でトラブルが…』と言って朝早くに帰ったんだよ。」

 

田中先生…

僕は、今…冷静さを欠こうとするどころか、い、怒りでぶん殴りたくなりそうだっ!!

僕はどうやって、関西まで帰れっていうんだよ!!

ケータイなんていう、便利な機械は影も形もないどころかポケベルが最近どこかで聞いたことあるかの時代だ。…どうしよう、どう帰ろう。

と、とりあえずタクシー呼べばいいのか…いやここまでタクシー来てくれるんだろうか。

 

「えっと…えーっと、あのすいません。オーナー、お電話お借りしてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わないんだがその前に少し時間を私のためにくれないか?」

 

「お時間ですか…えぇ、かまわないですけど。」

 

「そうか…なら少しだけ待っていてくれ。」

 

そう言ってオーナーは居間の壁にかけられている時計を見ていた。僕も気になってポケットに入れていた腕時計を見る。もう朝の9時か…そういや、朝ごはんを食べていないような。

腕時計を腕に嵌めてみた。

 

(…少し体重が増えたか。いつもはもう少し穴をキツめにしても問題ないのに。)

 

騎手となったからには、体重は前の世界と比べて大幅に痩せた。多分、一部の女性の方々よりは痩せている。

そして、そんな体重になってからは腕時計のベルトをどこまで嵌めれるかである程度の体重が分かるようになってきた。

腕時計をつい眺めていると、ふと秒針が気になり出した。

自分の体内時計と少しズレている。恐らく、0.1秒ぐらいなのだろうが気になってしまう。

自分が間違っているのか、もしくは時計が壊れているのか。たった0.1秒だというのに腕時計を嵌めている手首がむず痒く感じる。

そんなことを考えるのをやめようと、腕時計を袖の中に隠した。

気づいたら、オーナーはどうやら僕の方をじっくりと見ていた。言い方が悪いが、こちらを隈なく見ているようで恥ずかしさどころか変な気分がする。

するとこちらを見続けていたオーナーが喋り出した。

 

「君は馬をどれだけ見てきたかい?」

 

「それはもう小さい頃から見てきました。そのせいか、どうも人参は馬の食べ物という認識で食べられないんですよ。」

 

「じゃあ、もう一つ質問をさせてもらえるかね?」

 

僕はその返答に対して無言で頷いた。唐突な倭田オーナーの問答には少し勘繰ってしまうが、ここは正直に答えることにしようと思う。

ただ何かが起きることだけは察しがついてしまう。競馬学校時代の頃を思い出すような厄介ながら面白い出来事のような…何かが。少しながら、オーナーが教官の顔に似ているような気さえしてしまう。

 

『コンコンコンっ』

 

「入りますね。」

 

先ほど僕が入ってきた木目調のドアからノック音が聞こえると同時に、それほど若くはない声が聞こえてきた。

その声は、オーナーの部屋まで案内してくれた使用人の声でもなければ、僕を捨てて一人で先に帰っていった田中先生の声でもない。

 

「入っても構わないよ。」

 

その返事に応えるように、ドアが開いた。

現れた人物は…僕が考えていた人ではなかった。

だけど、見たことはある。何かで見たことある気がする。

ここ最近…いや、昔…もっと昔に見たのか?何かが違うが、見たことあるように思える。

僕はこの人をどこかで見たはず…だ、恐らく。

 

「失礼します…それで…あの、ところで隣にいるのは?」

 

「二人を此処に呼んだのは、紹介したい人がいたんだ。こっちは竹豊君だね、まぁ今活躍中の新人騎手で、マティリアルの主戦騎手にするつもりだ。」

 

「そう…なんですか。丘部さんからは、乗り替わりということですか…」

 

「あぁ、それでなんだが…シリウスシンボリの天皇賞・秋を彼に任せてみたいと思うんだが、どうかね?」

 

…はい?

い、今なんて?

 

「……んっ、あのオーナー少し私は頭が痛いんですが。」

 

苦痛のような呻き声を斬り捨てるかの如く、オーナーは矢継ぎ早に喋り出した。

 

「彼をシリウスに乗せる、これは決定事項だ。」

 

「…申し訳ないですがオーナー、シリウスシンボリは元々は一本松厩舎の馬でした。そして先生はそれに対してなんの相談もなく海外遠征を敢行し、現地に厩舎スタッフを付き添わせることがないまま1年以上も海外の地で過ごさせました。そして、そのシリウスシンボリが日本に戻ってきて、ようやく自分のところに戻ってくるかと思えば、はっきり言いますね。新人の私の厩舎に所属することになったのです。」

 

「うん、それは間違いない事実だね。」

 

「これはあまりにも酷い行為です、オーナー。実際問題として美浦トレセン内にどれだけの反感が湧いていることか…」

 

「そうか、それで?」

 

「毎日王冠を丘部さんに乗せた時点で美浦では反シンボリ感情が湧いていると言うのに、元の佐藤騎手に戻さず失礼ですが新人の彼に任せるのですか!?もちろん、開業につきましては助力いただきましたが、すいませんが私は反対します。私とて美浦の調教師です、そして私はベテランではなく新人です。これ以上厩務員たちと軋轢を生み出したくありませんし、私が責任を負える自信がありません。」

 

知らない方の意見通りである。シリウスシンボリといえば…確か85年のダービー馬でつい最近まで海外に遠征してた“いわく付きのダービー馬”。

シリウスシンボリの主戦騎手を巡る転厩騒動は、シンボリ牧場の衰退の一因にも挙げられる。

だが、不思議とだが僕は調教師の意見に賛同することはない。何故だろうか、聞いてて僕はそれほどこの問題に対して悪感情は湧かない。

とりあえず、この目の前の人は一体誰なのか。それが知りたい。

よく見たことあるような気もするんだが、う〜ん。

 

「倭田オーナー…あの急なことで僕、頭が痛いというか。話の前になんですけど…そちらの方は?」

 

「すまないね、君に言うのを忘れていたよ。彼は菊澤和夫くんといって、美浦の調教師さ。」

 

シリウスシンボリの騎乗依頼より頭が痛くなる情報がオーナーの口から出てきた。

菊澤さんって、ボリクリとかロブロイのあの調教師の人じゃないか。そりゃ、どうりで見たことないのに見たことあるなぁと思ったわけだ。

えぇ…嘘でしょ。菊澤さんって、こんな時期からもう調教師してたんだ

…そりゃ、あんな名伯楽になるもんだ。

 

「すいません、シリウスシンボリの騎乗依頼とかについてなんですが、一旦竹田先生に連絡してからでいいですか?」

 

「いいさ。電話は1階に置いてあるから、自由に使いなさい。」

 

そう言って僕は立ち上がり、部屋から飛び出した。長い長い、廊下を走り抜け一階に置いてある電話にたどり着く。

呼吸を落ち着けて、厩舎の電話番号を入れる。そうすると、受話器から発信音が聞こえる。

受話器を持つ掌から汗が出てきているような感覚がする。不思議だ…サッカーボーイ、スーパークリーク、ヤエノムテキにマティリアル。いかにどんな名馬がお手馬になろうとも、まさかのダービー馬が自分のお手馬になる…そんな話をされるとは夢にも思わなかった。ダービー…不思議とその言葉を()になってからは神妙な気持ちで感じるようになった。

三歳ながらに憶えている、親父のダービーを。不思議と今でも鮮明にレース展開などが頭の中に出来上がる。

そんな僕にとっては思い入れがあるダービー…ダービー馬に乗れるというのは少し興奮する。それと同時に厄介な予感もある。

 

ガチャ どちら様で?』

 

『先生、僕です。豊です。』

 

『んぁ、豊か。どないしたんや、電話なんかして。ほんでお前、どこ行っとんのや?』

 

あ…そういや、どこに行くのかも言わずに休みますとしか言ってないや。

どう事情を説明すべきか。流石にオーナーを待たせるわけにもいかないし、手短に話した。

僕の2日前から始まった関東旅行を要約して話した。美浦トレセンでの出来事、マティリアルの件、倭田オーナーについて、最後にシリウスシンボリの騎乗依頼のことを。

 

『………いや、問題がないっていうか、と、唐突すぎてだなぁ。』

 

『そうですよね、先方には断ります。』

 

『いやいや、待て待て早とちりしなや。まぁ、う〜ん、ええけどさぁ…お前ローズSしっかり考えてるか?』

 

ローズSかぁ…勿論忘れてなどはない。

あのマックスビューティと戦えるレースだ。今でも武者震いする。神戸新聞杯のビデオは何回見たことか。

あれなら、三冠を取れる。だけど、僕はそれを止めないといけない。先生の馬、ハッピーサンライズと共に。

そのためにもビデオだけでなく、実際に戦ってみなければ…阪神でしか勝ち星をあげれてないがエリ女は京都開催、なんとしてでもローズSをどれだけ有効活用できるかだ。

 

『僕落馬して記憶でも飛んでなきゃ忘れませんって。例え二冠馬であろうと、勝ってみせます。手応えは正直言ってあります。』

 

『偉い根性や、それならええよ。11月はG1騎乗いっぱいあるから今のうちに頑張らないあかんで?ええか?』

 

『天皇賞・秋、菊花賞、エリ女、マイルCSにジャパンC…色々と経験してきます。』

 

『ほんまにお前を乗せて()()()ようにした俺に感謝しーや。』

 

あげる…なんて言い出して、この人は…

すごく偉そうな喋りを聞いていると、口元が変にニヤけてくる。

 

『すいません、今電話が乱れて、なんて言いました?』

 

『やかましいアホっ!!まぁ…そうだなぁ…俺的には菊花賞をG1デビューにさせたかったが…G1初出走が初の東京っていうのも随分面白いじゃねぇか。こっちでうまいこと調整しとくから、お前は乗れるように頑張れや。』

 

『はい、僕も頑張ります。』

 

『おう、いい返事だ。だけどその前に美浦で()()()あったりしたか?』

 

『なんかって言っても、さっき話した程度のことしかないですよ。』

 

『そうか、なら良いんだ。んじゃ切るぞ。』

 

最後の言葉を境に、受話器からブーブーとしか音が鳴らなくなった。

茨の道…そう、先生は言っていた。僕には如何にもこうにも、茨の道と思えはしなかった。シリウスシンボリに乗る、それのどこに棘があるのだろうか。

はっきりいって、オーナーに菊澤先生とも縁を深める…そんないいことだらけのようにしか思えないというのに…

客間に戻る今なら分かる。この通路は地下馬道にそっくりだ。

無機質で、変わり映えしない長く長く、永遠に続いているかのような道。

それとは反対に勝負に対しての熱気をムンムンと感じる。

そして今まさに、僕は戦いにいく。

シリウスシンボリの鞍上を掴むために。

 

 

 

 

 

そんなことを思いながら、僕はいつのまにか客間に戻ってきていた。

今日で何回目になるだろうノック音を自分の指で響かせながら扉を潜った。

 

「豊くん。どうだったかい、先方は?」

 

「問題ないです…ただ。」

 

そう、問題があるとすれば目の前の人。僕とは別の来訪者の、菊澤さんが納得するかどうかの問題である。

ものすごく、不満そうにこちらを見続けている。なんというか、こう…今まで会ってきた調教師とはかなり違う。親父の息子ということで可愛がってくれる栗東の調教師たちとは違って、どうにも美浦の先生たちは違う。

その中でも、菊澤さんはもっと厳しいように思える。

 

「私としてはシリウスには是非とも、佐藤騎手に戻すことを提言します。これ以上シリウスを貶める必要はありません。海外遠征も失敗に終わり、丘部さんでも復調せず、挙げ句の果てには若手の騎手を使うのはこれ以上シリウスの名誉を汚すだけのことです。」

 

「違うよ菊澤くん。シリウスの名誉のためにも、彼を乗せて勝つんだよ。」

 

「それは理想論というものです。今のうちにシリウスの鞍上を佐藤騎手に戻して、それでも復活しないのなら皆が納得します。復活したら尚良いです。けどここにいる彼がシリウスに乗って失敗しても佐藤騎手とは違って周りは納得してくれません。それもわざわざ、新人の彼に任せるというのは酷です。せめて、多原さんや川内さんに任せるのならまだ理解はしなくても納得は示します。」

 

ぐうの音も出ない、菊澤調教師のいう理論は間違いなくあっている、正しく一勝より一生と言った人だ。

正論というより、現実的な論理に僕は納得してしまうことしかできないが、オーナーは食い下がらない。

 

「君の意見も理解はできる…とりあえずシリウスを見てから判断は最後にしよう。」

 

 

 

 

そうして、三人一緒に外を出て、シリウスがいる馬房へと向かった。

変に気まずい空気のせいか、馬房に着く最後まで誰も口を開くことがないままだった。

 

「…豊くん、この子がシリウスシンボリだ。」

 

絵に映える馬だと、一目見て思ってしまう。ただそれと同時に、他の馬たちと比べると、どこか不満を覚える。

何かが不足している、というよりは欠損している感覚がする。この馬がダービーを制したと言われても、少し信用しにくい。

こちら側が馬房に近づくと馬房の奥深くに行こうとする。

人を苦手にしているようにも思える行動に、どこか僕が聞いてきたシリウスシンボリと違和感を感じる。モガミ産駒特有である気性の悪さを感じない。

なんというか、人に従順的とさえ思える。競走馬より馬術に向いてそうに見える。

従順的なのが競走馬としてダメかと言われたら、そうではないが…うん、大人しい。というか、しおらしい。イメージしてたシリウスシンボリとは大違いだ。

てっきり、シンボリルドルフみたいな暴れん坊将軍みたいな馬かと思ったんだが…

 

「乗ってみるかい、豊くん。」

 

「乗れるなら、是非とも乗りたいです。」

 

どうやら、シリウスシンボリに乗せてくれるようだ。

そばにいた厩務員らしき人が馬房を開けて、シリウスシンボリを出してくれる。

厩務員に引っ張られてやってきたシリウスシンボリは更に近くで見ると、毛艶は良くさっきも思った通りに絵に映える馬だ。

競走馬の三大始祖の絵みたく、綺麗に思える。

厩務員さんの手助けも借りて跨ってみると、中々にいい馬だ。

…いい馬。それはそう…だけれど、やはり思ってたとおり何かが足りない。どうしてだろう、こんなにも良い馬だというのにビジョンが思い浮かばない。

バンブーメモリーみたいにビジョンが思い浮かばないのではない。

例えるならA5ランクの和牛をふんだんに使った料理のはずなのに、味がこれっぽっちもしない。対してバンブーメモリーは普通のスーパーで売っているようなお肉で味がない。

跨りながら、馬房からダートコースまでゆっくり歩いてみる。

 

「(………すごく違和感しかしない。)」

 

こんなにも跨ったときの感触はバッチリなのにも関わらず、歩き出すと途端にダメになってくる。

シリウスシンボリ自身が暴れてるわけでも、なんにもせず歩いているだけだというのに、どうしてこんなにダメなのだろう。

 

「どうだい、変だろう?」

 

そんな僕を見越してか分からないが、菊澤さんが話しかけてきた。

 

「君が思う変な原因は歩様にある。元はシリウスシンボリはストライドの大きい馬だったが、欧州長期遠征で現地の厩舎にピッチ走法のように変えさせたのが原因だ。」

 

成る程…確かに歩きが歪なのはストライドとピッチの変なとこ同士をくっつけたせいなのか。

道理でチグハグなわけだ。デビュー前の馬でも、なかなかこんな馬には巡り会うことはない。だけど、そんな馬たちより素質は遥かはるか天高くまである。

だからこそ、惜しいと感じてしまう。こんないい馬だというのに…

よくもまぁ、欧州の調教師はこんなにめちゃくちゃにしたものだ。是非とも菊澤先生の言う、シリウスシンボリの雄大なストライドを肌で、体で感じてみたかった。

 

「どうだ、君に乗りこなせるかな?」

 

「実際に走ってみないと分からないです。ただ良い馬です、それだけは言えます。」

 

そう言うと、菊澤さんは黙り込んでしまった。

正直ダービー馬というと違和感が半端なく、素質のあるデビュー前の馬と考える方が合っていると思う。

そうこうしていると、ダートコースにたどり着いた。

 

「す、凄い…」

 

つい口から漏れ出してしまった。シンボリ牧場はトレセン顔負けのトレーニング施設があるとは聞いていたが、これほどまでとは…

こりゃ、外厩の走りと言われるまではある。あのシンボリルドルフが皐月とダービーの間をここで調整したのは有名な話だが、実際この目で見たら納得する。

わざわざ遠い美浦トレセンで調整せず、ここで綿密に調整した方が一定数の馬にとってはそれが良い。

なおかつ、全てのコースに屋根が付けられている。これだと大雨の時であろうと、トレーニングが出来る…

コース内に入ると、エアコンまで付けられてるのが分かる…こんなの馬にとっては今現在、最高のトレーニング施設だ。

 

「オーナー、それじゃあ走ってきます。」

 

「意外と長いし、少し坂もついてるから気をつけるように。」

 

オーナーが気遣いの言葉を掛けてから、僕は手綱を促して、シリウスシンボリは走り出してくれた。

走ると分かる、こりゃ良い馬だ。馬に問題があるにはある…だけど、乗りこなせばなんの問題もいらないように感じるほどいい。

走りは正直言って、ダメだ。

だけど、僕にとっては良い馬だ。

是非とも乗りこなしたい、この馬の100%の力を引き出してみたい。

雄大なストライドもなく、中途半端なピッチ走法でしかなくても、最高に良い。走り出すと更にわかる、この子にはプライドがある、レースに対してのプライドが。

大人しい馬と思ったが、全然違う。彼の心の奥底には今にも燃えそうなプライドがある。

海外遠征で燃え尽きたということはない、まだメラメラ燃える炎がある。だけどこれを、いかに消さないかが問題になるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「菊澤くん、君はなぜ私が彼を鞍上に指定したか分かるかい?」

 

「………」

 

「正直に言ってくれて構わない。」

 

「でしたら、お言葉に甘えて言わせていただきます。

そもそも、先生が佐藤騎手を嫌っているのは前提として置いて、本来は丘部さんを鞍上に天皇賞・秋に挑もうとしたが、ダイナアクトレスの騎乗依頼を優先しました。その結果、空席になったシリウスシンボリの屋根を任せる人は誰になるかというと、東から今度は西の騎手に目を向けることとなります。」

 

「なるほどね、続けていいよ。」

 

「…となると西の有力騎手といえば南伊か川内か多原、この中で多原はフレッシュボイスに騎乗しているから消える。そして南伊はシリウスシンボリと相性があうような馬ではないからこれまた消える。残った川内も京都に乗る予定…この中でオーナーが選ぶのでしたら、川内さんだと私は思ってました。だけど、川内さんではなく竹豊くんとなれば答えはシリウスシンボリを捨ててでも未来の投資として彼を選んだ…そういう答えですか?」

 

「間違い…だね。私がそこまでシリウスシンボリをダメだとは一度も思ってないさ。」

 

「で、でしたら、何故ですか?」

 

「まず僕自身は佐藤君は嫌ってない。ただ、シリウスに乗せても彼には復活させる術があるのかい?はっきり言おう、そんなものはない。私からすれば失敗してもいい…けど100%失敗するものに投資はしないんだよ。逆に100%失敗する佐藤くんを選ぼうとしてる君の方こそシリウスには何をしても意味がない…そういう風に感じるよ。」

 

「…そんなことはないです。」

 

「これは私の持論だが、競馬に絶対がないように()()()()()。あるのは勝利と敗北の瀬戸際の攻防のみ。ただ皆んなが全て、絶対を奇跡を勝利と敗北の瀬戸際で演出するだけだ。そして彼にはその“絶対”と“奇跡”両方に近づける力を持っている。ほら、もう彼が帰ってきた。」

 

 

 

 

 

 

「どうだい、シリウスシンボリの乗り心地は?」

 

「えぇ、良いですよ。」

 

そうだ、この馬は最高に良い。ビジョンなんて、僕が作りあげれば良いだけだ。

 

「それじゃあ、私からも聞いていいかい豊くん。」

 

「ええ、どうしました菊澤先生。」

 

「天皇賞・秋は…勝てるかい?」

 

僕は不安そうにこちらを見つめる菊澤先生に笑顔で答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い負けが出来そうです。」

 




次回、天皇賞(秋)。

次の投稿は、本日の夕方にする予定です。
なお、次話には個人的に頑張った仕掛けもありますので是非とも読んでいただけると幸いです。
本当に皆様には長い間、お待たせしてしまい申し訳ございません。
不定期にはなりますが、今後ともよろしくお願いします。

『よしの37 ふむ暇 toshi0517 ケンシン1 PARKER コツオ!! anndon 蒼衣灯夜 目黒 dWLxA3ZzAY あぽあぽあぽ elfte kynnya やべっち586 ワンタッチ シントウ 鬼瓦熊蔵 風見鶏jp むらさき君 s_takutaku メカゴリラ TAKI アミなミナ bilibili たんぞー 佐牧 貫徹 エルンスト ミカミカン VLSI 黒色毬藻 ジュリウス隊長 ハーレム嫌い 夜火  Rudel raingotto hisagi 紅月ーアカツキ 柚子茶 あい216 koda0402 天翔 ねむち REK1 たぬき poo 大富豪 ヘイトリッド 昼月2022 あああんあん 
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