自分が竹豊に成り変わってからすぐに時間は経っていった。
どうやら小学三年生だったようで周りにいる子供たちとのコミュニケーションが少し大変ではあったが充実したものであった。
今現在何をしているかというと。
「ユタちゃん、ファインイレブンまでの道のりは分かってるよな?」
「もちろん、ちゃんと確認はしてある。」
「よし、脱走だぁ!!」
俺たちは脱走するのだこの空腹の牢獄から、隣にいる友達と。
そして向かうはこの世の大体の食材が眠るコンビニ“ファイブイレブン”へ!!
最初は父である竹邦彦にやめておけと言われていたが、隣の陽一おじさんに嘆願したおかげか父はようやく自分が騎手の道に進む事を了承してくれた。
そこからは栗東の乗馬苑の少年団に入り乗馬をしていくわけであるが、体が竹豊なおかげか騎乗に関しては何も問題がないどころか体が自然に考えて、その通りに動けるのである。そして頭に色々なメーターが浮かんでる気さえする。まぁそんな訳だから少年団の中では成績優秀、期待のホープであった訳である。
それに僕は、あのターフの魔術師である竹邦彦の息子だったから余計期待もされていた。それには何も問題はなくその期待に応えようと更に頑張ろうとしていた。
年月も経ち俺はとある悲しいことも乗り越えて小学校を卒業し、中学校を卒業した後に競馬学校に入学するという昔から予定したレールを進もうとすると僕がジョッキーになるという情報を聞きマスコミが、家の前で記者が複数人朝早い時間から立っていて登下校する時に金魚の糞の如くくっついてくるのだ。
マスコミのインタビューを受けて分かったのは世間というのはさほど『タケユタカ』は求められていなかったということだった。
みんなが求めていたものは『タケクニ二世』としての看板であった。自分は竹邦彦、父さんの付随物ということを理解した瞬間に物にぶつかりそうになるほどの激情に駆られた。負けず嫌いなせいか、父さんの名前ばっか言う記者たちにこう言ってやった。
「父はこれから、竹豊の父になる。そういうふうなジョッキーになる。」
と半ギレ気味に応えてしまった。言い終わった瞬間に記者への対応として間違ったことをしたと思って血の気が引いてどうしようかと考えていたら、記者たちは早々に俺の元から立ち去ったのである。
意外にすんなりと退かれたものだから、不思議だなと思いつつこんな日もあるかと思ってその日は久々の一人っきりの登下校を楽しんだ。
その次の日、まだまだ小さくはあるが父や僕と同じジョッキーとなる道へ進む孝四郎と手を繋ぎながら自分の家の郵便受けに入ってる朝刊を取ってから、騎手になるための体作りとして母が作ってくれた全国の中学生の平均摂取量よりは少なめのご飯を食べながら見ていたら驚愕の見出しが載っていて箸を進める手が止まってしまった。
『竹豊、夢は父を越えること!!』
その見出しの下からは、マスコミがよく使う手法である発言の切り取りや言い換え、果てには自分が言ったことではないことまで書かれていた。
内容を簡潔にまとめると、全国の新聞紙に俺は大言壮語してしまったのである。これには昨日の対応を良かったと思っていた自分がバカバカしく思えてしまった。
そんな中、競馬学校に入学した訳である。いつもと違う環境ではあったが問題はなく成績面に影響はほんの微塵も現れることはないどころか競馬学校で習う様々な技術によって成績がより優秀になっていった。体重管理も中々に辛いものであるが騎手になるためと思えば簡単に乗り越えれた。ただしかし、問題があったとすれば友達ができなかったことである。
あの新聞に載っていた大言壮語のせいか皆、僕を見世物小屋の動物かの如く遠くからは見るが近づいてくることはなかったし、余計に僕自身が成績優秀だったせいもあり、本当にやってのけるんじゃないのかと思って近づいてもし大変なことをしでかしたら自分が困るとでも同期の生徒は思っていただろう。慣れない関東ということもあり人への当たりが少し冷たかったのもあるかもしれない。
しかし三年は芝田善臣先輩や菅井尚介先輩に、二年は松岡幹夫先輩や横谷典弘先輩たちに合同授業で可愛がられそして真剣に勝負していた。なんと言ったって戦えるのは自分と同じく未来の名ジョッキーな訳である。心躍らないわけがなく本気でやり合った。やはり年齢の差もあるせいか勝ち負けで言えば負けの方が圧倒的に多いがそれでも勝てた時は本当に嬉しかった。
そうやって先輩たちとは仲が良くなっていったが、同級生とは泣かず飛ばすで一人とも友達があまり出来なかった。次第と友達作りを諦めようかなと思っていた時に事は起きた。
「なぁ、隣座っていいか?」
「…ん?どうぞ。」
朝飯を食べていたら、どうやら隣に座りたいという申し出があった。食堂の席は空きがないわけではなく恐らく自分に何かしらの用があって来たのだろう。
隣に座って来たやつは確か、僕と同じ一年だったはずだ。あまり同期の名前を覚えていなかったせいか、こういう会話のチャンスの時にうまくいかない。
「好きな馬なに?」
唐突に相手の方から会話のきっかけを出されてしまった。
好きな馬、何だろう。特にこれといって好きな馬はいない。いや決してだが、馬が嫌いなわけではない。それどころか殆どの馬は好きだ。しかし等しいぐらいに好きであって突出するほど好きな馬はいない。
しかし等しい折角の会話のきっかけだから、ユーモラスのある返答をしよう。
「自分が乗る馬が好きかな、自分の手で走らせれるしね。」
「ぶふっ、やっぱお前おもしぇのぉ。」
「そういうお前こそ、面白い喋り方じゃないか。」
「俺、北海道から来たんだ。」
「そうなんだ、僕…知ってるかもしれないけど竹豊って言うんだけどよろしく。」
「俺は––––––––––––––––––––
夜中の涼しい風が走ってきた僕たちからすれば肌寒く感じる。そしてまさかの事態に絶望感を二人仲良く味わっていた。
「コンビニ閉まってるじゃん…」
「…本当だね、エビちゃん。」
そうファインイレヴンは昔はその名の通り夜11時に閉まっていた。そう、“昔は”である。僕は2023年の感覚でコンビニが空いているだろうと思っていたから余計絶望の淵に立たされている。
本当につい忘れてしまっていたのだ。わざわざ二人して学校を脱出して20分も走ってついた先が閉まっているというのは本当に笑えないことである。
僕ら競馬学校生は体重管理のためにご飯を少なめにしか食べれないので当然ではあるが常に空腹状態が続く。だからこそ教官たちに死ぬほどどやされてでも脱走する価値があるというのにこの結果は一体なんなのだろうか。
そんな僕たちの顔はもう生気が失われて瞳孔は暗く大きくなっていることであろう。阿鼻叫喚したいがそんな体力はコンビニという幻想の前で消え去っていた。
「ユタちゃん…帰る…か。」
「そうしよう……!!いや待て、あそこ屋台あるぞ。」
そこには俺らが求めていた飯を食える場所があった。二人して先程は走りたくても走れなかったのに自然と歩くかのように走っていた。
屋台の暖簾を上げると、どうやらラーメン屋だった。二人してとりあえずその屋台の看板メニューであると思われる味噌ラーメンにトッピングとして卵とニンニクをつけて注文した。
何も考えずに食べれるご飯ほど幸せなものなどなく、二人とも無言のままズゾゾッという音を出しながらお椀の中には麺も出汁も何もなくなるほど食べ尽くした。食べ終わった瞬間に共に相手の顔を見て、何故かは分からないが笑い出した。
なんやかんやあって脱走は上手くいったと思ったが、ニンニクを食ったせいかすぐに教官に二人共々怒られてしまった。二人とも成績優秀であったためそこまで怒られはしなかったが。
ちなみに俺と一緒に怒られている『エビちゃん』はあのエルコンドルパサーやナカヤマフェスタで凱旋門賞二着と惜しい結果を残した、トップジョッキーの海老名正義である。
しかし、同期で友達は出来ないと思っていたが意外と作れるものだ。
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