デビュー戦を勝利したが、その日の後のレースは勝つことはなかった。デビュー戦を勝ったという情報がいつの間にか伝わったのか父と母、そして弟がお祝いの電話をしてくれた。
そしてその翌日に電話でわざわざエビちゃんがもお祝いしてくれた。デビュー戦の次の日に川内先輩に連れられて高級そうなお店でご飯を奢られたりして豪勢にその日を過ごした。
その日の新聞には『さすがタケクニ二世』と書かれているのを見て、何とも言えない気分になりはしたが見返してやるという気持ちで胸が一杯になった。
デビューした翌週の7日と8日の二日連続の勝利と28日に1勝で三月の騎乗の結果は終わった。
これには先生は中々の好スタートと褒めてくれて、気を引き締めるようにと己の心を律するための言葉もかけてくれた。それと同時に川内先輩も同じく先生と立場が違う騎手としてアドバイスなどもしてくれていた。
そんな訳で4月も頑張ろうと考えていたのではあるが……4月はなんと1勝もあげることなく終わってしまった。先生や先輩が教えてくれたように気を引き締めて頑張っていたのにこの結果だったから少し気持ちがナイーブになりかけていた。そうして5月を迎えようとしてたある日、先生に呼ばれた。
「まぁ、豊ちょっち横座れや。」
「はい、」
「4月は一つも勝ち星上げれんかったな。」
「はい。」
「ちょいとお前は張り切り過ぎて少しから回ってるだけや。新人でもそないに勝てるジョッキーはおらへんわ、ちょっと気負いすぎやで。」
「………」
「そやなぁ…、お前来年からのお手馬を作ってこいや。作れんくてもええからそこで会う人と喋って仲良くなってこい。」
まぁそういう訳で先生に促されるまま、栗東トレセンの厩舎巡りをレースがない曜日にすることとなった。どうやら皆んな、俺には興味があるようで騎乗を依頼する場合は電話をしてくれるだそうだ。
そうやっていつもとは違う場所を巡ったおかげか5月に入ってからすぐ3勝をあげた。うち二つは同日、2レース連続勝利だった。流石に先生にあそこまで心配されて負ける訳にはいかないと思って頑張った結果である。
これには先生もびっくりで、『豊もしかしてやけど宇宙人か?』と飯の席で言われた時は本当に大爆笑してしまった。
ただ先生のために頑張ろうと思っただけと伝えると少し顔を赤ながら日本酒をちびちび飲んでいた。
そうやって5月の第一週は過ぎ、第二週は先週の通り色々と厩舎を訪れようと思う。やはり全部が全部回れてるわけではないのでまだまだ回ることにしたのだ。
そうして朝早くの4時ぐらいに起きて栗東トレセンに向かっていた。トレセンが始まるのは朝5時くらいからでそれに合わせて調教師の先生や厩務員の人と会えるようにしている。
そうしてまず最初に訪れたのは佐藤雄二厩舎であった。今年の桜花賞馬“マックスビューティ”を管理しており次走の優駿牝馬もマックスビューティで勝利することが予想されている。そうして着いた瞬間に大声で駆け寄られて来た。
「おお、お前がクニちゃんの倅かぁ。」
「っ!!はい、竹豊です。よろしくお願いします、佐藤先生。」
「そこまで畏まられなくてええがな、ままゆっくりしていき。」
そのように言われて厩舎内を見て回るとやはり目につくのは、マックスビューティただ一頭だった。体が細いのに、力強さを感じさせるボディに目を奪われていたら先生がまたもややって来た。
「どうや綺麗な子やろ?」
「いや、強い子ですね。綺麗とかよりも強さを感じさせてくれます。強いのに綺麗という矛盾、ジレンマを今肌でしっかりと味わってます。」
「ほぉ…綺麗さより強さかぁ。馬を見る目あるねぇ、騎手引退したら馬主になったりしたらどうや?」
「自分が乗れなかったら馬を持っていても意味ないじゃないですか。」
そういうと先生は黙り込んで、少し感嘆とした様子で俺を見ていた。ただその目はどこか遠くを見られていた。自分の後ろにいる父ではない、何か遠くを見ている目だった。
「まぁ流石にマックスビューティには乗せらんないから、そうだなぁ…うちの厩舎に強い馬が来たらすぐ連絡するわ。お前は今まで見て来た騎手とは何かが違う、そこが見どころや。」
「ありがとうございます、もしご連絡頂いたらすぐ向かいます。」
そうしてまた厩舎をぶらりぶらり回り、厩務員と話したりしながらすると時間が過ぎ去っていき予定の時間に間に合わなさそうになったので急いで先生とスタッフの人にさよならの挨拶をして佐藤厩舎を後にした。
次に向かったのはこれまた、苗字が同じの佐藤修司厩舎に向かうことにした。伺ってみたがどうやら厩舎にいないようでスタッフに聞いてみたら、今調教を行なっているとのことだった。
折角ならと思い、無理を聞いてもらう形にはなったが調教している場所へと向かった。そこで挨拶をしようと思って目を合わせたら、顔を見て約束を忘れたと思って慌てて先生が来てくれた。
「いやぁ、豊くん先日の騎乗はどれも素晴らしかったよ、本当に。」
「お褒めいただきありがとうございます、それで何ですけどもし良ければで構わないんですけど今三歳の馬見させてもらっていいですか?」
「構わないよ、もし豊くんが好きそうな馬がいたら教えてね。」
「ハハハ、では素直にその言葉を受け取らさせていただきます。」
そう言われたので調教をしている最中の馬を見ることにした。
手前の鹿毛の馬は力強いし差しの脚を持っていて強そうに見えるが、反応が恐らく鈍いのか調教では他馬に負けるようだ。
奥側の黒鹿毛の馬はスピードこそ速いが、あまり肉付きがよろしくはない。現時点での判断とはなってしまうがスピード以外に光るものは見当たらない。
そしてその後ろにもう一頭、これまた鹿毛の馬がいるがどうやら気性が激しいようで調教助手の人を振り落とそうとしてるのが目に見える。気性が激しければ騎乗する時に大変ではあるが、その反面闘争心が沢山あるということでもある。先生と調教助手に確認を乗って跨らせてくれたが、乗り心地は正直言って良いものではない。だがそれら全てを補える能力を持ち合わせてるかどうか判断するために走らせるが、てんでダメである。
全てのよくない要素が噛み合って乗っていても勝利のビジョンが浮かぶ馬ではなかった。
走り終わってから少し物事を考えることにした。
今年の佐藤厩舎はあまり良くないと結論づけようとして帰ろうとすると佐藤先生に待ったを言われた。
「豊くん、少し不満そうだね。」
「…っ!いやいや、そんなことは。」
まさか先生に自分の不満な様子がバレてしまい、どうやって切り抜けようか考えようとすると急に先生は笑い出した。
「いやこの場にいる馬の質はハッキリ良くはないよ。私が断言する、君が騎乗してる間に思っていたことは全て合っている。」
「……えっ、いや。」
「君は本当に良い目をしている、その馬を見る目は本当に素晴らしいと思う。いや目だけではない体全体が馬を判断する器具なのかもしれないね。」
「はぁ、はい。」
「何、実は私の厩舎に今は体調のせいで入厩出来ていないが来るんだよね。大物が一頭。」
その言葉に俺の興味心が掻き立てられた。一体、先生が言う大物は一旦どんな馬なのかそれが物凄く気になって、気になってしょうがない。
そんな様子を見せたらまた先生に笑われてしまった。本当に恥ずかしい限りで、そんなに自分は感情が分かりやすいのかと思ってしまった。
「そうだねぇ、来月か再来月にまた来なさい。そしたらその馬がみれるだろうね。」
「あ、ありがとうございますっ!」
「いやいや、豊くんが乗ってくれたらきっと良いことがありそうだよ。」
そうこうして佐藤厩舎を離れ、本日最後の厩舎を訪れることとなる。
その最後の厩舎は大野幸治厩舎である。主な管理馬は………特筆する馬がいないのである。遡れば重賞勝ち馬は1985年の愛知杯を勝ったロングクイックのみである。
だけれども如何なる厩舎であろうと昔は昔、今は今である。予定より早めに着いたのか大野先生はいなかった。そこで近くにいた厩舎スタッフに話をしながら厩舎内を歩いていると一頭の馬と出会った。
僕は気になってその馬を見た、その馬も僕を見た。
その瞬間自分で運命を掴み取ったような気がした。その運命の糸は赤色ではなく金色に光り輝いており、眩しく感じる。
跨らなくても見るだけ勝利のビジョンを幻視させ、ビジョンが幻と分かっているのに現実と瓜二つのように感じられ、擬似的な勝利であるにもかかわらず勝利の快感が迫ってくる。この快感は自分の語彙力で表せない。
そう思った僕の頭に一つの言葉が浮かんできてた。
それは1番ピッタリで納得のいくものだった。
というわけで竹豊のお手馬はサッカーボーイでした、意外と皆さんアンケートで選んでなくてびっくりでしたね。
さてまぁ、“偉大なる小川”過激派の皆さん安心してください。お手馬は一頭に限るわけではございませんので。
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