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上記を踏まえて拙作を読まれる方は、よろしくお願いします。
──瓦礫が崩れる音が聞こえる。
ここは、どこだろう? 目を開けても、何も見えない。最後に見ていた光景は……脱出シーケンスで地上に転移していくシロコと、困ったように笑う『私』。そして、崩れていくナラム・シンの玉座で……。
"……あれ?"
ぼそり、と声が出た。声? いや、あれ? 私は……私は確かに、あの玉座で死んだはずだ。元より死体に色彩の力を宿し、無名の司祭共の手を借りてやっと動ける重体だった。目も、耳も効かない暗闇の中で、気力だけを振り絞って動いていたのだ。
"思い出したら、ちょっとムカついてきたかも"
アイツら、人が動けないことを良いことに、驕るな──! とか理解できぬ、とか好き放題言っていたな。左手に折り鶴を持ってなかったら全力で殴りかかっていたのだけれど……。
"それはそうとして、ここはどこ?"
目も耳も効かないのは相変わらずだけれど、口は問題無く動く。試しに手足を動かしたら、するりと何か抜けるような感覚があって、手足が自由になった。
ぺたぺたと顔を触ってみる。
"……無い"
顔のプレートが無い。喋れる時点で察していたけど、崩れかけの顔の皮膚を固定するプレートが無くなっていた。それに……おぉ、髪もふさふさだ。申し訳程度にプレートに付属していた怪しいカツラも無くなって、懐かしい地毛が生えている。
それはともかく、ここは何処だろう?
──シャー──生が重体になってから25日が──突如、病院から姿を消──
"……?"
耳を澄ましてみると、上から何かが聞こえる。取り敢えず、自由になった手足を動かして上に伸ばした。
"うわっ!?"
ドサーッ! っと上から何かが流れ込んでくる。慌てて藻掻いた時、流れ込んでくるものの『匂い』に懐かしさを感じた。これは──
"……アビドス砂漠の砂?"
流れ込んでくる砂が腰のあたりで止まる。見上げたそこには、私を中心にすり鉢状になった砂山と、満天の夜空があった。雲一つない星空と、サンクトゥムタワーの光柱、光輪が遠くに見える。
あ然として動けない私に、砂と一緒に流れ込んできた古いラジオが放送を垂れ流しにしていた。
──速報です。シャーレの先生が重体になってから25日が経過した本日、先生が病室から忽然と消えた件について、連邦生徒会首席行政官代理の『扇喜アオイ』氏は「現在捜査中」という発表を最後に連絡が──
"…………"
砂漠に少し強い風が吹いて、砂を巻き上げる。私は……私は一体、どこに居るんだろう? 実はこっそり『ここが地獄かぁ、ゲマトリアの連中は元気にしてるかな、ベアトリーチェには会いたくないな。絶対に顔真っ赤にしてるし』なんて思っていたのだけれど、どう考えてもここは地獄じゃなさそうだ。
考え込みながら、砂の中から下半身を抜いて、コートの砂を払う。……着ている服も、私がさっきまで着ていた法衣じゃない。ちょっとエビみたいで、色彩は名前に反して案外独特なセンスなんだな……なんて思っていたから、少し嬉しい。
それはともかく、もう少し情報を──
トサ、という音がして、私の足元に一枚の板が落ちた。コートの隙間から落ちたそれは──シッテムの箱だ。少し焦げた端末に、三発の弾痕が残っている。
"…………"
それをそっと拾い上げて、表面の砂を払った後に……電源を入れた。
──Connecting to Create of Shittim.
──……Error:シッテムの箱管理用メインOS『A.R.O.N.A』が確認できません。
"……そっか"
シッテムの箱はその文字を並べた途端、勝手に電源が落ちてしまった。一応試したけれど、また電源が入ることは無かった。悲しい、とは思わない。アロナは……きっと、大丈夫だ。向こうには、『私』が居る。私ならば、私が避けられなかった結末を避けられた『私』ならば、きっと同じ状況で同じ選択をするはずだ。
なら、心配するのは一旦止めよう。
"……よしっ!"
パチン! 叩いた頬が少しヒリヒリする。これは気合を入れる為の張り手だ。同時に、これが夢でないことを確認するための張り手でもある。
夢、じゃないね。夢だと思うくらいに不思議だけど──私はどうやら、まだ死んでいないみたいだ。アトラ・ハシースの箱舟と一緒に沈む覚悟で目を閉じたはずだけれども、ラジオの内容から察するに、私が意識を失ってから間も無い時間に、私は居る。
"……一体、どうしてだろう?"
懐かしい人間の手のひらを擦り合わせながら、少し考えた。考えて……分からない。もしかしたら、色彩が……いや、アレはちょっと意思疎通が出来る感じじゃなかったから……無名の司祭、はもっとあり得ないね。というか、この世界にもアイツらは居るんだよね?
"まずい、かも"
今の私はスーパーアロナ無しの生身の人間だ。無名の司祭相手ならRABBIT小隊のサキとミヤコにコッソリ教えてもらった格闘技で闘ってやるんだけど……私の敵はそれだけじゃない。
ゲマトリア、カイザーコーポレーション、デカグラマトン、Division、アリウススクワッド、ゲヘナとトリニティの間に渦巻く陰謀。
私はそっと、コートの中に手を入れた。
"……私の武器は、これだけかな"
手の中にあるのは、擦り切れた"大人のカード"。時間が巻き戻っているからか、私が最後に『私』へ託したカードよりも、ずっと見た目は良い。とはいえ、カードの表面には傷が目立つし、多分このまま使い続けると……かなり良くない。
他にも無いかポケットの中を探してみる。
──連絡用の携帯は壊れてて電源が入らない。
──財布は……ちょっと寂しい。
──モエがくれた飴……あ、イチゴ味だ。貴重な糖分だね。
──あとはレシート、クーポン、ミドリから貰ったゲームセンターのストラップと、エンジニア部から貰った『どんな鍵でも開けられるよ君二号(自爆機能、Bluetooth機能付き)』……次会ったら三号は制作中止って言わないと。
"うーん……もしかして私って、結構駄目な大人だったりする?"
正確には、私が重体になる頃には、ポケットの中身なんて気にしていられないくらい状況が切羽詰まっていた、ということなんだけど。どれだけ走り回っても、寝ずに声を張っても、私は私を超えられなかった。
襲い掛かる脅威を全て退けようとして、その全てに失敗した。それどころか、私の行動が状況を悪化させることさえあった。
だから──
"今度こそ、見たいんだ"
呟きながら、一歩砂漠を踏みしめた。アビドス砂漠の砂は目が細かくて、踏みしめるとすぐに崩れてしまう。それに一度足を取られながら、二歩、三歩目を踏み出した。爪先が向かう先は、私の記憶の残る場所。
砂に埋もれた地平線の先に見える──アビドス高等学校だ。私の生徒が泣いている、始まりの地だ。
そこを目指しながら、もう一度呟いた。
"最後に皆が笑っていられるような、ハッピーエンドを"
喉を開いて、空気を吸い込む。もう、生命維持装置は必要無い。多くを失った私が、『向こう側』の世界に触れて、微かに見えた言葉を、誰も居ない砂漠に投げ掛けた。
"君達が紡ぐ──