プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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纏めて書いたら絶望的な長さになることが判明したのでぶつ切りにしながら投下していくぞー。

※いつも誤字脱字等の報告をしてくださってる方、ありがとうございます。


それでも手放さなかったもの(1)

 すぅ、すぅ、と小さな寝息が私の耳元で聞こえる。背中に背負ったホシノから、確かな体温と落ち着いた鼓動が伝わってきた。

 

 黒服の実験で消耗したホシノが眠ってしまった後、私とアヤネ、シロコは三人で話し合って、今後の行動を決めた。まず大前提として、私達には時間が無い。ノノミはブラックマーケットの廃ビルに監禁されているし、セリカはこの広いアビドス砂漠の何処かに埋められてしまっている。

 それを思うと今すぐにでも砂漠を探し回りたくなるけれど……どう考えてもそれは現実的じゃない。セリカを誘拐したヘルメット団から、セリカの居場所を聞く必要があった。

 

 ただ、今のヘルメット団はカイザーPMCからの潤沢な資金提供で、武器も懐も潤っている。ホシノやノノミを欠いた私達では、負けはしなくとも痛み分けか、最悪逃げられてしまう可能性が高かった。

 取りあえずホシノの無事を確認できた私達は、次にノノミの救助へ向かうことを決めた。セリカを確実に助けるには、何をどうしても人手が必要だった。

 

 そんなふうに方針を纏めて……傷ついたホシノをどうするかの話になった。当然だけれど、こんなに傷ついたホシノを無理矢理に戦わせるつもりは微塵もない。いくらキヴォトスの生徒たちが強靭な肉体をもっていて、とりわけホシノに優れた才能があったとしても、まともな治療も無く戦わせるなんて、大人のすることじゃない。

 

 それならいっそ──私が戦ったほうがマシだ。

 

「……砂嵐?」

 

「あっ、えっ……!? どうしても私達の周りにだけ……?」

 

 "……あ"

 

 変に感情を昂らせたからか、私の周囲には蜃気楼めいたものが浮かんでいる。それだけではなく、私の周囲……私の前を歩くホシノとアヤネを含めた空間に、強い砂嵐が吹き始めていた。

 これは──アビドス砂漠のビナーが使っていた、『浄化の嵐』? 慌てて心を落ち着かせると、砂嵐は霧散して砂に還っていく。

 

 ……無名の司祭とアリスの権能だけじゃなくて、虚妄のサンクトゥムを形成した時に演算した守護者達の権能まで引き継いでいるのかな? だとしたら、えっと──

 

 "相当とんでもないけど……"

 

「あっ、消えた……なんだったんでしょうか?」

 

「ん……先生、大丈夫?」

 

 "うん、大丈夫だよ。……まあ、とりあえず先を急ごうか"

 

「そうですね。ここからブラックマーケットだと、アビドス高校よりは近いですが、距離があることには変わりないので」

 

 愛想笑いで先を促して、一度背中のホシノを背負い直す。……いやいや、冷静に考えなくてもとんでもないよね? もしかして私が本気を出したら分身したりインベイドピラーが立ったりするのかな? 

 ちょっとだけカッコいいかも、なんて思ったけれど、それよりも頭を過るのが……それだけの力を扱うことで生まれる『代償』だった。

 

 なんのリスクや代償も無しに、これだけの力を扱えるはずがない。だから、何かしらがあるはずだ。例えば──私が力そのものに飲み込まれるとか。

 あらゆる守護者の権能と、名もなき神々にまつわる権能。それらを自在に操る怪物が生まれたとしたら……それがこのキヴォトスの終焉になる。

 

 "……"

 

 どちらにせよ、この力は私の身に余ると思う。これまでと同じく、そうそう使うべきものじゃない。ただ、今は……少しだけ、感情が揺れていた。

 

「むぅ……お昼寝に……ちょうどいい……」

 

 私の背中で眠るホシノの寝言に少しだけ心を癒やされながら、深く呼吸する。ゲマトリア──彼らは私の大切な生徒に、これだけの仕打ちをした。実験室の奥で跪くホシノの姿を思い出すたびに、感情の制御が効かなくなる。

 必ず、彼らには報いを受けてもらう。滲む怒りをなんとか抑えながら、深夜のアビドス砂漠を歩いていった。

 

 

 ──────二時間後──────

 

 

「もうすぐ先生から頂いた座標にあるブラックマーケットの廃ビルに到着します」

 

「ん。じゃあ私は一応ドローンを飛ばしておくね」

 

 "カイザーPMCの理事にはマーケットガードに連絡をさせたけど……銀行の件もあるし、警戒に越したことはないね"

 

 徹夜でアビドス砂漠を越え、私達は無事にブラックマーケットに入り込んだ。深夜のブラックマーケットは特に危険な雰囲気で、すれ違う住民からの目線は冷たい。ブラックマーケット、という文字だけを見ると軽く見えるけれど、その実は連邦生徒会でさえも手を出せない犯罪の温床だ。

 

 シロコが警戒を強めながらシロコ曰く『撮影用』のドローンをブラックマーケットの空に飛ばし、銃を構える。その様子からアヤネが慌てて懐から武器を出して、所在無さげに構えた。普通の街中で銃を構えると警戒されるけれど、ブラックマーケット内では銃を構えていないほうが警戒されるらしい。

 

 周囲の不躾な視線が減って、アヤネが片手でデバイスの操作をし始めた時──私の背中で、ホシノの体に力が籠もるのが分かった。驚いて立ち止まると、当然シロコもアヤネも立ち止まる。

 

「先生?」

 

「どうかされましたか? 目的地はあと480m先ですが……」

 

 "えっと……"

 

 先程まで規則的だった寝息が普通の呼吸に変わって、背中から明らかに早い鼓動を感じる。ちらり、と背中越しにホシノの顔を見ると、目を閉じて眠っているような表情だった。

 

 "……ホシノ? その、心臓の鼓動が……"

 

「……うへ。狸寝入りには自信あったんだけどな〜」

 

 心臓の音は無理だよー、とホシノが目を開き、へらりと笑う。相変わらずその右目に光は無く、顔や首元には痛々しい傷がある。けれどもこうして破顔するホシノからは、穏やかで落ち着いた雰囲気を感じた。

 ホシノの様子を見たアヤネは少し感極まった様子で、シロコは彼女にとって最大限の微笑を浮かべていた。

 

「ホシノ先輩……! 本当に無事で良かったです!」

 

「言ったでしょ、アヤネちゃん。おじさんはそこそこ丈夫だからって。……まあ、色々恥ずかしいところを見られちゃったのは大丈夫じゃないんだけどさ」

 

「恥ずかしくなんてない。私も先生と再会したときは取り乱したから。それに、ホシノ先輩はずっと立派だったから……差し引きはプラス」

 

「シロコ先輩、それはフォローになっているか微妙な気が……?」

 

「うへ~、差し引きマイナスになるのが怖いなー。おじさんは今の時点で、恥ずかしくて干からびそうだよ」

 

 "……ふふ"

 

 憑き物が落ちたように朗らかなホシノの笑顔に、私も小さく笑みがこぼれた。そうだよ。ホシノは、アビドスのみんなには、こうやって笑顔で楽しくいてほしいんだ。

 少しだけ場に和やかな空気が流れて、「それで」とホシノは私の肩に顎を乗せながら、シロコとアヤネを見た。

 

「今はどういう状況? 私はてっきり、今頃カイザーグループがアビドスを乗っ取ろうとしてるところだと思っていたんだけど」

 

「それについては、先生が解決してくださいました。ただ、問題が二つあって──」

 

 私達は目的地に向かって歩きながら、軽く現状をホシノに伝えた。ホシノは最初こそ私が借金や黒服の問題を解決したことに笑顔を浮かべていたけれど、セリカとノノミの話になった途端真剣な表情に変わった。

 

「なるほどね。相変わらず面倒だなぁ、カイザーグループのやり方は」

 

「今からノノミが監禁されているビルを襲う。多分戦闘にはならないはずだけど……ホシノ先輩は動ける?」

 

 シロコは純粋な心配を向けてホシノに言った。ホシノは少し考えた後に、私の両手で支えられた両足を少し動かす。……栄養失調や長い監禁の結果、酷く痩せた足元にはまるで力が入っていない。

 そもそもホシノがこうして普段通り話せているのがおかしいくらいなのだ。ホシノは少し気落ちした顔をした後、どうしてか私の顔をじっと見て、シロコの方を向いた。

 

「うーん……ちょっと厳しいかな。おじさん、本当に足腰がおじさんになっちゃってて、多分立って歩くのも難しいかも。……逃げられるのが怖かったのか分からないけど、黒服はおじさんの足を重点的に狙ってたからね」

 

 "……"

 

「……そういうことだから先生。しばらくはおじさんの足腰をよろしく〜」

 

 ホシノの言葉に、抑えていたものがゆらゆらと沸き立つのが分かった。それを敏感に察知したのか、ホシノがへらりと柔らかい笑顔で私に体重を預けて、それを取り除く。

 本当にホシノは良い生徒だね、と思いながら、私は笑顔で頷いた。

 

 "任せて。ホシノはしばらくお昼寝タイムで大丈夫だから"

 

「あれ、もしかしておじさん、寝言とか言ってた?」

 

「ん。先生の背中で『お昼寝にちょうどいい』って言ってた。出来れば私も体験したい」

 

「残念シロコちゃん。先生の体はしばらくおじさんが乗っ取ったよー」

 

 うへへー、特等席だ、と笑みを浮かべるホシノにシロコは「これは対抗策が必要だね」と何か恐ろしいセリフを呟いていた。アヤネは廃ビルの内部構造や出入り口、経路を確認するのに忙しくて会話に入ってこれていないけれど、横目で何度もこちらを確認していて、羨ましそうな顔をしていた。

 

 シロコとホシノの会話にツッコミを入れながら少し歩くと、徐々に廃ビルが目立つ区間に入り込んできた。シロコのドローンが少し前を先行し、それを目で追いながらアヤネがビルの図面らしきものを眺めている。

 

「全体像を把握して、経路を見て……次は建物の特性を考えて……遮蔽物と、利用できるものを確認して……まずは最短経路から逆算……」

 

 カイザーの基地からここまで歩いてくる中、時間があったからアヤネにこっそり屋内戦の基礎を口頭で教えていた。アヤネは頭が良いし、すごく丁寧な性格だから、私が教えた基礎を綺麗になぞっているみたいだ。

 

 ほどなくして、私達は一つのビルの前にたどり着いた。緑色のツタが全面に張った、今にも崩れそうな廃ビルだ。

 

「ここ、ですね」

 

「この地下にノノミが……」  

 

「……中から結構な数の気配がするね。なんだか張り詰めてるっぽいけど」

 

 ホシノの言う通り、崩れかけの廃ビルであるはずのそこからは、複数の気配を感じる。……前までなら気配みたいなあやふやなものは感じられなかったけれど、今はまるで五感に一つ新しいものが増えたみたいに理解が及ぶ。

 そんな私の第六感は、戦闘の予感を感じていた。

 

 "……一応、理事には無事にノノミを返すように約束させたんだけれど"

 

「この感じを見るに、理事もマーケットガードを完全に掌握してるわけじゃないみたいだねー」 

 

「マーケットガードにはノノミ先輩が人質になるくらい重要だって分かってただろうから、そのまま自分達で身代金要求をしようとしているんだと思う。ただ……」

 

「私達の高校に今電話を掛けても、誰も出れませんよね……」

 

 "……変なすれ違いとかだったらいいんだけど"

 

 私の言葉は夜のビルに吸い込まれ、微かに反響した。シロコが流れるように銃のセーフティを解除するのを見てなんとも言えない気持ちになりつつ、我は「とりあえず中に入ろうか」とホシノを背負いながら、廃ビルの中へと向かった。





多分この感じだと(3)くらいまで続くと思います。
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