プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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それでも手放さなかったもの(2)

 シロコを先頭に、アヤネと横並びでビルの中に入った。背中のホシノは先程までのへらりとした様子を潜めて、澄んだ左目で周囲をクリアリングしている。

 ……本当なら、今すぐにでも救護騎士団だったり救急医学部に時間を掛けて治療をしてもらいたいけれど、今はその時間がどうしても取れない。

 

 モヤモヤとした思いを押し込めていると、先頭のシロコが足を止めた。

 

「ん……誰?」

 

「誰、だと? 答えを知った上での質問は無意味だ」

 

 シロコが愛用の『WHITE FANG 465』を構え、ビルの暗闇に銃口を向けると、その向こう側から何か重いものを引きずるような音と共に、漆黒の重装備を着込んだマーケットガードオートマタと軽装備のブラックマーケットガードが闇の中から現れた。

 月光さえ微かな深夜、廃ビルの中を見据えるシロコの獣耳がピクリと震えた。同時にまた重厚な音が響き、複数人のマーケットガードオートマタが横一列に並んで武器を構える。

 

 彼らに囲まれたマーケットガードのリーダー格と思われる少女は黒いヘルメットとサングラスの奥にギラついた眼光を秘め、シロコを見据える。

 

「『覆面水着便利事務所』だったか……馬鹿らしい組織名だ。だが、どれだけ下らない相手であろうと、我々は我々の看板に泥を塗る者を許すことはない。例えカイザーの理事が何を言おうが、その事実は変わらない」

 

「……言いたいことは私にも分かる。この世界は、舐められたら終わりだから」

 

「そうだとも。どうやら貴様らはそれを理解した上で、我々を舐め腐ったらしいな……アビドス高等学校ども。そして貴様らを率いた諸悪の根源──陸八魔アル。奴には何が何でも、落とし前をつけさせてやる……!」

 

「……」

 

 シロコとアヤネがちらりとこちらを見た。や、やめて……この状況で真剣な顔をしてこっちを見ないで……私だってどう反応していいか分からないよ。多分、アルのコードネームが『CS1』だったから、アルが主犯だって勘違いされてるんだと思う。

 私達の微妙な空気を察知できないまま、マーケットガードのリーダーは気持ちを昂らせながら武器を構えた。

 

「だが、その前に貴様らをあの世に送ってやろう!」

 

「ッ! 先生っ!」

 

 "大丈夫! もう離れてるよ!"

 

「おぉ〜、おじさんもびっくりな判断スピードだね」  

 

 "ちょっとカッコ悪いのが玉にキズだけどね"

 

 シロコの右後ろに構えるアヤネの更に右後ろにある、壊れた防火扉に素早く身を滑り込ませる。流石は先生、と上機嫌に髪を揺らすホシノに軽口を返すと、激しい銃撃戦が始まった。

 シロコとアヤネ対マーケットガード達の戦闘は、はっきり言ってこちらの完全不利だ。ホシノが万全なら負ける要素は無いのだけれど、消耗したホシノを無理矢理戦わせるつもりなんて微塵も無い。

 

 シロコだってこれまでの頑張りの結果ボロボロだし、アヤネは寝不足と元々の体の弱さが戦闘をぎこちなくしている。

 

 この状況で取れる最善の選択肢はなんだ? 一時撤退? 建物の構造を利用した大規模な地形破壊? 撤退を視野に入れたゲリラ戦? それとも、私が『力』を扱う? 

 正面戦闘は愚策だ。かといってゲリラでの持久戦もこちらに不利がある。一度完全にここから引いて、時間を掛けて少しずつ削るのが最善手……なんだろうけれど、それは無理だ。

 

 だとすれば──取れる作戦は一つだけ。深く呼吸を吸って、この場の射線と自分の両足を見た。そして、遮蔽物の向こうで戦っている二人に届くように、大きく声を張る。

 

 "シロコ! アヤネ! 一点突破でいくよ!"

 

「うへ~……大胆だね、先生」

 

「わ、分かりました!」

 

「分かった。指示をお願い、先生」

 

「そう簡単に我らを押しのけられると思──」

 

 "シロコ、右にドローン!"

 

「──ターゲット、設定完了。火力支援、開始」

 

「チッ……! 何だあのドローンは! どこから湧いてきた!?」

 

 誰でもいい、あれを落とせ! とマーケットガードが口に出した瞬間、全力で足に力を込めて走り出した。背を屈め、ホシノを守りながら、素早く遮蔽から遮蔽に身を移して戦場を横断する。

 このビルの設計図は少し前にアヤネが確認していたのを横から盗み見て暗記した。

 ノノミが監禁されているのはこのビルの地下二階。今から行うのはそこへ向けた一点突破の電撃戦だ。武器や弾丸は『大人のカード』でどうにかなる。ちょっぴり限度額が怖いけれど、この戦闘分くらいなら大丈夫なはずだ。ノノミが無事ならば、武器の相性と攻撃範囲の関係でこちらが圧倒的に有利に立てる。

 

 脳裏に作戦を描きながら、全力で足を回す。少し背中のホシノが気掛かりだったけれど、流石にそこまで意識を回す余裕は無かった。ドローンを落とすためにマーケットオートマタの陣形が乱れる。その小さな隙間を見落とさず、走りながら声を張った。

 

 "シロコ! 私の進路を開いて! そのまま私を追い越すように前進! アヤネはシロコに追従しながらノノミの居る場所までシロコにナビゲートと私のサポートをお願い!"

 

「ん。任せて先生。アヤネ──」

 

「シロコ先輩、まずは突き当りまで100メートル前進の後、右手にある階段に直行です……! 私は気にせず走ってください!」

 

 アヤネの言葉にシロコが小さく頷いて、その体が躍動する。私の進む先に立つマーケットガードが無機質な瞳をこちらに向け、銃口をドローンから私に差し戻すが、既に遅い。正確無比なシロコの射撃がオートマタのカメラ部分を破壊し、私の隣をすり抜けたシロコがその体を蹴り飛ばす。

 重厚な金属の塊であるはずのオートマタ(自動人形)は缶蹴りの缶めいて空を跳び、別のオートマタに衝突してけたたましい音を立てた。

 

 ……疲労している状態でもこれだけの膂力を発揮できるシロコに抱き締められていた私は結構危なかったのかもしれない、なんて変なことを考えながら、シロコが開いてくれた道をアヤネと一緒に走り抜ける。

 背後から慌てた様子のマーケットガードの声が響き、それに合わせてゾロゾロとオートマタが私達の後を追い始めた。私は歯を食いしばりながら、どんどんと離れていくシロコの背中を追い掛けつつ、片手をポケットに突っ込む。

 

「うぇっ、先生……?」

 

 私の支えが減って少しホシノの体勢が崩れる。改めて首に巻き付く細いホシノの腕を感じながら、私はコートのポケットから『大人のカード』を取り出した。

 

 ……私は、シロコやアヤネ、ホシノみたいに強くはないかもしれない。銃弾を一発受ければ、すぐにでも死んでしまう人間だ。

 でも、と心の中で小さく思う。それは私が生徒たちの為に戦わない理由にはならないし、私が今、最善を尽くさない理由にもならないはずだ。

 

 私に出来る『最善』を尽くす為に、虚空に大人のカードを振りかざして、一丁の拳銃を虚空から呼び出す。続いて素早くカードをコートの内ポケットにしまい込んで、滑らかな動作で虚空の拳銃を掴むと、親指でセーフティーを切った。

 視界の隅に驚いて目を見開くホシノが見えた。

 

「先生が銃を握るのは初めて見たかも……」

 

 "確かに、実戦で使うのはこれが初めてだね"

 

 だから、ちょっと変でも見逃してね。そう言いながら、こちらに銃口を向けるオートマタの一体の足を狙って引き金を引く。走りながらの照準は不安定だったけれど、弾丸は綺麗にオートマタの足を撃ち抜いて転ばせる。

 ガシャン! と大きな音を立てて重厚な体が転がって……後続のオートマタがその体に巻き込まれてまた転ぶ。

 

「クソっ!? 何をやっている馬鹿オートマタ!」

 

「狙ったのはただのオートマタじゃなくて、シロコちゃん達との戦闘で足が不自由になってたオートマタだったね。狙いもピッタリだったし、凄いね先生」

 

 "まぐれ当たりだよ。運が良くて良かった"

 

 ホシノの言葉に謙遜しながら、曲がり角を曲がって足を回す。RABBIT小隊のミヤコにこっそり銃の扱いを教えてもらっていて良かった……。拳銃を片手にアヤネの後ろを追走して、階段を下りる。途中、頬のすぐ隣を流れ弾が通過してヒヤリとしたけれど、そんな私の気持ちを察したのか、ホシノが口を開く。

 

「大丈夫だよ、先生。私が先生の背中に居るから、私が張り付いてる場所なら守れるよ。これぞ天然のおじさんシールド──」

 

 "ホシノが傷つくなら、何も安心じゃないよ"

 

「そうですよ、ホシノ先輩! 変なことを言わないでください!」

 

 私の前を走っていたアヤネが背後への牽制射撃のために振り返りながら、少し怒った顔で言う。私とアヤネの言葉にホシノは目を丸くして、困ったように笑った。

 

「うへ……そんなに怒られるとは思わなかったなぁ。ごめんね、らしくないことを言っちゃったみたい」

 

 いつもアビドスのみんなの盾になって戦っているホシノだからこその言葉というのはわかるけれど、私はこれ以上、大切な生徒に傷付いてほしくない。

 少しぎこちない仕草で『コモンセンス』を構えて発砲するアヤネに追いついて、再び階段を下りる。途中、ホシノが考えるような声を出して、私にこう言った。

 

「んー……先生。右手の拳銃、私が借りてもいいかな? 盾になれないんだったら、せめて固定砲台にでもなろうかなって。このまま先生の背中でずっとすやすやしてるのは、おじさん嫌だなぁ」

 

 私は一瞬考えて、後ろ手でホシノに拳銃を手渡した。ホシノの体は大丈夫なのか。とにかくその一点がとても心配だったけれど、ホシノは私が両手でその体を背負い直したのを確認すると、私の首から片手を離して振り返り、三発発砲する。

 直後、背後から雪崩でも起きたのかと思う程の物音がして、思わず振り返った。

 

「あっ、えっ!? 流石です! ホシノ先輩!」

 

「先生の真似をしただけだよ。片目でも思ったより射撃精度は落ちてないみたい。よかったよかった〜」

 

 薄暗闇の向こうで、多くのオートマタがそれぞれに躓いて藻掻いている。階段から降りてきたオートマタが足元のオートマタに気付いて速度を落とすも、後続に押されて山の一つになる。

 山の底に倒れるオートマタは頭部のレンズや歪んだ足元を正確に撃ち抜かれており、動くにも動けない様子だった。

 

 その好機を逃さず、廃ビルの中を駆け抜ける。途中、先導しているシロコが倒したオートマタが死屍累々に倒れているのを見て、ホシノがボソリと呟いた。

 

「おぉー……やっぱりシロコちゃん、色々持ってるよね。SRTみたいな場所でちゃんと訓練してたら、おじさんよりも強くなりそう」

 

「これ以上シロコ先輩が強くなったら、キヴォトス中の銀行が大変ですね……」

 

「あはは! アヤネちゃん言うね〜。まあ、おじさんが見ている内は、カワイイ後輩にそんなことはさせないよ」

 

「あっ……」

 

「ん……?」

 

 ……アヤネ、そんな顔で私を見ないで。あの銀行強盗には……えっと、そう。色々と正当性があったから。脳内で言い訳しつつ、いずれ来るホシノ達への説明に私は苦笑いが漏れた。

 ホシノは私の表情に首を傾げていたけれど、何かに気づいたように顔を進路方向に向けた。同時に通路の奥から、ドォン! と何かが爆発する音が響く。

 

 アヤネと急いで駆けつけると、そこには難しい顔をして立ち尽くすシロコと、煙を立てて派手に変形した鉄の扉があった。

 

「シロコ先輩! 大丈夫ですか!? 何か大きな爆発音が……あれ」

 

「ん。大丈夫。さっきアヤネから聞いた座標はここだったから、便利屋の小さい爆弾魔から借りて、そのまま貰った手榴弾を使ってみたんだけれど……思ってたより火力が強かった」

 

「この扉、カイザーPMCの基地でよく見るセキュリティドアだね。びっくりするぐらい固いから、並の爆薬じゃ歯が立たないはずなんだけど……」

 

 "折り畳んだ後に開きなおしたアルミホイルみたいになってるね……"

 

 改めて見たシロコは随所に新しい傷を負っているけれど、見た限り掠り傷程度のものが多かった。どちらかという先程の爆発で煤やホコリを被ったのが目立っている。

 シロコに大きな怪我が無いことに安堵しながら、扉を見た。便利屋の小さい爆弾魔……多分、ムツキから貰った爆弾によって、扉はべこべこに凹んでいる。

 扉のすぐ隣の壁には指紋認証とパスワードを入力するキーパッドがあって、それを入力しないと開かない仕組みだったようだけれど、マスターキー(物理的破壊)には敵わなかったみたいだ。

 

 ムツキには後でお礼を言わないと、と思いながら、みんなに目配せをして、未だ煙が目立つ扉の向こうに進んだ。一応、座標的にはここがノノミの監禁場所のはずだけれど、考えていると──煙の向こうから、聞き慣れた柔らかな声が聞こえた。

 

「あ……火薬の匂い」

 

 その声に全員が固まって、すぐに走り出す。煙を抜けた先、縦に長い部屋の奥に、椅子に拘束されたノノミが居た。目元にはぐるぐると布を巻かれ、両耳は分厚い遮音用イヤーマフが取り付けられていた。恐らくは口元にも布が噛まされていたみたいだけれど、それはノノミが上手く外したのか、首元にだらりと垂れていた。

 ノノミは長い監禁生活で痩せてやつれたような雰囲気はあるけれど、人質として監禁されていたことも相まってか、その体に目立つ傷は無い。

 

「んんー? ……もしかして誰か私の前に居ますか?」

 

「ノノミちゃんは無事か〜。良かったー、おじさん安心したよ」

 

「ノノミ先輩! 良かった……!」

 

「目立つ傷は無い……これでノノミも助けられたね」

 

 全員が安堵の息を吐く中、アヤネがノノミのイヤーマフと目元の布をそっと取り外した。一瞬眩しそうな表情をしたノノミが目を瞬かせて、アビドスのみんなと……私を見つめる。一瞬、間があって、ノノミの目からほろりと涙が溢れた。

 

「先、生……? シロコちゃんも、アヤネちゃんも……ホシノ先輩も? ……夢、でしょうか?」

 

 "夢じゃないよ、ノノミ。遅くなってごめんね"

 

「お待たせ、ノノミちゃん。おじさんも先生に助けられた時は同じ反応だったけど、夢じゃないから安心してー」

 

 私とホシノの言葉に、ノノミは感極まったように顔を歪めると、堰を切ったように涙が溢れ出した。私はそっとその側に近寄ると、手足の拘束を『なんでも開けられるよ君2号』で解錠する。

 拘束を外した途端、ノノミは椅子から立ち上がって、私とホシノに抱きついた。

 

「うぅっ……! 先生、です! ホシノ先輩も……!」

 

 "ぐぇえ……! ノノミ、息が……!"

 

「ノ、ノノミちゃん、一旦離して。おじさんは大丈夫だけど、先生が……」

 

「嫌ですっ! もう離しません! 二人とも、どうしてどこかに行っちゃったんですか! ホシノ先輩は何も私に言ってくれなかったんですか! 私、私はっ……!」

 

「うへ……それを言われるとおじさんは何も言えないなー」

 

 あっ、すごい。前後からの圧力で背骨が引き伸ばされてるのを感じる。このままだとホシノとノノミに挟まれて圧死する。いや、その前にノノミの胸と首に回ってるホシノの腕で呼吸が出来なくて、窒息──

 

「ぅう……でも、二人とも無事で良かったです……! 本当に良かったぁ……!」

 

「あー、このままだと無事じゃなくなるかもー」

 

「ノノミ先輩! えっと、その、先生が!」

 

「へ……? あっ、先生! す、すみません!」

 

 "ゴホッ、ゴホッ……! う、うん、大丈夫だよ、ノノミ。悪いのは私の方だから、気にしないで"

 

 呼吸を整えながら、なんとか笑顔を作る。相変わらずノノミは私とホシノを抱き締めたままだが、腕に籠もった力は柔らかくなっている。息が触れるような距離で見たノノミの顔は涙で濡れて表情が歪み、けれども翡翠色の瞳は寸分違わず私を見つめていた。

 

「先生……本当に、先生です……ちゃんと温かくて、優しい……でも、どうして先生がここに居るんですか?」

 

 涙声のノノミは純粋な目でそれを聞いて、私はそれに口を開いた。けれど、それと同時にシロコの耳がピクリと動いて、背後のホシノが身動きをする。

 ……そうだね。感動の再会に合わせて、たくさん話したいことがあるけれど、今はちょっと難しいかな。私の表情の変化にノノミは首を傾げるのを見ながら、私は言った。

 

"ノノミにたくさん話したいことがあるけれど……その前に、ノノミの力を借りてもいいかな?"

 

「私の力、ですか……?」

 

 重装甲のマーケットガードオートマタの相手はシロコとアヤネだけでは難しい。唯一対抗できたホシノも今は動けない。ただ、ノノミの重火器なら、装甲を貫通してオートマタ達を纏めて倒せる。ノノミ自身は屋内戦が苦手と口にしていたけれど、この程度の相手ならば、ノノミの掃射で十分倒しきれるはずだ。

 

 ホシノとノノミに前後を挟まれた不思議な状況で、私はノノミに向けて口を開いた。






実はノノミの目元の布を外す場面で内なる邪悪な私が『ここでノノミの両目が欠損してたらめちゃめちゃ"良い"と思わないか……?』と囁いていたのですが、流石にそれをやると鬱シナリオすぎるのとプレ先生が発狂してブラックマーケットどころかアビドス全域が†消滅†するのでお蔵入りになりました。
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