プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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待たせたな。



それでも手放さなかったもの(4)

 思考が渦を巻いて停滞しているのが分かる。多くの予想と要素が絡み合って、枝分かれして……そのどれもが、赤く塗りつぶされた『終わり』に辿り着いていくのが分かる。

 少しでもその可能性を考えなかったということは無い。このアビドス砂漠に眠る白き蛇。デカグラマトンの預言者であり、『違いを痛感する静観の理解者』の名を持つ者。

 

「──生? 先生?」

 

「うーん……なんだか考え込んでるみたいだねー」

 

「『ビナー』、というのは一体……?」

 

「なんだか可愛い響きの単語ですね〜。多分、あまり良くない名前?なのかもしれませんが……」

 

 もしも、もしも本当にヘルメット団がセリカを砂漠に埋めようとしている最中にビナーに遭遇したとしたら?その場合に起こりうることは……駄目だ。『終わり』を考えることに意味は無い。

 とにかく冷静にならないといけない。深く息を吸って……そこで、心配そうに私を見つめるシロコ達に気付いた。

 

 "あ……ご、ごめんね。ちょっと……考え込んじゃって"

 

「うん。それは大丈夫。それで、先生は何を考えてたの?」

 

 "……"

 

「先生?」

 

 口が開いて、言葉が出なかった。ここでシロコ達にビナーについて説明して……それからどうする?

 眼の前で心配そうに私を見つめるシロコの姿は、はっきり言ってボロボロだった。綺麗な髪も、肌も荒れて、血色も悪い。指先はささくれ立っていて、隠しているけれど何箇所か服に血が滲んでいる場所があった。目に見える傷だけじゃない。ここまで一人で頑張ってきた心労も、物理的な疲労も、栄養不足も、眠気も彼女を蝕んでいる。

 シロコも、アヤネも、ノノミも……ホシノなんて、平気そうな顔をしているけれど、すぐにでも誰かに見せないといけない傷を負っているはずだ。

 

 "あぁ……"

 

 これは、無理だ。その言葉だけは飲み込んだ。シロコの目にまた心配が増えて、傷の目立つ足が一歩前に出る。

 

「先生。私は大丈夫。先生が見ててくれるなら、私は頑張れるから」

 

 "……ありがとう、シロコ"

 

 でもね、と私は一つ言葉を置いて、皆に向き合った。ホシノが澄んだ左目で私の表情を見つめて、何かを悟った顔をした。

 

 "でも大丈夫。大丈夫だよ。私が……なんとかするから。もう、失敗はしないから"

 

「せ、先生……私には、先生の言っていることがよく分からない。次はヘルメット団のアジトに襲撃をして、それから──」

 

 シロコの言葉を遮って、私はできるだけ穏やかな口調で言葉を挟んだ。

 

 "──皆に、私からお願いするね。……学校に戻って、ゆっくり休んでて。後は私が、責任を取るから"

 

「っ……!?待って、先生!それは……それはおかしいよ」

 

「そ、そうですよ先生!私達はまだ、じゃなくて、その、セリカちゃんが……」

 

「そうですね〜……。先生、シロコちゃんもアヤネちゃんもこう言っていますし、事情だけでも私達に教えてくれませんか?」

 

 "……"

 

 目を白黒させる二人と違って、ノノミはいつも通り穏やかな瞳で私を見ていた。けれどもその瞳は穏やかであるが故に、言い逃れや誤魔化しを許さない力がある。

 少しだけ、頭の中で色々と思考を巡らせて、口を開いた。

 

 "……ちょっと、事情が変わっちゃってね。もしかしたらセリカは、このキヴォトスでも指折りに危険な場所に居るかもしれないんだ"

 

「それが、先程先生が仰っていた、『ビナー』……なんですか?」

 

「……先生は私達が心配だから、学校に居てほしいんだね。でも、そうだとしても……いや、そうだからこそ、私は先生の『お願い』は聞けない」

 

 "うん、そうだよね。シロコはセリカが大切──"

 

「それだけじゃない!」

 

 朧気な月明かりを引き裂くように、シロコが大声を張った。シロコはあまり大きな声を出す子じゃない。感情に任せて何かを叫ぶよりも、行動で、あるいは態度でそれを示す子だ。だから、聞き慣れないシロコの大声に、私は何も言葉を返せなかった。

 シロコは私を睨むように見つめて唇の端を噛み締めていた。何が彼女にそんな表情をさせるのか。それが分からない私へ、それを教えるようにシロコは叫んだ。

 

「私には、先生も大切だから……!もう傷ついて欲しくない、もう何処にも行ってほしくない……!」

 

 "……"

 

「それがわがままなのは分かってるよ。先生を困らせるのも分かってる。でも、私は……先生が誰かのために傷付いたり、苦しんだりする『責任』を背負うのは……もう、嫌だよ」

 

 ……そうだよね。『向こう側』の私もそうだったけれど、こちら側の私はより多く、避けられない『終わり』を避ける為に何度も身を削った。その事実が如実に現れているのが、私の煤けた大人のカードだ。

『向こう側』と違って、私のカードは目を凝らさないと口座番号も読めない。今のシロコはそこまで知っていないと思うけれど、私の中での優先順位がどうなっているのかくらいは、きっと分かってるんだと思う。

 

 私の中で一番優先されるべきなのは生徒であるシロコ達の青春だ。その為なら私は……何を犠牲にしても、どんな対価を払ってもいい。

 シロコにとって、それは耐え難いことなのかもしれないけれど──

 

 "ごめんね、シロコ"

 

「っ……。先生、どうして……」

 

 "それが、大人のやるべきことだから"

 

「……」

 

 "大丈夫だよ、シロコ。言ってなかったかもしれないけど、今の私はスーパー先生状態だからね。ビームくらいはなんとか出来るはず"

 

 雰囲気を和ませるためにわざと冗談めかした言い方をしたけれど、シロコを含め皆から『今はそういうのいいから』という目を向けられてしまった。一応冗談じゃないんだけど……多分皆からしたら、私はひ弱な大人という印象が拭えないんだと思う。

 ただ、既に私の中で私のやるべきことは定まっていた。どうやってシロコ達を納得させようか。そんな考えが頭の中をグルグルと回って……私の背後から声が響いた。

 

「……ノノミちゃん、まだ荷物は持てそう?」

 

「荷物、ですか?それは……はい。今持っているこの子は、いつもの子よりも軽いので」

 

 ホシノの言葉にそう返したノノミが目を見開いて、続けてシロコ達も言葉を失った。そんなシロコ達を視界に収めているだろうに、ホシノはいつもと変わらない口調で言う。

 

「それじゃあ、ノノミちゃんにはおじさんを背負ってもらおうかな〜。いやぁ、折角の特等席だったんだけど、しょうがないねー」

 

「っ……!ホシノ先輩──」

 

「うん、シロコちゃんの言いたいことは分かるよ。でもねー、多分ここでその話をしても、感情の押し付け合いになるだけだと思うんだー」

 

 ホシノの言うことは正しい。この会話は既に『私を心配するシロコ達』と『みんなを大切に思う私』の気持ちのぶつかり合いになっている。双方が双方の気持ちを押し通そうとする限りは、文字通りの平行線になってしまう。

 けれど、ホシノよりも割り切りが出来ないシロコと……その隣のアヤネはまだ毅然とした目で私と向き合おうとしている。どうしようかな、と考えを巡らせるより早く、ひょい、と背中から重さと暖かさが消えた。

 

 "っ!? ホシノ……"

 

「うへ。やっぱり全然立てないね〜。アキレス腱は切れちゃってるかなー」

 

 背中から離れたホシノは、立つことも出来ず地面に両膝を着いて、にへらと笑っている。少し足を動かしては顔を引きつらせるその姿は、翼の折れた鳥のようだった。

 慌ててホシノを背負い直そうとしたけれど……そんな私に、ホシノは小さく笑う。

 

「いいのかな?先生。先生は一人でセリカちゃんを探しに行くんでしょ?それとも……おじさんだけは連れていってくれるのかな?」

 

 "……"

 

 ホシノの身体に伸ばした両手が止まる。その傷だらけの身体を、細い体躯を持ち上げようとしていた腕が糸で縛られたように動かなかった。こんなにボロボロのホシノを連れていって、私に何が出来る?本当にビナーが居たとして、アレを相手に私はホシノの安全を保障できるのかな?

 

 ──今なら出来るよ、と後頭部から知らない声が私に嘯いて……頭を振った。

 

 "…………ごめんね、ホシノ"

 

 私がそう言うと、ホシノは嬉しいような寂しいような、そんな曖昧な表情を浮かべた後、ノノミに向かって手を伸ばした。

 

「さーさー、そういうことだよノノミちゃん。ダンベル代わりに、おじさんをベッドへ運んでいって欲しいな〜」

 

「先輩……はい。分かりました」

 

 ノノミが一瞬私を見た後、ホシノに近寄って軽く背負う。

 

「おー……流石はノノミちゃん。乗り心地抜群だねー。ちなみにおじさん重かったりしない?」

 

「いえ、いつも持っているダンベルよりは全く……あっ」

 

 ノノミが言葉の途中で私に気付いて恥ずかしそうな顔をする。もしかしたら、女の子らしくないことを言っちゃったと思ってるのかな? あの大きさのミニガンを連射している時点でなんとも言えないところだけど……そこには触れないでおこう。

 

「……」

 

「……ホシノ先輩」

 

 アヤネとシロコはまだ納得がいかない様子でホシノの名前を呼んだけれど、ホシノは何も言わずに二人を見つめた。途端に、二人は息を呑んで口を閉じる。私からはホシノの曇った左目しか見えないけれど、ホシノを正面から見ている二人には私に見えない何かが見えたみたいだった。

 二人が口を閉ざしたのを見つめると、ホシノは陽気ないつもの声音で「それじゃ〜、私達のアビドスに出発進行ー」とボロボロの手を掲げる。

 ホシノを背負うノノミが一度、困ったような笑顔で私を見つめてから、ホシノの言葉に従ってゆっくりと歩き出した。

 

 一際冷えた砂漠の風が吹いて、私を見つめるシロコとアヤネの髪を巻き上げた。そしてアヤネがゆっくりと私に背を向けて、シロコだけが私の前に立っている。最後の最後まで、シロコは歯を食いしばって私の足元を見ていた。

 また強い北風が吹いた時、それに揺られながらシロコが私に背を向ける。

 

 ふらふらと覚束ない足取りで私から離れていくみんなの背中を見送ってから、踵を返す。私には、やらなければならない仕事がある。果たさなくてはいけない義務があるんだ。

 一言だけ、全てを間近で見ていたマーケットガードのリーダーに感謝を告げて、廃ビルが並ぶブラックマーケットへと歩き出す。

 

 ──最後に見送ったホシノは、一度として私に振り返ることは無かった。

 

 

 

 "さて、頑張ろうか"

 

 ふう、と一呼吸を吐いて歩き出す。ヘルメット団のアジトについては、カイザーPMC理事に場所を聞いている。幸いここから大して離れた場所じゃなかったから、徒歩で距離を詰めていく。

 

「おい、アイツ……」

 

「……やめとくか」

 

「おっと、へへっ……一人か」

 

 "……"

 

 やはりというか、この場所は治安が悪いの一言では足りないくらいに淀んだ環境だ。これまでは武器を持ったシロコが常に睨みを効かせていたから、こういった悪どい目線は無かった。けれど今は、ボロボロのコートを着た無防備な男が一人だ。

 正直、いつスケバンやマーケットのならず者達が手を出してくるか分かったものじゃない。……出来れば今だけは、邪魔をしてほしくない。

 

 "気が立ってて、手加減に自信が無い……"

 

 ほんの少しでも気を抜くと、私が一歩踏み締めた足跡から極小の砂嵐が渦になって、緩やかに消えていく。ほんの一瞬だけ、私の背後に黄金の光輪と後光が差すのを感じた。

 

「あん?なんだよ、今の……」

 

「今のノイズは?ジャミングか?」

 

「ヘッドパーツのOSアップデートサボりすぎたなこりゃ」

 

「……ブツを引き上げておけ。割に合わん」

 

 やけに静かになったマーケットをしばらく歩いていると、向かう先から喧騒を感じた。多くの声が入り混じって、てんやわんやと騒いでいるのが聞こえる。位置的にはヘルメット団のアジトで間違いなさそうだ。

 少しだけマーケットガードリーダーの情報が頭を過って、喧騒の方角に向かって歩く。少しすると、物音の正体がはっきりした。

 

「おいっ!包帯は何処だよ!こっち全然足りてない!」

 

「鎮痛剤、出来れば非ステロイド系!」

 

「あるかってそんな上等なもん!痛み止めでも噛んでろよ!」

 

「うぅ……砂、蛇……」

 

「クソっ……誰だよ、あんな場所まで行く計画立てたのはぁ……!一発撃たせろ……!」

 

 ヘルメット団のアジトは、まるで野戦病院のような様子だった。多分事務所らしい雑居ビルの中には、全身傷だらけの団員達が雑魚寝で呻いている。みんな酷い怪我をしているけれど、その傷口は砂に塗れていた。

 そんな風に事務所の中を覗いていると、包帯を運んでいた団員の一人と目が合った。

 

「クソっ、なんであたしがこんな……はっ!?だ、誰だお前!!」

 

 "こんにちは。急に押し掛けてごめんね。私は──"

 

「ぶ、武器を持ってこいー!」

 

「はぁ!?何だよ、このタイミングでマーケットの連中のカチコミかぁ!?」

 

「マーケットの連中とは金で折り合いがついたんじゃないのかよ!」

 

 事前に連絡をするだけの余裕も手段もなかったから、その分穏便に済むように優しく声を掛けたつもりだったけれど……あまり意味は無かったみたいだ。熱湯を掛けられた蟻の巣みたいに、ヘルメット団の面々は大慌てで武器を手に、怪我人を背に私を威嚇する。

 

 "……私には君達を傷つける気は無いよ。ほら、武器だって持って無──"

 

「ッ!?全員、ぶちかませーッ!!」

 

 "あっ"

 

 なるべく柔和な笑顔で空っぽのコートの中を見せて安心させようとしたんだけれど、逆効果だったみたいだ。私に向けられた銃口に閃光が走って、数十発の弾丸が飛び出す。私が何度かまとめて死んでしまいそうなほどの弾幕がしばらく続いて、さっと止んだ。

 閉所で複数の銃火器を発砲した影響で、濃い硝煙が事務所の中に漂っている。からん、からん、とヘルメット団の面々の足元で空の薬莢が転がる音が響いた。

 

 "……人の話は最後まで聞くこと。問答無用で発砲しちゃうと、話し合いも出来ないよ"

 

「なっ……」

 

「は、はぁ!?」

 

「──」

 

 カランカラン、と弾丸が私の足元に零れ落ちる。ヘルメット団の面々は目を剥いているみたいだ。まあ、仕方がないと思う。私に向かって放った弾丸……その約半数が私の両手に握り込まれているのだから。

 また私の手から溢れた弾丸が床に落ちて転がる。弾丸を手に持ってても仕方がないし、ちょっと熱いからざっと床に落とすと、ヘルメット団の一人が一歩後退った。

 

「クソ、何が……どうなってるんだよ」

 

「絶対夢だ……そうじゃなかったら薬のせいだ……」

 

 なんだか予想以上に怯えられている気がする……。理事にやったみたいに空中に縫い止めると怖がられてしまうし、噂になってしまうとあまり良くないと思ったから、私に当たる弾だけをこっそり手元に引き寄せたんだけど……。

 

 "……まあ、いいか。さて、君達──色々と教えてほしいことがあるんだけれど"

 

 色々と思うところはあるけれど、彼女達はまだ子供だし、諸悪の根源はカイザー理事だ。とはいえ、今は本当に時間が惜しい。出来るだけ柔和にした私の言葉を皮切りに、ヘルメット団への尋問が始まった。






行動から分かる通り、現在先生はマジのマジで余裕ゼロなのでヘルメット団相手の対応は先生基準で結構塩です。
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