プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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Unwelcome School

 ──ジリリリリリ!! ジリリリリリ!! 

 

「……」

 

 アビドス自治区の端、殆ど人の寄り付かない小さなビルの中で、電話のベルが鳴り続けていた。それをじっと見つめる少女の瞳は、ゾッとするほど冷めている。

 熱された鉄のように、赤と橙の中間に染まった瞳。桃にも赤にも見える独特の長髪。声を発さず電話機を見つめる少女の姿には、ともすれば悪魔的と言ってもよい気品があった。

 

「……はぁ」

 

 そんな少女──陸八魔アルから次に出たのは、苦労人の単語が似合うため息。携えていた雰囲気が一気に霧散し、アルは頭を抱えながら電話機を見続ける。普段ならば、ワンコールと持たずに飛びついて、練習した優雅な電話対応を見せるのだが……今は少し、気分が悪い。

 

「ん〜? アルちゃん、電話出ないの?」

 

「……まあ、社長にもそういう時はあるでしょ。この前は結構落ち込んでたし」

 

「あ、アル様、えっと、その……わわ、私が出ましょうか? あっ、いえこれはアル様の体調を気遣ってのことでっ! 別にアル様の電話対応が悪いだとかそういうことでは──」

 

 電話に出ないだけで騒がしい面々を一瞥して、アルは受話器に手を伸ばす。白い手袋に包まれた指先がそれを掴んで……持ち上がらない。脳裏に過るのは、先日に受けた依頼のことだった。

 

 ヘルメット団を使って、アビドス高等学校の生徒たちを襲撃しろ、という依頼。結局の所、それは失敗に終わった。先生に率いられた彼女達に完敗し、彼女達に恩を着せられた挙げ句、お世話になっていたラーメン屋さんを爆破してしまった。

 それだけであれば、まだアルは気落ちして、これもアウトローよ! と切り替えができたのかもしれない。

 

 だが、そこから先が問題だった。シャーレが何者かに爆破され、その犯人の容疑者として便利屋68の名前が上がってしまったのだ。その結果、風紀委員が出張ってきて、紆余曲折の果てにアビドスと共闘して、そこからなんとか逃げ出して……そんな風に、一度は肩を並べた彼女達が、今はそれぞれバラバラになっている。

 一人はアビドス砂漠の下に、もう一人はブラックマーケットの闇の中に、そしてもう一人は行方も掴めない。

 

 それらをアルが実行したわけでは当然無いが……それでも、思うところはあった。

 一度だけ、気の迷いでアビドスを偵察しに行ったアルは、そこで彼女達の凄惨な状況を見た。ボロボロの校舎も、傷だらけで足を引きずりながら学校へ帰る砂狼シロコの姿も、窓から覗く奥空アヤネの絶望した表情も見た。

 だから、思ってしまったのだ。

 

 もしかして──私たちのせいで、こうなっているの? 

 

 陸八魔アルはアウトローで、便利屋68は法律にも何者にも縛られない、自由な組織だ。ならば当然、誰かを傷付ける覚悟なんて……出来ている、はずだったのだ。

 

 ──ジリリリリリ! ジリリリリリ! 

 

 繰り返し、呼び鈴が鳴っている。……ああもし、この場に先生が居てくれたら……そうでなくとも、連絡が取れさえすれば。何が良くて何が悪いのか、この曖昧に混ざり合った頭の中も解いてくれるかしら。

 アルは静かに唇を噛んで、その甘い妄想を振り払う。そして、静かに呼吸を落ち着かせると、表情を固め、滑らかに受話器を上げた。

 

「──大変お待たせ致しました。便利屋68、陸八魔です」

 

 "あ、繋がった。アル、お疲れ様。私だよ"

 

「……………………?????」

 

 アルは最初、耳を疑った。次に自分の頭を疑った。最近は本当に経営が逼迫しすぎて、一杯のラーメンをみんなでシェアするような生活だったので、遂に限界が来たのだと思ったのだ。事実、栄養不足の脳みそは耳から入ってきた情報を処理しきれず、アルは目を剥きながらフリーズしていた。

 

 それを知らない先生は、電話が繋がった安心からか、和やかな雰囲気で言葉を続ける。

 

 "ちょっと困っていることがあってね、アルに……便利屋に依頼したいことがあるんだけど"

 

「……」

 

 "……えーっと、アル?"

 

 もしもーし、と先生の声が電話口で聞こえている。アルは一度受話器を耳から離して、何故か目で受話器を確認した。スマホでは無いので着信先は表示されていないのだが、それだけアルはテンパっていたのだ。

 その様子は他の便利屋達にも当然奇異に映る。

 

「社長? 本当にどうしたの? ハルカじゃないけど、アレなら電話代わる?」

 

「あ、アル様……? もも、もしかして私がアル様の電話対応について話したからですかね? 私のせいで、その、何がが──」

 

 カヨコは真剣に心配し、ハルカはいつものように取り乱し……そして、一番アルに近いソファに座っていたムツキだけが、電話口から聞こえた声に固まった。

 

「……えっ?」

 

 いつも飄々として、小悪魔の三文字を体現しているムツキが、驚きに目を見開いて固まっている。その様子に、どうやらアルがいつも通りポンコツを発揮している訳ではなさそうだと感づいた二人の前で、アルがようやく長いフリーズから再起動した。

 がしかし、タイミングが遅すぎたらしい。

 

 "うーん……こっちの声が聞こえてないみたいだね。一回掛け直すよ"

 

「待っ──!?」

 

 プチっ、と非常に軽い音を立てて電話が切れる。ツー、ツーと受話器が音を垂れ流して、アルは呆然とした。

 

 ──え、先生? 先生? なんで? 一ヶ月前に重体にって……え? 

 

 アルの思考は混乱を極め、そして一つの結論に辿り着いた。その目が部屋を泳ぎ、同じく呆然とするムツキに向けられる。

 

「……ドッキリかしら?」 

 

「え? どういうこと? 全然意味わかんないんだけど?」

 

「えっ? いつものイタズラ……じゃないの?」

 

「二人共、本当にどうしたの? いつもみたいに変な間違い電話?」

 

「あ、アル様を傷付けた人が居るんですか!? 教えて下さい! 私、私が、その、ちゃんと『お返し』するので……!」

 

 一気にしっちゃかめっちゃかになる便利屋の事務所を鎮めるように、またしても電話の着信音が鳴り始めた。先生は言葉通り折り返しただけなのだが、アルは慌てふためき、ムツキは埒が開かないと自分で電話に出るためにソファから立ち上がり、釣られてカヨコもハルカも社長席に向かう。

 

「ちょっ!? えっと、その……」

 

「アルちゃん、もう私が出ていいよね? 間違い電話とかじゃないでしょ?」

 

「二人は何をそんなに慌ててるの……?」

 

「だ、だって! 電話に出たら先生の声が聞こえたのよ!? 焦らない訳ないじゃない!」

 

「えっ」

 

「せせ、先生!? それって、シャーレの先生ですか!?」

 

「やっぱりさっきの声、先生だったんだ……」

 

「ちょっと待って、社長。それ本当に先生なの? どう考えてもあり得ないし、あり得るとしたら詐欺なんだけど。それかミレニアム辺りのふざけた発明品とか」

 

「私が先生の声を聞き間違える訳ないじゃない! ……って、これは変な意味じゃないのよ!? あくまで先生は経営顧問、そう、経営顧問の声を聞き間違える社長なんて居ないのよ!」

 

「アルちゃん落ち着きなって。慌てすぎて変なこと言ってるから。ってことで、電話は私が出るね〜☆」

 

「あ、電話に出るんだったらスピーカーにして。社長一人なら分からないけど、私達全員で確認すれば確実だから」

 

「そうだね。じゃあスピーカー……って、この電話古すぎてスピーカーに出来ないんだけど」

 

「古すぎるんじゃなくてこれはレトロなの! 便利屋の事務所に相応しいビンテージの電話といったら黒電話に決まってるのよ!」

 

「で、でもそれ、私が公園から拾ってきた古い電話機──」

 

 ぐだぐだと終わりの見えない話にカヨコがため息をつき、目線でムツキに合図をする。それを受けたムツキは一転、小悪魔な笑みを浮かべて、鳴り響く電話を取った。

 

「はーい、代理で出ました便利屋68のムツキでーす☆」

 

 "あ、ムツキ。お疲れ様、私だよ。ムツキが電話に出てるってことは、便利屋の皆もそこに居るんだね"

 

 なるべくいつも通りを意識して電話に出たムツキだったが、電話口から聞こえた声に一瞬固まる。聞いた瞬間に分かってしまったのだ。あ、これ本当に先生だ、と。だが、まだカヨコが言うようにミレニアム辺りのイタズラか、ゲヘナの陽動作戦かもしれない。

 珍しく笑みを引き攣らせながら、ムツキは先生にカマを掛けてみる。

 

「わっ、凄い。本当に先生じゃん。アルちゃんが言ってたのって嘘じゃなかったんだね〜」

 

 "あはは……もしかしてアルは結構びっくりしちゃってるかな?"

 

「してるしてる〜! 途中なんて白目剥いてたもん。まあでもしょうがないよね。……本当なら、先生から電話なんて掛かってくるはずないし」

 

 電話口の先生が何かを感じ取ったように口を閉じる。さてさて、なんて答えるのかな〜、と小悪魔的に笑うムツキに対して、電話口から小さく先生の笑う声が聞こえた。

 

 "……ふふ。そういえば、ムツキと一緒に『秘密の依頼』をこなしたときの領収書、まだ持ってるよ"

 

「えっ?」

 

 "まずいちごクレープが二つでしょ? 次にバナナクレープ二つ、チョコクレープと……あ、遊園地に行ったときの領収書もあるね。あと、図書館に入るときの入館券も。結局、どれも経費で上げられなかったから大変だったよ……"

 

「……あははっ!」

 

 どんな言い訳を考えるのかと思っていた。これだけ用意周到にやるのなら、それなりに辻褄のあったことを言ってくるのかもしれない。そんな予想は、思い出し笑いと共に語られた先生の言葉に全部打ち砕かれてしまった。

 満面の笑みを浮かべるムツキにアルもカヨコもハルカも固まるが、彼女らに対してムツキはパチンとウインクをした。

 

「これ、絶対本物の先生だねっ!」

 

「ほ、本物ですか……!? あっ、も、もしかして幽霊ですかね? 幽霊だったら全部に説明がつきますし……」

 

「流石に幽霊は無いんじゃない? ……でも、そこまで自信があるんだったら、偽物の可能性は少ない、かも」

 

 まだ確定じゃないけどね、と相変わらず一歩引いた姿勢のカヨコの言葉で、便利屋達の中で一先ず電話口の先生は本物らしい、ということに落ち着いた。同時に、アルが何かを思い出したように受話器を持つムツキを見た。

 

「あっ……そういえば、先生は私達に依頼したいことがあるって言ってたけれど」

 

「ふーん、そうなんだ。ねー、先生。私達に依頼があるってホント?」

 

 "うん、本物だよ。結構マズイ状況でね、頼れるのはもう便利屋だけ……ん? いや、シロコは──"

 

「んー?」

 

 何やら電話口が騒がしい。私も頼るべきとか、充分信頼してるよ、とかでごちゃごちゃとしている。この声は……アビドスの子たちの声かな? とムツキは一瞬思案を巡らせて、「先生〜?」と少し声を張る。

 

「かわいい〜ムツキちゃんと電話してるのに、他の女の子に夢中になっちゃうんだ〜? あーぁ、悲しいなぁ」

 

「ほ、他の女の子……!?」

 

「ちょっと声が聞こえたけど、多分、アビドスの生徒達じゃない?」

 

「あ、アビドスの生徒、ですか……? うぅ、私、あの人達と戦うとしたら、ちょっと自信が……い、今のうちに爆弾を仕掛けてきましょうか!?」

 

「お、落ち着きなさいハルカ! ほら、それはちゃんとしまって! なんで戦う前提なのよ!」

 

「社長も大概落ち着いてないけど」

 

 便利屋も先生も一時ゴタゴタと状況が乱れていたが、程なくして先生が電話口に戻ってくる。

 

 "ご、ごめんねムツキ……。えっと、どこまで話したっけ?"

 

「私達に依頼があるってところー。……それで? 本当なら病院で寝っ転がってるはずの先生は何がお望みなの?」

 

 "あはは……それは後で説明するんだけどね、取り敢えず依頼したいことがあって"

 

「うん」

 

 相槌を打ちながら、ムツキは受話器から耳を離した。アル、カヨコ、ハルカはそれを囲んで、耳を澄ませる。そんな状況の中、変わらぬ調子で先生はこう続けた。

 

 "──これからアビドスの生徒とブラックマーケットの銀行を襲うんだけど、協力してくれないかな?"

 

「ええっ!? ……ええっ!?」

 

「……これやっぱり偽物じゃない?」

 

「ゆ、幽霊ですよ! うう、幽霊って爆弾で倒せるんでしょうか!? 先生を攻撃したくはないですが、ちゃんと送り出してあげるのも、先生の為で……」

 

「……あははっ! 全然意味わかんなーい♪」

 

 白目を剥くアル、半目になるカヨコ、目を伏せて再び爆薬を取り出すハルカ、そして一人で爆笑し始めるムツキ。それぞれがそれぞれの反応を見せる中、「細かい話は後ですればいっか」と説明を棚上げにした先生は、集合場所と細かい依頼内容について話を始めた。






便利屋で一話を使ってしまった……まあ、みんな可愛いからしょうがないですね。
ちなみにムツキと先生のやり取りは絆ストーリーの四話目のヤツです。生徒との思い出の領収書をちゃんと手元に残している教師の鑑ですね。(ユウカに「こんなの経費で落とせるわけないじゃないですか!」と怒られたので行き場も無くポケットの中にあっただけ)
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