プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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筆が乗りすぎて昨日は投稿できんかったです。
代わりに今回一万字書いたので許してくだせえ……。


責任を負う者

 ──ブラックマーケット、カイザーローン銀行前  

 

「ほ、本当にやるのね……私達に、今からこの銀行を……」

 

「あははっ、アルちゃん緊張しすぎ〜。さっきまで『便利屋68の名をブラックマーケットに知らしめてあげるわ!』とか言ってたのにね」

 

「まさか本当に銀行を襲う羽目になるなんて……先生が生きてたのもそうだけど、正直現実味が無いっていうか……」

 

「え、えへへ……やっと私もアル様の役に立てそうです。何の役にも立たない私ですけど、これなら……えへへっ」

 

「ん。やる気は充分だね。それじゃあアヤネ、最後に確認をお願い」 

 

「は、はい!」

 

 私の隣に座るアヤネが、パソコンのモニターに映っている銀行の見取り図と脱出経路を一瞥した後、サブモニターに映した作戦のチャートを読み上げ始めた。

 私はそれを横目で見つつ、アヤネから借りたタブレットに映るシロコと便利屋達の姿を見た。

 

 ──シロコにはまた苦労を掛けちゃうけど、取り敢えずここまで行けて良かった……。

 

 内心の思いに蓋をして、少しだけこれまでを振り返る。私の突飛な依頼に大慌てだった便利屋を鎮めたのは、意外にもアルだった。流石は社長と言ったら良いのか、「私達便利屋は、どんな依頼でも成功させる、真に自由でアウトローな組織であるはずよ」というアルの言葉で、ムツキもカヨコもハルカも落ちついてくれた。

 その時のアルの声はちょっぴり震えていたけど、やっぱりアルは肝心な所ではしっかりと自分の判断と気持ちを言える良い子だ。

 

 アルの助けもあって、無事アビドスに便利屋を呼んで……あの時は凄かったなぁ。アルは魂が抜けたみたいになっていたし、ムツキは笑いながら私の体をペタペタ触って確認し始めるし、カヨコは私のことを幽霊を見る目で見ていた。

 それで……ハルカが、どうしてか私を見た途端に泣き出してしまって、色々と大変だった。

 

 ハルカ曰く、シャーレの爆破で重体になった私のことを「幽霊になって生きている」と思い込んで心を守っていた(?)みたいで、それが本当に生きていると分かった安心感で泣いてしまったらしい。 

 泣き出してしまったハルカを便利屋総出で慰める流れで、どうしてかシロコとアヤネも「先生はみんなを心配させすぎ」と怒られることになった。何の反論も出来ない事実だったから、受け入れて平謝りするしかないよね……。

 

 実は、ハルカが泣き止んでからのほうが大変で、「こんな私が、みんなの手を煩わせてしまって申し訳無いです。消えたい消えたい消えたい……」とネガティブに入った後、「なので、消えます……」と言ってその場で自爆を始めようとしたので、本当に慌ててしまった。

 今の私にはシッテムの箱が無い。以前までだったらアロナが私を守ってくれたけれど、今は爆破の破片が頭に当たっただけで死んでしまう。

 

 素早くシロコとアヤネが止めてくれたから助かったものの、この世界で二回目の死の危機だった。……一回目は言わずもがな、シロコが私を抱き締めすぎて肋骨が軋み始めた時だ。結構真面目に「あ、これ死ぬ」と感じたのは記憶に新しい。

 

 暴走したハルカを落ち着かせた後、便利屋達には私達の現状を伝えた。その最中、どうしてかアルが気分が悪そうにしていたけれど、時間も無かったから話を依頼に戻した。

 私達が欲しいのは、カイザーローンがアビドスから集金していた利息分の集金票と、その他諸々の書類。お金を奪うつもりは無い、と話すと、少しだけアヤネとカヨコの表情が柔らかくなった。

 

 それで、報酬の件だったんだけど……はっきり言って、何も考えて無かったから、私は彼女達に「何か欲しい物ってある?」と聞いた。誕生日じゃないんだから、と呆れながら真剣な顔をし始めるカヨコを筆頭に、じゃあ先生! とふざけるムツキ、むしろ私の方がどうお詫びしたら良いのか、と慌て始めるハルカの三人を纏めたのは、これまたアルだった。

 

『依頼を達成していないのに、報酬の話をするのは品が無いわ。私達便利屋68の流儀は知っているでしょう? ──私達は"どんな依頼でも"こなしてみせる、キヴォトスいちのアウトローよ。報酬の話は、依頼を達成した後、優雅に話し合えば良いのよ』

 

 言いたいことは分かるけれど、報酬は後で話すと揉めるんじゃ……と、そんな私の考えにカヨコも同意だったようで、ため息と共に口を開いたけれど、なにやら笑顔のムツキにひそひそ声で耳打ちをされてからは「まあ、確かに」と口を閉ざしてしまった。

 

 そういった運びで便利屋達の報酬は後回しになって、そのまま流れで作戦会議と実行の流れを話すことになった。大まかな作戦はシロコがほとんど……ちょっと怖いくらいに丁寧に話してくれたけれど、実行の日程は私が決めた。

 

 ──銀行を襲うのは今日。作戦を頭に入れたらすぐにでも実行するよ。

 

 流石に急すぎるんじゃない? とカヨコが真っ当に言ってきたけれども……駄目なんだ。それだと、『間に合わない』。それを実感として理解できているのは私だけだ。だから私は、無理を承知で話を押し切った。

 少し話が荒れるかな、と思ったけれど、カヨコは「……まあ、先生が生徒の事を大切に思ってるのは知ってるから」とだけ言って、受け入れてくれた。

 

 ……本当に、生徒のみんなには苦労を掛けちゃうな、と思うものの、今の私ではこうする他に無い。少しだけ強くタブレットを握って、そこに映るみんなを見つめた。

 

「──以上が、今回の作戦の概要です。私の技術では銀行の警報装置を一時的に止めることは出来ても、完全に乗っ取ることは出来ません。持って……七、八分くらいだと思います」

 

「ん。充分。5分で終わらせるから、待ってて」

 

「あ、貴方、本当に凄い自信ね。妙に手慣れてる空気もあるし……怖くは無いのかしら? あとは緊張とか……わ、私は全くしないのだけれど? 一応参考程度に?」

 

「……私だって、怖かったり緊張することは、ある」

 

 タブレットの向こうのシロコの言葉に、少しだけ固まった。……そうだよね。当然だけれど、彼女たちはまだ子供だ。シロコだって、銃撃戦や大掛かりな作戦に挑むときは緊張しているだろう。

 少しだけ目を細めてシロコの横顔を見ていると──画面越しのシロコと目が合った。この映像は町中のカメラをハッキングして見ているものだから、どこから私が見ているかは分からないはずだ。

 ドキリとする私に、シロコは小さく微笑んだ。笑いを噛み殺したような、彼女らしい笑みだった。

 

「でも今は──先生が見てくれてるから。先生が居るなら、大丈夫。私はそう信じてるから」

 

 ……そっか。そこまで信じてくれているなら、私はそれに応えないといけないね。

 

 深く息を吸って、吐く。今の私には、多くの物が足りていない。シッテムの箱も、アロナのサポートもここには無い。けれども一つ、はっきりと言えることがあるとするならば──今の私には、圧倒的な経験がある。

 

 彼女達の長所、短所、見えている場所、見えていない場所、相手が打つ一手、狙わなければいけない弱点、その状況における最適な位置取りと退路……シロコじゃないけれども、私だって色んな敵と戦ってきた。

 

 "勿論。『シャーレの先生』がお飾りじゃないってこと、ちゃんと証明するね"

 

「ん。お願い、先生」

 

 言いながら、シロコは虚空にハンドサインを送った。便利屋達が顔を見合わせた後に一度頷いて、ハルカが懐から何かを取り出す。同時にムツキが見慣れない形の爆弾をカバンから取り出して、飲み物でも手渡すように銀行の窓口に投げ込んだ。

 

「それじゃあ、先生のカッコいいトコ見せてほしいな〜☆」

 

「えへへ……! い、行きます!」

 

 ムツキの投げた爆弾──電子機器の通信を妨害する電子妨害手榴弾(チャフグレネード)が銀行の出入り口で炸裂して、周辺の監視カメラと防御システムが麻痺する。同時にハルカが仕掛けてくれたC4爆弾がブラックマーケットの自治組織『マーケットガード』の拠点を中心に爆発した。

 

 流れるような動作でシロコがカバンから覆面を取り出し、チャフグレネードで散乱した電子フィルムの中を堂々と進み、入り口のドアを蹴り飛ばした。便利屋達も各々覆面を被りながら後に続く。

 

「この銀行は私達『覆面水着便利事務所』が貰った。全員手を上げて、無駄な抵抗はしないように」

 

「あっ、それ私のセリフ……!? というか『覆面水着便利事務所』って何なのかしら!?」

 

CS1(コールサイン・ワン)、無駄口は叩かない。CS0、警備システムをお願い」

 

「了解です、CS2」

 

 シロコの合図でアヤネが手元の端末に操作をし始める。ミレニアムのヴェリタス程とは言わないものの、充分にハッカーを名乗れる手際で銀行の警備システムがダウンした。

 

 ……さて、ここまでは作戦通り。入り口付近のカメラや電子機器をチャフグレネードで乱して、増援のマーケットガードを遅らせる為に遠隔で爆破。外部との連絡をするための警備システムをアヤネが落とす。

 残っているのは銀行内部のマーケットガードの制圧だ。見た限り、大手の銀行を守ることだけあって重装備のガードが多い。中にはタクティカルシールドで武装した重装兵や重火器を積んだドローンが構えている。

 

 今回のメンバーは軽装備中心だから、相性は良くない。ただ、相性だけで全部が決まるほど、戦術というのは底が浅くないことを私は知っている。

 便利屋含む全員が銀行内に入った段階で、私はタブレットに触れて口を開く。

 

 "──CS1、天井の照明を撃って壊して。中央のシャンデリアの裏に電源系統が纏まってるから、そこを撃ち抜いて"

 

「ええ。分かったわ、せん……あ、えっと、セントラルコマンダー(中央司令官)

 

「あははっ、何それっ!」

 

「絶妙に言いにくい……」

 

「うるさいわよ! もうっ!」

 

 え、それは誰、と一瞬言いかけたのを飲み込んで、アルが見事に天井の照明を破壊したのを見届け、次の指示を出す。

 

 "CS3、出来る範囲で正面から全体に圧力を掛けて。CS4、向かって左側に『とっておき』を投げ込んで。CS5、右から回って思いっきり相手に突っ込んで。CS1と2は左から挟み込んで来ている相手の裏取りを潰して"

 

「了解、やってみるね」

 

「私の『とっておき』? あはっ、どの子にしようかな〜?」

 

「は、はいっ!? わわ、分かりました! せ、セントラル──」

 

「CS5! そこは引っ張らなくて良いわよ!」

 

「ひぃっ!? すすすすみません、すみませんすみませんすみません……!」

 

 照明が全て消えた薄暗闇の中、カヨコのプレッシャーで崩れた敵陣地の左側にムツキの爆破が炸裂し、それと同時にこちらの右手側へハルカが突撃し、時間を稼ぐ。同時にシロコのドローンが左側からの裏取りを壊滅させ、手の空いたアルが中央に強烈な狙撃を決めた。

 私は素早くカメラをナイトビジョンに変えて、敵の陣形を見る。

 

 "──CS5、一撃大きいのを撃ち込んだら、一気に下がって。下がるときは突撃した時と同じルートで、柱を使いながら下がってね。

 CS3、4は真っ直ぐ前に出てCS5を追う重装兵を後ろから攻撃して。CS2、そろそろ中央奥からドローンの増援が来るから出来る範囲で落としながらゆっくり前進して……ん。CS1、正面から見て左奥、十時の方向のカウンターで銀行員が無線を使おうとしているから、『無線だけ』撃ち抜ける?"

 

「ええ、勿論──片手でも命中させられるわ」

 

 アルは微笑みながら一度片手でスナイパーライフルを構えた後……少し目を細めてから、もう一度両手で構え直した。……流石にこの薄暗闇の中で、片手での狙撃は難しかったのかもしれない。というか、片手で撃つ必要は全く無いということに気付いたのかも。

 堅実に構えたアルの狙撃で、銀行員が持つ専用無線が粉微塵になって吹き飛ぶ。

 

「ひいぃ!?」

 

 "ありがとう、助かったよ"

 

「え、ええ……プロフェッショナルは子鹿を狩るのにも全力を尽くすものよ。片手の狙撃はいつかどこかで見せてあげるわ」

 

 ちょっとだけ汗を搔いているアルに、シロコとドローンを落とす役割を交代させ、手の空いたシロコに先程狙撃をさせた銀行員を任せる。

 中央では逃げるハルカを追おうとした重装兵達がムツキとカヨコに背後から撃ち抜かれ、彼らが慌てて足を止めた隙にアヤネのドローンがハルカを回復。そして一気に彼女を反転させ、射程圏内に入った彼らを壊滅させる。

 

「……凄い」

 

 隣から聞こえてきた声に目だけ動かすと、アヤネが呆然とした表情で私を見ていた。一瞬なんの事か分からなかったけれど、すぐに私の指揮についてのことだと気づいた。

 ……正直、今回は屋内戦の基礎を踏襲しただけだったから、私が居なくても大体この形に落ち着いていたんじゃないかな、と思う。多分、カヨコとシロコとアヤネが時間を掛けて話し合えば、もっと独創的なアイデアが出てくるかもしれない。

 

 ただ、今回は時間も無かったから、なりふり構わず私が指揮を執っただけだ。全部が終わったら、アヤネにも色々教えるね、とだけ言って、画面に目を戻す。

 さて、これでマーケットガードは全滅。残ったドローンを便利屋達で処理しながら、ハルカが銀行の正面入口を爆破、裏口から出つつムツキの煙幕で追手を撹乱して……と考えていた私の目の前で、シロコに脅された銀行員が泣きながらカバンに現金を詰め込んでいる。

 

 "……ん? えっ?"

 

「し、CS0……書類はちゃんと手に入れた。でも、この銀行員がちゃんと話を聞いてくれない」

 

「ひぃ、ひええぇ! すぐに、すぐに全部詰めますからっ、どうか命だけは……!」

 

「違う、私達は──」

 

「さ、流石はアビドスのアウトロー……やることのスケールが違うわね」

 

「あはっ、もしかして凄いことになっちゃってる?」

 

「……凄いっていうより不味いかも。CS0、残り時間はどれくらい?」

 

「も、持ってあと二分です……!」  

 

「今から他のカバンの中身を全部捨てて走るとしてもギリギリ……」

 

「もういいんじゃない? ぱーっと持ってっちゃお♪」

 

「え、えへへ……これだけのお金、これだけあれば、毎日カップラーメンの生活が終わりますね……! あっ、でもそれだとアル様とラーメンをシェア出来なくなって……」

 

 な、なんでこんなことに……? 銀行を襲う、という観点から見たら素晴らしい成功だけれど、今回の目的はお金じゃない。パンパンになるまでクレジットが詰められたバッグを両手に持って、シロコや便利屋達が慌てたようにこちらを見ている。

 アヤネも目を剥いているけれど、システムのハッキングの維持でそれどころではない。残り時間は、ええと……一分三十秒。

 

 "……"

 

「し、CS0?」

 

 "──全員、作戦通り行こう。CS4、5、爆破と煙幕の準備を"

 

「はーい☆」

 

「わ、分かりました……! えへ、えへへへっ……!」

 

 タブレットの向こうのシロコが、『大丈夫?』という目でこちらを見てくる。大丈夫ではないよ。大丈夫ではないけれど、今は君達の身体が一番大事だ。お金はもう……ええと、どこかのタイミングでうまく処理しよう。

 うまくってどうするの? と内なる自分の自問自答を封殺して、私は出来る限りの笑顔を浮かべながらこう言った。

 

 "だ、大丈夫だよ、シ……CS2。責任は、その……私が負うから……"

 

「ん、分かった」

 

 こ、これも大人の責任の負い方……なのかなぁ。リンちゃんやユウカに知られたら100%怒られるし、どうしようかなぁ、と情けないことを考えながら、私は震える指で映像を切り替え、撤退戦の指揮を執った。

 

 

 

 ──────数時間後──────

 

 

 

 "……"

 

「……」

 

「……」

 

 アビドス高等学校の会議室で、私は手元の書類を読み込んでいた。シロコと便利屋達が手に入れてくれたカイザーローンの集金票や、その他金融の流通経路や資金運用についての書類だ。あれだけの警備に守らせていただけあって、目を通した書類の重要性は非常に高い。

 叩けば埃が出る、というのは比喩じゃなさそうだ。

 

 そんな書類を読み込みながら……ちらりと左右を確認する。私の右隣にはシロコがぴったりと張り付いて、真剣な表情で私の手元の書類を読んでいる。左側には、シロコ程じゃないけれども、ほとんど隣り合う場所に座ったアヤネが少し赤い顔で書類を読んでいた。

 

 シロコはもう平常運転だとして……アヤネがくっついてきたのは、中々珍しい。アヤネ曰く『私だけ仲間外れみたいじゃないですか』ということらしい。

 私の読む手が止まっていたことに気付いたシロコが、そっと顔を上げる。不思議そうな顔のシロコは、何かを思い出したように言った。

 

「……先生。本当に、良かったの?」

 

 "うん? "

 

「あの銀行のお金……全部、あの便利屋に渡して良かったの?」

 

 あぁ、そのことね……。シロコが言う通り、私は銀行を襲った時に不可抗力で……そう、不可抗力で手に入ってしまったお金を、全て便利屋達に譲った。シロコが数えた限り、一億クレジット以上は絶対にある、ということらしいので、依頼の報酬金としては充分だろう。

 

 勿論、私は最初「心配だったり、必要無いと思うなら、私の方で責任を持って処理するよ」と彼女達には言った。はっきり言って、このレベルの大金は持っているだけでかなりしんどい。何よりブラックマーケットから出た良くないお金を彼女達に押し付けるのも、少し違う気がした。

 

 要するに私は『使い道が思いついているなら、このお金を報酬金にするけど大丈夫?』と聞いた訳だ。当然だけれど、カヨコはノータイムで「流石にね」と断る雰囲気を見せて、ハルカは「これを先生への上納金に……」といつも通りだった。

 

 ただ、真剣な顔をしたアルといつになく楽しそうなムツキが小声で何かを話し合った後、アルははっきりとこう言った。

 

『──今回の便利屋68への依頼の報酬は、そのお金で手を打つわ』

 

 そこからカヨコだったりシロコと一悶着あったのだけれど、結局の所、アルは最後まで毅然としていた。アルがそこまで自信を持っているのなら、と私は思って、便利屋達に全てのお金を託した。

 

「……せめて、5:5にしておくべきだったと思うけど。やっぱり何事も、頭数で割るのが一番揉めないから」

 

 "なんだかちょっと物騒だね……。まあでも、これで良かったと思うよ"

 

 私が言うと、シロコは頭上の耳をピコピコと動かした後、思い出したように「あ」と言った。……ちょっとその反応は怖いけど、思い出したからには大丈夫だと思う。

 

 "これからセリカを、ノノミを、そしてホシノを取り戻して、みんなが今回のお金を見たら、どうするかな?"

 

「……ん。きっと、凄く怒られる。返してきなさいって言われるかも」

 

 "そうだね。シロコは、アビドスはこれまで色々な手段で借金を返してきた。辛いこともあったかもしれないけれど、アビドスのみんなは、みんなが思う『正しい方法』で学校を守ろうとしてきた"

 

 沢山アルバイトをして、賞金首を探して、町中を掃除して、色んな所から依頼を受けて……誰にも迷惑を掛けず、誰も傷付けないで、アビドス対策委員会はひたむきに頑張ってきた。

 

 "もしもあのお金を使って、借金を返したとするよ。たった5分で五千万クレジットだね。もしも次、利息の返済が滞ったら? それとも、纏めて利息を払えと言われたら? ……きっと、シロコの頭の中にはもう、悪いことをする以外のことが思いつかなくなると思うんだ"

 

「……それは、ホシノ先輩も言ってた。私にはそんなふうになって欲しくないって。そんな方法で学校を守ってほしくはないって。……でも、本当は理由がよく分かってない。私はここが……アビドスが本当に大好きで、大切だから」

 

 私はアビドスが、無くなってほしくないよ。シロコはそう言って、顔を伏せた。私の腕を掴むシロコの手が震えているのが分かる。シロコは本当に、アビドスのみんなが大好きなんだね、と出来るだけ優しく言ってから、左手でそっと頭を撫でた。

 

 "……多分だけどね、ホシノがシロコに言っていたのは、責任の問題だと思うんだ"

 

「責任……?」

 

 "シロコはね……もっと言うと、対策委員会のみんなには、この学校を守るために一生懸命になる責任は無いんだよ。それは本当は別の誰かが……例えば、私みたいな先生が、大人が負うべきもので、生徒である君達が責任を負うことじゃないんだ"

 

「……それは、私達が頑張る必要は無いってこと?」

 

 "うーん……責任と必要は別物だから、もっと正確に言うとね──そんなに頑張るのは、シロコ達じゃないといけない、っていう訳じゃないんだ。これは、シロコ達だけが苦しまないといけない問題じゃないんだよ"

 

「ごめんなさい。ちょっと難しくて、私には分からない……」

 

 シロコは縮こまってそう言った。私は静かにシロコの頭を撫で続けながら、出来るだけ彼女に寄り添った声で、言葉を紡ぐ。生徒が『分からない』と言う事を、分かるように教える。それも、先生の責務の一つだから。

 

 "……もしもね、私がこのアビドスの問題の責任を背負う者だとしたら……私は、どんな手段を使っても、どんな犠牲を払ってでも、この問題を解決するよ"

 

「……私も多分、そうすると思う」

 

 そこで私は、声から優しさを消した。静かに、厳かに、言葉を続ける。

 

 "──本当の本当に、どんな手段でも使うよ。誰を傷付けるとか、傷付けないとかを考えることもしない。私自身がどうなっても本当に構わない。本当の『全部』で、問題を解決する"

 

「……」

 

 "一瞬でも、『そこまでする?』とか『誰かを傷つけてまで……』と思ったのなら、それはシロコが正しいよ。けれどね、責任を負うっていうのは……そういう事なんだよ。

 どんな手段を使っても、どんな犠牲を払ったとしても、受け持った責任と義務を果たす。"

 

 子供である生徒がそんな風に生きるなんて、あってはならないんだよ、と私は声の調子を戻した。責任を負うべきなのは大人で、大人とは責任を負うもの、なのだから。

 

 "だから、ホシノはシロコに責任を背負ってほしくなかったんじゃないかな。シロコはシロコのままでいてほしかったんだと思うよ"

 

「……それじゃあ──」

 

 シロコはそっと顔を上げた。左右非対称なオッドアイの中に、たくさんの感情が揺れている。普段の彼女が見せない、触れれば崩れてしまいそうな、不安定な様子だった。

 

「今のアビドスの責任を背負っているのは……誰? やっぱり、ホシノ先輩?」

 

 "────"

 

 一体誰が、この問題の責任を背負うのか。責任を負う、という事を理解したシロコだからこそ、それが恐ろしいことだと分かるはずだ。これまではきっと、子供なりにホシノが責任を背負っていたのだろう。

 この問題は、彼女だけが苦しむべきで、彼女が何を持ってしても解決しなければならないものだったのだろう。

 

 私は一瞬だけ無言になって、そのままシロコの頭を優しく撫でた。そしてその手を離し、机の上の書類を整理する。必要な書類を軽く纏めて、そっと右腕をシロコから離した。

 一瞬、怯えた表情をする彼女に対して、安心させる為に笑って──こう言った。

 

"アビドスの責任は――私が負うよ。それが、大人のやるべきことだから"

 

「……先生、が?」

 

 "うん。だからね……それを知らない大人達に――今から私が教えてくるよ"

 

 少し出掛けてくるね。そう言って、席を立つ。アヤネが慌てて席を立って、私についていこうとするのを目で止めた。

 

 "大丈夫、任せて。ここから先は……『大人の戦い』だから"

 

 お土産買ってくるから、ゆっくり待っててね、と言って歩き出す。目指すのはカイザーPMCのオフィス。そして──ゲマトリアの黒服。

 

 ガラガラと音を立てて開いた扉の向こう、穴だらけの廊下を沈んでいく斜陽が照りつけて、長い影を作っていた。

 






次回――『大人の戦い』
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