プレナパテスは夢を見る   作:仮面の文豪B-A

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信じられる大人

 "……うーん、やっぱり駄目だよね"

 

 カイザーPMCの本社から離れて、アビドス高等学校の近くまで戻った私は、夜の街中を歩きながら呟いた。手元には三発の弾痕が痛々しいタブレット──シッテムの箱がある。黒服が言っていたように、今の私はこのキヴォトスでも指折りに力のある存在になった。

 

 元々持っていた莫大な権力と地位、大人のカードによる財産、そしてこの『領域外の力』。どれもこれも凄まじい力ではあるけれど、同時に、使えば使うほど状況が悪化する可能性がある力だった。

 シャーレとして権力を振るえば連邦生徒会や各学園から目をつけられ、大人のカードを使いすぎれば代償を支払わなくてはいけないし……この『領域外の力』も、本来ここにあってはいけない奇妙な力だ。

 

 真の意味で私の力と言えるはずのシッテムの箱もアロナも、今は使えなくなってしまっている。みんなの連絡先の入った携帯も壊れちゃったから、秘密裏に連絡を取ることも難しい。

 今後のことを考えれば、アビドスのみんなをシッテムの箱で強化して、万全の状態のまま次の問題を解決する手助けをしてほしかったんだけれど……生徒の強化機能が丸ごと死んでしまったのは痛すぎる。

 

 歩きながらシッテムの箱の電源を押したり、表面をタッチしたり、色んなことを試したけれど、やはりまるっきり動くことは無かった。

 諦めてトボトボと夜道を歩き、何度か迷いながら学校の近くまで着いた。もう夜の十時を回ってしまっているから、シロコもアヤネも寝ているはずだ。

 

 "……でも、私には呑気に寝ていられるほど余裕は無いかな"

 

 私はシャーレの仕事上の経験で、五日間は寝ずに作業が出来る。出来ることなら、今晩の内にホシノとノノミを迎えに行って、次の日の朝からヘルメット団にセリカの居場所を聞きたい。黒服の口振りからしてホシノはまだ生きている。ノノミも理事が言うには人質として監禁している。ただ……セリカだけはどうなっているかが誰も分からない。

 

 セリカが行方不明になってから、もう二十日以上は過ぎている。嫌なことは考えたくないけれど……私の体だったら、もうとっくに死んでいるはずだ。キヴォトスの生徒達の身体がどれだけ飢えと渇きに強いかを、私は知らない。

 ならばせめて、一秒でも早く──と、考え込みながら歩いていた矢先、誰かが正面から走ってきているのが視界の隅に見えた。

 

 "っ……えっ、シロ──"

 

「ん。待ってたよ、先生」

 

 アビドス高等学校の正門から、狼を思わせるスピードでシロコが私に駆け寄って、そのままの勢いで抱き着かれた。咄嗟に歯を食いしばって受け止める。

 腰から聞こえた嫌な音を無視して、抱き止めたシロコを見つめた。シロコは私の身体をギュッと両腕で抱き締めて、顔を胸に埋めたまま動かない。獣耳は私の心臓の鼓動を確かめるように、ピタリと押し当てられていた。

 

 "えっと、し、シロコ……? 結構夜も遅いと思うんだけれど"

 

「心配、だったから」

 

 "……そっか"

 

 私は一度シロコの前から居なくなってしまった。今、こうしてこの場に居ることだって夢みたいだ。私自身がそうなのだから、シロコにとっては本当に……私が夢のように消えてしまわないか心配なのだろう。

 普段ならそれとなく引き剥がしていたけれど、今だけはシロコの好きにさせてあげようと、そっと彼女の頭を撫でた。

 

「ん。……先生」

 

 "うん"

 

 顔を埋めたまま、シロコが私の名前を呼んだ。少しだけ、私を抱きしめる腕に力が籠もる。若干の息苦しさに眉を顰めたけれど、私が何かを言う前にシロコは顔を上げて私を見上げた。

 

「先生」

 

 "えっと、どうしたのシロ──"

 

「先生はもう、居なくならないよね?」

 

 私の目を、シロコの瞳が射抜いていた。吸い込まれるような碧色の瞳にある不揃いな眼光には、私に言い逃れや誤魔化しを許さない力があった。聞かれていることは至ってシンプルなのに、シロコのそれにはどことなく闇を感じる。

 一瞬の内に、私の頭の中で多くの思考が入り混じって、いつの間にか声に出ていた。

 

 "……未来のことは分からないから、責任を持って『うん』とは言えないよ。ただ、私はね……何もないのであれば、ずっとみんなと一緒に居たいと思っているよ"

 

「……」

 

 シロコはしばらく私の目を見つめて、また顔を胸に埋めた。最早痛いくらいだった腕の力も、すとんと緩む。ほっと一息をついて……そこにシロコの声が響いた。

 

「……わかった。先生の言葉を信じるね」

 

 "ありがとう、シロコ。……ええと、それで"

 

 一体いつまでこうしてたら良いかな? と一応聞いてみる。シロコの耳がピコリ、と動いた後、不機嫌そうに後ろに動く。

 

「あと……三じ……三十分」

 

 "……シロコ"

 

「ん。……それなら、十分」

 

 "そこは三分じゃないんだ……"

 

「先生は私を寂しがらせた責任を取るべきだと思う」

 

 "随分攻撃的な責任の使い方だね……"

 

 寂しいとはいうものの、流石に距離が近すぎるというか、なんというか……。最早私と一体化しようと試みているレベルのシロコになんとなく危機感を覚えつつ、流石に十分も棒立ちは不味いので奥の手を使うことにした。

 ミヤコとサキ仕込みの格闘術でシロコの足元を崩して、流れるように膝の裏を抱える。よし、お姫様だっこの完成だね。

 

「えっ、あっ……せんせ──」

 

 "さて、行こうか"

 

 少しだけ強引だけれど、色々と切羽詰まっているのでシロコには我慢してほしい。私の首に手を回したまま、腕の中で子猫のように縮こまるシロコを一瞥して、アビドス校内に入った。

 そのまま流れで会議室の扉を開けようとしたけれど、シロコが慌てて私の腕から逃げ出す。

 

「せ、先生、流石にその……えっと」

 

 "ふふ……ごめんね。でも、シロコにはいつも力で負けちゃうから、ちょっとイタズラしたくなっちゃって"

 

 自分でもちょっと馬鹿らしいとは思うけれど、案外正当な理由だとも思っていたりする。さっきのハグも結構……いやかなり痛かったからね。これくらいのイタズラは許してほしい。

 少し歯を見せて笑う私に、シロコは一度ピクリと固まった。あ、なんか変なスイッチ踏んだかも、と私が思った瞬間には色々とアレだったらしく、シロコは目を細めながらこう言った。

 

「ん。──先生を襲う」

 

 "シロコ、物理的な意味だよね? 銀行と同じ意味で合ってる?"

 

 いや、銀行と同じ意味ってなんだ? そっちだとしても不味いだろう。私は何も答えずこちらに歩み寄ってくるシロコから後退りで距離を取りつつ、付け焼き刃の格闘術に(なぞら)えて両手を構えた。

 

「無駄だよ。先生は私には勝てない」

 

 "シロコ、一回落ち着いて。何がそんなに不味かったのかな? 怒ってる訳ではないよね?"

 

「怒ってはいないよ。ただ、昂ぶってるだけ」

 

 "……???"

 

 いや、どういうことなの? と首を傾げながら後退りをしていると、背中に壁が触れた。ま、不味い……と思った次の瞬間、ドタドタと騒がしい足音が会議室の中から響いた。シロコがムッとした顔で歩みを止めると、ガラガラと音を立てて扉が開く。

 

「せ、先生っ!? よ、良かっ……えっ?」

 

 扉を開けたアヤネはズレたメガネを直しながら私を見て、次にシロコを見て固まった。ちらりと見れば、アヤネが扉を開けた手元にはワイヤレスイヤホンがある。それで何かを聞いていたから先程までの騒ぎが聞こえてなかったみたいだ。

 

「えっと、これは……?」

 

「私は先生とレスリングをするつもりだった。それだけだよ」

 

 "多分それはレスリングじゃなくて蹂躙っていうんだよ"

 

「よく分かりませんが、先生は一応病み上がり? なんですから、あんまり無理をさせるのは……」

 

 アヤネの言葉にシロコは昂ぶっていた(?)気分を落として、私の危機は無事去った。胸を撫で下ろしながら、シロコと一緒に会議室に入ると、懐かしい匂いがする。見ると、アヤネのパソコンの隣には慣れ親しんだ妖怪MAXが空になっていた。

 

「あっ、えっと、これは……」

 

 "いいよね、その味。さっぱりしてて目が覚めるよね"

 

「あはは……色々と追い詰められるとやっぱりエナジードリンクに頼ってしまいます。あんまり体に良くないことは分かるっているんですが。……と、そんな話をしている場合ではないですね」

 

 アヤネは自席に座って、シロコは当然のように私の隣に座った。アヤネが何故だかムッとした顔をしたものの、何かを思い出したのかいつもの表情に戻る。

 

「先程、カイザーローンから電話がありました。上からの指示で、私達アビドス高等学校の信用度を上げる、というものです。それによって毎月の借金はかなり軽くなりましたし、金利も一般的なものか、それ以下の良心的なものになりました。おそらく、というかほとんど確実に、これは先生の指示ですよね?」

 

 "うん。私からカイザーPMC理事に直接、借金を法外なものにしないことは約束させたよ。それと、当然だけれどホシノ達の居場所も分かった"

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「やった……利息の返済も、みんなのこともこれで──」

 

 ただ、と私は前置きをする。私の声音が低く沈んだのを敏感に察した二人はピタリと固まった。少し心苦しく思いながら、私はホシノとノノミの居場所、そしてセリカの件について話した。二人は真剣な表情でそれを聞いて、セリカの話を聞いた瞬間、唖然とした。

 

「セリカちゃんが、あ、アビドス砂漠の下に……?」  

 

「ヘルメット団……やっぱり早く潰しておくべきだったね。考えてもしょうがないのは分かっているけど、そう思っちゃう」

 

 "二人から見て、セリカは……まだ無事だと思う?"

 

「っ……!」

 

 私の質問に、アヤネが刃物に刺されたような顔をした。私から逸れた目線が、机の上に広がった書類の内の一枚──『行方不明から二十四日が経過』と書き記されたセリカの書類に止まる。

 沈痛な空気の中、感情を押し殺した声でシロコが「私でも」と切り出す。

 

「私でも……水も食料も無い状態だと、長くは持たない。セリカは体が弱くはないけど……生きているかは半分半分だと思う」

 

「……こんなことは言いたくありませんが、セリカちゃんが生きているかどうかは、運次第としか言えません。そして、それは良くない方に傾いていると思います」

 

 もし私だったら、きっともう……と、アヤネは言葉を途中で切った。その様子を見て、シロコは何かしらの同意を求めるように私の顔を見上げる。

 

「先生」

 

 "分かっているよ。でも、何をするにしても人手が無いと効果は薄いよね"

 

「先生の言う通り、ここはまずホシノ先輩とノノミ先輩を助けてから、ヘルメット団にセリカちゃんの居場所を聞くべきだと思います。理想を言えば、それぞれ二手に分かれて、片方はホシノ先輩とノノミ先輩を、もう片方はヘルメット団の事務所に向かえれば良いのですが……」

 

「先生、私はヘルメット団くらいなら一人でも大丈夫」

 

 "それは普段のシロコと何もないヘルメット団、という条件があったときだよ。今のシロコは自分が思っている以上に疲れているし、ヘルメット団はカイザーPMCから武器もお金も支援されていたよね"

 

「だとしても、ここは無理をしなくちゃ──」

 

 "うん。それはシロコが正しいよ。ただ、今のシロコが完全武装のヘルメット団の事務所に行ったら、間違いなく大きな怪我をする。私にはそれが分かるんだよ"

 

「……」

 

 私は、シロコに傷ついてほしくないよ、とはっきり言った。シロコは何かを言い返そうと私の目を見るけれど、すぐに視線が逸れて、ヘタリと獣耳が垂れる。……もしも、私の手にシッテムの箱があれば。それならば、彼女を即座に強化してあげられただろう。

 ただ、今は手から零れ落ちたものを数えていてもしょうがない。

 

 "まずはホシノを助けにアビドス砂漠のカイザーPMCの基地に向かおう。アヤネ、今から言う座標にナビゲーションしてほしいんだけれど、大丈夫かな?" 

 

「はい、大丈夫です。それで、その……現場には先生とシロコ先輩が向かわれますか?」

 

「先生を一人では向かわせられない。私と先生が行くのが妥当だね。……アヤネも来る?」

 

「うっ……で、出来れば行きたいのですが、先生が現場に向かわれるのであれば、誰か一人は俯瞰視点で状況を把握しないといけませんし……」

 

 "その役割は私が担うよ。ただ後ろをついていくだけの先生はカッコ悪いからね"

 

 言いながら、少しだけ思考を過ぎらせる。カイザーPMC理事は私がやり込めた。ゲマトリアに関しても黒服はこのアビドスから手を引くという『契約』をした。だからもし今警戒するとしたら、第三勢力……例えば、マーケットガードとかになる。

 少しでも何かが起こる可能性があるのなら、アヤネをオペレーターとしてアビドスに残すのはあまり良い判断ではないと思う。

 

「先生がそう仰るのであれば……私も、一緒に向かいます! 勿論、私はシロコ先輩のように戦うことが得意ではありませんが、オペレーターとして、お二人をサポートしますね」

 

「ん。大丈夫だよ。二人は私が絶対に守るから」

 

 "それじゃあ、弾薬を補給したらアヤネのナビゲーションを頼りに基地を目指そうか。……一応聞くけれど、二人は眠くない? 結構夜も遅いけど……"

 

「私は全く問題ありません。それよりも、先輩達とセリカちゃんのことが気がかりです……」

 

「寝るのは後でいつでも出来るから、今はやるべきことをやらないと」

 

 言いながら、シロコはポケットの中に入れていたマガジンの数を確認し、カバンの中に入っているドローンの予備弾薬を数え始める。アヤネも制服の裏ポケットから愛用のハンドガン『コモンセンス』を取り出して、スライドを引いたり、リアサイトを覗き込んで感覚を確かめていた。

 

 私は煤けた『大人のカード』を取り出して、少しだけそれを見つめる。

 

 ──これも、無理しすぎたら大変なことになるね。

 

 ざらついたカードの表面を指の腹で撫でて、シロコとアヤネの準備を手伝う。

 

 準備の最中──外で一際強く風が吹いて、穴の空いたアビドスの校舎が軋む音が会議室に響いていた。







次回──『手をすり抜けたもの』
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