魔法少女怪人 作:ハリー・ルイス博士
「あきらめちゃだめだッポ! ボクと契約できるのは、君しかいないんだクポ!」
崩れた瓦礫の下敷きになった少女に、励ますように声をかける小柄な影があった。
小動物のような見た目だが、デフォルメされたアニメの生物のように、目が覚めるような彩度の高い色彩をしていたり、不可思議に長い毛が宙に固定されたように靡いていたりしている。
動物の姿をした妖精というのが、端的にその姿を表しているだろう。
しかし、そんな妖精にいくら呼びかけられたところで、少女はピクリとも動くことはなかった。
それもそのはず。彼女は、すでに死んでいた。
「ダメだッポ……。でも契約反応はここのあたりのはずなんだクポ」
妖精こと、クリポヮは焦りを隠せなくなっていた。
クリポヮは妖精たちの中でも落ちこぼれだ。
彼──妖精であるクリポヮには性別という概念が薄いが、便宜上彼とする──は、この地球に来た妖精の中でも唯一と言っていいほどに、契約者を持っていない妖精だった。
そんな彼が始めて見つけた、自分との契約に適合する地球人の反応。
大きなチャンスを前に、クリポヮはここに粘って残り続けている。
けれども、クリポヮの慢性的な焦りなど比べるべくもないほどに、彼にはより大きな焦燥を掻き立てる目下の危機が迫っていた。
その危機とは上空。
崩れたビルの残骸を、真昼間なのにも関わらず、夜中のように太陽光線を遮る影。
あまりにも巨大で。
航空力学など知ったことかと言わんばかりに、空中に浮かび。
よく見れば、その表面には空恐ろしくなるほどに無数の銃器、砲台、ミサイルが並んでいる。
兵器の塊と評すべきだろうか。
悪夢のような現代戦争の暴力の集積体が、まるで鳥か竜のような生き物の形をかたどっている。
それは、戦争の申し子、"ウォーボーン"と呼ばれた。
「契約者どころか、もう人っ子一人いないんだッポ」
ウォーボーンがまき散らした災厄は壊滅的だった。
近代的に建ち並んでいたビル群は崩れ、建物は外壁だけが辛うじて残っているものばかり。道路には灰色の瓦礫が積み上がり、そのていをなしていない。
とうのウォーボーンは、今は小休止といった様子ではあるものの、またいつ動き出してもおかしくない状況で、長くこの場にとどまることは危険極まりない賭けだった。
しかし、そんな惨状となっているのだから、クリポヮが探す生き残った人々の姿もない。
「意識を失っているのか、言葉を発せられる状況じゃないのか……」
がれきの下の生体反応も見つけられるような装置でもあればいいのだけれど。妖精たちの技術、魔法をもってしてもそんなものは実現していない。
「もうこうなったらダメもとクポ!! ボクと契約できるなら、もう答えられなくてもなんでもいいんだッポ!!」
ついにしびれをきらしたクリポヮは魔力を励起させ、一方的な契約を決意した。
クリポヮが無差別に放出した魔力は、天まで届くほど伸びていく。
そして、呼応するように、ターコイズブルーの光がさした。
「これは……、契約者の呼応、ッポ?」
しかし、そんなつぶやきに答えたのは、地面が震えるような轟音だった。
重々しい破砕音と、軋む金属の音。
光が降り注ぐ天を見てみれば、ウォーボーンの巨体の真ん中に、まるで何か重要な部品が抜け落ちてしまったかのように大穴が開いていた。
その穴の淵から、ウォーボーンは滝のように崩れ落ちていく。
表面に亀裂が奔り、裂けた構造がビルのような巨体となって垂直に地面に突き刺さる。
天を覆う黒い影となっていたウォーボーンは、今や自身の崩壊に伴う爆風で照らされ、銀色に鈍く輝いていた。
そんな超常のような出来事の中でも、クリポヮと新たなる契約者の儀式は続いていく。
そして、ターコイズブルーの光が最高潮に達したとき。
雨あられと降り注ぐ、兵器の数々の中、クリポヮの契約は結ばれた。
──◇──◇──
「……はぁ。で、俺はその……魔法少女、とやらになってしまったと」
「そうなんだッポ」
俺の目の前に漂う妖精を名乗るメルヘン謎生物は、あけすけにのたまった。
「てか、その"ッポ"とか"クポ"ってなんだよ。テンプレ中国人がアルアル言ってるみたいなもんなのか?」
「これはキャラ付けクポ」
「キャラ付けかい!」
「まあ、もうなれちゃったし。あんまりボクたちが普通の言葉を喋ってたら、それはそれで違和感があるらしいから、これでいいんだッポ」
たしかに相手は、進化的合理性なんてカケラも存在しないような、謎のヒラヒラとか謎のヒモ状組織とかがニチアサアニメのマスコットばりに生えてるメルヘン謎生物だ。そんなのが、会社の営業みたいにですます調とかで、キッチリカッチリに喋ってる方が違和感があるかもしれない。
「だいたい俺の記憶だと、魔法少女が実在するなんて聞いたこともないんだが。この世界はどうなっちまったんだ?」
「話せば長くなるんだクポ。だけど簡単に言うと、ボクたちがファントムと呼ばれる連中を地球まで追ってきたことが、魔法少女の始まりなんだクポ」
「つまり、こんなふうに街をめちゃくちゃにしちまうようなバケモンが出てきて、それ倒すための魔法少女がお前ら妖精との契約者、っていうよくあるパターンか」
俺としては、目が覚めたらもう街は原型がないほどにめちゃくちゃで、しかも何故か俺はヒラヒラした魔法少女っぽい姿になっているときた。
中身も少女化しているのは……、まあ、男でこの格好してるのとどっちがマシかというレベルの話だ。長期的には男の方がマシかもしれないが。
「いや、街を壊したのは怪人で、ボクたちとは別口ッポ」
「は? ファントムとか言うのじゃないのかよ」
「ファントムにはこんなに街をぶっ壊す力はないクポ」
「えぇ……。じゃ、じゃあその怪人っていうのは、なんなんだ?」
「知らないッポ。ボクたちがこの地球に来た時にはすでに暴れ回っていたクポ。だから魔法少女として契約してもらったら、ファントムを倒すのは半分ついでみたいなものなんだッポ」
つまり、怪人とやらは、地球の原生危険存在ということになる、と。
魔法少女は、契約者だから敵を倒すんじゃなくて、そもそもこの星の住民として、自分の危機に対処してるだけってことになる。
「というか、やっぱりこれまでの記憶がないッポ?」
そうだ。
俺、二条アキラは、このメルヘン謎生物に、「キミは今から僕の契約者なんだクポ」とか突然言われるまで、記憶が飛んでいる。
数時間とかそんなレベルじゃない。
おそらく年単位。下手したら十数年とかそのレベルで。
俺の記憶には、怪人なんて存在しないし、魔法少女も、妖精も周知されていなかった。そしてこんな都市の壊滅なんて、ずっと遠い世界の話だった。
数秒で、世界が丸ごと変わってしまったのだ。
「ああ、たぶん……、そうだッポ……。これまでの記憶がない理由。アキラの正体は、これで繋がる。説明できる、できてしまうんだッポ……」
クリポヮとか言っただろうか。
俺の契約者だと言う妖精は、およそ人間とはかけ離れた顔立ちのくせに、言いづらいという微妙な機微のわかる表情で、口を開いた。
「落ち着いて、聞いてほしいんだクポ」
「なんだよ、今更改まって」
「おそらく、アキラ。キミはこれまで、ずっと怪人になっていたんだッポ」
「……。そんなこと、あり得るのか?」
うすうすわかっていたのかもしれない。
まさかこんな道端で、今日この日までコールドスリープされていたでもあるまいし。
となると、なんらかの形で意識を失っていた、俺が俺じゃなかったと考える方が自然だろう。
「もちろん、こんなの一度も聞いたことがないんだッポ。でも理論上は怪人にも元人間がいる以上、契約できないとも限らないんだッポ」
「クリポヮは……、知ってて契約したのか?」
首を振ると、クリポヮのリボンのような長い毛が大きく宙を泳いだ。
俺がバケモノになっていた……。
実感は、全くない。
周りを見る。
瓦礫の山。たまにチラホラと見える赤い血の痕。
「つまり、この惨事を引き起こしていたのは……」
「たぶん、ボクと契約する前の怪人だったアキラなんだッポ」
意識がないなら……、責任能力がないなら、犯罪じゃない。
そんな、俺が好きでもなかったフレーズが頭をよぎった。
責任を感じるべきなんだろうか。
ただそれは、覚えてもいない前世がヒトラーだったから責任をとって死ね、とかそんな理不尽を言われるようなものだ、とも思う。
「アキラが前は何だったとしても、ボクは味方なんだクポ」
俺の表情は、目を見開くものだったと思う。
「ボクには、アキラしかいないんだクポ。だから一緒にいるクポ。それが契約者というものだからッポ」
そうだな。
覚えてもいないことを、そして前のことをグチグチと考えていても仕方ない。
魔法少女としてできることは、"俺"がもたらした被害に対して雀の涙ほどかもしれないが。
せめて、いま得た力は、誰かのために使おう。
「それで、魔法少女から元の男の体に戻るには、どうすればいいんだ?」
「男だったんだッポ?! いや確かに俺とか男まさりとは思っていたクポ……」
いや気付いてなかったんかい。
もうまだ何個も認識の相違がありそうな気がするけど、それはもう後々解決していくしかないだろう。
「……いや、でもよく考えたらダメだッポ」
「え、何が?」
「本来なら、男が魔法少女になったとしても、変身を解除すれば元に戻れるんだッポ」
「まあ、よくある感じだな」
「でも、アキラは元の姿が怪人なんだッポ」
「まあ、不本意ながらたぶんそうだな」
「だから、元に戻ったらたぶんまた意識が怪人になってしまうんだクポ」
オイオイオイ。
「それってつまり……」
「アキラは魔法少女から戻れないッポ」
「俺、今後ずっと女かよ!?」