SSSS.GRIDKNIGHT Another God Wish 作:ゴリニティ75
「……私、自分の名前、言ってたっけ」
その一言で、空気が変わった。
さっきまでの曖昧な柔らかさが、すっと引いていく。
彼女は一度だけ、メガネの奥で視線を伏せた。
「……嫌いなんだー、その名前。
前は何も思わなかったけど……今は凄く嫌い」
言葉を探すように、少し間が空く。
「……なんかさ、誰かの偽物みたいじゃん」
軽く笑おうとした口元は、結局うまく形にならなかった。
樹は、喉の奥がひどく乾くのを感じていた。
名前を呼んだだけのはずだった。
けれどそれは、彼女の中で触れてはいけない部分を、確かに揺らしてしまったらしい。
もう戻れない。
そんな予感だけが、静かに胸に沈んでいく。
「……今までの怪獣も…」
樹は、言葉を選ぶ余裕もなく、続けた。
「……全部、キミが創ってたの……?」
「そう」
即答。それはあまりにも簡単な肯定だった。
「ッ──なんで……!?」
思わず声が強くなる。
彼女は首を傾げる。
「んー?なんでって……」
少し考える素振りを見せてから、当たり前のことを答えるみたいに言った。
「……楽しいから?」
その言葉に、悪意はなかった。
だからこそ、樹の胸に、重く突き刺さる。
「……ファージって人に言われたから、……仕方なく、怪獣を創ってるんだよね?」
彼女は少しだけ首を傾げた。
「ファージさんのことまで知ってるんだ」
少しだけ驚いた様子で頭を掻く。
「まぁ……確かに最初はね言われた通り、なんとなく創ってただけ」
机の上の怪獣に視線を落とし、指先でその輪郭をなぞる。
「でもさ……いろいろ見て思っちゃったんだよね」
彼女は淡々と言った。
「今のこの世界って、汚いなぁって」
それは評価でも断罪でもない。
善悪を越えた場所から、世界を眺めた者の、
ごく個人的な感想にすぎなかった。
「だから……再構築しなきゃいけないの
世界を……綺麗にするために」
彼女はそう言って、机の上の怪獣を指先で軽く弾く。
「そのために、私は怪獣を創る」
「そんなの……」
樹は、思わず言葉を噛みしめた。
「……めちゃくちゃだ……」
一瞬だけ考えるようにしてから、素直に頷く。
「うん。めちゃくちゃだよ」
否定も、言い訳もない。
「でもさ、壊さなきゃ…何も変わらない…始まらないでしょ?」
その言葉に、怒気は含まれていない。
正しさを振りかざす気配もない。
ただ、そうするしかないと信じている者の声だった。
樹は、何も返せなかった。
正しくはそれを理解るのを拒んだ。
「イツキくんも、こっちに来なよ」
コピーは、再三穏やかな声で続ける。
「私たちと一緒の方が……きっと楽しいよ」
短い沈黙が落ちる。
そのわずかな間が、まるで答えが出るまでの時間そのものが足踏みしているように感じられた。
そうしてしばらくの沈黙の後、質問の答えを告げる。
「……俺は…そっちには、いけないよ……ごめん」
樹は迷いを振り切るように力強くドアを開け、部屋から出ていった。
「……キミ"も"…そう答えるんだ…」
閉まりかけたドアの向こうから、そんな声が、静かに落ちてきた。
それが独り言なのか、それとも誰かに向けた言葉なのかは、分からない。
樹は振り返らず、彼女の家から出た。
樹の足音が遠ざかり、張りつめていた空気が、ゆっくりと部屋から抜けていく。
残された静けさの中で、コピーは小さく息を吐いた。
そして、樹がさっきまで立っていた場所から視線を逸らし、部屋の奥に置かれた椅子に、力なく腰を下ろす。
テーブルの上には、完成した怪獣模型と、使いかけの紙粘土やバロックパール、カッターナイフ等が散乱している。
そして卓上に置かれたソフビの入った紙袋。
ついさっきまで「楽しい時間」だったはずの痕跡が、そこには微かに残る。
…彼は、何が気に食わなかったのだろうか。
自分の言葉か。怪獣か。それとも―世界か。
コピーは考える、けれど、答えは出ない。
壊して、直して、また壊してきた。
その繰り返しの中で、拒まれた記憶など、コピーは持ち合わせていなかった。
これまでコピーは自身の想うがままにならなかったことも否定されることもなかったのだ。
望美もファージも、常に自分を肯定してくれる。
それでも今回は、なぜか胸の奥に、引っかかるものが残っていた。
理解できなかった。
彼が、なぜ「こちら側」を選ばなかったのか。
選べば、もっと楽しくなれたはずなのに。
コピーは、机の上の怪獣に視線を落とす。
「……まあ、いいや」
呟きは、誰に聞かせるでもなく、静かな部屋に溶けていった。
「コピーちゃん、ただいまで〜す♪」
背後から、柔らかな重みが重なる。
望美の腕が、親しげにコピーの肩へと回された。
「……おかえりなさい……」
返事はあったが、声には張りがない。
「あれ〜? もしかしてご機嫌ななめですか〜?」
わざとらしく明るい調子で言いながら、望美はコピーの表情を覗き込む。
コピーは抵抗もせず、ただ、視線を伏せたまま答えた。
「別に……そんなことないですよ」
けれど、その言葉とは裏腹に、空気はどこか沈んでいた。
「へ〜……?」
望美はそのまま、コピーの背中に顎を乗せる。
「そういえばぁ〜さっき家から"イツキ"君が出て来るのを見たんですよ〜」
望美は背後から抱きついたまま、コピーの眼鏡を指先でくい、と持ち上げては下げる。
それを何度も、遊ぶように繰り返しながら言った。
「今日連れてくるって行ってたお客さんって"イツキ"君のことだったんですね♪わたし〜驚いちゃいました★」
「…振られちゃったけどね…」
コピーは、肩にかかる重みを振り払うこともなく、小さく視線を落とす。
「まぁ〜仕方ないですよ♪だって彼は───グリッドナイトなんですから♪」
それを聞いた数コンマのズレの後、コピーは顔を上げた。
「ぇ?─────」
その一言で、コピーの中の時間が、確かに止まった。
思考が追いつかないまま、望美の方へ振り返る。
「あれぇ?知りませんでした?───"イツキ"くんは…コピーちゃんがとぉ〜っても憎んでる、グリッドナイトだって♪」
「……そう、だったんだ」
何度も、何度も倒されてきた。
自分が創った怪獣たちを―幾度となく。
グリッドナイトを憎み、恨み、いつか倒すためだけに怪獣を創り、戦わせてきた。
その相手が。
つい先ほどまで向かい合い、言葉を交わしていた存在。
自分をスランプから救ってくれた人。
同じ目線に立って怪獣を共に創りたいと思っていた相手が。
イツキが―グリッドナイトだったのだ。
「まぁ……正しくは“一体化してる”ってのが正解なんですけど────」
愉快そうに笑う望美の声を遮るように、コピーは机の上に置かれていた怪獣の人形を、無造作に手で払う。
床に落ちたそれは、鈍い音を立て、せっかく完成していた形をひしゃげさせた。
コピーは、その紙粘土に視線すら向けない。
代わりに、引き出しから新しい紙粘土を取り出すと、机に叩きつけるように置いた。
粘土を掴む指先は荒く、形を与えるというより、感情を押し付けるかのようだった。
しばし経ち、室内に響くのは紙粘土に刃を入れる乾いたカッターの擦過音だけ。
削り、切り分け、形を与えるたびに、言葉にならなかった感情が、少しずつ削ぎ落とされていく。
コピーは無言のまま、怪獣を創り始めた。
やがて、その音だけが、部屋に残されたすべてになった。
それぞれが望美と、コピーと接触してから、数日。
特にこれといった出来事はなく、怪獣騒動も起こらないまま、高校生活1年目の夏休みは終わりを告げた。
そして台高祭、当日。
何か仕掛けてくるはずだと、どこかで身構えてはいた。
けれど望美は、以前と変わらない態度で接してくる。
何も知らない顔で、何もなかったかのように。
その平然さが、かえって嫌な予感を残していた。
前もって早くから準備をしていたのに、結局最後の方までバタバタしながら台高祭が始まった。
青紫色のゆるキャラを模した入場門。
校庭に並ぶ屋台。
校舎にかけられた垂れ幕。
学校を彩る、それら全てに青春の熱が宿り、敷地のどこにいても、楽しげな声が聞こえてくる。
今年のスローガンは、『再生』。
校内放送で、生徒一人一人が生まれ変わるような成長をしてほしいという願いが込められているとのことを呼びかけていた。
まぁ大半の生徒はそんな大層な目標など意識せず、普通に祭りを楽しんでいる。
「 ─でさ…そこでヘビクラが言うわけよ…」
「もーそれいいよ、さっきも聞いたし」
「なー次どこの展示見るよ?」
樹たちもまた、それぞれの友人と連れ立って、クラス企画を見て回ったり、屋台で買い食いをしたりと、思い思いに台高祭を謳歌していた。
いつもなら、太陽と行動を共にすることが多い樹だが、最近はそうでもない。
それぞれ望美とコピーに接触してから、準備中に交わす言葉も、必要最低限に留めていた。
それは、響子に対しても同じだった。
三人とも無意識のうちに、距離を取ってしまっていた。
揃ってしまえば、きっと思い出してしまうからだ。
怪獣のこと。
戦いのこと。
そして、この日常が、いつ壊されてもおかしくないという事実を。
せめて台高祭ぐらいはそんなことは忘れて回りたい、そんな考えを個々が汲み取って結果的にこうなっていた。
それが少し寂しいような、心残りなような、そんな想いを感じてしまっている自分がいた。
「そろそろ腹減ったから下の出店行くか」
「焼きそばあるやん」「ベビカスもあるよ」「とりま二郎いかん?」
「おーい同時に喋んな、俺どこぞの太子じゃねぇぞゴラァ……新条は何食べる?」
「…あー…じゃあ俺は──────」
友人たちと他愛のない会話しながら歩いていたその時。
視界の端に見覚えのあるパーカーが揺れた。
人混みの向こう、背中だけが見える、その姿。
見間違いだと、思おうとした。
けれど、足は勝手に走り出していた。
「……ごめん。ちょっと先、行ってて」
樹はそれだけを言い残し、人の流れを抜ける。
追いかけた先で、姿はすぐに見えなくなった。
曲がり角、階段、校舎の影─────手当たり次第に視線を走らせる。
胸の奥が、ざわつく。
あってほしくないはずなのに、それでも、確かめずにはいられなかった。
『私といっしょに、怪獣創らない?』
彼女のあの言葉が耳から離れてくれない。
しばらく探し回った後、渡り廊下の屋上でようやく、手摺にもたれ台高祭の喧騒を見つめるその背中に追いついた。
風に揺れる黒髪。
キヨシ台高校の制服によく似た装いの上に、紫のパーカーを羽織っている。
学園祭の喧騒から切り離された、静かな空間。
樹は、足を止めた。
「……どうして……君が、ここに……?」
乱れた息を整えながら問いかける、がコピーは振り返らないまま肩越しに答えた。
「どうしてって……今日は、生徒の関係者も来ていい日でしょ。
台高祭ってどんなのかなって見に来ただけ。
…それとも、私……来ちゃいけなかった?」
学校の雰囲気と合わず浮いてみえる彼女だが、その足にはしっかりと緑色をした生徒関係者用のスリッパを履いていた。
彼女に対して何か言い返そうとして、樹は言葉を探した。
けれど、うまく見つからない。沈黙が、二人の間に落ち、台高祭の賑わいに飲み込まれる。
その喧騒を切り裂くように、コピーがぽつりと告げた。
「……イツキくんが、グリッドナイトだったんだね」
既に樹がグリッドナイトであるということは知られてしまったようだ。
まぁ…あちらの情報がこちらにあるのと同じで、こっちの情報も漏れていても不思議じゃない。
「……うん、そうだよ、だから俺は……君と、君たちと戦う。
もう……二度と……奪われたものを、なかったことになんてさせない……!」
世界が忘れても、自分たちは覚えている。
知っている。
怪獣によって無惨に壊されてしまった場所を。
再構築により引き起こされた
「……そっかそっかー…ハハ」
乾いた笑いが、風に流れていく。
コピーはしばらくの間、ざわめく台高祭の景色を眺めたまま、動かなかった。
やがて、ようやく樹の方へと、ゆっくり振り返る。
「だったらさ───」
レンズ越しに彼女の赤い瞳と視線が交わる。
その瞳に宿っていたのは、怒りでも悲しみでもない。
試すような、愉しむような光。
「私を…止めてみてよ…"グリッドナイト"」
その言葉が、風に溶けるよりも早く──違和感が、付近全体を撫でた。
最初は、ざわめきだった。
どこか遠くで、誰かが転んだような音。
続いて、悲鳴とも歓声ともつかない声が、断片的に混じり始める。
学校特有の喧騒とは、明らかに質が違う。
浮ついた楽しさではなく、芯から震えるような、不安の色を帯びた音だった。
直後──地面の奥から突き上げられるような衝撃が、校舎全体を揺らした。
渡り廊下の床が軋み、吊り下げられていた装飾が一斉に吹き飛ぶ。
ガラスが一斉に砕け、生徒たちは振動で立っていることもできずに倒れ伏していく。
「なになになに……!??」
生徒たちのざわめきが、恐怖へと変わっていく。
爆発のような衝撃とともに、
夥しい数の瓦礫が空高く噴き上がる。
コンクリート片、鉄骨、ガラスの破片。
それらが太陽の光を反射しながら、雨のように降り注いだ。
砕け散った壁の奥から、鋭い爪が、瓦礫を掻き分けるように突き出た。
爪はそのまま、校舎の壁へと食い込み、
握り潰すように力を込める。
次第にその圧力に耐えきれず、校舎が悲鳴を上げた。
爪を突き立てたまま、それは壁を足場にするように体を引き上げ―内側から、這い出てきた。
見覚えのある、白い鎧のような装甲が瓦礫の隙間から覗く。
校舎全体が崩れるように揺れる。
床が傾き、悲鳴と足音が、入り混じって響く。
誰もが、逃げることしか考えられず、
けれど、どこへ逃げればいいのか分からない。
校舎の壁に爪を立てたまま、その影はゆっくりと上体を起こす。
中庭へ、そして学園祭の装飾で埋め尽くされた敷地へ、その全貌が、晒されていく。
[:—————/((;;////::!!!!]
重たい影が、校舎に覆い被さる。
学園という“日常”の中心で、
ソレは、確かに姿を現したのだった。
「……怪、獣───!?」