艦隊これくしょん~カード・クロニクル~   作:獅子兎

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第六駆逐隊

 特別特区・横須賀。4年前、突如現れた深海棲艦により崩壊した街であったが、今や東京に次ぐ大都市としてかつての賑わいを取り戻している。

 自衛軍の作戦本部と技術研究所が新たに置かれ、関連施設が並ぶ軍事都市となった横須だが、人が多ければそれだけ不審者も出てくるわけで―――

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 セーラー服を纏った少女が、人混みを掻き分けながら全速力で駆け抜ける。その手には少女には似つかわしくない蛇革のショルダーバッグ。艶があり使い込まれているのが想像できる。

 そう、彼女はひったくり。今しがた紫色の髪をしたマダムのバッグを盗み取ったのである。

 息を荒げながら、人通りの少ない路地裏に逃げ込む少女。無造作に捨てられた空き缶につまずきながらも走り続ける。

 だが手前の角を曲がった瞬間、突如彼女の足が止まった。目の前には見知らぬ少年。壁にもたれながら腕を組み、視線をこちらに向けていた。

 

「先回り成功っと」

 

 少女の表情が曇る。冷や汗が頬を伝い、奪ったバッグを強く握った。

 背丈は少女よりも頭二つ分ほど高くスラリとした体格。顔立ちは幼さが抜けきれていないが、黒々とした短髪が男らしくもあり頼もしい。

 少年は少女を見つめる。上から下まで舐め回すように視線を動かすと、ポツリと呟いた。

 

「その制服……もしかして電?」

 

 少年の問いに、電と呼ばれた少女は大げさに肩を上下させる。

 図星であった。同時に自分の正体がバレたことに恐怖し、蛇皮のバッグを投げ捨てて右手を前に翳した。ヴィィィという鈍い機械音が辺りに響くと、電の右手から突如鉄の塊が現れた。

 

「12.7cm連装砲か。なかなかいいもん持ってんじゃん」

「そ、そこを退くのですっ!」

 

 銃口を向ける。どう見ても12.7cmもあるとは思えない砲台だが、それでも人一人殺めるのは十分すぎる大きさである。

 現実ではありえぬ光景。何もない空間に大砲が出現し、しかも自分に向けられているという状況。しかし少年は臆することなく電に近づいた。

 銃口が小刻みに揺れている。視線も泳いで脅し文句も震えていた彼女が、本気で撃つわけがないと察したからだ。

 

「艦娘の犯罪行為は大小問わず重罪だ。俺を撃ったら洒落になんねえぞ?」

「だ、だから口封じなのですっ!」

「ふーん」

 

 涙目で脅されても恐くねえなぁ。と、少年は苦笑しながら腰を下ろす。電の眼前で中腰になると目線が同じ高さになり、ジッと彼女の瞳を見つめた。

 真っ直ぐな視線が電を貫く。美形とは言わないが、比較的整った顔立ちの若者に見つめられ、電の頬が僅かに染まった。

 

 が、

 

「天誅!」

 

 電に強烈な頭突きを食らわしたのだった。

 連装砲を落とし、目を回しながらその場でフラフラと千鳥足。一方頭突きをした当人も、思いのほか電が石頭だったのか額を押さえている。

 

「ッツー!やっぱ艦娘に肉弾戦は無謀か」

 

 赤くなった額を摩りながら、少年は立ち上がり背後を振り向く。やっと捕まったかと呟くと、視界の先に佇む小さな人影が手を振った。

 

「司令官!おっまたせー!」

 

 電と同じ制服をきた少女。口元から覗く八重歯が可愛らしい少女は、電と背格好が瓜二つで双子と見間違えるほどだ。

 

「おー。良くやったな雷」

 

 雷は満面の笑みを浮かべながら、可憐な少女には似つかない物を引きずっていた。ロープで縛られた男である。

 ボサボサ頭の巨漢な男。大人でも引きずり回すのは難しいであろう人物を、幼い少女が犬の散歩のように引き連れている。

 男の左頬には青痣がくっきりと色づいており、少年は違う意味で額を押さえ苦笑した。

 

「雷さん?俺は穏便に連行するようお願いしたはずですが?」

「い、一発だけなら誤射かもしれないわ!」

 

 お前の誤射は洒落にならんと心の中の呟きながら、今後について頭を悩ませる。

 これで貸しはチャラだな。小さく溜息をついて、少年は地面に横たわる男を冷たい眼差しで見下ろした。

 

「知ってっか?艦娘を利用した犯罪は重罪なんだぜ。その様子じゃ常習犯だろお前」

「そ、そういうテメェこそ、艦娘使って俺を襲わせただろ!はっ、わかったぜ。俺をゆすって金を巻き上げようって魂胆だな!」

「は?なんでそういう発想になんだよ」

「テメェこそ艦娘使って甘い汁すすってんだろ!それともなんだ、あのチビと楽しいことでもして―――」

 

 刹那、男の身体が宙を舞う。青痣を的確に捉えた右足が、頬骨に接触し鈍い音を響かせた。

 男は意識を手放し、鼻からは赤い液体が流れ落ちる。野豚のように寝転び男を一瞥すると、少年は視線を雷に向けた。

 電と抱き合う雷。いや、一方的に抱きついているというのが正しいだろう。あの様子では、こちらの会話は耳に入っていないようだ。

 先ほどの発言を聞かれていないことに安堵し、少年は男の尻ポケットをまさぐり一枚のカードを抜き取った。

 タロットカードほどの大きさのそれは、なぜか電のイラストが描かれていて、少年はカードの表面を指でそっとなぞる。するとカードが発光し、イラストの上から『initialization』の文字が浮かび上がった。

 

「初期化完了っと。後は憲兵に連絡して、それから……」

「バカバカバカ!あんな悪い男に捕まって!」

「はわわっ、ごめんなさいなのですっ」

 

 泣きながら怒りの抱擁をかましている雷に、少年は二度目の溜息をつく。電は困惑しきった表情で、オロオロと視線を左右に泳がせていた。

「そろそろ離してやれ。電も困ってんだろ」

 

 気持ちを落ち着かせようと雷の頭を撫でる。ようやく電から離れると、今度は少年の右手にしがみついた。拗ねているようだ。

 

「さてと、とりあえず落ち着いたか?」

「は、はいなのです」

「良かった。一応確認するけど、電だよな?」

 

 電は黙って頷く。少年も納得したように軽く頷き、電と目線を合わせるため少し屈んだ。

 目を伏せる電。少しでも恐怖心を和らげようとしたのだが、顔が近くなり電には逆効果のようだ。

 

「雷との記憶はあるのか?」

「記憶といいますか、ぼんやりとだけ。司令官と出会った以前の思い出はほとんどなくて……でも、仲良し姉妹だってことは覚えてます!」

 

 初めて見せた電の笑顔に、少年は胸を撫で下ろす。と同時に、電にも過去の記憶がないことに落胆した。

 

(うーんやっぱ無理か)

 

 あては外れたが、少年は顔には出さず質問を続ける。

 

「あいつの指揮下に入ったのはいつだ?」

「えっと、ちょうど二週間前なのです」

「ひったくり以外に何かやらされたか?その……乱暴を受けたとか」

 

 聞きづらそうに頬を掻くが、当の本人は言葉の意味を理解してはいないらしい。特に動揺する素振りは見せず、首を左右に振って否定した。

 

「泥棒以外はしてません。司令官は電のことが苦手みたいで、ほとんど“実体化”させてくれませんでしたし……」

 

 不幸中の幸いか。と、少年は心の中で呟いた。

 

「よし、わかった。取り敢えず場所を変えよう。ここで立ち話もなんだしな」

 

 少年は電に手を差し伸べるが、彼女は頭を振ってそれを拒否する。

 彼女の視線の先には、仰向けに倒れている男の姿。艦娘の“性質”が、電を縛り付ける。

 深海棲艦と共に現れた謎の少女『艦娘』。特別な力を秘めた彼女達を管理・運用する監視官。通称『提督』。艦娘と提督の絆は、例え意図せぬ形であろうと抗うことはできないのだ。

 そう、普通ならば―――

 

「あーそっか、まだ反映されてねえのか。あいつは放置でOK。契約は解消しといたから」

「はいなのです。契約がある限り電は……え?」

「だから解消済み。ほれ」

 

 そう言いながら、少年は先ほど男から奪った一枚のカードを見せつけた。

 電のイラストがデザインされたタロットカードのようなもの。少年はカードの表面をなぞると、イラストの上から『initialization』の文字が浮かびあがった。

 イニシャライズ、つまり初期化。男と電の主従関係が解消されたということ。

 唖然とする電。目をパチクリと瞬かせて、言葉の意味を反芻する。

 意味は理解できた。だが、なぜそのようなことが出来たのかは理解出来なかった。第三者が一方的に契約を無効化するなど、通常ではありえないことなのだから。

 

「取り敢えず俺と仮契約しといたから。まあ無理するなよ」

「あ、あなたは一体……?」

「そっか、まだ名乗ってないっけ」

 

 少年は笑みを浮かべる。自信に満ちた、若干優越感に染まる口元に、電の全神経が注ぎ込まれた。

 

「今村徳治。1st.Admiralだ」

 

 

 

 

『艦隊これくしょん~カード・クロニクル~』

 

 

 

 五年前突如現れた謎の生物『深海棲艦』は、世界に大きな混乱をもたらした。

 禍々しく機械的な容姿、中には人型の個体も存在するが、その奇妙な姿形は生物と呼ぶには言い難い。

 人類とさほど大きさが変わらぬ生物だが、水面を自由自在に駆け巡る姿は一時期『神の化身』とも呼ばれていた。

 だがすぐに奴らが神の化身ではなく、悪魔そのものだということが判明する。

 艦船への無差別攻撃。海岸都市への強襲。海上施設の破壊。シーレーンの封鎖などなど。人類に対して一方的に牙を剥いた化け物たちは、人的被害だけでなく世界経済までにも大打撃を与えたのだ。

 海の底から音もなく現れる生命体に対して交渉する術もなく、大国を中心に大規模な掃討作戦が幾度となく行われたが、その効果は徒労に終わった。人類の英知を結集した最新兵器が、深海棲艦に対して効果が薄かったのだ。

 人と変わらぬサイズでありながら、ミサイルや砲撃を受け止める強靭な肉体。一度だけ核兵器も導入され効果を出したが、湯水の如く現れる深海棲艦に対して諸刃の剣を打ち続けることは出来なかった。

 しかし、現れた謎の生命体は深海棲艦だけではなかった。『艦娘』大日本帝国海軍の艦艇を名乗る少女達である。

 深海棲艦とは違い普通の人間と変わらぬ姿をしている彼女達だが、その性質は人間と全く異なる。

 深海棲艦同様、生身の身体で海面を自在に行き来し、何もない空間から自在に武器(艤装)を展開して攻撃を行う。そして艦娘達の攻撃は、深海棲艦に対して有効なのである。

 幸い彼女達は人類に対して友好的であり、且つ深海棲艦と敵対していた。敵対している理由は当の本人達もわからないようであったが、深海棲艦に打つ手がない人類にとってはまさに救いの神であった。

 彼女達は普段『艦娘カード』と呼ばれる、タロットカードのような物に“入っている”。

 比喩でもジョークでもなく、カードに入っているのだ。

 そのカードに特定のアクションを加えると、彼女達はカードの中から出現し“実体化”する。実体化した艦娘はカードを所持している者の命令にのみ従い……つまり、艦娘カードの所有者が艦娘を自在に操ることができるのだ。

 深海棲艦に唯一対抗できる生物。得体の知れない地球外生命体に違いないが、支配下に置くことができるとあれば彼女達を使わない手はない。

 だが艦娘の運用には致命的な弱点があった。艦娘の実体化は誰でも出来るわけではなく、特定の条件を満たす必要があったのだ。

 条件を満たした人物と艦娘が“契約”をすることで、初めて艦娘を管理・運用することが出来る。

 だがその条件というのが、現在も判明していない―――

 いくら犯罪の首謀者とはいえ、縄で縛り上げた気絶中の男を放置するわけにはいかず、艦娘専門の事件を取り扱う“特殊軍警察”に引き取ってもらうことにした。

 手持ちのスマホで通報するが、何やら電話口の相手と喋り込んでいるようで、時折怒号も飛び交った。

 結局通話を終えたのは二十分以上経ってからで、一仕事終えた徳治はわざとらしく額の汗を拭うポーズをした。

 

「あのオッサンめ、人の足元見やがってからに」

「司令官、交渉はどうだったの?」

「警察に圧力かけて揉み消してくれるそうだ。電は俺が預かるってことで無理やり納得させた。おかげで面倒事押し付けられたけど」

「また護衛任務?」

「だってさ。新型の護衛艦が配備されれば、こんな雑用押し付けられなくて済むってのに……」

 

 話が全く見えない電であったが、どうやら自分に対するお咎めはないらしい。そして特殊軍警察、通称『憲兵』と交渉が出来る徳治に対し、言いようのない恐怖心が芽生えていた。

 少なくとも、以前の主人よりはマシであろう。命令とはいえ犯罪行為をした自分を守り、主従関係の呪縛から開放してくれた。感謝してもしきれない。

 姉である雷も懐いているが、全てを信じることは出来なかった。初めて出会った人間がロクデナシだったのだ。無理もない。

 

「というわけで、一時的に身柄を保護するから。いいか?」

 

 電は無言で頷いた。いずれにせよ、あの男の下にはいられない。一抹の不安はあるが、彼に付いていくしかないのだ―――

 

 

 

 

 人目を出来るだけ避けながら、徒歩三十分ほどで目的地にたどり着いた。

 15階建ての立派なマンション。徳治が在籍している高校の宿舎なのだから驚くばかりだ。

 

「一人暮らしなのですか?」

「雷たちもいるから一人じゃないけどな。まあ二・三人なら余裕で暮らせるぜ」

 ここ横須賀は特別特区。4年前の大襲撃で焦土と化した土地を復興するために、当時の政府が様々な政策を施した。

 企業に対する大幅な税金免除、移住者への特別手当、自衛軍の関連施設配備による雇用の拡大、その他諸々。

 その恩赦は学生にも及び、学費及び宿舎の全額免除・生活費の支給・就職活動の優遇などいたせりつくせりなのである。

 逆に言えば、それほどの政策をしなければならないほどの事態であったのだ。

 花礫の山を片付け、新たに建物を建てることは出来ても、人が集まらなければ意味がない。『未知の生物に襲撃された街』というレッテルは、多額の税金を投与しなければ払拭することが出来なかったのである。

 そんな時代背景を知る由もない電は、圧倒されながらも徳治の後を付いていく。

 3階の角部屋。指紋センサーで鍵を開けると、中からドタドタと足音が聞こえてくる。扉を開けると、一人の少女が飛び出して電に抱きついた。

 

「いなづまぁぁぁああああああ!」

 

 漆黒の長髪を靡かせて、力任せに体当たり。咄嗟に徳治が支えたおかげで倒れることはなかったが、衝突のエネルギーが電を襲った。

 

「あ、暁?」

「私もいるよ」

 

 黒髪の少女の後ろから、白髪の少女が顔を出す。暁と響、電と電の姉妹でありお姉さんだ。

 

「第六駆逐隊がやっと揃ったね」

 

 さらに後ろから一人の少年が現れた。留守番サンキューと徳治が声をかけると、少年は微笑を浮かべながら電に視線を向ける。

 暁のハグを受けながら、電は少年と目を合わせた。徳治よりも少し長い黒髪。彼と違い柔らかい顔立ちで、今風のイケメンといった印象。

 この人が暁と響の司令官……と、電は思案する。まだ彼らのことを信じきれていないのだ。

 

「僕は田口真武。徳治とは幼馴染なんだ」

「真武さん……は、徳治さんと同じ1st.ですか?」

 電の問いに真武は頷く。艦娘と契約を結んだ人間は、彼女達が帝国海軍の艦艇を名乗っていることから『提督』と呼ばれている。

 そして彼女が言う『1st.』とは、特定の時期に提督となった人物を指している。

 深海棲艦の横須賀襲撃以前に提督となった者を第一世代(1st.)、横須賀復興までの約三年の間に提督となった者を第二世代(2nd)、それ以降は第三世代(3rd)と呼ばれている。

 艦娘と深海棲艦が現れたのは五年。横須賀襲撃が四年前。初期の段階から艦娘と関わった人物は、両手で事足りる数しか存在しない。

 その人物が目の前に二人、新米提督であれば卒倒する場面だが、艦娘として生まれたての電にはよく理解できていないようだ。

 暁と響に囲まれながら奥へ案内される。広いリビングには大きなテレビと二つのソファ、エアコンも完備されていて観葉植物も飾ってある。これが全て支給品なのだから特別特区様様だ。

 ソファに座らせて徳治はジュースを用意する。電の隣には暁と雷、暁の隣に響が座るが四人で並ぶには少し狭い。暁と雷はニコニコと笑みが溢れ、無表情の響も良く見ると口角が少し上がっている。

 微笑ましいなと感じながらオレンジジュースが入ったコップをテーブル置くと、隣のソファに座る真武の横に腰掛けた。

 

「んじゃあ早速本題だ」

 

 電の身体が硬直する。今後自分がどういう環境に置かれるのか、徳治の口から告げられた。

 

「提督の命令とはいえ艦娘の犯罪行為は重罪だ。なんとか揉み消してもらったけど、俺の手元にいることが憲兵からの条件だ。というわけで、電には俺と契約してもらう」

「えっと、つまり徳治さんの艦隊に加わると?」

「まあそうなるな。とはいえこのまま無罪放免は他の艦娘や提督に示しがつかない。だから電には絶対遵守の命を与える」

 

 息を飲む。やはりこのまま許されるわけがないのだと、電はスカートの裾を握り締めた。

 

「それは……電が受ける罰、ですか?」

「そうだ。これだけは絶対に守ってもらう。無論拒否権はない」

 

 徳治が告げる絶対遵守の命、電が受ける罪、それは……。

 

「まずは三食しっかり飯を食うこと」

「……え?」

「次に毎日風呂に入ること。女の子だからちゃんとトリートメントもすんだぞ」

「いや、あの」

「飯は俺が作るから、掃除と洗濯は雷と協力すること。ゴミ出しは当番制にすっから、後は……」

「ちょっ、ちょっと待つのです!」

 

 徳治を脅した時より大きな声が部屋に響く。てっきり先の護衛任務についたり、深海棲艦と戦えという命令がくるものと思っていた電は、その内容に疑問符を飛ばすばかりであった。これじゃあなんの罪にもならない。日常生活における家庭のルールだ。

 

「それが、電が受ける罪ですか?」

「そうだ。なかなかの拷問だろ」

 

徳治は笑う。その意図を読めず、電は狼狽するばかり。

 

「でも、電たちはご飯を食べなくても大丈夫ですし、お風呂に入らなくてもカード化すれば」

「だから罰になんだろ。お前たちには普通の人間と変わらない暮らしをしてもらう」

 

 電には記憶がない。あるのは自分の名前、ぼんやりとした思い出、必要最低限の知識と常識、そして戦う意思。

 自分がどこで生まれたのか、なぜ戦うのかはわからない。それでも戦わなければならないと電を始め全ての艦娘が直感で感じ取っていた。疑う余地など微塵もなかった。

 自分達は兵器なのだ。契約者の指示に従い、敵を打ち取るために生まれたのだ。そう信じていたからこそ、徳治の言葉はとても信じられなかった。

 

「電は兵器なのです。普通の人間じゃありません」

「確かに普通の人間じゃねえかもな。だがな、俺とシンは艦娘を兵器だと思ったことは一度もねえ。戦いたくなければ戦わなくていいし、お前達にも普通の生活を送る権利がある。まあ兎に角、楽しくやろうや」

 

 最後は気恥ずかしくなったのか、投げやりな言葉で締める。それでも電の心には、強く甘くじんわりと響いた。

 

「電は、普通の生活をしていいのですか?」

「あったりまえじゃない!もっと司令官に頼っていいのよ!」

「そうそう、電は末っ子なんだから甘えなきゃ」

「暁は甘えすぎ」

「それは言えてるわね」

「そっそんなことないわよ!暁は長女で一人前のレディなのよ!」

「あれ?長女は響じゃ……」

「もう!電まで馬鹿にしてー!」

 

 幼子の言い争いは微笑ましくて、徳治と真武はたまらず吹き出す。電の警戒心も自然と解れ、自然の笑みが溢れていた。

 

(徳治さん……いえ、司令官さんは良い人なのです)

 

 兵器である自分達を人として見てくれる。例え上辺だけの言葉でも、道具のように扱われていた電にとっては新鮮で、衝撃的で、言葉では言い表せないほど嬉しかった。

 そして姉達の笑顔が、徳治の人柄を証明してくれている。上辺だけでなく、本気で艦娘達と接してくれていることがわかる。

 

「……電は決めました」

 

 電が顔を上げる。迷いのない清々しい表情で、徳治と真武を交互に見つめた。

 

「電の命、司令官さんにお預けします」

 

 回収した電の艦娘カードが輝く。仮契約から本契約、提督と艦娘の関係が結ばれた淡い光。

 

「俺の家事チェックは姑並だぞ?」

「任せてください!電の本気を見せるのです!」

 

 暁型駆逐艦4番艦・電。本日を持って今村艦隊への編入が正式に受理されたのだった。

 

 

 

 

 




月一更新を目指して頑張ります。
続きは9月上旬予定です。


次回【高速戦艦】お楽しみにー。
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