三度目の舞台。そして、その先へ。   作:コウタロー。

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1R.ヒーローになる為の試練・上

 某所某牧場、とある馬が産まれ落ちる。

 額に流星持つ鹿毛の仔馬、当時はまだ彼の馬は期待されていなかった。

 それもそのはず、彼が受け継いだ王家の血筋が旺盛を誇ったのは、今から三十年以上も昔の事だ。

 かつて皇帝と呼ばれた競走馬が居た。かつて帝王と呼ばれた競走馬が居た。

 この二頭の血を受け継いだ競走馬が活躍する事はなかったが、その因子は仔へと継承される。

 

 今はまだ浪漫でしかない。

 応援はするが、本気で勝てるとは誰も思っちゃいなかった。

 彼が中央を走るまで、まだ二年以上の年月がかかる。

 頭の片隅に、なんとなしに残っている程度、ネット上ですらも彼を話題にする者はいなかった。

 彼の競走馬はセリ市に出される事なく、庭先取引でホースクラブに引き取られる。

 

 父馬が種牡馬を引退した事もあり、とある元競走馬のバースデードネーションに寄付をしていた人々が推しに貢ぐ感覚で一口だけと買い付けていった。祖父譲りの類稀なるバネを引き継いだ小柄な体躯、牧場の柵を何度も飛び越える事件を起こしている事から少しだけ期待をしていたのかも知れない。そんな漫画のような話がある訳ない、と思っていても捨てきれないのが人の夢。

 

 名前は公募した中から「あの夢のような舞台をもう一度」という意味を込めて────

 

 

 某年九月初旬、新潟競馬場には多くの観客で賑わっていた。

 コロナ禍の閑散とした雰囲気は見る影もなく、競馬新聞を片手にパドックを回る競走馬を睨み付ける。

 まだ観客慣れをしていない競走馬の中で、鹿毛の少し小柄な競走馬が独特のステップを刻んだ。その身体を斜めに向けたまま、膝を大きく上げた小気味よい歩行を前に壮年の競馬ファンが手持ちの新聞紙に視線を落とす。父馬の項目にクワイトファインの文字、トウカイテイオーを父に持つ種牡馬の名である。それを確認した往年の競馬ファンが投票カードに印を刻んだ。別に勝てると思った訳ではない、懐かしい気持ちに流されただけだ。

 どの投票カードも賭け金は三桁止まり、種牡馬実績のない彼の馬の仔では期待できるはずもない。

 ちょっと見せ場があれば良い。と応援のつもりで賭けただけなのだ。結局、その競走馬の人気は三番手止まり、発育の良いロードカナロア産駒が一番人気となっていた。鞍上が過去五年連続でリーディングジョッキーとなったラファエルだったのが評価されたのかも知れない。対して、クワイトファイン産駒の鞍上は高森鯉次郎騎手、騎乗数が通算で二万を優に超える五十路のベテランジョッキーである。思い入れがあって、この馬の騎乗を選んだ訳ではない。偶然、手が空いていたので依頼を受けただけに過ぎなかった。

 しかし追い切りの調教で持ち馬の感触を確かめる為に乗った時、彼は走る手応えに久方ぶりの興奮を得る。

 

「こいつ、勝てますよ」

 

 思わず、そう口にしてしまう程の素質を秘めていた。

 

 

 トウカイテイオーが弟子を取った。

 彼女は、現役時代に自分を支えてくれたトレーナーの助手という形でトレセン学園に関わっており、それが今年になって初めて自分だけの担当ウマ娘を持ったのである。そのウマ娘は幼い頃の彼女を髣髴とさせる姿形をしており、その立ち振る舞いは彼女の師であるシンボリルドルフによく似ている。

 しかし彼女の前評判は、決して良いとは言えなかった。

 彼女は脚に不安を抱えており、トレーニングや模擬レースを本気で走る事がなかった為だ。それに彼女の同世代には二人の大型ウマ娘がおり、世間の話題は彼女達に掻っ攫われていた。名門チームに入門した栗毛の新鋭、アンビリーバブル。ディープインパクト、コントレイルと続く三冠の大器、テイクオフ。二人は互いを好敵手として認識し、何をするにも常に競い合っていた。そんな二人の様子に、彼女達が次世代の柱になる事を誰もが信じて疑わない。

 実際、二人の実力は同世代の中でも頭が幾つも抜けていたのだ。

 

 額に流星、鹿毛のウマ娘がトラックコースを走る。

 その姿をストップウォッチを片手に眺めるのはひとつ下の後輩、メジロ家の令嬢であるユーティライズだ。現役時代のトウカイテイオーに似た綺麗なフォームは、まるで全身がバネで出来ているかのようだった。空を翔けるかのように芝を翔ける彼女の姿をユーティライズがポケッと眺める。

 見惚れていた。彼女が目の前を駆け抜けた時、ストップウォッチのボタンを押せたのは偶然だった。

 表示されるタイムは思う程、伸びていない。しかし、その走りには魅力があった。

 

「どうだった?」

 

 涼しい顔で問い掛ける彼女にユーティライズはストップウォッチを投げ渡す。

 

「貴女の負ける姿が想像できません」

 

 タイムなど、まるで関係ないかのように告げる後輩に、彼女は苦笑を浮かべる他になかった。

 それがレース直前の事、彼女はまだ全力で走る事ができずにいた。

 

 不安を抱えたまま、レース当日。新潟レース場で開催されるメイクデビュー戦に彼女は出走する。

 観客席の最前列にはジャージ姿のトウカイテイオーに、制服姿のユーティライズ。そして私服姿の葦毛のウマ娘、メジロマックイーンが観戦に来ていた。出走前の準備運動、衰退したメジロ家を支える現当主が親友であり、好敵手でもあるトウカイテイオーの愛弟子を眺める。

 

「まるで若い頃の貴女を見ているようですわ」

 

 テイオーステップを刻む彼女の姿を見て、呟いた言葉にトウカイテイオーが満点の笑顔で告げる。

 

「素質だって、このテイオー様の折り紙付きだよ」

 

 歳を重ねても幼さを残す親友の姿に「でしょうね」とメジロマックイーンが短く返す。

 各ウマ娘がゲートに収まるを見届けて、僅かに緊張感が高まるのを感じ取る。しかし彼女の愛弟子に気負いはない。ゲートに入ってからも落ち着いた様子で身体を解している。

 不安要素は一点、脚部不安でメイクデビューまでに仕上げることが出来なかった事にある。

 

「彼女は、天才だ」

 

 ポツリと呟かれた天才の言葉、メジロマックイーンが問い返す前にゲートが開け放たれた。

 

 

 かくして新潟競馬場のゲートが開け放たれた。

 ガシャコン、という音と共に最高のスタートを切ったのは額に流星を持つ鹿毛の競走馬。そのまま(はな)を切って先頭に立とうとするのを鞍上の高森騎手が少し抑えるように手綱で操れば、反抗もせずに他の競走馬に戦闘を譲って、二番手の位置を付ける。新潟外回り1800mの直線は長い。先頭を走る馬を風避けに道中を凌ぎ、第三コーナーに入る。コーナー中の下り坂で速度が付いてしまった先頭の馬が外によろけてしまった。その一頭分の内を走っていた結果、高森騎手は意図せずして絶好のポジションに入る。

 最後の直線、残り400mを示すハロン棒を横切ったのを確認した後、手綱を追って前に出るように指示を出した。

 すると鞭を振るうまでもなく、軽快な足取りで1馬身分だけ抜け出す。

 外からラファエルが駆るロードカナロア産駒が押し寄せて来たが、これは指示を出すまでもなく、彼が乗る馬が自分の意志で速度を高めた。手綱を追う必要すらなかった。頭を抑えた2馬身差、正確には1と4分の3馬身。ほとんど何もすることがないままゴール板を横切った。

 他者を圧倒するのではなく、ただ先頭で走る為に相手の頭を抑える。

 その競馬を理解した圧巻の勝利に「ハナ差圧勝」という懐かしいフレーズが高森騎手の脳裏を過ぎった。

 今回は先行押し切り、嘗ての愛馬と似たシチュエーションだった訳でもない。

 

 しかし涼しい顔で芝を駆け続ける新しい相棒に、着差以上の実力差を垣間見た。

 全身が震える感覚に「先ずは一勝」と息を零す。

 また乗せてもらえるように全力で自分を売り込む事を、彼は決めていた。

 

 

 ゴール板を駆け抜けた後、

 他の出走ウマ娘が息を切らして地面に転がるのを傍目に彼女は悠々と空を見上げる。

 先ずは一勝、無敗三冠の夢に近付いた。と拳を小さく握り締めた。

 

 この時はまだ彼女の知名度は低いままだった。

 順当に走り、順当に勝利した。着差は1と4分の3バ身、劇的な勝利ではない。

 危なげないレース展開、悪く言えば退屈なレース。

 勝つべくして勝った。それしか語る事がない。

 この勝利が彼女の実力を世に知らしめることはなかった。

 

 彼女の底知れぬ実力を感じ取れたのは、彼女の背を追った2着のウマ娘だけだ。

 走っても、走っても、追いつけない。最後の直線から最後までピッタリと1と4分の3バ身差。永遠に縮まる事のない距離に彼女の表情は絶望に染め上げられている。それは最も近い距離で彼女を見ていたからわかる事、彼女は息ひとつ切らしちゃいなかった。

 観客席に向けて、悠々と手を振る彼女の背中を見て、もう二度と彼女と同じ舞台に立てない事を感じ取る。

 

『サードステージ! 見事、メイクデビューを勝利で飾りました!』

 

 この時はまだ、彼女の名は無名に等しかった。




時期的にトウカイテイオーは難しいのでクワイトファインに。
クワイトファインはクワイトファインでスーパーホースが居るんだけどね。
テイクオフも同様の理由でコントレイル産駒に。

サードステージを書く為に大分、無理をした設定変更。
登場時期も滅茶苦茶。やりたい放題。更新は不定期。
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