三度目の舞台。そして、その先へ。 作:コウタロー。
肌寒さを感じるようになった11月の話、
トレセン学園では開催間近なジャパンカップの裏で、ジュニアクラスの二人のウマ娘が注目を集めている。
皇帝シンボリルドルフの後を継ぐ形で生徒会長となった七冠ウマ娘ディープインパクトがいる生徒会室に入り浸るメンタルつよつよウマ娘テイクオフ。実際、ディープインパクトを髣髴とさせる彼女の強さは深い衝撃と共に誰もが認めている。
もう一人は栗毛のウマ娘アンビリーバブルだ。彼女は黄金世代の一人、キングヘイローと同じ家の生まれであり、同じく黄金世代のグラスワンダーの師事を受けている。スペシャルウィークやエルコンドルパサーといったウマ娘との関係も良好であり、幼い時からレースで勝利する為の英才教育を受け続けていた。
この二人の実力は群を抜いており、同期の間では自分達の世代は二人の時代になるとまことしやかに囁かれている。
時代の移り変わりは早い。
神と称されたシンザンの時代は終わりを迎えており、皇帝や帝王がレース場で凌ぎを削ったのも遠い記憶の彼方。ナリタブライアンやヒシアマゾン、エアグルーブが走る雄姿を実際に見た者も少なくなった。黄金世代を生きた人間にとっての皇帝や帝王が、今の時代を生きる者にとっての黄金世代である。オルフェーヴルやゴールドシップ、最近だとアーモンドアイが今の時代を生きる者にとってのヒーローなのだ。
復活の有マ記念、あの伝説は今やもう過去の遺物。でも、あの伝説が私にとっての始まりだった。
VHS。といって今の世代の人に通用するのだろうか?
親の実家に遊びに行った際、興味本位で古びたビデオテープを再生したのが全ての始まり。あの時に見たトウカイテイオーの走りが私の競走人生の始まりだった。歓声がが上がった、ビデオ越しでも伝わる熱狂があった。トウカイテイオーがゴール板を駆け抜けた時、そのウマ娘を知らずとも心臓を強く打ち抜かれる感覚がある。
祖母に頼んで彼女が出走したレースを全て観せて貰った。
同世代で走ったウマ娘のレースも全てだ。名優の走りに見惚れて、チームカノープスの面々に熱い想いを抱いた。ミホノブルボンのトレーニングに裏打ちされた強さを知り、ライスシャワーからも諦めないこと、投げ出さないことの強さを知る。そしてBNWの激戦の後、最後の有マ記念に巻き戻る。
全ての観終わった時、私の中での価値観が固められた。
そして夢を抱いた。過去に素晴らしいウマ娘が居た。彼女達のようなレースがしたい、と思うと同時に、彼女達を超えたい。と強く願うようになった。後で今を走るウマ娘の映像も観るようになったが、やはり、初めて、というのが衝撃的なものであるようで、トウカイテイオーの走りを見た時のような感動は得られなかった。勿論、現代が過去に見劣りする事はない。だけど、私の青春は、あの時代の映像と共にあった。
あの夢のような舞台をもう一度。
映像だけではない、あの時代を走りたい。古い価値観に囚われるつもりもない。
想いを受け継いで今を走るのだ。
踏み締める一歩は、新しい未来の為の一歩だ。
過去から受け継いだ想いを背負って今、私は未来に向かって駆け出すのだ。
その意志が私の始まりだった。
◆
11月、ジャパンカップを控えた二週間前の話だ。
サードステージは東京競馬場にいる。前月に1勝クラスのレースに勝利した彼の陣営は勢いのままに重賞の東京スポーツ杯2歳ステークスの出走を決めた。鞍上は前走、前々走の続いて高森鯉次郎騎手。彼は返し馬の際、栗毛の競走馬の後姿を睨んだ。アンビリーバブル、スクリーンヒーローが種牡馬として現役最後の時に生まれた仔である。祖母にカワカミプリンセスがおり、産まれた当時はグラスワンダーとキングヘイローの両方の血を受け継いだ仔と話題に上がった。
黄金世代。丁度、自分が騎手になったばかりの話になる。
あの時はまだ馬に勝たせて貰っているだけだった。かつて古馬王道を走りきり、全てを勝利してのけた歴史的な名馬が居た。あの時、与えられるだけでなにも返せなかったものを今、他の競走馬に返し続けている。まだ一流の男になれたかどうかは分からなかったが、それでも旅の途中だという自覚があった。
終わりはない。馬に関わり続けている限り、終わりは来ないと思っている。
今の騎手を続けていられるのは、あの誰よりも強かった彼との出会いがあったからだ。
アンビリーバブルの騎手は木村将司、新進気鋭の若手である。
高森は、静かに闘志を燃やす。自分の持ち馬であるサードステージは競馬を知っている。ゴール板の横を駆け抜けた時、先頭に立っていれば勝利だということを分かっていた。その証拠に1勝クラスのレースでも大差勝ちはせず、1と4分の3馬身の着差で勝利している。必要以上に力を出し切らない、そのおかげもあってか脚の調子も良い。
まるであいつのようだな。と苦笑し、ゲートへと向かった。
あの時はまだ相棒足り得なかった。今は、あの時と違って経験も実力もある。
サードステージの能力は、同世代で誰よりも強い。
もし今日、負ける事があるとすれば、それは馬のせいではなく騎手の差だと思った。
◆
東京レース場の観客席、世紀末覇王と謳われたテイエムオペラオーが足を運んでいた。
ブランド者の私服を着込んだ彼の隣にはアドマイヤベガが立っている。二人が出会ったのは偶然だ、お忍びで着ていたアヤベは飛躍的、地味な衣服に帽子と伊達眼鏡をかけた姿だったのだが一目でオペラオーに気付かれてしまった。その流れで二人は一緒に観戦する事になった。
オペラオーの正体を隠す気のない姿に周囲の観客がざわめいている。
その余波でアヤベの正体もバレており、早々に邪魔な眼鏡は鞄の中にしまうことになった。
「貴女が観客席まで来てるなんて珍しいわね」
なんとなしにアヤベが問い掛けると「来ない訳にはいかなかったんだ」とオペラオーが答える。
「そんな気がしてね」と続ける彼女にアヤベは小さく息を零す。
珍しいものを見た。そんな気分だった。
「それをいうなら君の方だって珍しいじゃないか」
「親しくしている従姉妹の子の初舞台、見ない訳にはいかないでしょ」
貴方と違って暇なんだし、とアヤベは続ける。
ドリームトロフィーリーグを引退したテイエムオペラオーは、芸能界に進出するようになり、オペラに演劇と手広く活動を続けている。対する自分は、至って普通の家庭を持った専業主婦。布団乾燥機で、ふわっふわにした布団に身を埋める事を至上の喜びにした毎日を送っている。
余談だが仕事で忙しくなったオペラオーとドトウの関係は遠くなった。代わりに最近はタイキシャトルとの関係が深くなったようでよくタイキシャトルのSNSでドトウの姿が見られるようになっていた。
何処に行っても振り回されている辺り、彼女は根っからの振り回され気質なようだ。
「どっちかというとドトウ君が振り回しているようだがね」
「そうなの?」
「時々、タイキから話を聞いているからね。彼女と一緒だと退屈しないって言ってたよ」
「……あ、そう」
ちなみにアグネスデジタルとは今も連絡を取り合っているようだ。
引退後、トレセン学園の教官になったデジタルはスター性のあるウマ娘の発掘に有用なのだと彼女はいう。メイクデビュー前のウマ娘の話を彼女に振ると十中八九でデジタルの話題に転換する。お前のそのドトウとデジタルに向けた重い感情はなんなんだとアヤベはウマ耳を絞った。
余談になるが、オペラオーは専業主婦になったカレンチャン経由でアヤベの動向もきっちりと把握していたりする。
つまり今日、二人が遭遇したのは偶然ではなかった。
「それで君の従姉妹の子っていうのは?」
オペラオーの言葉に「今、ゲートに入るのを嫌がってる子」とアヤベが返す。
ツキノヒカリと名が与えられた栗毛のウマ娘。その名前を聞いた時にオペラオーは「気性が激しいやんちゃっ子が居る」とデジタルが楽しそうに語っていたのを思い出した。自身を何処にでもいる普通のウマ娘と称する彼女が求める競走ウマ娘としての能力は、異常なまでに高かった。彼女が競走能力を手放しに褒めるのは、最低でも重賞レースで勝ち負けに持っていけるだけの素質を持つウマ娘に限られる。
その彼女が素質があるウマ娘として、ツキノヒカリをオペラオーに紹介していたのだ。
「まあ掲示板内に入ってくれれば……」
と呟くアヤベにオペラオーが意味ありげに笑みを深める。
話をしている間に各ウマ娘がゲートに収まった。
「そういえば、貴女が今日、レース場に来た理由って────」
言い切る前にゲートが開け放たれる。
ハナを切って飛び出したのはツキノヒカリ、次いでサードステージ。注目ウマ娘であるアンビリーバブルは後方からの展開だ。もう既に元好敵手の瞳がレースに見入っているのを感じ取ったアヤベは、言葉を切って自分もレースに集中する事にした。先頭を走り続けるツキノヒカリ、その後ろをピッタリとマークするサードステージ。懸命に走る従姉妹の娘よりも、ダービーを制した競走ウマ娘としての本能が、その背後を走るウマ娘から目を離せなかった。
最終コーナーを曲がった最後の直線、僅かに膨らんだツキノヒカリの内側をサードステージが僅かに抜け出す。
先頭を取って距離を離す、何時もと違う1と4分の3バ身を超える速度。その後方で大外に振ってスパートを仕掛ける栗毛の陰、アンビリーバブルが一気呵成に先頭へと距離を詰めていた。垂れるツキノヒカリを横切って、そのままサードステージをも捉え────
「さあ、これからだ」
──られなかった。
オペラオーの言葉の通り、1と4分の3バ身の聖域に彼女は踏み込ませなかった。
アンビリーバブルの伸びる末脚、3着との差は4バ身を超えて5バ身にも届こうとしている。
だが、先頭との距離である1と4分の3バ身が埋まらない。
吠えるアンビリーバブル、更に抜け出そうと芝を踏み締めた。
僅かに限界を超えた速度に距離が詰まる。
しかし、そこまでだ。
1バ身差、サードステージは実戦で初めて出した限界速度のままゴールを駆け抜けた。
二強の一角を下し、サードステージの名が全国に知れ渡る。
大歓声の中、サードステージは咆哮もせず、
観衆に応えるように、静かに拳を空高くに掲げた。
年末、朝日杯FS。ホープフルS。
共にサードステージの名が出走表に記される事はなかった。
脚部不安、彼女の走りは翌年の春まで持ち越される。
ツキノヒカリは5着。少し距離が長すぎた。
以降、短距離マイル路線に専念。
カワカミプリンセスも年齢的に難しいので、祖母になってる。