ようこそ享楽至上主義の教室へ IF等まとめ   作:wind flower

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原作の情報次第でいずれ加筆修正して本編にあげたいとは思っている話です。


おまけ?

 

 

 

 

 高円寺六助にとって。父親というのは、支配者だった。

 

 子どもへの愛情がないというわけではないのだろう。だが、度が過ぎているといえばいいのか、不器用と表現すべきなのか。

 

 高円寺コンツェルンの後継者候補は、六助以外にも5人存在した。彼の兄姉たちだ。しかし彼らは現在高円寺家にいない。分家に養子に出されるという形となった。

 

 六助という名前も、いずれ社長に就任する際は改名することになっている。父も、そのまた父もそうしてきていた。

 

『一番お前に才能がある。後継者争いというのは不幸を生み出すだけだ。だから六助、今日からお前は一人息子として励みなさい』

 

 他の子どもたちを父親が嫌っているというわけではない。ただ、どこまでも独善的で合理的なだけなのだ。

 

 悪意なく人の心を操る。無意識に人を従わせる。それが可能なだけの才を、財を、地位を、名声を、人が望むおおよそ全てを持ち合わせている男。

 

 良かれと思ってやっていることなのだろう。最適な、楽な道を指し示す。レールに沿った人生を歩ませる。

 

 別に会社を継ぐのが嫌というわけではない。ただ、何もかも父親の手中というのが気に入らなかったのだ。

 

 かつては高円寺にも友と言える存在がいた。自分ほどではないにしろ成績には困らない程度の学力も、会話を楽しめるだけの教養も、自分についてこれるくらいの運動神経もある、それでいて控えめな人物だった。

 

 関係の崩壊のきっかけは、彼が本来知るはずのないことにまで反応を示したこと。高円寺は気づいてしまったのだ。この友人すら、父が用意した存在であると。台本を与えられ役割を演じていただけに過ぎないのだと。

 

 問い詰めれば、父はあっさり白状した。意外と遅かったね、なんて感想すらつけられた。

 

 金銭を受け取っていたのか、本当は高円寺をどう思っていたのか。そんなことはどうでも良くなってしまった。ただ一つ、確かな決意があった。自分は──高円寺六助は、二度と人を信用しない。自分以外に信を置くことはないのだと、その瞬間揺るぎなく誓った。

 

「人間とはかくも醜いものか」

 

 深い失望。ならばせめて見た目だけでも美しい女性に囲まれていたい、と思うようになった。どうせ、他者は自分を利用しようと、それだけを考えているのだから。

 

 中学時代。アマゾンの奥地に行こうとも、中国の山奥に足を踏み入れようとも。父の掌の上から逃れられたことはなかった。

 

 優秀な高円寺の父親はやはり優秀であり。人生経験も豊富な以上は老獪さも身につけていた。

 

 見返したい、だとかそんな子どもっぽい感情はない。しかし。この男の上に立ちたいと、支配下におこうという思考。

 

 高度育成高等学校は最適だった。父の手も目も届かない環境。現在の与党を彼はポーズでなく、本心からあまり好いていない。よって父の息の及んでいないコネクションも作ることができる。

 

 あの学校を勧めた中学の教師の態度。入試の際の試験官たちの態度。

 

 高円寺六助は、自分たち生徒は推薦された存在、いわば出来レースのようなものであると察し。選ぶ側でなく選ばれる側に立ったことに不快感を覚えつつも、それを受け入れることにしていた。

 

「釣りは取っておきたまえ」

 

 入学式。高円寺がバスを利用したのは、単なる気まぐれだ。車を用意しても、徒歩でも構わなかった。

 

 混雑具合に顔をしかめる。適当に空いていた席に腰を下ろすと、目を閉じた。幼少期にマスターした座禅のような精神統一。それを破ったのはよく通る女の声だった。

 

「席を譲ろうとは思わないの?」

 

 高円寺の傍で立っているスーツ姿の女が、同じく隣に立つ老婆を見ながら発言する。

 

「そこの君よ君。ねえ、お婆さんが困っているのが見えないのかしら」

 

 なるほど、確かに老婆の足元はおぼつかない。だが──それがどうした? 

 

「実にクレイジーな質問だね、レディー」

 

 嘲笑が顔に浮かぶ。別に席程度どうでもいいのだが、ここは同じ新入生もいる場。名刺代わりに自分の性格を知らしめるいい機会だろう。足のポジションを入れ替え、口を開く。問いを投げて遊んでやろうという気分だった。

 

 

Q.

 

席を譲らなければならない理由

  

 

A.

 

優先席をお年寄りに譲るのは当然

 

 

Q.

 

法的な義務はないのでは

  

 

A.

 

目上の人は敬うべき

 

 

Q.

 

年が上なことと、目上であることは別の話だろう? 

  

 

A.

 

大人の言葉には従いなさい! 

 

 女性がヒートアップしていくのとは反対に、高円寺の心はどんどん冷めていく。大人しく引き下がろうとする老婆に微笑みかけ、これ以上喜劇に付き合う気はないとイヤホンを装着した。

 

 しかしこれもまた邪魔される。声が響いたのを悟った高円寺は仕方なく流していた音楽を止めた。これが同じ高校の制服を着ていなければもはや無視したかもしれないが、スクールメイツであるのだから、とりあえず相手をしてやろうと決める。

 

「今度はプリティーガールか。どうやら今日の私は思いのほか女性運があるらしい」

 

 心にもない言葉を紡ぐ。話しかけてきたこの同級生の見た目はかなり可愛らしく、自分の顔を綺麗だと臆面もなく言い放つ高円寺もそこは認めるところであった。

 

 

Q.

 

席を譲れば社会貢献になるよね

  

 

A.

 

興味がない。優先席でなくとも他の者が席を譲れば問題ないはずでは? 

 

 少女は高円寺の心が揺らぐことなどないと理解したのだろう。他の乗客に呼びかけを始める。

 

 それでどうなろうと欠片の関心も無かった。彼女が善意で行動しているのか、偽善で動いているのか。そんな些事もどうでも良い。高円寺は誰のことも信用しない。

 

 総じて人間は醜い。だからせめて自分だけでも美しくあろうと、高円寺は日々努力している。

 

 席を譲る譲らないなどは関係ない。両足を机に乗せるのも、高円寺がやれば美しくなる。そのあたりのさじ加減は、自分の中の基準次第。

 

 醜いものは嫌いだ。それでも無視することが出来ないのはどうしてだろう。

 

 美しいと何度自画自賛したところで。同じ人間である自分はどうなのかと、そんな囁きがときたま湧き上がるのは何故なのだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 人は平等であるか否かなど、意味のない問いだ。高円寺六助という存在が飛びぬけている以上は。

 

 本当の実力とは、高円寺六助の存在そのものであり、Dクラスに配属されたこととて学校側の見る目が無かったというだけ。退学になろうと、Aクラス卒業の特典が無かろうと、高円寺コンツェルンの跡を継ぐのに支障はない。

 

 退学で困るのは、父の監視下に戻る部分。Aクラスになれなくて困るのは、実際に特典を手にしなければこの学校の目的を完璧に理解しきれなさそうな部分だろう。

 

 自分しか信用しない高円寺は、必然自分のことだけを考える。他人に興味すらない。愚直なまでの自分本位。クラス移動のための2000万プライベートポイントを得る手段も講じている彼にとってDクラスのポイントなどどうでもよく、無人島試験もさらっとリタイアしていた。

 

「お、お客様! 濡れた状態で船内を移動するのはおやめください!」

 

「はっはっは。生憎とこれは私の主義でね」

 

 高円寺は物心つく頃から体は拭かずバスローブを着ることで済ませている。自分の習慣を、ルーティンを曲げるのは美しくない行為だ。

 

「主義? あ、あの、前にも申し上げておりますが、プールのご利用後は体を拭くようお願いします。そのまま歩かれますと他のお客様のご迷惑となりますので……あと私どもの仕事も増えますので……

 

 ボーイを適当にあしらっていると、通路の奥から視線を感じた。

 

 可愛らしい少女。美しいと表現するなら、それはキュビズムのような。

 

 ちぐはぐで、どこか別次元にいるような女子生徒へ値踏みする視線と微笑みを投げる。

 

「おや? 私の魅力にまた1人心動かされてしまったのかな。すまないねえ」

 

「イヤダイジョウブナンデサヨウナラー」

 

 自分しか信じられない高円寺は、自分のためだけに生きる少年は。自らの美しさと享楽を追求している。

 

 去ろうとする少女とそれを必死にブロックするボーイのやり取りはあまりにコミカルで、自然と唇の端がつり上がった。

 

「お待ちをお嬢様! タオルをどうぞ!! ────では、他の業務もありますので私はこれで。今後はこのようなことがないよう祈っておりますっ」

 

 2人きりになった通路。リタイアした生徒自体少ないのだから、これからここへ人が訪れる可能性も低い。軽い静寂を高円寺は自ら破った。

 

「慌ただしいねぇ。さて、小さなレディー。私は高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)。高円寺コンツェルンの一人息子、そして将来この日本を背負って立つ者と言えば分かりやすいかな。以後お見知りおきを。ああ、サインが欲しければ紙とペンを出したまえ」

 

 偉大なる人間である自分が日本社会を背負うのが、一番マシな道だろう。父という肩書きの支配者の上に立つにも、これは必要なこと。だからこそこの学校に入ったという理由も多少はある。

 

「ご丁寧にどうも。私は京楽菊理です。以後お見知りおかずとも大丈夫です。ついでに紙とペンもないです」

 

「変なことを言うねえ、君」

 

 他愛のない存在。されどそこから格上げして、執着しているように見せかけて。高円寺六助という存在は、彼女を使えばコントロールできると誤認させようか。周囲に甘く見られるのは我慢ならないが、完全に操縦が不可能と判断されてしまうのも、不都合が生じる。もしかしたらコントロール可能かもという希望の糸を垂らしておくべきだ。

 

 しかし高円寺は脳内で書いた台本をすぐに破り捨てた。

 

 それには、この少女は適していない。高円寺の所属するクラスの女子生徒で、自分以外に恋をしていて高円寺がアプローチしようとも決してなびくことはなく、クラスを純粋に想う心優しい人物。あとは会話していて楽しめるだけの教養があれば尚更いい。そんな少女を、1年の終わりまでには見つける必要がある。

 

 再確認した高円寺は改めて目の前の少女に貴公子然とした笑顔を向けた。彼女はわざとらしい表情で静かに手を差し出す。

 

「い、いえ嘘です。高円寺コンツェルン大好きです。大ファンです。握手してください」

 

 握った手から伝わる熱量。ギシギシと強い力が加わる。

 

「グゥッド。なるほど、君は存外パワフルガールのようだね」

 

 体力や運動に関することなら高円寺はトップを譲らないことを確信している。それでも、もしこの少女と争うことになれば……? 退屈が少しは紛れるだろうか。

 

 薄く興味が湧いて、連絡先を聞き出すことにした。

 

 無線機を携帯している彼女は、自分のクラスのために動いているのだろう。クラス戦に参加する気はさらさらないが、個人戦への期待はわずかに浮かんできた。その身体能力を十全に発揮してくれるのか。

 

 本気を出さないのなら、それまでということ。構う必要はない。ただ、いつもの退屈が続くという、それだけの話だ。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

「みーちゃんって、みーちゃんって」

 

 思わず頬が緩む。(ワン)美雨(メイユイ)は自室で携帯端末をぎゅっと握りしめながら今日の幸福を噛み締めていた。

 

 入学して日が浅く、ほとんど写真のないフォルダにはとあるツーショットが入っている。優しい微笑みとぎこちない笑みが対照的な男女。この撮影はすごくすごく嬉しかったけど、(ワン)は笑うのが得意ではないのだ。

 

 まだこの学校には友達という友達がいないことを考えるともっともっと上達させないとと焦りみたいなのが生まれてしまう。みんなに優しい櫛田のとても素敵な笑顔に憧れるも、あのレベルに達するのはどう頑張っても無理ではとどこか諦めている気持ちもあった。

 

 競争意識が強く勉強のレベルが高い中国から引っ越してきた(ワン)は学力面で困ることは無かったし、入った中学には英語が得意な人がたくさんいたので最初は苦労したものの友達を作ることも出来た。中国では美美(メイメイ)と言われていたけれど、日本ではみーちゃんというあだ名をつけてもらって、中国人の両親も気に入ってくれて家でもそう呼ばれている。

 

 でも、彼の告げる響きは友達とも両親とも違って。

 

「平田くん……」

 

 クラスの人気者で、格好良くて優しくてすごく素敵な人。

 

 彼を認識したのはその爽やかな自己紹介が最初だったけれど、出会いと、そう言えるのは入学式の後のこと。

 

 さっそくグループを作ってカフェやカラオケに向かう人もいたけれど、8割くらいの生徒は寮に行こうとしていて、(ワン)ももちろんその一人だった。

 

 ちょっとドジなところがあるのと、慣れてきたとはいえ日本での学校生活もまだ4年目で緊張に包まれていたのと、その相乗効果があったのだと思う。並木道で盛大にすっ転びそうになった(ワン)を素早く支えてくれたのが平田だった。それから寮まで一緒に歩いて。自己紹介の内容を覚えていてくれたらしく、何か分からないことがあったら気軽に言ってほしいと、溢れんばかりの親切心をもらった。

 

 あれから、(ワン)は気づけば彼の姿を目で追うようになっていた。でも彼の周りはいつも人でいっぱいで。特にポニーテールの素敵な、けれど怒らせると怖い印象の軽井沢などは、よく一緒に行動している。

 

 それだけに、たまたま今日一人でいた平田を発見して写真を撮ることができたのはラッキーだった。みーちゃんと呼んでくれたのもそう。櫛田のおかげでDクラスの女子のほとんどが同じあだ名を使ってくれているけれど、何だか彼の声は特別だった。するりと耳に馴染む、穏やかな音。ずっと聞いていたかった。

 

 恋愛なんてしたことがないから、この感情の名前など分からないけれど。彼の傍にいられればと、そんな淡い想いを。(ワン)美雨(メイユイ)は秘めやかに抱いている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 5月6日、放課後。3年Aクラスでは怪しい勢力が動き出していた。

 

「首尾は?」

 

「ばっちしや」

 

 生徒会の仕事は、今日は休みなことも把握している。

 

「藤巻くんは大丈夫かな」

 

「堀北をそれとなく誘導できるのはあいつくらいなもんさ。任せるしかねえ」

 

 武道にも長けた堀北学への尾行はあっさりバレそうだという理由から却下されていた。故に、彼らは橘のあとのみをつけている。

 

「橘へは何て言ったんだ?」

 

「映画のチケットを買ったが事情があって行けなくなった。誕生日パーティーは夜からだし、それまでの時間空いてたら俺の代わりに観てきてくれないか、と」

 

「会話の様子は見てたけどよ、素直な橘が怪しむ素振りは全く無かったぜ」

 

 今日は彼女の誕生日。そしてパーティーまでの時間、主役が暇なのはほぼ確実。むしろ、その準備のために自分を隔離したいのかとすら橘は感じたのかもしれない。

 

 だが──実態は異なる。

 

 優秀なAクラスの面々は誕生日パーティーの支度などとうに終えていた。さらに、これから起きることこそが橘へのサプライズプレゼントと言っていい。

 

「作戦を確認しよう」

 

 男子生徒の一人が上げた声に、また別の一人が続ける。

 

「橘を時間より早く映画館に着かせる」

 

 コクリ、と皆が頷きあった。

 

「彼女がシアター内に入ってから一芝居うつ」

 

「藤巻が映画館前に堀北を誘導したその時に雇ったエキストラを向かわせる」

 

「そして堀北も映画を観るように仕向ける、と」

 

 2人にサプライズ映画館デートをさせてあげよう☆というAクラスとは思えないほど頭の悪いというか暇そうな作戦が、今、動き出していた。

 

 

 

 

「あ、いたた、いたたたた!」

 

 ──嘘だろおい。

 

 3年Aクラスのナンバー2、藤巻はとてつもなく頭を抱えたい気持ちになっていた。

 

「きゅ、急に腹痛がッ……」

 

 ──こんな大根役者がいていいのか? 

 

 別に彼女は役者ではなく同じただの学生なのだが、ついそう感じてしまった。藤巻は堀北学に気づかれないためわざと計画性を捨て、そのへんにいた下級生にポイントと引き換えに演技を頼んでいたのだが、それが良くなかったのだろう。まさかここまで大根とは予想だにしなかったのである。

 

 ──Cクラスの伊吹澪、だったか。

 

 自分の中の演技力ブラックリストの一番上に彼女の名前を書き込みつつ、藤巻は声を上げた。

 

「大丈夫か!?」

 

「も、もうダメ……でも映画が……始まるのに!」

 

 わざとらしい悲鳴。藤巻が恐る恐る見れば、堀北学は考え込む仕草をしていた。終わった、と脳内でクラスメイトに平謝りしていると、低く威厳のある美声が耳に届く。

 

「藤巻」

 

「あ、ああ」

 

 びくびくしている藤巻をよそに、彼は真剣な表情だった。

 

「これはいわゆるナンパ、というものではないだろうか」

 

「うん……ん?」

 

「お前のことが気になった女子生徒が、俺と上手く分断させることでデート気分を味わおうとしている。そんなところだろう」

 

 ──この鈍感! ニブチン! 恋愛レベル0! 微妙に合ってるような感じというかこっちに都合がいい勘違いをしてるのがまた腹立つ!! 

 

 一般的な女子は、堀北学と藤巻が並んでいればそりゃ前者を選ぶ。そんな簡単なことも分からないらしい。自分の魅力をもっと知れ、と現在進行形で彼に助けられているクラスメイトの一人として、彼を大切な存在と思う一人の友人として、あと橘を応援する野次馬の一人としてぶつぶつ言いたくなる気持ちをぐっと抑える。

 

「俺に映画のチケットを押し付けることでお前をその間フリーにさせる作戦だな。藤巻、お前はどうしたい?」

 

「……騙されたふりして、彼女と2人きりにさせてくれないか」

 

「分かった。引き受けよう」

 

 すごいすれ違いが起きてるのになんでこいつはこんな格好いいんだろう、と藤巻はちょっぴり泣きたくなった。優しい友人に嘘をついてる罪悪感や、下級生女子のあまりの演技力の酷さからくるものだったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 橘茜は困惑していた。めちゃくちゃ慌てていた。

 

 ──な、なんでなんでなんで堀北くんが横の席に!? 

 

 会長、ではなくそうなる以前の呼び方をしてしまうくらいには混乱していた。

 

 行けなくなったからとクラスメイトに譲られたチケットを手に映画館へ行き、はやめに劇場内へ入ってのんびりしていたら、まさかの不意打ちである。

 

「……どうやらお互い騙されてしまったようだな」

 

 小声で言いつつ彼は苦笑する。想い人の珍しい表情に橘の胸が思わずときめいた。

 

 今日は橘の誕生日。プレゼントはわ・た・し♡ならぬプレゼントは堀北学ということなのか。

 

 ──ち、違います違います。会長はものじゃないし、これは単に、映画を2人で観るというだけで。

 

 それでも頬が緩んでしまうのを、頑張って我慢する。

 

 ──これは後でクラスの皆さんを叱らないといけません! もー、私たちを、こんな、騙すなんて! 

 

 

 

 それから、映画が終わり誕生日パーティーの会場にて。プンプンと怒りながらも幸せオーラが隠せない橘より、クラスメイトたちはにやけながらもお説教を受けた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 この学校の施設は教員も利用する以上、コンビニには大人が買う商品も用意されており。レジの奥、並んでいるタバコの方へと橋本の視線は吸い寄せられた。

 

「どうかしたのですか」

 

「いや、何でもないっすよ、姫さん」

 

 誤魔化すも、この少女の洞察力の前では橋本の嘘など薄っぺらいものなのだろう。あっさりと看破される。

 

「タバコ……ですか? 茶柱先生がお吸いになられていたような。お酒などもここには置かれていますよね、真澄さん」

 

「何で私に振るわけ?」

 

 はは、と橋本は愛想笑いした。会計を終え店を出る際、サッカー部の園田とすれ違う。

 

 ──ちょうどいい機会かもな。

 

 寮までの道に、人の姿はなかった。誰かが来る気配も無いことを確認した橋本は滑らかに唇を動かす。

 

「実は俺、昔吸ってた時期があって」

 

「吸ってたって……タバコを?」

 

「家族くらいしか知らなかったけどな。自分で部活をやめる言い訳を作りたくてやった部分もあるのかも知れない」

 

 自分と同じで世渡りの上手い両親は完全な放任主義。バレないようにしなさいと、それだけだった。

 

「橋本くんの出身校はサッカーの強豪として有名でしたね」

 

 さすが姫さん、と橋本はおどけて笑う。

 

「全国制覇を目指してレギュラーで活躍してた時もあったんですけどね。あー、真澄ちゃんにも俺の華麗なプレイ、見てもらいたかったな」

 

「嘘つけ。あんたはそういうの冷めた目で見るタイプでしょ」

 

「よくお分かりで。それとサッカー自体にそんな執着も無かったらしくてさ。気づけば退部届出してて、あとは机に向かってた」

 

 おかげで今も、優秀な生徒の多いAクラスでも成績は良いほうだ。

 

「高校でサッカー部に戻ろうとかは考えなかったの? あんたならブランクくらい埋められるんじゃない?」

 

「褒めてくれてありがとよ。でも俺の中では区切りがついちまったことだからな」

 

「そうだったのですね。しかしテニスコートからはグラウンドもよく見えるような気がしますが」

 

 この学校は校舎に入る場合は休日でも制服でなければいけないが、グラウンドはその限りでない。だからかサッカー部の練習を私服で見に来る女生徒もいる。坂柳がそうであるのか、単に学校全体を把握しているだけなのか。おそらく後者であろうが、鋭い指摘だ。

 

「戒めみたいなのかもな。練習に励む平田や柴田、園田が目に入ると俺もあそこにいた未来があったんだろうかって」

 

「後悔してるわけ?」

 

「さあ。でもこうして姫さんと真澄ちゃんと出会えて一緒に行動できてるのは、もう望外の喜びだからなぁ」

 

 お世辞が上手ですね、と坂柳が可愛らしく微笑む。そこにどこかゾクリとする感触も覚えて。

 

 ──問題ない。俺が昔タバコを吸ったという証拠はないし、そもそもこの学校で手に入るはずもないんだ。さらにもし今坂柳が録音してたとしても、俺は神室の問いにはっきりyesとは言ってない。

 

 だから間違いなく大丈夫だろ、と橋本は自分に言い聞かせるように心のなかで繰り返した。

 

 彼女に信用されるポジションにいたい一方、いずれ裏切る可能性を考えると弱みを握られるわけにはいかない。綱渡りのようなバランスを、自分ならば乗り切れると橋本は信じてやまない。

 

 あとは神室が振り向いてくれれば言うことなしなのだが。橋本はキラリと白い歯を見せた。

 

「それに、テニスやってるとモテるって聞くしさ」

 

「あんた絶対それ目当てでしょ」

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 背後からの突然の攻撃。さらりとかわしつつ下手人はと見れば、石崎と伊吹、ククリだった。

 

「Hey」

 

 アルベルトはただのおふざけと判断し、明るく挨拶するも、彼らは真剣な表情を変えなかった。

 

 戦闘の気配。こういう雰囲気は、この学校では綾小路との屋上の対峙以来だ。それよりも前には龍園と何度も戦った、というよりアルベルトが叩きのめしていたし、さらに前には────

 

 ふと。中学時代の出来事が頭をかすめた。

 

 

 

 Alberto Yamadaは、恵まれた体躯とは反対に暴力というものを好まない。体を鍛えるのも、国旗集めをしているのもヒスパニック系アメリカ人の父の影響で。和食が好きで料理が得意かつ箸使いが上手いのは、日本人である母の影響だ。名前も英語ならばアルバートとなるところを、スペイン語を愛する父方の祖父が名付けたためアルベルトということになったらしい。

 

 誤解されやすいことだが、実のところ彼は日本生まれの日本育ちである。家では英語でコミニュケーションをとっているし、休暇の際は父の家があるニューヨークで過ごすこともあって英語はペラペラなものの、日本語を喋るのも読み書きも完璧だ。

 

 田舎と呼ばれるような、牧歌的な場所で育ったアルベルトにとって、彼の日本ではやや目立つような外見が問題になったことなどなかった。しかし一度だけ。都会から転校してきた上級生と揉め事を起こした。

 

 とはいっても、喧嘩と呼べるものだったわけではない。口数も少なく大人しいアルベルトを見かけ倒しと判断したのだろう。田舎へ来た不満。人気者のアルベルトへの嫉妬。罵倒はやがて暴力行為へと発展し。殴られ、殴られ、殴られ、殴り返した。ただそれだけ。

 

 アルベルトは勿論、上級生の方も大した怪我ではなかった。子どもの揉め事と、それで片付けられただけの話。周囲も分かっていた。もし彼が自身の悪口のみを言われたのであれば、ただやり過ごしていただろうと。この地域を、学校の皆を馬鹿にされたからこの結果になったのだと。よってアルベルトの人望に陰りはなく。厳しい視線にさらされることになった上級生はまた、どこかへ転校していった。

 

「これだから都会もんは」

 

 そう口々に話すのが、アルベルトにとっては悲しかった。さりとて、アメリカならともかく日本の都会に知り合いもおらず、否定できる根拠もない。そんな時だった。教師から、高度育成高等学校を勧められたのは。

 

 これだ、と思った。都会にも色々な人がいると、優しい人もいるのだという証明。両親は自分の好きなようにしなさいと承諾してくれた。周囲の反対の声は大きかったものの、やがて納得してくれた……のだろう。

 

「都会もんに舐められんようにな」

 

 そう言って、皆はサングラスをプレゼントしてくれた。さらに、都会では訛った言葉は馬鹿にされるから英語で話せばいいと助言ももらった。

 

 今でもこのサングラスは大切で、肌見離さず所持しているが。英語の方は、若干後悔している。たぶん、今更日本語で喋ったら駄目だろう。こう、築き上げたキャラ的に。

 

 

 

 

 気づけば攻撃は止んでいた。

 

「くっ、俺たちはアルベルトのサングラスの奥を一生拝めねえってのかよ!」

 

 悔しそうに石崎が呟く。なるほど、それでこんな襲撃をしてきたらしい。ならばとアルベルトはジェスチャーした。

 

「ふむ。では部屋に来てほしい、と」

 

「なんでククリは今ので分かるのよ……」

 

 サングラスは外せないが、出し物用にアフロのカツラを置いてあるのだ。あれを被れば大受け間違いなしだろう。

 

 自室へと皆で歩いていると、伊吹と石崎が相変わらず漫才のような会話を繰り広げている後ろで、ククリが声をかけてきた。

 

「そうじて人にはそうてみよ馬には乗ってみよと申すが……狂言からの言葉だっけ。人も馬もまずは自分で試してみないとわからないって」

 

 綺麗な笑みが向けられる。不思議と、何か考えさせられる声音だ。

 

 人との触れ合い。自分はどうだろうか。入学した当初、アルベルトは横暴な龍園を好んではいなかった。

 

 従うのを拒否した結果、何度も戦いを挑まれた。あの時の彼はあまり目立った行動をして他クラスに存在が知れ渡るのを避けたかったのだろう。人目につかない場所での戦闘はクラスメイトのほとんどが詳細を知らない。だがアルベルト自身はよく記憶している。1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回……何度、何度倒されようとも。龍園は諦めなかった。

 

 何日間そんな襲撃される日々が続いたころだったか。アルベルトは彼に質問した。何故、と。龍園は笑いながら答えた。説明した。この学校の隠された仕組みを。アルベルトが考えもしなかった言葉を、計画を。

 

 自分がリーダーとなりクラスを導けば、必ず勝利できると。それ以外道はないと。

 

 アルベルトはその時、彼の心意気に負け、膝を屈した。

 

 それからも彼とともに行動して、椎名に協力させる方法を考えたり、彼女を龍園が勧誘しているところを眺めたり。京楽を彼の誕生日会に連行したり。龍園が京楽の腕には触れてはならないというので変な運び方になってしまったのだが、そういえばあの命令の意図は何なのだろうか。母の少女漫画を読んでハマった経験のあるアルベルトとしては、石崎の主張する2人の関係というのも、わりとワクワクしている部分があった。

 

 ともかく。これからも自分は龍園に従い続けることを、アルベルトは確信している。初対面の印象からは考えられなかったことだ。

 

 それを思うと、やはり人というのは付き合ってみないと分からないものだし──都会にも優しい人はいるのだと、アルベルトは地元に帰ったらたくさん土産話がしたい気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

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