ようこそ享楽至上主義の教室へ IF等まとめ 作:wind flower
白、白、白。白を基調とした世界。ホワイトルームというらしい志朗たちのいるこの施設は、まさに名を体現していた。天井も廊下も1人1人与えられる小さな部屋も、温水プールのある専用ルームすら白い。
無論、白くないものだってある。ホワイトルームには身体を鍛えるための最新設備が全て揃っていて、そのトレーニング器具らは流石に白一色とはいかないようだった。また、ずっと室内にいる自分たちの肌は、青白さが強めとはいえ真っ白というほどでもない。月1の検尿や血液検査も、白くはない色を確認させてくれた。
志朗たちは外に出ることはない。束縛され拘束され続ける日々。体罰と隣り合わせの生活──大人たちを追い返したところで倍になって返って来るだけなんてことは小さい頃に学んだ──には嫌気がさすものの、自分たちはここで生き残る他に道はない。
そう思っていた。
そんな考えに変化が起きたのは、いつのことか。たぶんきっかけは雪の言葉だったと志朗は思う。
「好きじゃないな……」
ある日、夕食の時、右斜め前から声がした。
「清隆は、好き?」
雪は正面に座る少年──自分の右隣にいる清隆へ話しかける。
「ニンジン好きなの? 嫌いなの?」
「俺も好きじゃない」
そう、志朗は彼女に応えた。
感情は足枷になる。理解していても、抑えきらずとも良いのだと彼女に教わった気分だった。
その食後のことだ。狭い室内なので雪と清隆のやり取りは自然と視界に入った。目の前で転びそうになる雪を支える清隆。そして彼女は『笑顔』を見せる。この一連の行動の意味が当時の志朗には全く分からなかった。
しかし今思えば──雪は清隆に『恋』をしていたのだろう。だから触れ合えたことで笑みを作った。もしかすると、何もないところで転んだあれも、子どもなりの不器用なアピールを清隆へ無意識に行っていたのかも知れない。
8年目、4期生と呼ばれる志朗たちのグループはその9割以上が脱落し、5人にまで減っていた。そして1人また減り、2人目。この年、雪も脱落した。彼女が最後まで清隆に
脱落は死とイコール。それが共通認識だった。しかし志朗は気がついたのだ。脱落者の傾向とその対応に追われる大人を見ていれば、少なくとも殺されることはないと推測できた。
だから──清隆と2人きりになって数か月が経った、柔道の日。志朗は彼に大人からは気づかれないよう話しかけた。一緒にホワイトルームを出ようと誘うつもりだったのである。4期生と呼ぶからにはホワイトルームに他の子どもたちもいるのは明白。となれば脱落についてもトップを基準にしたものだけでなく他の期と比較してのものがあると想像がつく。2人で適度に手を抜いて失格と判断されればいい。清隆も自分と同じでいつか外の世界に出たいと思っているはずだと、そう考えていた。
「悪いけど、オレは1度も思ったことはない」
だが清隆は志朗と違った。仲間意識を勝手に抱いていたのはこちらだけだったのだろう。雪が失格を告げられた時に
綾小路。ホワイトルームの代表の男に、どこかその瞳が似ている気がしてしまった。志朗たちホワイトルーム生は全員、個体の見分け方の1つとして名前は教わっているが、名字は聞かされていない。あの男も、息子がいるような年齢だ。もしかするとホワイトルームのどこかにいるのだろうか。
志朗とて、いつか親が迎えに来てくれるのではと焦がれたことくらいはある。そんな望みすらいまや捨て去ってしまったが。
「さよなら志朗」
「さよなら清隆」
さようなら、ホワイトルーム。
そして9年目の春。志朗は脱落した。いつかまた清隆に会おうと、その想いを胸に。
ホワイトルームに留まり続けても清隆には勝てないと志朗は理解してしまっていた。最初の1度や2度は、勝てる。むしろ志朗や雪の方が1度目から好成績なのが当たり前だった。しかしそれから、ぶ厚い壁で隔てられたように全く歯が立たなくなる。どんなカリキュラムでも、だ。
ホワイトルームの授業で清隆に勝つことは不可能と言っていいだろう。だが外の世界のものなら。そんな考えもどこかにあった。
失格と判断され、脱落してからいくらか丁重にケアのようなものを受け、しばらくして。
石上社長。そう呼ばれた男が志朗の前に登場した。
「よく頑張ったな、志朗。綾小路先生からお前の優秀さはよく聞いているよ」
石上グループの子会社の1つ。その社長が、志朗の父親だったらしい。今更現れられても、もはや何も感じなかった。
志朗という名前も、会長である石上五郎氏にあやかってつけた名前だという。そんな説明が右から左に流れた。両親がどんな想いでこの名をつけたか昔は気になって仕方なかったのに、おかしな話だ。
石上志朗。自分の名前なのに、どこか他人事のような響きだった。
「志朗、すまない。私では高円寺社長にはとても逆らえない。どうか頼む」
きっかけは、高円寺社長の息子と同じクラスに編入したことだったのだろう。彼と友人になり情報を探れと、父である高円寺氏本人から依頼されたのだという。然程大きな会社の社長でもないこの男には断われなかったらしい。
「いいよ、父さん」
どの道、友達というのは、志朗が欲してやまなかったものだ。
そして。
「助かったよ志朗くん。命令とはいえ今までうちの子と仲良くしてくれてありがとう」
志朗は、失敗した。対象にその父の手の者だと気づかれてしまったのだ。
「ごめん。ごめんな、六助」
言い訳にしかならないが、志朗はこれでも本気で彼を友達と思っていた。仕事だとしても嬉しかったのである。ホワイトルームでは得られない、ずっと欲しかった友達という存在がいてくれて。
やはり、自分に、ホワイトルーム生に友達など作れないのか。声にならない悲鳴が漏れた。