ようこそ享楽至上主義の教室へ IF等まとめ   作:wind flower

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質問:負をえてください

まずは生徒会活動を頑張る

それから

新しい出会いなんてのも

楽しんでいきたいかな






2年生編?

 

 

「さて。始業式も終わったところで、席替えをしたいと思います」

 

 坂上先生の言葉に私はわーいとそれはもう喜んだ。いや、ここの席も悪くはないけど、3年間同じ席は嫌だったんだよね。

 

 周りは喜ぶ人もいればガッカリする人もいて様々。仲良くなった隣人と離れるのは確かに寂しいかも。澪とまた近い席になれるといいな。今度は出来ればひよりんも。

 

「これから1年間学んでいく席を決めることになるわけですね。基本的に例年はクジ引きだったのですが、今年は新たな手法が採用されました」

 

 先生が何やら操作すると、パッとモニターに図が表示された。

 

1番 45000pr9番 4500pr17番 2000pr25番 4500pr33番 6000pr
2番 30000pr10番 3500pr18番 1500pr26番 3500pr34番 7000pr

3番 32000pr11番 3000pr19番 1500pr27番 3000pr35番 9000pr

4番 35000pr12番 3000pr20番 1000pr28番 3000pr36番 12000pr

5番 40000pr13番 4500pr21番 1500pr29番 4500pr

37番 15000pr

6番 50000pr14番 6000pr22番 2500pr30番 6000pr38番 20000pr

7番 60000pr15番 10000pr23番 4000pr31番 10000pr39番 25000pr

8番 80000pr16番 65000pr24番 50000pr32番 60000pr40番 40000pr

 

 ふむふむ。今の私は17番、澪が9番、ついでにたっつーは24番ということか。2千プライベートポイントで買えるってことなのかな。やっす。でも最安値じゃなくてちょっとほっとしたよ、うん。

 

 だいたい前列の席が安くて後ろは高く、あと窓際のほうが廊下側より高い値段っぽいね。真ん中の席は不便だからかかなり安いけど。

 

「席の番号とともに書いてある数字は『最低入札価格』です。これより1番から順に席の希望者を募るので、もし複数の手が挙がれば入札価格の最も高い生徒が獲得出来ることとなります」

 

「つまりオークションみたいな感じなんですね」

 

「はい、その通りです」

 

 おー、すごい。なんか面白そう! 

 

 でもちょっとした特別試験というか、学校にプライベートポイントを還元するゲームになっちゃうよね、これは。一之瀬さんのクラスとかはポイントすっからかんだし、やるの難しそう。

 

「1周して希望者が現れない席は、2周目にて最低入札価格を半分に下げての募集をかけます。3周目は行わず、2周して売れ残った席が複数存在する場合、クジ引きで生徒を振り分けます。このとき、席料は無料です」

 

 ほほう。うーん、にしてもうちのクラスは40人だからいいけど、減っちゃった他のクラスはどんな感じなんだろ。ど真ん中の20番とか21番がぽっかり空けば面白いけど……ま、無難に最後列のどれかが空席になってるのかな。

 

「希望の席を取れずとも、何回でも入札に参加できます。ただし席を一度確定するとそのあとは変更不可能なので、注意してください」

 

 先生が言い終えるなり、後ろから偉そうな声が飛んできた。

 

「坂上。時間の無駄だ、今から3周目を始めろ」

 

 もちろんたっつーである。そして坂上先生はこれも予測してたらしく、クジをおそらく40名ぶん取り出した。パソコンとか機械での抽選ではなく、番号の書いてある紙を引くアナログ方式らしい。

 

 先生が「全席クジ引き、ということでよろしいでしょうか」と教室を見回す。不満は出なかった。どちらかといえば出せない、と言うのが正しいだろう。席替え程度のことでたっつーに逆らいたい奴はこのクラスにいない。

 

 私もオークションが開催されないのはちょっぴり残念だけど、まあこういうのってやりたい人が参加すべきだと思うしね……ぶっちゃけたっつーにする反論が思いつかないし、何か言っても「じゃあおまえだけ勝手に席をポイントで買えばいいだろうが」って返されそう。それだったらみんなで一緒に運を天に任せたほうが楽しい。

 

「それでは」

 

 先生が持って回ってくれたクジを引く。開いた紙に見える数字は──────

 

 

 

 

 

「ククリさん、その……1年間、よろしくお願いします」

 

「……気落ちするのも分からんでもないが。とりあえず、ともに勉学に励もう、京楽」

 

 両隣は金田君に葛城君。

 

「いやー、小宮と近藤が隣でよかった。よろしくな!」

 

 後ろには石崎君、小宮君、近藤君のトリオが並んでいる。見事に男子に囲まれた席。確かにうちのクラスは男子の人数のほうが微妙に多いけど、だからって偏りすぎじゃあないだろうか。

 

「あの、先生。少しよろしいでしょうか?」

 

 目の前には坂上先生。そう、私が引いたのは17番。相変わらず教卓の真ん前の席である。呪いか何かかな? 

 

 たっつーも以前と席が変わらなかったが、奴は最後列の24番という好ポジション。席替えによって左隣が澪、その前はひよりんになり周りは女子が多い。私と交換しろよ、まじで。その席譲れや。

 

「はい、京楽さん。申し訳ないのですが席を変えることは認められません」

 

「うぐっ。で、ではあれです! 1年のはじめの頃、5千ポイントで席替えの権利が買えるとかおっしゃっていましたよね。支払うので今使いたいです、今!!」

 

「それは出来ませんね」

 

「な、何故……?」

 

「すみません、お答えすることは出来ません」

 

 答えられないって……あ、あー、また学校のルールですか!? 点数売買みたいに条件付きだったのか、あれも。新入生が4月に聞いてきた場合は〜って感じのルールだったのだろうか。うーむ、だとすれば勿体なかったな。

 

 ガクリとうなだれる私の背中がちょんちょんとつつかれる。振り向けば、ニコニコ笑顔の石崎君がサムズアップしてきた。

 

「大丈夫だククリ、龍園さんはよく教卓に座るから」

 

「? うん、そうだね?」

 

 流石に普通の授業中とかはやらないけど、クラスの話し合いとかでは教卓がもはやたっつーの定位置になってしまっている。

 

「だから席が多少遠くとも問題ねえって」

 

「うん、そう…………いや、私が再席替えしたくなったのはそんな理由じゃないからね!?」

 

 別にたっつーの近くの席じゃなくていい、と言うよりむしろあいつと席を交換こしたいんだよ! 

 

 訴えるも、石崎君は「わかってるわかってる」と頷くだけだった。

 

 

gamble(ギャンブル)game(ゲーム)って語源が一緒らしい】

 

「大丈夫だククリ、龍園さんはよく教卓に座るから」

 

「? うん、そうだね?」

 

「だから席が多少遠くとも問題ねえって」

 

「うん、そう…………いや、私が再席替えしたくなったのはそんな理由じゃないからね!?」

 

 新たな年度が始まり、席替えが行われ。最前列への配置となった葛城の横は、少々騒がしい感じになることが容易に予想できた。

 

 葛城の隣の席に座る京楽がむっと唇を曲げているのを気づいているのかいないのか、その後ろの石崎は理解者面で受け流している。すごくコメディタッチな雰囲気だ。

 

 Aクラスを破るポテンシャルをこのクラスが有しているかについて、葛城はその可能性を信じている。そうでなければ移籍などしない。ただ、こういう部分に戸惑いというか、以前のクラスとの違いを感じるのもまた事実だった。

 

 例えば直近のエイプリルフールでも、葛城に絡んだ京楽は嘘をついたりもしたのだが、見ていたところではそれ以上に周囲に騙されまくっていた。彼女もある程度知識を持つ人物ではあるものの、同時にその知識の正しさを盲信しないというか、良く言えば頭のやわらかいタイプなことも原因の一つなのだろう。

 

 石崎は龍園を深く慕っているが、果たして彼の抱く人物像が正しいのかは疑問もある。とはいえ、葛城がククリに恋愛的な興味が欠片もないこと、龍園の指示へ従うべき時は従う気持ちをきちんと有していることを知ると、あっさりとクラスに受け入れてくれたのはありがたかった。

 

 金田や椎名、山田アルベルトの心情は推し量りづらい部分がある。しかし彼らも葛城がこのクラスへ貢献しようと努めれば、その気持ちを汲んで協力してくれるだろう。

 

 伊吹はというと、葛城のことをあまり気にしていないように見える。そもそもクラスメイトへの興味が薄いのか、よそ者の葛城と同レベルくらいの仲の人が結構な割合を占めると思われるのだ。

 

 龍園の思考とは、相容れない部分も多い。だがこのクラスとともにAクラスを目指したいと。その願いは共有できるように感じられる。

 

 懸念があるとすれば────

 

「うーん、じゃあNGワードゲームしようよ!」

 

 と、底抜けに明るい声が葛城の耳へ飛び込んできた。

 

「何よそれ」

 

「んーとね、こうやってNGワードを書いた紙を用意して、見ないようにしながら額にあてるの。今は例だから私も何書いてあるか分かっちゃってるけど、本来は自分のとこがどんな文字かわかんないようにする感じ」

 

木耳

 

「……その単語なんて読むの?」

 

「キクラゲ。っと、これで私はNGワード言っちゃったから負けってことだね」

 

 くるりと京楽が教室を見渡す。危険を察知したらしい金田がさっと目を伏せて鮮やかに去っていった。石崎も小宮・近藤と喋りながら教室を後にする。彼らに倣うべく動こうとした葛城は、しかしぽんと肩を叩かれ静止させられた。

 

「ねえ葛城君」

 

 途方もなく嫌な予感がした。無視するわけにもいかないのでやむを得ず振り向く。きゅるんっ☆というオノマトペが出そうな笑顔の京楽が、そこにいた。

 

「あそぼ?」

 

 こういう時の疑問形は、強制と同義であることを葛城は知っていた。

 

 そして逃走成功したかに見えた金田も、伊吹と椎名に捕獲されたらしい。とぼとぼと戻ってきた彼に京楽は満足げに頷いた。

 

 早い者勝ちね〜と言いながら京楽が用紙を回す。ひとまず女子同士、男子同士での交換にするようだ。金田から紙を受け取った葛城はNGワードを目にしないよう気をつけつつ掲げた。贈り合いが無難に終われば、ゲーム開始の準備が整う。

 

伊吹
空白や
京楽
空白や
椎名
空白や
金田

ポチ
空白や
沈黙は金
空白や
×
空白や

 

 

 伊吹のNGワードは京楽が書いたものだが、犬の名前か何かだろうか。その京楽の『沈黙は金』は椎名の手によるもの、確かに彼女が言いそうな名言になっている。

 

 椎名のものは……バッテン、とすればいいのか。記号という伊吹の発想は面白いが、ルール的に問題ないのかと目で問えば、京楽はすこし迷ってからOKサインを出した。まああくまでも遊びであるし、ということだろう。

 

 金田の額には『嘘』の文字。このゲームの会話では嘘が交じること確実な以上、金田がツッコミを入れることを期待して葛城が記したものだ。

 

 残る自身のNGワードは不明。書き手である金田の言動に注意を払う必要があるだろう。

 

 さて誰から話し始めるか、という沈黙が教室を満たす。最初に口を開いたのはやはり京楽だった。

 

雄弁は銀、沈黙は金(Speech is silver, silence is golden)とは言うけれども、みんな黙ってちゃあいけないと私は思うんだよ!」

 

「ククリちゃん、NGワードです」

 

 そしてすぐさま撃沈した。完全に椎名に思考を読まれているらしい。しくしくと悲しみを表現しながら京楽がうなだれる。

 

「早い脱落ね」

 

「本当に。それはそうと伊吹さん、もし犬を飼うとしたらどんな名前をつけます?」

 

 唐突な言葉だが、『ポチ』と言わせたいのだろう。何で犬?と首を傾げつつも伊吹は椎名に向き直る。

 

「まあそれならポ────」

 

 固唾をのんで見守られる中、彼女はさらりと言い放った。

 

「ポメポッソパピパロンよ。妙にククリが連呼してたから覚えちゃった名前だけど」

 

 映画のキャラ名っす、と脱落者京楽がちょっと申し訳なさそうにつぶやく。とりあえず初動は失敗のようだ。

 

「葛城くんでしたらどうでしょう?」

 

「少なくとも伊吹のそれはあり得んな」

 

 さり気なくこちらにも質問することで、疑いをそらすところも抜け目がない。このやり取りに金田は「ようこそツッコミ役(苦労人)の世界へ」とでも言いたげな疲れた笑いを浮かべていた。

 

「そういえば金田くんは、大型犬用の首輪の購入を検討していませんでしたか?」

 

「まったく、本当に、何も、心当たりがありませんが……!?」

 

 嘘です、とNGワードを口にさせたかったらしいもののこれも失敗に終わる。生温かい目で見られ必死に否定している金田は、自分が危うい趣味を持っていると勘違いされたと思っているのだろうか。苦労人中の苦労人だなと、葛城の視線はより一層温かさを帯びた。

 

「それは失礼いたしました。ところで、伊吹さんも何か通販で購入予定の物はありませんでした?」

 

「買うもの……特に無かったわよ」

 

 通販。ポチ。なるほど、ポチるという単語でも喋らせようと考えたのだろう。ここは、と葛城も会話に加わることにした。

 

「俺は少し興味をひかれるものがあったな。妹の好きそうなデザインだ、と。正月にお年玉を入れる……何と称したか、あの袋の名は…………」

 

 ど忘れを装い伊吹を見やる葛城にやや残念そうな眼差しが向けられたのは、シスターコンプレックスという印象でも抱かれたのか。否定はしないが。

 

「ポチ袋でしょ?」

 

「すまない、伊吹。NGワードだ」

 

 やられた、と悔しがる彼女を京楽が慰めるのを尻目に、葛城たちはゲームを続ける。あとは椎名の『✕』と金田の『嘘』────ならば。

 

「椎名。ドストエフスキーの五大長編は、『カラマーゾフの兄弟』、『白痴』、『悪霊』、『未成年』と何だったか」

 

「……『ステパンチコヴォ村とその住人たち』でしょうか?」

 

 罪と()、とは言う気がないらしい。そんな椎名への追撃は金田が担当してくれた。

 

「嘘はいけませんね。確かにそれもドストエフスキーの長編ですが、ユーモア小説ですから」

 

「ええ。でもNGワードですよ、金田くん」

 

「…………え?」

 

 嘘、と告げてしまったことにより金田も退場し、残る敵は椎名のみ。賢く洞察力も高く、非常に手強い相手だ。バツ、はもう警戒されているだろう。バッテンも上手く言わせられるとは思えない。何か、他の。他の何かが必要だ。

 

 知恵を絞る葛城の視界に、黒板が映った。ここの書き方にもクラスの性格が現れて、英語教師の真嶋と、数学教師の坂上ではやはり文字が異なる。

 

 ──数学。そうか、数学であれば。

 

 葛城はすぐに作戦を実行することにした。

 

「椎名」

 

 ✕は、かけるとも読める。

 

「龍園の下の名前を俺に教えて欲しい」

 

「はい、NGワードです」

 

 そう、龍園NGワード。……NGワード? 

 

「まさか!」

 

 自分に当てられた用紙を確認する。

 

 

名前

 

 

 認めるほか無かった。葛城の負けだ、完膚なきまでに。

 

 思い返せば、椎名に犬の名前を問われた時点で不自然に感じるべきだった。「俺の考える名前は〜」などと話す可能性があるからこそこちらに振ったのだろう。「あの袋の名は」と口に出した時にやや残念そうな視線を送られたのも。「名」ではなく「名前」と言っていればNGワードだったのに、という理由があったために違いない。

 

 手がかりはあったのだ。そこから察することが出来なかったのは間違いなく葛城の落ち度だ。

 

「ぺけ、でしたか。これだとクロスやエックスでもNGワードになりそうですし、少々ずるくないでしょうか? 伊吹さん」

 

「ごめん。そのくらいハンデが無きゃあんたには勝てそうにないって思ってたんだけど、それでも勝負にならないとは思わなかった」

 

 潔く謝罪する伊吹に、椎名は優しく微笑みかけた。

 

「楽しかったですし、全然怒ってはいませんよ。ただ、次からは記号は無しにしましょうか」

 

「そうだね。アイデアはすご〜く面白かったんだけど……」

 

 麗しき友情が窺える光景だ。しかし、一つ。ツッコミどころがあった。

 

「次?」

 

「うん! 今度はさっきとは違う人に紙渡すようにしよっか」

 

 楽しいねとワクワクしている女性陣の耳に。まだやるのか、という男性陣の情けない声は。残念ながら、全く届いていないようだった。

 

 

 

【4月10日】

 

「メープル先輩、お誕生日おめでとうございます」

 

 始業式をこなし授業も始まってから数日後。4月10日、この日が鬼龍院楓花の誕生日だった。

 

 すれ違いざまに声をかけられ振り返ってみれば、やはりと言うべきか見慣れた後輩の姿が。彼女は2年に進級し、自分もまた3年生となった。あと1年しかない学校生活を鬼龍院は最近、少し惜しくも感じてきている。

 

「お祝いに人体切断マジックショーでもやろうかと考えたのですが……」

 

「おや、君には手品の心得があったのか」

 

「そういうのに詳しいヤツがいまして。昔ちょっとばかり教えられたことが」

 

 でも今は道具がなくて無理でした、と話すククリに鬼龍院はさもありなんと頷いた。そしていたずらっぽく笑う。

 

「では代わりに何を差し出すつもりなんだ?」

 

「それはですね────じゃじゃ〜ん! 肩たたき券ならぬアイロンがけ券10枚綴りです」

 

 軽快な声のトーンとは裏腹に地味な、そして現実的なものが出てきた。プレスが必要ならクリーニング屋に持っていくが、と考える一方で多少の興味もそそられる。

 

「意外と家庭的なのだな、君は」

 

「料理とかはからっきしですよ。でもこれだけは何となく好きでして。あと、いいアイロンも手に入ったものですから」

 

 えへへと笑みを浮かべるククリの制服にはシワ一つなく、キレイなものだ。プレゼントにするだけのことはあってその腕は確かなのだろう。

 

 それではいずれ頼もうか、と不敵に笑う鬼龍院だったが、その後アイロン道の奥深さについて滔々と語られてしまうと、流石に笑みを引きつらせた。

 

 

 

 

【坂柳理事長】

 

 

 

 端末に指を滑らせ11桁の数字を入力。坂柳理事長の番号、学校関係者と連絡を取る時用のものだ。通話ボタンをプッシュすれば、すぐに品のある男性の声が聞こえてきた。

 

『はい、坂柳です』

 

 いくら理事長でも生徒の情報全てを記憶してるなんてことはないだろうし、そうなると私の電話番号なんてわからないはず。ガチャ切りされないためにもここはきっちりかっちり挨拶しとくべきか。

 

「突然のご連絡、失礼いたします。はじめまして、2年生徒会役員の京楽と申します」

 

『京楽……さんか。生徒会の用件でかけてきた、ということかな』

 

 まるで以前も似たようなことがあったかのように落ち着き払った応答だった。キャロルが電話したりしたのかな。

 

 そういえば、港区白金(みなとくしろかね)でも歴史ある大きめの屋敷が坂柳邸だったはずだけど、今はそっちにいるのだろうか。もし私が不合格だったらしゅうげ……ノーアポでお邪魔してみようかってちょっと考えて調べてた時期があったんだよね。

 

「いえ、どちらかというと個人的な話です」

 

『……なら僕個人としては、この電話は早急(さっきゅう)に終わらせるべきだと思うんだけれど、どうだろう?』

 

 正論だ。しかし別にルールで咎められないであろう以上は好き勝手させてもらおう。

 

「月城理事長代理から伺いました。この学校へ合格する仕組みに関して。そして、一つの疑念が頭をもたげました」

 

 こんな探り合いは趣味じゃないので端的に済ませたい。すうと息を吸って、言葉を吐く。

 

「坂柳理事長が綾小路清隆の入学を許可したように。鬼島(きじま)首相のご意向も、生徒の選抜に反映されているのでしょうか」

 

 鬼島内閣総理大臣。市民党の党首であり、看板。高度育成高等学校の存在を目玉とし、他にも数々のクリーンな政策を打ち出す、60代という若さにして在職日数最長記録を塗り替えるであろうと目される傑物。こういう人ほど裏は腹黒いと相場は決まっているものだが、酒や女の噂は皆無。嫌味なほどに清廉潔白な政治家だ。

 

 私の印象としては何となく好きじゃない。たぶんデスゲームやってると期待して高育に入ったのに……という恨みが多分に含まれてると思う。

 

『それは非常に不適切な質問と言わざるを得ないね。僕には答えることが出来ない。君は当校の生徒で、こちらは監督しあくまでルールの中で守るという関係。ましてや僕は不正疑惑によって謹慎中の身だよ』

 

 正解とも不正解とも喋らない、曖昧な回答。しかし明確にわかることもある。

 

 坂柳理事長の声には、驚きがない。私という一生徒が月城理事長代理と喋っていることについて。学校の内情に深く首を突っ込んでることについて。

 

 つまり、この人もある程度私のことを把握しているのだ。憶測で言うと、月城理事長代理みたく父の素性までは知らなそうだけど。

 

 そして、これは断言できる。

 

「坂柳理事長は、京楽という男をご存知ですね」

 

 先ほどの不自然な間。京楽さん、と一息に私を呼べなかったのは、あの男が連想されたからだろう。

 

『……まいったな。君には隠し事が出来そうにないね』

 

 そうなると、疑問が湧く。私のこの学校への入学は、誰が糸を引いたものだ? 志望動機すら京楽に誘導された可能性も残念ながら否定できない。血縁上の父の意図は入り込んでいるのか? 坂柳理事長は中学の事件をどう捉えている? はたまた鬼島総理が黒幕なのか? 

 

 駄目だ、謎が謎を呼ぶ。むむ、頭脳労働は門外漢なんだが。

 

『僕からも聞かせてもらって良いかい?』

 

 話を逸らすような理事長の言葉に、はいと了承を返す。電話を続けるのは、なんだかんだで私を調べる良い機会と考えたのだろう。月城理事長代理の手先と疑われてるのかもしれない。

 

『君は、この学校をどう思っているのかな』

 

「……5月時点での思考でしたら。学年全体の支配が最適解と、結論しました」

 

 Sシステムの説明を受け、まず頭に浮かんだのは学校側が何を目論んでいるかだ。クラス同士で争えと言ってるような制度に従うのは正しいのか。いや、私だったら「え? 別にクラス間で競争しろなんて強制してないし、普通に学年で協力してればみんなAクラスで卒業出来てたよ? 何で戦っちゃうのかな〜、余計なことしてポイント減らさなければ良かったのにな〜」と卒業間際に嘲笑う。まあ他者を蹴落とすことを前提にするなと講釈垂れるのは、教育上間違っていないはずだし。

 

 ただ、今思うと1年間で8億ポイント、ひとクラス2億ずつ貯めるのは流石に無理かなという気はするが、それでも最大多数の最大幸福を考えれば全クラスでポイントを共有するのが一番だろう。クラスポイントもプライベートポイントも取り零さなければ取り零さなかっただけ多くの人がAクラスに上がり特権を享受出来ることになる。

 

 そんな単純なことを何故誰も言い出さないのか。

 

「囚人のジレンマ、と感じました。自分が裏切ったほうが得であるから、協力という選択肢を選べない。自分のクラスがAクラスになると、そこに拘って全体として望ましい結果を無視する」

 

 ある事件の共犯である2人が別々に尋問を受けた。どちらかが自白しどちらかが黙秘すると自白した人は釈放で黙秘の人は懲役10年が科せられ、両者が黙秘すれば2人とも懲役1年、自白であれば懲役5年だとする。両者にとって最も望ましい結果は2人とも懲役1年が科せられること、つまり黙秘を貫くことだが、これには相手を信じる必要がある。片方のみが自白してしまうと、もう片方は懲役10年という重い刑になるのだから。両者にとって最もリスクがないのは、さっさと自白することだ。釈放される可能性があるし、相方に裏切られる恐怖に怯えずに済む。囚人のジレンマをざっと説明するとこんなものだ。

 

 これを打ち砕く方法はシンプルだろう。両者が同種の、最上の恐怖を共有していればいい。例えば銃口が常に向けられている恐ろしさ。もし自白すればどんな手段を使ってでもボスが自分たちを殺しに来る、とか。

 

「恐怖による学年支配。実行するのであれば──脅威として君臨しまとめ上げた後に敵役の仮面をかぶったまま学校を去る自己犠牲の道か、初めは傀儡を立てそれを働かせてから打倒したように見せかけ自らの手で統治する影のナンバー1パターンあたりでしょうか」

 

 前者だったらキャロルや葛城君に退学させられる感じで、後者なら平田君とかバットジャスティスとかを傀儡にする感じかな。短期間で恐怖に染め上げるには暴力が適しているけど、監視カメラや人々の視線がそこらにあるこの学校では証拠を残さないようにするのが難しい。これが外であれば特殊な道具や人員を使えるんだけどなあ。うーん、成功率はよくて50%ってとこか。社会主義的になりすぎると良くないので、頑張ったらお小遣いを的な報酬も出すセンスが問われるな。その点、南雲会長の「優秀な人には2000万ポイントを渡す」って口約束で競争心を煽るのはとっても合理的だと思う。

 

 ただ南雲会長の支配方法もあれはあれでとてもすごいと思うのだが、結構時間がかかってるっぽいし、ヘイトを買いすぎる。一度首をすげ替えておくほうが楽だろう。最初に暴君を経験すると2人目の統治者に求めるハードルも低くなるしね。

 

 キャロルへのクラスメイトからの印象も、この類いだろう。プライベートポイントを搾取したくせにクラスポイントもろくに増やせないという暴君にして暗君・葛城君というイメージが根付いていると、その次のリーダーは彼よりマシと思われるだけでいいことになる。さらに、キャロルがトップをやめてしまえばAクラスは瓦解するという恐怖も、支配体制に絡んできているはずだ。だからこそ彼女はナンバー2のような存在をあえて作っていない。

 

『……僕としては、「国が主導するこの学校が何故総合力の高さで判断していないか」という疑問なんかを想定していたんだけれどな……』

 

「も、もちろんそれも思いました! すごくすごーく疑問でしたよ、はい!!」

 

 苦笑された。いやだって、普通学校をどう思うかって聞かれたらまず統率のやり方を思い浮かべるじゃあないですか!? 

 

 さっきのは机上の空論でして、そもそもリーダーなんてガラじゃないですしと(まく)し立てていると、納得したように合いの手を入れられた。ご理解いただけたと信じよう。

 

『僕らが目指す育成方針も、その効果も。きっとこの先分かってくる。だからその前に、君にはこの学校に愛着を持って欲しいと、そう願っていた。でも杞憂だったみたいだね』

 

「ええ。私、好きです、この学校が」

 

『その言葉を聞けて嬉しく思う』

 

 お人好しな発言。しかしそれだけでないことは、続く台詞から伝わってきた。

 

『ところで、卒業後のことは考えているのかな? ケヤキモールで色々聞き回っていたと以前報告に上がったよ』

 

「まだまだ悩み中です。店員の方々からは様々な体験談を伺えたのですが、どこも魅力的すぎて(かえ)って決めかねることになってしまいました」

 

 多くの人と出来るだけ会話して。全員とまではいかないが、ケヤキモール内で発言力のある方々とは友好関係を築くようにしている。

 

『けれども、君の目的は他にもあったんじゃないかな』

 

「と言いますと?」

 

『君の行動を注視している人もいると、そう告げておきたくてね』

 

 釘を刺されたってことかな。むー、流石は高度育成高等学校を任されている2世、キャロルの父親だ。なんかすごい安楽椅子探偵っぽい名推理ぶりである。

 

「心にしかと留めておきます」

 

 些細ないたずらだが、勘付かれた以上は諦めるか。

 

 本当に大したことじゃない。腕が錆びついても嫌だしちょっと扇動しておくか、というだけのもの。私の退学を契機にケヤキモールの人々が蜂起するよう種をまいていただけだ。結局、クラス内投票では最下位にならなかったし、せっせと根回ししていたのも無駄に終わったけどさ。

 

 こういった閉鎖的な環境下においては、人間心理が麻痺することも多い。高度育成高等学校の教師や生徒と違う、特殊な立場にあるケヤキモールの従業員たち。重い契約によって縛られているであろう彼らの心に深く入り込んでいる、今まで仲良くしていた健気で可愛らしく愛くるしい少女がむごいことに学園を去る事態に陥ってしまったという事実が叩きつけられれば、どうなるか。

 

 罪悪感はあっても、赤の他人のために職を失いたくはないだろうし、下手に国に逆らいたくもないだろう。だが推しのアイドル、身近な家族。そんなレベルにまで存在感を押し上げれば。そして。ダーティハリー症候群然りメサイア・コンプレックス然り、正義の味方や救世主、物語の主人公のようなことをしたいと考える人も少なくない。どう行えばいいかという道筋をそれとなく伝えておき、素封家らしい様子を見聞きさせることで彼らのその後への希望も提示しておく。

 

 あとは集団心理がどう作用するか。分の悪い賭けじゃあないと思うんだよね、やってみないとわからないけどさ。成功率を上げるには依存させるのが手っ取り早いものの、常にメンテナンスが必要でコスパが悪くあんま好きじゃないからこれも未実行。

 

 まあどうせストライキを起こそうが国家権力でそのうちプチッと潰されるに違いないが、ボヤ騒ぎくらいにはなるはずだし、楽しめそうだったのになあ。

 

『ケヤキモールといえば、夏頃に家電量販店の男性店員が一人退職していたな』

 

「あれは綾小路君の仕業かと。証拠はないですけど」

 

 集団心理において異物はすごく邪魔になるので間引きしようと考えてたら、既に消えてたのはいい思い出だ。手間が省けて嬉しかったものの、推定カピバラ麻呂の行動力にはつくづく驚かされるというか。

 

 佐倉さんから私へあの店員の執着の対象を移させるでも良かったけど、それでもあの異様な温度というか湿度というかは周囲と迎合しそうにないし、カピバラ麻呂がやらなければ私が退場させることになっていただろう。

 

『綾小路くんを高く評価しているんだね、君は』

 

「坂柳理事長こそ、ですよ」

 

 なんせカピバラ麻呂を裏口入学させてるんすよね? そういや月城理事長代理がこの件について意味深なことを話してた気がするけど……うーん、あの人は嘘と真実をまぜこぜにして喋ってるだろうから、面倒くさい。坂柳理事長のほうがよっぽど信用できそうだ。娘であるキャロルが完全な善人を否定している以上は、この人もただの善人というわけじゃあないんだろうけどさ。

 

「綾小路君とはお知り合いなんですか?」

 

『さて、どうかな。君は彼のことをどう思う?』

 

 その質問には答える気がないという雰囲気を露骨に伝える口振り。ククリちゃんは偉いのでさっと空気を読んで言葉を返した。

 

「極めて欲望の薄い人、でしょうか。何も無いのが当然であるかのような」

 

 マズローの欲求5段階説*1で言うと、生理的欲求と安全欲求止まりでそれ以上が無い感じ。究極のエコ人間だ。

 

『……君は聡明だね。京楽くんが褒めていたのもよく分かるよ』

 

 お世辞などではなく、本気の褒め言葉。他人をすぐに持ち上げる癖があるとキャロルが評していたが、本当にその通りの人物らしい。

 

「ありがとうございます。ですがご息女に比べれば、全然かと」

 

『有栖は母親似だからね。性格もだけれど』

 

 確かに、理事長の良く言えば物腰柔らかな、悪く言えば御しやすそうな雰囲気はキャロルには皆無だ。ただ、線の細い華奢な体つきというのは2人に共通していたはずだ。

 

 思えば、キャロルを初めて見かけた時に運びやすそうな体躯と感じたのが出会いのきっかけだったか。的として狙いづらく庇いやすい小柄さだとか、不規則な動きは読みづらいなんてこととかも考えた気がする。護衛的な観点で思考してしまうのはやはり庇護欲をそそるその外見からだろうか。

 

 でも、本当にキャロルの動きは予測できないよな。クラス内投票なんてその最たる例だった。まさか、彼女がポイントを貸し付け一之瀬さんを助けるとは。あそこは退学を選ぶべき場面だったと思うのになあ。

 

 宗教というのは、開祖が亡くなっても続くもの、というよりその死後の普及こそ本題と言えるだろう。一之瀬さんに関しても、彼女が学校を去ってもクラスメイトたちがその意思を継ぐことを決意すれば良かった。彼女ならばどうするかと個々人の思索をぶつけ合い、まとめ、一本道にする。そのほうがよっぽど強いクラスになれたというのが私の予想だ。

 

 丁度良く神格化というか高潔なまま綺麗に退場できるチャンスを棒に振ったのは勿体なく感じてしまう。今更詮無きことだし、一之瀬さんの率いるクラスも決して嫌いじゃあないんだけどさ。

 

 うーむ、しかし学年も上がったんだ、そろそろ彼女のことも名前呼びすべきかしら────と、そういえば。

 

「娘さんのこと、名前で呼ばれるんですね」

 

『公私混同に聞こえたかな?』

 

「いえ、話す際ややこしくなってしまいますし……理事長が公平な方というのは承知しておりますので」

 

 娘を贔屓(ひいき)するなら私やカピバラ麻呂も同じクラスに配属させてただろう。いや、でも私がAクラスだったら、葛城君を担ぎ上げてもっと泥沼の抗争にさせていたかもしれないな。ま、そのへんはいいや。

 

「ただ。とても、新鮮な響きに感じまして」

 

 愛娘の名を口にする時の声音の柔らかさといい。一般的な親子関係とはこういうものなのかという学びがあった。

 

 電話口の向こう側で坂柳理事長は何かを考えているのか、沈黙が流れていた。私、そんな考え込ませるようなこと言ったかしら。

 

『──君の名前の変更は、京楽くんの指示によるものなのかな?』

 

「いえ、完全な自己判断です」

 

 あの男は全くもってさっぱり関係がない。

 

「自分の側にいない親がつけた名を、そのまま名乗ることにどうも抵抗感が湧いてしまい」

 

 名前というのは重要だ。どうせなら自ら決めたかった。家裁にまで持ち込む熱意は無かったため、振り仮名を少し変えるだけに終わったけども。

 

『君は……うん、強いんだね』

 

 馬鹿にするような口振りではなく、本心からの台詞。同情、好意、そういった温かい感情が伝わってくる。

 

「強くなど、ありません」

 

 坂柳理事長にとってキャロルがそうであるように。守る者がいるというのは即ち弱さを持つということ。守るものがあるというのはそのために戦う理由があるということ。ただただ、それが無いだけ。

 

「ですが────私にも、少しばかり母の影響があるのかもしれません」

 

 言葉を交わしたことはない。交わすこともない。しかしその遺言は。愛する人に、つまり我が血縁上の父にいつか届けて欲しいと、その願いを私は知っている。知ってしまった。

 

 私を忘れないで、と。

 

 愚かな女の哀れな戯言だとしても。そのくらいの義理は、果たすべきだろう。

 

 

 

*1
マズローの欲求5段階説
自己実現欲求
◢██◣
承認欲求
◢████◣
社会的欲求
◢██████◣
安全欲求
◢████████◣
生理的欲求

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