社畜が行くロボッ娘メイドへの道   作:d1199

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教育と調教と洗脳の狭間2

 バスケットコートと同じ広さである部屋の中央で対峙するのは、白い長机を挟んで向い合う二人である。紅葉は、側頭部から流れる二つのテールをマントの様に翻した。

 

「遠く険しいメイド道を極めるには一にも二にもレッスンあるのみ! ステップアップするから、覚悟しなさい!」

 

 修道服風メイド服を着こなす少女は黄昏れていた。

 

「張り合い無いわね。シャキッとしなさいよ」

「……食い込んでるのはどうしたら良いんだろうか」

「そこのパーティッションの陰でこっそり直しなさい」

 

 その陰から聞えるのは、ゴソゴソという衣擦れの音だった。パーティッションの向こうにある壁に落ちる少女の影は、尻を突き出すようにスカートを捲り上げた。

 

「ストッキングだと、こう言う時に面倒なんだな」

「ガーターベルトにする?」

「今度からそうする」

「下着は吹っ切れたわね。でも、そんなんじゃもの足りないんだから!」

 

 パチン。ゴム紐が肌を叩く音が響いた。

 

「はしたないから、音を立てない様にしなさい」

 

 陰から現れるのは咽び泣く声のみだった。

 

「恥ずかしがっている自分が恥ずかしいって?」

「えぐえぐ」

(恥じらいへの抑圧を取り除く方法か。何とかならないかしらね)

 

 メイド少女は、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っていた。踵を揃え、組んだ両手を下腹部の前に置いていた。唯一のメイクはリップクリームのみだったがそれで十分だった。静かな佇まいに、紅葉は満足そうに頷いた。

 

「それなら申し分ないわ。でもメイドは働いてこそメイド。これから行うレッスンは、言葉使いを含めた振る舞いの習得よ!」

「具体的にプリーズ」

「随分砕けたわね」

「お蔭さまで、俺の人格は半壊状態なんだ」

「私色に、完膚無きまでに染め上げてあげるから覚悟しなさい」

「紅葉はブラック企業の経営ができると思うよ」

 

 

 紅葉が差し出したのは、「はい。コレ」長机に置かれていた冊子だった。手に取りパラパラと捲った少女は、「テキスト? 台本?」首を傾げるのみだ。

 

「朗読しなさい。一ページ目の先輩からね」

「えーと。君がいないと、私はダメになっちゃう」

「二ページ目。妹」

「もー。おにいちゃんは、いい加減起きないとダメなんだからね。早く起きないとー、妹あたっくだー」

「三ページ目、同級生」

「何度も練習したから大丈夫だけれど、噛んじゃったらごめんなさい。好きです……なにこれ」

 

 握り絞めた右拳を奮わせるのは、紅葉である。

 

「感情が籠もってない!」

「こんな上っ面より掃除の方法とか料理の方法とかが先だろ」

「あっまーい! 大甘だわ!」

「最も甘い甘味料は?」

「サッカリン!」

 

 天に向けて両手を広げた紅葉は、舞台役者の様にクルクルと踊り始めた。紅葉はスポットライトを浴びているのだろうと少女は考えたが、それは正解だった。ビシリと指を差したのは紅葉である。

 

「私たちは大地様の為だけにあるのよ! 気遣い真心がなくてどうするの!?」

「これが気遣い? 真心? ただの演技だろ」

「おだまり! その為には一にも二にも乙女心! それが欠けてるアンタに家事なんて、百年早いって言うのよ!」

「形から覚えようって言いたいと思うんだけど、俺の話も聞いてくれ。って紅葉って何歳?」

「稼働して二年だけど」

「ふ(僅か二年間で一世代上がった? 違う。以前から研究してたと見るべき……止めだ止め。これは無用な詮索だ)」

「人格の発達に時間が必要な人間と一緒にしないで貰いたいわね。そもそも。今の私の人格は、キャラクターファイルの結果に過ぎないんだから。私も付き合ってあげるから、辛抱しなさい」

「紅葉の面倒見の良さには、応えたいと思う。おもてなしって置き換えれば何とかなるだろうし」

「汚いお金に塗れて、価値もがた落ちのおもてなし?」

「しれっと時事ネタ乙」

 

 テキストを手に立つ二人は、向い合った。紅葉が言った。

 

「なら飛んで第二章から。シチュエーションは学校の下校時間よ。男の子役は私、女の子はアンタね」

「……また、何と言うか」

「ぶつくさ言わない」

 

 大股で歩き出したのは、学生鞄代わりの紙袋を片肩に担ぐ紅葉である。背後から跳ねるように小走りで追い掛けるのは、学生鞄代わりの紙袋を両手で持つサイボーグ少女だった。

 

「紅葉君! 一緒に帰ろ!」

「よぅ。図書委員の仕事はもう済んだのか」

 

 並んだ二人は歩き出した。紅葉が浮べたのは憂慮であったが、少女が浮べたのは喜びと恥じらいが混じった笑顔だった。少女は、乱れた髪と呼吸を整えながら言った。

 

「まだ残ってるけど、明日に回しても何とかなるから」

「計画的なお前らしくない。良いのか?」

「窓から紅葉君の姿が見えたから、慌てて出てきちゃった」

「一緒に帰るところ見られたら噂になるかもな」

「私は、紅葉君となら噂になってもいいかな♪」

 

 バキバキとは、サイボーグ少女が鬱憤を籠めた拳を壁に打ち込む音である。紅葉は言った。

 

「壁が壊れるからやめなさい」

 

 少女は紅葉に詰め寄った。負けじと紅葉も詰め寄り返した。睨み合う二人は八の字になっていた。

 

「無理だ! こんなのもたない!」

「ノリノリだったじゃない! 何言ってるのよ!」

「男勝りの女キャラだっているだろ! それでいい! それにしよう!」

「情けない! 情けなさ過ぎるわ! アンタそれでも大地様のメイド候補生?!」

 

 開いた扉から飄々と現れたのは、騒ぎを聞き付けた自称マッドサイエンティストの博士だった。

 

「お主のボディは清純派じゃから、男勝りは禁止じゃ」

 

 紅葉はカーテシーを持って一礼をした。少女も、見よう見まねで続いた。様になっていると目を見張ったのは、紅葉と博士である。知らず少女は博士に詰め寄った。

 

「こんなおっぱいのでかい清純派は居ません!」

「高○瑞希をしらんのか」

「こ○パは古いですから、千斗○すず位にしておきましょうよ」

「忙しくて最近のはフォローできんのじゃ」

「かく言う俺も知ってるだけですがね」

 

 博士は、ポリポリと頭を掻いた。

 

「様子を見に来たのじゃが、難航しておるようじゃの」

「お任せください。この紅葉。洗脳してでも乙女〈メイド〉に仕立て上げます」

 

 紅葉は誇らしげに胸を手に置いたが、少女はゲンナリとしていた。

 

「乙女が洗脳とか言うな」

「ほう。紅葉は此奴を気に入ったか」

「ええ。何かと教え甲斐がありますから」

 

 

 博士が白いヒゲの生える顎を手で擦るのは、考え事の証だった。

 

「紅葉よ。振る舞いより、言葉使いから攻めてはどうじゃ?」

「でも博士。この子はけっこう頑固ですよ」

「無理です。イヤです。俺は男勝りキャラを目指すんです」

「ふぅむ。社畜の弊害に突き当ったかのぅ」

 

 キランとは、博士の眼鏡が光った擬音である。

 

「お主。いい加減に諦めて女の子であると言う事を受け入れよ。でないと、」

「……でないと?」

「今すぐワシのダッチワイフじゃぞ」

「ファック!」

「このうつけが! ロボッ娘メイドはファックなどと言わぬ!」

「ファックファック! ファーーーーーック!」

 

 少女のその様は、暴言と言うよりはセクハラ親父を罵る思春期の娘である。博士が取り出したのは、TVのリモコンだった。

 

「ぽちっとな」

「なにしや、しや、何をしたのよ! ……あら?」

「言語中枢に乙女言語をインスコしたのじゃ。これでお主も乙女口調よ」

「流石博士! でも最初からやってください」

「ふぁ、ふぁ、」

「無駄無駄! 悪足掻きは止すのじゃ!」

「フ、ファックでございます!」

「迂闊!」

 

◆◆

 

 料理・掃除・裁縫・応急手当・護身術。メイドレッスンは、紅葉の指導の下で行われ続けた。火器の使い方や戦闘訓練は却下されたので少女は花嫁修業ではないかとボヤいたが、紅葉は当り前だとツッコミを入れた。OJT〈On the Job Training〉の様だとも言ったが、紅葉はスールと言い改めさせた。少女が、スール〈姉妹制度〉と言う言葉を百合へと変換したのは弄られた胸を思い出したからだが、これが百合になるのかと苦悩したのは彼女のみの秘密である。少女が食堂の椅子に腰を下ろしたのは、料理レッスンが終わった直後だった。紅葉は言った。

 

「はい。今日はここまで」

「つ、疲れました」

 

 少女は、白いクロスの敷かれたテーブルに突っ伏したが、胸が邪魔になったので止む無く背もたれにもたれ掛かった。胸が重いとボヤきつつこう言った。

 

「スカートをバタバタして良いですか?」

「駄目」

「スカートの方が涼しいなんて、誰が言ったんでしょーねー」

「というか。気になってるんだけど、何よ、その言葉使い」

「男女兼用ですから」

「姑息ね」

 

 屋敷の窓から見える森の中では蝉がわんわんと鳴いていた。エアコンが必要なのは当主と博士のみなので、空調は動いていないのだった。少女の補助脳が組織内水分の低下を渇きとして警告したので、彼女は水滴の付いた銀色のポットからコップに注いだ冷水をゴクゴクと飲んだ。

 

「紅葉は暑くないんですか?」

「暑いって事は知ってるけど、それを発汗やダレなどの生理現象プロセスに繋げるかは状況次第ね」

「博士はどうして紅葉と同じ第六世代型にしてくれなかったんでしょーかー。不便なのにー」

「博士が生体組織型を再採用したのは、なるべく人間に近い事を狙ったんだと思うわ。だって、暑さにめげるなんてとても人間らしく見える」

「……紅葉は、私を人間だと思いますか?」

「その質問に答える事はできるけど、アンドロイドの私が言っても説得力は無いわよ?」

「ごめんなさい。妙な事を聞きました」

 

 第六世代型である紅葉の額に流れたのは汗である。

 

「そうね。確かに暑いわ」

「紅葉は優しいですね。わざわざ私に付き合うなんて」

「ほら。暑いからお風呂にするわよ」

「……お風呂?」

 

 かぽーん。並び立つ二人の前で釣り下っているのは、“ゆ”と描かれた大きなのれんである。

 

「……洋館なのに? 銭湯?」

「ここは日本だから良いのよ」

 

 脱衣室には、とても大きな鏡とそれに向かう五つの洗面台があった。木のロッカーには、衣類を入れるカゴが収まっていた。ガラス扉の冷蔵庫には、脱水症状を防ぐスポーツドリンクやコーヒー牛乳が装備されていた。貴重品を入れるロッカー・扇風機・体重計、全て揃っていた。銭湯というよりは、スポーツジムの入浴施設が適当だった。

 少女は、紅葉が持つ着替えの入ったトートバックを見た後に、自分のも見た。

 

「……アンドロイドに必要なんですか?」

「理由は幾つかあるんだけど。第四世代である先輩方は、メタルフレームとシリコン臓器を持つハイブリッドタイプ。肌や皮下脂肪などは生体組織なんだけど、私らと違ってナノマシンを持たないから、自己修復機能が弱くて定期的にメンテナンスをする必要がある。ま、お肌のメンテナンスってところね。私はそのおつきあい」

(俺が第七世代で紅葉が第六。第五が無いのは頓挫したからだろうけど、何があったんだろ)

「浴室の形をとっているのは、設備の有効活用よ」

「動かしておかないとイザという時に動かない」

「正解。でも今日は、アンタを皆にお披露目するのが目的」

「納得しました」

 

 紅葉は腰にある黒エプロンのリボンを解いた。それを見た少女は沈黙した。紅葉が背にあるファスナーを降ろしたので、修道服風メイド服がしゅるりと足元に落ちた。少女は背を向けた。紅葉は丁寧に畳んだメイド服を、カゴに入れた。こう言った。

 

「脱がずに風呂は入れないわよ?」

「紅葉に質問があります。ここが風呂場なら、裸なんですか?」

「あったり前じゃない」

「他のアンドロイドさん達も?」

「当然」

 

 紅葉は、ブラのホックに手を掛けた。

 

「私の背後に立つ紅葉も?」

「もう全部脱いだけど」

「紅葉は恥ずかしくないですか?」

「まだそんな事を言ってるのね」

「私が恥ずかしく思うのは男の部分があるからなので、紅葉が気にしない理由が分らないんです」

「もうアンタは仲間なんだから疎外なんてしないわ、って何で潤んでるのよ」

「アットホームな職場です! なんてただのトラップだと思ってた……」

「大げさな子ね。ほら。涙を拭いて、早く脱ぎなさい。髪もタオルであげるのよ」

「ありがとうございましゅー」

 

 紅葉の唇が少女のに重ねられたのは、少女が脱ぎ始めた直後の事だった。紅葉の両手は、少女の二の腕を掴んでいた。二人の薄紅色の唇は、「「んむ……ん、む……」」ムニムニと形を変え合っていた。少女は硬直していたので、紅葉の為すがままだった。二人の唇の間に銀の糸が掛かったのは、紅葉が身を引いたからだ。はぁと湿った吐息が漏れた。小さめのタオルで辛うじて隠す紅葉は、朗らかに笑いながらも恥ずかしそうに頬を染めていた。

 

「慣れてるのは経験者だからか。少し妬けるわ♪」

 

 唇に残る柔らかい感触に呆気にとられながらも、少女は夢見心地だった。ブラの肩紐がずるりと落ちた。

 

「……ひょっとして結婚OK?」

「駄目」

 

 

 そこは、とても広い浴室だった。泳ぐ事が可能な程に広い浴槽は扇形で、それよりは小さいジャグジーは丸形だった。二つの位置関係は、ちょうど扇だった。二つは仕切られていたが、一またぎで移る事ができた。扇の円弧に沿う大きな窓からは、夜の森が見えた。天井から落ちるオレンジ色の照明が湯煙と混ざるならば、幻想すら感じさせた。

 少女が、自身の額に人差し指を当てたのは、記憶の整理をする為だった。

 

(温和しい引っ込み思案・ボーイッシュ・ゴージャスお姉さん・男勝り。バラエティに富んでるんだな……あれ?)

 

 手拭い一枚で申し訳なさそうに身体を隠す少女は、天啓でも得たかの様に隣の紅葉にこう言った。

 

「何時の間にか、メンバー全員の名前を知ってるんですけど」

「粘膜接触で情報交換ができるのよ」

「粘膜って、さっきの?」

「そう」

(必要上の話だったのか。残念)

「――も多少はあるけどね」

「紅葉は今何て言いました?」

「何も言ってない」

「紅葉。もう一回」

 

 性的な少女と事なり健康的な色気を醸す紅葉は、トテトテと浴場の奥へと歩いて、言った。

 

「全員! 注目!」

 

 湯に戯れていた複数の人影がピクリと動いた。

 少女の前に立つのは、紅葉以外のアンドロイドである二人だ。

 

(紅葉も驚いたけれど、この二人もアイドル・女優・モデル級だ。とてもアンドロイドに見えない……違うかアンドロイドだからか)

 

 紅葉が「なに見惚れてるのよ」じろりと睨んだので、少女は「違います」慌てた。

 

「皆さんおっぱいがあるんだなーって思っただけです」

「アンタにも立派なのが二つもあるじゃない。アンタ、自分が女だってまだ自覚しないの?」

「してますよ。でなければここに居ませんから。紅葉。ほらほら。うっふーん」

 

 紅葉が放免だとため息をついたのは、寄せて上げられた少女の胸を疎ましそうに睨んだ後だった。

 

「まぁいいわ。長い金髪で隠れてるけれど堂々と見せ付けているのがルーシア。バスタオルで隠してるショートカットが咲夜よ」

 

 少女にズイと詰め寄ったルーシアは、ニコニコとした笑みを絶やさない二十代半ばの金髪だった。

 

「クレハ。これが例のコね?」

「そうよ。名前はまだ無いからAAA-0704だけれど」

 

 ルーシアは身長も胸も大きかったので、少女は(ま、負けた)僅かに打ち拉がれつつも、アメリカ人へのビジネスマナーである右手を出した。

 

「ルーシアさんですね。宜しくお願いします」

 

 ルーシアは抱き付いた。

 

「カワイイわ! カワイイじゃない!」

「うっぷ」

「今晩私と一緒に過ごさない?」

 

 引き剥がそうとするのは紅葉である。

 

「ルーシア! この子が困ってるから離しなさい!」

「アーラ。クレハは面倒見て情が移ったんだわ。最初の後輩なら仕方がないのかしら」

「違うわよ! この子はまだ慣れきってないだけなんだから!」

 

 奪われたルーシアと引き剥がした紅葉は、互いに睨み合い始めた。

 

「クレハは横暴だわ。そんな風じゃ、この子に嫌われてしまうのに」

「その喧嘩買った!」

「二人とも止めてよ!」

 

 割って入ったボーイッシュタイプとも言う咲夜は、二人に弾かれ、そして転んだ。

 騒ぎをそっちのけにした少女は、柔らかくも張りのある自分の胸に触れようとして、止めた。低めの声が響いた。

 

「自分の胸が珍しいか」

 

 その声の持ち主は、少女と同じ黒く長い髪を持つ二〇歳前後だった。出る所は出ていたが、背が高かったのでスレンダーな印象が強かった。陽気なルーシアと事なり、鋭いイメージを放っていた。

 

「私はAAA-0704です。識火〈しきび〉さんですね? 宜しくお願いします」

 

 少女は、掛け湯の後に湯船に浸かった。

 

「紅葉は気が短い。何かと大変だろう」

 

 紅葉は、ルーシアと取っ組み合いの力競べをしていた。また弾かれた咲夜は、風呂桶を被ったままタイルの床に突っ伏していた。

 

「いえ。あの行動的な所は何かと助かってます。ところで識火さんは、戦闘班ですか?」

「戦闘・諜報・作戦立案を担当する実行班。この屋敷や組織の維持を担当する内務班。確かに私は実行班に向いているが、固定はされていないし、していない。これでも厨房に立つが、私は戦闘狂に見えるか?」

「気に触ったのでしたら、謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

 バシャリという水の音が立ったのは、識火が突然立ち上がったからである。彼女を見上げた少女は、声のトーンを固くした。

 

「あの。何か失礼な事をしましたでしょうか」

 

 識火は少女の右腕を掴んだ。

 

「固いな」

「は?」

 

 ルーシアが掴んだのは左腕だった。

 

「固いワネ」

「あの」

 

 咲夜が掴んだのは少女の両脚だった。

 

「固いね」

「え?」

 

 両手はフリーだったが、両肩はルーシアに押さえ付けられていた。脚は、膝で閉じられていたが、ふくらはぎは識火の両肩に乗っていた。タイルの上で仰向けの少女は、全ての肌を皆に曝していた。タイルの床は冷たかったが、それどころでは無かった。

 

(まな板の鯉?)

 

 少女の傍で見下ろす紅葉は、これから刺身を食べるような顔だった。

 

「恥ずかしい所を見せ合ってこそ、裸のつきあいだと思うわよね?」

「それは飛躍してます!」

「これはアンタの為なのよ? 自分で縛っている本当のアンタを解き放ってあげる」

「なら、紅葉のそのワニワニという手はなんですか?」

「濃密マッサージ♪」

 

 少女が、「ひっ!」息を呑んだのは全員が悪魔のような顔をしていたからだった。

 

「「「洗礼開始!」」」

 

 唇・首筋・脇の下・胸の周り・尻・太腿。少女は、大事なところ以外を弄られつづけた。

 

「っ! ~~~っ!」

 

 逃れようと暴れたが、総合パワーの差は覆せなかった。最初は単なる刺激だったが、小さい唇からは吐息が漏れ始めた。甘い声は出すまいと、必死に堪えていた。一同は気にも止めなかった。

 

「サイズは勝ってるが、カップでは負けてるのか」

「ほら。我慢しないで素直になりなさいよ。身体にも毒よ?」

「艶々で張りのある肌……このままお持ち帰りしたいワ」

「ねぇみんな。その台詞はベタすぎだよ」

 

 閉じられていた脚の力が一瞬緩んだ。その隙を突かれ強引に拡げられた。内股を撫でていた誰かの指が、少女の最奥にある丘に偶然触れた。華奢な肢体はビクンと強く仰け反った。

 

「ふっ! くぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 少女の可憐な顔は、トマトの様に真っ赤に染まった。目尻には涙が浮かんでいた。下腹部から押し寄せる津波に等しい甘美な衝動に押し流されまいと、苦悶の表情を必死に浮べていた。ゾクリとは、一同に走った加虐性欲である。その蕩けるような声が、切っ掛けだった。

 

「く、殺せ……です」

「「「りょーかーい♪」」」

「やっぱひっ! らめぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 夜が更けていった。

 

 

 博士が少女の部屋にいるのは、ベッドの上にできた毛布の山から「えぐえぐ」咽び泣く声が聞こえるからである。頭をポリポリと掻いた彼は、こう言った。

 

「おお。勇者よ。ええ歳してヒキコモリとは情けない」

「うるさいです! あんな! ……あんなっ!」

「皆、お主の為を思ってじゃな」

「知ってます! でも私でなかったらトラウマです! PTSDです! PTSD!」

「ニューヨーク市警察」

「それはNYPD!」

「我慢するから辛いんじゃ。時間の無駄じゃから、さっさと受け入れてレッスンの続きをせんかい」

「ハイそうですかなんてできません! 私は。私はもう、何が正しいのか分からなくなりました……」

「適当にスゴそうな台詞言ってるだけじゃろ」

「うるさいです」

「ワシが思うにじゃな。殻を破るまでもうちょっとじゃぞ。まんざらでも無さそうじゃし」

「何を馬鹿な事を……え?」

 

 少女は、眼を数回まばたきさせた後に、ゴシゴシと擦った。

 

「私は故障したかも知れません。映像が空中に浮いています」

「故障なんぞしとらん。これは空中投影ディスプレイと言うんじゃ。すごいじゃろ?」

『らめぇぇぇぇぇっ!』

「……これって、」

「うむ。あの時の記録映像じゃ」

 

 ベッドから飛び出した少女は、高速で窓を拭くような手付きでそれを掻き消した。

 

「わー! わー!」

 

 少女が掴んだのは博士の胸倉である。ガクガクとは、前後に激しく振る擬音だ。

 

「ざけんなこのクソジジイ様! この際だから言っておきますが何時までも温和しくしてる理由は無いんだぜ、ですわ!」

「無理やり男口調にしても無駄じゃ!」

「うるせえですのよ! その白髪を染めてファンキーパンクにしてやる、ますわ! だから覚悟しやがれ、です! この程度で動揺すると思ったら大間違いのこんこんちき! ですのよ!」

「最後ら辺は割と普通じゃな」

「私もそう思いました。って誤魔化されませんから!」

 

 コメカミに怒りマークを浮べた少女が持ち出したのは、モップである。それをバトンの要領で軽快にクルクルと回した。

 

「紅葉直伝! 風神流薙刀術をその身に刻んで差し上げますわ!」

「テンションが上がるとお嬢様言葉になるのは、乙女口調のシステムへの抑制が緩むからかのぅ。流石見込んだ社畜と言いたいが、もったいない」

「覚悟なさいな!」

 

 少女が斬り込んだので、博士はTVのリモコンに似たコントローラーのボタンを押した。

 

「ぽちっとな」

「首に縄付けて市中引き摺り……あら?」

 

 モップがすんでのところで止まっていたのは、少女が正気に返ったように数回まばたきをしたからである。ペタリとはモップの毛が床に付いた音だ。

 

「どうして、あんなに怒ってたんだろ」

「どーじゃ。気分も晴れたじゃろ」

「何をしたんですか?」

「ぽちっとな」

「あはははっ!」

「ぽちっとな」

「えぐえぐえぐ」

「ぽちっとな」

「ムキー」

「大脳にも手を入れておる。喜怒哀楽も思いのままじゃ」

「そこまでしましたの!? 倫理はありませんの?!」

「ワシ、マッドサイエンティストじゃから」

「納得だ、ですわ!」

 

 少女が、取り出したのはセムテックス〈高性能爆薬〉である。

 

「かくなる上は玉砕あるのみ! バンザイアタック〈893の家に突貫〉が、ブラックで生きている事を思い知りなさい!」

「こんなボタンもあるぞい。ぽちっとな」

 

 ゴロンとは、セムテックスが落ちた音である。博士を見る少女の頬は赤く染まり瞳は潤んでいた。彼女の胸はドキドキと高鳴っていた。

 

(あれ。博士が格好良く、みえる)

「どうしたかの?」

「(きゅーんっ♪)初めてお目にかかった時からお慕いしておりましたわ!」

 

 博士が解除ボタンを押したのは抱き付かれた後だった。少女の背筋に、ぞぞぞという悪寒が走ったのは言うまでも無く我に返ったからだ。能力にものを言わせ五メートルを一気に飛び退いた少女は、壁に張りついた。博士を指さすその顔は青ざめていた。

 

「な、なななん!」

「伝家の宝刀、ちょろインボタンじゃ」

 

 リモコンを白衣のポケットにしまう博士の表情には、狂気に相応しい影が落ちていた。ゴクリとは少女が飲み込んだ怖れである。

 

「おぼっちゃまのご寵愛を得られなかったらワシのダッチワイフじゃ。試用期間が終わる二ヶ月後が楽しみじゃのぅ」

 

 博士は「ほっほっほ」笑いながら部屋を出て行った。ズルズルぺたりとは、貼り付いていた壁を少女が滑り落ちた音である。

 

「……この流れなら言える。ちょろインはダメ。絶対」

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